オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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百話目です
とは言え特に変わったことなく前回の続き、王国の話
これで三国が終わったので次回から話が動きます


第100話 戦争の用意・王国

 王宮内の訓練場、戦士長ガゼフ・ストロノーフは部下たちに訓練を付けていた。

 戦争では、集団を相手にすることを想定した仲間との連携なども重要となる。今行っているのはその為の訓練だ。

 

「相手は法国だ。一対一だけではなく、遠距離からの魔法攻撃、場合によっては天使などの召喚モンスターの相手をする可能性もある。留意せよ!」

 ガゼフの言葉を受けて、部下たちが威勢の良い返事をする。

 ここにいる者たちの中には、カルネ村で六色聖典と戦った者も数多くいる。

 天使の強さや魔法による遠距離攻撃の厄介さは、骨身に染みていることだろう。

 しかしこれはあくまで自分の部下たちだけだ。

 これから徴集されてくる民たちはおろか、城にいる他の兵たちすら、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の脅威をまるで理解していない。

 

(こればかりは実際に見た者でなければ分からんか。そもそも俺自身完全に理解できているわけでも無いからな)

 帝国との戦争では魔法詠唱者(マジック・キャスター)は後方支援ばかりで、直接攻撃はしてこなかった。

 だからこそ被害も少なく済んでいたと言うこともあるが、もし一度でもそうした力を見ていれば少しは変わったかも知れない。

 だが今回、その帝国は味方であり、正式に休戦も決まったと聞いている。

 これで法国に勝ちさえすれば、しばらくの安寧が得られることだろう。

 その為にもこの戦いは絶対に負けられない。

 

(陛下に進言してみるか。しかし──)

 王は今、エ・ランテルから戻ったラナーと蒼の薔薇より報告を受けた、バルブロの一件の後始末に奔走しているのだ。

 薄々感づいていたとはいえ、自分の息子であるバルブロがリ・エスティーゼ王国最大の犯罪組織である八本指や今回の敵国である法国と通じていた上、愛娘であるラナーを誘拐しようとした、いや事実一度は誘拐したと知って、王は酷く気落ちしていた。

 そのバルブロがボウロロープ侯直属の精鋭兵団の一部を連れて失踪したこともあって、その責任を貴族派閥の盟主であったボウロロープ侯が取ることになり、貴族派閥は一気に力を失った。今までのような派閥間での対立はほぼ無くなったが、急速な変化のせいで王国貴族全体が混乱の中にあった。

 王派閥に入ろうとする者、バルブロとザナック以外のもう一人の王候補であるペスペア侯を担ぎ出そうとする者、そして新たに自分の派閥を作ろうとする者。貴族たちは戦争の準備を後回しにして、そうした政争に力を入れている。

 王にそのつもりが無くても、自分の派閥の纏め上げや、貴族派閥の残党が余計な動きをしないように監視なども必要となる。

 結果として戦争の準備より優先しなくてはならないことが増えたのだ。

 そもそも王は、三国が手を結んだ同盟に加え、あの開店パーティーでその力を存分に見せつけたアインズ率いる魔導王の宝石箱の力を借りる以上、戦争での勝利は確実だと考えている。

 だが、かつて法国の力を嫌というほど思い知らされたガゼフ個人の考えとしては、安易に同意はできない。

 

 スレイン法国は強い。

 例えば剣士一つをとっても、突出した者はいないが、全体的なレベルの高い者が多いと聞いている。

 そしてガゼフでも勝てなかった六色聖典のような特殊部隊も戦争に投入されれば、王国だけならば確実に、三国が協力しても絶対に勝てるとは言い難い。

 だからこそ、戦争の準備こそ重要だと認識しているのだが、これもまた確実ではないが故に進言がし辛い。

 どうしたものか、と考えていると視界の端で、礼を取る兵士の姿が映った。明らかにガゼフを見ている。

 何か急用だろうか。と考えガゼフは部下たちにそのまま訓練を続けるように指示を出すと、そちらに向かって歩き出した。

 

 

 伝令から魔導王の宝石箱の人間がガゼフを呼んでいると聞き、やってきた王城の荷物搬入口の前で、大量の物資を運ぶゴーレムたちに指示を出していた男を発見する。

 まだかなりの距離があるというのに、その男は何かに気付いたような反応をしてから、ゴーレムに待機命令を出し、こちらを振り返った。

 この距離で近づいてくる自分に気付くとは流石だ。

 

「ブレイン」

 ガゼフの好敵手(ライバル)にして現在は魔導王の宝石箱で働きつつ、セバスの弟子として研鑽を続けている男だ。

 

「よぉ。忙しいところ悪いな」

 無精髭も剃り、ボサボサの髪型もキッチリと整えられ、以前にも見た執事服を着用しているが、口元に浮かべた不敵な笑みは変わらない。

 

「どうしたんだ急に」

 先日アインズと会うために店で勝負を行った際は、積もる話もあったのだがろくに会話もできなかった。今日は王の護衛を騎士たちが行っている関係上、訓練以外に仕事らしい仕事はない。とはいえ非番ではないため悠長に話している時間もなく、挨拶もそこそこに問いかける。

 

「聞いてないのか? お前たちが頼んでいた商品を持ってきたんだよ」

 ブレインは自分の背後で、僅かな乱れもなくキッチリと整列しているゴーレムたちを指し示す。

 確かに、戦争に向けて魔導王の宝石箱から様々な物資を購入したと聞いてはいたが、自分を呼ばれても困るというのが正直な気持ちだ。

 ガゼフは王国戦士長という立場に居るが、これには大した権限はない。いくら一代限りとはいえ貴族でもある騎士という立場に、ガゼフを就けたくなかった他の貴族たちの横槍が入ったことで、王が苦肉の策として作り上げた立場だからだ。

 その為、戦争においても部下たちの指揮くらいは行うが、戦いが始まれば、一兵力として直接戦いに出向くことになる。

 当然全体的な指揮など行うはずもなく、それらの物資として何を注文したのかすら詳しくは知らない状況だった。

 

「その担当は俺ではない。待ってろ、直ぐに担当の者を──」

 

「おっと。それはこっちも分かってるんだよ。その上で王様に伝えておくようにとアインズ様から言付けがあるんでな。大人しく話を聞け」

 ブレインの言葉で納得する。要するにガゼフは伝令役に選ばれたわけだ。

 確かにアインズと王を繋ぐ役割をこなせるのは自分ぐらいなものだ。

 

「承知した。して、アインズ殿はなんと?」

 

「先ずはこれだ。お前たちが出してきた注文書、本当にこれで良いのか、確認をな」

 

「どういう意味だ?」

 紙の束を受け取りながら、ざっと目を通す。

 大量の食料品に加え、ゴーレムの数が多い。アンデッドは国民の理解が得られないということで今回は見送られている。戦争に必要な物資がどの程度なのかはガゼフは詳しくは分からないが、必要な物は揃っているように見える。

 いや、最後に記された物を見てブレインの言いたいことが何となく分かった。

 武具だ。他に比べ武具の注文が非常に少ないのだ。

 だがこの理由は想像がつく。帝国と異なり王国の兵はあくまで徴集された農民が殆どだからだ。

 ついこの間まで帝国と争っていた頃においても戦いに恐怖し、戦争が始まる前に逃げ出す者が後を絶たなかったという話はよく聞いている。そんな者たちに高級な武具を持たせてしまったら、逃げ出し、それを売って一財産稼ごうと思う者が確実に出てくる。

 何しろ魔導王の宝石箱で扱っている武具は、一番下の品でも、王国の一流鍛冶師が作り上げた物と大差ない物ばかりなのだ。売って金に換えれば、農民なら一生分の金になる。

 もちろん売るだけでも危険が伴い、簡単なことではないが、それほど王国の農民たちは追い詰められているのだ。

 ガゼフとしては今後はアインズのゴーレムによって、暮らしも楽になっていくと信じているが、農民たちからすればそれを無条件に信じることもできない。

 だからこそ、そうした強力な武具は数少ない職業軍人である、騎士や自分たち戦士団が使用する分しか注文しなかったのだろう。

 しかしこれもまた王国の腐敗の一部、ブレイン延いてはその後ろにいるアインズにどこまで説明していいのかと、ガゼフは頭を悩ませる。

 そんなガゼフの悩みを見抜いたのか、ブレインが改めて口を開いた。

 

「徴集する農民に武具を持たせたくないのは分かっている。だが問題はそこじゃない。注文された武具の内容をよく見てみろ」

 

「内容? オリハルコンの剣に、白金の全身鎧(フルプレート)……これはもしや」

 

「そうだ。お前も見たことがあるだろう。うちで扱ってるドワーフ産の戦闘用武具ではなく、あくまで飾り用として作った物だ。それも確かにそこらの武器と比べれば強さはそれなりのもんだが、あくまで最低限だ。それもこの数、専属の兵士だけに渡すにしても少なすぎるだろ」

 一番最初に魔導王の宝石箱で見た装飾用の武具のことだろう。

 確かに武器としても素晴らしい出来だったのは間違いないが、ブレインの言ったとおり、その後販売されたドワーフ製の武具と比べると強さは劣り、値段も倍以上離れていた。

 当然この装飾剣の方が値段は上だ。

 わざわざ戦争でそんな高くて目立つだけの武具を使わせる意味はなく、しかもごく少数だとすると、答えは一つだ。

 

(貴族たちが、自分を飾り立てるために買ったのか)

 戦場に出たとしても、直接戦うわけでもない貴族たちがそうした見栄えを優先した装備を身につける。

 もちろん意味が全くないとは言わない。

 ガゼフが王国の秘宝を身に纏って戦うのは、自身の強化のためだけではない。それと同じくらい、その姿を目の当たりにした周囲の兵たちの戦意向上を狙う目的もある。

 同じように、王や貴族たちが身を飾り先頭に立つことでそうした効果を発揮する場合もあるだろう。

 だがそれはあくまで騎士などの話だ。

 農民たちはそうは思わない。強力な鎧に身を包んでいながら、自分たちは安全な場所で指示を出すだけの貴族に怒りを覚える者が殆どに違いない。

 それ以前に貴族たちがそうした効果を狙って、この武具を購入したとは思えない。

 先ず間違いなく自分が目立つことで、戦争に於ける存在感を見せつけ、今後の王国内での政治闘争を有利に運ぶためとしか考えられなかった。

 

(貴族派閥が無くなっても何も変わっていないではないか)

 派閥争いさえ無くなれば、王国はもっと良い方向に進むはずだと思っていたがそうではなかった。

 新たな火種が発生しただけだ。

 装飾品の武具を購入したのは、恐らく以前から魔導王の宝石箱のことを知っていた者たち。つまりは王派閥の者だろう。

 貴族派閥が無くなり、これからは自分たちの時代だと見せつけるために、武具を買って目立とうとしているに違いない。

 そうだとしても、王の派閥である以上、余計なことを言って、怒らせるのは得策ではない。

 

「こんな買い方をしているのは王国だけだ。他の二国はもっと堅実な買い物をしているぞ。王国は注文しなかったが、他国はアンデッドの兵士も注文した。限度は二十組までだが、お前ならわかるだろう。疲れ知らずのアンデッドがいるだけで戦力は大違いだ」

 あきれた口調でブレインが言う。

 他国の情報を勝手に話していいのかとも思うが、以前ならばまだしも、自分より遙かに洗練された作法を身につけたブレインがその程度のことに気づかないはずがない。

 そう考えるとこれもアインズからの助言と取るべきだ。

 だからといって、どうすればいいのか。

 王にこの話をしても、今の情勢で王派閥の貴族を止めることなどできない。

 なぜならば、王国唯一の武器である兵士の数。

 今の王国はそれすら満足に揃えられないからだ。

 

 言うまでもなく、貴族派閥が無くなるせいである。

 特に例年の戦争で、最も多くの兵を動員するボウロロープ侯が事実上不参加になるのが痛い。

 ポウロロープ侯は法国と通じていた。

 本人は否定を続けているが、ラナーから動かぬ証拠を突きつけられては信じる者はもはや誰もいない。

 もしかしたら領民にも既に法国の息が掛かっているかもしれない。他の貴族派閥も同じだ。

 結果として王派閥の領地を中心として、兵を集めることになったが、そうなると当然数が減る。

 必要以上に農民を集め、代わりにゴーレムを派遣しようにも、今回借りたゴーレムだけでは焼け石に水だ。

 そんな時に、下手な行動を取って王派閥の貴族にへそを曲げられては徴兵はますます困難となる。

 

「その兵士の強さは?」

 どの程度の強さか分かれば、集める兵の数も計算できるかも知れないと問いかける。

 

「今の俺でも、正面切って戦えば攻めきれないほどさ。そしてその下には、魔法を無効化する骨の竜(スケリトルドラゴン)もいる。あれを注文しないだけで被害が倍は違ってくるんじゃないのか?」

 膂力で言えば、ガゼフをも上回る力を身に着けたブレインでも、攻めきれない強さと聞いて思い当たる姿があった。

 

「もしや、開店パーティーや、カルネ村でアインズ殿が連れていたアンデッドの騎士か、それほどの強さがあったとは……」

 確かデス・ナイトと呼ばれていた。

 あの巨躯のアンデッド騎士は、カルネ村を襲った帝国兵に偽装した法国の兵隊を一体で殲滅したと聞いている。

 また開店パーティーでも、魔法を使って映された闘技場で戦う姿は確認している。

 かなり強いことはわかったが、相手がモンスターであったために、正確な強さは計れなかったのだが、それほどの強さと聞くと、流石に驚愕する。

 そんなものが二十体。

 それも疲れ知らずで、魔法を無効化する骨の竜(スケリトルドラゴン)に乗っているとなれば、先ほどガゼフが懸念した、法国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の脅威も併せて、巧く使えば一騎当千の働きを見せてくれるだろう。

 だがやはり、今の王国では難しい。

 帝国や聖王国とは異なり、王国ではまだまだアンデッドは生者の敵という認識が根強いからだ。

 ガゼフ自身、開店パーティーで護衛を務めていたそれらの騎士が、アインズの支配下にいると知っていても、警戒を解けなかったほどだ。

 

「……そっちも借りるのは難しいって顔だな。本当に大丈夫か? この戦争、ただ勝って終わりにはならないぞ」

 呆れた様子を隠しもせずに、ため息を吐いてブレインは言い放つ。

 

「どういう意味だ?」

 

「あくまで俺の見立てだ。魔導王の宝石箱が付いた時点で、法国に勝つのは決まってる。だが、その後までどこぞの国が同盟を維持していく必要なんか無い。もちろん、休戦もな」

 俺の、を強調しているのは店に迷惑をかけないための配慮だろうか。どちらにせよ礼儀作法はともかく、そうした戦況予想までブレインがこなせるようになったとは驚きだ。

 

「帝国が再び戦争を仕掛けてくると?」

 

「さぁな。そこまでは知らんが、その場合でもうちの商会はどっちかに肩入れは出来ないからな。その辺りまで考えて、この戦争に臨むべきだとさ」

 最後の最後でブレインからボロが出た。

 いやわざとかも知れない。この考えはやはりブレインが考えたものではなく、別の誰か、恐らくはアインズからの伝言だ。

 ようは戦争に勝つだけではなく、その後のことまで考えて注文をし直せと言いたいのだろう。

 肩入れできないと言ってはいるが、これでも十分な肩入れだ。

 何故アインズが王国をそこまで優遇してくれているのかは分からないが、今は本当にただありがたい。

 今ブレインから聞いた言葉を材料にして、王の説得を試みるしかない。

 自分にそれが出来るだろうか。

 そう考えていたガゼフに、ブレインはわざとらしく咳払いをした。

 

「後、開店パーティーで言っていた各地の村にゴーレムを行き渡らせる件の注文書、まだ届いてないが、こちらはいつでも応える用意がある。とアインズ様は仰せだ」

 

「何? しかし、あれは……」

 開店パーティーで王が口にした注文だが、あれはアインズに対する土産の意味合いが強く、その上アインズはそれをあっさりと袖にしたはずだ。

 

「あの時もアインズ様は少し考えさせてくれと仰ったはずだぜ? その上で、受け入れる準備が出来たのさ」

 ニヤリと笑うブレインの表情で理解する。

 これもまたアインズの気遣いだ。働き手が十分に居れば、より多くの民を集めることが可能になる。

 少なくとも普段の戦争と同じくらいは集められるだろう。同時に今後も借り続ければ、帝国が収穫時期を狙うことでこちらの国力を下げる政策も無意味となり、帝国への牽制にもなる。

 

「何故、アインズ殿はそこまで王国を……」

 

「さてな。気に入ってる奴でも居るんじゃないのか?」

 誤魔化すように顔を逸らすブレイン。

 

「……かたじけない。アインズ殿にくれぐれもよろしく伝えてほしい」

 その場で深く頭を下げる。

 門番を勤めていた兵士が驚いている姿が目に浮かぶようだが、王国の為にこれほど心を砕いてくれているアインズに対し、王の忠臣として礼を尽くす必要がある。と考えたのだ。

 

「止せよ。俺に頭を下げられても仕方ない。それに、後一つあるんだよ」

 

「何?」

 

「アンデッドを借りない、王国だけの耳寄りな商品だ」

 頭を戻し、口元を斜めに持ち上げたブレインを見る。

 

「傭兵だ。と言っても、一人だけだがな」

 

「一人? それはいったい……」

 

「おいおい。わからないのか? じゃあ言い換えよう、その男はかつて王国の御前試合の決勝まで勝ち残り、今ではかの有名な王国戦士長に勝るとも劣らない剣士に成長した男だ」

 腰に差していた刀の柄を撫でながら言われては、流石のガゼフも気が付く。ブレイン本人が傭兵として王国に参加すると言っているのだ。

 今のブレインの力はガゼフとほぼ互角であり、戦い方も対戦相手にガゼフを想定していたためだろう、人間相手に特化している。

 王国においては御前試合での戦いもあって、その武勇を知る者も多いこともある。こちらで命令を出さなければならず、忌避感の強いアンデッドを借りるよりも、むしろ利点が大きいかも知れない。

 

「……良いのか?」

 

「お前には以前、泊めて貰った恩もあったからな。今のうちに返しておくさ」

 

「すまない。恩に着る」

 再度、今度はブレイン本人に対して頭を下げる。

 

「気にするな。あの時は見せられなかった、この主より賜った宝刀の切れ味、お前にもとくと見せてやる」

 カラカラと楽しげにブレインは笑った。

 

「せ、戦士長!」

 ガゼフもまたニヤリと笑みを浮かべた瞬間、背後から切羽詰まった声が聞こえ、ガゼフは振り返った。

 ガゼフの部下の一人がこちらに駆けてくる。

 その只ならぬ様子に、ガゼフは良くないことが起こったのだと直感した。

 

「何事か!?」

 

「へ、陛下がお呼びです」

 

「陛下が? 用件は聞いているか?」

 

「それが……」

 部下がチラリとブレインに目を向ける。

 部外者の前では話せない内容なのだろう。

 

「……後でまた来る」

 やれやれと言うように首を振って、離れようとするブレインを呼び止める。

 

「待てブレイン。ここにいてくれて良い」

 

「戦士長?」

 驚く部下に向き直り、ガゼフは一つ頷いた。

 

「戦争に関することなら、ここで話してくれ。魔導王の宝石箱は今回の戦争の協力者だ。隠し立てすることは無い」

 このタイミングでガゼフを呼ぶと言うことは、間違いなく戦争に関することだ。

 ここまで王国を優遇してくれたアインズとブレインに対する、ガゼフができる精一杯の気持ちである。

 

「……布告官が到着しました」

 一瞬、考え込むような間を空けてから、部下は意を決したように口を開く。

 

「布告官? もしや他国が動いたか?」

 布告官とは、正式な宣戦布告を行うための官職だ。

 近いうちに三国のいずれかから、布告官を任命し、法国に送ることになっていたが、まだ正式には決まっていない。

 今ブレインが商品を持ってきたばかりなことから分かるように、三国とも準備が万全とは言いがたいからだ。

 だが準備が終わった他の国が抜け駆けをして布告官を勝手に出した可能性はある。

 だとしたら大問題だ。このままでは王国は準備不足のまま戦わなくてはならなくなる。

 だが部下の返答はその予想を超えたものだった。

 

「違います。法国からです」

 

「……今なんと言った?」

 聞き間違いかと問い返すガゼフに、部下はきっぱりと断言した。

 

「法国から三国と魔導王の宝石箱に対し、宣戦布告を告げる宣伝文が届きました!」

 

 

 ・

 

 

 エ・ランテルの地でバルブロが捕らえられ、そのまま行方知れずとなったと聞いたフィリップ・ディドン・リイル・モチャラス男爵は、一気に頭に血が上る感覚に陥った。

 

「糞! あの馬鹿王子が、俺の計画を台無しにしやがって!」

 ようやく自分の物となった、年代物の机に拳を叩き付ける。

 

「……いや落ち着け。冷静さを失って騒ぐのは愚か者のすることだ。俺はそんな輩とは違う」

 フィリップは、自分のことを幸運な男だと思っていた。

 事の始まりは例の王都で開催された舞踏会。

 フィリップはそこで、以前からずっと愚かだと思っていた父や兄を見限った。まともに領地経営もできない愚か者のくせに、こともあろうに優秀な自分が領地のことを考えて、様々な者たちとパイプを繋げようとしてやったというのに、その自分を叱責して家から追い出そうとしたのだ。

 もっともあれは後に、あの二人を排除し自分が領主になった時のことを考えての行動だったが、あの二人がそれを見抜けているはずがない以上、フィリップの優秀さに嫉妬したと見るべきだろう。

 

 だがそこからフィリップの逆転劇が始まった。

 舞踏会で声を掛けた内の一人であり、誰も理解できなかったフィリップの優秀さに気がついた貴族が接近してきたのだ。いや正確にはその背後にいた組織である八本指がだ。

 王国に蔓延る犯罪シンジケートと聞いていたが、そんなことは関係ない。

 八本指は利益を追求するためにどんなことでもやる組織だけあって、自分とは非常に話が合った。見栄えやプライドばかり優先して、先のことが見えていない貴族たちとは大違いだ。

 その後はとんとん拍子に事が進んだ。

 八本指によって、兄と父が相次いで死亡して、フィリップがモチャラス男爵家を引き継ぎ領主となった。

 以前から考えていた数々の政策を早速打ち出し、その邪魔となる者は八本指の力を使って排除した。

 今はまだ目に見える効果が上がっていないが、もう少し時が経ち愚かな領民たちの混乱が収まれば、良い結果が出ることだろう。

 

 そして何より、自分がパイプ役となり、王国の第一王子と八本指を結びつけることに成功したのだ。

 王子自体は他の貴族たちと変わらない見栄えばかり気にする愚者であり、フィリップのことも明らかに下級貴族と見下していたが、それは良い。

 あれぐらい馬鹿ならば、フィリップが裏から操ることも可能となる。

 王国の男爵家という下級貴族、それも三男でありスペアのスペアでしかなかった自分が王族を操れる立場になったのだ。

 これを幸運と一言で片付けることはできない。もちろん運もあっただろうが、それ以上にフィリップの実力だ。

 自分が飛び抜けて優秀だからこそ、八本指が自分に目を付けた。

 そして今回、その馬鹿王子、バルブロを使って法国と秘密裏に手を結ぶ作戦を実行した。

 どうも元から八本指は法国の下部組織の一面があったらしく、王国を維持したまま、法国の意向に添う国に変えようと言う計画があるらしい。

 王国の貴族として国を売り渡すなど看過できない、と父親あたりなら言うだろうが、フィリップは法国に同意した。王国の貴族がああした頭の固い者ばかりだと思い知った今では、むしろ法国に乗っ取られた方が自分の実力に見合った立場を得られるだろうと考えたのだ。だからこそバルブロに作戦を伝える役割も担った。

 そこでも自分の巧みな話術によって、バルブロを誘導し作戦を実行させたというのに。

 そのバルブロが失敗して、王国に捕らえられたと言う一報が入ってきたのだ。

 同時に、自分がその作戦を伝えている事も知られている、近いうちに王国政府より送り込まれてくるだろう役人達に捕らえられる前に、急いで身の回りの整理をし、手紙などの証拠品を処分した後、誰にも気づかれずほとぼりが冷めるまで潜伏する手はずが整っている、と八本指の者から連絡を受けている。

 

「糞! 全部あの馬鹿王子のせいだ。あんな能無しの屑に任せたのが間違いだった。法国に情報を流すことも出来ないとは」

 おかげで折角自分の物になったこの部屋を捨てなくてはならない。それも自分のせいではなく他人に足を引っ張られてだ。

 

「あんな奴が王族として威張り散らしているから、王国は駄目なんだ。俺のような優秀な男こそが、上に立つに相応しい……」

 本音を叫びながら、ふと気がつく。

 自分が今口にした言葉こそ、真理ではないだろうか。

 今回の失敗もフィリップ自身は何も悪くない。

 全ては、バルブロの無能さが招いた事態だ、あんな奴を王位に就かせようとしたことが間違いだったのだ。

 第二王子であるザナックも冴えない小太りの男で、これもまた王の器とは思えない。

 そしてもう一人、王になる可能性があるとされているのは、ペスペア侯だ。

 彼は六大貴族の一人であるが、王家との血の繋がりはない。

 それなのに数多くの貴族から王になるよう後押しを受けているのは、第一王女を娶ったことで、その子供は王家の血を継ぐからだ。子供が成人するまでの繋ぎの意味合いもあるのだろう──フィリップ自身、兄が家督を継いでから死んでいたら、その子供が成人するまでの繋ぎにしか成れなかった立場だったのでよく分かる──が、それ以上にペスペア侯が優秀だからだ。

 

「いや、優秀だったのは父親だ。あいつ自身はまだ何もしていない。だったら俺でも勝ち目はあるか?」

 そう。優秀だったのはあくまで先代であり、ペスペア侯自身はまだ何も成していない。

 父が優秀だったから、息子も優秀だろうと思われているだけだ。

 本来の王位継承者である王子二人が無能だから、王位に推されているに過ぎない。

 条件さえ同じなら、自分にも可能性はあるのではないだろうか。

 つまり、第三王女のラナーを娶ればと言うことだ。

 

「……いやいや、流石にそれは難しいか? バルブロが消えた今、俺に王族との繋がりはない。八本指もこれからどうなるか分からない、せめてもっと大きな後ろ盾があれば──」

 いくら自分が優秀な男でも、古臭い因習に縛られた王国の貴族社会では難しい。

 とそこまで考えて、再び閃きが走った。

 やはり自分は優秀、いや天才だ。

 これほどのアイデアを一瞬で閃くことの出来る人材など、王国はおろか大陸全土を探してもいないだろう。

 

「法国だ。バルブロが失敗したというのなら、法国に戦争の情報を流す件も上手く行っていないはずだ。俺がその代わりを務めれば、法国に大きな貸しを作れる。その上で法国が戦争に勝てば王国は法国に逆らえなくなる以上、俺にも逆らえない。これだ!」

 八本指ではなく、法国そのものを自分の後ろ盾とする。

 これならラナーを自分に嫁がせることも容易だ。

 そしてゆくゆくは自分が王国の王と成れる。

 

「そうと決まれば、手紙だ。俺の知る限りの、いやこの際適当でも構わないか」

 バルブロと八本指を繋げるパイプとしての役割に専念していたために戦争に関する情報は殆ど知らないが、嘘でも何でも先ずは自分のことを知って貰えば良い。それからフィリップの優秀さをアピールすればいいだけだ。

 法国もまたバルブロがいなくなった以上、王国の情報や、戦争後に王国を治める優秀な男が必要不可欠。必ず乗ってくる。

 

「先ずは……」

 必死に頭を回転させて、断片的でもそれらしい情報を集めようとバルブロとの会話を思い出していると、ふとバルブロの発言の中で良く出てきた名前を思い出した。

 魔導王の宝石箱。

 自分の運命を変えたあの舞踏会。フィリップはそこでとんでもない美女を見つけた。

 美しい黒髪に、女神と見間違うばかりの整った顔立ち。

 見たこともないような見事なドレスは無論の事、角と翼をモチーフにしたと思われる奇抜なアクセサリーも、彼女の神秘的な魅力を引き立たせていた。

 商人の娘だというその女、アルベドを一目で気に入ったフィリップは早速近づいた。

 こっそり話を聞いていると、同じようなことを考えたらしい、色々な貴族たちから声を掛けられてはいたが、肝心の商品は殆ど興味を持たれていなかったため、こちらからその商品に興味がある振りをして声を掛けた。

 ゴーレムなど実際は大して興味も無く、話の取っかかりのつもりだった。だがそれを見抜かれたのか、それとも単純にあの時の自分が何の立場もなかったせいなのか、ろくに話も聞かず、王のところに行くと一方的に告げられてさっさと話を切り上げられ、相手にもされなかった。

 

 しかし今の自分は違う。

 当主になり、領地経営も順調、王族とさえパイプを作った。

 いずれ向こうから、以前の謝罪と挨拶に来るだろうと高を括っていたが、一向に現れなかった。

 その理由もまたバルブロだ。舞踏会で店主とバルブロが揉めたことで、魔導王の宝石箱は貴族派閥、より正確に言うのならバルブロの息が掛かった貴族との取引を行っていなかったのだ。

 自分もその一人だと思われたのだろう。

 

 あの時は小さな商会に過ぎなかった魔導王の宝石箱も、今では王から信頼も厚い巨大商会に成長し、王国だけでなく他国にも店を出していると聞く。

 そのことも合わせて、バルブロがことあるごとに口汚く罵倒していたのを思い出したのだ。

 どうやら魔導王の宝石箱は、広げた商会の流通網を使用し、今回の戦争では三国に商品提供をするらしい。

 これは使える。

 このことも一緒に手紙で伝えれば、魔導王の宝石箱は、法国から目を付けられる。

 そこでフィリップが救ってやれば、魔導王の宝石箱そのものを自分の物にできる。

 そうすれば──

 

「あの女も俺のモノにできる」

 お偉い貴族なら、妾を持つことも当たり前。

 正妻は第三王女ラナー、そして妾としてアルベドを自分のモノにして二人同時に楽しめたら最高だ。

 妄想が膨らみそうになる自分を律し、早速行動に移すべく部屋を出た。

 

「おい! 最高級の封筒と封蝋を用意しろ!」

 執事に聞こえるように声を張り上げる。

 返答も聞かずに自室に戻り、改めて席に着くと引き出しから紙とペンを取り出した。

 

「どいつもこいつも今に見てろよ。俺こそがフィリップ・ディドン・リイル・モチャラス。これからの王国のいや、世界の中心に立つ男だ!」

 湧き上がる興奮を抑え切れず、フィリップは自分の有能さを認めてこなかった者たち全員の顔を思い返しながら、ペンを強く握りしめた。




この話ではまともな出番が無かったフィリップですが、書籍版同様八本指から支援を受けて行動していました
と言ってもあくまで八本指とバルブロを繋ぐためのパイプ役以上のことは考えられていないため、扱いはかなり雑で、書籍版とは違いヒルマも大して世話も監視もしていない状態でした。そのせいもあって色々と増長し暴走したようです

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