血塗られた古都のある一夜   作:かたまり

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落ち着いてきました(更新するとは言っていない)


1.5.再戦

 下水橋の手前から目を凝らせば、あのとき殺した二人の市民がいた。生き返るのは私だけではないようだ。ご丁寧にあの火球まで用意されている。もっとも、まだ火は付いておらずただの巨大な球に過ぎないが。

 私が死ぬたびに世界が巻き戻るのか、私が巻き戻っているのか。頬をつねってみても痛みを感じるあたり、ここは夢の中ではない。なにがあって私が数奇な運命に捕らえられねばならぬのか。市民に聞いてもそれは分からず、ただ血を垂れ流すだけの物言わぬモノに成り果てた。

 決して戦うのが得意ではない。こんなステップが踏めるのも、力の乗った突きが繰り出せるのも全て遺血の恩恵だ。故も知らぬ他人の血を受け入れ、記憶も動きもなにも一致しない。これで私は私を名乗れるのだろうか。そもそも名乗りたくても名前すら分からないのが現状だというのに。

 

 答えの出るはずもない問いを脳内で弄んでいると、地下墓地は眼前に来ていた。あの神父はまだ居座っているのだろうか。息を殺し目を凝らし、中の様子を伺うのだが、どうもよく分からない。そこに地下墓地があるのは分かっている。だがそれ以上の情報を得ようとすると、途端に視界がぼやける。視界というより景色の存在そのものが歪んでいるようだ。質の悪いガラス瓶のそこを通して覗いたような光景がそこには広がっていた。

 神父の姿を思い出すだけでも進む気が起きないというのに、この蜃気楼もどきのせいで更に進みたくなくなった。しかし進まざるを得ないのが、狩人の性なのだ。なんて粋がってみても暗い気持ちが変わるわけでもない。腹をくくって進むしかないのだ。

 

 歪み。現実感が薄れ、天と地が反転する。この感覚は、あの大橋の異形から逃げたときにそっくりだ。

 

「…どこもかしこも、獣ばかりだ」

 

「貴様も、いずれそうなるのだろう?」

 

―「お前らのせいで、ヴィオラは…」

―神父の拳が私の腹へとめり込む。

―腹部の奥深くへと差し込まれた神父の右腕は、手頃な内蔵を掴んで、それらを夕日のもとへと晒した。

 

 ―――まただ。死の追体験。生存本能のありがた迷惑。もしかするとこのフラッシュバックは死んだ現場に近づくと起こるのだろうか。

 などと思索に耽る時間はない。すぐさま行動しなければ、移り変わりの激しい狩人の世界では生きて行けない。

 実は策は考えておいた。地下墓地に入ってすぐに目につく、右手の大きな階段。そこ目がけて駆ける。つまりは逃げの一手であった。

 

「逃げるか、獣如きが!」

 

 走る、走る。杖と短銃を握る手に力が入る。階段の上に何があるのか、それはわからない。だが真っ向から神父と戦った所で勝算があるとは思えない。ならば走るのみ。出会った瞬間走り出すのは流石に神父も想定外だったらしく、少し対応が遅れたのもありがたい。

 階段を駆け上がる。ここで段を踏み外しては前回の二の舞だろう。急ぎつつ正確に上る。

 上りきった先には、出口があった。ただし、鉄の門で固く閉じられている。

 クソ、つくづく運がないな、私は。

 さてどうするか。今上がってきた階段を降りるのは論外だ。神父に捕まる。しかし出口へは出られない。どうしようもない。

 

「待て、そっちは…!」

 

 神父の声がもう間近まで来ている。とにかく逃げよう。

 出口を尻目に走る。鉄の門と柵の間で神父と追いかけっこだ。

 どこか柵が途切れている場所は…あった! 

 柵の切れ目から飛び降りる。階段を登った感覚では死ぬ高さではないのは分かっていた。しかし、その心配をする必要はなかったようだ。

 私が降り立ったそこは、小屋の屋根だった。そして横たわる女性の死体が私を迎えた。傍らに落ちていた真っ赤なブローチが厭らしく輝いていた。

 えも言われぬ不快感が湧き上がる。想像はしていてほぼ確定事項であったが、それを現実として突き立てられるとどうにも割り切れないものだ。

 

「やめろ、ヴィオラに近づくな!」

 

 頭上から声がした。急いで仰ぎ見れば、神父が手斧を掲げ飛び降りてきていた。

 急いで小屋の屋根から飛び降りる。

 

「薄汚い獣の分際で……!」

 

 その声には一層の怨嗟が含まれていた。結果的に見ると、階段を上ったのは間違いだったか。

 これで策は尽きた。万事休すか。死を受け入れるしかないのか。

 

「殺してやる…!」

 

 無理だ。ただ単純に怖い。そう結論付けるより先に私の足は駆け出していた。しかし当然そんな行動は精細を欠くわけで、今回のもそうだった。端的に言えば躓いて転んだ。

 

「情けない。歩くことすらままならんとは」

 

 獲物を狩る気満々の瞳――瞳は包帯で隠れているのだが――が私を貫く。早く立ち上がろうとした私の懐から、まさにその時何かがこぼれ落ちた。

 こぼれ落ちたハコ状のそれは、地面に落下した衝撃で蓋が開かれた。

 

 それは寂しげなオルゴールの音。健気な少女が大切にしていたそれは、皮肉にも墓地にこそ染み入る孤独の調べだった。

 

「ぐ、やめろ……やめてくれ…!」

 

 その音色を聞いた神父は耳を塞ぐように悶え、無謀にもその無防備な背中をこちらへと向けた。

 例によって、これは私の行動ではなかった。私の中を流れる古狩人の遺血がそうさせたのだ。

 これまでの児戯が嘘だったかのようにすっくと立ち上がった私は、杖を握りしめる右手に強く力を込め、神父の背中に杖の切っ先を突き刺したのだ。いかに巨漢の神父といえど、これは一堪りもなかったようで、片膝をついた。

 丸まるようにして突き出された背中に、鋭く尖らせた手刀を私は突き入れた。あの時(、、、)されたように、内臓を手探りで適当に掴む。まただ。右腕に熱がこもる。視界は鮮明となり、思考は薄靄がかかったような酩酊。今は神父の苦悶の声ですら心地よかった。

 内臓を引きずり出す。うつ伏せに斃れた神父。血にまみれた私。この瞬間で言えば、ここに人間はいなかった。

 オルゴールのおかげで、勝利できた。心の中で少女に感謝を、そしてそれ以上の同情を覚える。やむを得ずとしても、少女の父親を討ってしまった罪悪感はしっかりと根付いている。

 狩人は、こんな境遇に身を――

 

―――ガァァアアアアッ!!!

 

 ! なんだ、あれは。死んだはずの神父が、肥大化して、毛が生えて……!

 これじゃあまるで、獣じゃないか!

 

「グォオ!」

 

 神父――獣が、巨大化した右腕を振り回す。ステップで距離を取るが、どうして人が獣の瞬発力に勝てようか。

 その巨躯からは想像もつかないようなスピードで、一旦開いた距離を詰めてくる。

 無理だ、避けられない。すべてを受け入れ目をつむった私に届いたのは、衝撃でも痛みでもなく、

 

「これは後輩に、ちょっとした餞別だよ。ありがたく受け取りな!」

 

 勝ち気な女性の声だった。

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