美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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 ……だから、闘う。

 

 宣言した少女の華奢な体躯に、煌めく鏃が埋もれた。他ならぬ彼女自身の(つよ)い覚悟で。鈍色の刃が少女の身体を貫通するかしないかという、瀬戸際。

 

「──クレイジー・D(ダイヤモンド)ッッ!!!」

 

 ほぼ反射で仗助が発現させたスタンドの振り抜いた腕が、彼女の胸にたった今空いた刺し傷を跡形もなく修復する。損傷した臓器、血管、表皮、心筋、神経、その他全ての凡ゆる異常を。

 

「なんつー無茶すんだ、志希……!」

 

 今しがた彼女の身体を透過した幽体の左手は、確かに矢を掴んではいる。が、男は表情に焦燥を隠さなかった。

 クレイジー・Dは復元と言い換えてもいい程の高い修繕能力を持つが、()()()()までは治せないから。

 横合いからの緊張感を孕んだ声に、少女は。

 

「あ、はは…………思ったより、けっこー痛いんだね、これって……」

 

 乱れた臙脂の髪が頬に張り付いているのも構わず、無理やりに笑顔を作って痩せ我慢をしてみせようとした、その時。

 少女の口元から、一筋の赤い線が伝うの合図に。

 

「…………ッッ!!?」

 

 ドクン。突如として訪れた心臓の乱暴な拍動に、ベッドに腰掛けた身体が痙攣するかのように跳ねた、一拍後。縦横無尽にシナプスが張り巡らされた複雑怪奇な彼女の脳内に、突如不躾で気ままなナニカが産声を上げた。

 

「な、に、こレ…………!?」

 

 頭の中を、得体の知れない概念が蠢いているのを感じる。

 得られた情報の濁流を骨格にし、脳内のデータフォルダを片端からひっくり返してイメージを肉付けし、未知の領域までも演算して作り出されていくそれは、きっと己の分け御霊。

 魂という名の真っさらな球体を、明確なカタチを持った(ヴィジョン)へと変貌させるその工程は、紛れもないスタンド覚醒の兆しだった。

 しかし精神の核を為す魂の急激な変貌は、相当に負担がかかって然るべきもの。

 加えて志希は昨日までスタンド発現の兆しすらなかった魂の変質を促成するため、矢を自らに無理矢理刺している。強制変化でかかる負荷は想像を絶するに余りある。

 

「志希ちゃんッ!」

 

 ぱし、と。傍らで唇を噛み締めていた美波が堪らず彼女の左手を取ったのち、志希の呼吸に合わせるように目を閉じる。意識を集中して送り込むは癒しの波紋。

 成る程、これなら確かに一定の回復は見込める。が、この状況では最早気休めにしかならない。

 一方で渦中の少女の全身、特に心臓と脳は降って湧いた高熱に尚も苦痛を訴え続けていた。荒縄で頭を締め付けられるような感覚に、思わず苦悶の声が漏れ出す。

 

「……アタマ……熱、イ……!」

 

 空いた右手で頭を抑えて、普段とはまるで異なるトーンでひとりごちる。苦しい。友人に目礼をする余裕すらない。

 マズい。このままでは感情のセーブが出来ない。沸き立つ激情の歯止めが効かない。己の理知と理性のみで、暴れ回るこの魂を抑えきれない!

 瞬間。低く呻いた彼女の真後ろ、伸びた影の中から勢い良く、得体の知れない何かが飛び出した。夕陽に照らされ妖しく艶めく、爬虫類みたいな光沢を持ったそれの正体は────

 

「……蛇…………!?」

 

 

 ────巨大な二対の、蛇だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 全長およそ20m。胴回りは2m近くあるだろうか。黒曜石とルビーを貼り付けたような色合いの大蛇が2匹、影の中から弾かれたように飛び出した。

 

「「Gaaaaahh!!!!」」

 

 (つんざ)くような咆哮を同時に挙げた2匹の蟒蛇(ウワバミ)は、金色の目でお互いを認識するなり身体を噛み合い始めて暴れ出し。

 ただでさえ手狭な客室は、たちまち台風にでも遭ったような悲惨な様相へ変貌していく。

 

「マジかよッ!?」

 

 仗助が思わず溢すくらいには、破壊の余波は大きかった。見舞い用にと活けられた花は花瓶ごと砕け、壁掛けテレビやカーテンは諸共に粉々になって飛んでくる。危険極まることこの上ない。その時。…………彼の明察な直感が、警鐘を鳴らした。

 

「伏せろッ!」

 

 言葉を聞いてほぼ同時。背の星痣が泡立つような感覚を覚えた美波が、咄嗟に満足に身動きの取れない友人を抱えるように身を伏せた。と思ったら、直ぐさま彼女らの頭上を蛇の尻尾が高速で振り抜けていった。正しく間一髪である。

 

「此処じゃあ移動もままならねーぞ……!」

 

 ボヤいた仗助だったが、ふと。咄嗟に覗いた部屋据え付けの窓の下からこちらを見上げる人影を発見。階下の貴賓室にいた、ジョルノだった。

『降りてこい』。彼の口から発せられた言葉を、読唇術で以って喧騒の中でも美波と二人して瞬時に解読。荒事に慣れた又姪と大叔父は直ちに脳裏で闘う手順を策定、実行のための役割分担に入る。

 

「一旦中庭まで出る!掴まれ、志希!」

 

「えっ、えっ!?」

 

 目を白黒させる志希を余所に、彼女の身体を仗助がひょい、と抱え上げる。スタンド、本人共に膂力で美波のソレに勝り、何かあってもすぐ治せる。元々後方支援に向いてるのが、クレイジー・Dの特性だ。一方で───

 

「私が先陣切ります!」

 

「直ぐに行く!捕縛だけ頼むぜ!」

 

「任されましたッ!」

 

 ───陽動は美波。スピードに勝り小回りが効き、エコーズの如く独立した自我を有するスタンドであるため、本体こそ一人でも実質二人掛かりで牽制出来るようなもの。

 何より根っこは実父に似た性格のこの少女、空条美波は鉄火場であっても全く慌てやしない。故にこそ此の配置が適正なのである。

 

「応!んじャ〜ア改めて、"クレイジー・D"ッ!!」

 

 ドララララララァ!!掛け声と共に一瞬で壁に大穴を空けたプロデューサーは、迷い無く空洞の際まで躍り出る。即座に空いた隙間から飛び出んとする大蛇二匹を、阿吽の呼吸で誘導するは親族たる新米アイドル。

 

「降りて決着、つけましょうか」

 

 ゴオン!威勢の良い台詞と共に駄目押しとばかり波紋を練り込んだ震脚を一撃。亀裂だらけになった哀れな床を尻目に、彼女は新たな破砕音に反応したスタンドを巧みに誘導。そして。

 

「───コッチよ、アナタ達!」

 

 真っ逆さまに躊躇いもせず窓から階下へ、蛇二匹の先陣を切るように飛び降りた。直ぐ後ろを追尾するように落下して行く大蛇を視界に捉えつつ、仗助もまた腹を括る。

 

「ブッ壊した破片が元に戻る前に降りるぞ志希!舌噛まねェよーに口閉じてなッ!」

 

 息の合った連携は、彼等がお互い踏んだ場数の多さ故か、それとも付き合いの長さ故か。

 しかし。つい昨日までJKアイドルだった少女は、天才たる自分のことを棚に上げて、担当Pと同僚の急な破茶滅茶ぶりに珍しく目を丸くしていた。

 

「ふ、二人ともっ……」

 

 今しがたスタンドを発現したばかり、かつ疲労困憊ということも相まって、いささかこの二人の突発的な非常識ムーブは衝撃が強かったようで。

 

「…………ここ9階ぃぃぃ!」

 

 御指摘、実にごもっとも。ただジョースターの末裔達にとって、この程度の高低差なぞ誤差の範囲内である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 抱えて、踏み出し、飛び降りる。又姪の飛び出した一瞬後にやはり空中遊泳を決め込んだ彼等のうち、彼の方は。

 

「大丈夫だ!即死じゃなけりゃあどうとでもなるッ!」

 

 正確には『(自分を除いて)どうとでも治せる』、であるが。どちらにせよ自社アイドルに向けるには著しくトンデモな発言を繰り出し、伊達男は下へ下へと落ちていく。

 一方で先に落ちながらも空中で絡み合っていた蛇は、真下にあった目黒支部は中庭ガーデンテラス中央部の噴水へと激突、交錯、急降下。二匹揃って勢い良くアサルトダイブした。

 一旦は沈黙した蛇ふたつ。その後一拍遅れで危うく地面とキスしてワイルドな肉塊になるやも、と思われた人間ふたりだった、が。

 

「────ゴールド・E(エクスペリエンス)ッ!!」

 

 ──彼らの真下には、ジャストタイミングで先程貴賓室からすっ飛んできたジョルノがいた。

 テントウムシにも似たスタンドが殴りつけた手近な樹木─ちなみに、庭師に結構な額の金を積んで管理してる見事なヒノキだった─は瞬く間に急速成長して網状に広がり、上から落下してくる彼女らを支える即席のクッションの役割を果たす。

 果たして空中から飛び降りて来た二人は、ネットと化した巨大植物に抱え込まれるようにしてゆったりと地に降り立った。

 

「サンキュー、ジョルノ!」

 

「礼には及ばん!にしてもあのスタンド…………動物型、いや群体型か!?」

 

 池ポチャならぬ噴水ポチャした二匹の蛇に、彼等は警戒を怠らず訝しむ。美麗な金糸を靡かせるマフィアの棟梁に、先程ダイナミック着地を決めたプロデューサーはというと。

 

「いんや、もしかしたらアレでワンセットかも知んねえ。それから今んとこ俺が攻撃と回復、美波ちゃんが捕縛だ」

 

 取り敢えずの作戦を立てつつ踵を返した両者もまた、状況打破を模索する。一方で先に飛び降りていた美波は己が役割を果たすため、何事か言葉を紡ぎ出していた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「───Flow back,(逆巻け)VENUS(ヴィーナス)

 

 僅かに一言。着地してのち着水した蛇の沈む噴水目掛けて私、空条美波は碧槍を水面へと突き下ろす。

 途端。槍の突き立てられた水面から刃先を伝って水が呼応するかの如く纏わり付いては逆流。刹那の間も無く私の()()()()()()()自在に形を作り出す。

 

(……容量ざっと3000ℓ、ってトコかしら?)

 

 そうそう、ここで付け加えておくと、ヴィーナスは何もスピードだけが取り柄ではない。無理やりに属性付けするなら「水属性」とでも呼べるこのスタンドの真骨頂は槍と鎧を力の基軸として放たれる力、「流体操作」にある。

 即ち、VENUS_SYNDROMEの本領は()()でこそ発揮されるのだ。

 

「個体確保成功。水場から出てき次第強襲しますか?」

 

 かくて目標を縛り付ける補助(アシスト)を成し、このまま次に移行せんとした時。

 けほ、と苦しげな声が一声。私に寄りかかるように膝をついている志希ちゃんのそれだった。

 見ればまるで噴水に沈んだ筈のスタンドのダメージがフィードバックしているかの如く、彼女の首に注連縄みたいな太い痣が浮かび上がっている。ということは。

 

「仗助さん、ジョルノさん、この症状…………!」

 

 一番近くで寄り添っていて、気がついた。

 

「自動操縦型じゃあない、遠距離型だったのか!」

 

 使い手本人にスタンドの負った傷がフィードバックしない自動操縦型と異なり、遠距離型や近距離型スタンドは比較的精密な動作を可能とするも、受けたダメージが術者に跳ね返るデメリットがある。

 勝手に暴れているからてっきり自動操縦型の方だとばかり思っていたが仕方ない、計画変更だ!

 

 水流が暴発しないよう、槍越しに流した波紋を確実にしかし素早く弱めつつ、連携を取る2人に確認。

 これ以上水圧を強めるのは危険。水で締め上げている自分のスタンド能力が彼女を苦しめている。そう判断した以上、波紋操作で以って水圧を弱めると即座に槍を引き抜き、宣言。何、負傷させた自分の不手際を謝るのは事態を収束させてからだッ!

 

「制御解きます!Break-Seal(拘束解除)ッ!」

 

 バチィッ!流体たる水をスタンドで操っていた私は、練り上げた波紋を解いて在るべき形へ水面を整地。

 ついでに反撃を警戒してか、手近な水を幾らか引き寄せて盾状に形成、志希ちゃんを取り囲む様に即席の防御陣を構築する。とそこへ。

 

「こりゃあまた、厄介なケースだな……」

 

「パパ!」

 

 ウチの最終兵器、到着。ガーデンテラスをものすごい勢いでのたうち回り、尚も暴走を続けるスタンドを牽制しつつ観察していた実父が、静かに唸ってスタンドへと歩みを進める。

 

「……ザ・ワールドじゃあ問題の先送りにしかならないな」

 

 暴走状態のスタンドは、実力行使で止めるのが結局一番てっとり早い。強力なソレ程尚更だ。折しも若き頃、留置所でアヴドゥルさんと一戦交えた時の経験則、らしい。

 目を険しくした最年長者は、自身の豊富な経験ももとに瞬時に状況判断を下す。選択肢(コマンド)は、──戦闘。

 

「スタープラ─「待ってパパ!」──心配すんな、連打(ラッシュ)は見舞わん!"星の白金(スタープラチナ)"ッ!」

 

 ドンッ!!横合いからの制止もそこそこに、紫を基調とした筋骨隆々の幽体が父の背後から現出、持ち前の超スピードで蛇の片割れの胴を羽交い締めにし拘束する。しかし。

 

「なんつーパワーだ……!」

 

 暴走状態にあるからか、発される力が凄まじい。……でも、迂闊にスタープラチナが連打を仕掛けてしまえば、スタンド使い本人が再起不能に陥るどころか死亡してしまうリスクが高い。よって到底全力では闘えない。そして、先程から思案していたジョルノさんも。

 

「僕の奥の手(レクイエム)は使っちゃあマズい、此処は大人しく拘束に専念させて貰うよ……!」

 

 通常能力で殴れば痛みがスロウで術者を襲う。さりとてゴールド・E・レクイエムで蛇を殴って無限ループにハマらせれば、対象のスタンドは暴走状態を永遠に繰り返すこととなる。

 攻撃を選択肢から捨てた彼は、手近な花壇を殴って促成させたツタを用いて、暴れまわるもう一匹の拘束に取り掛かかった。

 にしても歯痒い、打開策は何か無いのか!降って湧いた友人の窮地に思わず歯噛みする。

 

(……こんな時、広瀬さんか(たける)が此処にいれば……!)

 

 エコーズの重力操作か、もしくは()()スタンドがあれば思考する時間が十分確保出来るのに。この間にも時間を空費し続けてるため、ないものねだりもしてはいられない。

 考えろ、解決策は他に無いのか?捻り出そうとしたタイミングで。

 

「…………美波、ちゃん」、と。傍らから友人の細い声が耳に届いた。何事か言いたげな彼女の言葉を、即座に寄り添って聞き取ると。

 

「……あのスタンドね。たぶん…………」

 

 ……ウロボロス、だと思う。

 

 突破口が煮詰まりそうになった時。如何なる局面でも冴え渡る天才少女の閃きが、私達の耳朶を打った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ウロボロス。死と再生を司る、錬金術の象徴とも呼べる己の尾を食む蛇。それが二対。化学者の先駆けでもあったかの術の使い手らは、当然彼女も原初のケミストであると解しているだろう。心奥の姿の発露がスタンドに現れているとするならば、手強い蛇もまたその例に漏れない筈。

 

「ってことは……」

 

 これは何か、有用なヒントになり得るかもしれない。瞬時に私、空条美波は割に物騒な思考を張り巡らせていく。

 極端な話、動物二匹が喧嘩してるなら片方の一匹を始末すればもう一匹は大人しくさせられる。当たり前だけど死体は反撃してこないし、骸と争う意味も無いからだ。しかしスタンドを片方殺すなんて事をしたら、当のスタンド使いたる志希ちゃんにどんな悪影響が及ぶか分かったものではない。再起不能まで追い込むことは到底出来ない。

 

(じゃあ、他にどうする?)

 

 物理的に牙を一本ずつ引っこ抜くか全部折る?スタープラチナがいるから出来るだろうけど、ダメージが本人にフィードバックするのは奇しくも私が先程実践してしまった。よって使い手がタダじゃあすまない。ていうか友人の歯を全てへし折るなんてそもそも反対。

 ならツタか何かでヘビの口を縛る?……いや、あのパワーならさっきの水圧拘束みたくすぐに解かれるがオチか。どちらにせよ根本的解決にならない。もう後に残ってるのは、ハイリスクハイリターンなものしかない。なら。

 

(一か八か、になるかもだけど……)

 

 お互いを噛み合う二対の蛇。永遠も含意するウロボロスの特徴たる、自らの尾を食むことを止めるには。

 

「無理矢理でも、共食いさせないようにすれば良い……!?」

 

 付け加えて、一瞬で目標を縫い止めること!これなら条件を充足出来る!そのためには!

 

「…………決まりだ」

 

 同じ結論に至ったのか、頭の回転の速さが同じだったのか、その後の親類三人の発言は揃って同じ。

 この状況、打開するには。

 

「蛇二匹の口に、全く同じタイミングで…………」

 

「……杭をブチ込むッ!!」

 

 解が分かってからは早かった。身体中あちこちから蛇の闘いに合わせて血が噴き出すスプラッタ手前の志希ちゃんを即座に治療する仗助さんが、彼女を小脇に抱えつつも駆け出して移動。本館ロビーに鎮座する豪勢な銀細工の女神像の一部分を、能力で以って二本の銀杭に変形させる。

 物陰に避難していた職員の方々が「重要文化財が……!」と悲鳴をあげていたけれど、今回ばかりは仕方ない。それより時間がない、急いで準備だッ!

 

 脱兎の如き俊足で素早く広場内に各自で散開、目標との距離を縮める。

 

「投擲は任せろ!もう一本は……」

 

「私がやりますッ!」

 

「頼んだぜいお二人さん!」

 

 パパの誰何に名乗りを上げた私を見計らったか、手早く仕上げられた杭がクレイジー・Dから投げ渡される。苦も無くヴィーナスと星の白金(スタープラチナ)それぞれでキャッチ。にしてもこのごく短時間で寸分の狂い無く精巧なデザインで杭を仕上げるあたり、実に手先の器用な仗助さんらしい。

 庭中の木を総動員したツタで雁字搦めに蛇を巻きつけているジョルノさんもそこで一言。

 

「僕がこのまま動きを抑えて、そして……」

 

「俺が本体(志希)の治療だ。フィードバックは死ぬ程痛ェーだろうが痛みは一瞬だけだ!我慢してくれ!」

 

 いきなり言われるにしては余りに重過ぎる言葉だったけれど。問われた彼女は気丈にも立ち上がり、意を決して口を開いた。

 

「……大丈夫!タイミングはあたしが出します、皆!」

 

「お願いッ!この距離なら確実よ!」

 

 私のスタンド、ヴィーナスの投げ槍の射程、及び制御可能範囲は最大一km。投擲目標が遠くなる程コンマ単位で微小なズレが出るけど、握って使えば誤差はゼロになる。勿論今回は手持ち一択だ。

 

 私の返事に「了解」との意を込めたウインクを返してくれた志希ちゃんに演算を預けよう。疲労困憊の上即興だろうけれど、信じるに足る女の子だ。森羅万象すら掌握せんとする彼女の頭脳なら、この難局を乗り切れると!

 軽く深呼吸した友人は静かに瞑目。脳細胞をフル活用した演算に入っていた。普段の唄うようなソレと異なり、抑揚の一切を削ぎ落とした声が口から紡がれていく。

 

「……スタンド定義再構築完了。暴走抑制可能な想定制限時間残り約四〇秒。貫通対象をNと仮称し個体運動誤差を演算に包含。投槍推定飛距離修正のち弾着予測地点計測完了、全行程オールグリーン。作戦行動実行のための計数開始、始動まで五、四、三、二、一…………」

 

 精密機械を誘導するオペレーターが如き機械的な声がぴた、と止んだ瞬間。チェシャ猫にも似た青い眼が(しか)と見開かれ、飛んで来るは射抜くような鋭い叫び。

 

(ゼロ)ッッッ!!」

 

 瞬間、脚のバネだけでは不足とばかり波紋でブースト、目標へと一直線に駆け出でるッ!

 

「行くわよッ、ヴィーナスッッッ!!」

 

 ありがとう、志希ちゃん。気力も体力も限界だろうに良くやってくれた。

 感謝を心から捧げつつ仗助さんの時と同じく、やはりアイコンタクトのみでパパを一瞥。これまで幾度となく行ってきた実父との連携をしくじるなぞ、万どころか億に一つも有り得ない。

 狙いを絞り波紋を練り込み、スタンドもろとも空を蹴る。

 さて、此処に準備は結実した。さすれば暴れる二対の蛇を、今確実に穿って見せようッ!!掛け声一下、鼻孔と顎の間隙目掛けて────

 

『「せーのッッ!!」』

 

 

 ────貫徹!!!

 

 

 

 ☆

 

 

 ドシュウッ!即席の銀杭二本は、鋭い音と共に果たして全く同時に蛇の口を縫い止めた。

 スタンドの負傷と同期するように、一瞬だけ志希ちゃんの頬が裂けて鮮血が噴き出した。が、コンマで仗助さんが発動させた傍らのクレイジー・Dがこれを修復。血塗れになるかもしれなかった筈の彼女は全くの元通りになっていた。

 そして。

 

「……収まった、か」

 

 あれ程我が物顔にテラスを破壊して回っていた二匹の蛇は、計ったようにぴた、と動きを止めていた。

 

 辺りを見回しつつ「なんともねーみてーだな」、と言った我が大叔父に対し。ぺたぺた、と確認がてら撫で回すように自分の身体を触っていた彼女は、「……なんともないや、アリガト」とだけ返す。怪我する端から全て治してたクレイジー・Dは、いつも通り素晴らしく正確に起動したらしい。

 

「一段落、ってとこかしら?」

 

 急拵えでの連携でなんとか問題を解決して、一気に空気が弛緩しかけた時だった。

 訪れた一瞬の静寂を咲くように。ぴし、と何やら背後から不思議な音がした。

 

「……何、の音?」

 

 振り返ると。スタンド二匹の体表を覆う、滑らかなワニ皮をも思わせる皮革に明確な亀裂が入っており。殻を破って出てくる雛を思わせる、変革の印たる快音は、まるで。

 

「…………脱皮?」

 

 爬虫類にはつきもの、というかお馴染みなそれが、ついつい脳裏に浮かぶ。そもそもスタンドって脱皮したりするの?…………あ、似たような例だとエコーズがあったか。

 この期に及んで降って湧いた突然の追加事象に、心配事が新たに一つ。

 

(……仮に、仮に()()したらまた「暴走」、なんてことはないわよね……?)

 

 先程までの皆の連携あってなんとか事態を収めたけれど、一難去ってまた一難になってはたまらない。何よりこれ以上は志希ちゃんが危ない。

 解け掛けた警戒を緩めず、再び注視にあたる。何かあればすぐスタンドを出せるように構えて。皆が固唾を呑む状況下、果たして殻の中から出てきたのは。

 

『…………あら?あらあら?』

 

 杭が刺さって大人しくなった蛇2匹のど真ん中。寄り添い合うように生まれた空白に、鮮やかな赤髪と赤目が特徴的な、可愛い女の子が一人、首を傾げて立っていたのだった。

 

 

 ☆

 

 

 目をぱちぱちとさせて戸惑った様子を浮かべている女の子は、なんとも不思議な格好だった。

 現代的な白ノースリーブシャツと格子柄(チェック)のミニスカートに紺ニーハイ。胸元の赤いリボンタイをアクセントに漂わせる格好だけならどこか良いとこの私学生にも見えるのだけど、その他はまるで異なる。

 

 膝まである長さのフード付きマントに、手の甲部分に何やら魔法陣の様な紋様が縫い込まれた革手袋。ストレートチップのロング丈ブーツは本革と金糸で出来た仕様なのに加え、腰元には杖と幾つかの小瓶がベルトに繋がり帯びられていた。

 わたし魔法少女です、とかいわれたらうっかり信じてしまいそうなくらいにはフツーではないその子に、志希ちゃんはしかし、私達の予想外の反応をした。

 

「ち、ちっちゃいツェペリ先生……!?」

 

(……ツェペリ先生?)

 

 と言うと、ジョルノさんが持ってきた映像や志希ちゃんの証言にあった故人、ツェペリ女史のことだろうか。しかし。

 

(じゃあ、目の前のこの子が?……いや、だとすれば身体的な年齢が、どうしたって一致しない……)

 

 映像や証言からすれば、クリスティーナ・A・ツェペリさんは二〇代程度だった筈。だけど、今の彼女は見た目的には一〇歳前後、高く見積もっても小学校高学年が良いところだ。

 そもそもスタンドとは自分の魂でもある。他人の魂を他人のスタンド内に収納することはココ・ジャンボに収まってるポルナレフさんの例などからも分かる通り可能だけど、志希ちゃんがそんな事知ってる筈はない。昨日の今日で残念ながらそこまで説明する時間も無かったし。

 

「志希?……私、どうして……ていうか、ここは……?」

 

 戸惑うツェペリさん(仮)と唐突に過ぎる急展開にえ?って感じの私達。

 何故って確かに今、彼女は()()と述べたから。ならば。あとは問われた側が本人と断定出来れば、もしかして……!

 一縷の期待も込めて振り向いた私の耳に届いた、麒麟児の言葉は。

 

「この匂い…………」

 

 …………ホンモノ、だ。割に聡い自分の聴覚が、これまでにないくらい感嘆の篭った天才少女の台詞を捉えた。

 

(……まさかの、本人で確定?)

 

 私の中の疑義は未だ完全には解けていなかったけど、小さな少女は臙脂の少女に赤毛を揺らして歩み寄り、柔らかな声音で以ってゆっくりと語り掛けた。

 

「…………ちょっと痩せたわね、志希」

 

 現状に戸惑いながらも、今しがたツェペリ先生と呼ばれた彼女は、茫漠とする愛弟子に正対して。ごく自然に、労わるように、ここのところ心労続きだった志希ちゃんを優しく慰め抱き締める。

 

 分かる。確かに分かる。姿こそ違えど、燃えるような髪色も理知的な声も優しげな話し方も、暖かな色を湛えた瞳も、そして日だまりみたいな匂いも同じだった。

 ……志希ちゃん曰く、この時胸中に去来したのはそんな思いだったと言う。

 

「…………おかえりなさい、ツェペリ先生」

 

「えーっと、ただいま?」

 

 正直よく分からないけれど………………私が今こうしてるのは、貴女のお陰なのかしら?

 愛弟子のただならぬ空気を察したのか、取り敢えず抱擁してみたと言った感のあったツェペリさん(仮)は、状況と機微を弟子に劣らぬ洞察力でなんとなく察しつつあったらしかった。

 唐突に叶った感動の再会は、果たして。

 ツェペリさんに抱きとめられた彼女から漏れ聞こえた、ちーん。という音に遮られた。……えっ?

 

「こ、こら志希!人の服で鼻をかまないの!」

 

「だ、だってえ……」

 

 締まらないわね、もう。呆れながらも優しげな師の言葉は、きっと沁み入るように彼女の心に響いたことだろう。この時二人の再会の、一部始終を見届けていた仗助さんの言葉が印象的だった。

 

「……目の前で見てて、信じらんねーけどよォ……」

 

 ……あるんだなァ、こんなこたあ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 色々散らかしちゃってごめんなさい。それから、……本当に、有難うございます。

 

 別れを告げたはずの人との感動の邂逅?から約一時間後。

 目黒支部の応接室で私達に向け、四五度に頭を下げるのは志希ちゃん。すこし目元が赤いのはご愛嬌だ。

 

 PROUST EFFECT。志希ちゃんとツェペリ師匠(?)の二人で何秒か相談して決まったスタンドの名前付けに留まるに足らず。現在はパパから二人して解説を受けてる最中だった。

 

「……恐らくはスタンド自体の進化で、蛇二匹から人一人と二対の蛇という構成に変化したのかと。既にACT2と呼んでいいのかも知れないな」

 

 てことは。

 

PROUST(プルースト)EFFECT(エフェクト)ACT2?」

 

 アクトツー。即ち彼女、なんと発現から一時間足らずでスタンドを進化させてしまったらしい。でも。

 

「…………こんな直ぐに、進化するもの?」

 

 疑問符だらけの声が虚空に溶ける。この当たり前と言えば当たり前の質問を投げられたパパはというと、米神のあたりをグリグリと指で押しやっていた。

 

「…………私としても、自分や娘の例も含めても、これだけ早期にスタンドが進化するケースは見たことも聞いたことも無い。……無理やり今回の事象に理屈をつけるならば、月並みな表現ではあるが……」

 

 ……才能、と括るしかない。実父の端的な表現に、しかし彼女と同じユニットにいる私は何より納得してしまった。

 うん。やっぱり志希ちゃんて天才だ、紛れも無く。なんとこの子、勉学や歌やダンスのそれだけでは足らぬとばかり、スタンドの才能まで宿していたのだ。それも、矢鱈に思い切りの良い。

 

「……さて、大体の説明はこんなとこで良いか、Ph.Dツェペリ?」

 

「あ、ありがとう……大体分かったわ、Ph.D空条」

 

「……まあ、なんだ。何か不便があったら、何時でも私に連絡してくれ。仗助や美波でも構わんしな」

 

「重ね重ねお礼を言わせて頂くわ……」

 

 疲労を隠せない声色のツェペリさん。無理もないだろう、師弟揃ってひとまずゆっくり休んでくださいとしか言えない。あとは……えっと、とりあえず我々からは出来るだけサポートします、としか。

 

 そうこうするうちSPW財団からとりあえず貸与された彼女用のスマートフォンのアドレスをパパはじめ仗助さんとも交換しつつ、事務的作業を間に合わせで進めることに相成った。まさかのセカンドライフは弟子のスタンドでしたって、こんなこと誰も予想がつかないだろうし、何より偶発的とはいえ友人がスタンド使いになってしまった。こうなったらもう放ってはおけない。

 ……にしても、口ぶりからしてパパは生前のツェペリさんとも交友があったのか。人付き合いの大切さはこういうとこで生きてくるといういい見本を見せて貰った気がした。……私も人脈作りも兼ねて、いい加減社交界に出ようかな。まあお見合いは断るけど。

 

 さて説明から三〇分のち。何だかんだ多忙を極めるパパとジョルノさんが、今後の警護計画その他を練るため幾分早足で帰っていく(ジョルノさんはイタリアに帰国するとのこと)のと対照的に。

 

「は、早くもどして、志希……」

 

 一応貴女のスタンドの筈なんだけど、私。困ったような声で紡がれるツェペリさんの言葉はしかし、テンションがここ数ヶ月でMAXまでブチ上がっているギフテッドの耳には、右から左に抜けるばかりで。

 

「やーんロリ師匠ほんとにカワイイ!若い頃こんなだったんですねぇ!?」

 

 などと言いながら「よぉーしよしよしよしよし」と節をつけて頭を勢いよく撫で始めた。なんかもうお気に入りのぬいぐるみみたいな扱いだ。

 

「貴女ねぇ、もう一七にもなるんだから少しくらい気遣いってものを……!」

 

「い〜や〜で〜す〜♡」

 

 聞く耳はゼロを振り切ってマイナスみたいだった。見ればクリスさん、既にげっそりしている。

 

「あ、そーだジョースケ!衣装室に園児服とかないのー?」

 

『ちょっと!?何させる気よホントに!』

 

「着せ替え♪」

 

『やらないわよ!?』

 

「ツェペリ師匠の〜ちょっとイイトコ見ってみた〜い!!」

 

 例えが悪いけどクダを巻いた酔っ払いみたくなってる。どうしましょうこの娘、飛鳥ちゃんいないと止められる気がしない。

 

『嫌よ!ていうかネタが古いし!大体アラサーで園児服なんて着たくないわよ!享年三〇よ私!?』

 

「似合いますよお絶対〜♪見た目は子供頭脳はオトナ!その名もMAD-man・Chris!あはん、これな〜んてアダルティ?」

 

『マッドでも(マン)でもないわ!そもそも疲れてるでしょうから今日はもう早く寝なさい!完徹は貴女の悪い癖よ、志希?』

 

「キリストよりも早く蘇ったセンセーにカンパーイ!!Yeah!!とれびあーん!」

 

『聞いてないしもぉぉお!』

 

 今日は復活祭にゃあ〜♪とか言いながら御構い無しにスタンドを抱えて滅茶苦茶頬擦りしてる志希ちゃんを見て、わが大叔父はタハーと溜め息。亡くなられてから三日とおかずに復活したから確かに間違ってないんだけど。

 まあ仗助さん、内心結構心配してたみたいだったから、落差がすごいんだろう。ツェペリさんに至っては台詞が保護者のそれである。かつて志希ちゃんの母親代わりだったというのは間違いではないらしかった。それもあってなのだろうか。

 

「どうしましょう、志希ちゃんが最高にハイです」

 

 スタンドをフルで行使すると精神体と身体両方に負担がかかるため、合わせて普段の倍は疲れる。私の経験則上、慣れてないと疲労を消化しきれずに次の日まで続くことが多いから、本当はツェペリさんの言葉通り今すぐにでも休んだ方がいいんだけれど……。

 

(まあ、今日くらいは…………ねえ?)

 

 ……でも一応、今日明日は私も付きっきりで彼女を看ていよう。心配だし。

 

「……ま、今日のトコは無理もねェーだろうよ。ランナーズハイどころじゃないレベルでクッタクタなのに急遽特大サプライズだからな。不慣れなモンでも自力で結果をもぎ取ってくるトコは天才(アイツ)らしーけど」

 

 苦笑いの仗助さんも同じ意見だった。

 ……それに、私たちが打ち克たなければいけない敵は未だ健在。懸案はひとつ軽くなったけど、今後も問題は山積みなことに変わりはない。けれど。

 

「何にせよ、調子がいつも通りに戻ったのは良かったぜ」

 

 それだけいったPさんは、頭をかきつつ「ちょっと外直してくらぁ」と、壊れた中庭の方へ歩いていった。

 

 

 ☆

 

 

 翌日。早めにラウンズプロジェクトルームに入った私は、志希ちゃんに昨日頼まれたコトを果たすため、レッスンルームを一部屋借りて彼女に稽古?を付けてたんだけど。

 

「えーっと、こ〜お?」

 

「え、あ、うん」

 

 この娘、凄まじく飲み込みがいい。なんでもかんでも一回見せれば刹那で習得してしまう。余の辞書に不可能という文字はないを自力で体現してる感じ。

 同年代でこれ程の天賦の才を持つ女の子は、私の知る限りアーニャちゃんしか居なかったけど、別ベクトルで匹敵する凄まじさだった。

 

(…………突き抜けた戦闘センスで以って感覚的に全て理解するアーニャちゃんとはまた違うタイプ、ね……)

 

 志希ちゃんはタイプ的には、どちらかというと感覚派に見えて実は理論派だ。

 ただ頭の回転が恐ろしく早いので、脳内で物事を理解して反芻し、仮説を組み立て実行するまでの時間が常人とは比べ物にならない程短い。結果的にはたから見れば何事も何となくで全部出来ちゃうように見えるんだけど、実は本人が大して意識しないレベルでも滅茶滅茶考えて行動してる、それが彼女。この分だと今後どうなることやら。

 

(末恐ろしいわね、志希ちゃん)

 

 そういえば、いつもダンスの振り付けもボーカルも一瞬で全て覚える子だった。私達四人の中で一番飲み込みが早いのは疑いない、教えつつも物思いに耽ってた昼下がりのこと。

 

「ごめんお待たせ、みんなもう来て…………」

 

 やにわに背後の廊下から、聞き慣れた声がして扉が静かに開かれた。声の主は……。

 

「ありゃ、飛鳥ちゃん!?」

 

「え、あら!?……お、お早う飛鳥ちゃん」

 

 久しぶりに会った気がする飛鳥ちゃんだった。ダンスレッスン用の比較的ラフな格好をした彼女の来訪に、慌てて二人して組み手の格好をやめ、何事もなかったみたく挨拶するけどこれは拙い。

 まさか私がここまで人の接近に()()()()()()()()とは。集中しててドア入り口にまで気が回ってなかったんだろうか。もしくは単に注意力が落ちた?……だとすれば、修行一からやり直しかな……。

 

(…………あれ?でも確かさっき……)

 

「施錠した筈、じゃなかったっけ?」

 

 一応鍵は閉めた、筈だった。なのに何故今、()()()()()扉が開いたんだ?

 疑問はそれだけではない。飛鳥ちゃんがいつも付けてる、腕輪に嵌め込まれた赤石が──()()()()()。例えるなら何かこう……()()()()()()()()使()()()みたいな。

 

「へ?ごめん、勝手に()()しちゃったかな……?」

 

「勝手に」

 

「発動?」

 

 鸚鵡返しで返す私たちを、しかし飛鳥ちゃんは左手のブレスレットに丁度目線をやっていたので分からず。

 言葉の真意が分からなくて何事か問おうと思ったけれど、たちまち浮かんだ3つ目の疑問は、直ぐに棚上げせざるを得なかった。

 

「ああいや、今のはなんでもな…………」

 

 何故って。一瞬「しまった」、とでも言いたげな表情を浮かべた飛鳥ちゃんが顔を上げ、「なんでもない」と言おうとしたかは定かでないけど。

 腕輪から目線を上げてこちらを見て、二、三度目をぱちくりした飛鳥ちゃんの、いつもは澄ました感じの可愛い顔が思い切り強張ってるのがわかったから。

 おまけに視線の先は…………私たちの()()に向けられていたから。

 

 

 ☆

 

 

 

「嘘……」

 

 ぽつりと発せられた彼女の言葉は、レッスンルームに溶けていく。…………え?……今見てる中空って、彼女には()()()()()()()なのに。

 一瞬で硬直した私たち三人の時間。尚もその時、再びドアが開けられて。

 

「遅れてすみません、皆さ…………えっ」

 

 後から入ってきた文香ちゃんも、リアクションは同じだった。フリーズ、という表現が相応しい。

 

(ああ、そういえば…………)

 

 物凄い今更だけど、()()()()()()()()()()()()

 森の中で唐突に野生動物に遭遇した時みたいな、奇妙な緊張感を孕んだ静寂が、一拍、二拍。誰かの頬を伝った汗が、磨き込まれた床面に落ちた時。

 

『…………このままじゃあ埒が開かないだろう。話は進めないのかい?』

 

 しじまを切り裂くように、低めの渋いバリトンボイスがレッスンルームに響き渡った。「ああ、割り込んで済まないね」と全く反省して無さそうな謝罪も込みで。

 

「誰ッ!?」

 

 不審……とは言えない朗々とした声に対する誰何に答えてくれたのか。返事の代わりとばかり、その時文香ちゃんの背後から突如として、青白い覇気を纏ったヒトガタが出現した。

 

「な……!」

 

 皆が驚愕に包まれる。それの姿は……一言でいえば、物語に出て来る「探偵」そのものだった。文香ちゃんと全く同じ色合いの綺麗な黒髪とサファイアの瞳。隙なく着こなされた三つ揃い(スリー・ピース)とコートは英国風のクラシカルなデザインで、鹿撃ち帽を左手で器用にクルクルと回している優男。

 ただそれだけには留まらない。この距離からでも分かる、聳えるだけで他を圧する程に強い霊力の込められた幽体。間違いない。このヒト…………紛れもなくスタンドだ!

 

『……ほう。なんと全員()()()ようだね。「スタンド使いは引かれ合う」とはけだし名言だな、ねえフミカ?』

 

 面白がるように親しげに、彼女をフミカと呼んだ彼に。

 

「……愉快犯みたいな物言いはやめてください、シャーロック」

 

「「「シャーロック!?」」」

 

 シャーロックって、あの!?

 

「…………あっ」

 

 ほぼ反射で返したレスポンスにやらかした、とばかり驚愕とうっかりを顔に浮かべて口を押さえた文学少女。しかし時すでに遅し。口が口程に物を言っていた。

 

『……迂闊だな、フミカ』

 

「…………す、すみません、気が動転してしまって…………」

 

 やれやれだ、と私の父親みたいな台詞を吐いた彼と我が学友は、はたから見てもやけに仲良さげだった。まるで正月に実家のお爺ちゃんに会いに来た孫みたいだ。

 ……ついでに、そのお隣はというと。

 

『あらあら、四人して可愛い子ばかりじゃない志希含めて。やっぱり芸能事務所なだけあるわね〜』

 

「う〜んセンセーったらマイペースねん♪」

 

 あたし今結構びっくりしてるけど、一周回って冷静になってきたにゃあ〜、とポニテを解いてバランスボールに器用に腰掛け、何やら寛ぐ体勢に入りつつある志希ちゃん。そして更にその隣。

 

「成る程、皆して目覚めてたのかい?これぞ混沌(カオス)、ってやつかな。ならオントロジー、キミもいい加減起きて……」

 

『zzzzzzz……』

 

「うん、狸寝入りはやめようか?」

 

 パイプ椅子に脚を組んで座りだしたのは飛鳥ちゃん。こっちもスタンドがマイペースだったけど、ツッコミ不在は回避したみたいだった。

 

 や、でも大事なのはそこじゃない。ちょっと。みんな、ちょっと待って待って。なんか生まれる前から知ってましたレベルで皆スタンドと馴染んでるけど、ちょっとだけタイムとろう。あと仗助さんも呼ぼうか。てか今から呼んできます。

 

「…………み、みんな、あのね?」

 

 ……いったん、全員で話し合い、しましょう……?

 

 

 




・《PROUST・EFFECT》
志希のスタンド。登場時点でACT2に進化し、現在は動物(蛇)二匹と人型一人の三位一体構成。能力の詳細はまだ秘密。

・ツェペリ師匠
小さくなって見た目は子供、頭脳は大人状態に。現在はかつての教え子のスタンドになった模様。

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