オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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お久しぶりです
以前途中まで書いたところでリアルが忙しくなり放置していた話がようやく完成したので投下します

第26話でナーベに渡されたアインズ様製の杖について、元々はその後話に組み込むべく出したのをすっかり忘れてしまっていたことを思い出して書いた話ですので先にそちらを読み返していると話が分かりやすくなるかと思います
あくまで書き忘れていた話なので、長い割にヤマもオチない内容になりますが、それでもよろしければどうぞ
時系列的には61話の中盤辺りに入ります


幕間
第61.5話 ナーベの報賞


 待機時間。

 それはナザリックに属する者にとって、好ましいものではない。

 主の為に働く時間を一分一秒無駄にしたくないと考える自分たちにとって、休憩時間や休日と異なり──こちらはこちらで思うところはあるが──仕事中でありながらするべきことがないのは、時間を無駄にしている気がしてならないためだ。

 

 できればナザリックに帰還し、別の仕事を探したいところなのだが、今はそうもいかない。

 主の影武者という大役を任せられている宝物殿の領域守護者にして、主自らが創造された存在であるパンドラズ・アクターが現在この場にいないからだ。

 

 元々彼は自分と同じく待機組でありながら、主から褒賞という形で空いた時間に宝物殿に戻り、己本来の仕事であるマジックアイテムやデータクリスタルの仕分けを行うことが許されている。そのため、待機時間になるとちょくちょくナザリックに帰還しているのだが、今回はそうした仕事ではない。

 この後聖王国で予定されている作戦に必須な重要任務のため、作戦立案者であるデミウルゴスに呼ばれて帰還しているのだ。

 

 当然、その間にも漆黒に仕事の依頼が来る可能性があるため、ナーベラルはここを動くことができないということだ。

 通常業務のみならず、主からの勅命まで受けたパンドラズ・アクターには正直、羨ましさを通り越して妬ましさすら感じるところだが、彼がいないからこそ出来ることもある。

 念のため改めて周囲を確認した後、ナーベラルは空間から一つの杖を取りだした。

 

 見た目の装飾はさほど豪華ではない。

 ナザリック内にある武器はおろか、人間どもに販売するために拵えた外見を重視して作られた儀式用の武器と比べても地味な造りであり、性能もそこまで高くない。

 もっとも強さに関しては、あくまでナザリック内の武器に比べてであり、この世界に元から存在する武器などとは比べ物にもならないが、そもそもこの杖の価値は見た目や強さなどではないのだ。

 

「アインズ様御自らがお造りになった杖」

 口に出すとよりその価値を実感できる。

 これまで主より報賞を賜った者は幾人もいるが、その中でも主の持ち物を拝領した者は少ない。

 アルベドとマーレに渡されたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。アウラが拝領した彼女の創造主の音声が入った腕時計。シャルティアの創造主である至高の御方が使用していた 百科事典(エンサイクロペディア)

 もしかしたら他にもあるのかもしれないが、ナーベラルが知っているのはこの四つだけだ。

 そしてこの杖は、ナーベラルにとってそれらに勝るとも劣らない宝物だ。

 しかし、だからこそと言うべきかパンドラズ・アクターがいる前では軽々に取り出すことができない。

 

 パンドラズ・アクターにとってこの武器は、己の創造主が自ら制作した物。

 それが己以外の者の手に渡っていることに思うところがあるらしく、ここで待機している間に取り出すと、一切視線を逸らさずにこの杖を注視してくるのだ。

 ドッペルゲンガーは無表情だが、自分も同種族であるため、その表情の意味を読みとることは出来る。

 それこそ、ナーベラルが仕事のあるパンドラズ・アクターに向ける羨望と嫉妬を更に凝縮したような視線であり、あの視線で見られ続けるのは正直辛い。

 そのため、パンドラズ・アクターがいるところでは杖を眺めるどころか取り出すことすらできないのだが、今ならその心配はない。

 

「……アインズ様」

 杖をそっと撫でながら主の名が口から漏れ出る。

 この杖を拝領した際、もう一つ主に願った報賞として今後も主と共に冒険者として活動する。というものがあったのだが、そちらに関しては主が他国にも支店を展開し始めたことで忙しくなり、立ち消えてしまった。

 

 この状況では仕方ない。

 

 そう理解はしているのだが、やはり胸に穴が空いたような喪失感があった。

 他の姉妹やシモベたちが知れば、これまでが恵まれすぎていたのに贅沢な悩みだと言われかねないので、誰にも話したことはない。

 主を感じられる物に触れているとそうした気持ちが僅かに紛れる気がした。

 

「ふぅん。やっぱりそういうことでありんすね」

 突如として聞こえてきた声に、思わず触れていた杖を掴み、声の方に向かって振り抜こうとしたが、その声と言葉遣いで、相手が何者なのか気づき、ぎりぎりのところで攻撃を止めることができた。

 

「シャ、シャルティア様。お戯れは止めてください」

 直ぐ近くで聞こえた声の主は間違いなく、第一から第三階層の守護者であるシャルティアの物だ。

 こんなことなら 兎の耳(ラビッツ•イヤー)を使っておけば良かったと思ったが、透明化や静寂を使える彼女が相手なら、そうしていたとしても無駄だろうと思い直す。

 

 案の定、クスクスという忍び笑いと共に、何もなかった空間からシャルティアが姿を現した。

 普段着ているボールガウンや、完全武装時に着用する真紅の鎧ではなく、白いドレスと仮面を纏った見覚えのない姿だったが、声はそのままなので間違いない。

 

「申し訳ありんせんぇ。少ぅし、驚かせたくなりんしたの」

 笑い続けるシャルティアは妙に機嫌が良い。

 確か彼女は今、王都支店の任を一時的に解かれて主付きの護衛として活動していたはずだ。

 それは機嫌も良くなるだろうと、僅かに嫉妬心が浮かび上がるが、それを無理矢理押し殺しながら、ナーベラルは頭を下げた。

 役職上自分より上役の守護者である彼女に、まだまともに挨拶をしていなかったことに気づいたためだ。

 

「お久しぶりでございます。シャルティア様」

 

「ん。しばらくでありんすね、ナーベラル。おっと、ここではナーベと呼ばないとなりんせんね」

 思い出したように告げるシャルティアにナーベラルは僅かに頭を下げる。

 

「ご配慮感謝いたします。して、今回はどのようなご用件でしょうか?」

 一刻も早く話を変えようと、そのまま本題に入ろうとするが、姉妹の中でルプスレギナと並んで嗜虐心の強いソリュシャンが自分と趣向が似ていると称するシャルティアがそれを許すはずもなく、彼女は口元に裂けたような笑みを浮かべた。

 

「そう慌てる必要はありんせんぇ。今は冒険者としての仕事も無いと聞いていんす。もっとも、仕事があったとしても関係はありんせん。今回はアインズ様直々のご命令──」

 

「アインズ様から! 一体どのような仕事ですか!?」

 つい先ほどまで考えていた主の名前が出て思わず声を張り上げる。

 シャルティアの言葉を遮ってしまったことに気づき、慌てて謝罪をしようとするも彼女はそれを制した。

 

「良いことナーベ。先ずは落ち着き、冷静になりなんし。その上で万全の用意を調える。それこそが重要でありんすよ」

 胸を張り自慢げに語る言葉は、シャルティアらしくはないが、間違いなく正論だ。

 

「シャルティア様の仰るとおりです。申し訳ございません」

 

「素直に謝られると調子が狂いんすね……」

 ナーベラルの謝罪を受けて、シャルティアはどこかばつが悪そうに呟いた後、続けた。

 

「わたしも先ほどアインズ様からそのように言われたばかりでありんす」

 

(なるほど。それで)

 彼女らしからぬ言葉だと思っていたが主の言葉なら納得だ。

 ばつの悪そうにしていた理由も分かった。

 他ならぬ主から授かった言葉をさも自分の言葉であるかのように告げたことに後ろめたさがあったのだ。

 

「承知いたしました。私もシャルティア様、そしてアインズ様の仰るように落ち着いて、冷静に行動いたします。ですのでお話を続けてください」

 

「んん。ではアインズ様からのお言葉を伝えんす。これより冒険者チーム漆黒の活動として、カッツェ平野に向かうため、それに必要な装備やアイテムを準備し、万全の状態でわたしとともに御方の下に馳せ参じること。これがアインズ様よりのご下命でありんすぇ」

 

「……」

 シャルティアの言葉は一字一句逃さず聞こえていたが、意味を理解するまで若干時間が掛かった。

 つい先ほど、もう主と共に冒険者として活動することは叶わないのだと、気落ちしていたばかりだというのに。

 

「ナーベ?」

 こちらの返答がないことをいぶかしむシャルティアに、ナーベラルは慌てて頭を下げる。

 

「ッ! 失礼いたしました。ご下命確かに承りました。これより早急に準備を開始いたします!」

 また慌ててしまう。今し方注意を受けたばかりだというのに。これは戦闘メイド、プレアデスの一人としてあるまじき失態だ。

 再びシャルティアが呆れたような息を吐いた。

 

「だから、慌てる必要はありんせんぇ。慌てず、落ち着いて万全の準備を整えることも、アインズ様のご命令の内といわすことを忘れてはなりんせんよ」

 

「……承知いたしました。何度も御見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません」

 

「ん。なら改めて準備を始めなんし。カッツェ平野はアンデッド多発地帯と聞いていんすが、人間の冒険者なら、なにを持っていくべきでありんしょう」

 

「そうですね。先ずはポーションは大量に持っていきます。自分の回復手段としてもそうですが、アンデッドの場合はダメージを与えることもできますから」

 少し考えた後、冒険者としての活動中に得た、下等生物たちが用意するものを告げるが、アンデッドであるシャルティアに聞かせる話でも無かった。

 また失言をしてしまったかと思ったが、シャルティアは特に気にした様子は見せない。

 

「ふぅん。後は?」

 

「後は弱点を突ける属性の武器──」

 口に出してから自分の手に握られたままになっている杖に目を落とした。

 アンデッドの多くが聖属性と炎属性に弱いことは、主から聞いている。

 ナーベラルは炎系統の魔法も使えるが、得意なのは雷属性であり、ナーベとしての活動中も使える最大魔法は第三位階の雷系魔法である雷撃(ライトニング)だ。

 そして、この手の中にある杖は物理攻撃に特化しているが、杖本体に炎を纏わせることも可能な武器、カッツェ平野に持っていくにはピッタリな武器ではないだろうか。

 

 主より下賜された武器を用いて、主とともに冒険者として活動する。

 その光景を思い描くだけで口元が綻ぶ。

 緩む口元を隠すように下を向いて、ナーベラルは改めて杖を握りしめた。

 

 

 ・

 

 

「ふむ。確かに霧自体からアンデッド反応を感じるな。常に霧で覆われているのに、戦争の際にだけ晴れるという特性も気になる。この霧もアンデッドの一部なのか、それとも土地固有の現象か」

 常時霧に覆われ、アンデッドが多数存在する危険地帯であるカッツェ平野だが、冒険者やワーカーにとっては、いつでもモンスターが 湧き出る(POPする)稼ぎ場でもある。

 知識としては知っていたが、アインズが実際にこの地を訪れるのは初めてだった。

 というのも、基本的にそうした報奨金目当ての討伐任務は、仕事のない冒険者たちが糊口を凌ぐために行われるものだからだ。

 もっともカッツェ平野には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)などのこの世界では強力なアンデッドも出現するため、近隣のモンスター討伐よりは難易度が高いのだが、それでもせいぜいミスリル級の仕事であり、さっさとアダマンタイト級冒険者になった漆黒はこの手の仕事をする機会が無かったのだ。

 唯一、モモンとしての最初の仕事であるンフィーレアの護衛任務は、もとは単純に都市近くに現れるモンスターを討伐する仕事になる予定であり実際護衛の途中で出会ったモンスターを狩り、証拠として耳などを集めた記憶があるが、その一回限りだ。

 

(ドロップアイテム集めって考えると、なんだか懐かしいからついでにやってみたいけど、やりすぎるとアダマンタイト冒険者らしくないって言われそうだしなぁ)

 そもそもゲームと異なり、クリスタルなどのアイテムがドロップするわけでは無く、得られるのは報奨金のみ。

 既に冒険者としての仕事より商会での売り上げの方が多くなっている今、評判が下がるリスクを負ってまでやる必要はない。

 なにより、今回の目的は幽霊船の捕縛だ。

 幽霊船の行動をある程度予測しているとはいえ、この深い霧の中ではアインズの闇視(ダークヴィジョン)でも見通すことはできないため、余計なアンデッド退治より捜索に力を入れるべきだ。

 

(それにしても……)

 ちらりと自分の横に立ち、周囲を警戒しているナーベラルに目を向ける。

 彼女が手に持っている杖が気になった。

 ナーベラルは魔法詠唱者(マジック・キャスター)だが普段は杖を持たない。

 魔法を使用する際には無手であり、物理攻撃をするときも、剣を使用しているからだ。

 そのナーベラルが持っている杖には、見覚えがあった。

 

(あれって、俺が報賞としてあげた奴だよな。ちゃんと使ってくれてたんだなぁ)

 この世界を基準にすればそれなりに上位になる武器とはいえ、戦士であるモモンが使用するには不釣り合いであり、使い道がなかった武器だ。それでも当時の自分が色々と考えて作ったものには違いがなく、それが使われているのを見ると嬉しくなる。

 こうなると、実際に使用しているところも見てみたいものだ。

 

(それに、あの武器を人前で見せれば、本店の宣伝にもなるよな)

 元々彼女にあの武器を渡したのはそうした意図もあった。

 トブの大森林内に作っている魔導王の宝石箱の本店は、他の支店に置いているようなこの世界にも少数ながら存在するドワーフ製の武器や、外見を重視した儀式用の装飾剣とは違う、もっと効果の高いユグドラシル製の武器を置くことが決定している。

 

 もちろん最高レベルの武器ではなく、あの杖のようにこの世界にもギリギリ存在する程度のものであり、売るのではなく貸し出しという形にして技術の流出は防ぐつもりだが、武器自体の強さを事前に宣伝しておかなくては意味がない。

 その宣伝にあの武器は最適だ。

 物理特化の武器というところが実に都合が良い。

 

 漆黒の活躍が各地の吟遊詩人(バード)によって英雄譚という形で広く知られてしまったことで、漆黒の強さは武器に由来したものではなく本人の実力だということが知られてしまった。

 それ自体は予定通りなのだが、そのせいで、いくらモモンたちが武器の宣伝をしたところで、武器が凄いのではなくモモンが使用しているからそう見えるだけと勘違いされる恐れがある。

 それはナーベラルでも同じだが、彼女は魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 剣も多少使える設定にはしてあるが、基本的には魔法しか使用しない。

 

 この世界では一般的に魔法詠唱者(マジック・キャスター)は総じて非力で物理攻撃が得意ではないことも併せて、あの物理特化の武器を使ってアンデッドを倒せば、それは冒険者ナーベの実力ではなく、武器の力だと認識されるはずだ。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもそれだけのことができる武器が、貸し出しとはいえ誰でも手に入ると知られれば、一つの武器やアイテムが生き死にに直結することを理解している高位の冒険者がこぞって押し掛けてくるに違いない。

 

(うまくいけば、武器の宣伝だけでなく、フォーサイトのような専属冒険者になりたがる奴も増えるかもしれないな)

 強力な武器は欲しいが借りる金もない者たちに向けて、こちらの個人的な依頼をこなす代わりに武器やアイテムを貸し出す顧客制度も採っているのだが、そちらはさっぱりだ。

 

 その意味でも今回の幽霊船捕獲は冒険者組合を通している訳ではなく、魔導王の宝石箱からの個人的な依頼という設定であるため都合が良い。

 アダマンタイト級冒険者が組合を通さず勝手に依頼を受けるのは良いことではないのだが、王国の貴族派閥の嫌がらせによって仕事を干されているも同然である以上、義理立ても必要ない。

 

「ナーベ」

 

「はっ! 如何なさいましたか、モモンさん」

 声をかけた瞬間、弾かれたようにこちらを向き、姿勢を正して言葉を待つ様に驚き、思わず身を引く。

 モモンに対して冒険者仲間らしからぬ態度を取るのはもういつものことであり、諦めもついているが、それにしても今日は妙にやる気に満ちている。

 

「い、いや。これからの予定だが、幽霊船の軌道から算出した捕縛予定ポイントに向かう。そしてその道中他の冒険者がアンデッドに襲われていた場合は救出に入る。この霧では目が利かないため、兎の耳(ラビッツ・イヤー)を発動させて周辺の音を警戒し、発見次第私に伝えよ」

 ナーベラルの態度に気圧されつつもそれは隠し、これからの予定を伝える。

 

「畏まりました」

 

「うむ。その際には、お前の持つその杖に活躍して貰うことになる。使い方はわかっているな?」

 あの杖は単なる物理特化だけではなく、多くのアンデッドの弱点である炎を纏わせて使用することもできるものだが、発生までに僅かなタイムラグがあり、実戦でうまく使うのにはある程度の訓練が必要なのだ。

 

「もちろんです! アインズ様より頂いたこの杖。時間がある時に訓練を重ねておりますので問題はございません!」

 

「ちょ! おま……いや、いいのか、すまん。何でもない」

 胸に杖を抱えて声を張るナーベラルの言葉に一瞬、また設定を忘れてしまったのかと思ったが、よく考えるとそれは魔導王の宝石箱の店主であるアインズから渡されたものであるのは間違いない。

 どうも最近モモンではなくアインズとして行動することが多いせいで、混同してしまっていた。

 

「? はっ。では警戒を開始いたします〈兎の耳(ラビッツ・イヤー)〉」

 ナーベラルの頭の上にサイバーな耳が生え、辺りを警戒し始める。

 

(後は──)

 姿を隠した状態でアインズの警護任務に当たっているシャルティアに預けている、万が一幽霊船が見つからなかったときに備えて用意したデス・ナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を組み合わせたアンデッド。

 これを使うタイミングを考えなくてはならない。

 

(誰もいないところで倒しても宣伝にならないからな。適当な場所に放して冒険者を襲わせておくか)

 本来は幽霊船が見つからなかったときの保険として用意したものだが、武器の宣伝を考えるとどちらにしても使用した方が良い。

 むしろ、幽霊船を捕縛してからそれを使って、助けに行く形にすればより目立てるのではないだろうか。

 今回の作戦は息抜きのために始めたものだったが、なんだか楽しくなってきた。

 

「よし行くぞ! 冒険者チーム漆黒、久しぶりの大仕事だ」

 そうしたやる気に引かれ、気合いを込めて声を上げるとナーベラルもそれに続く。

 

「はいっ! 参りましょう、モモンさん」

 

(やっぱりテンション高いよなぁ。やる気なのは良いけど空回りしないように注意しておこう)

 そう言えば、先ほどシャルティアも似たような態度を示していたが、彼女は大丈夫だろうか。

 すぐ近くにいるはずのシャルティアを捜すように視線を動かすが、なんの魔法も使っていないモモンの状態では当然見つけることはできなかった。

 

 

 ・

 

 

 主の視線が自分を捜しているような気がして、シャルティアは最高の笑顔を主に向けた。

 見えていないのはわかっているが、そんなことは関係がない。

 主の前ではいついかなる時も美しく愛らしい姿を見せたい可憐な乙女心という奴だ。

 そのままそっと一歩主に近づく。

 

「ああ。良い! 実に素晴らしい仕事でありんす!」

 姿や気配だけではなく、声も消しているため、主やナーベラルには聞こえていないだろうと声に出す。

 この仕事はシャルティアにとってご褒美だ。

 かつて主に座って頂けたときも同じように思ったものだが、あれはあくまで罰として与えられたものであり、心から楽しむことはできなかった。

 しかし、今は違う。

 

 これは守護者最強であるシャルティアの実力を見込んだ主が、直々にシャルティアに命じた大役。

 それに加えて、誰の邪魔も入らずに主の玉体──今は残念ながら鎧姿だが──を見つめることも、愛の言葉を囁くことも、こうして近づけば、その香りを楽しむこともできる。

 アンデッドである主に匂いは存在しないのだが、シャルティアには確かにそれが感じられる。

 

「あの大口ゴリラには出来ない、正に天職! 階層守護の次にわらわにふさわしい仕事でありんす!」

 十分に主の香りを堪能してから恍惚とした表情でシャルティアは声を張る。

 僅かに冷静さを取り戻してから、シャルティアは改めて周辺というよりナーベラルに目を向けた。

 どうにも気負いすぎているように見える。

 先ほども忠告したというのに。

 それに──

 

「あれは完全に黒でありんすね」

 大事そうに杖を抱えている姿と、僅かに上気した顔を見て改めて確信した。

 いつかアルベドが、ナーベラルが最近己の仕事をこなしていないと愚痴をこぼしていたが、あれはやはりナザリックの仕事ではなく、アルベドが私的に命じたもの。

 恐れ多くも主の正妻の座につこうと画策しているアルベドならば、自らの地位を利用して己の利になるような命令を下していても不思議はない。

 ナーベラルがその命令を無視する様になった。となれば、理由も説明が付く。

 

「ソリュシャンに続いて、これで四人目。もしかしたら他にもいるかもしれんわぇ」

 偉大なる御方の威光と慈悲に触れ、忠誠心以上の感情を抱くのはある種当然。またそうした御方だからこそ、妃を一人しか持てないのはおかしな話ではあるのだが、それでも自分が正妻に決まる前に、数が増えすぎると面倒だ。

 その意味でも改めて、主の寵愛を欲している者が他にいないか調べておく必要がある。

 

「とりあえず怪しいのは──」

 至高の御方々に直接創造された者の中でも、最高位である階層守護者である自分やアルベド。

 それに並ぶ可能性があるのは。

 

「あのチビ助なら心配はないと思いんすが……マーレはちょっとわかりんせんのよぇ」

 格好はともかく、性別としては男であるマーレにその気は無いと思うのだが、アルベドよりも先に主よりリング・オブ・アンイズ・ウール・ゴウンを頂戴し、それを常に大事そうに左手の薬指に填めている様子を見ると勘ぐってしまう。

 もしそうなら、ガサツで女らしさの欠片もないお子様のアウラと異なり、マーレは強敵になりうる。

 

「……一応二人とも調べておきんしょう」

 だがそれも今は後回しだ。

 今はもっと重要な任務がある。

 今後の行動を確認し終えた主のすぐ横にピッタリと寄り添う。

 こうして主を守りながら、主の存在を五感で感じ取る。

 これほどの幸せな仕事の最中に他のことを考えている暇などないのだから。

 

 

 ・

 

 

「ほう。あれが幽霊船か、素晴らしい。それに──」

 予定通りの場所で、アインズたちはお目当ての幽霊船の姿を捉えた。

 噂の幽霊船の船長が従えているというアンデッドの群は見当たらず、代わりに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の姿が確認できた。

 

 その骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に今まさに幾人かの冒険者が襲われている。

 あれも幽霊船のアンデッド群の一員なのかもしれないが、結局ここまでアンデッドに遭遇することなく、宣伝ができなかったことも併せてちょうど良い相手だ。

 

「ナーベ。お前が先行して骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を蹴散らしてこい。魔法ではなく、その杖を使ってな」

 第六位階までの魔法を無効化する骨の竜(スケリトル・ドラゴン)であっても物理特化の杖を使えばナーベの状態でも問題なく倒すことができるだろう。

 

「はっ! この杖の力、存分に見せつけて参ります」

 

「うむ。今回はあくまでその杖、というより魔導王の宝石箱製の武具の宣伝だ。話しかけられても決して邪険にせず、さりげなく武器と店の宣伝をしてくるのだ……出来るか?」

 

「お任せください。人間どものあしらい方についてはソリュシャンからも聞いております。必ずやあの下等生物(イモムシ)どもに魔導王の宝石箱の素晴らしさをたたき込んで参ります」

 自信満々な様子に、僅かに嫌な予感がするが、アインズから見ても人間の扱い方が上手くなっているソリュシャンから話を聞いたのならば、上手く行くだろう。

 

「……では行ってこい。私は本命である船長の討伐まで周囲に持ってきたアンデッドを放ち、他の高位冒険者が邪魔して来ないようにしておく。片づいたら伝言(メッセージ)で連絡してくれ」

 あそこにいる冒険者のランクは知らないが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)相手にろくに戦えておらず、逃げようとしている様子を見るにせいぜい金か高くても白金程度だろう。それでも仮に周囲にミスリルやオリハルコンなどの高位冒険者がいると、幽霊船捕縛が漆黒だけの手柄ではなくなってしまい、幽霊船の所有権でもめてしまうかもしれないため、足止めをしておく必要がある。

 そのために持ってきたアンデッドだ。

 

「畏まりました。あそこにいるアンデッドの露払いが済み次第、伝言(メッセージ)にてご報告いたします」

 

「任せた」

 小さく頷き合い、アインズとナーベラルはそれぞれ行動を開始した。

 

 

 ・

 

 

「クソ! 帝国騎士の代わりをさせるなら、先に話しておいてくれよ」

 

 帝都の金級冒険者チーム、スクリーミング・ウィップ。

 そのリーダーである男が愚痴をこぼす。

 

 カッツェ平野は、現在戦争中である王国と帝国、双方が協力して管理を行っている場所だ。

 アンデッドを放置していると、より強力なアンデッドが発生してしまうため、常に間引きし続けなくてはならないからだ。

 そのため両国が出資してどちらの国、いや、全く別の国の冒険者やワーカーであっても自由に使うことが出来る都市をカッツェ平野の近くに作っているほどだ。

 帝国側は主に騎士団を派遣し、常備兵のいない王国からは主に冒険者がやってくる。

 

 だが、最近になって状況が変わった。

 帝国は先日の帝都に現れた強大な悪魔によって引き起こされた動乱の後始末に追われ、カッツェ平野に常駐させていた騎士団を引き上げさせ、代わりに王国と同じように冒険者やワーカーにアンデッド討伐の依頼を出したのだ。

 彼らスクリーミング・ウィップもその依頼を見てやってきた冒険者チームの一つだが、今更ながら冒険者と帝国騎士団の違いを思い知らされた。

 

 一人一人の強さでいえば、騎士団よりも冒険者の方が強いが、数は騎士団の方が遙かに上だ。

 個の力は大物のアンデッドが出た場合は頼りになるが、基本的にカッツェ平野のアンデッド退治はそうした強力なアンデッドが現れないように、最下級のアンデッドを間引くのを主な役目としている。

 

 だからこそ、個の力よりも数が重要となり、数で勝る帝国騎士団の働きがより重要となるのだ。

 代わりとしてやってきた自分たち帝国の冒険者やワーカーはそのことを知らず、より高い報奨金を得るため、雑魚は無視して、強いアンデッドを倒すことを重視する。

 

 その結果、間引くことのできなかった大量の下級アンデッドによって負の力が溜まり、こうして強力なアンデッドが複数発生する事態を招いてしまったに違いない。

 更に最悪なのは、そうして強大なアンデッドと戦っている間に、噂の幽霊船まで現れてしまったことだ。

 船内にいるとされるアンデッドの大群は今はまだ出てきていないが、それも時間の問題だろう。

 

「都市に連絡してミスリル以上の冒険者かワーカーを呼んできてくれ!」

 

 唯一残った仲間である魔法詠唱者(マジック・キャスター)に指示を出す。

 この場に魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいても邪魔になるだけだ。

 何しろ目の前にいるのは三メートルはあろうかという骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 その巨体による力も危険だが、何よりも魔法が一切通用しないという、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の天敵のような存在なのだから。

 

 本来このアンデッドを見つけた場合は、戦いを挑まずに遠巻きに監視をしつつ、ミスリル級以上の冒険者を呼ぶ決まりになっているのだが、運悪くあちらが先に自分たちに気づいて攻撃を仕掛けてきた。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)以外の二人の仲間は逃げだそうとしたが、巨体に加え空まで飛べる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)相手では逃げ出すことすらできず、地面に倒れ伏してしまった。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はこないだ出たばかりだって聞いていたのに、こんな短期間でまた現れるとは」

 

 確かそのときは冒険者ではなく、帝国でも有名なワーカーチーム、フォーサイトが対応に当たり見事一チームだけで討伐を果たしたと聞いている。

 犯罪紛いの汚れ仕事を請け負うワーカーと言えど、フォーサイトの強さは本物であり、ミスリル級冒険者チームに比肩すると聞いたことがある。

 その彼らならともかく金級冒険者チームである自分たちでは勝ち目がない。

 

「俺一人で救援が来るまで耐えたら、組合と交渉して特別報酬でも貰わないと割に合わないな」

 

 思わず軽口が漏れる。

 そうでもしなくては恐怖に体が支配されて動けなくなることがわかっていたのだ。

 子供の頃から冒険者に憧れ、時間はかかりつつもようやく金級まで昇格したことで、チームの名前も少しずつ知られるようになり、これからというときに。

 

「こんなところで死んでたまるか!」

 

 恐怖を振り切り、武器を構える。

 手にしているのは槌。

 スケルトンなどのアンデッドに有効な打撃武器であり、今回のカッツェ平野での仕事のために、自分としてはかなり無理をして購入した一品だが、相手が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ではこの武器でも心許ない。

 それでもやるしかない。

 

「ウオォオオォ!」

 

 声を振り絞り、槌を振りあげたまま突進する。

 狙いは足と翼。

 機動力さえ奪えば、逃げ出すこともできるはずだ。

 だが、その狙いを読んだのかそれとも単なる偶然か、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は尻尾を振ってこちらに攻撃を仕掛けてくる。

 その凄まじい一撃は、とても避けられる速度ではない。

 そう考えて目標を尻尾に変え、槌を振りおろした。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は見た目よりは軽いはずだ!)

 戦士である自分の筋力でフルスイングした槌とぶつかれば、尻尾を弾き飛ばせる、いや打ち砕くことだって──

 

「え?」

 振りおろしたはずの槌が突然軽くなり、次いで腹に強い衝撃が走った。

 その直後、視界が流れ、自分の体が吹き飛ばされていることを知る。

 

「グハッ!」

 何とか起きあがろうとするがうまく行かない。背中を強く打ったせいでまともに呼吸もできないせいだ。

 槌を支えにして起きあがろうとしたところで気がついた。

 槌の先端部分が完全に破壊され、持ち手部分である、木の棒しか残っていないことに。

 

(あの一撃で破壊されたのか? なんて破壊力)

 考えが甘かった。

 身体が軽く、物理攻撃力は弱いと思っていたが、それはあくまで見た目に比べればの話であり、自分のような金級冒険者が相手になる存在ではなかったのだ。

 何とか起きあがろうと顔を持ち上げると、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がこちらに迫っているのが見えた。

 足は動かず、倒れた仲間たちも未だ起きあがる気配はない。

 

「チクショウ」

 それは誰に対して向けた言葉だったのか。

 死の間際ですら、気の利いたこと一つ言えない自分の学の無さが嫌になる。

 英雄はおろか、名の知れた冒険者になることすらできないまま、ここで死ぬ。

 そう理解した瞬間。

 

「邪魔です」

 凛とした美しい声が聞こえ、再び身体が宙を舞い後ろに吹き飛ばされた。

 誰かが割って入り、迫りくる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)から自分を守るため、横に投げ飛ばしたのだ。

 地面を転がりながらも、視界に映った相手の姿を見て、思わず息を呑む。

 

 着ている服やローブこそ安っぽいが、そんなもので損なうことのできない彫像が如き美しい横顔。

 帝国や王国では滅多に見ることのない、美しい黒髪は一つに纏められ、風に靡いている。

 首もとに掛けられた青銀のプレートは、すべての冒険者たちが夢見る最高位冒険者の証、アダマンタイトプレート。

 

「黒髪、女、アダマンタイト……」

 例え他国であろうと、同じ冒険者チームの情報は集まってくる。

 王国帝国併せて五チームしかいないアダマンタイト級冒険者チームであればなおのこと。

 

「間違いない。漆黒の、美姫だ」

 瞬きほどの間に、エ・ランテルの冒険者全てを抜き去り、冒険者の最高位であるアダマンタイト級の地位まで上り詰めたチーム、漆黒の片割れ。

 そのあまりの美しさから美姫の二つ名で呼ばれる英雄級の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、そこにはいた。

 突然の乱入者に戸惑っているのか、一度を間を開けた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だが、直ぐに臨戦態勢を取り直し、低いうなり声を上げながら威嚇を始めた。

 それに対して、ナーベは慌てることなく、手に持った杖を構え直す。

 同時にナーベが魔法詠唱者(マジック・キャスター)であることを思い出し、思わず声を張り上げた。

 

「ダメだ! いくら貴女でも!」

 あの若さで第三位階まで使いこなすと聞く偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)であっても、相手が悪すぎる。

 もう一人、相方のモモンは居ないのかと視線を周囲に向けるが、来ていないのか、それとも別行動を取っているのか周囲には誰の姿もなかった。

 

「キンキンとうるさい下等生物(カトンボ)が。いいから黙って見ていなさい」

 その美しい外見からは想像もつかない、否、ある意味ではこれ以上なく似合った氷のように冷たく鋭い響きを持った声に押されて声を詰まらせる。

 その様子に満足したように、ナーベは口元に僅かに笑みを浮かべると杖を振りあげる。

 同時に杖の先端部分から炎が吹き出した。

 

 本来であればアンデッド全般に有効な炎の魔法でも、相手が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)では何の意味も無い。

 ナーベは自分などとは違う本物の英雄だ。こんなところで、自分を助けるために死んで良い人物ではない。

 

 どうにか逃がすことはできないかと考えを巡らせるが、未だ全身に走る痛みでまともに思考もできない頭では考えが纏まらない。

 そんなことをしている間にナーベと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は同時に動き出した。

 互いに一瞬姿を見失うほどの速度。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はともかく、肉体的には脆弱な魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるナーベまで、同レベルの速度で移動する様子を見て言葉を失った。

 

(強化魔法か? いやしかし、いくら何でもあんな速度──)

 並の野伏(レンジャー)や盗賊より素早い動きで、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の懐に飛び込んだナーベは、そのまま炎を纏った杖を振りあげる。

 確かに杖も殴打武器ではあるが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の筋力では大したダメージを与えられるはずもない。

 まして相手はその動きに気づいて、爪を振りあげてナーベに向かって攻撃を加えようとしていた。

 

 単なる尻尾の一撃ですら、自分の槌を破壊したというのに、よりにもよってブレスの吐けない骨の竜(スケリトル・ドラゴン)にとって、最強の攻撃である爪による一撃だ。

 間違いなく炎は無効化され、木で作られていたあの杖も簡単にへし折れる。

 そして巨大な爪は、そのまま彼女の華奢な身体をも斬り裂くだろう。

 次の瞬間訪れるであろう惨劇を目の当たりにするのを拒み、思わず目を閉じた男の耳に、轟音が響き渡った。

 

「え?」

 それは杖が折れる音でも、肉が斬り裂かれる音でもなかった。

 バラバラと硬い何かが破壊され崩れ落ちる音を聞き、恐る恐る目を開けるとそこには先ほどと変わらぬ様子で立っているナーベと、大量の骨の残骸が散らばっていた。

 

「う、嘘だろ?」

 信じられなかった。

 アダマンタイト級冒険者と言えど、魔法詠唱者(マジック・キャスター)がたった一撃で、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を倒すなど。そんなことはミスリル級冒険者の戦士でも不可能だ。

 ナーベはざっと周囲を見渡して他にアンデッドがいないことを確認した後、こちらには目もくれず、杖の先端を手で払い、中心にはめ込まれた宝玉を大切そうに磨き始めた。

 

「あ、あのう」

 恐る恐る声をかけた瞬間、ナーベは手を止め、信じられないほど冷たい目つきと共にはき捨てるように答えた。

 

「……何か?」

 

 

 ・

 

 

(あの程度の雑魚とは言え一撃とは。流石はアインズ様の杖ね)

 以前、エ・ランテルで戦った際は、許可が出るまでナーベラルではなく、ナーベとして戦わなくてはならず、魔法が使えなかったため、剣を鞘に入れたまま殴りつけて攻撃した。流石に一撃で倒すことはできず骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を召喚した魔法詠唱者(マジック・キャスター)──名前は忘れた──によって回復されてしまったことで、時間を掛けてしまい、主を待たせる結果となった。

 しかし、この杖ならば回復される間もなく、一撃で倒すことができる。

 

 これは大きな収穫だ。

 思わず口元が持ち上がり、改めて杖に目を向けると、杖の先端。

 殴りつけた部分に白い粉が吹いていることに気がついた。

 細かく粉砕された骨の粉末だろう。

 せっかくの至宝を汚すわけにはいかない。

 ナーベラルは急いで杖に付着した粉を払い落とし、次いで先端の宝玉をハンカチで磨き始めた。

 主に戦果を報告する際、この武器が汚れていては失礼に当たる。

 これはメイドであるナーベラル・ガンマとしての矜持だ。

 

「あ、あのう」

 だからこそ、手入れの最中に下等生物が声を掛けて来たことに強い苛立ちを覚えた。

 

「……何か?」

 さっさと殺して黙らせたいところだが、この人間には杖の宣伝をして貰わなくてはならないため、殺すことはできない。

 

「あ、ありがとうございました。私は帝国の金級冒険者チーム、スクリーミング──」

 

「名前は結構です。覚える気はありませんから」

 

「そ、そうですか」

 話をしながらざっと確認する。

 宣伝役の人間が、大怪我をしていた場合はポーションを使って回復させるようにも命じられていたが、見たところ命に関わる怪我ではなさそうだ。

 たかがポーション一つとは言え、ナザリックの資材は一つ残らず主の物。

 できれば人間如きに使いたくはなかったのでちょうど良い。

 

 後はこの杖の強さと、それらを作ったことになっている魔導王の宝石箱の宣伝を行うだけだ。

 これも主の勅命なのだから失敗は許されない。

 静かに気合いを入れ直す。

 

「それと感謝も不要です。私はただ、この杖の使い心地を確かめたかっただけですから」

 杖を前に差し出して見せびらかす。

 主が自分専用に作り上げた一点物。

 下等生物如きにはその付加価値は見抜くことはできずとも、武器単体の性能ならば理解できるだろう。

 

「す、すばらしい武器ですね。ですが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の身でありながら、あの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を一撃で倒した力は貴女自身のもの。流石はアダマンタイト級冒険者。感服いたしました!」

 

「はぁ?」

 武器のことではなく、ナーベ個人の力に賞賛を向ける男の態度は思っていたものとは違った。

 

(しょせんは下等生物。この素晴らしい武器の性能も見抜けないのかしら。さっさと殺して別の──)

 こちらの意図も読めないような下等生物を相手にしていても仕方ない。

 どうせここには他にも同じような目的で来ている連中もいるのだから、これに固執せずに、別の冒険者を捜しにいこう。

 

 そこまで考えてから、ふと主が言っていたことを思い出す。

 今回の任務は幽霊船の捕縛。

 宣伝はあくまでそのついでということだ。

 今から別の冒険者を捜して余計な時間を掛けては、主を待たせることになってしまう。

 それは許されない。

 仕方ない。と気を取り直したナーベラルがため息を吐くと男は身体をビクつかせる。

 

「あ、あの」

 

「……私は魔法詠唱者(マジック・キャスター)です、腕力だけで倒せるはずがないでしょう。あれはあくまでこの素晴らしい武器の性能。この杖は物理攻撃に特化しながら、アンデッドの弱点でもある炎を纏わせることもできる至高の一品。これがあったからこそ私一人であれを倒すことができたのです」

 改めて、武器のおかげなのだと説明してやる。

 

「な、なるほど。流石はアダマンタイト級冒険者の方々が持つ武器。そうした物を入手できるのも最高位冒険者の力量あってのことなのですね」

 意地でも武器ではなくナーベ個人を褒めようとする人間に湧き上がる苛立ちを必死に抑え込む。

 

「……いいえ。これは普通に店で買った品です。魔導王の宝石箱。私やモモンさんの武器は全てそこで購入しています」

 

「は、はあ。魔導王の宝石箱、ですか?」

 聞いたことがない。と言いたげな様子に更に不満が募る。

 確かに帝都支店は正式に開店してからまだそう時間は経っていないが、ユリやマーレの働きによりアンデッドを使用した復興支援を中心に売り上げを伸ばしていると聞いていたのだが。

 

「……帝都に現れたという大悪魔ヤルダバオトを撃退した偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウン様の店です。最近帝都でも支店を開店させたと聞いていますが、知らないのですか?」

 

「ああ! 私たちはその間、帝都にいなかったので実際に見たわけではありませんが、そうした噂は聞いています。何でも店主がアンデッドを使う怪しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)と聞いたので店には行ったことがありませんが──」

「ッ!」

 感情ではなく反射で体が動き、殺しそうになる自分を何とか堪える。

 

「──ふぅ。あの方は十三英雄の一人だった死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を遙かに超える御方です。アンデッドを使うのは当然でしょう」

 

「十三英雄、あの死者使いですか。なるほど。それでアンデッドを」

 冒険者活動の間に聞いた英雄譚から聞いた覚えのある名前を挙げると、あっさりと納得を示した。

 冒険者にとってその名前は重要なものなのだろう。

 今後冒険者の宣伝には、これも使えるかも知れない、と内心で思いながら更に畳みかける。

 

「……あの方の店で扱っているマジックアイテムや武具はどれも最高品質の物ばかりです。あなたも冒険者なら、そんな下らない噂を信じたりせずに、万全の用意を調えるべきでは? そうすればこの程度のアンデッドに苦戦することなどなくなりますよ」

 

「な、なるほど。ご助言感謝します。帝都に戻ったら行ってみます」

 ナーベラルの機嫌を損ねたことに今更気づいたのか、冒険者が慌てたように言う。

 とりあえずこれで良い。

 後は帝都支店にいる姉のユリがうまくやってくれることだろう。

 

「では私はこれで。仕事がありますから」

 これ以上会話をしているとうっかり殺してしまいそうなので、やるべきことが済んだらさっさと追い払うことにした。

 

「仕事、ですか?」

 

「ええ。この幽霊船の船長に用があります。あなた方は邪魔ですから、そこのを連れてさっさとここを離れてください」

 

「わ、わかりました。ご武運を」

 そそくさと離れていく下等生物を後目に一つ鼻を鳴らした後、ナーベラルは本命である幽霊船を見上げ、主に露払いが済んだことを伝えるべく、魔法を発動させた。

 

「〈伝言(メッセージ)〉」

 

 

 ・

 

 

「宣伝は上手くいったようだな」

 ナーベラルから骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の討伐と、冒険者への宣伝が終了したと連絡を受けたアインズの前に立つナーベラルの表情はどことなく得意げに見えた。

 

「はい。アインズ様がお作りになったこの杖の力、あの下等生物にもしっかりと見せつけて参りました。帝国の冒険者らしいので、直ぐにでも帝都支店に向かうかと」

 

「帝都支店か。王国側はまだ例の貴族のせいで表だって登録冒険者になる者はいないだろうからちょうど良いな」

 

「はい。ユリ姉さんでしたら、下等生物のあしらいも問題ないかと」

 

「なるほどなるほど。よくやった」

 

「はっ!」

 

「では、いよいよ本命だな」

 改めて幽霊船を見上げる。

 完全に動きを停止した幽霊船からは従えているアンデッド群もそうだが、船長であるエルダーリッチも現れる様子がない。

 逃げようともしないあたり、何か目的があるのかも知れない。

 

(切り札でもあるのか、先にアンデッドでも送り込んで調査するべきか。いや、聖王国での作戦も控えている。時間をかけるのも得策ではない。こちらにはシャルティアもいるんだ。ここは正面から攻め込んでみるか)

 ナザリック、というよりアインズ・ウール・ゴウンの戦術は、情報収集を第一にした安全策が基本だが、未知なる敵に対し考えを巡らせながら、戦いを挑むのもなかなか楽しい。

 かつてナザリック地下墳墓を発見したときも初見で攻略して、本拠地(ホーム)であるナザリック地下大墳墓を手に入れたものだ。

 そのときのことを思い出し、アインズは小さく笑う。

 

「行くぞ、ナーベ。これも冒険、私たちは冒険者だ」

 この程度のことで未知を求めるとまでは言えないが、今日はアインズではなく、冒険者漆黒のモモンとして活動するためにやってきたのだ。

 そうした気持ちを大事にしようと冒険者仲間であるナーベに対して告げる。

 

「はい。お供いたします」

 アインズの渡した杖を握りしめ、強く頷く。

 相変わらず冒険者仲間というより、従者そのものであることだけは少々気になるが、やる気があるのは良いことだ。

 近くで幽霊船を観察したナーベラルの案内で、ボロボロの幽霊船に空いている穴から侵入することにした。

 

 二人──正確にはシャルティアもいるが──で中に入る。

 船内は明かりもなく、真っ暗ではあるが、アインズの闇視(ダークヴィジョン)ならば問題なく見通すことができる。

 外見同様、内装もボロボロであり、手に入れた後使用するには改装の必要がありそうだ。

 そんなことを考えていると、アインズの持つ特殊技術(スキル)、不死の祝福に複数の反応があった。

 霧そのものにアンデッド反応のあるカッツェ平野では役に立たない特殊技術(スキル)だったが、船内では普通に使用できるようだ。

 しかし、多数の反応は動きを見せない。

 不思議に思っていると、その中の一つがこちらに向かって近づき始めた。

 

「ナーベ。注意を怠るな」

 

「はい。モモンさんの身は私、たちが守ります」

 ナーベラルの視線が一瞬、アインズの横に移動してから杖を前に突き出した。

 剣を振るえる程度に開けた場所で、立ち止まり相手を待つ。

 コツリ、コツリ。と杖を突く音が近づき、顔を見せたのはエルダーリッチだった。

 骨に皮が張り付いただけの腐敗し始めた顔には邪悪な英知が浮かんでいる。

 ただし、通常の召喚で現れるエルダーリッチとは格好が違う。

 如何にも船長と言うような帽子を被り、身を宝石や黄金で着飾っている。

 

(やはり普通のエルダーリッチではない、特別種か。捕まえて実験材料にしたいところだが──)

 たった一人で、逃げるでもなく悠然と立ちふさがる様子を見ていると、やはり何かしらの切り札でもあるのか。

 アインズも本気が出せない剣ではなく、鎧を解いて魔法詠唱者(マジック・キャスター)として全力で戦うことも考え始めた矢先、先に動き出したのはエルダーリッチの方だった。

 杖を手放し、流れるような動きで地面に膝を突き、両手を差し出しながら、そのまま頭を深く下げたのだ。

 

「お初にお目にかかります。偉大なる死の王よ」

 声だけはナザリック地下大墳墓でも聞き慣れたエルダーリッチと同じものだが、その言葉にアインズは思わず首を傾げた。

 

「んん?」

 まだ素顔見せてないよな。と思う間もなくエルダーリッチは続ける。

 

「偉大なる死の王よ。御方こそ、我が航海の終着点。どうか、私もあなた様の忠実なシモベの末席に並べていただけますよう、お願い申しあげます」

 更に深々と頭を下げる様子に、アインズは思わずナーベラルに目を向けると、彼女は先ほどと同じくちらりとアインズの横、つまりは現在姿を隠しているシャルティアに目を向けた。

 

「あー」

(そう言うことか! モモンの時はいつも探知阻害の指輪をしているが、シャルティアはしていない。こいつはそれを俺の気配だと勘違いしたのか)

 謎が解けると同時に、少々がっかりする。

 仕事が楽になったのは確かだが、折角の冒険に水を差されてしまった気分だ。

 とはいえ、いつまでも黙っているわけにもいかず、仕方なくアインズは一つ咳払いをしたのち、冒険者から支配者らしい演技に切り替えて応えた。

 

「許そう。では今後お前とこの船は私が使用する。異論はないな?」

 

「勿論でございます。偉大なる死の王よ。私と我が船員たちの忠誠をお受け取りください」

 

(どこかで聞いた台詞だ。前にもこんなことがあったような……)

 どこだったか、と思い出す間もなく、突如アインズの中にあった繋がりが途切れた気配を感じた。

 それは、この幽霊船に他の冒険者を近づけさせないよう指示を出して放ったデス・ナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の組み合わせが倒されたことを示していた。

 

「なに!?」

 思わず声を上げ、アインズは繋がりが途切れた方向に目を向ける。

 当然そこには船室の壁があるだけだった。




最近までリアルの方が忙しく、なかなか趣味に時間が取れませんでしたが、どうにか復活できました

今後に関しては活動報告
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=273837&uid=208289
の近況報告に記載していますので、よろしければご覧ください

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