美波の奇妙なアイドル生活 作:ろーるしゃっは
────「視えてる」よね、奏ちゃん?
東京都・吉祥寺は某百貨店裏手に位置する、スターバックスコーヒーにて。併設された屋外テラス席で紅茶ラテを飲み干した奏は、利き手をポケットに突っ込んだまま、努めて静かに聞き返す。
「ええ、『視えてる』わよ、綺麗な毛並みの狐がね。で…………貴女、……
初めて目にする、獣のスタンド。如何にも俊敏そうな四つ脚が己を殺しにくるのなら……狙うはまず、首辺りか?上着に隠した右の掌が、嫌な汗を帯びた辺りで。
「なわけ。その気ならとっくに
ここ吉祥寺から程近い、井の頭公園。干戈を交えるなら拓けた場所の在るあそこを選ぶ。そう言い切った彼女に成る程、敵意は感じない。
澄んだ霊力で編まれた像は、彼女の背後から此方を凝視しているだけ。忠犬ならぬ忠狐?のようで、宿主の許可なく勝手な行動を採ってはこない。
(…………闘る気じゃあ、ないみたいね)
唸り声ひとつ挙げない様子から、「暴走は抑止出来ている」と判断。当然、自分にも闘う気はない。害意なき腹積もりを示すように、周子の手をそっと掴む。冷え性なのか少し冷たい。
突然の握手に驚いたのか、顔を上げた黒曜石と瞳がかち合う。肝心な事は相手の眼を見て、逸らさずに。
「……積極的だねぇ、奏ちゃん?気になる男のコ居るんでしょ?いーの?」
「こんな時に茶化すのやめなさい、今度は私から真面目な話よ。……ねえ、塩見さん」
…………スタンドって、知ってるかしら?
★
「ま、概要としてはこんなところね」
転換、のちマイターン。
さて。そう言って、一頻りその女の子・塩見周子ちゃんとのあらましを話してくれた奏ちゃん。彼女の話を対面で伺っていた、私こと芸名・新田美波は強張った肩を軽く回して、彼女の話の続きを促す。すると。
「じゃあ美波、何か質問あるかしら?」
「いやいやいやいや、気になるのはその後よ。どうなったの奏ちゃん」
「お話しだけして流れ解散。今は彼女、1人にして欲しいみたいね」
1人にしてほしい。……言葉通りに受け取るなら、強がっているように見えて、きっと本人の精神状態が安定してないのか。まあ無理もないだろう。親との不和、周囲との軋轢、突然のスタンド覚醒。フツーの女子高生には重い荷だ。
今後の去就も心配になり、思わず控えめになった声で訊ねてみる。
「……その子、今何処にいるの?」
「快活ク◯ブ。回線早いし綺麗だし、完全個室でアイス食べ放題で最高だって」
「満喫してるじゃない」
「『フライドポテト運んでたバイトの女の子が可愛い』ってラインがさっき来たわ。ちなみに北条って名字だったみたいね」
「ちょっと」
「『今日は浅草寺行くよん』とも言ってたわ」
「今すぐ迎えに行く必要ある?」
ネカフェ生活しながら東京観光の真っ最中らしいJK、本日は浅草巡りとシャレこんでるようだった。
「うーん、後でいいんじゃないかしら?」
結論、慎重に行こう。暴走はしてないみたいだし、小梅ちゃんの時と違い、既に奏ちゃんが彼女に接触している。(まともな)スタンド使い同士でコンタクトが取れているなら、正直心配は要らない。
(……凄い勢いで周りにスタンド使いが増えてきてるのは、何かしらの作為めいたものすら感じるけどね……)
まあ、魂の波長が人と異なるスタンド使いは、引かれ合う事が多々ある。……そんな訳で何かあれば、奏ちゃんにすぐ連絡を飛ばしてもらうよう伝達。「丈瑠も好きに使っていい」と言っておいたので一安心だ。
「一応、私から
「ありがとう。……ねえ、さっきからずっと静かだけど、キミはどうするの…………」
言いかけて横を向いた、奏ちゃんの視線の先。
そこには肘をつきながら額に手を翳し、真剣に何事か考え込んでいる…………フリをしながら寝ている我が弟がいた。
☆
仕草が巧妙、かつ手が大きいからか、一見すると寝てるか分からない。手慣れている感があるので常習犯だろう。学校でもやってるなコレ。
奏ちゃん、「はァ〜〜〜〜ッ」とため息ひとつ。うん、分かる。気持ちは凄い分かるよ。この子ね、新生児の時から寝てばっかりいたんだ。ママに「ちゃんと息してるのか不安になる」、って何度か言われた事があるくらいには寝坊助なんだ、うん。
「……ゴメンね、後で矯正しとくから」
「いいわよ慣れたし。……でもこの感じ、お姉さん的にはどうなの?」
「多分だけど話の序盤で寝てるわね。事後報告でいいでしょう」
「賛成」
「それより奏ちゃん、良かったら近場の銭湯行かない?」
「目黒の湯?良いわね行きましょう、なら一旦家からタオル取ってくるわ」
「決まりね。そうと決まれば……ほら丈瑠、女のコ連れてきて勝手に寝るもんじゃあないわよ、起きなさい」
ゆさゆさ揺らす。……起きないな。かなり眠りが深いみたい。……この疲労具合、さては今日スタンド使ったな?
「……留守番、任せときましょう」
「え、でも……いいの?」
「良いのいいの。殺気を感じれば跳ね起きるから」
「番犬か何か?」
というわけで弟に構わず、居間の明かりを落として玄関へ。視力6.0の男だから、起きたら暗闇でも別に問題ないだろう。
……でも奏ちゃん、玄関前まで来たところで「あ、忘れ物しちゃったわ」と言って一旦引き返した。反射で「いってらっしゃい」と言いつつも。
(……忘れ物なんて、あったっけ……?)
内心、疑問に思った時。靴を履きながら待っている私の、強化された聴力が捉えてしまった。
「……今度はちゃんと起きてなさいよ?……もう」
起こさないように配慮した、ひそやかな小声。
……ああ、忘れ物ってそういう事か。「優しい子だなあ、ゴメンね勝手に聞いちゃって」と思いながら、静かに玄関を出て外で待つ。
しかし。程なくして出てきた彼女は何故か、こう……ほくそ笑むのを我慢してるような、そんな表情をしていた。どうかしたのかな、と思ったけど。
「お待たせ。ごめんなさいね」
「ううん。……それより奏ちゃん、明日あたり謝りに行かせていい?無理なら別の日に……」
「気にしてないわよ。今日一日、色々連れまわしたのは私だもの。……それに、
「お土産?」
「ええ。別に大したものじゃないから、気兼ねしないで」
含みを持たせてフフ、と艶やかに微笑む彼女、一体何を残してきたのだろう。……ペンで顔に何か描いた、とかかな?
疑問に思いつつも奏ちゃん宅を経由しつつ、銭湯へと向かうことに。
お風呂場で話したことは色々。お互いの家族、趣味嗜好、友人、将来の夢などなど。「姉弟で同じところにあるのね、この
そして結局、寝坊助男が目覚めたのは翌日の朝のこと。眼を覚ますなり愚弟、青ざめた顔で慌てて奏ちゃんに電話。朝食も摂らずにシャワー洗顔歯磨きヒゲ剃りを済ませて速水家へすっ飛んで行ったのは、なんというか私の予想通りだった。
★
「お灸据えてもらったみたいね?ん?」
「ごめんっ!」
「とっくに許してるわよ。まさか昨日の今日でウチに来るとは思わなかったけどね」
翌日。朝の速水家宅前で、少年が両手を合わせて平謝り。実姉に矯正されたのだろうか、頬に抓られた跡があった彼に対し、「じゃ、行きましょ」と奏が言おうとした矢先。
「あら、もう挨拶に来てくれたの?」
「うぇっ!?」
妙な発声をした奏の後ろからひょっこり顔を出したのは、セミロングヘアの妙齢の美女。娘が髪を伸ばしたらこういう風になるかも、と思えるような若々しい外見であった。察するに母だろう。
「はじめまして、この娘の母です。ホリィさんから話は聴いてるわよ〜?お孫さんなのよね?」
「はい。此方こそ初めまして、空条丈瑠と申します。今日は朝早くからすみません」
「いいのよいいのよ〜♪……背、高いのね?モテるでしょう?」
「190有りますけどさっぱりですよ。……あ、いきなりですがこれ、広島土産なんですけど良かったら」
差し出すは広島名物・もみじ饅頭。地元民にとっては道民の「白い恋人」、都民にとっての「東京ばなな」くらいメジャーなアイテムだ。
「まあありがとう、頂くわ。気が効くのねえ〜最近の子は」
「……ねえ、お母さん」
「なーに奏?……あ、もしかして拗ねてる?」
「仕事、行かなくていいの?」
「あらあら御免なさい、お邪魔しちゃったみたいね♪じゃあ丈瑠くん、お返しにこのコ持ってって?今ならラッピングもオマケしとくわ!」
「あのねえ!娘は贈答品じゃあないのよ!?」
「あら、良いの?お母様にそんな口きいて?夕飯時にエマニエル夫人を上映するわよ?」
「どういう脅迫よソレ……」
「あ、あはは……」
かしましい親子の遣り取りだが、いかんせん突っ込めないので苦笑する他ない。膠着に痺れを切らしたらしい娘、辛抱ならんとばかり実力行使。
「もう!行くわよさっさと!」
「いってらっしゃ〜い!朝帰りでもいいわよ〜?」
「今日中に帰ります!」
袖を引っ張って連行される、茶髪男子高生。役者はまだ母の方が上なのか、散々母親にからかわれた奏と、2人して外出することに。
目下、目指すは最寄り駅。気取られぬように、歩調をそっと彼女に合わせて歩き出す。ここら辺は姉の躾けの賜物だ。
「…………全くもう、40にもなってみっともない……」
「いやいや、いいお母さんじゃん?」
「まあ、黙ってればね……?」
怒ると三白眼になり、広島弁で喋り始めるウチの母親とは大違いだ、と丈瑠は黙考。アレは姉とは別ベクトルで怖い生き物だ。
……まあ怒らせると一番ヤバイのはダントツで父親だけどな、と思っていたその時。隣を歩く奏が、ふと何かを思い出したように問い掛けてきた。
「…………ねえ」
「んん?」
「すごい綺麗な子なのね、アーニャちゃんって」
ガチャン!握力を喪失したかのように、思わず持っていたスマホを取り落す。慌てて拾い上げ平静を装う……のは流石に無理がある。案の定というべきか、訝しげな視線を彼女が向けてきた。
「……?……何慌ててるのよ?」
「ああいや、なんでもない。……姉ぇに聴いたのか?」
「ええ、昨日一緒に行った銭湯で聞いたのよ。いいわね、気の置けない幼馴染って。羨ましいわ」
なんでもないように話す奏。……良かった。姉経由ってだけなら、彼女が皇女であるという秘匿情報は伝わっていないはずだ。
(吃驚した、アーニャの家系について知ってんのかと…………!)
当然だが自分とて彼女、速水奏の事を全て知っているわけではない。すわロマノフ家の関係者か或いは敵か、と一瞬疑ってしまった。
意表を突く発言は無自覚なのだろうが、彼女は時折ヒヤヒヤする事を言ってくるから怖い。上擦らないよう急いで声を整える。
「……何なら、今度会うか?」
「ホント!?じゃあ是非!」
「はいよ」
さて、そうこう言ってる間に気付けば最寄駅に到着。問題は、それから何するかなんだけど。
「映画でも観に行く?奏好きでしょ?」
「そりゃあもう。話題作は軒並み視聴済よ、恋愛映画以外は」
聞くと苦手、とのこと。そんな彼女の嗜好を受け、該当作品を上映していない小規模映画館に的を絞り、スマホで検索。果たして新宿区内にあるミニシアターが一件ヒットしたのだが、そのラインナップはというと。
「4作だ。ドラゴ◯ボールにデビ○マン、進◯の巨人にテ○フォーマーズ」
「あら、いいんじゃない?アニメばっかりだけど」
「ただし全部実写版」
「映画はやめて他のにしましょう。さ、代案探すわよ」
「はーい」
至極まともな提案を掲げた奏に乗った少年。2人して、飛び入りでいけるマシなイベントはないかスマホでしばらく検索。駅のベンチで液晶と睨めっこしつつ、その中に。
「……あ、コレいいんじゃない?」
「なになに……東京アニマルハウス・本日プレオープン?……面白そうだな、行ってみっか」
「都内の新規開店・新規展まとめ」と銘打たれたサイトには、オープン日と開場時間に併せ、犬や猫の可愛げな写真が貼ってあった。
ああでもないこうでもない、と言いながら意気揚々と電車に乗る2人。
その背を「あれ?」と言う目で遠くから見ていた銀髪の狐目少女がいた事に、彼女はこの時気付かなかった。
☆
「なあ」
「なにかしら」
「何で全部剥製だったんだろうな」
「私が聞きたいわよ…………」
数時間後。「カフェ・ドゥ・マゴ・トーキョー」との看板が立て掛けられた喫茶店にて、窓際席に突っ伏す男女が2人。行ってみたアニマル何ちゃらが思ってたのと180度違ったので、そのまま帰ってきて現在に至る。
昨今の風潮に漏れず、全席禁煙の清澄な空気漂う店内。常用のトライバル形ピアスを左耳に付けた少年と共に反省会。なお議題は特に無い。
「結局、いつもみたいにぐだぐだ喋ってた方が面白いとはね」
「確かに」
「倦怠期のカップルってこんな感じなのかしら?」
「世知辛い事言うなよ……」
「娯楽があるのに無いって不思議なものね」
「探しに行くか?奏の行きたいとこでいいぜ?」
「……ううん。私にリードは向いてない。キミがエスコートしてくれた方が楽で良いわ」
外れてもそれはそれで面白いし、と心で呟く。
「不向き、ってこたあ〜ねえと思うけどなあ?」
「私、リーダーって柄じゃあないもの。適任は精々が官房長官てとこよ」
「自己評価が滅茶苦茶高くない?」
「女なんて自惚れるくらいで丁度良いの」
カラカラ、とアイスコーヒーに入った氷をマドラーで掻き回す彼女。無駄に色っぽいのはわざとなのか、無意識なのか分からない。
しかし……自覚していなかった姉御肌と肝力を見込まれ、やがてユニットを組む度にリーダーばかり任せられる事になるのも、この時の奏はまだ知らない。
閑話休題。遠回しにエスコートしろと言われたら、やらない訳にはいかないのが男子である。
「なら、財団いくか?」
「財団?」
「目黒のSPW財団支部。奏んちから徒歩15分」
「ほとんど帰宅ね。でもいいわ、折角だし行きましょう」
☆
……ところで、君のスタンドってどうなってるワケ?
そんなこんなでやってきた、SPW財団日本支部。レストランから展望階、スパにビリヤードにバーまで併設されてる内部ビルにて、奏はふと思った疑問を訊ねてみた。今までものらりくらりと躱され、一度も目にする機会が無かったためだ。
フロア12Fにあるアクアリウム。ゆらゆらと漂うクラゲを、ガラス越しに指でぺちぺちとつつきながら聞いてみる。すると。
「別にどうってこたあーねーぜ?ただ燃費が悪くてな。10分持てば良い方なんだ」
……面倒臭がってるな、この男。その台詞は前も聞いたぞ。
「あら、この期に及んで出し惜しみ?」
「疲れるからな、いざって時に格好つかねーだろ?」
「いつまで逃げ果せる気なの?それとも……自分のモノに自信が無いの?」
挑発するかのような物言いで以って、誘う。言葉選びは偶々それっぽいだけだ、きっと。
「……おいおい、そこまで言うならホントに見るかい?びっくりするぜ?」
煽ってみたら効果ありだったのか。膝の埃を払って立ち上がり、身を半身にする彼。その足元の影が、歪に歪んだかと思った、途端。
ドン、と。はっきり視認できる程に、周囲の空気が重くなるのを感じた。
(……この濃い霊力……ホントに…………来る!?)
可視化される程に強い、霊的な圧力。某死神代行バトル漫画のようなリアクションを思わず示す程には、己の魂が驚愕を表している。
影響は外面にも。周子のそれに勝るとも劣らない、ピリピリとした空気を受けて肌が粟立つ。さっきまで自分に近寄ってきていた水槽内の魚達は、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ逃げてしまった。
タイミングを同じくして、ガシャン!……と、傍らの採光レバーを降ろす音。下手人は目の前の彼だった。
「……ブラインド下げとくぜ?人以外の生き物に、この光は目の毒だ」
真面目くさった顔をした彼が、「光」と述べた言葉通り。一瞬のちに、眩いばかりの光が爆ぜた。
☆
「……おっし、具現化成功」
使い手の声に合わせ、収束した光と共に現れたモノ。其れは一言で言えば────なんとも形容しがたい生き物だった。
形は人型に……鳥の頭を被せたようだった。体格だけは筋骨隆々だが、全体的に黄色っぽい。トサカみたいに後ろにはねた黒髪に、飛び出してる上に妙に据わった目。くちばしみたいに尖った口。着ている衣類と言えば、真っ赤なふんどし1枚のみ。
一行AAで表すと『彡(゚)(゚)』みたいな顔をしたソイツは、ザ・シンプソンズの家族写真に紛れていても違和感のない外見だった。
おまけに頬杖をつきながら仰臥の姿勢で現れたまま、寝っ転がって尻を掻いている。だらしないことこの上ない。
「…………えっ?」
思わず間延びした声が出る。そんなわけでこの邂逅は、全くもって感動的なものではなかった。
「……え……えーっと、名前はなんていうのかしら……?」
『名乗る程のもんやない』
「わっ喋った」
宿主に振ったのに、スタンドの方が答えるのか。人面犬と出逢ったら、こんな感想を抱くのかもしれない。なんで広島弁もどきなのかは分からないが。
『なんや、ワイについて知りたいんか?お?』
「正直そこまでは」
『しゃーないなあ、スペックは都内タワマン85階住み、学歴は早稲田大学医学部卒の弁護士や。自動ドア付き水陸両用ランボルギーニに乗ってるやで』
「…………」
前言撤回、うわあ、めんどくさ。奏の正直な感想はそれだった。自宅の玄関先にこれがやってきたら、黙って110番押すレベルだ。
「……ねえ」
「何です奏さん」
「なにコレ」
「俺のスタンド」
スタンド?見るからにアホそうなコレが?いきなり自分語り(しかも全て虚言)をし始めるコレが?
『ちな交際人数は114514人、総資産は5000兆円。学校に入ってきたテロリストを素手で制圧したことが334回あるで。今は国際信州学院大学の大学院に在学中や』
「大学病院の間違いでしょう」
意思を持ち、自らの隣に並び立つ力ある像。その言葉からしてスタンドとは本来もっとこう、オーラに溢れた存在の筈だ。実際、周子のやつは中々に格好良かった。
だというのに、こんな目の腐ったナマケモノみたいなのがスタンドでいいのか。
『ちな贔屓は?ワイはもちろん赤ヘル一択や!』
……ちょっと黙ってたら、唐突に自分が話したいだろうことを話し始めた。こいつ自分語りと野球の話しか出来ないのか。
(でも赤ヘル……
シカトも何なので、一応律儀に返してはおく。
「燕だけど」
『ファッ!?うせやろ?Bリーグ常連のヒエヒエ推しとか草不可避やわ。東京ならもっと強い球団あるやん、金欠投壊はヤクルトでも啜ってりゃええねん』
「は?」
ほう。贔屓球団の話を振っておいてこの対応、喧嘩売ってると思っていいのか。
しかも「東京ならもっと強い球団ある」だと?よりによってかの山吹色の金満軍団と比べたな?我が家は代々燕党だというのによくぞ吼えた。
痴漢撃退用に習ってた護身術が、火を噴く時が来た様だ。
「……いい度胸ね、アナタ」
煽りカス許すまじ。無言でスタンドの腕を掴んで引き寄せた奏、流れるように足払いをかけ、憎きアンチを引き倒す。うつ伏せに転がった黄色い生き物の背に伸し掛かり、速攻で両腕を伸ばし首を極める。この間、2秒掛かっていない。
『んほおおおおお!!!JKホールドしゅごいのおおお!!!』
「誰が弱小だって?何処が?」
『ちょ、アカン!もうアカン!本気であかんねん!お姉さんゆるして!なんでもしますから!』
「何が『もうアカン』よ!京都の女みたいなこと言ってんじゃあないわよ!!」
『ええんか!?ワイは上級国民やぞ!!?キャメルクラッチなんかキメたら背骨があああああ折れちゃうナリイイイイイイ!!!!』
☆
「大体わかった?」
「うん、まあ」
5分後。
スッキリした表情で手を払った彼女は、手短に感想を一言。
のされたアホスタンドはというと、尻を突き出した格好でピクピクと痙攣している。単純に絵面が汚い。飼い主に黙って焼却炉に突っ込んでも、誰も文句は言わないだろう。
使い手曰く、「喚ぶと勝手に動くタイプだから、ダメージがフィードバックしないのが救い」だそう。だが、取り敢えずスタンドという存在に対する幻想は砕け散った。
(…………でも、これだけ?そんなわけある?)
この一癖も二癖もある男のスタンドが、フツーであるわけがない。何か隠し球を持っているだろう。ゆえに。
「実はなにかあるんでしょ?隠された技とかが」
「うーん、腹が減るとなんでもすぐ口に入れる癖があるな」
「赤ちゃん?」
「何故かきゅうりをやると喜ぶ」
「河童の赤ちゃん?」
そもそも食事をするのか。黄ばんだ生命体にもう一度目をやると、今度は間の抜けたあくびをして虚空を眺めていた。何を考えているのだろう。まるで珍獣の生態観察をしている気分になる。
「じゃあ、武器とかはないの?」
「手首がめっちゃ柔らかい。すぐクルクルするぞ、ついでに態度も」
「ただの掌返しじゃない」
おい、本当に良いとこないのか。
「……じ、実は働き者とか」
「コイツ喚ばなきゃ何時も寝てるぞ。偶にしか起きない」
「起きてる時は何してるのよ?」
「野球中継観ながらクソスレ立ててる」
「お祓い行ってきたら?」
「正直迷ってる、10年くらい」
ロクなもんじゃない。こんなスタンドでどうして精神力消耗が激しいんだ。燃費悪すぎではないか。
清廉潔白、高潔を体現したような姉のスタンドとここまで対極なのも珍しい。
スタンドには本人の為人が現れるそう。息を吐くように雑な嘘をつき、隙あらば怠ける。この幽体、察するに。
「……キミの駄目なところを析出したのかしら?」
「ありがとう」
「褒めてないわよ」
『なあイッチ、ワイそろそろ解脱してええか?』
横からなんか飛んできた。奏の仕掛けたプロレス技のダメージから、いつのまにか回復していたスタンドの声だ。気付けばふんどしの中からマスコットバットを取り出し、振り子打法で素振りをしていた。現界に飽きたのか、単に暇なのかは分からない。
「よし帰れ」
『おおきに。ほな、また……』
「あっ消えた」
帰宅を命じられると、見る間に光の粒子になって消えていった。去り際だけは鮮やかだ。特に何もしてないし、なんの感銘も受けてないけど。プロレス技で締められたくらいか。
「……イッチって何?」
「発現して
「雛の刷り込み?」
「言い得て妙だな。人の名前は覚えないんだ、トリ頭だから」
遠い目をする少年の背は、ちょっと煤けてる気がした。
☆
帰り支度を進めて、家路。街は既に、夜の帳が下りていた。流石に奏ママの言う通り朝帰り……と言うわけには行かない。
さりとて真っ直ぐ帰宅するわけではなく、日の落ちた目黒の街を、敢えてゆっくり散策しながら帰途に着く。これで終わりかと思うとちょっと、名残惜しい。
(…………ああ、そうだ)
郷愁に囚われる前に、言い残しておくことがあった。
「……そう言えば、言い忘れてたんだけど」
去り際に残す言葉が、一つある。
「ん?」
「……キスマーク、首についてるわよ」
「えッ、嘘!?どこ!!?」
予想通り慌てる彼。咄嗟にスマホを鏡代わりに確認しようとしているが、分かるはずもない。ソレもそのはずだ、付いてるのは丁度背中の
「……覚えが無ェーぞ、マジで……」
茫然としている彼を、暫し
(そりゃあそうでしょう。昨日のあの時、キミは寝てたもの)
一日中、
(……ヤダ、癖になりそうね、コレ)
未知の愉悦感に脳幹がゾクゾクする。「
「嘘よ」
「嘘かい」
故に、誰にも漏らさず私だけの秘密にする。
「
「俺も。んじゃあお疲れさん」
「ええ、おやすみなさい」
バタン。玄関を閉めると静かに部屋まで戻り、ベッドへダイブ。しばらく枕に顔を埋め、今日の回想。
(意外と可愛いとこあるのね、動転しちゃって。…………ふふっ♪)
グロスを塗った艶やかな唇に指を添え、1人静かに微笑む。
外国人モデルみたいな顔と身長に、アメフト選手並みの体躯。ついでに芸人染みた喋りの癖に、中身は高校生相応なところがあるのがいじましい。なんだか、今夜は捗りそうで堪らない。
押してダメなら引くのではない。仕掛けて捉えて搦め獲る。ママだって、そうやってパパを婿養子に引き摺り込んだ。
(また遊びましょう?……今度は美波と、アーニャちゃんも一緒に)
カーテンを開け、月光浴。妖しく煌めく三日月が、雲ひとつない星空によく映えていた。
★
2日後。日本国は羽田空港・国際線ターミナルの時計台前にて。
接続されたSPW財団のプライベートジェットから降り立ち、ファーストクラス通用口を経てVIPゲート。そこから前触れもなく、2人の男女が降り立ってやってきた。
周りの旅行客が思わず眼をやってしまうほどに、有り体に言えばその御両人、どちらも常人には無いオーラを身に纏っていた。
「うわッ、やっぱ暑ッチイなぁ〜
酷暑に耐えかねたのか、被っていたボルサリーノのハットを取った男性。体躯は180cm程度だろうか。薄手のナポリジャケットを引っ掛け、派手な虎柄Yシャツは第二ボタンまで全開。首にかけるは金のロザリオ、懐の膨らみは恐らく拳銃。
ハイライトの伺えぬ鋭い眼光、そして纏う凄味からしても、間違いなく堅気の人間ではない。
「ネアポリスより若干高いくらいね。ただし湿度が段違い」
もうひとかた、此方は桃色髪の女性。ルックスからして芸能人だろうか。サマードレスにサングラスという出で立ちの美女は、傍らに付き添う男に、澄んだエメラルドを向けて問う。
「暫く滞在するんだから、いざとなったら日本語ちゃぁーんと使うのよミスタ?頻出ワードは覚えた?」
「『小麦粉か何かだ』『俺のせいじゃない』『ドタマブチ抜くぞ』の3つだろ?覚えたぜ?」
「今すぐ忘れなさい、ってか今持ってる伊日辞書貸しなさい」
事前に話を付けておいたセキュリティチェックを難なくスルーし、易々と武器の持ち込みに成功した事は、なんだか拍子抜けだった。性善説が前提になっているのは、この国がそれだけ平和な証左だろう。
気怠げに渡された辞書をパラパラめくっていた女性、見る間に目尻を吊り上げる。
「ちょっと、なーに『四の五の言わず』の『四』にでっかく斜線引いてんのよ?慣用表現なんだからそのまま覚えればいいのよコレは!」
「イ・ヤ・だ・ね!大体なんで護衛の俺がここまで日本語の勉強しなくちゃあイケねェーんだ?喋れはすっけど書けねーよ、ムズカシーんだ漢字ってのは」
「うっさい。そもそも護衛できる事を光栄に思いなさい?この私のエスコート務められるなんて」
「アラサーが何カッコつけてんだ、そンなんだから行き遅れんの……って痛ッてぇ!ヒールで足踏むんじゃあねェーよ!」
革靴の上から容赦なくハイヒールが刺さったので猛抗議。若いうちから大怪我の多い彼だが、死に掛けても毎度生き残ってるくらいにはタフなので、女性も遠慮がないのかもしれない。
「今日はチバのウラヤスに行くわよウラヤス、ナイトパレード見なきゃあいけないからね。分かったらサッサと来る」
「夜はシンバシの店で
「ジョルノにチクるわよ?任務放棄したって」
「メンドくせェなあこのアマ……」
「何がアマよ口悪いわね。ていうかあまり近くで喋らないで、ワキガが伝染るわ」
「伝染病じゃあねーよワキガはッ!」
やいのやいの。でかいトランクにスーツケースを運ぶ彼と、ハンドバックを持った女性の歩みは尚も止まらない。
「4番窓口出たらSPW財団の車に乗るわ。環状4号線を抜けたら四ツ谷駅まで行くから付いてきなさい」
「嫌がらせだろテメー……!」
「冗談。でもお昼は
「尚更行くかッ、やる事やったらトーキョー観光に繰り出すぜ俺はよ」
観光に来てるのかイマイチよく分からないノリに閉口。半分遊びてえだけだろ、コイツ。
……にしても、だ。歴戦のスタンド使い・グイード=ミスタは思わず眼を細める。
ブチャラティやナランチャ、アバッキオらを喪った、かの任務から既に10年以上の月日が流れた。先代ボスの血を引くこの娘は、己の出自など関係ないとばかり、歌で世界を魅了している。
テキサス本部が壊滅してキナ臭いこの時期、ネアポリスに篭っていれば安全なものを、どうしてわざわざ外に出ようとするのだろうか。気になって、思わず。
「……なあ、トリッシュ」
「何よ?」
「これまでオファー受けても一度も行かなかったッてのに、今回は速攻で参加ってのは、一体どーいう風の吹きまわしだ?」
『お陰で「矢」も持ってきちまったし』、と呟く彼。そのハンドバッグの中には、ぐうぐう眠る一匹の亀……ココ・ジャンボの姿があった。
そう、彼は護衛序でにネアポリス支部にダミーの矢を置き、亀のごと本物の矢を日本にこっそり持ってきたのだ。フーゴ等が守りを固める自分たちの拠点をもブラフにする奇策、実はミスタが発案者である。
さて誰何された美女は免税店探しもそこそこ、両手を後ろ手に組みつつ、護衛の男を振り返る。
「そりゃあ当然。今回はあの『
────『悪』から子供を護るには、何かと人手が要るでしょう?
時に、2014年の8月半ば。IU本選開幕まで、あと一週間に迫っていた。
・弟のスタンド
悪霊。
・グイード=ミスタ
長らく渋での解説が「ワキガ」だけだった男。スタンド名は人前でちょっと言いづらい。
・トリッシュ=ウナ
ワールドツアーを終えて帰国、そして直ぐ出国。ペリエ以外の水は飲まない。