血塗られた古都のある一夜   作:かたまり

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ヨセフカと頑張って関わらせます
忘れていた


1.7.安全な場所

 ヘンリックの突然の攻撃に面食らった鴉羽も、ベテラン故の反射神経で短刀をお返しと言わんばかりにヘンリックの首へ突き刺す。

 今度こそヘンリックは無力化された。完全なる沈黙がもたらされたのだ。

 と、鴉羽の狩人が崩折れた。

 

「ハッ…。歳かね、これも…」

 

 近寄って見れば、濃紺の狩装束で視認しにくいものの、おびただしい量の出血がわかる。首元からはまだ出血が続いている。

 

「もう夢見ることもないとて、私も狩人だ。血を入れておけば治る…と言いたいけど、これはちょっと厳しそうだね…」

 

 どこか力が抜けたような腕で赤い小瓶を持つと、それを自らに注入する鴉羽。

 輸血だ。血に酔う、ヤーナムの常套。

 

「…恥を忍んで、一つ願い事をしてもいいかい。何処か安全な場所を知らないか。こんな場所じゃおちおち休んでいられやしないしね…。…私はもう夢を見ない。死んだらそれきりさ。…私はまだ死ねない…やるべきことがあるんだ」

 

 途切れ途切れに話す鴉羽。私も休みたいが、あいにく安全な場所を知らない。

 知らないが、ここから先に無いわけじゃない。むしろ今まで見つけていないからこそ、この先にある可能性が高くなる。

 

「詭弁だね…。だが、まあ、賭ける価値はある、か。…ああ、肩を貸してくれるのかい? すまないね…」

 

 戦闘ではほぼ役に立たなかったのだ。せめてこれくらいしても、まだまだ貸しは残る。

 落とした杖を拾い、腰のベルトに差す。まるで騎士の直剣だな、と思った。これじゃあ私は女王様を護衛する近衛兵の役回りか。ただ残念だが、両方とも見るも無残な装いである。さながら、敗戦国の末路、といったところか。

 

 地下墓地の階段を上がる。眼前には、前のように固く閉じられた鉄門。状況は変わらずか。

 

「…そういえば、ヘンリックが投げ捨てた物があったろう。これなんだが…これはここに使うんじゃないかい?」

 

 そう言って鴉羽が差し出した物は金属製の鍵。この鍵で門を開けられるのなら、それほど都合のいいものはないが…。

 …開いてしまった。こんなうまい話があるとは。

 とにかく進む。時間は限られている。

 

 門を抜けると屋内へ続く戸があり、またもや階段。ガスコイン神父とヘンリックと戦ったあの墓地はどれだけ低地に作られていたのか。

 段々と肩にかかる重さが大きくなってくる。急がなければならない。

 こつん、こつんと石畳を踏みしめる音が屋内に響く。結構登ってきたはずだ。階段は途中から螺旋階段に様変わりし、三半規管にも厳しいものになっている。

 と、終焉を告げる扉。この扉が天国に続くのか、あるいは地獄か。それは私の与り知るところではない。

 鴉羽の狩人を静かに座らせ、重い扉をやっとの思いで開く。

 

 そこに広がっていたのは、かなり小さいとは言え宗教を感じさせる石造りの建物で、正面の窓からは夕日が更に赤みを増して屋内を照らしている。各所には石像や燭台が立ち並び、如何にも妖しげな雰囲気を醸している。

 恐らくここは教会なのだろう。崇拝すべき対象が見当たらず、何やら薄っすらと異臭がするところは気になるが。

 

「…ん? あんた、獣狩りの…狩人さんか?」

 

 突然声をかけられ、少々…いや、かなり驚きつつ声の方を見る。先客がいるとは。

 そこには赤い…服とも言えぬ粗末な布をまとった、小柄な男がいた。

 

「扉を開けて入ってきて襲ってこないってことは、まともな奴そうだ。それに獣避けの香も焚いているし、人間のはずなんだが…。返事をしてくれないか?」

 

 いきなりにしては大胆に物を言う。ほらこの腕、脚。ヤーナム民の獣じみたひょろ長いものと違って、どう見てもまともな人間じゃあないか…と思ったが、ガスコインやヘンリックのことを思うとそうでもなさそうだ。人は外見によらない。

 

「ああ、そりゃあすまない。何しろ、もう見えなくてね」

 

 …人は見かけによらないどころか、彼にとっては見かけなど無意味な情報だったか。

 いきなりだが、急を要している。ここは安全なのだろうか。安全であれば、ぜひ休息を取りたいのだが。

 

「ん…? ここが安全か、だって? そうとも、今その話をしようとしていたんだ。ここは獣避けの香を焚いているし、こんなヤツが今まで暮らせている。安全は保証されているよ。ぜひ休んでいってくれ」

 

 確かに。じゃあ、ありがたく使わせてもらおう。

 

「あ、あと、道中でまともな奴を見つけたら、ここ、『オドン教会』を教えてやってくれないか。今回の夜は異常だ。長過ぎる、っていうのもあるし、何より家の中に閉じこもっている連中にも被害が出てる。だから、頼むよ。ここは安全なんだ」

 

 そう迫る男の様子は少し必死であった。何がここまで彼を駆り立てるのは分からないが、おそらく性根なのだろう。

 道中であった、まともな人間。心当たりはある。

 だが今はとりあえず、鴉羽の狩人を連れてこよう。

 

 

「…すまないね。初対面だってのに、何から何まで、迷惑をかける…」

 

 血を入れたことで多少良くなったのか、地下墓地のときよりかは幾分しっかりした声でそう告げる鴉羽。

 

「ああ、そういえば名乗ってなかったね。私はアイリーン。…狩人狩りさ。…ガスコインや、ヘンリックみたいな、狂っちまった狩人に引導を渡す、要は汚れ役(ウェット・ワーカー)だよ…」

 

 はは、と自嘲気味な笑いを付け加えて、鴉羽の狩人――アイリーンはそれっきり黙った。耳をすませば呼吸はしているようで、最悪の事態ではない。

 ひとまず、一番の危機は脱した。とはいえ事態が好転しているわけでもない。このままではアイリーンとて無事では済まないだろう。

 怪我を治すといえば病院か。しかしこの陰気臭い街で、病院など…。

 …診療所ならある。私が目覚めた、全ての始まりの地。

 あそこになら、何かあるかもしれない。

 

―ヨセフカの診療所。

 入り口付近に墓石を打ち立てる、その悪趣味な建築センスからヤーナムの陰気さが滲み出ている。

 初めて目が覚めて、そして初めて死んだ場所。

 ありがたくないにしろ様々な経験をさせてもらったこの診療所には思うところしか無いが、二度目の訪問で何か新たな発見を齎してくれるだろうか。

 と、奇妙なことに気づいた。開けていたはずの扉が閉ざされている。誰かが出入りでもしたのだろうか。この狂気じみた夜で、扉の開閉に気を使う余裕がある誰かが。

 …おかしい。開けようとしても、鍵がかかっているのか、開く様子はない。これじゃあまるで、中で籠城するために…

 

「っ!? 誰!?」

 

 女性の声が聞こえた。誰かがドアを開けようとすることは微塵も考えていなかったようで、驚きを顕にしている。私も驚いている。

 ここの扉は開かれていたはずだし、そもそもこの診療所には誰もいなかった。…獣とその犠牲者を除いて。誰だと聞きたいのはこっちの方である。

 

「私? 私は…ヨセフカ。この診療所の責任者、ってところかしらね」

 

 責任者にしては、客人に対しての対応がしょっぱくないか。

 

「ええ、そうよね。そうなんだけど…ああ、獣の病に感染したかもしれない人は、中に入れることができないの」

 

 その対応で診療所を名乗るとはな。これじゃあただの隔離施設だ。

 

「ごめんなさい…じゃあ、せめて、これを」

 

 扉に嵌められている窓の、割れた隙間から、金色の小瓶が出てきた。

 なんだ、これは。

 

「これは…ここの女医が作った輸血液よ。たぶん、普通の輸血液よりは、役に立つと思う」

 

 ここの女医って、あんたじゃないのか。

 

「ええっと…別の人が作ったの。医療者も私だけじゃないし…ね?」

 

 ふむ。怪しさは最大だが、ありがたく貰っておこう。

 

「…それと…途中でまともな人たちを見つけたら、ここを教えてあげてくれない?」

 

 ……。

 

「勿論、タダでとは言わないわ。教えてくれたら、謝礼は用意する」

 

 …分かった、考えておこう。医療者で良かったな、あんたは。

 

「…ええ、そうね…」

 

 治療の助けをくれたことはありがたい。しかしそれよりも莫大な不快感のせいで素直に感謝できない。

 この狂気の夜に、保守的になる事は決して否定されるべきことではない。来たるべき夜明けに備え、近所の体裁を整えるのも、一般的な社会存在においては非常に重要だ。よって、この特異な夜だけの、まさに一夜限りの関係に重きを置くのは賢い選択とは言えないだろう。

 私がヤーナムの民でない故の待遇。それはよく分かっている。私が感じる嫌悪は全くもって主観的なものだ。

 しかしだからこそ、夜の住人たる我々狩人は情に厚くなくてはならない。ヤーナム民との断崖に絶望し、己が強大な力を理不尽に振るえば、それはただの獣だ。

 獣をねじ伏せる、獣よりも危うい存在である狩人を、人たらしめる行為とは、ただひたすらの我慢の他にない。

 尤も、私にはまだ獣をねじ伏せる程の技術も筋力も無いわけだが。

 

 

「ッゴホ、ゲホ、安全な場所、ですか。私がこんな病に冒されていなければ、喜んで行ったのですが…ゴホッ」

 

 少女の話を聞いて以来である。あの節は助かった。ギルバートがいなければ、私はまだヤーナム市街で燻っていたところだろう。

 

「はは…お役に立てたようでなによッゴホ、失礼。あれから更に酷くなっている気が…ッゴホッゴホッゲホ」

 

 聞けばわかる。

 

「それで、安全な場所についてですが…私は遠慮しておきます。ここから出たとしても、道中で野垂れ死ぬのが関の山でしょう…ゴホ、ゴホ」

 

 そうか。確かに、病人が出歩いて無事な街でもない。いや、病人のみが闊歩しているとも言えようか。

 

「はは…確かに、そうかもしれませんね…。じゃあ、そんな不浄な街では、浄化の道具も必要でしょう…」

 

 と、ギルバートの部屋の窓から何か出てきた。

 小型のタンクと、それに固定された細長い円筒。金色に彩られた、これは…。

 

「火炎放射器です。最早私には、無用のものですから…」

 

 …ギルバート、あんた一体…。

 

「では、狩りの成就を願っています。私も、早く病気を治して、あなたと火の海を…ゴホッゴボッゴホ」

 

 想像していたより、ギルバートはホットな人物だったのかも知れない。

 感謝を述べ、ギルバート宅を後にする。

 

 …次は、あの少女。親探しを引き受け、親殺しを為した私は、どんな顔をして彼女に会えばいいのか。

 少女の家に向かいつつ考えるが、答えは出ない。

 …いっそ会わない方が良いのかもしれない。私は親殺しの業を背負い続け、少女は夜明けまで親の帰りを待ち続ける。朝日が昇れば真実は少女の耳に届き、安全な屋内で一夜を過ごした少女に危害が及ぶことはない。最も犠牲が少ない、平和的な終結を迎えることができるだろう。

 しかしそれで、彼女は納得するだろうか。「君の親は、通りの狩人に殺された」と伝えられ、真っ先に出てくる「通りの狩人」は私だろう。恨み、憎しみ、ありとあらゆる負の感情が湧き上がるが、それをぶつけるべき相手はもうこの街にはいない。

 そんな状況、私には耐えられない。

 殺されるべきなのだろうか、私は。

 親を殺した私に、それ(、、)を拒否する権利はない、しかし私にもまだ使命は残っている。

 一体どうするのが正解なのか。

 

 結局何も答えは出ぬまま、少女の家へと着いてしまった。

 ……全て、真実を話そう。自分勝手である。だが、彼女にはこれを知る権利がある。全て彼女任せだ。彼女の意思に、私は従おう。それがなんであれ。

 と、不自然なことに気づいた。家の灯りが点っていない。

 人気も、無い。

 呼び掛けても、返事は来ない。

 

「やっ!? こない――っ!」

 

 微かに、遠くから悲鳴…らしきものが聞こえた。方向で言えば下水橋の…。

 声からして、幼い女の子が、何かしらの脅威に巻き込まれたのだろう。

――急がねば。今度こそ、本当に取り返しがつかなくなってしまう。




わーいご都合主義
ご都合主義大好き
そして次第に増加していく文字数
減少していく中身の密度
この作品の運命やいかに
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