血塗られた古都のある一夜   作:かたまり

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原作崩壊が進む


1.6.狩人狩り

 目を開けてみれば、そこには右目からナイフを生やした元神父。

 そのナイフが飛んできたであろう方向を見る前に、ナイフの主は獣へと飛び掛かっていた。そのスピードから一瞬しか見えなかったが、嘴のついたマスクを被っていた気がする。医者かなにかなのだろうか。

 

「ほらあんたも、突っ立ってないで! 狩人なんだろう!?」

 

 両手に短刀を持った女性がそう叫ぶ。ステップを踏むたびに舞うマントは、どうやら鴉羽でできているらしい。などと観察するのはここまでだ。二対一。数では勝っている。

 杖を振り、鞭状にする。狩人としての技量は彼女に劣るだろうから、自分は中、遠距離からの援護に徹する。幸いリーチの長い仕込み杖を持っているし、駆け出し狩人の私には丁度いい仕事だろう。

 墓越しに獣を攻撃する。烏羽の持つ二本の刃による猛攻は苛烈を極め、獣も鴉羽しか眼中にないようだ。囮にしているようで少々申し訳なさもあるが、好機である。ありがたく享受しよう。

 鴉羽、獣、墓、私の順で並ぶ戦況。烏羽も墓を盾にしようとしているのだが、獣に全て文字通り打ち壊されている。あの怪力が私に向けられていたと思うと背筋に冷たいものが通るが、今の獲物は謎の狩人だ。ターゲットが自分じゃないとこんなに安心できるのか。

 獣の素早くも力強いラッシュを一度切るため距離を置こうとした鴉羽の狩人。ひと二人分は距離が空いたはずだが、獣が地を蹴ると一瞬で間は詰められた。危ない。

 と、銃声。先程まで刃を持っていたはずの左手には短銃が握られており、獣へと向けられた銃口からは鈍く輝く液体が滴り落ちていた。狩人の扱う弾丸は液体なのか。

 慣性が働いていないかのように、獣の勢いが減衰する。これはまさか。

 姿勢を崩した獣に、鴉羽の狩人が手を突き入れる。そのまま内蔵を体外へ摘出し、哀れ粗製の手術を受けた獣は腹部から血を噴き出して絶命した。ここまで肥大した獣も、内臓を抜くことができるのか。もしかすると、あの大橋の獣――もう二度とお目にかかりたくないが――にも有効なのかもしれない。

 獣に身を落とした神父に引導を渡した狩人が、肩で息をしながらこちらへ歩いてきた。特徴的な嘴は血塗れで、ペストよりも身近な死線をくぐり抜けた証であった。

 

「はあ…はあ…。あんた、余計な助太刀だね…。でもまあ、感謝するよ。あんたもやるもんだね。ガスコイン(、、、、、)を殺ったのも、あんただろう?」

 

 あれは私が殺したというよりも、私に流れる血の記憶が殺したと言う方が近い気がする。…いや、これは言い訳に過ぎない。私は少女から親を探すよう頼まれて、その親を殺した。それが事実だ。

 

「しかし、見ない顔だね。最近狩人になったのかい? 服装からして青いもんだとは思っていたけれど」

 

 その通りである。今の私は狩人と呼べるかも怪しいほど未熟だが。

 

「あんまり、手を汚すんじゃあないよ。狩人は獣を狩るものさ。狩人狩りなど、私に任せておけば…」

 

 言葉の途中で黙る鴉羽の狩人。どうしたのか。

 

「……第二回戦だ。逃げようにも門は閉ざされている。やるしかないよ」

 

 まさか、二人目か。厄介事が増える。

 

「あんたは死なないように気をつけな。私みたいなババアとは違って、あんたは未来があるんだからね」

 

 自虐が過ぎるが、気遣いは素直に受け取っておく。さっきと同じよう遠巻きから援護に徹そう。

 

 間もなく狩人が来た。橙の装束に身を包んだ、ノコギリ鉈と短銃を携えた男。

 帽子と口元を覆い隠すように巻かれた布の隙間から見える瞳は濁っていて、更には狂気の色を湛えているようにさえ見えた。

 

「あいつはヘンリック。昔はガスコインと組んでいた。だがしばらく前からガスコインが正気を失い始めて、それに釣られるようにしてあいつも…。二人ともいい狩人だったんだが、これが末路ってわけさ」

 

 橙の狩人――ヘンリックは畳んでいた右手のノコギリ鉈を振り、鉈の部分を展開した。単純に考えればリーチが二倍になったということである。左手の短銃も相まって、近距離戦を主体とする気が無いと見える。それもそうか。一人と接近戦をしている間に背後をとられては、流石に熟練の狩人とはいえ厳しいものがあるだろう。正気を失っても戦闘のセンスは失われていないようだ。

 ゆっくりと、それでいてしっかりと距離を詰めてくるヘンリック。鴉羽の狩人も攻めるべきタイミングを伺っているようだ。場に落ちる沈黙。足音と己の鼓動のみが聞こえる緊迫した時間は、鴉羽による銃声で終わりを告げた。

 真正面からバカ正直に放たれた銃弾を、ヘンリックは前に跳んで避けた。己の実力を信じているからこそできる芸当だ。しかしそれを読んでいたのか、鴉羽はすでに双剣をヘンリックの方へ突き立てようとしている。先程までは片手に銃を握っていたはずだ。医者なのか狩人なのか手品師なのか。全く正体がつかめない。

 己が心臓に向けられた鴉羽の刃をヘンリックは横に跳んで避ける。ちょこまかとすばしっこいやつだ。だが鴉羽から見て左、私のいる方向に跳んできたヘンリックは、この仕込み杖のレンジに入っている。少し卑怯な気もするが、墓石越しの攻撃を与える。当たれば儲けもんである。

 予期せぬ方向からの鞭は、ヘンリックの背中、特に右肩近くの肉をえぐり取った。橙の装束に、赤いシミが広がる。直後、ヘンリックの瞳が濁ってなお鋭い眼光が私を射抜く。そこには初めて脅威を見つけたような、ある種の驚愕があった。不意打ちは無事成功したようだ。

 しかし背中の怪我など意に介さないように、ヘンリックはその左手を私へ向けた。錆びて鈍く夕日を反射する銃口が私を捉える。まずい。鞭を振り切って体勢を崩した、まではいかなくとも即座に回避行動が取れない姿勢だった私にはどうすることも出来ない。しかし、所詮銃弾は液体だ。そこまで距離がないとはいえ、流石に致命傷を負うことは…。

 …右の上腕の肉がはじけ飛んだ。

 何が起きた? 液体を発射する、水鉄砲の延長線上の様な銃器で、肉体の一部がはじけ飛ぶだと?

 抉られた傷口には銀色の液体がべっとりと付着しており、この怪我がそれによってもたらされたことを示している。あるべき部分が無いという違和感は、ちくちくと鳥の啄む様な刺激が代弁しており、それは加速度的に肥大化する痛みを伴って私の脳へと到達した。

 たまらず仕込み杖を取り落とす。今までの経験上、痛みという痛みには鈍感になりつつある――あるいはなりたいだけか――私の身体であるが、肉がごっそり盛っていかれては我慢どうこうの問題ではない。痛みを知覚し、それを根性で抑え、その上で言うことの聞かない右腕は、筋肉を失っては動けないという至極単純な生物学的理由で役立たずと化している。力を入れようとすればじくりとねちっこく痛む右腕をどうすることも出来ず、私は唯一の攻撃手段である左手の短銃を乱射する。

 ろくに狙いを定めることもなく放たれた銃弾はヘンリックに当たらず、しかし行動は阻害した。避けるのに集中していたヘンリックに、死角から鴉羽が一撃を加える。

 腕を交差させ、広げるようにして双方向から切り裂く。鴉羽の双剣に両方の脇腹を裂かれたヘンリックは、即座に反撃…するわけではなく懐から小さな何かを取り出し、大腿へ突き刺そうとしたところで、ヘンリックはそれを投げ捨て、もう一度懐から何かを取り出し――それは小瓶だった――大腿へ突き刺した。

 そんな大きい隙を見逃すはずもなく、鴉羽が銃弾を叩き込む。至近距離での直撃でよろめいたヘンリックの左腕を鴉羽の短刀が、右腕を私の短銃が襲い、それぞれの握っていた得物を取り落とした。

 実質的に私達の勝利である。武器がなければ恐れることはない。しかしそれは理性の残った人間同士での話だ。

 無力化したことで多少なりとも安堵していたのか、鴉羽は振り向きざまのヘンリックの狂爪を避けることができなかった。

 鋭く突き立てられたヘンリックの右手の爪が鴉羽の首元をえぐる。もはや人の所業ではない。

 鴉羽の鮮血が迸った。




戦闘描写きらい
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