美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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※7部ラスボスのネタバレ有り


002/ OVER DRIVE

 

 

 これから少しばかり語るのは、云ってみれば他愛のない昔話。

 ─────それはまだ、私・空条美波が小学校に上がるか上がらないかという頃の記憶。曽祖父が住んでいたNYへと、旅行に出掛けた時のことだ。

 

 旅行、と一口に行っても家族水入らずの完全な観光旅行、というわけではなく、認知症気味だった曽祖父の資産整理も兼ねていたらしい。

 よって家族でどこか遊びにいける、と思っていた私だったけど、この時の父はNY市主催の海洋資源保全に関するシンポジウム、とやらのプレゼンターとして仕事に。母は多忙な父の名代として親族会議やらに出席し。

 

 ベビーシッターは手のかかるやんちゃな弟に掛り切りだったこともあり、暇を持て余した当時の私は、大人の目が離れた隙に曽祖父の家を抜け出してしまった。そして好奇心の赴くまま、白ワンピースにサンダル姿で街へと駆けていってしまったのだ。我ながら後先考えてなかったと思う。

 ただ、5歳かそこらの子供が世界有数のメガシティを単身ふらついていれば、家の方角など分からなくなるも道理で。

 

「…………どこ……ここ?」

 

 なんだかデジャヴな気もするが、当時もまあ見事に迷子になったのである。今にして思えばよく誘拐されなかったなあと。

 勿論、無謀なお出かけの結果は言うまでもないもので、言葉の通じぬ異郷で迷い、あっちをふらふらこっちをふらふら。プラスして空腹もあって途方に暮れつつあった時。

 

「Execuse me girl. Do you get separated from your parents? ……Ah, Are you Okay?」

 

 ある奇特な女性(ヒト)が、唐突に私へ声をかけてきた。

 

 ────女性の姿は、今でも鮮明に思い出せるくらいにはハッキリと覚えている。左腕には短剣と蝶のタトゥー、頭髪は金と黒のグラデーションカラーを結んだ珍しいお団子ヘアに、蜘蛛の巣模様の入ったヘソ出しタンクトップとスキニーデニム。ショートブーツを履いていた背丈は170cmはあっただろうか。

 

 ただ、如何せん当時の私は英語などからきし。なんとか聞き取れたフレーズだけを、出来る範囲で返した結果が。

 

「ええっと、い、いえすあいむおーけい……?」

 

 この、余りにひどいボロボロ返答。がしかし。

 

「Really? You looks like……ってありゃ、もしかして日本人(ジャパニーズ)?」

 

 なんとこの人、日本語ペラペラだったのだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「なーるほど、それで迷っちゃったと。まァ無理もないわね」

 

 日本人なら話は早いとばかり、その女性に手を引かれながら、私は今しがた迷ったばかりの北米の大都市を歩いていた。

 「アイリン」と名乗ったハーフの日系アメリカ人であるというこの女性、今日は彼氏とのデートのためNYの街に繰り出してきたらしい……のだけど。

 

「──そのつもりがアナキスの奴(あのヤロウ)、今日に限って大寝坊かましやがってねー。これからコッチ着くまで90分かかる、ですって?おかげでランチと映画の予定がパァ、よ。家に連れてってパパに紹介しようと思ってたのに。とりあえず、今日会ったら一発ブン殴っとくわ」

 

 まあそんなわけでテンションただ下がりだった所に、おろおろした様子のアジア人の子供を発見。なんかほっとけなくて今に至るということだ。

 話を聞くとどうも遠距離恋愛というやつかな、と思いつつ。

 

「た、たいへんなんですね……。……ていうかごめんなさい、デートなのにわざわざ」

 

「いーのそんなの、まだ子供なんだし気にしない。ただね、NY(ココ)は治安いい方だけど日本と比べたら犯罪も多いんだから、もう無断外出(こんなこと)しちゃダメよ。分かった?」

 

「は、はーい!」

 

「ん、いい返事。それから、帰ったら親御さんにゴメンなさいしときなよ」

 

「あっ。……はぁーい」

 

 そうだった。

 この後親にしこたま怒られるだろうビジョンを想像して意気消沈、でもそれも当然の報いだし自戒としよう、と拳を握りしめた幼い私を見て。

 

 おもむろに目線を私の高さに合わせた彼女から、この時ある物が手渡された。

 

「えらいえらい。そーだ、そんな良い子にはおねーさんからプレゼントだ。……ホラ、手ェだしな」

 

 彼女に言われるがまま両手を差し出した私の手に置かれたのは、真っ赤なルビー?を嵌め込んだペンダントだった。

 

「……なんですか、これ?」

 

「んーと、エイジャの赤石(せきせき)、って石の欠片を嵌めたロケット。カタチが整ってないのは元はもっと大きな一個の赤い石だったから、らしいんだけどね。……ど?」

 

「キレイ…………」

 

 その時一目見ただけで、不思議とそのロケットに釘付けになってしまった。

 表面に赤石がはめ込まれた、手のひらほどの大きさのペンダント。石の形状自体は成る程不揃いだげと、それが却ってミロのヴィーナスが如く、完成形を各々に想像させる余地を残しながら複雑に光を乱反射させ、シンプルなデザインの本体との対比を演出している。

 何より特筆すべきはその輝き。折から差し込む西日を浴びても一向にキラキラが衰える気配がなく、むしろ光を寄せ付けないようにすら感じられた。

 

「そっかそっか、なら良かった。女の子ってやっぱ光り物好きだよねー。気に入ってくれたみたいだしアゲルわ、それ」

 

「い、いえでもこんな高そうなものもらうわけに……」

 

「嫌だった?」

 

「イヤじゃないです、けど……」

 

 正直な返事を言い終わるか終わらないかの所で、私の頭に彼女の手がポン、と置かれた。

 

「素直でよろしい。……なんだろね、キミ見てると変な話、初対面って気がしないんだ。アタシ一人っ子なんだけど、もし妹でもいたらこんな感じなのかな、って。それに、このロケットが何かこう『行きたがってる』気がしてね。……って、自分で言っててちょっとキモいや、なんでもない」

 

 はにかみながらそう言う彼女に、照れ隠しのように頭をわしゃわしゃと撫でられた。突然の妹扱いに一抹のこそばゆさも感じると同時。

 

「…………あっ」

 

数m程離れたところに、見覚えのある顔があって。珍しく焦燥感を漂わせ、普段の面持ちと全然違う表情をしたその人は。

 

「……ママだ!」

 

 眉を跳ね上げ、知己に足の向くまま駆け出そうとした、その時。

 

「お、迎えきたみたいじゃん。それじゃあ、アタシはココでお暇しますか。欠片(ソレ)は餞別だ、とっときな」

 

…………バイバイ、美波。生き残るのよ、アンタは()()なんだからね。

 

「…………えっ……!?」

 

 まるで()()()()()を述べたみたいな彼女の方に、「まってください、まだお礼を……」と言いながら振り向くと。

 

「……って、アレ…………?」

 

 母のいる方角を向いた後、私の背に投げかけられたそんな言葉を発した筈の彼女は。

 

「…………アイリン、さん…………?」

 

 そう、先程まで其処に居たはずの女性の姿は、忽然と霞の如く忽然と消えていた。ほんの一瞬前まで、確かにそこにいた筈なのに。

 

「……というか、わたし……名乗ったかな、『みなみ』って」

 

 白昼夢にしてはやけにリアルで。なぜ『アンタは希望』と彼女が発したのかは、難解過ぎて更に分からない。

 

 手中にある、今の私が下げるにはちょっと大きいペンダントは、確かに彼女との語らいが幻ではないことを示していて。なのに件の彼女は影も形も見当たらなくて。結局この後も、終ぞ彼女との再会は叶わなかった。

 その後怒られるかと思ったけど、逆に諭すような口調で懇々と父にお話をされたのは、今ではいい思い出である。

 

 ただ赤石の欠片をくれた人の話をすると、父は「……そうか」と言ったきり暫く考えこんでいた。よく分からなかったが父にも色々とあるのだろう。ひょっとして前妻の子、とか?いやそんなわけないか、再婚してるわけでもないし。

 

 さて、以上ここまでが、幼き日の私の奇妙な冒険の顛末である。彼女がどんな人だったのかは、未だに解き得ぬミステリー。出来るならもう一度会ってお礼を言いたいのだけど。

 何が言いたいってまあ人間、生きていれば斯様に不思議なこともあるものだと──「おーい(あね)ぇ!そろそろ出掛けるけど準備出来たー?」────えっ?

 

 その時今の今まで回想に耽っていた私を現実に引き戻すかのように、ガチャリ、と音を立てて自室のドアが開けられた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 声をかけた後、ドアの隙間からひょっこり顔を出した茶髪翠眼の少年。歳の割に頑健な体躯のその男の名は、誰あろう私の弟・空条丈瑠(たける)。「どうかしたのか?」って顔でこっちを見てきた彼だったが、気の抜けた顔で部屋着姿のまま、更にはメイク道具を化粧台に広げたままの私を見て色々と察したのか、若干ジト目で私に一言。

 

「ノックしても反応無いから何かと思ったら、ただボーッとしてただけかい……」

 

「ご、ごめんちょっと考え事してて……。10分で支度するから待ってて!」

 

「ん、じゃ玄関で待ってるわー」

 

「ありがと!大好き!」

 

 ハイハイごゆっくりー、と声を返し階段を降りていく弟をしかしあまり長く待たせないよう、手早く身嗜みを整えていく。

 ……ここ数年、弟がお姉ちゃんの言葉に全く動じなくなってしまって、ちょっと悲しいのはココだけの秘密。大分前に抜かれた背丈も、成長期なのか遺伝なのか未だ伸び盛り。16歳の現時点で190cmあるらしい。最終的にパパ(195cm)くらいの身長になるんじゃないだろうか。体格は既に似てきてるし。

 

 ……ちなみになんとなく悔しくて、最近弟と一緒に歩くときはブーツかヒールばかり履いてるのもココだけの秘密。背伸びしたっていいじゃない、女の子だもん(意味不明)。

 

 さて。着ていく予定の服をワードローブから取り出しながら、怒濤のように駆け抜けたこの一ヶ月を脳内で振り返る。

 先月頭に行われた第二次選考の面接は文香さん共々通過、300人に昇る候補者を絞りに絞ったという四月下旬の最終選考も終えた私達は、晴れて346プロのアイドル候補生となっていた。本格的なレッスンとユニット発表は連休明けからになるらしい。

 

 そうこうしているうち既に季節は晩春。5月の連休を縫って東京から広島の実家に帰省していた私は、今日は朝から弟を誘って広島市内でショッピングと洒落込む予定だった。

 ……見事に待たせているのは自省すべき点だけど。どうにも実家だと気が抜けてしまうのは何故だろうか。

 え、実家だけじゃないだろうって?気のせい……じゃないかな……?

 取り留めもない事を考えつつ上着を脱ぐ。その時、姿見に映る自分の姿に少しの違和感。

 

「あれ……なんか『濃く』なってる……?」

 

 生まれた時から左の首の付け根にある、星型の痣。注視してみるとその色が、先日よりも濃度を増しているように見えた。

 

(うーん、やろうと思えばコンシーラーで隠せるけど……)

 

 肩にかかったキャミソールを直しながら、星痣を手で摩る。気のせいか、痣自体が微妙に熱を持っているようにも感じられた。今までこんなこと無かっただけに、若干思うところはある。ジョースター家の血縁者のみに見られるこの痣。パパや丈瑠、ホリィおばあちゃんにもあるのだけど、何らかの信号のような役割も果たしているらしいのだ。ということは。

 

(…………何かの予兆、だとでも?)

 

 まさか寝物語に父から聞いた昔話みたいな、私にとっての「奇妙な冒険」が始まる、とか?

 

(…………いやいや、考えすぎか)

 

 それよりも今日は買い物が優先だ。筆記具とラクロス用品の買い足し、出来れば雑貨屋も回りたい。流石に弟がいるから下着は漁らないが。

 なんせ明日にはまた東京にトンボ帰りなのだから、今日中にやりたい事が目白押し。考えてる間に服も着たことだしあとは────あったあった、ロケット型のペンダント。これを首から下げて完成、と。

 

 ────かくして一端後回し、という事にして痣の異変を棚上げした私だったけれど、後から見ればこれが一つの兆し(サイン)だったとは、結局この時は露ほども思い至らなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 買い忘れたモンあっから、ちょっと待っててくれ。

 

 広島市中区に程近い、午後のショッピングモールにて。粗方買ったしそろそろ帰ろうか、と言った私に対する弟の返答はそれだった。今から少しくらい遅れても夕飯の手伝いは間に合うだろうし大丈夫よ、とこれを快諾。かくして私は只今、夕暮れの立体駐車場の一角にて弟を待っている最中だった。

 

(………すっかり、あったかくなったわね)

 

 お気に入りの薄茶のサイドゴアブーツの踵をコンッ、と鳴らしながら、パパから借りたレクサスを、先月買ったレイバンのサングラス越しに眺める。今年の春休みに免許を取ったばかりの身分でこんな車運転していいのかは分からないが。正直、ぶつけたらどうしようかと。

 ……やっぱり自前で安い中古車でも買わなきゃかな、と思いつつ、手持無沙汰に胸元にかけたロケットの蓋を開ける。

 

 中身は4人で撮った家族写真と、10年以上前にNYで貰ったときからその中に入っていた、鏃のカケラのようなモノ。くれた当人のアイリンさんと連絡がつかないので断定は出来ないけど、何より思い出の品なのでこうして今も持っている。

 ほぼ毎日眺めている鏃を指でつつ、となぞるように撫でたその時。

 

「──待ち人でもいるのかな、レディ?」

 

 車3台分程向こうから、不意にそんな問いかけが投げられた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ────瞬間、全身が総毛立つ。理性じゃない、理屈じゃない、星痣、感覚、第六感が私に警告を発している。()()()、この男は!それに今の今までこの人……

 

(あるべき『足音』が、()()()()()()ッッ…………!)

 

 強張った顔を上げた先にいた声の主は、毛先がカールした金髪が特徴的な、彫りの深い外国人男性。

 同時、ひゅう、と一陣の風が、その男と私の間を通り抜けた。……風が止むのを待ってたっぷり数秒、置いて返答。

 

「……まあ、そんなところです。観光に来た、方ですか?」

 

 はぐらかしたのは他でもない。その男、()()()()()()()()()()のだ。

 

 外見こそ長身痩躯の優男。身に纏っているのは黒眼鏡越しでも高級とわかる革靴と、本切羽仕立てのシングルスーツ。アルカイックな微笑みを湛えた顔立ちは、それこそモデルかアイドルにでもなれそうなルックスであり、世の女性が放っておかないだろう人物に見えるにも関わらず、だ。

だと言うのに胡散臭く感じる原因は、きっと────

 

「観光?……それなら今しがた、原爆ドームを見に行ってきたところさ。我が国が背負いし業は斯様に深いのか、とね。ただ────」

 

 ────喋りながらも私をまるで監視するかの如く見つめる蛇のような眼と、服の内側から発せられる気配だろう。

 私の返答を待たずして、5月の時節に珍しい縞手袋を着けた男は、一体どこで身に付けたのか、やけに流暢な日本語で以って言葉を紡ぎつつ向かってくる

 

「────ただ核投下(ソレ)も、愛国心からくる正義の心が為し得たものと思えば許容される。神に愛されし国家(ステイツ)が掲げる、合衆国による平和(パックス・アメリカーナ)をとこしえに繋ぐ過程で犠牲が生まれるのはやむを得ない。故にこの私が認めよう。『正しかった』、とね」

 

 ……駐車場で女一人に格好付けて何を言ってるんだ?この男は。

手前自身(れんごうこく)国益(つごう)の為に、何も知らない非戦闘員(じゃくしゃ)大量虐殺し(踏みつけ)た行為が『正しかった』だって?……頓狂な自説を唱えたいなら、壁とでも話してれば良いだろうに。

 

 しかしこの手の……そう、まるで自分が()()()()()()()()()()()()ような輩には、言葉で噛み付くだけ無駄だろう。聞く耳を持つわけがない。序でに先程から、どうにも冷や汗が止まらない。何故なら────

 

「……見解の相違、ですね。というかそもそも貴方、()()()()()()()()()()()()()()なんて、それこそ平和を乱す行いではなくて?」

 

 帯銃。指摘を聞いて、相変わらず音も立てずゆっくりと躙り寄る、男の歩みがぴた、と停まる。先ほど風が吹いた時、一瞬捲れたスーツの内側にあった()()()()()、間違いなく。

 

「ほう、分かっているなら話は早い。ココはひとつ───『取引(ディール)』といこうじゃあないか」

 

 言うなり懐からコルト・シングルアクションの回転式拳銃(リボルバー)、ピース・メーカーを取り出した男は、私にソレを突き付けながら呟いた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 駐車場で丸腰の女子大生に銃を構える男。傍から見ても近寄りたくない絵面の中、眼を半眼にしてイかれた男に問いかける。

 

「一応聞くだけ聞いておきましょうか。『取引』とやらの条件は?」

 

「簡単さ。胸元に掛けているペンダント(ソレ)を寄越すだけでいい。君は命が助かるし、私は『目的』に一歩近付く。Win-Win、というヤツだ」

 

 いや、どう考えても私が強奪されてるだけでしょうそれは。

 

この欠片(コレ)は大切な人から貰った贈り物です。見ず知らずの他人に渡せと?」

 

「ああ、丸腰の少女が無傷で日常へと帰るには安いものだろう?なに、対価は首飾り一つ。実にチープさ」

 

 返せば日常に戻れる……ですって?白々しいにも程がある。この手の人間は発砲など歯牙にもかけない。平気で人を後ろから狙い撃つようなタイプを相手にしたら、私の答えは自ずと一つ。

 

「それはどうも、魅力的な提案ね──」

 

「ほう?ならば今すぐ……」

 

「────でも断るわ」

 

 命が脅かされようと、悪に益などやるものか。私の心に根付くのは、父祖の代より脈々と受け継がれてきた血の誇り。揺らぐことなき黄金の精神。それは空条美波(わたし)を構成する、欠けてはならぬ血の運命(さだめ)

 

「……そうか。実に残念だ」

 

 君の様な身目麗しい女性を殺めるは、少しばかり躊躇いがあるのでね。続けつつ、拒絶の意を聞き取った男の眼が見る間に細まっていく。

 

「勇気と無謀は違うのだよ、お嬢さん。名残惜しいが────お別れだ」

 

 失望を帯びた声と共に、拳銃の銃口が火を噴いた。

 

 

 

 ★

 

 

 

()ったな)

 

 かつて、異なる位相の世界においてアメリカ合衆国第23代大統領として君臨し、この世界では長年に渡り米国政界の黒幕(フィクサー)の一人として暗躍を続ける男は、愛銃の撃鉄を引きつつ確信する。

 

 並行世界の自分と自由自在に成り代る。自らの苦痛を誰とも知れぬ他人に押し付け、擦り付ける。別世界の自分の記憶すら継承し、闘い続ける。倒しても倒しても減らぬ、無限の残機と経験値を有するこのスタンド使いは、21世紀の現代においても、全く変わりなく自らの「悲願」を達せんとしていた。

 

 意地?損切りできぬ性分?歪んだ妄執?いや、どれでもない。この男が願いを叶えんとするのは、ひとえに自身の正義の為だ。

 

 加えてこの男は失敗例を知覚できる。だからこそ、SBRを小僧二人に阻まれたような、並行世界の自らの二の轍を踏んではならないと決意した。幸い、かの大陸横断レースを行ったときと比較しても、21世紀(現在)のアメリカの国力は非常に高い。ここで後一押しすれば自分の、いや合衆国の悲願は達成される。

 合法非合法など問わない。あらゆる手を使ってこの連邦国家(イ・プルーリバス・ウナム)を世界の頂点に押し上げ、名実ともに史上最高の偉大なる国家とするのだ。

 

 ────目的は兎も角、傍から見れば狂っているとしか思えない手段を指向するこの男は、しかし狂人に有りがちな偏執的熱心さで以って、米国の礎となり得そうなあらゆる事象を恐るべき速さで探求、時に習得し続けた。

 

 その中で彼の眼に留まったのが、今から約30年程前にエジプトで盗掘された、とある弓と矢にまつわる伝承だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 射抜いた者に立ち向かうもの(スタンド)を確率で発現させ、またその素質を持つ人間を指し示すとされる「スタンドの矢」。

 常人の目に見えず、機械でも知覚できぬ超常の力、「スタンド」。自身も有するそれを人為的に発生させられる装置の存在は、彼には非常に魅力的に映った。

 

 そして当然の帰結というべきか、彼はこの後ある発想に思い至る。

 ────即ち、現状6本ある「矢」を、他国のネズミ共が勘づく前に合衆国が全て「独占」する、という考えだ。

 

 もし「矢」を占有し、これから先誕生するスタンド使いを全て自分に忠実な人材で固めることが出来れば、米国は安全かつ低コストで運用できる人間兵器を唸るほど手に入れられる。

 更にはスタンドという兵力は極めてステルス性が高い上、証拠も残さず世界中にバラ撒けるのだ。ものによっては尋問や諜報に役立ちそうな能力も山程ある。完全犯罪だって夢ではない。

 

 決めてからは早かった。手に入れた情報を基に、英国の骨董品店で一本目、そして今回、日本の東北地方にある杜王町なる街で二本目の矢の回収に成功。

 本来矢の探索は部下を使って年単位を費やす予定だったが、正直拍子抜けする程に簡単だった。

 極め付けは帰りがけに、わざわざ冷やかしで寄った広島の平和資料館近くで、年端もいかない小娘が後生大事に()()()()を触っていたことだ。手に入れたソレに酷似しているあのカケラ、間違いなくホンモノだろう。

 

(……戦術面においてNBC兵器すらも超え得る可能性を秘めた、究極のチカラ。そんなものを生み出す(ソレ)は、キミ如き一市民の手に余る。故に、大人しく渡さなければ死あるのみだ)

 

 非武装の女1人相手に、私のD4C(スタンド)を用いるまでもない。

 だがせめてもの慈悲だ、小脳を貫いて即死させてやろう、と彼女の上唇を狙って撃った弾は。

 

「────銀色の(メタルシルバー)波紋疾走(オーバードライブ)ッッ!!!」

 

 叫ぶなり少女が振り抜いた左手甲にぶつかって、明後日の方角に弾かれた。

 

 

 

 ★

 

 

 

「…………んじゃア、威嚇射撃もなしで撃ってきたってのか?相当イッてる奴だなオイ。……で、その後はどうなったんだ?」

 

「丁度戻ってきた弟が、波紋流したコーラの蓋を男に飛ばして牽制。そうしたら、『興が削がれた』とかいって飛ぶ様にどっか行っちゃいました。二人がかりで追ったんですけど逃げ足早くて……」

 

 広島市内にあるショッピングモールの駐車場で、不審な男と予期せぬ戦闘を行なった2日後。

 

 結局ペンダントもそのまま、何事も無かったかの様に日常に戻ってきた私、空条美波。昨日蜻蛉帰りした東京は渋谷区にある346プロダクション内部のカフェにて、「お知らせあるからちっと来てくれ」と連絡してきた仗助さんと合流。

 

 窓際のテーブル席にPC片手に座っていた仗助さん、私の姿を認めるとちょっとシリアスな顔で手招き。

 

 着席するとほぼ同時。高校生くらいのアルバイターさんだろうか、笑顔の可愛らしい橙髪の女性店員さんに紅茶をオーダーするなり、「昨日承太郎さんから電話あったんだけどよぉ〜……」と語り始めて私達は先の物騒な会話に至る。

 尤もいくら「物騒」といえど、あの時の緊迫感などどこかに置き忘れてきたようなこの風景の中では、やっぱりちょっと締まらない。

 ちなみに文香ちゃんも今日は呼ばれているのだけど、私だけ「予定時刻より30分早く来てくれ」と頼まれた。どうやらスタンド(コッチ)の話をするためだったようだ。

 

「……まァ俺が言えたことじゃあねェーけど、妙な輩からは叫ぶなり逃げるなりした方が賢明だぜ美波ちゃん。万が一顔に大怪我でもしたらコトだしよォ〜」

 

「大丈夫です。その時は仗助さんに『(もど)して』もらいますから」

 

 割と本心である。勿論、余り彼や家族を煩わせるのも嫌なのでなるべく怪我しないようには心がけているけれども。

 

「あのなぁ……まあいいや。んでその男、他に何か言ってたか?」

 

「えーっと、確か去り際に────『……いや、焦らずとも良いか、むしろ撒き餌をぶら下げて集めることとしよう。SBR(かつて)のように』────とか言ってました」

 

 正直、どんな餌をいつどこでぶら下げると言うのか、何の意味があるのか不明に過ぎる。ただの独り言だと面倒がなくて助かるのだけど。

 

「撒き餌?かつて?……何かの符丁か暗号か?現時点だと何が何やら、だな」

 

「まずは分析と情報収集、ってとこですかね。ちなみに家族会議の結果は『私はむしろ広島にいない方が安全』ってなったので、東京には予定通りいることにします」

 

 サングラスしてたから面は割れてない筈だし、パパからは「イザとなったら目黒のSPW財団日本支部から警護を回してもらえ。それでも不十分なら仗助を頼れ、双方に話を通しておく」と言われた。……ちなみに「何時でも俺を呼べ」とも。

 いや、広島大だけじゃなく海上保安学校とかにも講師として呼ばれてる要人を娘と(いえど)も易々とは呼べないよ、パパ。有難いけど。至れりつくせりで頭上がらないけど。

 

「まー東京(コッチ)いる間は任せとけ。何、いざとなりゃあ億泰や康一あたりも呼んでくっからそこまで気に病むこたぁないさ。……っと、文香ちゃん来たからこの話はまた今度だ。巻き込む訳にいかないしな」

 

 そう言って目つきを平常のソレに戻した彼の言葉通り、廊下を背にして座っていた私の背後から文香ちゃんの声がした。首を後ろに向けつつ、手を振って声に応える。時刻にして、集合予定時刻の丁度10分前。

 懸案は一旦脇に置いて、此処からは────「アイドルの時間」のようだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「「延期!?」」……ですか?」

 

 シックな調度品と柔らかな照明で固められた346プロ内部の喫茶店。

 

 その雰囲気にそぐわない声量の言葉を思わず発してしまったのは、今しがた衝撃発言を投下した大叔父の向かいに腰掛けた又姪(わたし)と、同期にして学友たる文香さんの2人である。

 いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?、という発言者の問いに声を揃えて「「悪い方からで」」と即答した私達は、聞くなりいきなり「スマン!」と頭を下げた彼を視界に収めることとなる。

 

 直後に彼が言った「シンデレラプロジェクトⅡ」延期のアナウンスの後、女子大生二人の「何故延期?」という目線に晒された彼は、頭を上げた後困ったように頬を掻きつつも、こうなった経緯を説明してくれた。それは一言でいうなら、採用人数オーバーが原因だそう。

 

「申し訳ねーんだけど事実だ。約半年の延期って事になる。なんでかってーとだ、346のアイドル部門は去年始まったばかりなんだが、なまじそれが上手くいったから『今の内に青田買いやっとけ』だの『他社に持ってかれる前に囲い込め』だの言い出す奴が多くてな……」

 

 前から論争はあったらしいけど、そんなわけで土壇場に来て会議は紛糾。いい大人達が何やってるのかって話だけど、全員真剣なため無碍にも出来ず。結果として最終選考を通った二期生だけで予定の倍以上、という状況に繋がったらしい。その数23人とのこと。

ちなみに昨年の第一期「シンデレラプロジェクトⅠ」の採用人数は10人、今年も当初は10人の予定だったそう。いきなり倍以上じゃあ、予定が狂うのも無理はない。

 

「ああ、勿論受かった皆に光るモノを感じたから採ったんだし、雇ったからにはウチの大事な社員なんだ。ただ元々10人の枠に23人じゃあ、マネジメントは兎も角、年内に全員デビューライブまで持ってくのは土台無理だ。てことで計画変更は必定でな」

 

 そもそも二期目は去年の第一期同様に少数採用、来年三期目から採用拡大って方針だったんだけど、上層部とも色々ゴタついてこうなってるらしい。

 

 候補生にそこまでぶっちゃけた正社員に、私の隣席に座った文香さんが遠慮がちに考えを述べる。

 

「…………まあ、現下の765プロの飛ぶ鳥を落とす勢いを鑑みれば、経営陣の方々の判断も理解出来ます……から、致し方ないのでは、と……」

 

 思いきりフォローだった。菩薩かこの子は。

 

「そう言ってくれると救われるわ。にしてもなア…………ッと()()り、愚痴みたくなっちまったな」

 

 ただ良い知らせも持ってきたぜ、と仗助さんは続ける。今年の企画、『CPⅡ』の初動は10月以降に延期。だからといって10月までレッスンばかり、というのも時間が勿体無い。そこで提案されたのが。

 

「……とりあえず、『コレ』に出てみないか?」

 

 余計な気を遣わせたか、と直ちに話題を切り替えた彼は、そう言うなり私達の前に二部ずつ紙を差し出した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「アイドル、アルティメイト……」

 

「予選、大会?」

 

 太めの明朝体で紙に書かれたカタカナをそのまま読む。アイドルアルティメイト、通称IU。イベント自体は知っている。かの765プロのアイドル達のひとり、如月千早さんなんかはこの大会で結果を残してのし上がった経歴があるのだし。

 ただ紙面から伝わる情報の少なさ故か、隣席の文香ちゃんもコテンと首を捻っている。

 

「二人とも名前は知ってるみてーだな。要するにトップアイドルのパフォーマンスも見れる、場馴れも兼ねたイベントって考えりゃいい。新人は人数の制約があっから3人以上でユニット組んで参加、って形になっちまうんだが、上手くいけば本選出場だって夢じゃあない。勿論焦る必要はないし、同意あってのモンだから拒否もアリだが────どうするかい?」

 

 経験値が積める。加えて一流アイドルの所作を間近でたくさん見られる。成る程、これは美味しい。文香ちゃんとアイコンタクトを一瞬交わす。いけるとの意か、黙って一度頷かれた。ならば。

 

「……是非に」

 

「やります!」

 

 共に同意を投げ込む。折角一念発起してここまできたんだ、チャンスをむざむざ逃す手があるものか。

 色よい返事を聞き片眉を上げた我が大叔父も、間髪入れずに応えてくれた。

 

「──サンキュー、んじゃあ決まりだな。編成ユニットは4人てことになってっから、後の二人含めて今月中には打ち合わせといこーや。ああ、それから───」

 

 ……もうわかってっと思うけど、そのユニットの担当が決まったから伝えとくぜ。

 

 此処で一旦言葉を切って、彼は続ける。

 

「──二期目(しょっぱな)のプロデュースは俺自身が、キミらを入れた4人を担当する事になった。……つーわけで、だ」

 

 これから一年、宜しく頼むぜ?

 そう言い切った仗助さん、……いいや、『プロデューサーさん』の真っ直ぐな眼は、これからに向けての期待を膨らませるに十分なもので。

 

「……大船に乗ったつもりでいますよ、Pさん!」

 

「……不束者ですが、宜しく御願い申し上げます」

 

 薫風香る、季節の変わり目。私達のアイドルとしての第一歩は、正に此処から始まった。




・アイリン
ゴージャス☆アイリンとはたぶん関係ない。

・大統領
どジャアアあああ〜〜〜〜ン。

・橙髪のアルバイトさん
体力持つのは一時間。

・空条丈瑠
オリキャラの新田弟。一応「条丈」でジョジョ。
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