対の銀鳳   作:星高目

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異端の杖

もう少しもすれば入学式ではあるが……。

はたして、わしらはあのいたずらっ子どもを御しきれるのかのう。

……まあ、あの子らの好きにやらせてみるか。

 

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「やーい、バトソンののーろまー!」

「このはげー!」

「もう息切れしてんのかよ」

「ぜえ、ぜえ。てめえら、仕方ないだろ!俺たち、ドワーフがそんな、速く走れるとでも、思ってんのかよ!てか、はげてねえよ!」

「のろまのバトソンが怒ったぞー!逃げろー!」

「あの腕でたたかれていたぁいいたぁいってなるぞー!当たればなー!」

 

 

 エルと私、キッドとアディという、出会って以来いつも一緒に遊んだり魔法の訓練をしたりしているメンツで街中を歩いていると、近くの路地からそんな子ども同士の喧嘩の声が聞こえてきた。

 なにがあったのかと気になって覗いてみれば、そこにいたのは肩で息をしているバトソン・テルモネンだった。バトソンは近所で鍛冶屋を営んでいるドワーフの息子であり、彼の父親にはよく壊れた金物を修理してもらっている。そんな縁もあって、彼はキッドたちの次ほどには仲がいいと思っている子だ。

 

「なんだよ、お前らもどうせ俺のこと足が遅いってバカにしてんだろう!けっ」

 

 私たち四人組を見たバトソンはそういってずかずかと立ち去ろうとする。

 察するに、鍛冶仕事に特化したドワーフであるバトソンは、そのずんぐりとした体形のせいであまり走れないことをからかわれたのだろう。いつも見る子どもの喧嘩の光景ではあるのだけれど、人が半ばいじめられているような状況はあまり気分のいいものじゃない。

私はそんなこと気にする必要はないとはおもうのだけれど。まあ、子どもにとって自分たちと違うものは格好の攻撃対象なのだろう。

 そんなバトソンの姿を見たエルは、それはもういいことを思いついたという風ににやりと笑った。

 

「ああ、いつものあれですか……。よし、みんなでそいつらを追いかけましょうか」

「どうするの?エル君」

「なに、ちょっとバトソンをおもりに特訓をしようかと思いまして」

 

 なんとなくエルのやりたいことを察したのか、なるほどとキッドとアディもにやりと笑う。私はといえば、もうあきらめ気味にすこしだけ笑っている。こうなってはもう止めるのも無粋というものだろう。なに、子どもがちょっとかわいらしいいたずらをするだけである。

 

「ふん。勝手に追いかけてろ。俺は帰」

「何を言うのですかバトソン。あなたも一緒に行くのですよ」

「は?っておまえら、ちょ、やめ、どうして俺を持ち上げてんだ!」

 

 キッドとアディがバトソンの脇をそれぞれがっしりつかんで持ち上げる。まるでリトルグレイのようだ、というには少しバトソンがずんぐりとしているし、身長も大きいけれど。

 私とエルはそれぞれ前に並んで先導兼索敵だ。

 

「目標は中央広場にいるでしょう。今日の走り込み、はじめ!」

「……おー」

「うわぁ!はや、や、やめろー!」

 

 

 

 

「バトソンの奴の顔みたか?」

「マジで間抜けな顔してやんの。あー楽しかった」

 

 バトソンをからかったいじめっこグループはエルの予想通り中央広場でたむろしていた。バトソンを除く全員で顔を見合わせ、頷く。

 

「標的発見。バトソン砲、発射です!」

「ちーがーうーだーろー!」

 

 バトソンが飛んでくることに気付いたいじめっ子グループは、追いついてくるはずもないバトソンが勢いよく飛んできたことでひどく驚いていたようで、その隙が命取りとなった。

 

 身体強化(フィジカルブースト)によって強化された速度そのままに発射されたバトソンは、いじめっ子グループにボウリングのように直撃し、彼らともども広場に置かれていたタルの山に突っ込んでいった。

 中身を壊してしまうと迷惑をかけるため、タルとバトソンをそっと空気弾丸(エア・バレット)で着地させておく。いじめっ子?慈悲はない。

 

 タルの山が崩れたことで周りの大人の視線が何事かと集中しはじめた。騒動の中心にいるいじめっ子たちはバトソンの衝撃で気絶しているのか起き上がる様子を見せない。

 

「……やりすぎだよ」

「ちょっとまずいのかな?」

「あ、いいこと思いついたぜ。さっさとずらかるってのどうだ?」

 

 そんなことを言っているうちに被害が少なかったらしいバトソンが立ち上がり、叫んだ。

 

「てめえら、ふざけんなー!」

「よし、みんなで逃げましょう!」

「待てやお前ら全員!」

 

 エルの声とともに私たちは走り出し、後をバトソンが勢いよく追いかけてくる。怖いことを言っているけれどバトソンはなんだかんだ言ってアディと私をあまり強くたたかない。もちろんあまり強くないだけで、痛くないわけではないから全力で逃げ出すのだけれど。

 

 そうなればバトソンが追いつけるはずもなく、鬼ごっこはバトソンの家『テルモネン工房』まで続いたのだった。

 

「お、お前ら、速すぎんだろ……」

「……これでも遅い方だよ?」

「まじかよ、ああ、さっきの、お前だろ。ありがとな」

「……何のことかな?」

 

 工房についたころにはバトソンはもう息も絶え絶えという状態になっていた。ぶつかったどさくさでばれていないと思っていたのだけれど、どうやら私が少し魔法で手を出していたのはばれていたようで、息を切らしながらお礼を言われる。

 特に意味はない、意味はないのだけれどしらを切っておく。恥ずかしいわけではない。ただ、次からはもうちょっとうまくやろう。

 

「心配せずとも、バトソンに魔法をかけなければばれないくらいには上手でしたよ」

「……バトソン、次は私も一緒に投げてあげる」

「もう二度とごめんだし何で俺なんだよ!」

 

 息は切れていても突っ込みのキレは落ちないらしい。心なしか楽しそうに笑っているあたり、バトソンも今日のは楽しかったようだ。

 人間砲弾は確かに何度もなりたいものではないだろうけれど。

 

「まあ、いいや。せっかくだしお茶でも飲んでいくか?」

 

 少し待って息が整ったバトソンがそう提案してきた。顔を互いに見合わせ、頷いた私たちはバトソンの厚意に甘えて、テルモネン工房へ入ることにした。

 

 

 

 テルモネン工房へ入った途端、むわっとした熱気に包まれる。どうやら店舗の奥に鍛冶場があるらしく、奥を見れば炉の前でバトソンのお父さんと数人の鍛治師が黙々と仕事をしているのが確認できた。

 カン、カン、という槌の音と特有の熱気に包まれて、まるで異世界に来たような錯覚を覚える。

 ……よく考えれば私は異世界に来た人間であるのだけれど。

 

「見て見ろよ。これが父ちゃんたちの作ったもんだ」

 

 そういってバトソンが指さしたのは剣や槍、鎧といった武器防具だった。その横には金属製の鍋や食器なども置いてある。

 さすがは鍛冶にたけた種族であるというべきか、どれも質がよさそうなものばかりだ。父から剣の目利きを教えてもらっているのだが、どれも合格ラインを越えているものばかりに見える。

 

 他のみんなはというと、エルは物珍し気に、アディはエルの後ろでそんなに興味なさげに、一方でキッドは大はしゃぎ、バトソンはみんなの好意的な反応に上機嫌とそれぞれ個性的な楽しみ方をしているようだ。

 私はすでに鍛冶場の熱気にやられて、涼むための道具を探していたのだけれど、どうやらそういったものはないようだ。

 

 こういう時、うちわでもあればいいのだけれど……。

 

「ねえねえ、バト君は何か作れるの?」

 

 思い出したように問いかけたアディに、バトソンは少し照れくさそうに頭を搔いた。

 

「あー。金物は父ちゃんがあまり触らせてくれないけど木工ならやってる。俺だってドワーフだ。細工の腕は父ちゃんにも褒められるくらいなんだぜ!」

 

 そう言って指さすのは店の隅にあった木工品だった。杖や皿など、作りがシンプルなものばかりではあったけれど、だからこそ好ましく思えるものばかりだ。

 

「『杖』も作れるのですか」

「あ、ああ。材料さえあれば細工は簡単だからちょっとした小遣い稼ぎに作ってる」

 

 『杖』は簡単に言えば触媒結晶を取り付けた、よく魔力を通す棒切れだ。一般的に素材はホワイトミストーと呼ばれる質素なものが使われていて、バトソンの作った杖もそれが材料のようだ。

 

「常々魔法を使っていて思っていたのですよ。杖って、いまいち使いづらくありませんか」

 

 エルの言葉にみんな首をかしげている。どういうことなのか、いまいち私も把握しかねているのだけれど。

 

「例えば騎士ならば片手に剣、もう片手に杖をもって戦うことが多いですよね?それってわずらわしいと思うのですよ。纏めてしまえばいいじゃありませんか」

 

 ……ああ、なるほど。

 エルが言っているのは、地球の過去の大戦において一時期歩兵の主装となった『銃剣』の発想のことである。

 魔法を銃弾と同じ飛び道具としてとらえてしまえば、杖を銃と見立てる発想にもつながるわけだ。

 『杖』は某英国の魔法物語のような棒状である必要はない。そのことを理解した瞬間私もあることを閃いた。

 

「それはわからなくもないけど、じゃあどうすんだ?」

 

 そうバトソンに問いかけられたエルはにやりと笑った。悪寒を覚えたのか、バトソンが身を縮めた。

 

「……私もいいこと思いついた」

 

 バトソンが震え上がった。

 

 

 

 翌日、エルと私が家で書いてきた『杖』の設計図を見たみんなは訳が分からないという風な表情をしていた。

 それもそうだろう。だってそれは、この世界にはない形状だったのだから。もっとも当の二人はお互いの図を見て、予想通りとでもいうような顔をしているのだけれど。

 

 エルが書いてきたのは『ウィンチェスターライフル』の設計図だ。地球では猟銃としてであったり、FPSにも時々出てきたりした代物である。おそらくエルは銃の先端に剣をつけて取り扱うつもりなのだろう。

 エルが一通り説明を終えると、みんなの興味がこちらへ向いた。

 

「セラちゃん、これなあに?」

「……『鉄扇』っていうの。本当は扇いで涼むためのもの」

 

 私が書いた設計図は鉄扇のものだ。これは扇子をそのまま鉄で作ったもので、見た目に反して攻守ともに秀でた武器としての性能もちゃんとある。今回は『杖』として使うために、鉄の部分は先端だけで、要の部分を触媒結晶にする以外はすべて木製になる。本来の用途を考えると、軽いに越したことはないのだけれど。

 

「なぜ扇子を?」

「……暑いときにいいなって思って」

 

 これを聞いたみんなが静かになるのも、今回は仕方なかったかもしれない。

 

 

 

 実物をバトソンとその父さんが作ってくれたので、エルと私は実践演習をすることにした。

 エルは予想通りというか、遠くから銃を撃つようにして魔法を撃った後、接近して魔法をまとわせた銃剣で丸太を切り倒していた。

 

 次は私の番だ。

 的は三本の丸太。まずはその右側の丸太に、右手に持つ閉じた鉄扇を向ける。

 

炎の矢(ファイア・アロー)

 

私の前方に現れたのはその数三十を越える燃え盛る魔法の矢だ。全てが目標に向いているそれらを、一斉に放つ。

まさしく弓から放たれたような速さで進んだ魔法が、一瞬のうちに全て命中し、まるでドリルで掘削しているかのような凄まじい音を上げた。

あとには真っ黒な炭しか残っていない。

 

それを確認した後に続けて身体強化の魔法を発動し、左の丸太へ一気に走り寄る。

開いた鉄扇の先端を纏うのは、エルも使っていた『真空斬撃(ソニック・ブレード)』という中級魔法によって作られた真空の断層だ。

 

居合いぎりのように左から右へ振り抜いた鉄扇を、勢いそのままに最後の丸太へと投げつける。

二つの丸太はどちらも真っ二つになって綺麗な断面をさらすばかりだ。

 

「……またつまらぬものを切ってしまった」

 

決め台詞も忘れずに。

 

 

私たちの演習を見ていたバトソンは顔に手を当てて呆れているようだ。

 

「何て言うか、めちゃくちゃだ」

「それはそれとして、素晴らしい出来映えですよバトソン!お陰でもっと魔法が楽しくなりそうです。もう一本つくってもらってもいいでしょうか」

「……凄くいい。バトソン、ありがとう。私も、もうひとついい?」

「お前らちったあ遠慮しろよ!」

そんなバトソンの姿を見ていると、アディが近づいてきた。

「セラちゃん。それ何て名付けるの?」

 

すっかり名前をつけることを忘れていた。でも、こういうのはシンプルなものでいいと思うのだ。

「……扇杖(ファンロッド)

 

そうして、同じものをもうひとつずつ作ってもらった私とエルは、両腰にそれぞれの杖をエルは鞘にいれて、私はベルトに挟むようにして持ち歩くようになった。


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