美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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ACT-2 STAND up to you.
011/ Knockin' on HEAVEN' S_DOOR


 7月下旬、広島県広島市南区某所のとある進学校。

 

 中高併設であることもあってか、他校と比較しても日中は絶え間ない喧騒に包まれている高校の施設内は、今日はいつにもまして人ごみでごった返していた。

 彼らの中には学生……ではなく、明らかに父兄と思わしき人々の姿もみえる。即ち──参観日。

 さて。言わずもがな黄色人種が大半を占める学内に、一際目を惹く銀髪の美少女の姿があった。

 

「2年A組」とプレートが掲げられた教室の後方に佇む少女。均整の取れたスタイルに、キメ細やかな美肌と絹の如く艶めく銀糸、そして意思持つサファイアを湛えた眼。それら全てが複合して作り出される、えもいわれぬミステリアスな雰囲気。まるで彼女の周囲だけ、他と隔絶された別世界のようだった。

 

 例えるなら、雪深い凍土にひっそりと隠れ棲む深窓の美姫。現代においては皇室や王室の係累でなければ持ち得ない、隠しきれぬ高貴なオーラも双眸から窺える。名家の青き血を受け継ぎ背負う、「歴史の重み」が醸し出すものとも形容できるだろう。

 

 そんなどこぞの絵画から飛び出してきたような美少女・アナスタシアの眼は現在、親友の弟でもある一人の少年に注がれていた。

 居るだけで教室がざわつく少女の存在はSNSを経由して瞬く間に学校中を駆け巡り、なんなら隣のクラスからわざわざ覗きにきているスキモノもいたりする現在のA組近辺。

 

 一躍台風の目となった話題の彼女。その2歳年上の幼馴染である少年・空条丈瑠(たける)は教室最後尾にある自身の座席真後ろに陣取った、渦中の人物に声をかける。

 

「あのさ、今日は父兄参観なんだけど、なんでアーニャがウチに来てんだ?」

 

 言いながら後方の壁にもたれ掛かり、自分に視線を向けてくる少女の方を振り返る。

 

「空条夫妻が忙しいから名代で私が来たんです。それとタケル、脚を組んで座るのは腰に悪いデスよ?」

 

「オカンかお前は」

 

 そんな見た目どうみても外国人な彼女から飛び出したのは、割と流暢な日本語だった。

 しかしなにゆえ実の息子でも感知してない親のスケジュールを、幼馴染とはいえ姉の友人が把握してるのか。

 

「ねーねー、アーニャちゃん?って名前なの?」

 

 その時二人の遣り取りを興味ありげに聞いていた丈瑠の隣席に座る女子が、アーニャに話しかけてきた。

 

「これは失礼、わたくしアナスタシアと申します、よければアーニャと呼んでください」

 

「じゃ、アーニャちゃんてジョジョの友達?……あ、もしかしてカノジョ?」

 

 おお直球、といったざわめきが周囲から漏れる。今現在、クラスの総意といっていい質問を序盤からぶつけるクラスメイト代表(臨時)。今日のMVPは彼女だ。

 さて興味津々、といった体で銀髪少女をみてくる彼女達だが、彼女の返答はいつも通り明確で堂々としていた。

 

「妻です」

 

「ちょっ!?嘘つくな嘘!」

 

 間髪入れず爆弾投下。何と毅然とした虚偽答弁だろう。この道産子、クールな顔に違わずてんでドSである。親友の弟が目を剥いてるが気にもしない。職員には高校見学を兼ねて来ましたと断っているのだけど。

 

Нет(ニェット)。ロシア人嘘つかないデス。インド人と同じ」

 

 スレスレのジョークをぶち込まないでもらいたい。しかしこれで俄かに勢いづいたのか、クラスメイトの質問攻勢が始まってしまった。

 

「好きなものってなあに?」

 

「食べ物でしたらピロシキとか」

 

 嘘。美味しければゲテモノ以外何でも食べる。

 

「付き合うならどんな人がタイプ?」

 

「優しい人がいいですね」

 

 嘘。最低でも自分より強くなければ対象外だ。

 

「将来の夢とか聞いてもい!?」

 

「兼業主婦です」

 

 嘘。諜報員(シュピオン)である。

 

「利き手ってどっち?」

 

「左です」

 

 嘘。彼女は両手利きに矯正している。

 

「趣味は?」

 

「最近は天体観測とか」

 

 これは本当。

 

「アーニャちゃんていくつ?」

 

「今年で14です」

 

 これも本当、でも少しざわついた。165cmある同年代の日本人女子より高い背丈に、加えて大人びた雰囲気。てっきり同い年くらいかと皆思ってたのである。

 

「がちで!?そんな大人っぽいのに?」

 

「いえそんな。ただ、かえって丁度いいかもですね」

 

「丁度良い?」

 

「はい。──タケルが()()()()なので」

 

 おい待て、なぜそこのアクセントを強調するんだアーニャ。

 

「ンな、ちょ、えっ」

 

 嫌な予感がした丈瑠だったが果たして予想通り。彼女のセリフでもって周りから、一気にうわぁ……という冷めた視線とフレーズが彼に注がれる。可愛い子を皆で質問責めにする空気は一変、教室は嫉妬込みの魔女裁判の様相を呈し始めた。

 

「あ、だからお前彼女作んなかったのか!」

 

「告られても全部断ってたのってそういう……?」

 

「これは児相案件ですわ、たまげたなあ」

 

「ジョジョの奇妙な性癖……うーんこの」

 

 言われたい放題である。そして尚も波及は収まらない。

 

「美波先輩にガチで惚れてて禁断の近親愛、って噂もあったのに……余計に救いのない方向に……」

 

「空条副会長が卒業して姉離れ出来たかと思ったら、中学生に手を出したのか……」

 

「いや待て、もしかして実姉にも既にいかがわしいことを……」

 

「ジョジョ!美波先輩になんてことを!」

 

「その上今度は幼馴染の美少女まで!リア充爆発しろ!」

 

 おや、どうやら説得力を持たせる行いが既にあったらしい。自業自得か、若しくはご愁傷様というべきか。後半の文句には一部妄想と嫉妬が混じってる気もするが。

 

「なんだ、てっきりホモかと思ってたゾ」

 

 それは流石に風評被害もいいところだ。

 

「姉とンな事しねえしロリコンでもホモでもねえ!ノーマルだ俺は!」

 

(シスコンは否定しないんですね、タケル)

 

 思わず席から立ち上がって抗議の意を唱える空条弟。

 自分で嵐を起こしておいて心奥でツッコミを入れるアナスタシア。だが実はその鉄面皮の裏で「計画通り……!」と新世界の神の如き笑みを浮かべている。

 

 そう、その優れた聴力は「そんなぁ……狙ってたのに……」と密かに呟いたクラスメイトの女子の独白を、一言一句違わず正確に捉えていたのだ。

 

(矢張り思った通りです。今の内に不確定要素は排しておきましょう)

 

「星の血」をそこらに撒き散らされては困る。開祖ジョナサンの首から下を乗っ取った、かのDIOの子息が皆善なる者ではなかったように。無闇矢鱈に適当な女とくっついて子供が出来たら、其奴はやがて悪に心を囚われたスタンド使いとなって世に出てしまう恐れがあるのだ。

 

(それに本人達が意図せずとも、スペックが高すぎるため「比べられると敵わない」と相手が萎縮。結果下手な手合いが寄り付かない抑止の力関係が働いていた空条姉弟。しかし美波()の卒業と上京によりこの均衡が崩れてしまった。丈瑠への告白ラッシュが頻発してるのはそのせいでしょう)

 

 まあ好き好き言うくらいならご自由にって話だが、その中に悪意ある人間がいると話は違う。

 

 スタンド使いを縛る法律は存在しない。彼らを戒めるのは彼ら自身の倫理観のみ。そしてスタンドを使役する者にとってジョースター家とは、米国に於けるケネディ家のような名門中の名門。特に承太郎の雷名は知れ渡っている。

 端的に言おう、独身のスタンド使いでジョースター家の直系、しかも男。こんな奴はいつ悪しきスタンド使いの勢力にハニトラを仕掛けられてもおかしく無い。

 

(まあ、(ミナミ)のおかげか女性の扱いにある程度慣れてますから大丈夫とは思いますが……)

 

 鷹の如き冷徹な眼は、現実を鋭く見据える。本職の諜報員(シュピオン)から手解きを受けて育った彼女にとって、この程度の扇動は文字通り「児戯」である。

 

 実は彼女自身も中々重要な、というか人類史的に途絶させるべきでない血筋なのだが、自分の事はちゃっかり棚に上げているあたり天然か、それともあえてなのかは分からない。

 ついでに言えば丈瑠が女慣れしてるのは、物心ついた時からこのアグレッシブ銀髪美少女とパワフル美人姉の遊び相手として四六時中海に山にと引きずり回されてたことが原因である。

 

 彼は苦労人と言った方が、実は正しかったりする。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 同日放課後、高校棟校舎屋上。

 

 お昼時は和気藹々としたカップルで溢れることで有名なその場所に、生温い風に吹きつけられながら、それぞれ持つ蒼と翠の眼を合わせて話し込む男女二人の姿があった。

 

 高さ1.5m程の味気ない手摺にもたれ掛かりつつ傍らの少女に話しかけるのは、ついこの間アイドルデビューした姉を持つ現役高校生。しかし先程教室で幼馴染に散々イジり倒され、あらぬ誤解を解くのに必死だった三枚目の面影は、今や欠片も見当たらない。そこに在るのは正真正銘、誇り高き血の継承者としての顔。

 

「タケル、私が今日来た本当の理由ですが……」

 

「……真面目な話、あるんだろ?」

 

 返ってきたのは昼間とはワントーン低い、父親にそっくりな地声。

 

Да(ダー)。話が早くて助かりマス。では───」

 

 父から伝令です、と前置きした彼女が述べたのは。

 

「一言一句そのまま、承太郎さん(現当主)に伝達を。『鼠は暴いた。あとは矢だ』、とのことで」

 

「……報告感謝する、Анастасия(アナスタシア)。引き続き宜しく頼む」

 

委細承知(ウラズニェートナ)

 

 星を結びし血の盟約は未だ途切れず。それが終わるとするならば、只この命が絶たれた時のみ。少女が課した鉄の誓いは金より重い。務めは果たした、決意も新たに帰任しましょう、と踵を返した時。

 

「それはそうとアーニャ、この後予定空いてるか?」

 

 口調をフランクなものに戻した次代のジョジョは、幼馴染の美少女を引き留める。言われた彼女はぴた、と立ち止まって素早く振り返った。

 

「明日の朝までフリーですよ。もしかしてデートの誘いデスか?」

 

「御名答。まー()()()メインだけど、良い?」

 

 そう言いながら栗毛に緑の眼を持つ美男子は、自身の背後に意思持つ(ヴィジョン)を結んで消す。

 

(……成る程。また腕を上げましたね、()()揃って)

 

 一瞬だけ見せた裂帛の闘志を垣間見た少女も、襟を正してこれに応える。

 

「良いですよ。但し負けたら今日一日私の言うことを何でも聞く、ということで」

 

「上等、ノッたぜその賭け。じゃ、アーニャは負けたら何してくれんだ?」

 

спасибо(スパスィーバ)。なら私は勝っても負けてもコレをプレゼントしましょう」

 

 そう言って彼女が翳したのは、普段使いと別の二台目のスマートフォン。女子が持つには少々不釣り合いなゴツさを持つそれは、軍用回線を特別にひいてあり、且つ厳重なプロテクトを掛けられたSPW財団の謹製品である。

 強化液晶に映し出されているのは、薄暗い中撮られただろう、ぼんやりとした人の画像。

 

「何それ?」

 

 思わず尋ねた少年に銀髪美少女は鼻をふんす、と鳴らして「よくぞ聞いてくれた」、とばかり誇らしげな顔。

 

「ミナミのあられもない寝姿の写真データです」

 

「ただの盗撮じゃねーか」

 

「今なら1枚2000円」

 

「余計にいらん。心にしまっといてくれ」

 

 高性能スマホの無駄遣い、ここに極まり。実弟が下したのは、いたく常識的な即答だった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

「211、212、213……」

 

 7月初旬、渋谷区346プロダクション別館20階・トレーニングルーム。

 

 本館と複数の連絡通路で繋がっているためラウンズのプロジェクトルームからも近いここは、現在数字を声に出して室内で一心不乱に何やらやっている少女にとっても非常に都合の良い場所である。

 さて、最新鋭の設備と湿度に至るまで管理された空調、更にはくすみ一つない鏡が壁面にいくつも張られたその通称・フィットネスエリアにて。

 

 白字で「JO☆STARS」とプリントされたUネックの濃紺シャツ──ちなみにこの前友人(アナスタシア)と立ち寄ったSPW財団日本支部の社員さんが駆け寄ってきて手渡してくれたもの。いらないとも言いづらいのでそのまま持って帰った──をインナーに着込んだ栗色髪の少女がひとり、今日こそは自らの限界に挑戦せん、と自分を追い込んでいる最中だった。

 

 とそこへ、ストップウォッチとスケジュール表らしきものを持ったスエット姿の女性がつかつかと入室してくる。首から下げられた社員証をみるに、トレーナーとして此処で働いている社員らしい。

 さてそのトレーナー、室内にいた少女が己の視界に入ってくるなり「またやってるのか……」という表情を隠せない。どうやらこの光景、此処の日常と化しつつあるようだ。

 

「おはよう、新田。……ところで、30分後にダンスレッスンを控えてる身で、なんで朝一番からランニングマシーンをフルスロットルで稼働させてるんだ?」

 

 一応、聞くだけ聞いておく。すると集中していたのかMP3プレーヤーで何やら聞いていたらしい彼女は、イヤホンを外しながらもしかしペースを乱すことなく、本日のコーチ兼お目付役へにこやかに応答する。

 

「あ、おはようございます青木さん!コレはウォーミングアップなんでお構いなく!」

 

 機械を止めずに走りながら器用に返事をする少女に、やっぱり戸惑いが隠せない。

 一言言いたい。どこの世界にアスリートでもやらないような準備運動をレッスン前におっ始めるアイドルがいるのか。巷で名トレーナーとして数多くの候補生を見てきた彼女だが、こんな候補は初めてである。

 

「……温まりすぎだろう。その辺にしておけ、オーバーワークは体に毒だ」

 

 己の眉間を指でほぐしながら返答する。最近眉間にシワが寄りがちな気がするのは、これまでにない素材に対し自分自信の処理能力が追いついてないからだろうか。

 

「いえその、動き出すと止まるの勿体無くありません?マグロの気持ちが分かるんです、わたし」

 

 と思ってたら相変わらず走りながらこんな反応。回遊魚と人間はだいぶ別物だろう。同じ脊椎動物ではあるが。

 

「……まあいい、ならもう好きにして結構だ」

 

 様子を見るに、どうも本当にアップ程度にしかなっていないようだからな。そう心の中で留めた彼女の感想は、既にして諦観のそれに近い。

 

「さっすが青木さん!あ、それとですね」

 

「どうした?」

 

「……この事務所って、ホントに設備充実してると思うんですけど、一点だけ不満があるんです……」

 

 そう、強引かつ急にわざとらしいくらいシリアスな雰囲気を出して、琥珀色(アンバー)の眼を持つ美少女はそんなことを言い出した。

 

「どの辺りだ?なんなら上に掛け合ってみるぞ」

 

 好意的なレスポンスを返してみると、割と真剣な顔を保ったままで彼女は唐突なことを切り出しはじめる。

 

「欲しいんです。重力室。ドラゴンボールに出てきたようなやつ」

 

「さ、私は仕事に戻る」

 

 イマイチでしたか、じゃあせめて精神と時の部屋でも、といういらん小ボケを重ねてくる彼女に生返事。部屋を後にし、青木はそのまま廊下を歩いていく。

 346で働くトレーナー四姉妹の長姉たる彼女は耳を傾けた意味が霧消したことを悟りつつ、ついでに今日レッスンを担当する予定の四人のプロフ、その一枚目の人物の履歴を改めて確認。

 

 名を新田美波。広島生まれ広島育ちの18歳。アイドルとしてのルックスとセンス共に申し分ない原石の上、育ちが良いのだろうか、清楚そのものの身なり・物腰・言葉遣いは、正統派路線で十分やっていける素地になる。

 また頭も良く社交的で、リーダーシップも備えているため纏め役にうってつけ。機転も利くので将来的にマルチな活躍が期待できる金の卵だ。しかし──

 

(体力が余りに有り余ってるのは、どうしていけばいいやら……)

 

 まあ小ボケを挟んでくるのはまだ良い。基本親しい仲の人間にしかやらないし。というかあのラウンズ(ユニット)メンバーはやろうと思えば教養人の振る舞いができる癖して、4人集まると言葉のドッジボールを分かっててやり始めるので大方の人間の手に負えない。

 

 ただ幸い、彼女達の担当プロデューサーは青木もよく知る同僚の東方仗助。肉食系女子社員のアプローチや面倒くさい取引先の無理難題を巧みに躱し、時に硬軟織り交ぜた交渉術も繰り出せるタフネゴシエーターだ。彼でなければ彼女達の担当は務まらないだろう。メンタル的な意味でも。

 

 そして体力面に関しては問題……というより「持て余し気味なのか?」という印象が強い。

 本人曰く「運動部に入ってたので多少筋肉はある」というが、それを加味しても体格だけなら華奢そのもの。むしろアイドルというよりモデル体系に近いのだが。

 

(スタミナは間違いなく、ウチのアイドルどころか所属タレントの中でも一番だが……)

 

 一期生で体力ナンバーワンの日野茜と思わず比べてみる。彼女は溌剌とした雰囲気と言動が普段から表に出ているので分かりやすいのだけど、こっちはギャップで後からわかるタイプだ。

 

 しかし。従軍経験なぞ(恐らく)ないだろう、見た目だけなら良家のご息女と言った容貌の少女が、垂直跳びで軽く1.5mくらい飛び跳ねたりするのは常軌を逸してる気がする。自己申告のスポーツテストの結果も見たが、全て本当ならKUNOICHIで優勝できそうなレベルである。というか五輪狙える。

 先日はスチール缶を片手で握り潰し、後ろ手でゴミ箱に投げ込んでいた。ごく自然にやっていたけど、冷静に考えるとおかしい。

 

(それともあれか?考えたら負け、というやつか?)

 

 素朴な疑念が氷解する時は、果たしていつ訪れるのか。

 ただそれは別としてこの姉御肌の敏腕トレーナー、口調の割に何だかんだ生徒思いの女性である。たとえ指導が厳しくても変わらず慕われているのは、その性分が理由なのだろう。

 

 同僚の色男曰く、「あいつはツンデレ」、とのことだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「え、じゃあ途中まで医学部目指してたんですか?」

 

 翌日の渋谷区、346プロダクション39階廊下。オフィス入り口で鉢合わせしたジョースターの末裔たる私たち二人は、丁度又姪たる私が大叔父の昔話を聞いているところだった。

 

 元々「祖父が守ってきた町を守る」という意志そのまま、高卒で警察官にでもなろうかと考えていた若き日の仗助さんは、しかし当の祖父に「外の世界でも見てこい」と言われ考えを改めたらしい。ただいきなり明確な目標が出てくる筈もなく、とりあえず勉強でもしとくかと始めたのが医学部受験だったそう。

 

「まー能力活かすのも悪くねぇと思ってな。お袋にも教わって一時真面目にやってたんだ。模試もA判とってたんだぜ?」

 

 このチカラ、極めりゃどんな外科医よりも優秀になれんじゃね?って考えてな、と続ける仗助さん。確かに応用が効く彼のスタンド能力を鑑みれば参考にもなると思ったのかもしれない。ただ、と尚も彼は言う。

 

「俺にゃ合ってねーな、って気付いてやめた。あとはフツーに都内の大学に進学、休みの日に康一と竹下通りフラついてたらモデルにスカウトされて、何となくでオーディション受けたんだけど……」

 

 成る程、346のモデル部門からの転身か。でも名前を知らなかったのは、マスコミ向けの露出はあまりせず、また海外向け雑誌とかに出てたからだそう。

 にしてもモデルか。まあ確かにそりゃあスカウトされるだろう。ただ割に天職な気もするのだけど、辞めちゃったのは──

 

「……今の方が楽しくみえた、と?」

 

「そーゆーこった。半分は育ててもらった346への、恩返しのつもりもあるけどな」

 

 そうしてここ数年の身の上話を話した仗助さんは、それから「ああ、そんでな」、と声のトーンを一段落として話を変えた。

 

「……それからよぉ〜、例の盗まれた『矢』なんだけどなァ……」

 

 IUの時、もしものこと考えて会場に観客も兼ねた増援依頼したんだが、と述べた大叔父が切り出したのは。

 

「一応露伴にも頼んだんだが、アイツは基本気が向かねえと動かねーからな……」

 

「ま、まあ露伴さんは仕方ないですよ…………」

 

 岸辺露伴は動かない。これは彼の持つ基本原則だ。漫画のネタのためなら来てくれるだろうけど。

 というかそもそも露伴さんと仗助さん、たしかあんまり相性(ケミストリー)が合う同士じゃなかった筈。婉曲的な言い回しで大叔父の人間関係を頭に描く。まだ私が依頼した方が上手くいくかも知れないレベルだ。二人とも付き合い長いのにウマが合わない、という珍しいパターンの関係だ。

 

「露伴は来れば重畳ぐらいに思っといてくれ。そうそう、康一にもいったらよぉ、娘連れでくるかもってよ」

 

「娘さん?……じゃあ来るのって康一さんだけじゃなくて……」

 

「ん。てことで廉穂(やすほ)ちゃんもだとさ。ちなみにもう『使える』らしい」

 

「康穂ちゃん、今いくつでしたっけ……?」

 

「確か今年で8歳だな」

 

「……私が言うのもなんですけど、目覚めるの早すぎません?」

 

由花子(嫁さん)の方針だとさ。実戦がいつあっても大丈夫なように、って。あいつも大概教育ママだからなぁ……」

 

 歩きながらお互い顔を見合わせる。ということは由花子さん主導で鍛えたのだろうか、きっとスパルタだろうし。などと少々失礼な会話をしつつ、いつもの如くプロジェクトルームへ向かっていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 29階廊下の中程まで差し掛かると、アイコンタクトでお互い一瞥。スタンド関連の話題を打ち切り、他愛ない雑談に切り替える。

 何食わぬ顔を装ってドアノブに手を掛け、プロジェクトルームに入室。

 既に集まっていた皆んなと挨拶を交わしつつ、不自然にならないよう会話を再開。ちなみにこの事務所で他にスタンドの内実を知るのは小梅ちゃんだけだ。ただあれは緊急事態だったからやむを得ない。

 

「そういえば、息災ですか?お爺さんと朋子さんは」

 

「ん〜どっちもピンピンしてっぜ。爺さんなんか今は老人会で昔の警官仲間とゲートボール三昧だ。ただよォ……」

 

「ただ?」

 

「……早く曽孫の顔を見せろって、最近は会う度に言われんだよ」

 

 頬をポリポリと掻きながら、ちょっとめんどくさそうにPさんはボヤく。いかに晩婚の時代とはいえ彼もアラサー、親心と老婆心込みで婚姻の督促をされてもおかしくないのかもしれない。

 そう考えると仗助さん、ウチの両親が学生恋愛でさっさとゴールインしたのと比べると対照的だ。ジョースターの家系は比較的結婚が早いのだけど。

 

 …………え、わたし?うるさい置いといて。

 

「いないんですか?誰か良い人」

 

 いい機会だし大叔父にカマをかけてみる。実は4人で話してる時も話題に上ったことがあったのが、何を隠そうPさんの女性関係。未だに謎が多いのだこの人。

 私とて感性はティーンの女の子、恋愛トークはそれなりに気になる。(ただし弟にこれを言ったら爆笑されたので思わずオラオラしてしまった。全く失礼な男だ)

 

「ん〜〜〜、今は仕事が彼女、ってヤツ?」

 

 さて、腕組みしてたPさん、ややあって回避の回答。濁すということは誰かいるのか、これは後で邪推大会しようかガールズ。無言の一体感がユニットメンバー四人に生まれる。

 

「へえ……じゃあ、友達以上恋人未満の人がいる、とかですか?」

 

 失礼一歩手前まで踏み込む。

 

「これ以上は黙秘権な。てかおっさんの恋バナ聴いてもしゃーないだろ?な?」

 

 むむ。ガードされちゃった。この話題ここまでか。

 

「ところがどっこい、結構重要なコトなんだよ、P」

 

 と思ったら、隣席からするっと飛鳥ちゃんが牽制球。

 

「そうそーう、ルート次第で誰が一番儲けるか変わるからねん♪同僚と恋愛、まさかの婚約者、生き別れの幼馴染、さぁどーれだ?」

 

 瞬時に被せる志希ちゃん。この間一秒かかっていない。因みに喋りながらサッとPさんの隣に座ってるあたりやっぱり上手な子。頑張れ。

 

「どれでもねえよ!?つーか儲けってまさか……」

 

「……トトカルチョです。オッズは最有力の社内恋愛が1.0だそうで。それとこれ、私たち未成年は参加してませんが、346の一部社員の間で現在投票中とのことです」」

 

「ほーう。ちなみに発案者は誰だ?」

 

「確か、仗助さんと同じ課の内匠さん、て人でしたよ?」

 

 さっき喫煙所で一服していた、金髪頭のホストっぽい男性を脳裏に思い描く。そのセリフを聞いたPさん、成る程という顔をして一言。

 

「サンキュー。後でシメとくわアイツ」

 

 ……中々に不穏な言葉が聞こえたけど、聞かなかったことにしておこう。怪我なら能力で治せるだろうし。無言のアイコンタクトをメンバー四人で交わす。

 武内や米内をちったあ見習えアイツは……というボヤきもセットで耳に入る。346の社員も色んな人が居るらしい。

 

 しかしどうも社内の合コンでも人数合わせで出るだけで、二次会もそこそこにさっさと帰っちゃうらしいウチのプロデューサー(byちひろさん談)。その恋愛遍歴は密かに注目の的のようだ。

 オチがついたようなついてないような局面、さてここらが話題を変える潮時か、と志希ちゃんが先陣を切った。

 

「なんかごめんねジョースケ?アップルパイあげるから許して?1ホールまるごと一口で食べれるよね?」

 

「無理だろうね。てか美波さんがさっき持ってきたやつだよね、ソレ」

 

「Pさんすみません、お話ついでにお茶にしません?文香ちゃんが丁度紅茶淹れてくれるみたいだし」

 

「お砂糖とミルク欲しい人、いたら仰ってください」

 

「お前らマイペースか!どっちも貰うけどな!」

 

 でも担当アイドル達のお節介を察したのか、彼もその後直ぐにコホン、と咳払い一つして軌道修正。

 ただそれだけで温まった(弛緩させたともいう)空気を即座に引き締められるあたりは、場数を踏んだ者特有の凄味が成せる技だろうか。一拍おいて彼が一通り説明しだしたことを要約すると────

 

「新曲?」

 

「オウ。IU控えてるけど持ち歌いつまでも一個だけ、ってのも訴求力が弱いしな。てことで若干気は早ぇーけど、コレが新しいヤツだ」

 

 そういってPさんが人数分取り出した企画書。手渡されたそれに記されていたのは、秋のシンデレラプロジェクトのスタートまでに御披露目するという曲目の数々であった。その中には……

 

「ソロ曲?」

 

「応。今んとこ一人一曲ずつあるぜ?ただ曲名だけ決めてねーから、各々デモ聞いてから考えて決めてくれ」

 

 

 ──手渡されたCDには、のちに非常に長い付き合いになる曲が収められていた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 少女達に新曲が充てがわれた翌日、神保町の某老舗本屋にて。

 

 店舗部分ではない地下1階、先日アイドルデビューしたばかりである黒髪青目のアルバイト店員が、日課となりつつある古書の品出しに勤しんでいた。

 彼女好みのゆったりとした服装の上に店員用の黒エプロンを着けてせっせと働く姿は、元々の素材の良さも相まってかなり絵になるものである。さて、そんな少女の心中はというと。

 

(……オフの日こそ積読書を消化しようかと思っていたのですが……結局またしても買い付けで留守ですか、おじ様(店長)

 

 この通り、仕方がないので勤務代行。バイト代はその分色をつけてもらってるけれど、正直人手をもっと雇うべきではないかと感じる。ただし扱っている本、特に倉庫にしまってある物の中身にはおいそれと見知らぬ人に開帳出来ないものもあるので難しいのかもしれない。

 

(加えて()()()()()まである始末ですし…………)

 

 運搬用のエスカレーターに本を積んでいる彼女が視線をやった「こんなもの」。目線の先にあるのは、地下倉庫の片隅のショーケースに保管された、一挺の古びたバイオリン。

 その正体はかの有名なストラディバリウス。全世界に現在520本前後しか存在しないとされ、一挺でも億単位の値がつく超希少な弦楽器である。

 

 なぜ東京の古本屋にそんなもの置いてあるのか、と最初は思ったが、どうも彼女の高祖父が所有していたものだとのこと。偽名をいくつも持っていたというその御先祖様、何か法に触れるようなことはしてないでしょうね、と後世で気を揉んだ子孫だが、御多分に洩れず今考えてもどうにもならない。

 

 ともあれ目下の問題「人手不足」の解決についてはいっそラウンズの三人を日雇いで誘ってみましょうか、とも考えながら、彼女はつい数十分前の叔父との会話を思い出していた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「漫画家さんが取材に来る、ですか……?」

 

 開店前の神保町、鷺沢古書堂。創業100年を優に超えるこの老舗に今春から寄宿している大学生・鷺沢文香は、風変わりな叔父の突拍子もない発言にそう生返事をした。

 

「ああ。私の旧い知り合いでね、少しばかり変人なのが玉に瑕だが──」

 

 ──ただし根はいい奴だよ、と続けたのは、長身痩躯を安楽椅子に預けた、白シャツにスラックスと同色の薄手のベストを着込んだナイスミドル。

 今年で40を過ぎようかという、黒髪をオールバックに撫で付けた彼こそが、紛れも無い新人アイドル・鷺沢文香の叔父にして鷺沢古書堂の現店長に他ならない。

 

 ただアクティブな同僚兼友人の影響でだいぶ変わってきたとは言え、人見知りの気は未だにある文香。一人だけで「変人」への上手い応対は出来る気がしない……と内心尻込み。

 しかし対面に居る叔父は、いささかあっけらかんと二の句を継ぐ。

 

「何、君ならきっと気にいるだろうし心配はいらないよ」

 

 サプライズ、と受け取ってくれて構わない。

 英国はイングランド出身の曽祖父を持つ彼は、先祖の遺伝が強く出たのだろうか。目の前の姪と同じ蒼色の眼を、いたずらっぽく輝かせてそう伝えた。

 

「私とウマが合うなら、君と合わない筈がない。それだけの()()()()()()()、文香ちゃん」

 

 普通に聞いたら格好つけすぎな口癖をさらりと言い放った中年男性は、それだけ言い残してここ、鷺沢古書堂の分店がある鎌倉へ行ってしまった。

 愛用のハットを被って出ていった彼が向かった鎌倉にあるのは、戦時中に本店たるこの店の本の疎開場所として建てた分店。今は従姉妹の栞子さんが経営を取り仕切っているのだが、それはまた別の機会に。

 

 さてそれから程なくして来客を告げるチャイムが鳴った。レジ横のモニターをちらりと見た文香、どうぞと扉に一声かける。

 

「あ、こんにちは。今日はようこそ──」

 

 いらっしゃいました、と続けようとした文香の声は、入口扉を開けて現れた人物を見た衝撃で一瞬途絶えた。

 

「……ココで合ってるかい?古今東西の稀書・禁書を取り扱ってる本屋、ってのは」

 

 ステンドグラスが嵌められた重厚な引き戸をガラガラと開けて現れたのは、彼女が何度も雑誌などで目にしたことのある著名漫画家。

 卵のカラのような特徴的なヘアバンドで髪をまとめている彼は、レジカウンターでこちらを見つめて瞠目している少女の姿を認めると、ろくすっぽ返事も聞かずに二の矢を撃つ。

 

「ああ、鷺沢くんの姪っ子ってのは君かい?なら話は早い、僕が今日取材をしに来た岸部露は……「あの」……ん?」

 

「…………サイン、ください……!」

 

 週刊少年ジャンプで現在も尚絶賛連載中の某超有名漫画家の「え?」という声は、ファンなんです、と彼に向かって言い放ちながら青い眼をキラキラとさせ、更に何時の間に用意したのか金縁の上等な色紙を向けてくる、女子大生の勢いでもってかき消された。




・青木さん
四姉妹の長女。レッスンは厳しめ。

・広瀬康穂
第八部ヒロイン。今ssでは康一・由花子夫妻の娘と捏造。

・米内Pと内匠P
U149とWWGより。

・栞子さん
ビブリアの方。実写なんてなか【自主規制】

・岸辺露伴
一回破産したが元気。

・おじさん
初歩的なことだ、友よ。
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