――目の前に広がるのは一面の草原だ。
綺麗すぎる景色、周りにいる見た事もない魔獣っぽい生物や魔物っぽい物体。
――どうやら、これは認めるしかなさそうだ。
「元々住んでいた世界とは違う世界、異世界召喚もの、ってところか」
X X X
俺も一人の日本男児だ。異世界召喚とか、魔法とか? そういうのに憧れたことがなかったといえば嘘になる。
特に努力することもなくハーレムを築いたり、聖剣エクスカリバーを手にして世界を支配する魔王をぶっ倒したりする、そんな妄想をしたことがないわけではない。むしろめっちゃしてたと言っていい。
――しかし、それらはすべて、妄想の中でのことだからこそ輝くのだ。
「住む場所もないし、ここが何処かもわからない。異世界召喚ものって、結構きついんだなあ」
ぶつぶつと文句を垂れながらそこいらを歩き回る。
晴れやかな青天と、爽やかな風に揺れる草の音に反して、俺の心象は真っ黒だ。
いや、真っ黒まで振り切れてしまえばいっそよかった。今の俺は、もれなくドロドロのグレーゾーン。
「――とりあえずどっかで休むか……」
一通り歩き回り、目の前に転がっている大きい岩石に目をつける。
そして、現世を振り返ったり、これが夢である可能性を考察したりして時を過ごした。
「――あ、お前、スライムか?」
目の前を弱さの象徴――緑のスライムが通りかかる。
某有名RPGのようなデフォルメされた可愛さはそれには無く、本当にただのグチョグチョの物体がねちょねちょ歩いているような、そんなイメージだ。
――しかし、その報われなさ加減が、今の俺の心に強く響いた。
「……はは、お前も大変だよな。経験値だの何だの言われてさ」
蠢く物体を、人差し指でつんつんとつつく。
俺の目の前で動きを止めるその物体は、心なしか俺を哀れんでくれているように思えた。
「俺も同じだよ。俺、不器用でさ、何したってうまく行かないんだ。でも、何かきっかけがあればきっと全部うまく行くって、本気で思ってたよ」
幼さゆえの全能感というか、根拠のない自信というか。
いざという時に本気で頑張れば、きっとどうにでもできるんだって真面目に思ってた。
「馬鹿だよなぁ、俺ってさ。本気で頑張れないから、俺はこんなに何にもできないんだってのにさ。結局、それは異世界に来たって変わらなかったんだ」
頑張る気がないんじゃなくて、俺は頑張れないのだ。
才能がないから、でも、それを認めたくないから。
頑張ればどうとでもできるって、そう信じたかったから――
目尻が熱くなる。
「――あれ、おかしいな。どうして……」
拭っても、拭っても、涙が止まらない。
異世界に来たって、俺はチート能力に目覚めるわけでもなくて、こんなどうしようもない自分に嫌気がさして。
それでも、そんなどうしようもない俺を愛してくれている人がいたってことを思い出して。
「――お前……」
スライムが、俺の足に擦り寄ってきてくれている。
俺の悲しみに共感してくれているように、俺の苦しみを分かち合ってくれているように。
(わかりますよ。私も、一緒ですから)
本当にスライムが言葉を発したのかどうかはわからない。
それでも、たしかに俺の耳にはその言葉が届いたのだ。
(辛いですよね、悲しいですよね)
「お前は……わかって、くれるのか?」
(はい、分かります。でも、弱くたっていいじゃないですか。強い者には強いものにしか、弱いものには弱いものにしかできない事があるんです)
「弱いものにしか……できないこと……?」
(弱いものは、強いものの餌になれます。弱いものは、それ以外の者達の自信になれます。弱いものは、子供たちを幸せにしてあげられます。――弱いものは、弱いものに寄り添うことができます。)
「お……まえ……ぇ!」
ただ、その言葉があまりにも報われなかったから、その言葉があまりにも悲しかったから――
「うぅ……っ、ひぐ……! ぅぁ……、あぁ……っ!」
俺は、泣いた。醜く顔を歪めて、聞くに堪えない嗚咽を漏らして。
「お前も……ぅぁっ……! 辛かったんだよなぁ……! 悲しかったよなぁ……ひぐっ……!」
(ふふ、仕方のない人ですね)
スライムを強く抱きしめて、俺は、泣いた。鼻水と粘液の区別がつかなくなるほどに、俺は――
「……決めた、俺は、決めたよ」
(決めた、ですか?)
「あぁ、決めた。俺は、この世界で一番偉い存在になる! 弱くても、駄目でも、頑張れなくても、それでも、こんなに凄いことができるんだって、証明してみせるよ」
立ち上がり、空を見上げて、決意を固める。
もう、三日坊主はやめだ。本気で、俺は。
「それで、俺は弱い奴らの救いになるんだ! 一緒に、お前も来てくれないか?」
(私が……? でも、私なんか連れてったって……)
「あぁ、分かってるよ。お前は弱い、他の誰よりも。だから、一緒に行きたいんだ」
スライムの方へと振り向き、真剣に告げる。
強くなくたっていいんだって、できなくたっていいんだって、それを証明したいから。
「俺は、弱者に寄り添える。そんな王になりたいんだ。だから、俺はお前を連れていきたい。経験値だなんてふざけた蔑称で呼ばれてるお前らと一緒に、俺は世界を変える。それを、心に決めたんだ。」
俺は、空高く拳を突き上げて、感情のままに強く叫んだ。
「――経験値共を率いて、俺は世界を征服するッ!」
(あなたは……)
「手伝ってくれ! スライム! 俺には、お前が必要だ!」
俺は、弱いから。そんな俺を助けてほしい。
困ったときは、弱い俺を肯定してほしい。
そして、何にもできないダメダメな俺に、助けられてほしい。
――ただ、その一心で、俺はスライムに掌を差し出した
(――誰かに必要とされたのなんて、生まれて初めてだったかもしれません)
悲しさと喜びと、その両方が混じった複雑な声色だった。
(わかりました。一緒に頑張りましょう。弱いままで強くなる、ふふ、久しぶりに本気で取り組んでみたいことを見つけたかもしれません)
「そっか、よろしくな! スライム! これから一緒に頑張るんだ。何かいい名前を……」
誰よりも弱くて、誰よりも優しい。そんな彼女に似合う名前を――
「――お前の名前は、スラ子だ! これからよろしくな、スラ子!」
(はい、よろしくお願いします!)
何度も失敗するだろう。何度だって間違えるだろう。きっとすぐに前を向いていられなくなるだろう。
――それでも、今の気持ちは絶対に忘れないように。