美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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003/ Add to Dimension-3

 ……不確定要素が多過ぎるな。

 

 5月9日金曜日。渋谷の一等地に居を構える老舗芸能プロダクション・346グループ本社一角のオフィスにて。

 入社から今年で勤続7年目を迎える東方仗助は、愛用のDr.gripをクルクルと回しながら、何やらびっしりと書き込みがなされた手帳を睨みつつ黙考する。

 今しがた終えた残業を片付けたのち。華金だし直帰もなんだかな、と思った終業間際の彼の脳裏にふとよぎったのは、先週アイドルになりたての又姪が遭遇した敵についてだった。

 

(先ずは財団の調査報告待ちだな。事が起こる前に手筈を整えとくか)

 

 そこまで考えたところで、廊下をカツ、とヒールで踏みしめる音を耳聡くキャッチ。足音の数からして一人、残業終わりの社員だろうか。

 

(一応、メモ(コレ)はしまっとくか)

 

 手帳を私物のビジネスバッグに投げ込み、何食わぬ顔で再びモニターに向き合う。

 彼の知覚を裏付けるかの如く。程なくしてオフィス入り口に、社会人と言うにはまだ初々しさを残す女性の姿が見えた。制服には少々派手ではないかと思われる蛍光グリーンの事務服を着、「千川」と書かれた名札を胸元から下げている彼女、彼の姿を認めるなり刮目し。

 

「あれ、まだ残ってたんですか、東方さん?」

 

「ン、若干仕事残ってたんでな。ただもう出っから照明落としてくれて構わねーぜ。ちひろちゃんこそ今まで残業かい?」

 

 その相槌を聞くなり彼女、途端にどんよりとした顔になり。

 

「それがCGプロジェクトの再精査で居残りだったんですよーもおお……。ていうか、入社一年目の事務員にこんな事やらせて、ウチ大丈夫なんですか……?」

 

「あー、なんかすまねェーな心配させて……」

 

 仕事中は気丈な振る舞いを心がけていたのかは分からないが、声色だけをみても千川女史、少々お疲れ気味のようだ。

 

(……こりゃ相当鬱憤溜まってそうだな。ガス抜きしとくか、今のうち)

 

 考えるが早いが東方、直ぐに部下へと切り返す。

 

「まあ、ウチの帰趨(きすう)は正直、俺らのこれから半年の働き次第で決まんだろう。もし案件処理に困ったら、部長か俺でも何時でも呼びな」

 

「…………じゃあその時は、東方さんに頼みますね」

 

 身長差があるために、自然と上目遣いで仗助を見て言う彼女。喋るまで若干間が空いたのは何ゆえか。

 

「任せとけ。あ、それから俺、この後一杯引っ掛けて帰るつもりなんだけど────」

 

 ── 良かったら一緒に行かね?奢るぜ?

 

「え、良いんですか!?是非!」

 

 試しに投げた提案は即答でイエスだった。

 先輩ありがとうございます、などと言いながら先程までの鬱モードが嘘のようにニッコニコになった彼の後輩・千川ちひろ24歳。大学院を経て今年4月に入社したての見目麗しい新入社員にして、趣味は漢方、そして貯金という堅実派OLである。ちなみに実は歌も上手い。

 

 ……結婚したら非常に良い奥さんになるだろう、多分。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 初めまして、ボクはアスカ、二宮(にのみや)飛鳥(あすか)だ。

 

 5月12日月曜日、346プロ第三ミーティングルームにて。

 パンクっぽい格好に目立つ色のエクステを一房ずつ垂らした少女が、私と文香ちゃんに何故そう言い放っているのかと言うと、そもそもの始まりは1週間前に遡る。

 

『メンバーがもう1人来るんだが、折角だし早めに顔合わせしとくか?』────仗助さん改めPさんから来たそんな連絡を快諾して1週間後、顔合わせにと指定された会議室に向かった私と文香ちゃん。そ中にいたPと一緒に何やら打ち合わせしてたのが、今しがた自己紹してくれた少女こと二宮飛鳥ちゃんだった。

 

 肩まで伸びたオレンジ髪、ツリ目がちな紫紺の眼。スレンダーな身体をパンキッシュゴシックで固めたルックスは、日頃美少女(文香ちゃん)を見慣れてる私でも可愛いな、と思う程。

 一人称がボクなのはキャラ付け、なのかな。やっぱりアイドルってそういうところも固めた方が良いのだろうか。

 ……私もちょっと捻ってみようかな?自分のこと名前で呼ぶとか。

 

 ともあれ改めてこの事務所レベル高いなあ、と思いつつこっちも自己紹介。

 

「こちらこそ初めまして、私は空条美波。文香ちゃんと同じ18歳で、趣味は資格所得とラクロスかな。えーっと……「ああ、飛鳥で構わないよ」……ありがと、じゃあ飛鳥ちゃん、これからよろしくね!」

 

 次いで出番は文香ちゃん。

 

「……鷺沢文香、と申します。美波さんとは同窓の友人です。……其れから……趣味は読書と栞作り、です。この通り雄弁な(たち)ではありません……が、宜しく御願い申し上げます」

 

「美波さんと文香さんか。実は今月寮に引っ越してきたばかりでね、ボクの方こそよろしく頼むよ」

 

 飛鳥ちゃん、しかしここで一度言葉を区切り、硬質な雰囲気を纏い出す。数瞬のち、おもむろに切り出されたのは。

 

「ところで、さ。…………会っていきなり、こんな事言うのもなんだけど……。……美波さんが着けてる、そのネックレスの宝石。何処かで見たことあるなと思ったんだ」

 

 断言する彼女の顔は、非常に端正かつ真剣なもの。私の親友・アーニャちゃんにも似た、同性に受ける鋭利な格好良さが有る。例えるなら何処と無く宝塚(ヅカ)っぽいテイストを湛えた彼女は、そのままシリアスに切り出した。

 

「……その石、よく見たら────」

 

 ────コレに結構、似てないかな。

 

 そう言った彼女はバッグの中から取り出した「或るもの」を私達の前にコトン、と置いた。

 現れたのは、精緻な彫金が施された銀色のフェザープレートバングルと、嵌め込まれた赤い石の欠片。ルビーか何かの類にも見えるが、よくよく見ればその輝きは────

 

「……私の首飾り(ネックレス)についてるのと、同じ……?」

 

 思わず首元のそれに手を当て、浮かんだ疑念を口に出す。

 貰った(あの)時から10余年、鉱物図鑑を血眼になって調べても出て来なかったこの石とそっくりそのままのモノがもう一つ、あっさり目の前に現れた。

 

「……飛鳥ちゃん、どこで、これを……?」

 

「コレかい?実家に昔からあった品を、貰い受けたものなんだけど……」

 

 語り出す彼女の話に、しばし聞き入る。なんでも死蔵されてた開かずの箱に入ってたのだけど、まるで()()()()()()()()()()()解錠出来て、中にこの腕輪が入ってたらしい。

 

「……最初は固辞したんだけど、色々あって持ってくことになってね。美波さんは?」

 

 と聞かれて気恥ずかしくはあったけど、昔迷子になった所を助けて貰った人からの頂き物、という話を初めて話す。

 唯一既出の話題であるそれを黙って聞くPさん、興味深げに相槌を打つ飛鳥ちゃんとは対照的だったのが、珍しくも文香ちゃんだった。眉間に少々シワを寄せ、何かを思い悩んでいるように見えるが気の所為だろうか。気になりつつも話を続けた。

 

「────と、いうわけなんだけどね……」

 

「……成る程、謎に満ちた一度きりの邂逅、か。不思議だけど浪漫に溢れた良い話だね」

 

 やや持って回った言い回しをした飛鳥ちゃんに、今度は腕輪について尋ねると、片眉を跳ねさせた彼女はにこやかに言葉を続けた。

 

「……ああ、勿論ボクも腕輪に調べはしたんだけど、結局何なのか分からず仕舞いでね。考古学には明るくないから、もしかしたら誰か知ってればと思ったんだけど……って、どうしたんだい、文香さん?」

 

 こちらは言葉にピクン、と反応した文香ちゃん。躊躇いながらも数秒ばかり沈黙した後に、ゆったりと切り出し始めた。

 沈思黙考を地で行く彼女が紡ぐのは。

 

「…………あの、実は……其れらと非常によく似た石が、ウチの本屋にも有るんです」

 

 …………え?

 

 赤い欠片の保有者、まさかの本日三人目。降って湧いた再びの驚愕に思わず、向かいに座った仗助さんと目が合う。

 …………何故だろう、胸がざわつく。

 その時感じたのは、どこか得体の知れない焦燥だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 ここまで来たら善は急げだ、ソレも見にいってみようじゃあねェーか、と述べたPさんの退勤を待って、彼が運転する社用車に乗り込み首都高を突っ走ること約15分。私達一行は、渋谷から9km程離れた神田神保町へ降り立っていた。目的地は勿論、文香ちゃんの下宿先である古本屋さんである。

 

 神保町。別名世界一の本屋街とも言われるこの町は大型書店がただ軒を連ねるに留まらず、中小規模の古書店だけでも170店以上存在するという、ビブリオマニアを自認する文香ちゃんにとってこの世の楽園(エデン)たる場所、だそうだ。

 ふらっと寄った本屋で立ち読みしてたらもう夕方、何てことはザラにあるらしい。なにそれ怖い。

 

「……あ、此方です」

 

 車を停めて裏路地を歩くこと数分。文香ちゃんが足を止めた前にあったのは、古めかしい佇まいをした2階建ての書店だった。

 

 定休日だったらしくCLOSED、と看板の下げられた店舗入口の鍵を御構い無しに慣れた手つきで解錠、そして再び施錠した彼女の先導で店内に通された私達は、一階窓際の読書スペースなる所に三人して招かれる。

 着くなり店奥に直行し、手早く淹れてきたのだろう珈琲をきっちり三人分置いていった文香ちゃん、5分ばかりお待ち下さい、との言葉を残して再び店の奥へと消えていった。因みに本日、店長は買い付けで不在らしい。

 

 残されたのは私達三人。目の前の丸テーブルに置かれたカプチーノを頂きながら、彼女を待つ序でにお店の内観をちょっと観察。

 

 古色蒼然、といった趣の外観からは一変。比較的最近改装をしたのだろうか、白を基調とした壁の塗装や窓際の観葉植物(サボテン)に真新しさを感じる一方、今私達が座っているアンティーク調のイスや机が空間に重厚感をもたらしている。アースカラーでまとめられたそれらが醸し出すこの書店の雰囲気は、例えるならお洒落な古民家風カフェ、といったところか。

 

 2.5m程の高さの天井を、柔らかな暖色照明が照らし出す。スモークウッドの床色に合うよう設けられたシックな色調の本棚が何列にも並び、中にはジャンル分けされた本達が整然と納められていた。具体的には───

 

「図鑑、医学書、新書に六法、哲学書。パッと見でも色々売ってんだねえ。……ジャンプのバックナンバーとか無ェもんかな」

 

 (パパ)曰く『写真でみた若い頃のジョセフ(ジジイ)によく似ている』らしい髪型にクシャリと手を当てながら、授業参観に来た保護者の如き目で店内の本棚を眺めていた仗助(P)さん。

 ……そうそう、彼が今の髪型にしたのは紆余曲折を経て生まれ育った杜王町を出てからのことなんだけど、まあその話はまた今度。

 

「……少年誌は流石に無いんじゃないでしょうか……?」

 

 多様な本を扱ってるとはいえ見たところ雑誌、新聞の類は見当たらないし。

 そもそもお下劣な雑誌だとかスポーツ新聞を読んでいる文香ちゃんの姿がまず想像できない。姪のそのスタンスを鑑みれば、店長である叔父さんも恐らく読まないだろうし、無論店にも置かないと思われる。

 

「……でも、蔵書は小説だけに絞っても幅広いね。『1Q84』や『永遠のゼロ』なんかの有名(メジャー)どころは兎も角、『ドグラ・マグラ』とか『虚無への供物』まであるとは……」

 

 手近な棚を見ていた飛鳥ちゃんもラインナップに多様さを感じたのか、そんな感想をぽつり。

 確かそれって日本三大奇書とかいうやつでは、……と思ったその時、店の奥からガララ、と引き戸を開ける音。

 

「……文学書に興味がおありでしたら、是非当店で……」

 

 あ、お待たせしました。と営業トークに続けて言葉を発した五分ぶりの文香ちゃんの手の中にあったのは、煌びやかな装丁が随所に施された、何とも重そうな一冊の本だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 Treasure(トレジャー)Binding(バインディング)

 

 彼女が持って来た本のコトを、英語ではそう呼ぶらしい。

 各種宝石や金や銀を用いた飾りを本の表紙・背表紙にくっ付けたこれらは、古くは千年近く前から存在するとされ、大抵は宗教・祭儀的な意味合いを持つ本に多く施されたのだとか。

 文香ちゃんからその由来なぞを聞きつつ、眼前の豪奢な本を改めて見る。

 

 本のサイズはA4程度、厚みは飾りも含めて10cm前後、といったところだろうか。

 表紙には出涸らしの紅茶をぶちまけたような濃い色の皮地を貼った上に、2cm角の正方形にカットされた金と瑪瑙のピースが、中央にデザインされた十字架を邪魔しないよう、交互に配されている。

 そして、欠片(ピース)達に取り囲まれた銀十字の真ん中に埋め込まれているのが────

 

「よく似てるわね、これも…………」

 

 紛れもない本日二度目の既視感の正体。赤石のカケラが、そこには確かに鎮座していた。

 

「……文香ちゃん。こいつァどこで仕入れたモンか知ってるのかい?」

 

 Pさんが私達の意を代表する様に問う。そうそれ、気になる気になる。特に興味深々といった女子2人の視線を受けた文香ちゃん、幾分慎重に言葉を切り出した。

 

「……一言で言うなら、『来歴不明』といったところです。…………これより先を話す場合、少々長い話になるのですが…………宜しいでしょうか?」

 

 聞くなり了承の意を各々示した私達を見た文香ちゃんは、本を持ち運ぶ際に着けてきた白手袋を外しながら、「では…………」と前置きし、そのルーツを話し始めた。

 

 鷺沢古書堂。明治の末にはこの地で古書の取り扱いを始めていたというこの店は、神保町全体でみても非常に歴史ある古書店……なのだが、実は表で売っている本は全体の7割程度。残りの2割5分はストック、そして最期の5分はいわゆる「ワケあり」のモノらしい。

 人類の歴史に於いて数多ある奇書、禁書と呼ばれるもの。時に弾圧や発禁の目を逃れ、影ながら連綿と受け継がれてきた其れ等の一部と思われるものが、いくつか保管されてるのだとか。

 

 そしてこの宝石本もご多聞に漏れず希少本の一種。 引っ越してきて掃除を手伝ってた時に、店内地下一階の本棚の片隅で埃を被っていたのを偶然見つけたのだとか。

 

 華やかな見た目に惹かれる形で調べてはみたのだけど、しかしタイトルも作者名も出版年も書いておらず意味不明。

 叔父さんに聞いても「こんなものあったのかい」と逆に質問され、店の台帳を調べてもいつ買い取ったのか記録がない。つまり。

 

「…………事実上、「存在しない本」として扱われてる、ってことなの?」

 

「はい。……恐らく、好事家が個人で作った本だとは思うのですが、何ぶん中身の言語も全く分からないので……」

 

 ヴォイニッチ手稿、ロガエスの書。死海文書やヨハネ黙示録。彼女が調べたというありったけの本のどれにも該当しない、謎の書物。その正体は、後から考えれば私達の予測を大きく上回るものであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「結局…………」

 

「梨の礫、か」

 

「既存のどの文字とも違うとは、恐れ入ったね…………」

 

 一時間後。解読はままならなかった私達だが。外を見渡すとすっかり日も暮れ、夕飯時に差し掛かっていることに気がついたPさんが私と飛鳥ちゃんを家まで送ってくわ、と宣言。

 

 とりあえず飛鳥ちゃんとも連絡先を交換し、文香ちゃんに見送られつつ帰途に着いた私達が、その日付が変わるまで連絡を取り合った結果出た結論が。

 

「放射性炭素年代測定だァ?」

 

「はい。……というわけで至急、機材使わせてくれるツテがあって、且つ詳しい人がいるところ知ってたら教えてくれませんか、仗助さん?」

 

 翌5月13日の夕方。下宿先の空条家の一室から大叔父に電話をかけた私は、退勤後の社会人に厚かましいお願いをぶちかましていた。

 

「流石に無ェ……いや、あるな。でもなんでまた急に?」

 

「……文香ちゃんと飛鳥ちゃんが言っていた『石に触れている時、偶に起こる奇妙な事象』、気になったんで怪しまれない範囲で聞いてみたんです。そしたら──」

 

 ──明らかに、()()()()の事象としか思えない話なんです。

 

「……マジか」

 

「はい。それで、取り敢えず調査しないかって提案して。…………あの、もし、『DIO』とかに関係する曰く付きのものとかだったら────」

 

「あ〜ッと、皆まで言うない美波ちゃん。大事な品なんだ、取り上げるのも気がひけるし、本人同伴で調べるだけ調べてみっか。もしヤべえ代物だったらそん時はそん時だ。とりあえず、当たってみっから待ってな」

 

「……有難う、ございます……!」

 

「オウ。行く時は俺も同行するわ。ンじゃあーおやすみ」

 

 ガチャリ、と受話器の置かれる音。伝わらないので意味がないと分かっていても、思わず電話越しに頭を下げてしまった。こんな突発的で図々しいお願い、サラッと受けてくれるのは本当にありがたい。

 ツテについてはパパを頼ろうかと思ってもみたのだけど、今現在パパはSPW財団日本支部の方々とイタリアに出張中のため、今月中はずっとヨーロッパ生活なのだ。なんでも汐華(ジョルノ)さん達と何やら会議やってるらしい。よって機材はあっても有識者がいない。

 

 学内の研究室にないかな、とも考えたけどこの場合も同じ。というか大学にスタンドに詳しい識者など普通はいない。

「私超能力を具現化させて闘うことが出来るんですが、この石それと関係ないですか」などと宣ったらまあ精神科か脳外科あたりを紹介されるのがオチだろう。

 

 更に先程まで手掛かりを求めて幼少期、この家に来る度よく弟と侵入していた書斎に足を運んで片端からそれっぽい本を調べ、曽祖父が波紋を習得した切欠を記したというノートを発見した。が、残念ながら落丁もあり、手がかりなし。

 妻スージーQへの惚気でも書いたのか、それとも別の余程大事なことが書いてあったのか、現在では存命ながら認知症気味の当人に聞いても芳しい解答は難しいだろう。(ホリィ)さんにも伺ってみたのだけど、結局新情報は得られなかった。

 

 普通なら似た石ころが集まったから何だ、という話かも知れないが、ここで先日の襲撃が脳裏をよぎる。

 私ならともかく──いや別に恐怖を感じないわけではないけど、若干特殊な環境で育ったので何本かネジが飛んでるかもしれない──市井の家庭で育った筈の皆の人生に、あんなイベントが発生するのは真っ平御免だ。ましてこの平和な国では尚更。

 最悪の場合は露伴先生に頼んで『石に関する部分の記憶だけ消してもらい』、その上で石を彼女達の手の届かぬ所で管理することも考えなければならない。

 

 でも。

 

( ……嫌だな。……友達の記憶を奪う、なんて)

 

 結局その日は、美波、お風呂空いたわよというホリィお婆ちゃんの声を聞くまで、受話器の前で立ち尽くしていたのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その週の土曜日、5月17日。

 

 時が経つのは早いもので、私達四人は急遽行くこととなった國立理化學研究所へと足を運んでいた。

 今月中にどこかへ行ければ御の字、いざとなったら大学へ持ち込もうと考えていた私だったが、木曜には話をつけてくれてたらしい仗助さん(流石だ)の尽力もあって、こうして調査のメドが立ったのだ。

 そうこうするうち所内に到着。彼の先導の元、所内に規則的に配されたLEDに照らされる無機質な歓待を受けつつ、一路静かな廊下を歩く。

 5分ほどして辿り着いた部屋をノックしたPさんが開けた、ドアの先にあったのは──

 

「失礼します。例の件で伺った東方で──「おぉ〜〜〜ひっさしぶりだねぇジョースケぇ!何日ぶり〜?あ、そんなでもないか。ところでさ、コレ新しい試薬なんだけど飲まない?飲むよね?ね?」─や、飲まねえッて。てか挨拶まだ途中だから座って「あれ、アスカちゃんだ、おはよ〜!」……聞いてねェし……」

 

 ────Pさんを見るなりフランクな口調で彼のもとに飛び込んでいってマイペースに話しかけ始めた、年若い女の子の姿だった。

 

 最新鋭の研究設備を難しい顔で扱う、年配の方々が大半を占める研究室。そんな中で着崩した制服の上から白衣を纏い、毒々しい液体入りのアンプル片手にPさんの匂いを嗅いでいる(文字通り。びっくり)彼女の存在は、この空間に於いて余りといえば余りに異質。それと。

 

(このコ、前に海外ニュースで顔を見た事あるような、ないような……)

 

 クセのあるヴァイオレットの長髪をポニテに結い、通った鼻梁と長い睫毛に、どこか猫の瞳を思わせる碧眼を備えた可愛い女の子。整った容姿からしてタレントさんか何かかと思ったが……どうも我が大叔父と、そして飛鳥ちゃんの知り合いらしい。

 気を取り直した飛鳥ちゃんが、何事もなかったかのように会話を続ける。

 

「ああ、お早う志希。朝方寮にいなかったのはここに居たからなのか。……ねえ、プロデューサー、ボク達に言った『詳しい人』って、ひょっとして志希のコトなのかい?」

 

「そーいうこった。二人は寮が一緒だからお互い知ってんのな。んじゃま、この機会に全員軽く顔合わせしとくか。ただ──」

 

 ここじゃあなんだ。と言うことで、断りを入れて空いている隣室を使わせてもらうことにし、そこで挨拶をした私達に返答する形で、満足したのかPさんから離れた彼女の自己紹介は始まった。

 

「……うんうん、取り敢えず二人の顔と名前と()()()()()は覚えたよん。それじゃ〜改めまして、あたしは一ノ瀬(いちのせ)志希(しき)。アメリカの大学からワケあって帰って来ちゃって、今は日本でJKやってる17歳。飛鳥ちゃんとは今月から346の同じ女子寮に居て、ジョースケとはNYで知り合ったんだ♪」

 

 趣味は観察と実験と失踪、それから特技は…………ニオイ当てかな?と続け、ラボ内の石造りのテーブルに堂々と腰掛ける彼女は、そこで一度形の良い鼻をスン、と鳴らしてこう述べた。

 

「う〜ん、…………マイバーバリーブラックパルファムにブルガリのオムニアクリスタリン、それとクロエのオードパルファム。どう?当たってる?」

 

「え!?」

 

「まあ…………!」

 

「……正解、相変わらず凄まじいね」

 

 なんと彼女、私達がそれぞれつけている香水の尽くを、その場で全て当てて見せたのだった。

 鼻の利きにはちょ〜っと自信あるんだよね〜と言う彼女は、静かな驚愕に覆われる私と文香ちゃん、やれやれ、といった感を醸し出す飛鳥ちゃんを尻目に、尚も話を進め始める。

 

「そ〜だ、頼まれた依頼のブツとやら、早速だけど見せてちょ〜だい?あ、ちなみにあたし専攻は化学(ケミストリー)だけど、自然科学も一通りイケるから大抵の鉱石持ってきても大丈夫よん♪」

 

 そういった彼女に私達は、各々持って来た本やら腕輪やらを円いテーブルに置いていく。……ところが、其れらを見るなり急に一ノ瀬さんの目からハイライトが消えた。

 自信満々な顔つきが真顔になった彼女、次に何を言うのかと思えば。

 

「……あっちゃ〜よりによってコレか。いくらあたしとは言え、この石ばっかりはどうもねえ……」

 

 あくまで軽快なノリを崩さなかった彼女こと一ノ瀬さんは、途端に苦笑いして首を捻りだす。

 

「……や、なんでかって言うとね。あたしも持ってるからなんだ、この石」

 

 カタチはそれぞれ違うけど多分、皆一緒のモノだろうね。

 そういって彼女は、白衣の左ポケットに手を突っ込んで、何やら古めかしいデザインの小瓶を中から取り出した。そして瓶の蓋部分に煌めく、その鮮やかな鉱石は。

 

「……ここにも、赤石?」

 

 ──私達のソレと全く同じ輝きを放つ、謎の赤い石だった。

 前進したと思った矢先。どうやらこの謎、一筋縄では解けないらしい。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 結局その日は白衣を着たままの彼女から、小瓶に関する説明をレクチャーして貰ったのちお開きとなった。そして後日調べるにつれ、幾つか分かったことがある。

 

 まず一つ、炭素年代測定含めた諸々の検査の結果、ペンダントの台座・腕輪本体・本及び瓶自体は1940年代、いずれもイタリアで作られたモノらしいこと。

 二つ目、赤石に至ってはなんと2000年近く前の代物であり、もしかしたら紀元前、ローマ帝国草創期からあったかもしれないということ。

 この事実により、「何らかの事象で四散した石を拾った誰かが後に思い思いに装飾を施した」のではないか、との仮説が現在濃厚だ。つまりペンダントやらは石に合わせて後付けでくっつけた添え物では?ということ。

 

 そして懸念していた不審な人影。これは現状皆の近くには見当たらないし、誰かが何者かに付け狙われた様子も報告もない。よってこの石、スタンドとかDIOとかとは関係の薄い、また別種の力を持つ宝石なのだろうと見做している。

 

 ……もしかして「幽波紋」でなく「波紋」関連、とか?

 ひいおじいちゃんがボケてなかったら何か聞けたかも知れないのに、無念。まあこればかりは仕方ないか、人間老いにはそうそう勝てない。

 にしても、ひとつの石が巡り巡って現代日本の私達の手元に来たというのは、結構すごい偶然だと思う。ただ、当面友人が狙われるようなことはなさそうでよかった、というのが正直な心情だ。

 さて、勝手に抱えた胸のつかえも軽くなった今。真に優先したいことは、言わずもがな────

 

「おっ待たせ〜みんな!一ノ瀬志希チャン只今とうちゃ〜く♪」

 

 そうそう、言い忘れていた。

 飛鳥ちゃんと同じ女子寮所属という事は即ち彼女、志希ちゃんが346のアイドル候補生でもあるということで。

 

「これで全員揃ったな。んじゃ『この四人でユニット組んで()()貰う』ッつー話、皆了承ってことでいいな?」

 

「無論、肯定だよ」

「任された〜!」

「……一人では心許ないですが、皆さんとなら」

「そういうことです、仗助(プロデューサー)さん」

 

 17日から今日26日までの10日間、各々の授業や部活の合間を縫っては集まってカラオケ行ったり買い物したり気付くとどこかに飛んでいく志希ちゃんを探したりしてるうち、すっかり意気投合した私達。

 そのおかげと言うべきか、今集合しているここ、346プロオフィスビル29階のプロジェクトルームに全員が集まったのも、ある意味自然な道理だった。

 返答を聞いた仗助(P)さん、ニッと笑って企画書を取り出し、私達へと語り出す。

 

「……よし。んじゃ明日から早速IUに向けてのレッスン開始だ。予選は7月29日。前哨戦として7月6日にミニライブも考えてっから、封切りまで正味40日ってトコだな。……ああそういや、『グループ名で希望がありゃあ考えといてくれ』とは言ったが候補あるか?保険として一応資料室から適当なの見繕ってはきたが……」

 

 ────その台詞、待ってました。

 

「決まったから問題ないよん。イロイロ出て来たんだけど、迷いに迷ってコレになりました〜!」

 

 志希ちゃんがぴら、とPさんに見せた紙。書かれていたのは────

 

 

 

 ☆

 

 

 

「────RoundS(ラウンズ)……?『机』とは、こりゃまたどうして……」

 

「……考えている途中で思い至ったのですが、そう言えば私達、集まる度に円いテーブルを囲って何かしている、ということに気付きまして……」

 

「ならいっそ円机(ソレ)自体をユニット名にしてしまえ、って話になってね。……ボクとしては黙示録の四騎士(アポカリュプセ・フィア・リッター)も捨て難かったけれど、円卓(ラウンズ)も悪くない。全ては合議の賜物、というヤツさ」

 

「あたしは『四人だから便乗して四代目 J s⚫︎ul 【自主規制】はど?』って投げてみたんだけどね〜。ま、我ながら新人アイドルがパクリネタはやっぱりマズイかにゃ〜って」

 

「最終的に短いし分かりやすくて丁度いい、ってことでこの名前になったんです。……ぴったりの机が、この部屋にもありますし」

 

 そう、青を基調としたこのプロジェクトルームの真ん中に聳える、削り出しの大理石を丸めたのだろう、シンプルにして(おお)きな白い円卓。

 毛足の短い青絨毯の上に計ったみたいに鎮座しているそれは、新プロジェクトに会社の意気込みと多額の予算が込められてることを示す証左に思えた。……目玉プロジェクトが遅延してるのは、どうにもフォロー出来ないけど。

 

 さて、我らがユニット名、果たして評定の程は如何に。固唾を飲んで見守るのは、Pさんの是非ひとつ。

 結果は────

 

「……成る程、由来としても名前としても申し分ねぇ。何より覚えやすいしな。採用だ、俺の方から広報やプレスにもRoundS(ラウンズ)で回しとくぜ」

 

 色好い返事に、思わず皆して心中でガッツポーズ。するとPさん、ここで一言。

 

「────さァーて、じゃあユニット名も決まったことだし、軽〜く結成記念パーティーでもやっか!この後全員空いてっから丁度いいだろ、なーに経費で落としとくから遠慮は要らねぇ、行きたいトコ言ってくれ。実質奢りだ」

 

 評定を無事通過したようだ……って、奢り?しかもどこでもいいの?なら────

 

「お寿司〜!回らないトコ!ただしサビ抜き!」

 

「焼肉食べたいです!食べ放題じゃないお店で!」

 

「でしたら、割烹か懐石を所望します」

 

「フレンチのグランメゾン。リストランテのイタリアンでも良いかな」

 

「全員バラッバラじゃねーか!?」

 

 容赦ない10代女子’Sのここぞとばかりの高級志向にタハハ……といった顔の大叔父。

 しかしこの分裂具合、ユニット決めと同じく行き先決めが長丁場になりそうである。船出からいきなり方向性の違いが危ぶまれるが、これで大丈夫だろうか私達。

 

 まあただ、メンバーは揃ってユニット名とデビューの日も決まり、モチベーションは十分だ。それに────

 

(────いい曲じゃない、「お願い!シンデレラ」)

 

 歌とダンスも、既に決まった。

 ────さあ、後はレッスンあるのみだ。




・一ノ瀬志希
猫っ毛ケミカルギフテッド。

・二宮飛鳥
エクステは気分で変える派。

・買い付けで不在の店長
基本接客はバイト任せ。

・スージーQ
ギリギリ存命。

・露伴さん
杜王町といえばこの人。

・千川ちひろ
神。
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