美波の奇妙なアイドル生活 作:ろーるしゃっは
────見えるかしら、この子。
東京某所、黄昏時の海岸埠頭。年齢にそぐわぬ妖艶な色気を放つ美少女の唇から紡がれた言葉は、ジョースターの血を引く若き男の警戒を引くに十分だった。
「……なあ、奏」
波紋だけで、切り抜けられるか?
話しかけながらも密かに
疑念に伴う緊張と意地が撹拌され交錯する中、丈瑠の口から出た一言は。
「……『
先んじて言うだけ言う。不穏な気配を感じた場合、
その後は……逃げよう。いや言葉が悪い、戦略的撤退といこう。ごく大雑把な対策を組み立てたところで。
「……すたんど?」
疑義を顔に浮かべた彼女の表情と言葉はさもありなん、何だそれはという反応であった。
(未だに動かねえってのは、こりゃ相当の手練れか……ん?)
……今、彼女は確かに「知らない」と言ったか?
コォォ、という独特な呼吸音と共にさりげなく半身の姿勢を取った丈瑠が顔を上げるとそこにあったのは、きょとんとした様子の少女の姿。……あれ?
「……あの、マジで知らない?」
「知らないわよ。全く。……ねえ、それじゃあ流れ的に聞く限り、私のコレって……」
……キミの言う「スタンド」、ってヤツなのかしら?
何を当たり前の事を、と思わず言いそうになったものの、此方を見据える金色の眼は至って真剣で。その時点でやっと気が付いた。
(アレ?この状況、もしかして……)
……俺の、早とちり?
☆
「────てところなんだけど、ココまでで聞きたいことある?」
「……えーっと、どこまでフィクションなの?」
とりあえず、ざっくりスタンド諸々について掻い摘んで話した、彼女の感想はそれだった。まあ無理もない。同じ日本人とはいえ一般家庭で育っただろう彼女と、生まれた時からスタンドが見えて聞こえて話せて触れた人間では成育環境が全く違う。カルチャーギャップどころの話ではない。
嘘みたいっしょ、でも全部本当。聞いた彼女は開いた口が塞がらない、とでも形容できる表情だった。
「私、てっきり急に自分が霊感にでも目覚めたのか、と思って真剣に悩んでたんだけどね……」
ため息ひとつのちに、ぽつりぽつりと呟き出した彼女の言葉を纏めると。聞けば
当初は疲れ目か何かかと思ったが、一向に改善される気配がない。念の為眼科と脳外科まで受診したらしいが、しかし結果は近視も乱視もなく、脳波も勿論異常なし。かえって健康優良児ぶりを証明しただけだった。
ならば神頼みとばかりお祓いも行ってみたが勿論効果無し。さりとて親や友人に言おうとも、目に見えぬものが理解される訳もなく。
結局二進も三進もいかなくなり、今後どうすべきか悩んで学校からの帰り道をフラフラし、あてもなく辿り着いた埠頭で思いつめていたところ今に至る、との事である。
どうやらこのジョースター家の末裔、知らないうちにお悩み解決に一役買ったらしかった。
「まさか、こんなにあっさり解決とはねえ」
あっけらかんと話す奏の表情は、なんだか拍子抜けといった感じも浮かぶ。ついでなので被せてみる。
「ちなみに、いつから見えるようになったんだ?」
話だけ聞けば御伽話。でも誇張抜きに真実なのだから手に負えない。万感を抱きながら奏は思案。
「いつから?そうね、確か…………春休みにアメリカ旅行に行った後、だったかしら」
「…………ナルホド」
聞くなり彼は素早く黙考。
(つーと目覚めかけの半覚醒状態、ってとこか。一応あの金髪縦ロールの一派に目ぇ付けらんねえように守る必要があるな、これは……)
てことで「なんかあったら連絡して」などと含みを入れつつ、
しかし後日予想だにせぬ意外な形で再開することになろうとは、この時の二人は露ほども思っていなかったのだった。
☆
(……
場所を移して同時刻、346プロ併設の寮東棟。その最上階の更に上、夜の屋上テラスに佇む二宮飛鳥は一人静かに黄昏て、何やら小難しい思考を脳内で垂れ流す。
東京五輪の開催決定に伴って再開発の進む街の一つ、渋谷。アジア有数の大都会の見事なネオンが一望できるこの静かな場所は、好きなだけ思索に耽られることもあってか、密かに彼女お気に入りの場所だった。
内実は何のことはない、中二的黄昏スポット探しにうろついてたら偶々発見しただけなのたけど。
最近は肌身離さず持っている、手持ちの薄型MP3プレーヤー。繋いだカナル式イヤホンからは、FMラジオの新人コメンテーターが解説する夜のニュースが流れてくる。
『────次のニュースです。先日発生した殺人事件の続報ですが、都心方面に逃走したとされる犯人と思わしき人物が本日、渋谷駅構内の監視カメラに映っていたとのことです。警視庁は現在監視態勢を強化して捜索を続けておりますが、未だ検挙には至っておりません。近隣住民の皆様は充分に────』
また殺人事件の報道だった。加害者は顔に刺青を入れた黒人らしい、と学校で噂があったが、真偽の程は分からない。
しかし、日本ってこんなに治安の悪い国だったか?帰寮して早々の第一報から重犯罪のニュースとは、まったく陰惨なことこの上ない。齢一四の少女は些か気が滅入る心持ちだった。
(こないだの雑誌記者の変死体の事件と言い、何かと物騒だね、東京は)
それに比べて、と思わず故郷・静岡の牧歌的な茶畑の光景が脳裏をよぎる。離れて初めて気付いたが、アレはあれで中々に貴重な景色だったのだ。主に空気の綺麗さとか。
(……ああいけない。これじゃあ早晩、ホームシックに陥ったみたいじゃないか)
郷愁の念に自分が少々引っ張られているのを知覚した彼女は、折角の憩いの場が湿っぽくなってしまう、と思考を切り替え緑茶……ではなく生ぬるい缶コーヒーを啜る。お茶所の出身ながら、グリーンティーを愛する嗜好は彼女には無い。
そんな折ふと腕時計に目をやると、時刻は程なく夜の9時。間も無く屋上が閉錠される頃である。黄昏タイムを切り上げて、そろそろ部屋へと戻らねばならない。階下のロビーで寮友と喋ってても良いのだけど。
「大浴場は……今日はいいか。部屋付のシャワーで済まそう」
夜景に背を向け屋内へ。そのままアール・デコ調の装飾で彩られた、矢鱈に貴族趣味なエレベーターに乗り込んで独り言。入浴したら風呂の中でうたた寝しそうだし諦めようか、となんとなしに決めた時。
左手首に一瞬、前触れもなく刺すような痛みが走った。
「熱ッ!…………!?」
火傷と錯覚するような感覚。何だ、と思い目をやると熱源は……日頃離さず着けている、腕輪から。
(……え?)
疑惑。こんな無機物が急に発熱する熱源足り得るなど、普通に考えれば有り得ない。証拠に今まで10年近く、そんな事一度も無かったのだから。
(蜂にでも刺された……?いや、違う。今のは確かに……)
エレベーターに乗り込みつつも、半ば恐る恐る慣れ親しんだ腕輪にそっと触れてみる。ひやり、と冷たい金属の感覚を指が捉える。うん、いつも通りだ。
御守りがわりの腕輪にあしらわれた、血のように赫く煌めく赤石を見詰めた。瞬間、タイミングよく音を立て、仰々しいエレベーターのドアが開く。目線を上げると、そこに居たのは。
「あれ?どうしたんですかぁ、飛鳥ちゃん?」
ボタンを押した格好のまま扉の前に立っていたのは、346プロアイドル部門・第一期デビュー生にして人気ユニット「ハッピー・プリンセス」の一員、佐久間まゆだった。
階下の大浴場に立ち寄った帰りだろうか、仄かに赤らんだ顔と湯上りと思わしきやや濡れた髪が艶かしい。
「あーっと、急に左腕が疼いてね。気にしないでくれ、まゆさん」
言ってから「しまった」、と飛鳥は独りごちる。こんな邪気眼丸出しの解答、彼女に正確に伝わるわけないじゃないか。テンパって素で答えてしまったが、しかし大凡事実なのでどう答えたら正解だったかわからない。
斜め上の返答にハテナを浮かべたまゆだったが、問い掛けられた側が困っているなら深追いはしない。おっとりしているように見えて実は嘘に敏いの彼女の第六感も、飛鳥が虚言を弄しているとは伝えてこなかった。
「そ、そう?大丈夫ならいいんだけど……」
「助かるよ、ありがとう」
余談だが、佐久間まゆという少女は(専属のP絡みの事でなければ)基本的にいい子である。というか少し人より情が深いだけで、日頃は寧ろ気配りの人として知られている。決して巷で噂される、安易なヤンデレヒロインなどではない……筈。
廊下のソファで取り留めもない雑談を交えてのち、おやすみと言い合いそれぞれの個室へ向かう。
帰室した飛鳥はシャワーを浴びるとベットにダイブし、5分も経たず早々にぐっすり。
年不相応に賢いと
☆
ブルル、ブルル、と。何かが震える音がして、飛鳥は幾分早い覚醒を余儀なくされた。寝ぼけ眼を擦りつつ、布団の中から手探りで枕元のスマホを掴む。時刻は午後2時、草木も眠る丑三つ時というやつだ。
(さっきから何だもう……着信?)
と思って探った音の発生源は携帯、ではなくなんと…………腕輪だった。バッテリーどころかボタン電池すら入ってないのに、何故か規則的に振動しているのだ。まるで意味がわからない。
(待って……バイブ機能なんて付いてたっけ)
いやいや、10年近い付き合いだけどそんな覚えは全くない。じゃあまさかポルターガイスト?あらぬ妄想に思わず肝が冷えた、その時。
『お目覚めかい?小さな
「わひゃあっっっ!!??」
頭上から飛んできた声に、弾かれたように素で女子っぽい悲鳴をあげてしまった。キャラ崩壊に繋がるからやめて欲しい。少なくともこんなところ、他の子には絶対見られたくない。
音源たる場所を眺めると、いつのまにか男が一人そこにいた。346女子寮の飛鳥の個室、中空にさも当然というかの如く、その男はふよふよと浮いていた。
「き、君、は……!?」
枕を抱えて後ずさる。単なる不審者とかいう枠を超えて音沙汰なく現れた奴は、ゆらゆらと漂うばかりではない。半透明の癖に妙にリアリティあるし、……ああ、もしかしてこれっていわゆる。
(ああ、アレだ、コレは夢だ、夢。割とタチの悪いタイプの)
んでもってこの男は、346プロ所属の妖精さんか何かだろう。この事務所キャラが濃い人多いし。にしても疲れてんのかなボク。もしかしたら明晰夢かも。寝落ちドッキリに近い急展開に現実逃避してる飛鳥を尻目に、無情にも男は何やら宣いはじめた。
『無礼は元より承知の上さ。夜分遅くに済まないが、少しだけお付き合い願えるかな?君にとっての懸案を伝えに来たんだ』
この時間が尤も私の霊力が高まるのでね、と付け加えて。存外に爽やかな声の主は、涼しげな目元をした年若い紳士だった。
夏に相応しくない鳶色の夜会服(暑そう)とシルクハットを隙なく着こなし、彫りの深い人種でなければ嵌め込めないだろう銀縁
警戒半分に彼の細部を観察するうち、飛鳥も自身のメンタルの安定を図っていたらしく。
「……すまない、先ずボクは、貴方に心当たりがないんだけど」
流石にその格好なら、一度見れば忘れないとは思うんだけどね。
まるで舞台役者みたいな出で立ちの彼に、なんとか調子を取り戻そうと四苦八苦しつつ問うてみる。
「ほう、見覚えがない?私に?」と彼は訝しがるも、直ぐに何やら得心がいった様に膝を打った。
『……ああ、無理もないか。そういえば
心配していたのは私も同じだったが、と小さく彼が付け加えたのを、飛鳥は聞き取れなかった。記憶?と思わず反芻していたからだ。一体どうやって盗むのだ、そんなもの?思わず尋ねると。
『何処って、君の魂からさ』
「……………………」
わあ、電波な人なのか。やっぱりこいつは夢の類だ。この時ばかりは奇しくも、自分のことをさて置いて青眼の少女と似たようなリアクションを取っていた飛鳥だった。
「……ま、まあいいや。それより一体誰なんだい?キミ」
『仔細は尋ねないのかい?今言っても詮無きことだが。……ふむ、その腕輪の
(…………え?)
少々詰まらぬ話をしよう。神秘を隠匿するには、やはり神秘の多きところに。木を隠すなら森の中、という事だよ。──そう彼は前置きして述べ始めた。何だこの人色々いきなりすぎないか、という心中の飛鳥をさて置いて。
『残念ながら私の愛する
キミの巻いてる、その
刺激的フレーズの連打に次ぐ連打。これに半分寝てた彼女の頭は瞬時にフル覚醒までギアチェンジ。現金なくらいの変わり身の早さに自分でも驚いた。数年来の謎を解決する糸口が、僅かばかり見出せた気がしたからだ。
「な、……なら知ってるのかい!?コレの、正体……!」
問うなりふふん、と彼はまるで宝物を自慢する子供のように、至極あっさりとその正体を口ずさんだ。
『そいつは元々私の
要約すると。
「貴方の仕事道具で貴重品、てこと?」
いかにも、と彼は一言。
にしても、持ち主居たんだ、これ。実家のやたら厳重な鍵箱に入っていた、ありし日の腕輪を思い出す。開かずの箱と祖父は述べていたが、どうやら眼前のこの男が箱に入れた張本人だとのこと。
しかしこの腕輪、確か元々身元不明と言うことで譲り受けたものだった。気に入ってるマストアイテムなんだけど。正しい持ち主が見つかったのなら、名残惜しいは惜しいけど、筋から言って本来持つべきなのは。
「なら………………返すよ、これ」
彼で、あるべきなのだろう。流石に盗品を巻き付けるのは気がひけたし。元は貴方のなんだろう?だったら、と言外にそう込めて。しかし。
『いいや、これは君が持つべきだ。古き物は行く先を自ら決める。君が箱を開けたなら、腕輪の寄る辺は君の側だ』
にべもない拒否どころか、寧ろ背中を押されてしまった。更に「そうそう、ついでに君に伝言があってきたのさ」などと彼は付け加え始めたのである。
「伝言?」
『ああ。というよりこちらが本題だ』
君のご両親や祖父母と違い、私は「可愛い子には旅をさせろ」派でね。というわけで、包み隠さず行かせて貰うよ。
何やら意味深な言葉を発した彼から紡がれた言葉は、例えるなら、船の汽笛の鳴る合図。
『……間も無く、君のもとにも嵐が来るだろう。私と再び
──出航の帆は、此処に張られた。
☆
妙な切り出しから始まったのは、彼が持っていたという不思議な力について。
男が織り成す妙なる話に引き込まれていたのに、未だ外は宵闇の中。幾分時が経ったかに思えたがそこまででもなかったらしい。でもって話を聞くにつれ、聴きたい事も比例して増えていく。
「……ホントに実在するのかい?そんなチカラが」
何言ってんだこいつ。聞くに任せた荒唐無稽な話の感想は疑問符つきのものだった。
ただ彼女が疑ってかかるのも無理はない。成る程確かに引き込まれる面白いストーリーではあった。それでも疑う理由は一つ。飛鳥にも無論あるのだが、人は誰しも超常の能力に憧れる生き物である、
フィクションを例にとれば、例えばかめはめ波が撃てないか練習してみたり、水見式を実践してみたりした人は、恐らく少年ジャンプの熱心な読者あたりに少なからずいるだろう。本気かどうかは別としても。
漫画でなくても実例はある。エルサレムに行っただけで「天啓を得た」と勘違いしたり、こっくりさんをやって「本当に降霊に成功した」と思い込んだりと、人間は古くから人知の及ばぬ力に焦がれてやまない。
しかしそれらはあくまでフィクション、現実にはあり得ない。本気で言ってるなら脳の異常か薬物乱用を疑うべき。そう、思っていたのだけど。
『無論、事実さ。ヒトの魂とは我々が思う以上に強く、そして柔軟なのだよ。それを変質させて得るチカラこそ───』
───自らの側に現れ立つ、力ある像。通称…………
「スタンド、だっけ?」
『ああ。そして君の望み如何に関わらず、セカイは君を放って置かない。その時君に、悪霊と手を組む勇気はあるかい?』
「……どうなるんだい?誘いに乗れば」
『君を取り巻く全てが変わるさ。自分次第で良くも、
成る程。徹頭徹尾自己責任とは分かりやすい。
スケールが大きすぎて未だに眉唾だけれども。もし本当ならこんな話に、こんな時「ボク」が返す答えは、きっと一択なんだろう。
「──いいさ。ならキミのいう悪霊とやらと、相乗りしようじゃあないか……!」
ブレない初志を貫いてこそ、二宮飛鳥はアスカ足り得る。にべもないその即答に、紳士はニヤリと人を食ったような笑みを浮かべた。
『宜しい。その意志確かに受け取った。ならば君の
いやどんな十八番だ。それじゃあまるで泥棒じゃないか。
見た目品が良さそうなのに、本性は一体どういう人なんだろう。興味のままに飛鳥は、もう一つ聞きたかったことを誰何する。
「……そういえば、結局貴方は誰なんだい?」
予想したけど正体分からなかったし、と考えてると。
『気付かないかい?キミと同じこの
返って来た答えに眼?と言われて考え込む。純日本人ではあり得ない発色の、自分の眼。義眼でもカラコンでもない、密かに気に入ってる紫紺の瞳。幼少期は周りと比べて目立つので気にしていたこともあったが、今ではチャームポイントとして成り立ってる自分の一部。
鏡で毎日見てるそれと彼の眼の色は、言われて見るとよく似ている。どころか、全く同じじゃあないか?
………………ならば、眼の色がヒントって事は。
「……あの、貴方は……」
『まあ、勿体ぶる程でもないかね?ならばとくと聞くが良い、君にも連なる
☆
ジリリリリリン!
やにわに鳴り響いたけたたましい目覚ましの音で、二宮飛鳥は目を覚ます。
「な……」
無機質で無遠慮な機械音に、ここ一番のクライマックスを遮られたと理解するまで、寝ぼけ眼で約3秒を要した。
「……此処で終わりぃ!?」
凄いイイとこだったのに!……というか、今の。
そこでハッとなって枕元に置いてあるブレスレットを急いで手に取り、まじまじと改めて見つめる。
猛禽の尾羽を象った金の台枠。中心に据えられた不格好ながらも鈍く輝く赤石は、いつもの如く見ているだけで吸い込まれそうな妖しい魅力を放っていた。
夢の主役はそんな感じだし、何より一番の懸案は、今しがたまで夢に出てきてたあの回りくどい話し方のイケメンだ。
ボクは、彼の顔を、確か。
(……昔、何処かで見た気がする。こう、喉元あたりまで出掛かってるんだけど……)
思わせぶりな台詞から分かったのは、どうやら自分の血縁者ということだけ。それも恐らく自分の先祖に類する人間。しかし、特定する要素があと一歩って所で出てこない。一抹の気持ち悪さを感じたが、加えてそれに勝るくらい、何か。
「……諸々含めて何か、腑に落ちない気分だよ…………」
まあ、あまり愚痴ってもしょうがないか。夢に関しては運が良ければまた続きが見られるだろう。かの男もあと二、三回みれば誰か見当がつくかも知れないし。
とりあえず学校行かなきゃ。思い立つと掛け布団を手早く畳みだす。
先程までみていた筈の奇怪な夢のことなど、その時はもうすっぱりと頭の片隅に追いやっていた。
☆
(結局、気が散って授業どころじゃなかったな……)
なんだかんだ日中は夢がリフレインしてきて、色々上の空だった。ただでさえ超常のチカラに憧れる年頃であるからして無理もないが。
さて帰宅した飛鳥は夕食もそこそこに自室へ籠り、部屋で独りごちていた。目の前にあるのはかの腕輪。目的は勿論───
(あの怪しいヒトの言うところに拠れば、だ)
───スタンド。授業中に有りっ丈の脳内ストレージを動員した結果、この概念はこないだ買ったゲームに出てくるペルソナなるものによく似ている。となればそれは、素質もさる事ながら精神力や気の持ちように強く依存するんじゃないか、と勘繰った。
仮にスタンドが、実在するとなれば。
(眉唾でも試してみる価値は…………ある気がする)
怖いもの見たさ半分、興味半分。好奇心は猫をも殺す。
幼少期、誰しも一度はやってみるだろう無謀無茶。例えば水面を歩く練習とかその類の。正に彼女はこの時、真実童心に帰っていた。
呼吸を整え背筋を伸ばし、自分だけの像を強く念じる。何、妄想力なら過分にあるから心配ない。
(世界中のどこかにいる、……ってコレは駄目だ。抑止の輪より来たれ、天秤の……いやコレも駄目だ)
大事なのは文言じゃないだろうと、何となくアタリをつける。何ら根拠が無いけれど、込める願いの純度は100%だった。それが奏功したのだろうか。
(出てこい、ボクが結ぶ、ボクだけの魂の
気合いを入れて念を込めると、現れたのは。
……中空に鎮座する、真円を描く球体だった。
☆
無機物のような質感を持つ銀色の球体。表面は滑らかで一片の傷もない。一言で言うと…………なんか謎の物体だった。
「…………えっ?」
なんぞこれ。いやこういう時って大概アレでしょ、お約束でなんかカッコイイ、赤い外套の英霊とか燕尾服の悪魔執事みたいのが颯爽と出てきて、んでもって主従揃って謎の事件とか戦争を経てセカイを救ったり禁断の恋に落ちちゃったりするやつでしょ?ジャンルが遊星からの物体Xとかになってない?というか。
(………………何、この丸いやつ)
見た目的にはまるで。
「…………GANTZ……?」
そう、大きさとか存在感とか、某人気青年漫画に出てくる謎の黒い球体そっくりだった。色違いなあたり格ゲーの2Pカラー感があるし、一旦そう思うと、心なしか中に人とか武器とか入ってるような気もしてきた。ただ目下の問題は別にある。何故なら。
(どうしよう、何も動きがない……)
空中に鎮座している謎の球体は、まるで指示待ちでもしてるかのごとく動かない。お前から干渉してこいよ、とでも言いたいかのようだ。
(…………触るだけ、触ってみようか)
怖いもの見たさも兼ねて恐る恐る、ぴと、と手を触れた瞬間。
『
「!?」
(喋っ、た、!!?)
いきなり球体から投げかけられたのは─自身の聴覚が正常ならば─フランス語に他ならない。驚きから手を離そうとするも、何故か掌が吸い付いたように離れない。まさかの事態に困惑しつつ悪戦苦闘ののち、約三秒後。
『
尚も飛んで来た第二声で確信。間違いない。暫くぶりに聞いたが、これは確かに日本語ではなくフランス語。にしても……言語設定?相次いで突飛な事を言い出す球体に、飛鳥は思わず首を捻る。
(……ていうかこれ、ボクに向かって聞いてるって事でいいん……だよね?……そもそもスタンドって皆独立した自我を持ち、且つ……意思の疎通が出来るものなの?)
夢の中のおっさんにもっと聞いとけば良かった。疑念は山程積まれつつある。しかしまあ、だんまりも良くないか。色々とツッコミ所満載だが、答えを一応この球体に倣って返そう。返答をくれるかも未知数だけど。
「Si
半信半疑ながらボールを投げる。別にフランス語でもいいと言えば良いのだが、正直言って常用してないので頭が疲れる。お陰で現在言語野が絶賛フル回転である。こちとら母語は日本語だし、最近勉強してるのはドイツ語なのだから。
(そう言えば、東京来てから初めてまともに喋ったな、フラ語)
なら言語設定は英語の方がいいんじゃあ、って?学校で習ってる途中だから後回し。ただし、英単語の半分近くは元々仏語からの借用であり、加えて文法は同じラテン語圏。ということもあって飛鳥は大して勉強せずとも、中学英語の試験程度なら高得点を余裕で取れるのだが、そんなことは今はさて置き。
彼女のネイティヴ顔負けのアクセントのフランス語を言葉正しく認識したのか、謎の球体は程なくお返事をくれた。
『
宣言の、きっかり二秒後。
『……解析終了。それでは名をお教え下さい、
本当に日本語対応だった。親切設計なのかそうでないのか。なんて七面倒くさい仕様なんだ。これを作ったのは余程の捻くれた奴だろう、作成者出てこい。…………あ、ボクだったか。
「……二宮飛鳥。ファーストネームで構わないよ」
『登録完了。それではマスターと呼ばせて頂きます』
「ね、今の台詞聞いてた?」
なんだこのスタンド?会話の双方向性が意味消失してないか?
『貴女様。それと提案がありまして』
「それは良いけどマスターって呼ぶって決めてなかったかい?」
やばい、このマイペースぶりは疲れる。逃避したい。もうエクステ外してるし、このままお風呂入って寝たい。
「……ま、まあいいや……どんなのだい?」
埒があかないとばかり半眼になりつつも先を促すと、謎の球は何事か語り出した。
『親睦を深めるためにも、参考までにスリーサイズを教えて「却下」……な、何故ですか、ご主人様!説明を要求します!』
聞く意味が分からない。しかも呼称また変わってるし。
(こんなんばっかか、ボクの周りは?!)
ラウンズの歳上三人といる時に匹敵する。いや、彼女達は皆基本いい人なんだけど。偶に志希主導で頭のネジ飛ばし大会を始めるから手に負えない時があるだけで。
何せ常識人だと思ってた美波・文香ペアでさえ割とノリノリなのだ。ああいった普段大人しいだろうタイプがはっちゃけてしまうのは、親しい人の中に思い切りブッ飛んだ奴がいる場合と相場は決まっている。朱に交われば赤くなる、とはけだし名言である。
偏頭痛を幻覚しながら額に手を当てた彼女は、健気にも続きを促す。
「ああ、ボクから一つもいいかい?……スタンドを使いこなすには、一体どうすれば良い?」
『Don't think , feeeeeeeeel!』
鮮やかな即答だが全く役に立たない。ブルース・リーをリスペクトしてるのかは知らないがこちとら乗りこなし方を聞いてるんだ、コツを教えろコツを。
「……あのさ、せめてもうちょっとマシなアドバイスを」
『考えるな、感じろ』
思わず蹴ったのは悪くないと思う。しかし痛くなったのは蹴った自分の脚の方。文字通り金属めいた手応えも加味された一撃に、向こう脛を抱えてぷるぷるしながら蹲る。
「…………いっ……痛っつぅ……!」
『そりゃあ貴女のスタンドなんですから。ダメージは自分にフィードバックしますよ』
「ご丁寧にどうもね……!てか今初めて聴いたよ其れ」
なんだこのめんどくさいスタンド。
(……あー、凄く疲れた。……もう寝よう)
『おねむですかお嬢様』
「静かに」
もう限界だ。
形成していたスタンドを、集中を解き霧散させる。ベッドに半ば飛び込む形で潜り込むと、そのまま朝まで不貞寝した。
スタンド使用が
☆
翌日夕刻。夜の渋谷区を疾駆するのは、昨日そんな事があって今一寝不足気味の橙髪の少女であった。
(しまった、すっかり遅くなっちゃった……!)
名を誰あろう、二宮飛鳥。学校帰りに友達と買い食いした後カラオケいってダーツ、という中学生活を満喫してたら、気付けば寮の門限近くになっていたことに気づいたのがついさっき。そんな訳で間に合わせんと健脚に鞭打って走ってる最中であった。
(こうなったら近道、使おうかな)
プロダクションから寮へ向かう、非推奨の近道。即ち大通りではなく坂を上る裏道を使う。
(正直言って、あんまり好きなルートじゃ無いんだけど、ね)
実は彼女の今通ってる道、プロダクションから直々に「通行をおススメしません」とついてる所だったりする。
なんたって立ち並んでるのは怪しげなホテル街とアダルトショップと風俗店。おまけに声をかけてくるのはキャッチのおっさんかポン引きの売人。道端には吐瀉物とタバコの吸い殻、運が良ければ靴の裏にもれなく吐き捨てられたガムがついてくる、という通りなのだ。歌舞伎町もかくやといったロクデナシのよくばりセットである。
ふらついている千鳥足のおっさんをかわしつつ、通りに足を踏み入れる。と、やはりというべきか何処からか饐えた臭いが漂ってきた。思わず整った面貌にしかめ面を浮かべる飛鳥。
しかし、ここで一つ、酷く違和感。気付けばいつもは平日夜でもそれなりに賑わう裏通りに、人っ子ひとりいないのだ、
その時だった。
出て曲がりきったその先に、ある
(こんな時間に、こんな所に小さい子供?)
明らかに不自然だ。1mもない背丈の低さからして小学生未満だろうか。迷い子ならば保護すべき、そう思い立ち。
「……あのさ、君どこから来たの?迷子……だったり?」
親切心で声を掛けた。……後から思えば、これが大きな間違いだった。
「ダアレ、オネエサン?」
そう言った子供は勢い良く振り向いた。前を向いていた
「なっ…………!」
グリン!!とこちらに向けて振り返った少年は、その挙動一つだけでも明らかに異常だった。
(……違うッ……唯の子供じゃあ、ないッッ!!)
恐怖からか思わず自分が後ずさりするのを知覚する。しかし発した言葉は消せない。飛鳥を認識したのか不意にぎょろり、と此方を向いたソレは、不意に彼女が左腕に付けている腕輪に嵌められた
(腕輪、を見てる、のか……?)
永遠にも思える一秒が立ったのち、瞳孔の開き切った少年はなにかの確信を掴んだように口角を吊り上げる。口の中から鉤針を覗かせる少年が発する、感情を鋳潰した声が耳朶を打つのを、飛鳥は半ば茫漠と聞いていた。
「……ミツケタ……!」
・奏のスタンド
発現しかけ。
・丈瑠のスタンド
まだ引っ張る。
・飛鳥のスタンド
なんでしょう。
・飛鳥の血筋フランス系設定
アイマス恒例、中の人ネタ採用。
・謎のおっさん
一体何セーヌなんだ…。
・謎の子供(?)
多分きっとスタンドが使える。