血塗られた古都のある一夜   作:かたまり

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忙しいんです
準師走ということで忙しいんです


1.2.真実の足がかり

「獣狩り…そして何よりも、全うのために、どうか私をお使いください」

 

 目を挙げた先には、白磁のような肌を持った美しい女性がいた。

 見覚えがあるその姿は…以前ここで目覚めたときに寝かされていた人形と同じだった。まさか、人形が動いて喋ったとでも言うのか。

 きょとん、といった様にこちらを眺めるその瞳に生はなく、無機質な硝子の反射光が私を射抜く。しかしそこからは無感情ではなく、ある種の偏執を感じさせる。あるいは、私がそれに縋ろうとしているのか。

 

「…… どうしましたか? 私の顔に、何かついていますか?」

 

 しかし人形は、そんな私の心中はどこ吹く風と言わんばかりに問うてくる。そもそも私は狩人ではないし、この異常性において未だ思考ができることを褒めてほしい。

 

「それは…… ……そういうことは、ゲールマン様に尋ねてみてはいかがでしょうか あの人もまた、あなたと同じく夢に囚われる……狩人です」

 

 ゲールマン? 他にもまだ誰かいるのか?

 

「あの方はもう存在が希薄ですが…… もしもまだ夢にとどまっているのなら、工房におられるはずです」

 

 工房。あの小ぶりな館で、何を作っているというのか。人形に言われるがまま、建屋へと足を進める。戸は簡単に開いた。

 

「やぁ、君が新しい狩人かね。私はゲールマン。ここでは、君の助言者といったところか」

 

 中にはくたびれた帽子を目深に被り、車椅子に身を預けた老人が一人、佇んでいた。

 その嗄れた声からすると、おそらく男性なのだろう。

 

「聞きたい事は山ほどあると思うが、まずは新入りへの餞別だ。この短銃と鉈を…と、それは仕込み杖か? ほう、なかなかいい趣味をしているな。であれば、これは不要か……」

 

 どこからか短銃とノコギリのような何かを差し出してきた老人――ゲールマンは、私の持つ杖を見るなりノコギリを引っ込めた。なんだ、なにか損をした気がするのだが。

 

「はは。焦ることはない。ここは工房だ、獣狩りの武器など有り余っているよ。それより、その仕込み杖はどこで手に入れた? 見たところ、随分と年季が入っているようだが」

 

 突然現れた青年が譲ってくれたものだと伝える。

 

「ふむ……使い方は?」

 

 使い方? 杖につく以外の使い方があるのか?

 

「……なるほど。これはまた、珍妙な狩人だ。よろしい、少し教鞭を執るとしようか」

 

 そう言うとゲールマンは懐から真っ赤な瓶を手渡してきた。

 

「それは輸血液だ。ただしそこいらのものでは無く、古狩人の『遺志』が詰まっている。この獣狩りの夜を明かしたければ、その勇気があるのなら、それを大腿から注入したまえ」

 

 ……得体の知れない液体、それも血液を、体内に入れる。嫌悪感はないわけではなかった。それは十二分にあったが、恐ろしいのはその輸血液の瓶を見たときに感じた渇望だった。

 理性的ではない。しかし本能ともまた違う、ただ単純にそれを求めるがゆえの渇望。五感ではない。もっと心理の深層、「私」を司る最も合理的な部分が、言語を持たないそれが欲している。

 

「……きみも狩人。血に対する興味は、並々ならないはずだ」

 

 瓶を握る右手が熱を持っていた。ゲールマンが深くかぶった帽子の隅で笑うのを気にも止めず、私は輸血液を体内に流し込んだ。

 

 息が漏れた。

 心の奥底で、何かをつなぎ留めていた枷が外れるのを感じた。

 生の充足。

 幾度も死ぬという非現実的な経験で薄れた実感が満たされる。視界に色が満ち、思考が鮮明になる。身体が火照る。酔ったような薄く広い心地よさが全身を包む。

 これは……。

 

「……それが血の呪いだ。これを知った狩人は血を求め続ける。死闘の高揚の中でのみ得られる快楽を求め足掻き続ける。かねて、血を恐れたまえよ」

 

 ………。

 風がそよいでいる。空は暗く落ち窪み、血のような紅い満月が黒いキャンパスに滲んでいる。

 眼下には白い絨毯が広がる。幾人の血を吸って成長してきたであろうその花畑の中心には、どこかで見たような身なりの人間がこちらを見上げている。

 右手には銀(しろ)い剣をかたく握り、左手には長く黄金色に輝く長銃が収まっている。

 どうしようもない懐古を憶え、私はその狩人へと手を伸ばした。

 もっと温みを。もっと、もっと。

 ぎゅうと抱きしめる。ただひたすらに。

 

 しかし狩人は私を拒絶する。

 で、あるならば仕方がない。

 

 私はもう一度狩人へ身を寄せる。

 狩人は流れるようにそれを躱し、直剣を私に向かって振り上げる。

 身を刻まれる痛みは障害にならなかった。むしろ私は、この狩人に血を流させなければならない。無意識のうちに複数に分かれた尻尾を彼へ向ける。

 致命傷は避けたようだが、狩装束の隙間から赤が見えた。

 

 輸血液を振りかざした右腕を尻尾で拘束する。目を見開いた狩人は、直後私の触手を切り捨て、距離を取って大腿に輸血液を突き立てた。

 

 思わず声を上げる。それは許されない。そう考えると同時に、人の頭ほどの泡が花畑から生じる。 

 

 無造作に現れる泡に気を取られた狩人は、それを避けきれず。

 

 ………。

 

「っ!」

 

 また嫌な夢を見た気がする。嫌、というより得体の知れない奇妙な感覚ではあったが、それが何なのかはわからない。

 後頭部に硬いような柔らかいような、どうにも曖昧なものが当たっている。目を開けると、そこには視界いっぱいに人形の顔。

 

「わっ!?」

 

「ああ、狩人様、目を覚まされたのですね」

 

 覗き込むようにして私を見下す彼女は、曰く私が工房で突然倒れたので、介抱していたらしい。

 奇妙な夢見も、彼女の膝枕によるものだったということか。

 

「何か嫌な夢を見られたのでしょう? 初めての輸血です 狩人様方はみな慣れていないことで、こうして倒れることがよくあります でも、夢の中で寝込むというのは、なんともおかしな話ですね」

 

 表情一つ変えずに教えてくれた彼女は、本当に「おかしい」という感情を理解しているのだろうか。

 

「狩人様が今しがた見られた夢 それが『遺志』です はっきりとは見えることは稀ですが、知らない記憶が思い出せたのなら、それが『血の遺志を受け継ぐ』ことなのです」

 

 ……確かに、夢の内容は思い出せないが、体を突き動かす「なにか」の存在はひしひしと体感できる。

 

「そして私は、それを具体な力にすることができます 目を瞑っていてください、少し近づきますね」

 

 言われたとおりに身を預けていると、鼻先をふわりと甘い香りが掠めた。

 人形のくせに、香水など身につけているのか。

 そんな思考の直後、意識が混濁した。

 何が自分で、何が他人で。境界が失われる。いわゆるアイデンティティの揺らぎ。

 他人のものだったはずの記憶が、自分の記憶に溶け込んでいく。

 私は、なんだっけ。

 私は、血の医療を求めて。

 私は、私は。

 

 そうだ。私は、まだ私を取り戻せていない。

 

 これを繰り返せば。もしかすると、私は私を取り戻せるのだろうか。

 

 彼女に目を開けてください、と言われたときにはもう「遺志」がどんなものだったのか、思い出せなくなっていた。

 それは覚醒してから見ていた夢を思い出そうとするかのようで。

 追えば追うほど実態がすり抜けていく、アナウサギのようだった。

 

 

「これで、終わりです」

 

 彼女にゲールマンはどこか、と聞けば、裏庭で月を見ていると教えてくれた。かの車いすの老人には聞きたいことが山ほどある。

 人形の膝は、硬くは、なかった。

 

 工房の裏には、小さな庭がある。所々に白い花が咲き、隅には切り株が放置されているような、お世辞にも見せびらかせはしないような、慎ましい庭だ。ゲールマンはそんな庭を囲う柵の手前で、ひとり黄昏れていた。

 

「……目が覚めたか。どうだった、過去の狩人の記憶は。奇妙なものだ。どこの誰とも知れぬ、名もなき狩人の記憶が、自分と混ざり合う。みなそうしてきた。私も、そして君も」

 

 なんだったんだ、あれは。

 

「かつて夢を訪れ、そして去っていった狩人の遺血だ。彼はなかなか筋が良かったが……まぁ、いい。君はあの人形に何か、してもらっただろう? 君はもう彼の動きを覚えているはずだ」

 

 夢の中で、私は彼と対峙していたはずだった。しかし、私は私と、つまりあの形容しがたい獣と対峙していた記憶がある。そして、どうすれば私と渡り合えたのか、その思考、経験すらも。

 

「だが、それはただ憶えただけだ。使いこなせるか、昇華できるかはその狩人の素質による。……なあ、君、その杖だが」

 

 そう言われて、思い出したかのように右腰の杖に触れる。 ……杖がどうした。

 

「使い方はわからないだろう。その記憶の主も、杖は使っていなかったからな。杖を、柄を折るように振ってみなさい」

 

 柄を、折るように。 ! 杖が、バラバラに……いや、違う。これではまるで……鞭?

 

「狩人の武器とは、すべてに仕掛けが秘されている。獣を狩るうえで意表を突くことは欠かせない。それが『仕掛け武器』だ。その仕掛けを使いこなせるか否か、それが狩人としての命運を分かつだろう」

 

「目覚めたければ、墓石に触れるといい。狩人の遺志が、その地へと招いてくれるはずだ」

 

「何があっても、全て悪い夢だ。だから君、死を受け入れたまえよ」





まさか今更になって書き直すことになろうとは
完結まで行くとは言っていない
このネタも古いか
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