対の銀鳳   作:星高目

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悪意の尋問

「お義父さん。早速、といったところでしょうか」

「うむ。担当した教師には少し悪いことをしたのう」

「この程度で終わってくれればいいのですが、そうでもなさそうなのがまた……」

「ああ。魔法開発論の担当はあやつか。どのようなことになるかさっぱり見当もつかぬな……」

「あなた、お父さん。今日帰ってきた二人の目、すごいきらきらしてたわ。何かあったのかしらねえ」

「……苦労を掛けるがすまぬの」

「……子供たちのためにも、頑張ります」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 右も左も知らぬ道。目標地点もわからない。これなーんだ。

 A.迷子

 ……はあ。

 

 現実逃避気味に私の今の状況を表した謎かけを考えてみたけれど、何の解決にもならないばかりかよけいに空しくなってしまった。

 

 先週魔法学基礎の授業でエルに続いて派手に上級呪文をぶっ放し、授業免除の許可を勝ち取った私はその一週間後の今日、魔法開発論の授業を受けることを楽しみに意気揚々と学園へ来た。一つ一つほかの授業を受け、さあいざ行かんと来たるは高等部の校舎。様々な学科があるためか、その校舎の大きさはかなりのもので圧倒されるばかりだ。しかし気後れしている場合でもないと、周りの好奇の視線も無視して堂々と校舎に入っていく。

 

 ここで二つ大事なことがある。私は初等部だ。入学ほやほやの一年生だ。そして初等部の授業はやはり初等部の校舎で行われるのだ。

 

 つまるところ、私はこのだだっ広い高等部の校舎に入ったことがない。教室案内も教室番号しか書いていないので、道順もわからない。

 

 かくして私は当然のように迷子になって、高等部の校舎をさまよっているのである。初等部の生徒が校舎にいることが珍しいのか、すれ違う人はみんな私を見て驚いた顔をする。まるで見世物にされているような気分で面映ゆいけれど、自業自得だと我慢するしかない。

 授業の時間も近づいていて、このままではいきなり遅刻をしてしまいそうだ。

 気持ち駆け足で歩いていると、前方からゾンビが歩いてきた。正確に言えば、無造作に黒髪を伸ばし、くたびれたローブを着た男性が、よろよろと歩いてきたのである。

 男性はこちらに気付いたようでゆらっとこちらに歩いてくる。

 

「どうしたの君ー。ここは高等部の校舎だよ。迷ったのかい?」

 

 男性の声はその見た目に反して間延びしていて陽気なものだった。当然のことながら、私が迷ってここに来たと思っているらしい。いや、迷子なのは全く持って間違いないのだけれども。

 

「……この校舎であっているのですけれど、教室がわからなくて」

 

 私の言葉に彼は驚いた表情を見せる。

 

「そう。どの教室に行きたいんだい?」

 

「……魔法開発論です」

 

 へえ、と今度は感嘆の声。どうしたものかと思っていると手を握られる感触。見上げれば、彼が人懐こそうな笑顔で笑っていた。

 

「僕もその教室に行くところなんだ。せっかくだから、一緒に行こうか」

 

 

 

 どうやら彼はオートン・カジョソという先生らしい。

 彼に案内してもらってようやくたどり着いた教室は静かなものだった。扉を開けてみれば、そう多くはない生徒と、まだ誰も立っていない教壇が真っ先に目に入る。

 私が教室に入ったとたんにやはりというべきか、みんなの視線が集まってきた。教室、集まる好奇の視線。あまりいい思い出のない組み合わせに思わず彼とつないだままの手に力が入ってしまう。

 けれど、生徒の視線はすぐに隣の彼に移ろった。少しだけ体の緊張が抜ける。そして彼は集まった視線を気にすることもなく、私に座る席を指し示すと、教壇に歩いて行った。

 教壇についた彼は、しばらく小さくうめいていた。私が席に着いて少しした後、彼は顔を上げた。

 

「うう……眠い。えー、皆さん、前回は来られなくて済みませんでしたねえ。ちょっと研究が立て込んじゃいまして」

 

 周りの生徒の反応を探ると、そうだったのか、といった表情の人が多い。どうやら本当に、彼は前回授業に来なかったらしい。

 正面を向けば、彼と目が合った。伸びた前髪で見えづらい眼鏡の奥にある、いかにも眠たくて仕方ないとばかりに細められた目からはあまり感情をうかがうことはできない。

 

「私はオートン・カジョソと言います。主に魔法の術式について研究していますので、あまり聞き覚えがないかもしれませんねえ……」

 

 その口が、いくらかサディスティックさを感じさせるように吊り上がった。

 

「いくつか皆さんに質問をしてみましょーか。当てはまるなら、手を上げてください。ここは騎操士学科ですから、ほとんどの人は上級呪文が使えますね?」

「では、その術式を改変して使ったことがある人は?」

「独自の呪文を組んだことがある人は?」

 

 初めは多かった挙手も、質問が進むにつれて下がっていき、最終的に私と数人を残すのみとなってしまった。

 そんな状況に、オートン先生はいくらか驚いているようだった。

 

「いつもならこの辺でだあれもいなくなるのですがねえ。ひょっとすると最後まで残るのですかねえ」

 

 最後の質問ですね。と前置いて、オートン先生は問いかけた。

 

「未発見の基礎式あるいは制御式を……見つけた人は?」

 

 私以外の人の手がゆっくりと下ろされる。オートン先生を見れば、体をプルプルと震わせていた。

 

「んー!すんばらしい!さきほど君は初等部だと言っていたね。そんな君が、すでに新たな制御式を、発見しているなんて!」

 

 まるで歌劇でも歌うような大げさな言い方に、教室の生徒全員がびくりとすくみ上った。だが、トランス状態に入ってしまっているらしい先生はそんなことお構いなしであるようだ。

 どんな制御式なんだい、と教壇から問いかける声。

 

「……『追尾』と、『発生地点操作』です」

 

 私が答えた途端に、先生は笑顔を深め、大げさに両腕をひろげた

 

「私が見たことがない術式だ。よろしい。実演してもらえないでしょーか!」

 

 そう言って先生は魔法で小さな火を打ち上げた。打ち上げられた火は、先生の頭上を同じ円を描くようにしてくるくると回り続けている。

 

 その魔法を見た周りの生徒が驚いたような声を上げる。私も、あのように同じ動作を繰り返し続けるような制御式は見たことがない。後で教えてもらえないだろうか。

 

 私は扇杖をベルトから抜いて、こちらを試すような笑みを浮かべる先生の頭上へ向けた。

 

雷光精(ウィルオウィスプ)

 

 雷の基礎式を少し改造して殺傷性をなくした分、暗闇の中で灯として十分使える光量を持つ小さな雷球を、ちょうど先生と私の中間地点へ作り出し、火とほぼ同じ速度で打ち出す。球は回り続ける火に向かって飛んでいくと、やがてその円軌道をなぞるようにして、いつまでも距離の縮まらない追いかけっこを始めた。

 

 この世界の魔法は基本的に杖から発生するというのが常識だし、打った後は基本的に狙った場所へ飛んでいく物だ。だからこそ、この魔法の動きは大きな意味を持つ。ちなみに、『発生地点操作』は大気圧縮跳躍(エアロステップ)でも使っているので、ずいぶん前に見つけたことになる。

 

 周りの生徒は見たことのない魔法の応酬と、そのうち一つを為しているのが初等部の小さな子供であることに驚いているのか、感嘆の声を上げている。

 ……失礼だとは思うけれど、扇杖で顔を隠してしまいたい。きっと少し赤くなっているから。

 

 先生は私の魔法に満足したのか大きく頷き、そして私の作った雷球に触れ、フッと消えたことにそれが殺傷性を持つものではないことを確認していた。その危険な行動に、周囲の生徒がぎょっとした顔をしている。私も血の気が一瞬で引くほどに驚いた。初級呪文相当とはいえ、雷の呪文に触れるなんて!

 

「術式そのものもやはり改変されて殺傷性がなくなっているもの。なんとも期待を越えてくれるものです!あなたが良ければ、時間があるときに私の研究室に来ていただけないでしょうか。ぜひとも、あなたとは魔法について意見を交わしてみたいものです」

 

 先生と意見を交わすのは私としても望む所である。制御式を独自で見つける人がそもそも皆無に等しければ、それを秘匿しないという人も更にいないのだから。

 

「……こちらこそ、お願いします」

 

 今日すぐに、というわけにはいかないだろうけれど明日から暇な時間を見つけて少しづつ通うことにしよう。

 私の返事にオートン先生はにっこりとほほ笑み、それから生徒を見渡した

 

「さて、授業に入るとしましょーか。小さなお友達に負けないように、頑張ってくださいよ?」

 

 

 

 高等部から初等部への帰り道。私は魔法開発論の授業を振り返っていた。

 

 基礎式や制御式は図形で表され、それぞれに異なる機能を持っている。しかしなぜその図形が機能を持つのかは、未解明な部分が多い。

 現時点では、図形そのものやその配置方法が何かしら呪術的な意味を持っているからだという説が有力であるという。その仮説を支える根拠というのが、機能的な面以外にも基礎式や制御式は周りの式との位置関係によって、効果が増減することがあるということや、図形の形そのものが、火や雷を幾何的に表したものに似ているからだということ。

 

 魔法の教本はどうすれば魔法が発動できるのかについては多くのものが解説しているけれど、どうして魔法が発動できるのかに触れているものは皆無と言っていい。未解明な部分も多く、またそんなことを理解しなくても既存の魔法を使うことはできるからだ。

 

 けれど、魔法の研究においてそれを避けて通ることはできないだろう。物体が粒でできていることを証明しようとした科学者たちも、きっとこんな難解な壁に当たった気持ちだったのだろうか。

 

 それに私にはおそらく一つのアドバンテージがある。地球において空想されていた数々の魔法の幾何図形、いわゆる魔方陣を数えきれないほど見ていたことだ。

 

 呪術的な意味を持つ図形、魔法が存在しなかった地球で作られたそれらがこの世界で意味を持っているものなのかはわからないが、大きなヒントにはなるだろう。

 

 それにしてもオートン先生の魔法の知識は素晴らしい。おそらく、オートン先生はこの国で五指に入ると言えるほど魔法について見識が深いのではないだろうか。

 

「よう、セラ。高等部からの帰りか?」

 

 陽気に話しかけてきたのは授業が終わってご機嫌らしいキッドだ。キッドとアディは先週のテストで魔法学基礎を免除されるまではいかなかったものの、上級クラスに入りかなり有名になっている。

 

「……そうだよ。キッドはアディと一緒じゃないの?」

 

 ああ、あいつは……とキッドは少し遠い目をした。

 

「二人がいないから授業中ずっとなんかこう、我慢してたみたいでさ、終わった途端にエルくーんって叫んで走ってったぜ」

 

「……それはまた、なんというか。すごい光景を思い浮かべられるね」

 

 授業の間手をワキワキさせながら、エルくーん、セラちゃーんとうめき続けるアディの姿を幻視してしまい、少しだけ笑ってしまいそうになる。

 

 私が何を考えているのか思い当たったらしいキッドが神妙な顔で手をワキワキしながら近づいてきた。

 

「エルくーん、セラちゃーん」

 

「ぷっはは。……キッ、ド、そっくりすぎて卑怯、というか変態っぽい、ははっ」

 

「ちょ、それは確かに否定できないけどさ、それはひどくねえか!?てかやっぱ顔は全然笑わねえのな」

 

「っはは。大丈夫、本当は楽しくてたまらないの、うん」

 

「本当、なんだろうなあこれは」

 

「よお、ずいぶん楽しそうじゃないか」

 

 皮肉気な声でそう話しかけてきたのは、嫌らしい笑みを浮かべた見知らぬ男の子だった。身なりの良さからおそらく貴族なのだろうとわかる。彫りが深く整った顔はいい部類に入るだろうに、嫌悪感を抱かせるようなその笑みが台無しにしている。

 

 彼を見た瞬間に、キッドの表情が固まり能面のようになった。その反応から、私は彼が誰だかをようやく理解する。

 

 バルトサール。キッドとアディが嫌悪する、彼らの異母兄だ。

 

「久しぶりじゃないか、アーキッド。可愛い女の子と仲良くなったようだなあ」

 

「お久しぶりです。バルトサール兄さま。彼女はセラフィーナ・エチェバルリア。俺の友達です」

 

「……こんにちは」

 

「へえ……お前が噂のあいつか」

 

 キッドの珍しい敬語はとても堅くて、ただ相手に弱みを見せまいと警戒しているものだ。そんなことを考えることで私は、バルトサールの前から逃げ出したいような気持ちをごまかしていた。

 

 まるで女性への配慮が感じられないようなぶしつけな視線に、全身を舐りまわすような嫌らしい眺め方。身の毛もよだつほど、というのはこういうことだろう。

 

 少し眺めて私への興味を失ったのか、バルトサールはその矛先をキッドに向けた。

 

「そう、噂を聞いたんだよ。噂を。今年の新入生に、すごい双子がいるそうじゃないか?その双子の周りに、お前たちにそっくりなものがいるとなあ」

 

 そう言ってバルトサールはこちらに目線を流す。キッドは私に話を流したくないのか、バルトサールを見つめたままでいる。

 

 それを見たバルトサールはいい獲物を見つけたとばかりに笑みをさらにゆがめた。

 

「そうそう、双子ってのはちょうどこいつみたいな感じの……なあ!」

「きゃっ!」

 

 強く腕を引っ張られた。そう感じた時にはすでにあの嫌らしい笑みが目の前にあった。

 

「やめろ!」

 

 キッドが叫んで一歩を踏みだした。その拳は強く固く握りしめられている。

 次に何をするのかは明らかだ。けれどそれだけは決してやってはいけない、相手の思うつぼだ。

 

「キッド、だめ」

 

 震えを隠すために少しだけ強くいってしまったその言葉はちゃんと届いたようだ。キッドは踏みとどまって、しかし拳は握ったまま。きっと平静を装おうとしている表情の裏で、強く歯を噛みしめてもいるのだろう。顔が見たこともないほどにこわばっている。

 

 しかし、悪意はとどまるところを知らない。

 

「おやおやキッド。兄に向ってそのような言葉遣いとは、礼儀がなっていないなあ。私はただ、彼女と親密を深めているだけだというのに」

 

 さらりと、バルトサールが私の頬を、髪を撫ぜる。身分と顔はいいから、言い寄ってくる女性は多いのだろう。思いのほか女性の扱いに慣れた優しい手つきとは裏腹に、その嫌らしい目つきが、これ以上とないほどに吐き気を呼び起こす。それでも私はキッドを責める材料を与えないためにも、抵抗するわけにはいかない。体の震えを悟られないように、ただ押さえつけることだけを考える。

 

 ギリ、と歯ぎしりの音が小さく響いた。

 

「……申し訳ありません」

 

 キッドがそう言って頭を下げたことに満足したのか、バルトサールはようやく私から手を放した。

 

「まあいい。俺は寛大なんだ。失礼なガキを、この広い心で許してやろうじゃないか」

 

 どの口が言うのだろう。バルトサールは、寛大さのかけらもないようないやらしい口調で話し続けているというのに。

 

「聞けば、お前たちはどうやら上級クラスにいるそうじゃないか。あの役立たずが、ずいぶん進歩したものだとほめてやるよ。まあ、妾腹とはいえ我が家の末席を汚すものだ。少しくらいはやってもらわないとなあ……そう、少しくらいだ。しかるに、少し気になる噂を小耳にはさんだんだよ。実に、そう実にくだらない話さ。しかしもし、もしもその通りなら……」

 

 バルトサールの目が、蛇のように細められる。どうしてか、不安でたまらなくなる。

 

「お前たち派手に暴れたそうじゃないか。なあ、まさか、まさかだろう?」

 

 キッドににじり寄るバルトサールの表情は、いつの間にか消えていた。そのままキッドの耳元で声を潜めて囁く。

 

「妾のガキごときに分不相応な話じゃないか?なあ?噂は無責任だ。何をどうやったのか知らないが周囲が勝手に変な勘違いをしているんだろう?」

 

「いいえ、間違っちゃいない。兄さま、俺たちは」

 

「もういい、黙れ」

 

 いつの間にか苦々し気にゆがめられていたバルトサールの表情に、キッドは警戒して身を固くしたのが見て取れる。けれど、何もすることなくバルトサールの表情は元に戻った。

 

「それでどうするつもりだ?アーキッド」

 

「どう……とは?」

 

「はん。入学したてで中級呪文はお手の物。いずれはずいぶんと豪勢な騎士ができそうじゃないか。目指すはただの騎士か?手土産でも持って『我が家』へ帰ってくるつもりか?」

 

 手土産、のところでバルトサールはこちらをちらと見てすぐにキッドに視線を戻した。その表情は消えたまま、戻らない。

 

「それは違います、以前から言っている通り俺たちは実家に関わるつもりはありません。騎士を目指したのとて、それは母や生活を考えてのことです」

 

「……いいぞ。寛大な俺は、愚弟の言葉を信じてやろうじゃないか」

 

「ありがとう……ございます」

 

 キッドの謝罪を聞いたバルトサールは、元のにやついた笑みを浮かべるとキッドの肩を軽くたたいて去っていく。

 ほっとしたのもつかの間、思い出したようにバルトサールが足を止めた。

 

「そうそう。セラフィーナ、だったか。もしキッドが嫌になったら俺のところに来るといい。俺はキッドと違って優しいからな。受け入れてやろう」

 

 死んでもあり得ない。お断りです。そんな文句は胸の奥に閉じ込めておく。幸い、言うだけ言って満足したバルトサールがそのまま立ち去ったおかげで、変な言葉をうっかり言わずに済んだのだけれど。

 

「ごめんな、セラ。巻き込んで、怖い思いさせちゃって」

 

 頭を上げないまま謝ったキッドの拳は、バルトサールが立ち去った今もまだ握りしめられていた。きっと何もできなかった自分が許せないのだと思う。

 

「……キッド、手を見せて」

 

 開かれたキッドの手には、爪が食い込んでいたのか血がにじんでいた。慌ててキッドは手を隠そうとするけれど、腕をつかんでいるからそれはさせない。

 携帯している消毒薬と包帯を準備して、処置をする。

 

「……私はね、すごくうれしかったんだ」

 

「嬉しかったって、なんでだよ」

 

「……キッドは、私を守ろうと、私のために怒ってくれたから」

 

 キッドにはばれているだろうか、私の手が今もまだ震えていて、処置がうまく行えていないことが。私が安心できるからと、できるだけキッドの温かさに触れようとしていることが。キッドはさっきまでの面影もない、豆鉄砲を食らったような情けない顔をしているけれど。

 それでもかっこよかった。

 

「……キッドだって、手を出せば厄介なことになっていた。それでも動いてくれた。守ろうとしてくれた。それだけでも十分だったんだよ」

 

 だってそれは本当に騎士のようじゃないか。それを言ってしまうと、自分が何になるかというのがあまりにも恥ずかしいので言わないけれど。

 

「……そっか。俺は、力になれたのかい?お姫様」

 

 どうして人が思って隠していることをわざわざピンポイントに掘り当ててくれるのかと!文句の一つでもいおうと思って見上げたキッドの顔は、ほのかに朱に染まっていた。

 

 少しだけ、笑顔がこぼれた。

 

「……ありがとうございます。騎士様」

「……」

「……」

 

「ぷっ。あはは。な、なんだよ騎士様って」

 

「キッドこそ、お姫様って、カッコつけすぎ。ははっ」

 

「先に考えてたのは絶対にセラだね、断言するぜ」

 

「いーや、ない。キッドの妄想でしょ」

 

「セラだろ」

 

「キッドの」

 

 そうしてまた、お互いに笑いあう。楽しすぎて、表情も口調も変わってしまうほどだ。演技というわけではないのだけれど、普段はどうしても応答に間が開いてしまうから落差が大きく感じられる。

 

「はい、できた」

 

「おお、サンキュって、ずいぶんと巻くの下手なんだな」

 

「……文句ある?」

 

「いいや、全然」

 

 そうしていくらかからかいあって、ふと気づく。

 

「……ねえキッド、私たち、次授業だよね?」

 

「……あ、やっべ」

 

 二人並んで、慌てて駆け出した。

 

 結局のところ私たちは仲良く遅刻した。なぜかアディとエルもだ。聞いたところによると、二人はステファニアさんと会っていたらしい。エルの触り心地の良さについて話し合うことで和解したらしい。今度は私の触り心地を二人で味わうのだとか。

 

 勘弁してほしい。

 

 


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