「入学の案内なんて、二人ももうそんな年なのねえ」
「九年とは、意外に長く感じられるな」
「しかしマティアスよ。あの二人が学園にきて平和で済むかのう」
「……一応、備品の胃薬を増やしておくことにします」
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季節がそろそろ冬にはいろうとしているようなある日のこと、私とエルは自宅の居間でそれぞれに同じ一通の書状とにらめっこしていた。エルはむうっとかなり難しそうな顔をしている。思うに、幻晶騎士に一刻も早く触れたくてどうにかならないかとか考えているのかな。
私たちがみている紙、それはライアヒラ騎操士学園の入学案内だ。
この学園の教育課程は主に九歳からの初等部、十二歳からの中等部、十五歳からの高等部の三段階で構成されている。小中高一貫教育のようなものであるが、高等部は前世でいう大学相当の水準であるため、いうなれば小中大一貫教育である。
ちなみに騎操士学園とはいっても、普通に農業を営む家庭の子どもや、鍛冶師を目指す子どもも多く通っている。そうなっているのはこの国の教育形態によるものだ。
この国の教育制度は、その辿ってきた歴史や立地上ほかの国とはかなり違った形態をとっている。
このフレメヴィーラ王国は『騎士の国』とよく呼ばれている。東のボキューズ大森海や、国内に点々と存在する未開拓地域から現れる魔獣と戦うために幻晶騎士が必要になるということから来ており、要するに『戦いの場面』が多いことを表しているのだ。
それは何も幻晶騎士を操る騎操士に限った話ではなく、その脅威に一番最初に直面することになる国民全員に言えることだ。幻晶騎士は確かに強力であるものの、基本的には魔獣襲来の報せを受け取ってから動くため、魔獣への対処は後手に回ることになる。その間脅威にさらされるのは魔獣に直面している国民だ。
そんな彼らが自衛のための力を求めるようになるのは、当然のことだったろう。魔法も然り、剣術も然り、知識も然り。しかしそれを学ぶ環境を個人個人で用意するというのはなかなかに難しいことだ。
フレメヴィーラ王国では初代国王からその機会を国が用意する方針を示し、周囲の反対の声を抑えるためにいくらかの時間を費やした後、徐々に学園施設が国内各所に作られてきたという歴史がある。
初等部と中等部はいくらかの補助が国から出ることもあって、比較的貧しい家庭の子までも通えるというのは、教育が今でもかなり重視されているということの証明でもある。
と、教わった歴史について一通り思い返していた間もうんうん唸っていたエルの隣には、同じように届いていた案内状を確認し終えたらしいキッドがいる。アディはというと、後ろから私に抱き付いてフへへ……さらさら……と幸せそうな声を上げているので、されるがままにしている。
そのうちじれったくなったのか、キッドが口を開いた。
「なあエル。お前騎操士になるんだろ?騎士学科に入るのはほぼ確定なのに、何をそんなに悩んでるんだ?」
唸ることをいったん止めて、案内状から目をそらさずにエルは答えた。
「そのつもり……なのですけれど、ちょっと困ったことがありまして」
「……騎操士までが遠いこと?」
「ええ。騎操士になるには騎士として最上位の能力が必要です。すると騎士過程が六年で、騎操士過程はその後、そして配属されてと考えると……とっても先は長いのですね」
騎操士はこの国にとって必要不可欠とはいっても、そう簡単になれるわけではない。高価であり、国の象徴ともいえるような責任を持つ『兵器』である幻晶騎士に乗るためには、様々な勉強が必要なのだから。
「父様、騎士過程において飛び級というのは可能でしょうか?」
そもそもこのフレメヴィーラに飛び級制度があるのか怪しいけれど、案内状を見る限りでは他の学科では優秀な成績を修め、教師と両親の承認があれば可能であるようだ。
しかし騎操士過程では違うのか、父はとても困っているようだった。
「確かにエルの、魔法能力や頑張りを考えればない話でもないが、騎士過程ではそれだけでなく礼儀作法に関する教育も行う。エルはその辺をやっていないだろう?」
いわれてみれば、私たちは騎操士になるために両親から魔法と剣術を学んできたが、騎士として必要になる礼儀作法についてはあまり教えられていない。もし知らずに飛び級したならば、将来どこかで痛い目を見る可能性が出てきてしまうから、あまり好ましいとは言えないだろうか。
他にも何かあるのか、それに……と少し間をあけていいづらそうに父は言葉を続けた。
「幻晶騎士の騎乗は騎操士学科に入ってから、大体十五歳くらいからを想定しているから、今のエルだとその……だな。身長が足りなくて乗れない」
そう言われて、私とエルは顔を見合わせる。私たちは双子で、九歳になった今も見た目が鏡で自分を映したかのようにそっくりだ。お互いの体をじっくりと眺める。
少女のような外見。同い年のアディやキッドにも届かない、年齢の平均をどうやっても超えていない身長。
なるほど、無理だ。そんな同じ結論に至った私たちは、やはり鏡に映したかのように同時に頷いた。
周りのみんなも、慰めようがないという風に沈黙を選んでいる。その中で、母が口を開いた。
「ごめんなさいね、エル、セラ。私に似てしまったから、背が伸びなかったのね……」
「「母様は悪くありません」」
私たちの頭を撫でながら謝る母の言葉への否定は同時だった。そして自分の言を裏付けていくようにエルは言い募る。
「もともと僕の年齢も足りていないのですし、時間はまだあるのです。それに方法もそれしかないわけでは……」
ぱたりと、何かに気付いたようにエルは言葉を切った。そして徐々にその口角があがっていく。
あ、これ面白いやつだ。と私は思ったけれどまわりのみんなはエルのスイッチが入ったことを察したのか、あきれていたり頬を引くつかせていたり様々な反応をしている。
「そうですそうです。そもそもどうして僕は幻晶騎士に乗ることしか考えていなかったのでしょうか。騎操士になるだけでは与えられる機体は量産機、それもそれでいいですが、それではカスタマイズできないじゃないですか。カスタマイズはメカの華。あんな装備やこんな装備、もっと素敵なロボットのために、もっと僕は違う時間の使い方をするべきじゃないですか!」
恍惚とした表情でなにやら呟き始めたエル。ロボットに関する想像を始めたエルというのは、普段の穏やかな態度に反して、周りの反応お構いなしに自分が満足いくまで語り続けるのでだれも止めることができない。そしてその言葉や理論の中身はロボット好きでないと意味の分からないものか、地球の知識が多分に含まれたものであることが多い。地球の知識を持っている私も、ロボットが特段好きというわけではないから、エルがこうなった時の話は本人が結論を言うまで理解できないことがほとんどだ。
だれも止められないし理解できないけれど、純粋に楽しそうなエルの姿を見ていると悪くない気分になる。だからみんなあきれ気味とはいっても、どこかしら温かい空気で彼の言葉を聞いているのだろう。
私にとっては、彼もまた転生者だということを実感させられる複雑な場面ではあるけれど。
「……つまり、作るの?」
「ええ、そうです」
「何を?」
「幻晶騎士です!」
「はあ?」
「え、エル君、本気なの?」
幻晶騎士を作ると宣言したエルに対して、みんな驚きを隠せないでいるけれど、私からすれば不思議なくらいだ。
一度死んでも好きなものが変わらないほどのオタクが、どうして作ることを考えないでいられるのかと。むしろ今まで考え付かなかったことの方に驚いている。
「これまではずっと幻晶騎士に乗ることばかり考えてきましたが、それでは僕のための機体が作れないんです。支給された量産機を使うにしろ、改造するには相応の知識が必要です。……迂闊でした。どうしてこんなことに気付かなかったんでしょう」
思考が白熱してきたのか、どんどんアブナイ笑顔になっていくエルにキッドとアディはちょっと引いている。それが普通の反応で、あらあら、すごいわねえ。私も応援するわ!なんて反応をしている母はとても珍しい類の人だろうと思う。素直にすごい。
「おいおい、そりゃ本気かよ、エル……」
「本気も本気ですよ!どちらにせよ時間はかかるのです。それならば自作を目指すのも一興です。それにお金を貯めて買おうとするよりは現実的でしょう」
どちらが現実的かと言われても、普通の人からすれば熊と獅子どちらが強いかと言われるぐらいの感覚だと思うのだけれど。似たようなことをキッドも思っていたようで、絶対言うまいとぐっとこらえているようだ。
そんな彼を横目に父が言う。
「そうはいってもエル、それは簡単なことではないぞ?」
「わかっています、父様。しかし僕は自分のためのシルエットナイトも欲しいのです。できることはすべてやりたいのです」
「……騎士としての勉強もするんだぞ?」
「もちろんです。乗り手として手を抜くのは本懐に反しますから」
「ならばいいだろう」
いいんですか、お父様。そんなことを思っていると、父の目線が私に投げかけられた。
「セラはどうするんだ」
私はどうするか。私はエルと違って、幻晶騎士に乗りたいから騎操士になりたいわけではない。
魔法を使ってなにがしかを成し遂げたいのだ。騎操士になるのは、個人では扱い難い
だから私がする事はずっと前から決めていた。
「……魔法を研究する。騎操士にも、なる」
「魔法を?いったいどうしてだ」
「……もっと魔法でいろいろできていいと思う。それに、魔法なら、多くの人が使える」
幻晶騎士は強力な兵器であるし、多くの魔獣を打倒することができる。しかし操ることができるのは国全体の人口から見ればごく少数だ。
魔法は簡単な
それだけではない。そもそもこの世界の魔術というのは、地球で空想されていたそれらに比べて未熟なのである。
属性としては、火、風、雷など攻撃的なものしかなく、治癒魔法すらない。できるのは何かを操作するか発生させるというものだけ。小さいころ私はそれを知ってひどくがっかりしたものだ。
しかし一つ、疑問に思ったことがある。他の魔法は本当に存在していないのだろうか。
攻撃的なものしかないのは、古代の人類が開拓のために今よりも強力な魔獣と戦ううちに他の属性が淘汰、あるいは逸失したからではないのだろうか。
できることが少ないのは、魔術構文に必要な
もし、もしもそうであるならば。見つかっていないものを見つけるか、作ればいい。
実際、私は図書館のすべての魔導書に載っていない制御式をいくつか見つけているのだから、私の立てたこの仮説はあながち間違っていないと思っている。
「つっても、魔法はそんなに研究するようなもんなのか?もう研究しつくされてるんじゃねえの?」
「わからない。わからないから、自分で答えを見つけるの」
「お?おう」
「おお、セラちゃんが即答。こっちも本気みたいだねえ」
「……魔法は幻晶騎士にも劣らない。それを証明して見せる」
「ほほう、言いますねえセラ。絶対に負けませんよ」
「……エルには勝ち越してる。それはこちらの台詞なんだよ」
「いいえ、こちらです。これは、学園に通う日が楽しみになってきましたね」
挑戦的な笑顔にいつもの無表情。対照的な表情でしかしどちらも楽しそうに競争を挑む私たちを見て思うところがあったのか、キッドといつの間にか離れていたアディが何やらやり取りをしている。
「決めた。エル、セラ、俺たちも騎士学科に入るぜ」
「私たちも二人に負けてらんないからね!」
「では、競争相手が増えるということですね。これはますます頑張らねば」
「いやあ、それはちょっと勘弁してほしいかなーなんて」
「賞品はセラでどうでしょう」
「乗った!」
勢いよくアディが私を抱きしめる。勝負の前にもらったら賞品にならないじゃないかというかそもそもいたずらが成功したみたいな顔で笑うエルは私を賞品にしないでほしい。キッドもなんで少しだけ今反応したのかと。父も母もすごくほほえましそうに笑ってないで助けていただけないでしょうか。
突っ込みたいところが多すぎてどうにもこのうまく回らない口では伝えることができない。けれど無性に楽しくてほんのわずかだけれど笑みがこぼれてきた。
この体は表情筋が死んでいるのかってぐらい表情が変わらないから、それだけでも珍しい。
「……まあ、いっかな」
「いや、いいのかよ!って、え、ええ?笑ってる……」
学園生活は、前世と違って楽しいものになりそうだ。