オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

1 / 114
時系列的には五巻の中盤、アインズ様が金が無いと嘆いた少し後くらいです。


序章 ルート変更
第1話 経済戦争ルートへの舵切り


「金が足りない。全然足りないぞ」

 広い机の上に散らばった金貨や銀貨を数えながらアインズは幻術で作られた顔を歪めた。

 

 一般人ならば一財産、下手をすれば一生をかけても稼げないほどの額ではあるがアダマンタイト級冒険者として相応しい宿を維持するための必要経費。そして何よりも。

 

「まだまだ実験したいことは山ほどあるというのに」

 エクスチェンジ・ボックスにこの世界の物質を入れてユグドラシル金貨を生産するのに効率のよい物を探すことを始めとした、ナザリックの維持や強化の為にやるべき実験は多数存在するというのに。

 

 現状、外貨を稼ぐ手段はアインズとナーベラルが冒険者をする他に存在しない。

 これではあまりにも心許ない。

 かといってあれもこれもと片っ端から依頼を受けては他の冒険者たちから反感を招く。

 せっかく王国に三組しか存在しない最高位冒険者という地位を手に入れたのだから、評判が下がるようなことはしたくない。

 

「けど、そのせいでの出費でもあるんだよなぁ」

 アインズは愚痴をこぼしながら立派な──ナザリックと比べればあまりにも見窄らしいが──最高級宿屋の室内を見渡した。

 

 もういっそのこと、エ・ランテルに屋敷でも構えてそこを拠点にする方法を考えたが、場合によってはエ・ランテルを出て別の都市や、何なら別の国で活動する可能性もあるため今のところは保留にしている。

 

 ため息を吐き出そうとしたアインズは扉がノックされる音を聞き、慌てて硬貨を皮袋の中に仕舞いこんだ。

 相手は分かっている、ナーベラルだ。

 彼女にナザリックの絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウンが金欠で頭を悩ませている姿など見せるわけにはいかない。

 

 入れ。と短く告げた後、予想通りナーベラルが入ってきたことを確認し、アインズは堂々たる態度で彼女を出迎えた。

「何かあったか。ナーベ」

 随分慣れてきた作られた支配者の声で言う。

 

「はい。モモンさ──ん」

 既に彼女の癖となりつつあるそれに対してアインズは諦めにも似た感情で訂正せずに先を促す。

 ここまで言っても直らないところをみるとやはり、そうあれと作られた設定によるものなのかもしれない。

 しかし彼女は自らの失態を恥じたようで、申し訳ございませんと深く頭を下げた。

 

「よい。自分で気づき訂正したことは評価しよう。以後注意せよ、それで何かあったか?」

 おそらく無駄だろうなぁ。と思いつつ改めて用件を問う。

 

「はっ。モモンさんにお会いしたいという者が来ております。商人だという話ですが、如何されますか?」

 

「商人? 何か注文していたか?」

 本来アインズにもナーベラルにもこの世界のアイテムなど何の役にも立たないのだが、冒険者をしている手前、消耗品などのアイテムを購入しないと怪しまれると考えて時折アイテムを購入したり、エクスチェンジ・ボックスの実験の一環として、産地による金額の差が生じるかを調べるために様々な場所から鉱物を買った際など、商人に注文することがあったが、現在そうした物を頼んだ覚えはなかった。

 

「いえ。それがどうもあの下等生物(カマドウマ)はただの使いのようで、商人のいる屋敷まで来てほしいとのことでした。下等生物(フナムシ)ごときがモモンさんを呼びつけるとは不愉快極まり無いことですが、何か話があるとのことでしたのでこうして伺いに参りました」

 

「屋敷に直接となると何か良いアイテムでも入荷したから買わせようという腹か、それとも単に接待でもして恩を売る気なのか。商人の名前は言っていなかったのか?」

 

「確か、ロフーレ商会の者と言っておりました」

 

「ロフーレ?」

 聞き覚えのある名だ。

 どこだったか。と微かな記憶をたぐり寄せる。

 

「そうか。確かこの都市で有数の商会がそんな名前だったな。確か食品関連の」

 アンデッドであるアインズが飲食ができないため、大商会であっても記憶に留めていなかったが、噂話程度で聞いた覚えがある。

 

「しかし食品関連の商会となるとな。歓迎を受けて店の自慢の品ですなんて食べ物を出されても困るな」

 食べ物を口にできないアインズとしてはそうした食品関連の歓迎が一番困る。

 

 例えば武器などを扱う商会であれば、歓迎を受けても口を付けず、先ずは商品を見せてほしいなどと言って誤魔化すこともできるが、食品を扱う商会であれば一番の売りが食べ物であり、飲み物なのだ。

 それを断ることはできない。

 

 ナーベラルだけに食べさせる手もあるが、お世辞など言えないナーベラルでは素直に不味いと言い出しかねない。

 

 やはり断るのがベターだろう。

 

「ナーベ。相手にはこれから急ぎの用事があるため、申し訳ないが断ると伝えよ。時間ができたらいずれこちらから伺うとも言っておけ」

 前々から打診されていたわけではなく、いわばアポなしの話だ。

 社交辞令混じりのフォローを入れておけば断っても角は立たない。

 

「畏まりました。伝えてきます」

 深く礼をして部屋を後にしようとするナーベラルにふとイヤな予感がしてアインズは彼女を呼び止めた。

 

「いいな。あくまで私が言ったとおりに伝えるのだぞ。無理やり追い返したりせずに」

 

「……畏まりました」

 一瞬空いた間にナーベラルがどんな対応をするつもりだったのかが透けて見えた。

 呼び止めてよかった。

 ほっと胸をなで下ろしつつ、アインズは再度切迫する財政難について思考を巡らせる。

 

「やっぱりスポンサーをつけるのが無難かなぁ」

 そう考えると今断ったのは早計だったろうか。

 いくらフォローを入れたとしても相手も多少なりとも不快に思うかもしれない。

 

 大商人とは場合によっては下級貴族よりも顔が利き、権力を持つと聞く。そんな相手に失礼だったか。

 

 今更ながら不安が募る。

 ひょっとしたらアポなしでやってきたのは、こちらを試す意味だった可能性もある。

 しかし今更追いかけてやっぱり行きますと言うわけにもいかない。

 

「せめてこういうのはリーダーから言うべきだったんじゃないか?」

 漆黒のリーダーは当然モモンであり、周囲の人間もナーベは仲間あるいは従者だと勘違いしている節がある。彼女の言葉遣いなどが直らない理由付けにもなるのであえて否定はしてこなかったが、そう思われているとしたら、従者によってにべもなく断られたと相手は考えるだろう。

 

 不味い。

 

 アインズは慌ててテーブルの上に置かれた皮袋を仕舞うと、椅子から立ち上がってそのまま部屋を出た。

 

 

 

 一階に降りると、戻る途中だったナーベラルとはち合わせた。

 どうやら間に合わなかったらしい。

 

「モモンさん。お出かけですか? でしたら私も」

 

「先ほどの使いは? もう帰ったのか」

 

「はい。大変残念ですがまたの機会に、いつでも商会にお越しください。とのことでした。どうも我々が一度も商会に顔を出していないことを気にしているようです」

 周囲の人目を気にしてナーベラルが小声でアインズに告げる。

 

「そうか」

 よく考えてみれば当たり前かもしれない。

 ある程度名前が売れて金を持っている冒険者であれば、都市有数の大商会に顔を見せない方がおかしい。

 しかも武器やアイテムなどを扱う商会には顔を出しているのだから、なぜ自分のところだけ。と思っても不思議ではない。

 アンデッドであるが故につい食品や飲料に無頓着になっていたが、無駄になったとしてもその商会で購入しておけばよかったのだ。

 

「よし。ナーベ近々お前がロフーレ商会に赴き、携帯食や飲料を購入しておけ」

 

「畏まりました……ですが、相手は私ではなくモモンさんに近づきたいようです。おそらく私が行っても奴らは満足しないでしょう。食品以外にも様々な物を仕入れることもできると伝えてほしいとも言っていました」

 

「そうか」

 やはり本格的に飲食ができる方法を考えるべきか。

 自分が直接行くのではなく替え玉を用意するのはどうだろう。

 

 例えば──

 

 己の黒歴史が敬礼している姿を思い浮かべ、アインズは小さく首を振った。

 ここから先のことは後でゆっくり考えよう。

 

「ナーベよ。少し出かけるぞ」

 本当は使いの者がいなくなった時点でもう用はないのだが、このまま戻っては何をしに出てきたのかと思われる。

 

「はっ。お供します」

 周囲の視線が集まるのを感じつつ、アインズは宿のスタッフに見送られながら外に出た。

 

 

 

 とはいえ別に用事があるわけでもない。

 

 さてどこに行こうか。

 冒険者組合にでも顔を出して依頼を探すか。

 

「モモンさん。本日はどちらに?」

 

「う、うむ。とりあえず」

 冒険者組合に。と続けようとしたアインズだが、その前に自分たちの真横に大きな馬車が止まった。

 

「先ほどの商会の使いの下等生物(チャタテムシ)です」

 馬車を操る御者に視線を向け、小さくナーベラルが言う。

 

 わざわざ下等生物をつけなくても商会の使いでいいんじゃないだろうか。

 

 そんなことを考えていると馬車の扉が開き、中から中年の男が顔を出した。

 四十代後半ほどのでっぷりと腹の膨らんだ男で、派手すぎない品の良い服を着た間違いなく上流階級の人間だ。

 話の流れからするとこの男も商会の者。

 あるいはこの男こそが商会のトップなのかもしれない。

 

「おお。これはこれは漆黒の剣士モモン殿ですな」

 

「如何にも。私がモモンですが……貴方はロフーレ商会の?」

 

「ええ。バルド・ロフーレと申します。初めまして」

 

「貴方がロフーレ殿でしたか」

 やはり本人か。商会のトップが直接来ていると分かっていれば別の対策をとれたものを。

 使いの者が敢えて黙っていたのか、それともナーベラルが伝え損ねたのか。

 後者だとすればナーベラルの失態だが。

 

「申し訳ない。できればこの馬車で案内する際に、驚いていただこうと黙っていたのですが。どうにも間が悪かったようで、これからお出かけと伺いましたが?」

 サプライズを仕掛ける気だったらしい。もっとも、こんな中年男に仕掛けられても苛立つだけで驚きも喜びもしなかっただろうが。

 とりあえず疑ってしまったナーベラルに心の中で詫びを入れつつ話を合わせる。

 

「ええ。実は急ぎの用がありまして。折角のお誘いを断るのは心苦しいのですが」

 

「でしたらどうでしょう。良かったら乗っていきませんか? 私も当然この後は用事はありませんのでね」

 結局のところ相手の目的は、モモンと顔見知りになりたいということなので、馬車の中でも問題ないのだろう。

 しかしアインズとしては大いに困る。

 

 示された馬車は大商人らしく立派なものだ。

 その割に供回りがいないのは気になるが、貴族ではなくあくまで商人ということで敢えて連れていないのかもしれない。

 相手によっては執事やメイドを連れ歩いていると逆に偉そうだと不愉快に思う者もいるのだろう。

 生産業の者や職人などはそうした者が多そうな気がする。

 

「如何されました?」

 

「いや、失礼。実は今から行くのはかなり遠い場所でして、既に馬車も用意してあるのです。有り難い申し出ですが今回は」

 

「そうですか。依頼ですかな? 流石はアダマンタイト冒険者ともなると依頼がひっきりなしということですか」

 そうです。

 と返事をしようとして、相手の目がこちらを観察するように見ていることに気がつく。

 

 この目には覚えがある、アインズがリアルで営業をしている時に見た目だ。

 こちらが返事に窮したとき、正解らしいことを口にしてこちらを引っかけようとしてる者の目。

 

 よく考えれば相手は商人、冒険者組合に問い合わせをして、漆黒に現在依頼が入っているか確認ぐらいはしているはずだ。

 その上で今は何も用事が無いと知ったからこそ、アポなしで話を持ってきたに違いない。

 であればここで頷くのは不味い。

 何か別の言い訳を考えなくては。

 

 依頼以外でどこか遠くに行く用事。

 既に不自然なほどの間を空けてしまっている急がなくては。

 久しぶりに頭を高速で回転させながら考える。そして運良く一つの考えが思い浮かび、アインズはそれをそのまま口に出した。

 

「実はこれから王都に向かうところでしてね」

 

「王都に?」

 

「ええ。以前から注文していた商品が幾つかあったのですが最近依頼が立て込んでいて後回しになっていましてね。それが大方片づいたので改めて受け取りに」

 

「なるほど。それでわざわざ王都まで。しかしそういうことでしたら言ってもらえれば、私どもの方でご用意もできたのですが。物によっては王都よりも良い品も安く仕入れることが可能ですよ。ここだけの話ですが王都の品は見栄えばかりで中身の伴わない物が多いですからね」

 バルドはこちらが言い淀んでいたのを商人の前で別の商人に会いに行くと言いづらかったのだと勝手に勘違いしてくれたらしく、王都の商会についての苦言を述べ始める。

 

 曰く王都は品数は多いが、食品やポーションなど、質の劣る物が多々あり、それを見分けるのがとても難しいとのこと。

 

 話を聞きながらアインズは考える。

 現在王都で調査を行っているセバスからの報告書ではそうした記述はなかった。

 むしろ高い品も多いが、その分店構えも高級で丁寧な仕事をするところが多いと聞いていたが。

 商人目線では違うのか、それともこれは単に印象操作をしているだけなのか。

 

(さてどうしたものか。話が止まらん。馴染みの商人だから大丈夫とでも言えばいいか。しかしなんて店だと聞かれても困るしな。信頼できる商会があれば……ん?)

 しっかり話を聞いている振りをしながら考えていたアインズの脳裏に閃きが走る。

 

「いやロフーレ殿。貴方の心配は有り難く思いますが実は私には昔から懇意にしている商会がありまして。その商会が王都で支店を出そうとしていると聞きましてね。まだ正式に店は出していないのですが私は昔から利用しているということもあり今回話を持ちかけられたので心配は無用です」

 

「ほう。アダマンタイト級冒険者御用達の商会ですか。気になりますな、差し支えなければその商会の名前を教えていただけませんか?」

 バルドの目が一瞬だけ鋭くなったような気がした。

 離れていても商売敵になるかもしれない相手だ当然気になるだろう。しかしその問いに関する答えは既に用意していた。

 

「ご存じ無いとは思いますが。シグマ商会と言うところでして。本来は帝国のそれも極一部のみで商いをしていた店なのです」

 シグマ商会。

 それはセバスとソリュシャンが王都で調査をするに当たって作り上げたアンダーカバーである『帝国某都市から来た金持ち商人の息女とお付きの執事』という設定をさらに膨らませたもので、元々帝国で商売をしていたが王国にも手を広げるため、ソリュシャンに商人の息女としての修行もかねて下見に行くように指示を出され、一人では心配なので執事のセバスも一緒に来た。

 という設定だ。商会の名前に特に意味はなく、プレアデスの姓にも使用されているギリシア文字の一つをそのまま使用しただけだ。

 

 現在準備中なのだからバルドが知らなくても問題はなく、後で調べようとしたらセバスに適当な店を構えてもらい辻褄を合わせれば済む。

 

(我ながら良い案を思いついたものだ。これならば矛盾はないし、セバスに幾つか商品を仕入れさせておけば証拠も……待てよ? 商会を実際に開店させてナザリックの品を売れば儲けられるのでは。いや駄目だ、ナザリックの物は仲間たちが集めた大切なもの。俺が勝手に売り払って良いものではないし、この世界とはレベルが違いすぎて怪しまれる。しかしもっとレベルを落とした物をナザリックの技術で作ればそれだけでも……)

 これは良いアイデアなのでは?

 

 先ほどまで必死になって考えていた資金不足を解消する手段になりうる。とさらに深く考えようとしたアインズにバルドが水を差した。

 それもアインズの予想を大きく裏切る形で。

 

「おお! シグマ商会の。それは安心できますな。そういえば聞いておりませんでしたが店はいつ頃開店するのでしょうかな?」

 

(ええ!? なぜこの男が知っている! そもそもオープンする予定なんてないのに)

 思わず動揺してしまうが、直ぐに精神の鎮静化が発生する。

 強制的に落ち着かされながらも、アインズは慎重に確かめる。

 

「シグマ商会をご存じなのですか?」

 まさか同名の商会が存在したのだろうか。

 

「いえ。実際に取引をしたことはないのですが、シグマ商会のご息女と執事のセバスさんとはちょうど黄金の輝き亭で知り合いましてね。モモン殿もセバスさんとは顔見知りなのですか? でしたら私がよろしく言っていたと是非お伝え下さい」

 先ほどとは打って変わって友好的な笑みを浮かべてバルドが言う。

 

(そうだった! 王都に行く前にセバスにはここに立ち寄らせたんだ。確か武技を使えるゴロツキを捕まえるための餌としてここで金持ちアピールをさせたはず。こいつはその時の知り合いか!)

 きっとセバスが提出した細かな報告書にはこのことも記されていたに違いない。

 

 しかし、あの後すぐにシャルティアが何者かに洗脳されるという事件が起き、その後は蜥蜴人(リザードマン)の集落襲撃や、アダマンタイト級の冒険者になって様々な依頼をこなしたりとしているうちに忘れてしまっていた。

 

「ええ。セバスさんとはつき合いも長いので、彼ならば問題ないだろうと仕入れをお願いしていたのです」

 ずっと黙っていたナーベラルが後ろで僅かに動揺したような気配を感じる。

 しばらく会っていない上司の名前が突然出て驚いたのだろうか。

 

「そうですな。セバスさんなら問題は無いでしょうな。ではひょっとしてセバスさんの主人。いや、ご息女ではなくそのお父上とも知り合いなのですか?」

 にこにこと優しげな笑みを浮かべているバルドの瞳に一瞬怪しげな輝きが宿った気がした。

 

(ん? いや気のせいか。さて、どう答えたものか。流石に父親までは設定していないはずだ。かといって、商会の主ということになっている者を知らないのもおかしな話だ、ここは適当に話を合わせて後でセバスと口裏を合わせる。これだ!)

 

「ええ。まあ、何度も注文をしていましたから」

 

「それは羨ましい。私もぜひ一度お目にかかりたいと考えているのですが、帝国のどの辺りで店を出しているのでしょう? セバスさんともその辺りまでは話をしていなかったもので」

 

(これはまずい。帝国に探しにいかれたら嘘がばれる。ここは)

 

「申し訳ない。シグマ商会は会員制の小規模高級店でしてね。私が勝手に話すわけにはいかないのです」

 

「ほう。なるほど道理で帝国内でも聞き覚えがないと思いました」

 

「でしょうな」

 

「して、いかほど積めば会員になれるのですか?」

 

(しつこいなコイツ! セバスには別に何も特別なアイテムとかは持たせていないはずだが、何がコイツをそこまで駆り立てるんだ。セバスの立ち居振る舞いか、それともソリュシャンか。そういえばナーベラルにも貴族連中やらがお近づきになろうと寄ってきていたな、こいつもその類か。いや今はそんなことを考えている場合ではない。どう答えるべきだ? 金か? しかしこいつはかなり金を持っている。少なくともアダマンタイト成り立てのモモンに払える額を出せないはずはない。ならば力か? 一流冒険者にしか売らない昔気質の職人の店というのはどうだ? いやしかし、こいつが冒険者に依頼されたら困る。帝国にも冒険者組合はあるという話だし。ええい、もういい、知らん。後は明日の俺に任せよう)

 

「そんなことをしなくても、主人は近々エ・ランテルに来るそうですよ。王国での開店に先駆けてソリュシャン嬢がきちんとやれているか見に来るという話でしたからね。エ・ランテルを通るはずです。ロフーレ殿がセバスさんと懇意ならば私の方からもセバスさんに話しておきましょう。ロフーレ殿が主人と会いたがっていたと」

 

「それはまことですか!」

 

「え、ええ。もちろん。今回のお詫びも兼ねて私からしっかりと伝えましょう」

 

「それはありがとうございます。王都から戻られましたら是非是非我が屋敷にお越しください。歓迎いたします」

 バルドがアインズの手を掴み大きく揺らす。

 

「ええ。その際は是非」

 疲れは声に出さないように努めながら、アインズはどうにか返事をした。

 

 

 ・

 

 

 王都に向かう馬車の中でアインズは頭を抱えていた。

 といってもナーベラルも一緒のため、動揺を表に出すようなことはしない。

 向かいに座るナーベラルも何か言いたげにこちらをチラチラと観察している。

 

「ナーベ」

 密室とはいえ一応外に声が漏れることを考えてナーベと呼ぶ。

 

「はい!」

 弾かれたように返事をするナーベラルに、アインズは腕を組んだまま自分の真横を顎で指した。

 

「こちらに来い。話がある」

 

「そんな恐れ多い、私などがモモンさ──んの隣になど」

 

「御者に聞かれては困る。命令だ、来い」

 声を落とし再び告げる。

 

 それなりに高級な馬車を借りたため盗み聞きされる心配はほとんどないが、万が一ということがある。

 それを防止するアイテムもあるが使い捨てのため少々勿体ない。

 

「で、では失礼いたします」

 おずおずとアインズの隣に移動したナーベラルは身を硬くし、小さくなっていた。

 

 冒険中はこれぐらい近づくこともあるのだから、別に緊張することはないと思うのだが、密室でとなると勝手が違うのだろうか。

 

 そんなことを考えながらアインズはナーベラルの耳元に声を落とす。

 

「一応<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させて御者の様子を窺え、何かあればすぐに報告しろ」

 

「は、はい!」

 上擦った声で返事をしつつナーベラルは<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>を発動させる。

 どこかサイバーなウサギの耳がナーベラルの頭から生え、それが僅かに動き出す。

 

「問題ないようです。こちらに意識を向けている様子はありません」

 

「では、これからの予定について話す。急になってしまったが、我々はこれから王都のセバスとソリュシャンに合流する」

 

「はい」

 

「それにあたりまずは<伝言(メッセージ)>を使用し、セバスにその旨を伝えよ」

 

「畏まりました。では移動手段はいかが致しますか? このまま馬車で向かいますと時間が掛かりますが」

 

「構わん。馬車で向かうとしよう。モモンが馬車で王都に向かったという話は、バルドがエ・ランテルに広めるだろう。<転移門(ゲート)>で移動しては時間の矛盾が生じる」

 なによりアインズには考える時間が必要だった。

 今頭の中に浮かびつつあるアイデアをセバスたちと合流するまでに形にしなくてはならない。

 

「なるほど、畏まりました。ではそのようにお伝えします」

 早速<伝言(メッセージ)>を発動させるナーベラルを尻目にアインズは目を伏せてアイデアを纏め始める。

 先ほどバルドに語ったデマを真実にするための作戦だ。

 

 現状で決定しているのはセバスとモモンが知り合いであり、モモンがシグマ商会を御用達にしているという点だ。

 

 これはいくつかの利点がある。

 今回のように商人たちがすり寄ってきた際の言い訳に使え、アインズの心労が減る。

 モモンがセバスの知り合いということを利用し、セバスに王都内で漆黒の名声を広めてもらう。

 

 リアルと異なり、情報の伝達を手紙や人の噂に頼るこの世界では情報が広まるのが遅い。

 アダマンタイトになったばかりのモモンの噂もまだ完全には王国に広まってはいないだろう。

 そこをセバスという品の良い執事によって広めてもらえばその情報は確かなものとして伝わるはずだ。

 セバスも王都内の冒険者との繋がりを持たせるのが容易になる。それは今よりも更に多くの情報を集めることが可能になるということだ。

 

(完璧じゃないか。思いつきだが全く穴が見つからない。そういえば必死に考え作られた商品よりも、パッと思いついた商品の方が大ヒットすると聞いたことがあったな。これがまさにそれか。となると問題はあと一つ。実際に商会をオープンさせるのかどうかだ)

 再びアインズは思案する。

 

 商会を運営するというのは大変なことだが、アインズにはすでにアドバンテージがある。

 言うまでもない、商品の質だ。

 この世界の商品はユグドラシルのアイテムに比べればガラクタも同然。

 

 適当な物でもこちらの世界では高値で売ることができるはずだ。

 例えばこの世界にあるミスリルやオリハルコンなどをナザリック内の技術で加工すれば、この世界のものとは比べ物にならない武器や防具が出来上がるのではないか。

 それならば冒険者のモモンが贔屓にしていてもおかしくはない。

 食べ物や飲み物にしても、ナザリックの食堂で出している物とこの世界の食べ物とは格が違う──アインズは食べられないのであくまでもナーベラルたちの言葉によるものだが──という話だ、そちらも売れるに違いない。

 なによりもこれは漆黒としての活動以外でこの世界の金を獲得できる方法だ。もうアインズが数少ない金とにらめっこしながら、頭を捻る必要はなくなる。

 

(これは素晴らしい! こんなアイデアが浮かんでくるなんて。今日はなんて良い日だ)

 疲れ果てていたアインズの頭は自分にとって都合のいいことばかりが思いつき、開店にあたっての初期費用や、ユグドラシルのプレイヤーに気づかれるかもしれないというリスクなどは欠片も浮かんでこなかった。

 自分の思いついたアイデアに浮かれながらアインズはニヤリとヘルムの中で笑みを浮かべた。




次は王国でのセバス達の話からスタート。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。