美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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009/ クレイジー・Dは砕けない

「──クレイジー・D(ダイヤモンド)ッッ!!!」

 

 

 

 ハイジャックの憂き目にあって尚、米国上空3600mを果敢に飛行するノースイースト航空530便・後方区画にて。

 

 全6人のテロリストの内、3人が至近にいる状況下でそう叫ぶと同時、後ろ手にして両手の中に隠しておいたタクティカルペン二本を、仗助はノーモーションでそれぞれ別の方向へと投擲する。

 咄嗟にスナップを効かせて投げられたそれらは、吸い込まれるように志希を拘束していた髭面男の持つ銃、そしてもう一人のマスクをした男の──眼球へと吸い込まれていった。

 

「aaaaaaaaaaahhhhh!?!!!!!?」

 

 ──かくして、現状認識すらろくに出来ない内に左眼の視力を喪失した敵は、降って湧いた激痛に銃を取り落として蹲り、その場で身悶えし始める。同時。

 

ما حدث(何が起こっ)……!!」

 

 突如仲間の挙げた猿叫に一瞬気を取られ、思わずそう叫んだ髭の男の元にも、刹那遅れて飛び道具が飛来。おそらく3Dプリンターで製作されたのだろう、玩具のような色合いの拳銃に突き刺さる。

 

 そして、自らの得物をスクラップにした異物に目をやり拘束が一瞬緩んだ、正にその時──

 

「ドラァッッッッッ!!!!!!」

 

 ──目標約1m、という所まで瞬時に距離を詰めた仗助が持つ不可視の拳が、髭男の顔面にめり込んだ。

 

 そう、裂帛の気を込めた勢いのまま、てっきり拳打か体当たりでも放つのかと敵に思わせた男が最初に優先したのは、敵の制圧と人質の奪還、その両方だったのだ。難なく志希を自分の懐にかき寄せ確保。この区画、残るはあと────

 

「……仗助っ!後ろッ!!!」

 

 急展開と超常現象に束の間、呆然としていた少女から飛んできた声。瞬時に反応して後ろを振り向くと、いつの間ににじり寄ってきたのか、そこにはククリナイフをかざした男の姿。万事休すか、と思われたが。

 

「遅ェッ!!」

 

 否、全くそんなことはない。掛け声一下(いっか)、轟ッ!とばかり音を立てて振るわれた右の正拳が顔へと吸い込まれる。まともに入ったのか訳も分からぬ表情のまま鼻血を噴き出し倒れていく男だが、其れを繰り出したのは仗助ではない。

 

 巌の如き体躯に、ハートを象った意匠のアーマーを身体の各所に装着した意思持つ幽体。

 クレイジー・Dと彼が呼び、そして喚び出したそれは勿論、只のテロリスト如きに見える筈もない。

 速攻で気絶させた男達をまとめた仗助は、彼らの服から抜き取ったベルトを手錠がわりにして拘束、瞬く間に縛り上げていく。

 

「……コレでよし、と。あとは──」

 

 前方区画に、残り3人。

 恐らくはファーストクラスと、最悪の場合は操縦室が乗っ取られている可能性がある。頭によぎるのは12年前、NYを震撼させた9.11同時多発テロ。最悪の場合、彼らの狙いは……。

 拘束をかけながらそこまで考えた仗助は、改めて突入の意志を固める。ついでに。

 

「……G28、通路側が俺の席だ。空いてっから座ってな、志希。あと──」

 

 これ、預かっててくれ。そう言いながらスーツの上着とネクタイを纏めて渡す。割と気に入ってるのだ、わざわざ血で汚すのも阿呆らしい。

 

「えっ、ちょっ……」

 

「んじゃ、行ってくらあ」

 

 そう言って、喧騒の残滓と僅かな血の匂いが漂う区画を抜け、彼はより危険なエリアへと突っ込んでいった。

 

 残されたのは、男物のぶかぶかな背広を懐に抱き、両掌にネクタイを納めたうら若き少女。思わず追いかけようとする、も。

 

(……あれ、身体が……動か、ない……?)

 

 正確には腰が抜けて、一時的に立てなくなっている。こんな時でも迅速、かつ客観的に状況判断する彼女の優れた頭脳は、冷徹に解を叩き出す。思考は出来る、でも動かない。これは紛れもない、恐怖に因るもの。しかも。

 

(……震え……てるの?あたし…………)

 

 化学の女帝。悪魔と契約した女。東方の大賢者。学府に於いては若くして数多の二つ名を有し、天才の称号を欲しいままにする自分が、こんな状況下ではなんと無力なことだろう。これではまるで、タダの女子高生じゃあないか。

 

 座ってろ。そう言われた。今になって、非力を嫌と言うほど自覚する。でも。

 安全地帯で何も知らない重荷のままでいるよりも、危うくても立ち向かっていく方がましじゃあないか。格闘技術などないし、仗助みたいな膂力も有事への心得もない。銃声など、今まで射撃場でしか聞いたことがない。だから、彼の言葉は自分を危険に晒さないための優しさとも分かっているけど、それでも。

 

(必ず見届ける、信じてるから。だから……這ってでも、いくんだからッ……!)

 

 震える脚に、無理やり力を込めて立ち上がる。首を極められかけた一時的な酸素不足で、何かに寄りかかっていないと足取りが覚束ない。機体も不安定なのも拍車をかける。頬を殴られた時に切ったのか血の味しかしない口の中は、一歩歩くたびズキズキと鈍痛を訴えかける。

 

 故にそれは、はたから見れば牛歩の歩み。それでも、如何なる時でも、彼女に停滞の文字などないのだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方其の頃、乗り込んだ前方区画にて孤軍奮闘するスーツの男が一人。

 

「残り…………」

 

 言いながら、声より早いラッシュをブチ込む。

 

「……一人、ってなァ!!」

 

 バキィッ、と破砕音を伴って振り抜かれた拳が、ターバンの男を行動不能に陥らせる。残るは、操縦席へと繋がる扉をたたき壊そうとしていた一人だけ。

 

「……あとはテメーだけだぜ、オッサン」

 

 そう、彼は褐色の肌の男へ語りかける。

 

 一方、呼び掛けられたテロリスト最後の一人は、不敵な笑みを浮かべる乗客らしき男がここまで来ている。……即ち、仲間全員が全員伸された、ということを悟ったのだろう。その顔に浮かんたのは、切迫詰まった死兵の顔。

 さて。兵の強弱は別として、古今東西こういう手合いは──敵にするには最もマズい。

 

 仗助がにじり寄ろうとした瞬間、男は何ごとかを叫ぶと同時、安全装置(セーフティ)のような何かを服の中から引き抜いた。

 ばさりと着ていたセーターを脱ぎ捨て、浅黒い肌の男は哄笑を機内に響かせる。果たして服の下にびっしりと取り付けられていたのは、どうやって持ち込んだのか、怪しげな信管やら機械やらの連なり。

 更に間を置かずして発生したのは、ピッ、ピッという規則的な音。巻きつけられた炸薬と思わしきそれらから推察するに、これは……

 

(……爆弾か!)

 

 最悪のケースである。よりにもよって自爆テロを企図していたとは。しかも雁字搦めに巻いてあるのか、えらく解くのに時間の掛かりそうな巻き付けを施した念の入りようだ。おまけに付属の計器にご丁寧に表示された残り時間と思わしき表示は──残り、たったの20秒。

 

(……武装解除させてる時間はねえ、爆処理も同様。……チクショウ、不本意だがやるしかねえか!)

 

 不退転の意志を固めると共に、瞬時に周囲の状況確認。……乗員乗客、全員シートベルトをつけている。ならば…………

 

『ドララララララララララララアッッッッッッ!!!!』

 

 叫んでラッシュを放った先は敵ではなく──ー飛行機の隔壁。たちまち壁に人ひとり通れるか、というほどの穴が開き、発生した気圧差で紙やらペットボトルやらが外へと吸い出され、機内の異常を検知したデンジャーアラートがけたたましく鳴り響く。──あと、15秒。

 

 

「吹っ飛ぶのは──」

 

 言うが早いがスタンドを駆使。不可視の腕で爆弾魔の襟首を素早く掴み、そのまま────

 

「──テメエらだけでやってろいッッ!!!!」

 

 ──勢いを付け、機外へ投げる!

 同時に、スタンド能力が発動。放り出したと同時、先程壊した壁が徐々に()()()()()()()()。瞬く間に破壊の後など無かったように復元されていく様は、まるで精巧な巻き戻し映像を見ているかのようだった。

 

(……録画は…………されちゃあいないか。まあ無理もねェが好都合だ)

 

 乗客を見渡すと皆身を屈め、頭を伏せて小さくなっている。酸素マスクが各席の上部から下がっているが、壁が跡形なく修復された今、その用を為さないだろう。──さて、残りは10秒。

 

(この国の司法で裁かれろ、と思ったが……)

 

 修復したファーストクラスの窓から、小さくなっていく爆弾魔達を横目で眺める。シートベルトをしていなかったためか気圧差で外へと弾き出された男達3人は爆弾(オモリ)のせいかエンジンに吸い込まれる事なく、真っ逆さまに雲の底へと落ちていった。その間も、時計の針は容赦なく進む。

 

(……無差別か、誰かを狙ったのかも分からず仕舞い、か)

 

 そうして。5……4……3……2……1。

 

「あばよ」

 

 ドオン、と。飛行機の真下の方角から、眩いばかりの閃光と轟音が伝わってくる。言うまでもなく起動したのだろう、彼らがつけていた爆弾が。距離があるとはいえ伝播した衝撃で機体が揺れ、各所で小さく息を飲む音や悲鳴、自身の後ろからもゴン、と何かをぶつけた音が聞こえる。が、今は機長らを回復させ、今後の判断を仰ぐが優先。と思ったところで──

 

「…………仗、助?」

 

 後ろから、そんな声に呼び止められた。振り向くとそこにいたのは、右手で壁に寄りかかりながら左手で頬を抑える、先程まで人質だった少女の姿。

 いつから見てた、それより後ろにいろって、と掛けようとした声は、それきりぐらり、と通路に倒れ込んだ彼女によって間接的に中断される。

 

「志希!?……おい、志希!」

 

 近くに駆け寄り、抱き抱えつつ容態を確認。……様子からして、気を失ったようだった。更に触った頭部の違和感からみて、どうも頭をぶつけたようだ。……先程の鈍い音は彼女が発したのか。揺れる機内を歩いていたなら無理もない。

 

 またよく見れば片頬も未だ腫れ上がっている。内出血も起こしているのか、綺麗な顔が痛々しい。加えて口元からつつ、と垂れている一筋の赤い線は、口内まで怪我が及んでいることを物語る。

 

(……PTSDも併発してなきゃ良いんだけどな。取り敢えず、怪我はキッチリ復元()しとくか。今は……)

 

 ……災難だったな。ゆっくり休め。

 心中でそう吐露し、男は少女を抱えたまま、操縦区画へと向かっていった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ぱち、と小豆髪の少女は、見知らぬ部屋でまた目が覚めた。

 ……生きている。それを実感して飛び起きて、少女はまたも自分がいつの間にか、知らない場所で寝ていたことに気付く。

 

「……なーんか最近、こんなんばっかにゃあ……」

 

 いい加減デジャヴ。しかしここ、今度こそ病室のようだ。点滴も打たれていないし、ましてや心電図計もないが。でもこの薬っぽい匂い、間違いなくそれに類するところだろう。……とりあえず、人を呼ぼうか。

 

「すいませーん!…………うーん、聞こえないか。……じゃあ、ちょっと失礼っと……」

 

 ならばとばかりカチ、とそばにあったナースコールボタンらしきものを押す。

 

 同時、彼女にしては珍しく、恐る恐るもベッドサイドにあった手鏡で顔を確認。あの時銃底で攻撃され、口の中を切っていたのだ。現在痛みはないのだが麻酔でも打たれたのだろうと思い、眺めてみるとそこにあったのは────

 

「…………え?」

 

 ────なんでもない、傷跡ひとつない、いつもの真白い肌だった。確かこの辺を、と腫れ上がっていただろう頬の箇所を思い出しつつぺた、と手で触ってみる。

 ……カケラの違和感も無かった。まるで、()()()()()()()()()()()()()()

 

 不本意に負った傷は、自分の思い過ごしだったのか?……いや、正直歯が折れるかと思うくらいの勢いでやられたのだ。外傷なり残っていておかしくはないのだが。

 

 ついでに左手で口をちょっと引っ張って、口内も手鏡で見てみる。…………やはり、何の傷もない。舌にも口蓋にも歯並びの良い白い歯にも、一片何処にも怪我はない。それに頭もぶつけたはずだが、…………触ってみても、やはりこちらも腫れがない。てっきりタンコブくらい出来てるかと思ったのだけど、跡形もない。

 

(……これは治療……じゃない。むしろ……『復元』?……でも、どうやって?)

 

 通常、飛行機内では迅速で手厚い介護は期待できない。下手をすれば包帯も湿布もない。なのにこれは一体何だ?現代医学の粋を集めたってこんな芸当は土台不可能だ。それに、仗助────

 

「……ッそうだ、預かってた服……」

 

 彼への考察は一先ず横に置いておいて、預かり物が失せ物になっていないか、その辺を確認しようとした時。

 

「お早うサン、志希」

 

「へ?」

 

 ガラガラ、とやおら病室のドアを開け現れ少女にそう声をかけたのは、やはりというべきか仗助だった。コールを聞いて看護師より先に来たらしい彼の姿を認めるなり、傍に置いた筈の疑念がむくむくと鎌首をもたげ始める。

 そうして礼より先に思わず口をついて出たのは、感謝ではなく誰何。

 

「…………ねぇ、仗助」

 

「ん?」

 

 そう彼女が言うと同時訪れた静寂が、ただでさえ静謐な病室を一層静かにする。ややあって、おずおずと彼女は問うた。

 

「…………キミって、一体何者……なの?」

 

 思わず口をついてでたのは、まずはそんな言葉だった。

 徐々に鮮明に思い出してきた。命の恩人でもあるこの男の周りで、まるで不可解な事が次々と起こっていた。アウトレンジからテロリストが吹き飛んだり、隔壁に穴が空いたと思ったら塞がったり。明らかに常人の為せるものでも、この世の法則に準じたものでもない。いずれも共通するのは、それら超能力や魔法のような出来事は全て仗助の周りで起こっていたということ。

 それとも…………あれは私の気のせいだ、とでも?そしてもしかして、私の怪我が治ってる理由も。

 

 聞くこと一拍。のち返って来た答えは。

 

「…………秘密だ、色々事情があってな」

 

 けんもほろろだった。やんわりとした、拒絶の意。でもその声色には、否定というよりこちらへの気遣いが含まれていた。「知らせまい」というよりは、知れば新たに「何かを背負う」ことになると、そんな意が。

 しかしこの少女の前で、秘密主義はむしろ悪手となりかねない。

 

「……ん。じゃー自力で解くね♪」

 

 案の定の逆効果。不世出の天才少女・一ノ瀬志希の好奇心を舐めてはいけない。この調子では早晩かわからないが、いずれ全てを丸裸にされること請け合いだろう。

 

「おいおい、参ったなそりゃあ……」

 

 やけに前向きな回答にタハハ、と言った感じのスタンド使い。

 この少女が本気を出せば、本当に何でも解き明かしてしまいそうだ。努努気をつけねばならない。彼がそこまで思ったところで。

 

「そーだ、そこ動かないでじっとしてて!」

 

 言うなり、彼に顔を近付けるよう指示。訝しがりながらも従った仗助の襟元に、ポケットから取り出したネクタイをやにわに巻きつけ始めた。

 ……預かっていてくれとは言ったが、いや社会人たる者、それくらい自分で出来るのだけど。これに男は思わずぽつり。

 

「……何してんだ?」

 

「んーとね、新妻ごっこ?」

 

 ややあって帰ってきたのは、そんな斜め上の回答。さしもの男もこれには思わずクエスチョン。

 

「お、おう……?」

 

 しかしそう言うと、機嫌良さげに鼻歌を口ずさみながら、馴れた手つきで引き続きネクタイをするすると締めはじめる少女。なお締められる側の戸惑いはどこ吹く風である。おまけに鼻歌、結構上手い。

 

 暫くされるがままになりつつも、今も含めたここ数日の彼女を思い起こして考える。才に溢れる器量良し。歌唱に優れ頭もキレる。寂しがりやの気分屋だが、その実どこか、自分にとって「飽きのこない何か」を常に求めている、そんな少女。これは、ひょっとして──。

 

「……歌、好きなのか?」

 

「どしたの、急に?…………スキだよ?」

 

 いやに真剣な顔で彼女がそういうと仗助、むう……と端正な眉間に皺を寄せて、少しばかり悩んだかと思うと──

 

「なあ、志希」

 

「なあに?」

 

 色々ひと段落ついたら、でいいんだけどよォ〜。

 そう始めに断ってから、彼は彼女にある提案を持ちかけた。

 

 

 さて。主だった実行犯は逮捕され、更にその一部のメンバーが航行中の飛行機の外、上空3000mで爆発しのち行方不明、という顚末を辿ったこの奇妙なハイジャック事件。

 当初こそすわ9.11の再来か、とセンセーショナルに米国マスコミを賑わせるかと思われたが。

 

 事故後、機体が緊急着陸した空港。そこに大挙していた報道機関のインタビューに対し、「勇敢な乗客の一人が人質にとられた少女を奪還、さらに飛行機の壁に素手で穴を開け、爆弾を巻き付けた犯人を機外へ放り出し我々は事なきを得た」なる乗客の発言もあったものの、前半分はともかく後ろ半分を信じるものはまずいなかった。何故か?着陸した機体に損傷など、ひとつも見当たらなかったからだ。

 

 こんなことならスマホで撮っておくべきだった、とはその乗客の弁だが、ハイジャックされ酸素マスクも落ちてくる極限状況でそんなことが出来る人間は、既に一般人の域を超えている。

 ……かくして実は真実そのものだった証言は、妄言や集団幻覚の類として扱われることとなった。

 

 一報こそ新鮮だったものの、その後の情報不足による内容の枯渇具合がリスナーにも見透かされたのか、TVが特集を組んでも視聴率は先細りしていった。すると局の側も現金なもので、数字が稼げないと見るや報道は瞬く間に沈静化。

 よってこの事件、現在ではネット空間で細々と陰謀論的見解が囁かれるのみである。

 

 そして。この時から約1年後、何を思ったか日本に電撃帰国した一ノ瀬志希は、世間一般から見ればその博士としての輝かしいキャリアに穴を空けてまでも、アイドルという不安定極まりないチャレンジに身を投ずることになる。

 飛び込んだ理由を、敢えて言うなら何だろうか。単に化学に飽きたのか、己ならばあらゆる分野で大成出来る、という自信と自負の表れか、それとも何か、また別の……。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「なんていうか…………」

 

「月並みな表現ですが、まるで御伽噺のようですね……」

 

(……あのハイジャック事件、仗助さんが解決したのね……。志希ちゃん含め無事で良かったけど、それはそれとしてウチの家系、車やら飛行機に関するトラブルに事欠かないわね……)

 

 たっぷり30分以上は経っただろうか、日の暮れかけたプロジェクトルームで少女達は彼女、一ノ瀬志希の話を聞きそう評する。

 一部に左肩の付け根を摩りつつ、その血の運命(さだめ)のいらん因果に悩んでいる広島生まれがいるが、ジョースターの血族にとって乗り物運の悪さは最早風物詩に近いので気に病んでも仕方ない。諦めよう。

 

 しかしまさか自分達の担当プロデューサーとメンバーとの間で、そんなB級映画何本かをミキサーにかけて混ぜ込んだようなエピソードがあったとは、仲良くなったこの四人組の間でも未だ共有されていなかった。

 

 やーあの時は流石に死ぬかと思ったにゃー、とあっけらかんと言い放つ彼女の猫のような瞳は、いつも通りのサファイアブルー。ついでとばかり瞬きしながら、小豆色の髪の少女はくすりと思わず笑顔を溢す。

 自由気ままで天衣無縫、闊達にしてその実奔放、目を離したら千変万化。ノリの効いた白衣を着て米国中を駆け回っていた時も、しなやかな肢体をソファに預けて寝っ転がっている今でも、その中身は一切変わらない。

 規則だろうが思考だろうが感情だろうが、束縛されることを何より嫌う。でも本質は。

 

(……そうそう、結局あの時は言いそびれちゃったけど……アリガト、プロデューサー♪)

 

 

 本当は、根っこはとても、優しい子。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ……そういや、もうアレから一年以上も経つのか。

 

 2014年、6月13日金曜日。都内の自宅マンションで「臨時調査報告書(マル秘)」と銘打たれた幾つかの書類をめくりながら、東方仗助は回想する。

 

 年度始めに全体がコケかけたプロジェクトのリカバリーに部署全体で努めた結果、「表の」仕事の進捗は現在順調といっていい。練習のモチベーション維持のために、と思い連れて行ったフェスの見学も良い刺激になったようだし、美波(又姪)曰く皆体力も付いてきてるとのこと。

 この調子なら来月頭のデビューライブも成功裏に終わらせられそうかな、と考えているのだが。

 

(……問題は次のIUだ。このまま平穏無事に終わりゃあ良いんだけどなァ……)

 

 手元のファイルを、ちらと一瞥。そこに書かれていたのは、先日あの「矢」をまさかのIU優勝賞品に出品した「ディエゴ」なる人物の調査書だった。

 

(ディエゴ・ブランドー。弱冠30代にして米国最大手の薬剤・化粧品会社を率いるカリスマCEO。貧しい境遇で育ちながらも奨学金で大学を卒業。個人としては馬術の才に秀で、若くして天才ジョッキーとして名を馳せた男でもあり、その実頭脳明晰、眉目秀麗且つ弁舌にも長けるアメリカン・ドリームの体現者、ねえ。経歴だけみりゃあデキのいい馬好き、ッてトコだが……)

 

 ……しかし、このディエゴという人物が果たして矢の正体やスタンドについて知っているのかは現状分からない。

 承太郎から聞いた「ファニー・ヴァレンタイン」なる政治家と何らかの繋がりがあるのは確実だが、もし彼が「何も知らない者」であり、ただ高価そうな美術品(スタンドの矢)を知人から譲渡され撒き餌として利用されているだけ、という可能性も否定出来ない。

 

(単なるパトロンか?ヴァレンタインがディエゴから政治献金受けてたとか、そういう縁か?)

 

 本当に、それだけか?黒幕はたった一人、ヴァレンタインなる男だけ、なのか?

 

(こんな事になるなら、SPW財団の息のかかった企業にIUのスポンサーになってもらうべきだったな……)

 

 が、既に発進した企画の協賛メンバーに今更割り込みは出来ない。発覚した時のリスクを考えれば、大企業になれば成る程コンプライアンスは守らねばならないのだ。

 

 ……さて。敵の狙いは「矢」の賞品入りが発表された時から大会終了までに、矢へアクセスしてくる連中だろう。その中から好事家とスタンド使いを選別。自分達の意に沿わず、且つ後々脅威となり兼ねない後者を裏で「始末」すれば、世界を好きにしたい放題、というわけか。

 

(IUの景品にされた撒き餌()に釣られれば、向こうは自分達と対立するスタンド使い(オレたち)の動向や数を把握出来る。自国民使って平然と人体実験やってる連中だ、NYで相次いでる不審死の事例も鑑みれば、スタンド使いへの脅迫、殺人も厭わないだろう)

 

 その一方で。

 

(仕掛けられた俺達からすれば乗るしかない。矢が敵に渡ったままなのは敗北と同義だからな。敵がどれだけいるのか分からねーが、被害が出てる以上は放置も不可。仮にディエゴが矢の内実を知ってるとすれば、手前がメインスポンサー張る大会を自分でツブすような真似するとは考えにくい。IIU自体は滞りなく行われそうだが──)

 

 ──そもそも、なんで優勝賞品に矢を出した?何も知らないだろう優勝者に持たせてどうするつもりだったんだ?

 

 IUの審査員は複数名、何れも金やら褒賞やらでは簡単に靡かない、音楽業界で確固たる地位を確立した著名人ばかりだ。

 たとえ大口スポンサーといえ、彼らを買収して不正に勝たせてもらうなど不可能だろう。それにこれだけマスコミに載せて騒がせれば、後で優勝者に矢の強奪だの返還だのを求めたら企業としてはあまりに悪目立ちする筈だ。

 もっとも矢は優勝候補と見込まれる昨年のIU覇者、玲音が持って行くとの下馬評なのだが……

 

 ──いや、まさか。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だとすれば、今もっとも人気のあるだろうアイドル・玲音の身が危ういと?……いや、もしかすると彼女すらもディエゴ達とグルになってる出来レースだというのか?

 そこまで考えた所で、自分が思考の隘路(あいろ)に陥って行くのを感じた仗助は、一度頭のリセットに努める。

 

(もっとシンプルに考えっか。今の俺らに分かる範囲で出来る手立てだが……まず大会辞退はヤメだ。運営に変に勘繰られる可能性もある。本番は俺がほぼ付きっ切りっで居りゃあラウンズ(ウチ)の警護は十分、万が一があったらスタンド使って切り抜ける。映像取られても見えねえし好都合だ。ついでに念には念だ、表向きは観客として()()()()にも来てもらうか)

 

 無論、無事に終わればそれが一番良い。しかし相手が仕掛けてくる事も想定して、戦力を集めて迎え撃つ。彼が決めたのはカウンター勝負だった。やる事は数多い。承太郎さんへ報告と提案、更にゲスト扱いで仲間の呼び込み、それから。

 

(……盗まれた矢を一番最初にレポしてた女子アナ、確かTVCのアナウンサーだったよな。……ん?)

 

 TVC。それは何を隠そう、嘗て紆余曲折の末仗助がスカウトし、現在は346プロに所属する某アイドルの元職場。ということは。

 

(……瑞樹(アイツ)はマメな性質(タチ)だから、「前職」の後輩にもまだコネクションを持ってる筈。ちっとばかし聞いてみるか)

 

 そこまで思ったところでベッドから立ち上がってキッチンへ向かい、手に持った報告書をガスコンロにかけて焼却。同時にスマホをタップしてアポ取りを開始する。

 

 合縁奇縁、世の中何が奏功するか分からない。ただ一つ言えるのは、最後は人脈がモノを言うということだ。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 6月15日、日曜日。

 都心一等地に聳え立つ日本最古の老舗ホテル・インペリアルホテル一七階、バーラウンジAQUAにて。

 妙齢の美女と美丈夫の二人が、ネオン煌めく夜景を肴に杯を酌み交わしていた。

 

 傍から見れば恋人同士にも見えるペアの片割れ、濃紺のナイトドレスを着た女性・川島瑞樹は、昨年のアイドルデビュー以降自身のプロデューサーを務めていた男・東方仗助がいきなり「密会」を求めてきたことを少し訝しがりながらも、こうして会いにきたのだが。

 

「TVCのNY支社にコネぇ?」

 

 久しぶりに見た真剣な面持ちのプロデューサーは、自分をエスコートしてくるなりそんな事を言い出した。頑健な体躯を夜会服に包み、長い脚を組んで話しかける姿は実に絵になる。加えて話し振りから、中身が全く変わっていないことに少し安心したり。

 

「ああ、例のIU賞品取材したアナについて詳しく聞きたくてな。……てか、ある?」

 

「あるわよ?」

 

「おおうさっすが……」

 

「ふっふ〜ん、大阪支局とはいえ渡米して仕事してたこともあるのよ?何せ若かったからね〜あの時は」

 

「オイオイ、今でも十分若いだろ?」

 

「よく言うわよアラサーに向かって」

 

「この手の文句で嘘はつかねえ。大体、ンな事言うなら俺のが歳食ってんだぜ?」

 

「男と女じゃ歳の取り方が違うのよ。……ていうかその様子だと、『私の後輩ちゃんが気になるから』ってワケじゃ無さそうね。今度は何に首突っ込んでるの?」

 

「んー……野暮用、ッつったら納得してくれっは!?」

 

 誤魔化そうとした男の頬が、目の前の女性に掴まれる。若干むすっとした顔で頬を膨らませているその様子は、黙っていれば文句の付け所がない美人なのにどこか小動物的な可愛さも感じさせる不思議なものだった。

 

「む〜〜〜〜〜〜〜…………」

 

「…………瑞樹、酔ってるだろ」

 

 彼女の華奢な手を自身の大きな手で掴んでそう言う仗助。……今の所、彼女はノンアルコールカクテルしか呑んでない筈なのだが。

 

「あ、バレた?……実は若干二日酔いなの。昨日楓ちゃんと飲んだから」

 

「そりゃあ重畳。……だけど楓に合わせて飲んでたら肝臓痛めるぞ?」

 

「一応セーブはしてるわよ、うん。ていうか貴方達、今の時期大変なのも分かるけど、根詰め過ぎても体に毒よ?偶には顔くらい見せなさい。寂しいじゃない」

 

「個室付きのトコでいいか?有名アイドルがPとは言え男と呑んでるのがバレたらアレだしなァ……」

 

 苦笑い。無理もない、秘密を保持してくれる店には条件がある。

 今日のような高級シティホテルや政治家が密談で使うような料亭で働く従業員には、ホスピタリティや酒・料理の質は勿論、有名人が来ても来店自体を秘匿し、会談の内容も漏らさない口の堅さが求められるのだ。

 だからこそ仗助は現役アイドルとの密談の場としてこの店を選んだ訳なのであるが…………最近飲み会の出席率が悪いらしい彼の色よい返事に満足したのか、対面の彼女は未成年には出し得ない、艶のある笑みを浮かべて振ってみる。

 

「それって……()()()()

 

「構わねーぜ?飲み直してから詳しく決めっかその辺は。……何がイイ?」

 

「もう。……おまかせで。でもちょっと強めがいいかな」

 

「じゃあ……ジンを3にウォッカを1、それにキナ・リレを2分の1。ステアせずにシェイクで、レモンピールをスクイズ。俺にはゴッドファーザーで」

 

 前者はメニューに載っていない注文だがそこはそれ、お安い御用とばかりオーダーを受けたバーテンは、慣れた手つきで場を彩る一杯を作り出す。かくして並ぶは杯二つ。供されたそれを見てほう、という顔の彼女。

 

「……vesper(ヴェスパー)?洒落てるわね」

 

「嫌いか?」

 

「スキ」

 

「なら良い」

 

 ケアを怠っていないのだろう、歳を感じさせない笑みを彼に向けて浮かべる瑞樹。彼女と仗助がそんな他愛ないやり取りを重ねるまでになるにはまあ色々とあったのだが、例えるなら要するに気の置けない仲、というやつである。

 

 夜景を肴に美酒を一杯。不穏の影など何処吹く風、帝都の夜は、いつもと同じく更けていく。

 

 

 

 




・川島瑞樹
346アイドル一期ユニット「Happy Princess」の一員。

・《クレイジー・D》
素材があれば何でも変化させられるスタンド。料理を食材に戻したりも出来るため、その能力の本質は修繕や治療ではなくむしろ変形、復元に近いと思われる。

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