あの日から数日経った
まとは、王様に招待された部屋でゆっくりしていた
窓は小さいのが1つ。壁と床は石製で、1面だけ鉄の柵でできている。中は薄い布団が敷いてあるベッドと叩けば壊れそうな洗面所。半分壊れているトイレがある
鉄の柵越しには一般兵が大量に見回りをしている
そう。まとは牢屋に連れてこられたのだ。理由も教えられないままに、唐突に
「…もうやだ帰りたい」
半分泣きそうになりながらも、必死にこらえる
ここに来てからも、ろくなことがない。元の世界にいた頃は異世界に行きたいと思ったことは何度かあったが、こんなことが今後も立て続けに起きるなら行きたいと思わないだろうな…
飯は1日パン一つ。味はまとが知っているものと大差はなかった
と、鉄格子越しに、一つの長い手錠で繋がれている5、6人くらいの小さな団体が歩いていく
先頭には兵士が1人。その後ろに囚人達が歩いている。中には小さな女の子や老人もいる
囚人達の体はやせ細っており、絶望で満ち溢れている顔をしている
ここ数日間。まとには一切の労働時間が無かった
ここにいる奴らはみな老若男女問わず働かされてるのに
ただただ閉じ込められてるだけである。兵士達もまとに話しかけようとしない
一体何が目的で俺をここに入れたのだろうか。全くもって意図が掴めない
脱獄。なんてものも考えたが、まとには実行する勇気がなかった
そもそも機会が無い。昼夜問わず頻繁に兵士が辺りを見張っているのだから
脱獄が見つかったとなると、捕まってしまったら警備は更に厳しくなるだろう
最悪捕まるだけでは済まず殺される可能性だってある
「はぁ…異世界に来たこと自体、悪い夢ってことで終わってくれねぇかな…」
ため息をしながら、まとはベッドへと歩み進める
この部屋には娯楽がない
毎日、起きたら地面に置いてあるパンを食い、寝るだけである。他の囚人達には労働があるのだが
このまま数カ月単位で何もしないでいると考えると精神がおかしくなりそうになる。これなら労働した方がマシだろと思うほどに
ほぼコンクリートの固さのベッドに横になり、天井を見上げる
そっと目を瞑る
現実から目を背けるように
いつか、誰かが助けてくれるような
そんな都合の良いシチュエーションを思いながら
意識を落とそうとした
「よっこいしょ…」
聞き覚えのある声がすぐ隣で聞こえた
一気に意識が覚醒し、すぐに声のした方を見る
床に座り、壁にもたれてリラックスしている、フードをかぶった男がいた
こいつの存在は、はっきり覚えている。何かを知っている、謎の男
今現在、どうやって入ってきたのかも分からない
「やあまとクン。こんな所に入れられるなんて災難だね?」
いつの間にか、周りの兵士は誰ひとりといなくなっている
「まぁ…あれだよ。少し心配になったから来てみたの」
来てみたのって…
ここだいぶ厳重に警備されてるところだと聞いたのだが、そんなノリで来れるような場所なのだろうか
本当にこいつは何者なのか
「あまり"この世界"に関与しないよう言われたけど…君には悪いことしたからね。答えられる範囲で質問に答えよう」
「俺に悪いこと…?」
この世界に、というのも気になるが、一々そこに気にしていたらキリがない気がした
男は頭を掻きながら、申し訳なさそうに言う
「実はこの国では、能力を持つ者は地下にて厳重に取り締まる決まりがあるんだ。だから君が勇者ライセンスを見せずに隠したらこんなところに来る必要はなかったってこと」
「…」
まとは深呼吸をする
とりあえず
なんとなく
本能的に
男の顔面に向かってグーを飛ばす
男は大袈裟に横に転がり避ける
「ちょま、ごめんって!」
割と不意を付いて全力で殴ったつもりだが、余裕な顔で避けやがった
男はわざとらしくあたふたしながら言う
「悪かったって!代わりに君がこの世界で知りたいこと3つまで教えてあげるから!ね?」
そんなん知らねぇ!って言って殴りかかろうとしたが、踏みとどまる
実際、今のまとにはこの世界の情報が少ない。3つと言えど、貴重な情報
こういうのはよく考えて質問するべきだろう
(…その前にこっから出ないとな…)
こっから出る手段が今現在まとには無い
この鉄格子を開ける手段もないし、仮に開けても城から出る前に捕まるオチだ
窓はあるが決して外に繋がるとかいう訳では無い。そもそも地下だし
少し勿体無い感はあるが、まぁ仕方ないだろう
「はい一つ目」
「なんでしょ」
「ここから出る方法を教えてください。てか出してください」
若干威圧した感じに言う
男は苦笑いしながら、鉄格子の方に指を指す
「簡単だよ。こじ開ければいい」
「…は?」
馬鹿なのか。こいつは本当に
そう思うまとだが、男は平然とした顔で言う
「物は試しって言うでしょ?やってみなよ」
知っての通りまとはただの学生。特別な訓練や、アホみたいに筋トレしまくって筋肉ムキムキなどではない。普通の子供
そんなやつに一握り程の太さのある鉄格子をこじ開けろって言うのだから。物は試しって言っているあいつをめちゃくちゃ殴りたかった
とりあえず言われるがまま鉄格子を2本握る。これで開けなかったらとりあえず殴りかかろう
そう思いながら、力いっぱい鉄格子の隙間を広げようとした
ギギギ…
嫌な音がするとともに、鉄格子の隙間が少しずつ広がっていく
「…」
「ね?開いたでしょ?」
唖然とした
いやおかしいでしょ。まぁこの感じは開くだろうなってちょっと思ったけど
なんで俺でも開けれるんだよこの鉄の牢屋は豆腐でできてんのか?俺はずっと豆腐に閉じ込められてたのか?
頭が混乱してくる
「君は勇者なんだ。ゲームみたいな感じで分かりやすく言えば、レベルカンスト並のステータスを元のステータスに上乗せしたみたいな」
だが共に嬉しい感もあった
ようやくこれで出られる。って言っても兵士に見つからないようにしないといけないけど
歪に開いた鉄格子の隙間は体がギリギリ通れるくらいの大きさ。そこから顔を出し、周りを見渡す。が、誰もいない
「この世界では勇者になった時点で馬鹿みたいに身体が強化される。常人では到底たどり着けない領域までも」
辺りの鉄格子の中を見ても誰もいない
みんな一緒にお祭りにでも行ったのかってくらいに誰もいない
不可思議だが、好都合。今の内に脱出させてもらう
鉄格子の隙間を、身を少し無理矢理によじりながら牢から出る
薄暗いため、奥が確認しにくい。だが歩いてればいずれ出れるだろう。と考え歩みを進める
「だから君はバジの攻撃を耐えれた。まぁバジの元の身体能力が高かったから実力差はあったけど。でも君なら鍛えればすぐにあんなやつ超えれると思うね」
独り言状態になってるのに気づくのは数分後だった
別れ道などがあり、本当に迷路みたいな構造になっている
地図とか落ちてないかななどと思いつつ、手当たり次第に歩いていく
こうして見ても、本当に誰もいない。人気が全く無いし、物音1つすら聞こえない
ここまで来ると少し不安な気持ちになってくる
『うおぉぉい!せめて出る時くらい声かけてよ!』
いきなり男の声が大きく響くのに、体がビクッとなる
なんというか、耳から入ってくるというより直接脳内に入ってくるような声
辺りを見回すが、やはり人の気配も人影もない
(てことはあれか。脳内に送るテレパシー的なやつか)
『その通りぃ!』
まとの思ったことに答えるように、すぐに声が響く
なんだか自分の中に誰か入ってるような感覚がして気持ち悪い
『てかちゃっかり出てったけど俺に質問しなくていいのかよ!?』
「あー…いや早く脱出したかったし」
『だったら俺に道とか聞けばよかったじゃん…』
「勿体無い感あるからいや」
周りから見たら独り言を言ってる悲しいやつだが周りには誰もいないし気にする事はないだろう
と、またしても左右に別れている道がある。さっきからこの手の別れ道が多い。まるで迷路
この二択は、考えても仕方ないので、直感で右に曲がろうとした
『左だヨーン』
その声を聞いた瞬間、無性に自分の頭を殴りたくなった
だがその手を止め、少し目元をぴくぴくさせながら左に曲がる
『そういや君怪我大丈夫?』
唐突にそんな質問をされる
「うん?あぁ。お蔭さまでなんともないよ」
今考えれば致命傷レベルだったのかもしれないが、なんともないくらいに治っている
やはりあの包帯とかに不思議な効果があったのだろうか
『んいや、そんなのないよ』
無いのかよ
「じゃああんな怪我どうやって俺は治したんだよ。自己治癒力でか?」
『その通りだけど』
…
俺って何者なんですか
あんな怪我を数日で完治とか妖怪ですか
『だから勇者はそういうところが常人と比べ物にならない程強くなってんのサッキセツメイシタヨ』
「へぇ…」
まとは自分の手の平でぐーとパーの形を交互に繰り返す
自分は今、自分が今持っているこの体は普通の人からすれば化け物並のスペックを持っているわけだ
そう思うとなんだか変な感情になってくる
そんな感じに適当に歩いていると、なんだか広い場所に出た
登る階段と降りる階段以外特に何もない無駄に広い空間
灯も少ない上所々バチバチと壊れかけてるものもあるため、廊下とかより若干暗い
ホラーゲームだとここら辺で何かに追いかけられそうな雰囲気
『ここは見張りの兵士達が集まったりするとこだね。まぁ集まることはほとんどないからただ広いだけの空間だね』
脳内に響く声を興味無さげに聞き流しながら、階段の方へと進んでいく
…下へと続く階段が気になるが、流石に脱出優先である
スタスタと、足早に歩いていく。もうこんな湿ったいところはごめんだよまじで
脱獄してるわけだから急いでこの国から出ないといけないものかな。まだ誰にも見つかってないから隠密に出れるだろう
…帰りたい。普通に家でゴロゴロしたい
もう今自分が持ってる能力とか身体能力とか云々いらないから帰らせてほしいわまじで
…
「ねぇ」
『その質問は流石に答えられないな』
質問する前から即答する男。ちっ、心の中で舌打ちする
しばらくは帰れないと思っておこう。この世界で生きる前提で物事を考えようそうしよう
じゃあこっから出たとして一文無しで食料も持たず国から出て生きていけっていうのか。だいぶハードだなふざけんな
そんなことを思いながらようやく階段の1段に足を乗せようとした
階段の上の方から、一定の感覚で金属の音がする
まとは進めていた足をピタリと止め、逆再生のように階段から距離をとる
見張りの兵士の可能性が高すぎる。てかそれしか無いだろう
音は少しずつ音が大きくなってくるが、人影はまだ見えない
とりあえず、どうやってこの場を避けるかだ
圧倒的に広い空間で、遮蔽物も何も無いから隠れてやり過ごすのはまず無理だろう
走って自分の牢屋に戻るのもだめだ。道を覚えていないし、仮に戻っても歪な形の鉄格子を見たらどんな反応するか知ったもんじゃない
そこら辺の牢をこじ開けて隠れるのもいいが、見つかれば袋の鼠
他に選択肢もあるかもしれないが、アホまとは階段から少し離れたところで、丸腰なのに臨戦態勢に入る
『君は訓練された兵士に勝てると自分で思ってるのかい?』
不安を煽るように男は言うが、まとは口では答えない
確かに勝てるとは思っていない。まとがどんなに力を持っていても使い方を分かっていない上に、相手は一つの国を守る熟練の兵士
バカ正直にまっすぐ行ったとしても相手は受け流すくらいの実力はあるだろう
そんなほぼ絶望的な選択肢をなぜとったのか?
ここに便利なやつがいるじゃないか。てことで2つ目
『戦い方を教えて欲しいってわけね』
「そゆこと」
『ま、この世界じゃ戦闘技術は身につけないと生きていけないようなところだからね』
とんでもないことを口走った気がするがまぁいい
階段の僅かな光で、うっすらと影が見えてくる。緊張で時間が過ぎるのが物凄くゆっくりに感じる
影を見る限り多分1人なので頑張れば乗り越えることはできるだろう。強気でいるんだ、自分。相手はそこら辺に転がっているモブ兵士。心を強く持て
ゆっくりとその姿が見えてくる。そして、顔まではっきり見えるようになった時、まとは数十秒前の自分を殴りたくなった
腰まであるピンクの髪に、胸にある無駄にでかい二つの塊。外を出歩けば男数名は釣れそうなあの美人さん
そう、騎士団長さんのミスリ
あの人とは初めて会ったときに会話した時だけで、他に会う機会は無かった。第一印象は明るくいい人だなぁって思った
だけど今はそんな雰囲気はない。完全に俺を敵と認識しているような目をしている
「仮に勇者が脱獄を試みた場合その場で処理しろとの命令…」
鞘から剣を抜き、剣先をこちらに向ける
手加減…は流石にしてくれないだろうな
『まず君自身の戦い方をしな。そっからアドバイスとかするからさ』
そう言われ構える。武器になりそうなものは何一つないが、こっちには能力がある。まだイマイチ使いこなせてないが、1度使うことに成功している。その時の感覚を思い出してやるしかない
生半可な気持ちで挑めば死ぬ。勇者の体と言えど、真っ二つにされてはどうしようもないだろう
なんの遮蔽物のない広い空間。バチバチという灯りの音以外何も聞こえない中、2人は睨み合う
『さぁ。"チュートリアル"の開始だ』
安定の内容の薄さ。仕方ないね