美波の奇妙なアイドル生活   作:ろーるしゃっは

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004/ Let's play La-crosse.

 ……んまあ、下馬評通りの展開になりそうね。

 

 梅雨入りを目前に控えた、5月31日。

 晴天の東京都品川区・中央京浜公園第二球技場にて、U22ラクロス日米国際親善試合・女子の部のゲームが行われていた。

 二国間の若年層の交流促進と競技振興も兼ねた、伝統あるこの親善試合。東京ローカル紙のスポーツ欄の記者を担当して2年目の私・善永(よしなが)の、本日の()()()取材対象でもあるんだけど……。

 

(さっすがアメリカ勢は強いわねー。日本の大学のコ達も頑張ってるけど、元のフィジカルが違うもの)

 

 そう、やはりというべきか何というか、ココ一番で海外勢との身体的な地力の差が出てしまうのだ。手脚の長さに筋量の多寡、身体のバネに動体視力。勿論技術は伯仲しているけれど、人種や体格差による壁ばかりは如何ともし難い。

 尤もこれは─経験者の方は特にお分りだろうが─ラクロスだけでなく陸上やバスケ、アメフトなどの他競技でも同じことが言える。

 

(女子バレーみたく丁寧なプレーをしてるから、あとは攻撃(オフェンス)がもうちょっと強くなればどうにかなると思うんだけどな……)

 

 こういう時は誰か一人でもいい、局面を打開できるストライカーがいれば流れは変わってくる……のだが、どうもエースは不在のようだ。

 ここ数年芳しくない結果ばかりの日本勢を、しかし母国の()()()だし、という事でカメラに収める。晴天のグラウンドを駆け巡る、ポロシャツに巻きスカート姿の選手達の勇姿を確認。うん、一応よくは撮れている。

 

(まあ、紙面には載らないだろうけどね)

 

 何を隠そう大学時代、自分もラクロスに打ち込んでいた人間が言うのもなんだが……地方紙の限られたスペースでは、メジャーな野球とサッカーを入れたら後は猫の額くらいの紙面しか残らない。そこに今年も似たような結果になるだろう、(日本では)マイナーなスポーツの試合記事を載せようとしても、まず編集で通らない。

 よって例の如くこれらの写真は、今年もお蔵入りだろう。先程「私的な」取材といったのはこのためだ。つまるところ趣味である。

 

(……お、写真チェックしてるうちにハーフタイム終わって再開か。ベンチから入れ替えはあるのかな?)

 

 女子ラクロスの試合は前半25分・休憩10分・後半25分のハーフタイム制。1チーム12人、別に控え(ベンチ)8人までのメンバーで110m×60mのフィールドを駆け回ってボールを相手ゴールに入れ合い(1回毎1点)、点数が上回った方が勝ち。

 ルール上必然的に点取り合戦になりやすいが、しかし現在は0-4でアメリカリード。日本側は守備こそ巧みなものの、未だ一点も決められないでいた。

 さて、後半を戦うメンバーの入替えはアメリカ側はなし、日本側の入れ替えは3人。

 うち2人は去年からの見知った顔だが、最後の一人はというと─────

 

「…………え?」

 

 ────最後にベンチから出てきたのは、栗色の眼と長い亜麻色の髪を持つ、健康美と熟れた色香という、相反する要素を併せ持ったような少女。その容姿は、まるで────

 

「……有栖(ありす)、さん……?」

 

 トラッドな水色のポロシャツと白スカートに身を包み、青いクロスを握る彼女は、かつて私の憧れた人と瓜二つの外見だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ちょぉ〜っとゴメンねお姉サ〜ン、隣座ってもいっかにゃ〜?」

 

 てっきり目が可笑しくなったのかと自身の視覚を疑う中、不意に横から声を掛けられ我に返る。

 見ると薄紫の髪をしたラフな格好の少女が、人懐こい笑みを浮かべて私に声をかけてきていた。

 

 了承の意を示して少し傍に寄ると、アリガトね〜、といいながらお礼に、と毒々しいビビットカラーの飲み物をくれた。スタミナドリンクって名前らしい。…………どこで売ってるんだろ、コレ。

 よくよく見ればその女の子の後ろに黒髪と橙髪の少女もついてきている。しかも一礼をくれる彼女達、漏れなく全員かわいいときた。友達の観戦に来たのだろうか。感想もそこそこに、カメラを構えて再び前に向き直る。

 一方で隣の彼女達は姦しく盛り上がっており、不可抗力だが盗み聞きする形となる。

 

「う〜ん、思った通り、やっぱりココが一番よく見えるねん♪ベストスポット取れたから遅れは水に流すとしましょ〜」

 

「……結果良ければ何とやら、ですね。しかしまさか、予定より40分も電車遅延の憂き目に遭うとは……。ベンチスタートだからフル出場じゃないかも、と聞いてはいましたが、このままでは今日はもうダメかと思いました……」

 

「まあ、後半に間に合っただけ良しとしようじゃないか。……それにスコアを見るに前半、美波さん出てないみたいだし」

 

 前半出てないらしい「みなみ」さん?……ってもしかして、有栖さんにそっくりな、あの女の子の名前?

 ……いや、断定は出来ない。ベンチは全部で8人いる。決めつけは早計だ。

 

「……確かに、出場すれば既に試合の帰趨は決していてもおかしくない筈ですが……」

 

「ん〜てゆーか今出たばっかりっぽいねぇあの汗の感じ。────お〜い、美波ちゃ〜〜ん!!!──おっ、気付いた気付いた♪」

 

「し、志希ちょっと声大きいって……」

 

「あっははごめんにゃ〜♡」

 

「あ、でも手を振ってくれてますね」

 

「苦笑いだけどね……」

 

 確定。今此方に手を振っている、有栖さんと見紛うあの女の子こそ「みなみちゃん」だ。これは────ええいままよ、聞こう!

 

「……あ、あのすみません!」

 

「ん?どったのお姉サン?」

 

「今ベンチから出てきた『みなみちゃん』、て子なんだけど、貴女達のお友達、なのよね?……変なこと聞くけど、有栖さんって人ではないのよね?」

 

 当たり前だ。彼女が、新田(にった)有栖(ありす)が女子ラクロスで活躍したのはもう20年以上も前の話なのだから、今も居るなんてあり得ない。

 だからこれはただの確認、そう思っていたのだが。

 

「ありす……?……でしたら、美波さんの御母堂の名前ですね。……それが、どうかしましたか?」

 

 写真で拝見しましたが、そういえば美波さんとそっくりでしたね。黒髪の少女の返答に、思わず言葉を失った。

 娘?ってことは……有栖さんの子なの?あの子が?確かに他人の空似にしては出来すぎてる、けど……。

 

「……お、そろそろ始まるね。彼女の初陣が」

 

 その時耳に入った橙髪の少女の言葉で、沈みかけた思考は現実に立ち返る。

 そうだ、これから後半戦。本当に彼女の娘さんならば、デビュー戦でも善戦くらいはするだろう。頑張れ、みなみちゃん。

 

 ────この見立て、生クリームにハチミツをブチまけるくらい甘っちょろかったものであることを、私はすぐ後に知ることになる。

 間を置かずして始まったのは「健闘」とかそんな言葉で括れるものではない、文字通りの「無双」だったのだから。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「嘘でしょ……」

 

 目の前で起こっている現実が信じられない。後半戦開始から僅か10分、0-4だったスコアは5-4になっていた。驚くべきは日本勢の爆発力の源が()()であること。あれ程攻めあぐねていたのに驚異のスピードで追い付いたばかりか、全て一人のプレイヤーによる得点で逆転を成し得たのだ。

 立役者のAT(アタック)担当選手、彼女達曰く「空条美波」ちゃんは、端的に言って実に型破りだった。

 

「一気に逆転て、そんな」

 

 ブランドはナイキだろうか。青を基調としたグローブとスパイクはともかく、昨今は定番となったアイガードも着けずに裸眼のまま、女子には珍しく金属製の重そうなクロスを持ち、縦横無尽にフィールドを駆け回っているのである。

 止まっている時は無いんじゃないんだろうかというレベルで、一つ括りに縛られた長髪をたなびかせてボールを貰い、ゴーリーを嘲笑うかのようにポンポンとゴールに投げ込んでいく。俊敏なネコ科動物みたいなその様は、まるで羊の群れに混じった豹のようだった。

 しかも今に至るまで、相手方の巧みなフェイントに全く引っ掛かっていない。ということは、だ────

 

「──もしかして、相手の動きを『見てから』合わせてるの……!?普通は間に合わない筈よ、一体どうやって……」

 

 男子ならばボールが時速160kmを超えることもあり、別名「地上最速の格闘球技」とも言われるラクロス。

 当然相手の動きを予測して動かなければ間に合わない場面が多く、だからこそブラフ含めた駆け引きが重要になってくるのだが。

 速度で劣る女子とはいえ米国の実力者を、聞けば加入して二ヶ月のルーキーが何故そこまで圧倒できる?……と思ったその時、遠慮がちな、しかし確たる響きの篭った声がかけられた。

 

「……反応時間(リアクション・タイム)0.11秒、20秒反復横跳び77回、100m走10秒フラット、20mシャトルラン141回。……非公式ですが、全て美波さんが出した数字です。ちなみにシャトルランは時間の都合で強制終了でしたが……答えがあるとすれば、これらの数字でしょうか」

 

 私の呟きに律儀に答えてくれたのは、黒髪少女こと鷺沢さん。大学に入って間もなく行ったスポーツテストで叩き出した数字、とのこと。なお本人は測定後に「身体があったまった今の方が良い記録出せそうだから、全部もう一回やりたい」などと訳の分からない事を述べていたそうだ。

 

 ……というかそのデータホントなの……?公式なら女子世界記録に匹敵するのもあるんだけど……?

 

「ま、要するに『見てから回避余裕でした』ってヤツね〜。加えてトップスピード維持したまま動き続けられるような体力オバケだから、そりゃあ試合長引くにつれて有利になるし、勿論フェイントにも引っかからない、と」

 

「……とはいえあまりに尋常に過ぎるのでは、と思う時もあるけどね。彼女曰く『呼吸』が要らしいけど、ボクは彼女がもっと常人と違う、別の『ナニカ』を秘めてる気がしてならないよ。まあ詮索はしないけどね」

 

 自ら話してくれるなら兎も角、人には秘密があるものだし。と続けた橙髪の女の子こと二宮さん。そしてこちらもやはり質問に答えてくれた一ノ瀬さんの話を追加で聞き、空いた口が塞がらない。

 

(経験不足を敏捷性(アジリティー)と高い反応速度で補完して、身体能力と持久力では他選手の上を行くってコト?……ホントにタダの女子大生なの?実はマサイ族の戦士でした、とかじゃなくて?)

 

 あの華奢な体躯の、どこからそんなパワーが出ているんだ?思いながらも、改めて今や会場中の視線を独り占めにしている美波ちゃんを見る。小顔で手脚も指も長く、健康美溢れた筋肉が無駄なく付いている。が、フィジカルや身長で見れば明らかにアメリカ勢に劣る。体重も少ないだろうから、筋力はそこまでないはずなのに。

 

(身体の線の細さに不釣り合いな瞬発力と機動力は、一体どこから来てるの……?)

 

 超攻撃的なプレースタイルは、ディフェンスに定評のあった彼女の母のそれとは対照的だ。それでも頭一つ抜けたそのヴィジュアルと、チームメイトに声を掛けながら爽やかな笑顔で試合に臨んでいる姿は、有栖さんとの血のつながりを否応なく私に想起させた。所々、妙に妖艶なのも似ている。

 ……しかし時折オーラのような、可視化された気迫みたいなものが一瞬ちらと見えるのは気のせいだろうか。それに、全く息を切らしていない、いやむしろ……常に深く呼吸をしているようにも見える。コオオオォ、と。文字に起こせばそんな感じだろうか。兎角驚異的なスタミナだ。

 

 さて、点差は現在10-4でやはり日本リード。ダブルスコアの立役者となった盤上の彼女は、今何を思っているのだろうか?

 

 

 

 

 ★

 

 

 

(……残り12分。この倍は稼げるわね)

 

 コオォ、と。生まれついてより文字通り、息をする度に行っている「波紋の呼吸」を継続しつつ、私はグローブ越しの冷たいクロスの感触を確かめる。

 貸りたクロスが軽すぎて物足りなかったので、5月に新しく購入した金属製クロスは、現行規格に適合する中での女子用最重量モデル。「もっと重い男子用を使いたいです」と言ったら先輩にちょっとヒかれた。ひどい。普段から()()()()()()()、軽いと振った気がしないんです。得物は一撃で敵を屠れるくらい重い方がいいんですよ、先輩。

 武器に成っちゃうから、波紋は込めないように気を使うけど。

 

 因みに「ゴーグルつけないと危ないよ?大丈夫なの?」とも言われたけど、むしろ私にとっては枷にしかならない。相手の発汗、口の開き具合に重心の移動、動きのクセに間合い。全て裸眼の方が隈なく拾える。

 

(しかし、まさか1年の夏から出られるとは僥倖、ってトコかしら。まあ出るからには勝たなきゃね。円卓の皆(さんにん)も折角見に来てくれてるし────)

 

 ────だから今は、集中あるのみ!

 

 再開のホイッスルと共に、意識は再びゲームに戻る。今しがた取ったタイムアウトで、敵チームはようやっと重り(パワーリスト)を外したようだがもう遅い。勝負事でタイミングを逸すれば敗北は必然だ。──さあ、行こう。

 本能のまま芝を蹴り、相手選手がパスで回そうとしたボールを横合いから飛び込みキャッチして網で保持(クレードル)。勢いを殺さぬよう体を反転、一路ゴールまで跳ねるように駆けていく。

 

 後半戦序盤から()()()()()()()()()()撹乱しながら得点していた効用か、今や敵チームDF(ディフェンス)8人の内5人が私のマークについている。相手も焦っているのか、段々妨害がファウル覚悟の苛烈なものになってきている。……が、なあに波紋使いならこの程度、怪我をせず、怪我もさせずに攻略してみせよう。

 

(……さァて、それじゃあついてこれるかし、らッ!!)

 

 取りかかるのはマーク剥がし。まず1人目の金髪のコ、クロスをこちらに振りかざす。自クロスの柄で弾いて回避。次、メッシュの入ったベリショのコ、大股開きで待ち受ける。スライディングで股抜け走破。

 3人目、肌色からしてたぶんラテン系(ラティーノ)、フェイント二重の技巧派選手。見てから避けてそのまま突破。

 ゴール前、相手最速黒人のコ。韋駄天の座は渡さない。

 最後にゴーリー、体格の良いフィジカルバースト。ここも勢いのまま決め────はしない。抜かした4人もその意気軒昂、未だしぶとく追い縋る。ならばここは……

 

「お願いしますッ、先輩ッッ!!」

 

「えッ、アタシ!!?」

 

 私に群がる5人を尻目に、斜め後ろから追いついてきた先輩にボールを投げる。ノーマークの彼女なら、直線距離では私よりゴールに近い。少々危なげなくだがパスは成功、ならばそのまま────

 

 ────オイシイトコは決めちゃって。

 

 無言でそう呟きながら、彼女と視線を交錯させる。先輩に読唇の心得があるか知らないが、それでも我が意は伝わったとみた。

 果たして日頃の練習通り、流れるように突き刺さる17点目。言葉はいらない、無言のゴールこそ饒舌。

 そもそもあの人は部内のエースだ、病み上がりなのもあって今日は後半からの出場だが、元来そのくらいの力量はある。

 ……え、何がオイシイトコかって?そりゃ勿論、個人(わたし)じゃなくて全員(みんな)で作る、反撃の嚆矢(いっぱつめ)ってトコロ。一人をマークすれば勝てる試合じゃないと、プレーで以って知らしめよう。

 今日2回目のタイムアウトを取った相手チームにより出来た時間の中、そう束の間の思索に耽る。

 

「お疲れ美波!ラストスパートも頑張ってこ!」

 

 同時、戻ってきた先輩のハイタッチに応えながら、思いが口をついて出る。

 

「……先輩」

 

「なあに?」

 

「……私、今日が初めてだったんですけど、なんだか忘れられない日になりそうです」

 

 これこそチームスポーツの醍醐味にしてカタルシス。……ああ、皆で創るという意味ではアイドル活動もそうかもしれない。運動部のノウハウを持ちこんだら、もっと練度が高まるだろうか。今度検討してみようかな。にしても──「……美波、あのね」──なんです?

 

「アンタね、無自覚にエロいからちょっと心配。飲みの時とか気ィ付けなよ?」

 

 知り合いの十時(ととき)って子にそっくりなのよねその辺が、と肩に手を置きそう言う先輩。

 

「そ、そうですか……?」

 

 問うと返ってきたのは真顔の首肯。……そんなに私、色気に溢れているだろうか。色気……といえばまあ、765プロの三浦あずささんみたいな人には憧れはするけど。うん、今度弟にでも聞いてみよう。

 日が昇って暑くなってきたこともあり、ポロシャツのボタンをひとつ開けてパタパタ扇ぐ。谷間に通る涼風が心地良い。結構汗で蒸れるのだ、この辺。ちなみにスポブラしてるから吸汗はそこそこ良い筈なんだけど、こんな事ならキャミソールも着てくるべきだったかな。

 

 ……誰?今人の胸見て足りないとか言った人。同い年の文香ちゃんには完敗だけどこれでもDはあるんだぞ。波紋疾走(オーバードライブ)一回キメるだけだからちょっとコッチ来なさい、怒らないから。

 

 そのまま何の気なしに観客席の方を見る。今日は男子も応援に来てくれている。……のだけど、よく見ると皆座り込んで前屈み。どうしたボーイズ。

 

 顔色が上気しているから恐らく暑いのだろうけど、日陰にいるのになんだかなあ。体育会系の若者なら試合中だけでもスタンディングで応援してくれると嬉しいのに。少なくとも私が逆の立場ならそうする。

 丈瑠()なら終始やり通すぞ、見習え男子諸君。まあでも丈瑠(あの子)は体力バカだから単純比較しちゃダメかも。

 

「……う〜ん、出来ればたってほしいですね……」

 

「ソレよ、ソレ」

 

 はい?

 

 

 

 ☆

 

 

 どうも皆さん。新聞記者の善永です。突然ですが、本日の試合結果、スコアいくつだと思います?答えは…………なんと33-4。

 

 ……晴天の観客席から、今日の最終得点を思わず頭で反芻する。午前11時45分、後半戦から怒涛の勢いで得点し続けた日本勢の大番狂わせ(ジャイアントキリング)達成が確定したその瞬間、会場はスタンディングオベーションの嵐に包まれた。台風の目は言わずもがな、今日初試合のあのルーキー。

 

 見物に来た客こそ僅か、しかし自己中(セルフィッシュ)と見なされがちな個人技によるプレーに留まらず、チーム全体を鼓舞してゲームメイクをしていく様が琴線に触れたのか、敵陣営からも万雷の拍手で彼女は称えられた。

 もとより米国ではフェアプレーで結果を残せば、アウェーでも惜しみない称賛を受けることが多い。がしかし、此処まで大差をつけられての敗北で禍根が残らないのも珍しい。

 ……尤も件の少女・空条美波は、盤上で向こうの選手に握手どころかハグを求められ続け、最後の方は何だかげっそりしていたが。

 

 ただ惰性になりかかって居た親善試合に新風が吹いたこの日は、オフの日にも関わらず私の執筆意欲を掻き立てるには十分過ぎる日でもあった。

 

(新参の子が切り札(エース)どころか鬼札(ジョーカー)だとは、日本スポーツ界の星になり得るかもねあの子。なんでこれまで無名だったのかしら。まあ、後で調べとくとして、とりあえず───)

 

 取材の許可を取りに行きましょ。

 先程まで話し込んでいた友達を経由すれば恐らく了承される筈だが、それは私の流儀に反する。熱意とは直接伝えるべきものだ。何、記事は掲載させてみせるさ。

 見目麗しい少女が先導に立って成した、久方ぶりの一本勝ち。こんな激アツ展開にノータッチの記者がいたら、即日デスクから降りるべきだろう。

 

(上手くいけば、明日の紙面は差し替えかな?)

 

 少女のいる方に足を向けつつ、私は彼女をどう字で描くか、思いを込めて歩き出す。ちなみに彼女、どうやらクォーターらしいのだけど、ハーフの野球選手がプロ入りしても外国人力士が横綱になっても我が事のように盛り上がるこの国ならばそんなもの問題あるまい。

 というかぶっちゃけ可愛ければ正義である。マスコミなんてそんなものだ。

 ……可愛さ余って後に少女達が属するアイドルユニットのファンクラブ会員にまさか私がなろうとは、この時は思いもよらなかったのだが。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 翌日、346プロ29階【RoundS】プロジェクトルーム、通称「円卓の間」(※飛鳥ちゃん命名)にて。

 仗助(プロデューサー)さんが「記事載ってたぜぇ〜」と持ってきた地方紙の朝刊をテーブルに広げた私達の視界に入ってきたのは、フルカラーの写真付きで掲載された女子ラクロス特集だった。

 レッスンの休憩時間ということもあり、先程から皆して記事を読んでいる、んだけど────

 

「──品川の地に降り立った高貴なる女神(ノーブル・ヴィーナス)が振るいしクロスは、まるで僧侶の杖が如く、か。……ちょっと修飾過多すぎやしないかい?」

 

「ソレをアスカちゃんに言われるって、善永さん(アノヒト)も相当スキモノだね〜♪」

 

「志希、ボクに引っ付いたまま耳元で喋るのはやめてくれ。こそばゆい」

 

「ん〜とね、ヤ♡」

 

「ええ……」

 

 ──そう、そこに載っていたのはなんというか、非常に文学的な表現で書かれたチームと私への賛美だった。しかも私に関しては写真付きでの別特集付き。

 掲載自体は許可したからいいのだけど、選ばれた写真、よりによって。

 

「────なんで、コレなのかしらね?」

 

「…………ま、まあ、躍動感は伝わってくるかと……」

 

 文香ちゃんのフォローが刺さる。

 そう、てっきりゴールを決めたところでも記事に添えるのかと思ったら、なんと相手選手を股抜け突破したところが一面という謎編成。流石にそこは配慮したのだろう、際どい所は映ってないのが救いだが。それに────

 

「日本語だけど記事の翻訳が要るってどうなのかしら……ていうか女神って……」

 

 どうにもこそばゆいが、ある意味()()()()()「ヴィーナス」なるフレーズを見遣る。……まさか、そんな渾名をつけられるとは。

 

「……恐らく、ラクロスと僧侶の杖(la-crosse)を掛けて、その上で美波さんを女神に喩えたのでは?少々強引な解釈ですが……」

 

「な、なるほど……」

 

 文香ちゃんの淡々としたクールな考察は、このユニットに不可欠な気がする。

 さてこれ以降も、若き日のママの事をよく知る女性・善永さんの書く謎記事の解読に(翻訳担当は主に飛鳥ちゃん)勤しむことになる私達なのだが、翌年この日本語→日本語翻訳が予想だにしないところで役立つことになるとは、この時はまだ知らなかった。

 

 

 

 ★

 

 

 

 ────彼女達が日常を謳歌している同日、同時刻。

 

 イタリア南部の都市・ネアポリス某所に位置する、とあるカフェテリアにて。

 いつもなら営業時間であるにも関わらず「CHIUSO(準備中)」の立て札が架けられたカフェの店頭を、道行く人々が時折訝しげに見遣る中。

 

 表向きには「倉庫」となっている筈のその店の地下階で、只ならぬ雰囲気を持つ者たちの会談が執り行われていた。

 スモークウッドのテーブルにブラウンの革張りソファー、壁に立てかけられるはルネサンス期の巨匠・ミケランジェロの代表作、「最後の審判」の複製画。暖色照明にまとめて照らされるそれらに囲まれてやりとりをする男達は、大別すれば二つのグループに分けられる。

 

 一方は今やイタリア五大マフィアの一つに数えられる巨大地下組織・パッショーネの構成員。

 もう一方は今や知らぬ者など居ないだろう巨大多国籍企業・SPW(スピードワゴン)財団から選りすぐられた「口の堅い」社員達。

 ギャング・スターと全世界のオイルマネー、その数割を握る組織とが密談となればマスコミや陰謀論者が嬉々として押し寄せそうな光景だ。が、彼らが今日集まった目的は麻薬密輸でも脱税でも、はたまた人身売買でもない。

 そもそも10年以上前から組織の清浄化が図られて長いパッショーネ、近年は建設業や金融業が稼ぎ(シノギ)の主軸である。

 ただし今日の話は、非合法ではないが同時、決して表沙汰にすべきでない案件でもあった。

 

「……では、……全員集まり次第、会議を再開したい。それまで一旦休憩としよう」

 

 そんな、切った張ったを御家芸とする連中の中にあって、どちらの組織にも属さないが、オーラが全く引けを取らない男の低い声が響く。

 そう、彼こそが「事柄」の性質上、特別に参加を要請された男……空条承太郎、である。

 イタリア中を飛び回った約3週間近い海外出張。それが今日で以って終了することもあり、朝早くから始まった会議が一旦休憩となった合間を縫って、彼はかつてエジプトで共に闘った旧友との会話を楽しんでいた。

 

「……しかし、お前は変わらないな、ポルナレフ」

 

「んまぁ〜なんてったって魂だけだからよぉ、それに考えようによっちゃあ便利だぜぇ〜(ココ)の中は。最近はインターネットってモンもあるしな。つ〜か、そーいう承太郎はまた少し老けたんじゃあねえかァ〜?」

 

初めて会った(あの)時から20年以上も経ってんだ、そりゃあ歳もとるさ」

 

「ハッ、違えねえ。にしても思えば高校生の時から煙草フかしてたお前が今じゃあ二児の父たァねぇ。嫁さん共々大事にしろよ?」

 

「……あぁ、(アイツ)には何だかんだ感謝しきりさ。……そういや、最近は美波(むすめ)がアイドルやり始めたんだが、触発されたのか『私も頑張ればいけるかな……?』とか言い出してな……」

 

「お、んでなんて答えたんだ旦那サンよ?」

 

「洗い物しとくからもう寝ろ」

 

「ぶはははは!!ヘタレか!!!」

 

「息子も『40のオバンが無理すんな』と抜かしてたからな。ジョースター家は代々そんなもんだ」

 

「ソレ、ジョセフ(ジョースター)さんも昔似たようなこと言ってたなぁ…………ところでよぉ、承太郎」

 

 ────さっき言った盗まれたっつー『矢』に関する情報なんだが……下手人に心当たりとかねェのかい?

 

 銀髪をオールバックにし、片割れのハート型ピアスを両耳につけた彼にとっての旧知の友人は、一度言葉を区切って今日の核心に迫って来た。奇しくも丁度、休憩に立っていたパッショーネのNO.1が戻って来たところである。

 ……休憩終了、ってことでいいんだな?……言外にそんな意を込めた承太郎の目線で察したのか、ポルナレフは返答代わりに無言で頷きを返す。

 

「……そんじゃあ会議再開とすっか。……端的に言おう、キナ臭い奴が1人いる。──コイツだ」

 

 そう言って彼が机上に差し出した写真に写っていたのは、毛先がカールした金髪を持ち、幾分時代錯誤的な感のあるデザインのスーツを着た白人男性だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……ッ、この男は……!」

 

「やはり知ってるか、ジョルノ」

 

 ポルナレフの隣に座る、ジョルノと呼ばれた輪型の前髪が特徴的な金糸の男は、承太郎の質問に際し、自身の配下であるパッショーネの構成員から入手した情報を開帳する。

 

「それなりには、ってだけですけどね。東部選出の連邦下院重鎮議員、ファニー=ヴァレンタインです」

 

 ファニー=ヴァレンタイン。高い政策立案能力と実行力に加え司法・行政・マスコミにまで伸びる豊富なコネを持つ、米国のタカ派政治家である。生来の過激な物言いで以って、最近はオルタナ右翼からも熱烈な支持を集めている。『疑惑の総合商社』などという不名誉な渾名を頂戴しながらも、次期大統領選出馬の噂もある。

 ダイジェストで其処まで喋ったジョルノだが、やはりというべきか疑義を呈した。

 

「……何故、この男を?」

 

 疑惑。ジョルノの述べたその台詞に、承太郎の眼は俄然鋭くなる。SPW財団の集めたインテリジェンスとほぼ同じ精度の情報を、パッショーネは掴んでいるようだ。

 

「黒い噂も補足してるのは流石の収集力、だな。まあ、俺たちがコイツをマークすることになったのは只の偶然なんだが──」

 

 そう切り出した承太郎の話は、正に棚ぼたといった方がいいストーリーだった。

 

 発覚したキッカケは、バイト代目当てで地元NY出身の代議士であるヴァレンタインの選挙事務所で働いていた祖父ジョセフの養女、(しずか)・ジョースターが事務所の物置から書類を持ち運ぼうとした時のこと。

 狭い物置部屋を出る途中、置いてあったヴァレンタイン代議士愛用のゴルフバッグにつまづいて転びかけた彼女。

 慌ててバッグを元に戻そうとした時、眼前に出てきた中の物こそ、件の『矢』であった。

 物音を聞きつけて本人がやってきたのだが、咄嗟にスタンド(アクトン・ベイビー)で透明化。物陰に隠れて事なきを得たそうだが……。

 

「……その三日後に事務所が急に閉鎖され、元いたスタッフは全て解雇。本人はNYに持ってる高層ビルに新事務所をつくって移住……?」

 

「外出時はご丁寧に大幅増員した警備までつけて、な。表向きには『殺害予告を受けたから』と言ってるらしいが、SPW財団の調べではそんな形跡はなかったそうだ。『矢』の話が本当なら管理が杜撰(ずさん)に過ぎるっつーか、余りにマヌケな野郎だが、恐らくスタッフの誰かにバレたと見做して籠城してる、と考えれば辻褄は合う。……ただ静は『矢』をスマホアプリの無音カメラで撮っておいたらしく、即日で写真を送って来たんだ。で、ソイツをプリントアウトしたのが……」

 

 コレだ。

 そう述べた承太郎がピラ、と見せた写真。写っていたのは紛れもなく、ここ3週間で調べさせた英国の骨董品店、及び杜王町の美術館から奪われただろう二本の矢であった。

 ちなみに双方の施設ともSPW財団の息のかかったところであるため、派遣した警備を出し抜かれたテキサスの本部は面目丸潰れだそうだ。

 

「……昔、僕らが遭遇した矢、そして今ココにある矢とほぼ同じデザイン、ってことは……」

 

 ジョルノの呟きと写真によって場の雰囲気が一際引き締まったことを肌で感じた承太郎は、長い脚を組み直してから言葉を続ける。

 

「クロだろうな。少なくとも杜王町から盗まれたと思わしき方の矢は、取り寄せた杜王美術館目録に載ってる矢の写真と完全に一致している。ついでに時を同じくしてこの男の地元、アメリカNY州を中心にココ1ヶ月、行方不明者や()()()犯罪が多発してるのも気がかりだ。とどのつまり、この矢で以って新たなスタンド使いになった連中が暗躍している可能性も否定できん」

 

「つーことはよォ、この金髪は()()()矢の使い道を知ってて、その上で自国民を手当たり次第に『射って』人体実験やってるかも知れねえーッてコトか?……なあ承太郎、マジならフツーは殴り込めばいいだろうが、相手はアメリカ有数の権力者だ。どうやって立ち回んだ?」

 

 横合いからのポルナレフの困惑混じりの声は、正に核心を突くものだった。

 心無いスタンド使いの無秩序な増殖は、DIOや吉良の例にあるように人々に碌な結果を齎さない。故にこのまま容疑者を放置すべきではない。が、今回の相手はこれまでにない程の社会的立場と名声を持つ人物。

 今迄の自分達のやり方が通用しないという意味では、「手強い」というより非常に「やり辛い」相手であった。

 

 二つの矢の収奪犯も監視カメラの映像を元に特定、パッショーネが尋問した。が、金で雇った輩なのだろう、重要事項など一切知っていなかった。いわゆるトカゲの尻尾切りというやつである。

 敵が勘付いているかいないかは分からない。が、一本で飽き足らず複数回の犯行を重ねていることから、我々の持つ『矢』の情報を知っているとしたならば、此方を狙ってこないとも限らない。

 その上で今はどう動くべきか、今後の指針を定める時だ。

 

「戦力は逐次ではなく、一箇所に総てぶつける。出来るだけ短い期間で殲滅するのが理想だろうな」

 

 作戦の鍵となるのは戦力投射と横の連携。不特定多数の強力な敵と闘うかも知れない以上、現状尤も多くの熟練スタンド使いを有する組織・「パッショーネ」の戦闘力と、スタンドに精通し世界中に拠点を持つSPW財団の財力・諜報力とを合わせて立ち向かうこと。

 そこまで考えを纏めつつ、供されたエスプレッソを一息で飲み干した承太郎は。

 

「真っ向勝負は最後の最後、敵の尻尾を直接掴んだ瞬間からだ」

 

 ポルナレフの誰何にそう答えたのち、真剣な面持ちで己を見詰める彼らを前に言い放つ。

 

「────現存する五本の矢の内、既に二本は敵の手中に落ちた。よって此れよりはこのネアポリス、テキサス、目黒にある残り三本の『矢』の死守、及び奪われた矢を奪回する。コレが今回の任務であり、同時に我々幽波紋(スタンド)使いが果たすべき────」

 

 

 ────未来への、責務だ。




・善永さん
熊本出身。

・先輩
女の子。

・応援の男子達
年頃。

・ポルナレフ
今は亀ナレフ。

・ジョルノ
GIOGIO。

・静=ジョースター
元透明の赤ちゃん。

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