美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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3章あと1話で終わりです。次話以降バトルパート。


029/ Pretty liar

 バタン。

「失礼します」と事務的に一言だけ残し、無駄に豪奢な部屋から足早に退室する。「待て」だの何だの聞こえてきたけれど捨て置こう。高架下の騒音レベルで聴くに耐えない。

 

(……ここまで感情的に()()()のは、初めてですね)

 

 権力者に憤った青二才が、大立ち回りさながらの無謀な喧嘩を吹っかける。そのままならよくある若気の至り。でも実は、この激昂は()()()()

 

(役者も多少齧ってて良かったです。上手いこと()()()()くれたみたいなのは僥倖でした、が……)

 

 熟慮するまでもない事実として。たとえ私・高垣楓個人がどれだけ内心で憤っていようとも、偉いさんを敵に回せば勝ちの目はない。巨大組織に女子供だけで太刀打ち出来ないことは明白だ。

仮に自分一人を人身御供に差し出せば穏便に収まるのなら、……この起伏に乏しい身体でよければどうぞ御自由に、と切り売りしていただろう。

 

 しかし。美嘉ちゃん達を軽んじるような発言を連発されたのはどうあっても我慢ならない。大事な社員、しかも子供を露骨に商品扱い。更に横柄な態度までとるのがいい歳した大人のやることか。挙句に担当Pを飛ばすだの好き勝手言われたら黙っていられない。

 そして。

 

『このままダンマリ、ってェーのは、俺はシャクだな。……楓は?』

 

 私の担当P・東方仗助は、幸いながらに奇しくも、私と気を同じくする精神を持つ男であり。

 

『……決まってるじゃあ、ないですか』

 

 更に彼と手を組めば、この怒りを押し通す事は可能であった。故に。

 

『闘いましょう、先輩。(まなじり)を決して』

 

 二つ返事で同意した、昨秋の誓いの日を経て。

 

(やっとここまで来たんです。今日で王手をかけるのみ……!)

 

 時に、西暦2010年。梅雨打ちつける時節を抜けた、夏の初めの事だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 施錠されたままのドアを、4回素早くノックする。程無くして音もなく、無人のはずの部屋が開く。中にいるのは。

 

「おかえり、楓」

 

「ただいま戻りました、先輩」

 

 スーツ姿のまま重役室を出て、地下一階へと赴いた私は、室内にいたPさんへ挨拶する。埃っぽかった元アイドル部署のこの部屋は、アイドル部門がここ数年募集を停止しているため、四半期ごとの定期点検以外では誰も立ち入らない。守衛室の監視モニターも切ってある。

 そんな訳で当面の間だけ密会に使うには最適だった。尤も、逢い引きに使った事は一度もないけれど。

 

「呼び出し、もう終わったんですか?」

 

「なーんてことねえオッサンの小言だったよ。途中で()()()ズラがずり落ちて半泣きになってたから、そのまま帰ってきたトコなんけどな」

 

「まあ。でもご丁寧に同じ時間、別の場所に私達をそれぞれ呼び出すとは……相当警戒してるみたいですね、先輩の事」

 

 不穏な動きを見抜かれたか。あの手の小物は保身絡みの事象にだけは敏感だ。まあ、知られようとも作戦は完遂するけど。

 

「どうだかな……ともあれお疲れさん。一応渡しといたペン型レコーダー、使うような事言われたか?」

 

 逢瀬という言葉からは程遠い、硬質な空気の中。どうにも気を揉んでいたのか、ソファにも座らず考え込んでいたらしいPさん。部屋の汚れは全て綺麗に片付けられ、更に何かあったら短縮ダイヤルでかけられるよう設定してくれたあたり、何だかんだ大事にされてるなと感じる。

 

「ええ、ばっちり。それから……」

 

 着ていたジャケットをハンガーに掛けて、一息。バレッタで留めた髪を解きながら、彼の隣に腰掛ける。

 

「これが、掴んだ尻尾です」

 

 ピラ、と意見書なる紙を一枚手渡す。破り棄てたついでに一枚だけこっそり丸め、抜き取って帰ってきたソレの内容に、見る間に彼の顔は険呑になっていく。

 

「………………あンの、クソジジイ共ッ……!」

 

 彼が唸ったのも無理はない。パパ活、レンタル彼女と称した管理売春の依頼はまだマシな方。大手顧客との枕営業。AV出演のオファー。反社との接待を伴う飲食の席。酷いのになると重役の情婦(イロ)、なんて内容まで載っていたからだ。

 

「薄々分かってきちゃあいたが、ココまで腐ってるとはな……!」

 

「流石に、私も頭に血が昇ってしまって。頂いた用紙、ほとんど棄てて帰ってきましたけどね」

 

 大体こんなものを紙媒体にして晒す時点で、コンプラや訴訟リスクに対する感覚が立ち遅れすぎだ。346プロは高度経済成長期に相次いだ大企業同士の縁故採用の影響で、至らぬ人材が重いポストに就いていることがある。今まで日陰にいた彼等が出て来たのは、昨年10月の異動で人事が刷新された余波だろう。しかしこの調子では会社自体が早晩、倒産してしまうのではないだろうか。

 

(お金はあっても才覚はない。劣等感を抱いても努力はしない。なのに嫉妬は人一倍。更に劣情の捌け口を、女子供にぶつけて溜飲を下げる……。……下の下、ですね)

 

 調べるにつれ分かった事もある。既に社内で幾人かのタレントやそのマネージャーらが、似たような被害を受けていたのだという。何のことはない、彼等は自社の思い通りにならぬ人間にこの約10ヶ月間、片端から訓告と言う名のパワハラに及んでいたのだ。

 さらにこの文書、肉体的接待を仄めかす事まで記してある。いずれは私と親しくしている子たちにも、その矛先が向くかも知れない。考えただけで、到底耐えられそうになかった。

 

「そういうわけで、先輩」

 

 ここまで半年以上我慢した。情報を掻き集め、コネクションを築き、電話一本でカタをつけられるところまで持って来た。

 仕上げに宣言通り、ブッ壊させてもらいましょう。

 

「やられたらやり返しましょう、倍返しです」

 

 ……後にドラマでこの台詞を言う事になるとは、この時は思ってもみなかったけど。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 何をするか?は実にシンプル。「内部告発から敵対的M&Aまでを含意した、事実上の会社乗っ取り」。私達ふたりは昨年、注意喚起から全面衝突までを想定した7段階のプランを企て、その全てを順に実行していったのだ。

 パパラッチされるのを加味して、半年かけてわざと彼等の目につくような行動を取ったりしたのも布石の一つ。二人三脚でタッグを組めなければ、きっと成功しなかった。

 

(授業参観とかキャンプとか海水浴とか……思えば色々やりましたね。あまりイメージダウンせずに知名度を上げられたのは、多分に運もあるでしょうけど)

 

 昨秋からひたすらに、工程をなぞり続けた。Pさんの持つパイプ──SPW財団に大手広告代理店、世界的不動産会社に346海外支社などのお歴々──と私が顔を合わせ、目通りしたのもひとえにその為。

 

「社内規則どころか国内法も無視してここまで吹っかけられてんだ、闘るしかねェーな」

 

買収云々(そこまで)は最終手段、って話でしたけど……致し方ないですね」

 

 いわゆる「社交界デビュー」もこの間に経験した。人付き合いを円滑にするため、口下手を矯正する話法を学んだ。交渉に不可欠な英語も勉強し直した。ぎこちなかったヒールの歩法も、既に幾分こなれて久しい。

 着慣れぬフォーマルドレスの腰元に、彼が手を添えてエスコートしてくれるだけでドギマギしていたのも今は昔。酒の飲み方から貞淑と艶を織り交ぜた所作に至るまで、場数を踏んで覚えていった。

 

「……悪ィな、骨折らせちまって」

 

「謝らないで下さい。むしろ子供扱いされないのは願ったりかなったり、ですよ」

 

『温泉巡りとかしませんか?せっかく、二人で一緒に旅行出来るなら』とワガママ言ったら快諾してくれた彼と長期休みの度、人脈作り序でに世界を飛び回った。杜王町で秘湯を探し、英国のバース・スパを全制覇した。イタリアではテルマエに浸かり、エジプトの地に沈む夕陽を、オアシスから共に眺めた。

 

(ラクダに乗ってたらいつのまにか禁足地に着いてたり、ローマの休日ごっこして財布スラれたり。ロンドンのオペラにアカペラで混ざったりもしましたね……あれ、私って結構やらかしが多いかしら?)

 

 まあいいか。兎角、地元でも大学でも学べないような物事を見聞し、己が血肉にできた事。それは自身の交友関係を広げ、旅先で気分を一新するだけでなく、与えられた仕事をこなすのが精一杯だった往時の私に、芸の幅と表現力をも齎した。

 

 和歌山の田舎娘が、いつのまにか世間様から「次代トップモデルにして若き大女優」と持て囃されるに至ったのは、きっとそれらの貴重な体験あってのもの。

 

「経済的に自立した大人相手に、今更グダグタ言わねえよ。最終確認はさせてもらうけどな」

 

「あら?では私めにご教授下さい、()()()()やり方♪」

 

 自立とは文字通り。この1年間で、金銭的にはそれなりに余裕が出来た。親の扶養からは去年外れ、学費も生活費も今年から自分で払っている。昨年の夏休みに車の免許も取った。成人した今夏はクレカを作ってマイカーも持つ予定だ。

 仮に今、子供を身籠ったとしても、大学を休学して育児にあたるゆとりがあるくらいには蓄えがある。いや、あくまで例えだけど。丁度ド真ん中ストライクな物件が目の前に……ゴホン、相手が誰とか生々しい話は置いといて。

 

「楓」

 

 女の子ならリサちゃんorえりなちゃん、男の子だったら丈くんかな?とか思考が脱線していた辺りで誰何が来た。妄想が漏れない鉄面皮で良かった私、と思いつつ。

 

「……はい」

 

「大企業の敵対的買収を画策すんならスピード勝負だ。新株の大量発行やら対策打たれる前に、発行株式の過半数を押さえてリコール仕掛ける。動かせる銀行口座が23。信頼出来る株主と親族が複数名。敗ければ当然干されるだろう、芸能界では再起不能(リタイア)だ。……それでも、闘るか?」

 

 鋭い眼をして眉間に手を置き、委細をつらつら並べ立てる。「バレなきゃイカサマじゃあねェーんだよ」というこの人の信条に、私も多かれ少なかれ影響を受けつつあるのだ。故に。

 

「肯定以外ありません。ここまで来れば一連托生。ですから……」

 

 浮かべられたあくどい笑みに見た、不退転の決意に応えるように。口角を上げ犬歯を覗かせ、吼える。

 

「────何でも言ってください。何処までだってお供しますよ」

 

 普段はやらないこの獰猛な(当社比)笑い方、このヒトの悪巧みスマイルを観察して編み出したモノだったりするのは秘密。

 

「プロデューサー冥利に尽きるね。……おし、んじゃあ行くか。この部屋に盗聴器が無いのは確認したが、万が一でも盗み聞きされてっとマズイ。念には念を入れとくぜ」

 

「?……行くって、何処にです?」

 

「俺ん家」

 

「ああ家ですね良いですよ…………えっ?」

 

 えっ?自宅?…………これってもしかして泊まり込み!?こんな急に!?港区住みとだけ聞いてるけど、今まで一度も家なんて行った事ないのに!?

 

「おう。壁ブチ抜いて裏ルートで車乗って帰っから、パパっと支度しな」

 

「え、えーっと……」

 

 裏ルート云々は、マスコミ対策を兼ねた配慮だろう。でもなんでこんな自然体なんだ、この人。

 替えの服とかクレンジングとか何も持って来てないけど、どうしよう。大事な日なのに茫洋と、余計な事を考えた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

『……しかし、ファンからしたら垂涎ものだろうね。まさかあの高垣楓と生電話とは』

 

 ところが、色っぽい事なんて何も起こらず。空回りに拍子抜けしたまま訪れた彼の住居にて、気を取り直したのも束の間。私はとある人に携帯で電話を掛けていた。

 

「おべっかを使うようなお人でしたっけ?()()()()、って」

 

 お相手はNY支社で辣腕を振るっていると評判の一族の秘蔵っ子、美城()()。弱冠30代にしてあと数年すれば取締役に上がるだろうと噂される彼女、徹底した成果主義者にして、現在の美城財閥総帥の孫娘でもある。

 

『何、ちょっとした嫌味さ。今NYは朝の6時なんだ。私は早起きだからともかく、時差くらいは考えてくれたまえよ?』

 

「これは失敬、コッチは夜の7時なもので。次回以降は気を付けます」

 

『おいおい、次もあるのか?』

 

「無いと良いのですが念の為。……で、担いで頂けますか?内部告発の片棒」

 

 言いつつも港区某所にある高層階の一部屋から、窓越しに大都会のネオンを一望する。見下ろす景色は控えめに言って壮観。部屋は3LDK、眺望・アクセス・セキュリティ全て申し分なし。

 案内されるなり「先輩こんな良いところ住んでるんですね、都内にキャンパス移動したら私もここに越します」と零すくらいには良物件だった。

 

『構わんよ、口先ばかりで実力の無い連中には私も辟易していたところだ。寧ろ良い掃除になるだろう。美しくあるべき城に、蒙昧な使用人は必要無い』

 

 ……このキャリアウーマン、きっと通話口の向こうで怜悧に微笑んでるんだろう。相変わらず口ぶりは知的……いや詩的か。駄洒落で応戦してもいいけど、日付が変わるので自重する。

 

「流石のコストカッターぶりですね。懲戒処分してから損害賠償請求もする腹積もりなんでしょう?Pさんが舌巻いてましたよ?」

 

『当然だ、我らが白亜の城(ブランド)汚物(キズ)を擦り付けたのだからな。にしても……君からお褒めの言葉を賜るとは、今日は槍でも降るのかな?』

 

「いえいえ、私お世辞は苦手なものでして」

 

『その口ぶりでハタチとは末恐ろしいよ。きっと天性の才能だろう』

 

 揶揄う口調ではなく、さも当然と言わんばかりのお返しに。

 

「あら、担当Pの影響かも知れませんよ?なにせ熱烈に口説かれて、この業界に入ったんですから」

 

 齢18そこらの女子大生にとって、あの日はとてつもなく劇的だった。安いメロドラマみたいと評されようと、臨終の間際まで覚えているだろう。

 

『……プライベートは詮索しない。しかしみだりにそういう関係を仄めかすのは、あまり関心しないな』

 

「いいえ、ものの例えです。女磨きを怠れば、過去の己に敗北します。私、高垣楓にだけは敗けなくないんですよ」

 

 スカウトされた日が全盛期でした、なんて無様は晒したくない。だから私が争うのは、今をときめく765プロや876プロの娘達でも、芸能界の大御所や事務所の可愛い後輩達でもない。常に()()だ。

 

『殊勝な心意気だが……かつての日高舞のようにはならんで欲しいな。業界人なんだ、彼女の引退の真相くらい知っているだろう?』

 

「もし()()なったら、ママタレントにでも転身しますよ。……では、またお会いしましょう?全て片付いた後で、NYへ御礼に伺います」

 

『ああ、楽しみにしているよ』

 

「あ、それから」

 

『何かね?』

 

「……感謝してますよ。若造の戯言と切り捨てず、話を聴いてくださった事」

 

『……君は東方仗助が目を掛けた逸材。そして社員の福利厚生とは真っ当であって然るべきだ、別段礼を言われる事ではない』

 

「もう、みーちゃんってばお固いですね?」

 

『誰がみーちゃんだっ!切るぞ!』

 

 それきりガチャン、ツーツーと無機質な音を立てて通話が切れる。電話帳にコッソリ『346のみーちゃん』という名前で登録してるのは、きっとまだバレてない筈。

 

(うーん、こういう人なんて言うんでしたっけ……ツンデレ?)

 

 ビジネスライクとは断言しづらい電話が終わって、ちょっと一息。

 さて残るは先輩の進捗次第。しかし今しがたまでの私と同じく、家主たる彼は通話中。

 

(……待つついでに、お料理作っときましょうか)

 

 冷蔵庫を失礼して開けると卵にフルーツ、チーズやベーコンやらが詰まっている。「好きになんでも飲み食いしていい」と言われたので、つまみを数品作ってご相伴にあずかることにした。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「グレート・ファミリー」という言葉がある。単に豪族、という意味を指すのではない。かの有名なロックフェラー家を始めとする、世界史上にその名を記される様な血族達の事だ。今なお国際経済に厳然と影響力を有する彼等は、ひとたび動けば凡百の会社程度は容易くひねりつぶせる、らしい。

 

(詳説資料は確か……「映像の世紀」だったかしら?)

 

 大学の講義で習った、フィクションみたいな現実の話を思い出す。確証はないけれど、何だか彼が関係していそうな気がしたから。

 

『美城グループ全体の時価総額は約1兆円。そのうち346芸能事務所単体では約400億円。此処にケンカ仕掛けるとなりゃあ、当然俺らの持ってる金だけじゃあ足りねえ。つーわけで増援頼むわ』、と述べた件の彼……Pさんが別室(寝室)に移動して、既に20分近くが経つ。

 委細は省かれたけど、経営学は実地でも研修済らしい。なんでも大学時代にちょくちょく父の実家があるというアメリカを訪れ、向こうで資産運用などを教わっていたという。

 

(「実はケネディー家の跡取り」なんて噂もありますけど、ホントのところはどうなんでしょう?)

 

 彼の家族関係は謎が多い。上司の今西さんが酒席で聞いた際も、上手い具合にはぐらかされたらしい。「成人祝いに父から油田を貰った」なんて与太話もある程。ただこればかりはプライベートな事なので、本人が自ら話してくれるまで待つつもりだ。

 でも、ある程度の予想はつく。私も似たようなものだけど、容姿からして外国人の血が混じってるのは確実だろう。

 

 ……あ、ちなみに私は母方が貿易商の家系で、父方が外交官の家系。そして両方とも国際結婚が非常に多く、分かっているだけでも12カ国以上混ざっている。従兄弟や縁者は日本人より外国人の方が多い。親族の結婚や葬儀となれば、まともに話したこともない親戚が世界中からわらわらと集まってくる。

 お陰で地元にいた時は「楓ちゃんは親戚に石油王と欧州の王族がいる」なんて虚言まで囁かれた有様だ。

 

(私は単に、田舎の造り酒屋の娘でしかないんですけどね……)

 

 個人経営の(※酒豪家系の母方が実益を兼ねてやってる)和歌山のリカーショップ・高垣酒造が私の実家。老舗なので店構えは古いけれど、別に大金持ちでも何でもない。

 まあ、やけに真白い地肌や生まれつきアッシュの髪色、虹彩異色症の両眼は、両親の多様な遺伝子プールからもたらされたものなのかも知れない。

 

 閑話休題、どうも何人かと電話のやりとりをしているようで、今度は日本語が聞こえてきた。ほんの少しだけドアが開いてる事もあってか、この静かさなら十分拾える。

 

『……秘匿回線の通話は久し振りだね。いつも通り、符丁を違わば即座に切る。宜しいかな?』

 

 カプレーゼを作りながら、良心の呵責を感じつつ盗み聞き。電話口の向こうから聴こえるのは、壮年と思わしき男性の声。大方、ウチの大株主というところか。

 

「万難排して臨むまで。()殿()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()。君の用事は如何程に?』

 

()()()()()()()()()()()()

 

『……コードネームで呼ぶという事は、いつぞやの()()を返せという事かね?』

 

「ま、そんなトコで。半年前に頼んだ買い叩き(例のアレ)、一緒に仕掛けてくれって依頼を」

 

『……遂にやるのか。…………事後報告になるが、ロスチャイルド(ヨーロッパから)は助力をくれる。元々ロマノフ家(ウチ)とは親戚だからな。あとは君自身の好きにやれ。種銭はあるのか?』

 

「もちろん。州政府(お上)に手持ちの油田(しさん)を一部売却しましてね。これで費用の半分は賄える算段っス」

 

『上等だ。元CIA職員(わたし)諜報網(ツテ)は使うかね?』

 

「そこまでは。……ただ一つ、新規経営陣に伝言を。『現場に余計な口出し無用』、とだけ」

 

 明瞭にそこまでを聞き取ったところで、一旦リスニングを止めて思考に集中。暗号めいた気になる単語や符丁はいくつかあったけど、中でも。

 

灰色の(グレイ)枢機卿(カーディナル)……?)

 

 そう渾名された人物というと、旧ロシア帝国末期の怪僧・ラスプーチンのイメージが浮かぶ。血友病に悩む皇太子らに取り入り、帝政ロシア崩壊の一因となった聖職者は、正に──奇しくも今の私達のような──獅子身中の虫であった。

 

(仮にもし、お相手がロシア関係者であるのなら……)

 

 ────史実、かの日露戦争に於いて、旧帝国陸軍の明石元二郎少佐らは、ロシア帝国内に潜伏した共産主義者に資金援助を行っていたことが明らかになっている。スパイ活動の一環として行われたこれらの工作は革命を誘発、結果として帝国は赤化し皇家は滅亡。戦争は日本の辛勝に終わった。明石らは強敵打倒の為ならば、仇敵とも一時的に手を組んだのである。

 

 近現代史を履修して感銘を受けたその明石・ドクトリンを参考に、創設者一族の係累らに秋波と資料を送り、経営陣刷新の為の告発準備を整えたのが私。対してPさんは……新株発行前に超速で既存株を買い叩き、自社の大株主を塗り替えるパワープレイを企図したのだ。

 

『やはり血は争えんね。微力ながら力を尽くそう、我らが父祖の命の恩人、その孫よ』

 

(……………………えっ?)

 

 しかし思考の海から己を引き上げた瞬間、そんな言葉が耳に入ってきた。

 

(……命の恩人の、孫…………?)

 

 私の突飛な仮説が確かなら……何か今、とんでも無い事を聞いた気がする。……まさか受話器の向こうにいるのは、本当にラスプーチンの関係者?

 台所で包丁を握ったまま、硬直する私を余所に。彼はいつもの軽い声音で、こう述べて電話を切った。

 

「毎度あり」

 

 灰色の枢機卿。私がこの言葉の真意を知るのは、実にこれより4年後のことだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 数週間後。都内某所の某居酒屋にて。何時ものように二人で個室に掛けてた私達は、勢いよく。

 

「それじゃあ成功を祝して……」

 

「乾杯!」

 

 ……結果から見れば、一連の出来事は息つく間もなくあっさりと終わった。縁故採用の重役らは職を追われ、346プロはNY支社に出向中の美城室長だけでなく、総帥までもが人事に口出ししてくるという異例事態を迎えた。株価は一時、乱高下したものの安定を取り戻し、更に筆頭株主が欧州の某超有名財閥の会長になっていた。電撃的な決着をみた、あっという間の出来事だった。

 

「……しっかし、裏で961プロが一枚噛んでたとはなあ」

 

 泣く子も黙る東京地検特捜部が961プロダクション本社ビルに入っていく光景が、お昼のワイドショーで生中継されたのが昨日の事。一見無関係に思えた同業他社は、実は346を食い荒らさんとしていたのだ。

 

「ええ。私の引き抜き攻勢が961から掛かってたのも、今思えばそういう事だったんですね」

 

 今般の案件を遡ると闇が深い。

 私達にパワハラを吹っかけてきた重役連中が、女絡みでトラブルに巻き込まれたのが事の発端。接待先のセクキャバで宛てがわれた女を持ち帰ったら、なんとヤクザの情婦だったのだという。『俺の女に手ェ出すとはどういう事だ、誠意を見せえや』と脅されて腰が抜けていたところに、961プロ、もとい黒井社長の顧問弁護士がやってきて揉み消してくれたのだそう。もちろん、「会社にバレたらどうなるか分かってるよな?」との脅し付きで。

 以来、黒井の言うことを何でも聞く傀儡が完成。ラジコン代わりに使われていたらしい。

 

「古典的な美人局(つつもたせ)に、今時こうまでコロッと引っ掛かるとは……。アホ過ぎて同情も出来ねえ」

 

「やる方が悪いんですけど、引っかかるのも駄目ですね。大企業の偉いさんなら警戒して当たり前でしょうに……」

 

 しかし下手人たる黒井もさるもので、黒井本人が関与した確たる証拠は何も掴ませなかった。実行部隊の半グレや黒井に不正を命令された社員は捕まってるのに、なんともすばしこい事。いくつかの隠れ家を転々としてるとの事だけど、ほとぼりが冷めたらシレッと表に出てくるだろう。

「いつか絶対逮捕してやる」、とは捜査に携わる片桐刑事の言葉である。

 

「ハニトラが無くならないわけですね。……ねえ、先輩」

 

「ん?」

 

「女体の何がそんなに好きなんです?胸?」

 

「俺も同類みてーに言うな、知らんて」

 

 ちなみに株主総会を荒らしていた総会屋も、元を辿れば961と繋がりがあったとのこと。これは警視庁の握野(あくの)警部から聞いた。

 

「今回は346プロの買収と引き抜きを画策されるも、その企みを頓挫させた。……これで晴れて一件落着、って事で良いんですかね?」

 

 安穏を希求する私の問いにしかし、彼は「いいや」と否定的見解を示した。

 

「正確に言えば、黒井も子飼いだろうな。あの男は悪党だが()()じゃあない。フィクサーはもっと後ろにいる筈だ」

 

 何処からその情報を仕入れたのだろうか、確信めいた表情で彼は断言する。アングラな交友関係を多く持ち、巧みに検察や警察の目を掻い潜って逃げおおせる黒井ですら、駒?なら。

 

「……黒幕は、一体何処の誰なんですか……?」

 

 自分で言っておいて、思わず背筋がぞわりと粟立つ。

 今回は丸く収まった。しかし、背後にあるだろう組織はその尻尾も掴めない。さながらヒドラの尾のように。

 重役も駒。親分と思われた黒井も駒。更にそのバックに、影も形も見えぬ何かがいる。

 

(後ろで糸を引いてるのは、何者…………?)

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

「ゴールドマン・サックスにモルガン銀行、スタンダード・チャータードまで動いた?」

 

 2010年8月下旬、アメリカ合衆国某州某所。歳若く見える金髪の巻き毛男は、部下より上がった報告に眉を潜めてそう生返事。容易く運ぶはずだった()()()()の確保が、失敗した事を示していたからだ。

 

「はい。しかし、この顔ぶれ…………」

 

 憤懣やるかたない、と言った面持ちで応えるは、同じくスーツ姿の金髪男。しかしこちらは、燃えるような赤い眼を滾らせている。

 

「全てロスチャイルド系か…………成る程。協力者にユダヤ系財閥をも擁するか。彼等の力は合衆国にも不可欠。中々に侮れんな」

 

「カマかけ序でに各銀行の頭取にも連絡を入れましたが、知らぬ存ぜぬの一点張りでした。全く、欧州の人種は面の皮が厚くて困る。百戦錬磨と言えばその通りですが」

 

「当然だろう、彼等は元より根っから商人。我々の陣営にも手厚い援助をくれているよ。勝者がどちらに転んでも自分達は儲かるように、という考えだろうね。がめつい事だ」

 

 尤も、全て私が呑んでやるが。という言葉は口に出さず、淡々と会話に応じる。

 

「で、今回使ったジャップの色ボケ老人とチンピラ共はどうした?」

 

「使えん生ゴミは全て処分済です。アジア人は人口だけは無駄に多い。替えはいくらでもあるでしょう」

 

「黒井は殺るなよ?まだ使える」

 

「ええ。しかし閣下、何を考えているので?黄色人種の駆け出しモデルに入れ込むなぞ……」

 

 そう言って彼はデスクの上に置かれた、ある人物の調査書と思わしき資料をパラパラと捲る。今回わざわざ囲い込みを企図したその人物の名は、「高垣楓」と記されていた。

 

「なに、ちょっとした過去の()()を思い出したからだよ」

 

「過去の……?……ああ、日高舞の事ですか」

 

 日高舞。言わずと知れた芸能界の生きる伝説。彼女の現役時代、「イエロー・モンキーの猿芝居」と高を括って気にも留めなかった彼の意識を変えたのは、異常とも取れるその大ブレイク。「CD一枚出すだけでビルが一つ建つ」とされた彼女の巻き起こした社会現象は、遥か海を越えたアメリカ合衆国にまで波及していた。

 

(だが、既に彼女も齢30を過ぎ、かつ引退した身。恐らく歌唱力も全盛はとうに終えている。あとは年齢的に下り坂を辿る一方だろう)

 

 しかし。世紀末を震撼させた天才が舞台を降りてから、約15年後。リーマンショックの不景気に喘ぐ国際社会に降って湧いたように、新たな鬼才が彗星の如く現れた。

 

(それこそが高垣楓……。近年の我が連邦からあのような人材が出てこないのは、紛れも無い国富の損失だ)

 

 往時の日高舞に全く引けを取らない美貌。マイク一本で場を呑み込む歌唱力。出演ドラマは局の最高視聴率を更新し、舞台をやれば観客が興奮のあまり失神する程の才気、正に唯一無二。僅か一年足らずでスターダムを駆け上がったのが良い証左だ。世界最も美しい顔ランキング首位、ベストジーニストにアカデミー助演女優賞、ミス日本グランプリなど受賞歴も華々しい。

 

(故にこそ高垣楓。アレは()()に不可欠だと思っていたが……)

 

 日本音楽業界では既に「80年代のマイケル・ジャクソンに匹敵する」扱いを受けているとなれば、アメリカから見ても間違いなく怪物だと分かる。ソレほどならば、と一時は強行手段も検討した程だが。

 

「拉致すれば……いや、此の人間関係では無理ですね」

 

「ああ。ジョセフ・ジョースターの隠し子が彼女をプロテクトしている。強引に拐えばパッショーネ、更に空条承太郎も動き出すだろう。あと数年は隠密に事を進めねばならんな」

 

 椅子に深く腰掛け直した巻き毛の男は、瞑目したのち息を吐く。

 

「……予定を変更しよう。高垣楓(あの女)本人が居なくとも、()()を用意する事は可能な筈」

 

「史上最高の獅子(カリスマ)を産み出すための孕み袋を?産めば用無し故に棄てるだけでしょう。予備に切り替えるので?」

 

「いいや、発想を転換する。君の持つ会社の技術がいる、暫く人を借りるよ」

 

「外国人の命は、求むる結果の為なら羽毛より軽い、とでも?結果の為なら如何なる過程を辿っても是とする姿勢は、全く実に貴方らしいですが」

 

「血生臭い塵どもと私を比べるなよ、Dio。これは取るに足らぬ我欲ではない。全ては私が愛する合衆国の為に必要なことだ」

 

 鮮やかな金糸をたなびかせる男達は、お互いを威嚇するようにほくそ笑む。

 

 この四年後に、極東にて巻き起こった災厄の嵐。その萌芽は、この時から蠢動を始めていた。

 

 

 




・美城さん
今回の功績で常務ポストが内定。美人だけどポエマー。

・片桐刑事
娘が警察学校通ってる。

・握野警部
弟が警官志望。
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