オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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お久しぶりです
劇場版を見に行ってネイアの可愛さを確認した結果、書き忘れていた話があったのを思い出したので書きました
前回同様、本編中で書き忘れた内容でヤマもオチも無い話ですがよろしければどうぞ


第89.5話 宣戦布告後の交流

 パーティー会場には、今までとはまた違った熱気が満ちていた。

 それも当然だ。

 つい先刻、王国と帝国に加え聖王国まで巻き込んだ三国同盟が結成されたばかりなのだから。

 聖王国はまだしも、王国と帝国は現在戦争の真っ最中。

 それも拮抗しているのではなく、後数年すれば完全に王国の敗北が見えていた状況だった。

 

 そんな中突然の休戦と同盟設立、それも相手はどの国にも無償でモンスター討伐などを行なって国内の治安維持に力を貸してくれていたはずの法国ともなれば、なおのこと。

 そんな中で開店記念パーティーが、同盟設立を祝うパーティーに変わったというのだから参加者は皆、戸惑っているようだ。

 それは国王の護衛として付いてきた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフも同様だった。

 

(なんという日だ)

 もはや護衛は必要ない──護衛をつけていては、逆に同盟設立に水を差すことになる──と主であるランポッサ三世に言われたガゼフは、逃げるようにパーティー会場の奥にある、バーカウンターに移動した。

 ほとんどの招待客は、皆ホールに集まっており、このバーを利用する者はいないだろうと考えたからだ。

 

 招待客はほぼ全て各国の大貴族や大商人……そして王族であり、戸惑いつつも結成されたばかりの同盟内での立場や情報交換など、腹のさぐり合いを行なっている。

 内緒話がしたいのなら、アインズが開放してくれた室内に幾つもあるテラスや客間を使用すればいいだけであり、周囲から離れてはいるが、扉などで区切られてないこの場所で、密談をする者はいないと考えたのだ。

 

 逆にガゼフはそうした政治的なやりとりが苦手であり、下手な行動を取っては主に迷惑をかける結果になってしまうため、集団からは離れ、かといって流石に主がホールにいるのに一人だけ客間に引っ込んでいる訳にもいかない。とこのバーカウンターを利用することにした。

 しかし、同じようなことを考えている者は他にもいたらしく、氷でできた幻想的なバーカウンターには先客が二人座っていた。

 

「おお! こいつは美味ぇ。もう一杯頼む」

 ワイングラスを木製のコップのように豪快に握った男が、店主に向かって声を張るのを、隣に座っていたもう一人の男が諌める。

 

「バジウッド殿。安酒場では無いのですから」

 告げられた名を聞いて、ガゼフは先客が何者であるか察した。

 

「護衛だからって、今まで一滴も飲めなかったんだぜ? こんなに美味い酒、帝国の一流酒場どころか、陛下主催の晩餐会でも飲んだことねぇよ。飲んでおかないと損だぞ」

 

「飲むなと言っているのではなく、飲み方に気を付けたらどうかと言っているんですよ。極上の品だからこそ、味わって飲むべきだと──おや」

 やれやれと頭を振っていた男が、ガゼフの視線に気づき、こちらを振り返る。

 その様子に、もう一人の男もまたこちらを振り返り、二人は同時に眉を寄せた。

 

「おー。これはこれは。王国戦士長殿じゃねぇか」

 

「……帝国の雷光──ペシュメル殿か」

 振り返って不敵な笑みを浮かべているのは帝国四騎士の一人、バジウッド・ペシュメルだ。

 

「近隣諸国最強の戦士と謳われている戦士長殿に名前を覚えて貰っているとは俺もまんざらじゃないな」

 ガゼフの言葉にバジウッドは皮肉混じりに笑う。そこには僅かに敵意も混ざっていた。

 無理もない。

 ガゼフとバジウッドはかつて戦場でまみえ、死闘の末ガゼフは四騎士のうち二人を討ち取った。

 もちろん戦争なのだから個人的な感情は排除するべきなのだが、やはり互いに人間である以上、それは簡単なことではない。

 

「バジウッド殿」

 隣に立った細身の優男が再度諫める。

 バジウッドと一緒にいてなおかつ対等な間柄であるとなれば、自ずとこちらの名も判明する。

 同じく帝国四騎士の一人であり激風と呼ばれているニンブル・アーク・デイル・アノックで間違いない。

 彼は前回の戦争でガゼフが討ち取った二人の穴埋めとして皇帝に見いだされた者であるため、ガゼフと直接戦ったことはなく、顔を合わせるのも初めてだったはずだ。

 

 だからこそ、バジウッドと異なり、個人的な恨みや憤りはないということなのか、友好的な笑みを浮かべて、会釈してきた。

 ガゼフも返しつつ、さてどうしたものかと思案する。

 パーティー終了までここで時間を潰すつもりだったが、この二人と飲むというのは、正直決まりが悪い。

 そんなことを考えるガゼフを笑い飛ばすかのように、バジウッドは豪快に鼻を鳴らした。

 

「はいはい、分かってるって。俺たちはもう同盟関係だもんな。つーわけだ。俺のことはバジウッドでいいぜ。姓で呼ばれるのはどうも慣れん」

 明け透けな物言いにニンブルは渋い顔をしているが、ガゼフとしてはそちらの方が気が楽だ。

 

「ならば俺のこともガゼフで良い」

 ガゼフの返事にもう一度ニヤリと不敵な笑みを浮かべたバジウッドは手招き代わりに顎を引いた。

 

「こっち来いよ、ガゼフ。一緒に飲もうぜ」

 

 

 

 三人はバーのカウンターに並んで座る。

 

「ご注文はいかがなさいますか?」

 アインズが着けているものと似た仮面を着けた店主がガゼフに問うてきた。

 

「……では、彼らと同じ物を」

 少し考えてから、チラと二人の手元にあるガラス製の酒杯に目をやる。

 芳醇な香りが漂う濃紫色の酒はワインだろう。

 仕事の忙しさもあって、酒自体あまり飲む方ではないが、それでも家でたまに飲むときはワインが多い。

 最も、ここで振る舞われる品はガゼフが普段飲んでいるような安酒とはまるで違うのだろうが。

 

「かしこまりました」

 恭しく頭を下げた店主の立ち居振る舞いも合わせて、酒場というよりは貴族が利用する社交場のような雰囲気に満ちた場所で飲んでも味が分かるかどうか。そんなガゼフの心配は無用のものだった。

 

 差し出された王宮でも見たこともないような精巧な細工模様が施されているガラス製の酒杯を慎重に手にとって、改めて三人で乾杯をした後、一口飲むとあまりの美味さに目を見張った。

 いつかアインズの店に最初に行った際に振る舞われた果実水を飲んだときと同じ、否それ以上の歓喜が口から全身に広がり体に力が漲っていくように感じられる。

 しかし、二度目ということもあってか何とかそれを表に出さずに済んだ。

 安堵しているとバジウッドが、こちらをニヤニヤと眺めていることに気づく。

 

「流石はガゼフ殿。これほどの美酒を前にしても眉一つ動かさないとは。こいつなんて飲んだ瞬間、美味い! って声張り上げてたからな」

 

「バジウッド殿、そのような。だいたい、それは貴方も同じでしょう」

 慌てて、けれどどこか余裕を持った態度でニンブルが口を挟む。

 

「いやいや。俺は美味いものを飲み食いしたときは何時だってそうだが、お前は仮にも伯爵位を持つ貴族様だろ?」

 

「伯爵位ならバジウッド殿も持っているでしょうに」

 

「おっと、これはやぶ蛇だったな」

 ガハハと豪快に笑うバジウッドを見ながら、ガゼフは内心驚愕を覚えた。

 バジウッドが伯爵位を持っているという話に対してだ。

 ニンブルの方は一つ一つの所作が美しいというか、幼少期から訓練していた者のみが持ち得る気品のようなものが感じられるが、バジウッドからはそうしたものは感じられない。

 

 それも当然であり、彼は元々貴族でも何でもない裏町で育った腕自慢だったが、帝国の皇帝ジルクニフに見いだされたことで、四騎士の座に就いたと聞いている。

 一方自分は、御前試合で優勝し王に仕えることになった後も、貴族派閥の介入によって、一代限りの貴族である騎士の位を与えることすら許されず、王が苦肉の策として戦士長という新たな役職を作ったほどだ。

 そもそも貴族位が欲しいわけではなく──むしろそんなものを貰っても、自分にとっては窮屈なものでしかなく何かと持て余すだけなので、戦士長の立場の方がありがたいくらいだった──伯爵位という高い地位の貴族位すら、一存で平民に与えられる皇帝の絶対的な権力に驚かされたのだ。

 

「……ところでよ、ガゼフ。ぶっちゃけた話どう思う?」

 不意にまじめな口調になったバジウッドの言葉にガゼフはグラスを置く。

 

「どう、とは?」

 

「法国との戦争だよ」

 

 普通に考えれば、それぞれ広大な領域を持ち、軍事力も高い三ヶ国が同盟を組んでいる以上、一国だけでは勝ち目はないが、法国は周辺国家最強の軍事力を持った大国だ。

 

「法国自体も強力な国だが、あそこには何とか聖典って特殊工作部隊があって、そいつ等は一人一人が英雄級の力を持っているそうじゃねぇか。俺たちは戦ったことがねぇからよ」

 

(そういうことか)

 バジウッドの狙いが読めた。

 

「……俺も戦ったことはないからよく分からんな」

 本当はアインズと出会った際、貴族派閥の計略により陽光聖典と戦っていたが、そのことは口外されていない。

 そもそも派閥争いによって、自国の戦力であるガゼフを暗殺しようとしたなど王国にとって恥以外の何者でもない醜聞だ。

 当然そのことを口にすることは許されない。

 しかし。

 

「ふぅん?」

 あからさまに信じていない口調で鼻を鳴らす。

 

(やはり帝国には情報も流れていたのか。しかし……)

 それでも話すことはできない。

 同盟を結び、これから轡を並べて法国と戦っていく相手に、敵の戦力に関する情報を知らせないというのも本来はおかしな話だが、ガゼフが勝手に話す権利などあるはずがない。

 そんなことが知られれば貴族派閥との政治争いの火種となり兼ねない。

 ただでさえ、王がこの場で三国同盟に参加すると決めたことで後に貴族派閥からの突き上げを食らいかねない立場にいるのだから。

 

(せめて派閥争いが終わり、国が一つに纏まっていれば──)

 王国の惨状と己の不甲斐なさを飲み込むように、ガゼフは残った酒を一気に呷った。

 

「おお。良い飲みっぷりだ。ほら見ろ、やっぱり酒はこうやって飲んでなんぼなんだよ」

 

「い、いや。そういうわけでは……」

 

「別にそうした飲み方にケチを付けるつもりはありませんが、それには相応しい酒があるのではないかと言っているんです。このような極上の美酒でやる飲み方ではないでしょう」

 

「ふーん……なら店主さんよ。それに相応しい酒とやらはあるかい?」

 ニンブルの言葉を初めは適当に聞き流そうとしていたバジウッドだったが、不意に思いついたように手を叩き、ガゼフにワインを渡してから口を開かず立っていた店主に声をかける。

 店主は少しの間考えるような仕草を見せたが、直に一つ頷いた。

 

「冷えたビール、いえ麦酒(エール)がありますよ」

 

「冷えたエール? おお、なんか南方ではそんな飲み方をするって聞いたことあるな。んじゃそれを二人分。ついでにお代わりもたっぷり用意しといてくれや」

 

「バジウッド殿?」

 二人分、それも飲む前からお代わりの用意をさせておくやり方も含め、いやな予感がして問うとバジウッドはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「まだまだお互い蟠りもあるだろう? ここは親睦を深める意味でも酒飲み勝負といこうじゃねぇか!」

 明らかな話題転換はこちらを気遣ったものだろうか。と一瞬考えたが、その視線が鋭いことに気づき、違うとわかった。

 

「今回は、いや。同盟を結んでいる間は、ケリを付けることもできねぇからな。受けてくれるよな? 戦士長殿」

 あえて戦士長と呼ぶバジウッドに、ガゼフもまたウジウジと悩むことを止めた。

 もちろん考えなくてはならないことは山ほどあるが、今の自分がここでできることなど殆どない。

 

「まあ、俺も勝負と名が付けば受けない訳にはいかないな」

 

「ほぅ? おもしれぇ。店主、やっぱり麦酒は三人分だ」

 

「はぁ? 私もですか?」

 

「当たりめーだ。これは王国戦士長と帝国四騎士の代理戦争だぜ? お前が入らないでどうする」

 

「いや、私は量の方はさほど」

 仲が良さそうにじゃれあう二人を見ながら、ガゼフはふと、自らの友であるブレインのことを思い出した。

 以前ボロボロになっていたブレインをかくまったときは結局共に酒を飲むことはなかったが、ここから戻った後、いや、法国との戦争が終わったら彼を誘って酒を飲みに行くのも悪くない。

 そんなことを考えながらガゼフはドンとテーブルを叩き二人の視線を向けさせるとニヤリと笑う。

 

「二人掛かりでも構わんぞ。俺の肩書きは酒の席でも通じるからな」

 

「言うじゃねぇか! 悪いが、周辺諸国最強の酒豪の看板は今日ここで下ろしてもらうことになるぜ。な?」

 

「……はぁ。分かりましたよ。せっかく極上のワインをじっくり味わえると思ったんですけどね」

 簡単に挑発に乗ったバジウッドと嫌々ながらも参戦を表明するニンブル。

 それを見計らったかのように、テーブルの上に大きな握り手が付いた透明なジョッキに入った黄金色の酒が並ぶ。

 ジョッキの縁ぎりぎりのところまで白い泡が付いている。

 色といい、泡といい、ガゼフがたまに酒場で飲むエールとはまるで違うようだ。

 

「これは」

 

「おお!」

 

「これがエール?」

 各々がジョッキを手に取った。

 キンキンに冷えているそれを持ち、三人はそれぞれ顔を見合わせる。

 合図は誰が、と思っているとバジウッドはガゼフを顎でしゃくった。

 言い出したのはバジウッドだというのに。

 苦笑しつつガゼフはジョッキを持ち上げる。

 

「では。打倒法国を誓って」

 せっかくだ。

 先ほどアインズが見せてくれた流儀に合わせるとしよう。

 一度言葉を切り、ジョッキを掲げる。

 

「乾杯!」

 ガラスがぶつかり合う音と共に三人の声が重なった。

 

 

 ・

 

 

 水晶の画面(クリスタル・モニター)には、パーティー会場の様子が映っている。

 開店記念パーティーから、三国同盟結成の祝賀会となった当初存在した各国同士の、さぐり合いを兼ねたぎこちなさはいつの間にか薄れていた。

 その理由は三国の首脳全員が、積極的に他国の人間と交流しているためだ。

 特に招待客の割合が多く、なおかつ国内に於ける権力が最も強いバハルス帝国の皇帝ジルクニフが護衛である帝国四騎士も遠ざけて一人で行動し、様々な相手に声をかけて回っていることが大きい。

 

 これも全ては、主が事前にジルクニフの牙をへし折ったからこそだ。

 その上で主はジルクニフの働き次第では今後も友好的な関係を続けるという意志を見せるために、わざとソリュシャンの正体を法国に売ろうとしていたことでジルクニフを脅すやり方を採らなかった。

 故にジルクニフは自発的に主のために働くことを選択する。

 これら全てが主の狙いだ。

 

 いや、それで全てとは思えない。これは深謀遠慮の極みたる主の計略なのだから。

 思わずため息を吐きそうになる己を律し、デミウルゴスは改めて、画面を注視した。

 もはやどんな些細な異変も見逃すまいと、気合いを入れ直してパーティー会場、特にジルクニフを中心に監視を続ける。

 と同時に少し離れた所から甲高い声が上がった。

 

「あー! あの女、またアインズ様に邪な視線を向けていんす。これで七度目でありんすぇ」

 

「婚姻に関係する話題を振られたときにだけ見ているわね。人間如きが烏滸がましい。やはりあれは、さっさと殺して偽物とすり替えるべきだったわね」

 シャルティアの言葉を受け、その隣に座っていたアルベドも同意を示す。

 

 彼女たちはジルクニフ以外の二国のトップの監視を行なっている。

 今言っているのはおそらく聖王女カルカ・ベサーレスのことだ。

 聖王国事変によって主に、国のみならず彼女自身も救われたことで、こちらはジルクニフより以前から主に心酔しきっている。

 

 デミウルゴスとしても計画を立てた段階でそうなるように仕向けていたし、仮に失敗してもドッペルゲンガーを使って代役を立てれば良いと考えてのことだったが、こちらも流石は主というべきか、デミウルゴスの想像以上に心酔している。それだけでなく国を守るためにも恋慕の感情も抱いているようだが、それは今回の計画に於いて重要度は低い。

 もっともそれはあくまで計画にとってであり、主の寵愛を欲し正妻争いをしている二人からすれば、不快感を覚えるのも仕方がないのも事実。

 とはいえ、カルカの担当はシャルティアであり、アルベドはランポッサ三世の監視が役目だったはずと、チラと視線を向けると画面にはカルカのみならずランポッサ三世も映り込んでいた。

 いつの間にか合流していたらしい。

 

 それでも問題がないとは言わないが、シャルティアならばともかくアルベドなら、二人を同時に監視する程度の芸当はさして難しくはない。あえて何も言わないでおこう。

 そう思ったのもつかの間。

 

「やっぱりここはわらわが直接、あの女に牽制をかけてくるべきではありんせん? せっかくのパーティー。ここでアインズ様に正妻がいることをアピールしておけば──」

 シャルティアが勝手なことを言い出す。

 聖王女には、最低限この三国同盟を維持している間は主のことを想っていてもらわなくてはならない。

 そのことを指摘しようとするが、先にアルベドが動いた。

 デミウルゴスの代わりにそれを指摘しようとしている。とは思わなかった。

 

「フザケたことを。それならば私が行きます。ランポッサとは顔見知りですし、近くの方が精度の高い監視ができるわ」

 

「そっちこそフザケたことを言わないでくんなまし。だいたいトウの立ったあのおばさんを諦めさせるにはやっぱり、若さの方が重要でありんしょう」

 

「あ?」

 

「なぁに? 別にアルベドのことは言っておりんせんぇ?」

 

「いつぞや自分で言ったことも忘れたの? 脳にまで保存料ぶち込まれているんじゃないの?」

 

「あ?」

「ああ?」

 当然のように言い合いから、殴り合いに発展しそうな二人に対し、デミウルゴスは全力でため息を吐きつつ、自分だけでは止められないと理解していたため、早々に通達を出すことにした。

 

「マーレかい? そこにアウラとコキュートスも居るね。悪いが今から三人でこちらに来てくれないか? そうだ。猛獣を抑え込まなくてはならないようだ」

 今回のパーティーを完璧に成功させるために他の仕事は部下に任せて召集していた守護者たちをこんなことに使うつもりはなかったが、なんとしても主に知られる前に事態を収束しなくてはならないと、デミウルゴスは動き出した。

 

 

 ・

 

 

 パーティー会場の片隅、並べられた料理を選ぶ振りをしながらネイアは周囲の様子を観察する。

 あちこちで様々な会話がなされている中、商人らしき二人組の会話が聞こえてきて、そちらに意識を集中させる。

 

「あの仮面の淑女が?」

 

「ええ。ゴウン殿が各国の大貴族の後に、挨拶に出向いた御方です」

 

「聖王国出身の御方ですな。先ほどまでカストディオ殿と連れ立って歩いていましたから」

 

「聖騎士団団長にして、九色の一つを戴く英雄と? でしたら、やはり貴族筋のご令嬢でしょうか。しかし、そうなるとあの仮面はいったい──」

 

(いやいや! 私はただの聖騎士見習いの従者ですから!)

 遠巻きにこちらを見て会話を続ける二人組に訂正したい気持ちを必死に抑えながら、ネイアは心の中でだけ否定する。

 事前に主であるカルカより、命を受けていたためだ。

 

 基本的に王侯貴族か大商人などといった政財界の大人物しか参加できないこのパーティーに、従者でしかないネイアを参加させるには身分を隠すのが最も手っとり早い。

 加えて、聖王女の護衛に付くため、ネイアから離れていく直前、レメディオスからは仮に何か話しかけられたとしても、身分だけでなく名前も知らせないように上手く立ち回れ。と言われてしまったことで、難易度は更に上昇した。

 だからこそ、こうして室内に神経を張り巡らせ、会話を盗み聞きしているのだ。

 

(あそこの人たちもこっちに来そうだな。離れよう)

 ネイアのような一般人を貴族の令嬢と勘違いしている二人組の目つきが変わったことを敏感に感じ取る。 

 商売人にとって人脈を広げるのは重要な仕事の一つである以上、当然の対応ではあるが、素性を隠さなくてはならないネイアとしては、何を話したらいいのかも分からない。それなら初めから会話をしないよう離れるのが手っとり早い。

 早速さりげなくその場を離れるため、手に持っていた皿をどうしようかと、周囲を見回す。

 

「お預かりいたします」

 

「あ。はい、お願いします」

 すっと現れたメイドが、皿を回収し優雅に一礼してその場を離れていく。

 近くにいたことには気づいていたが、彼女がこちらに意識を向けている様子はなかったというのに。

 

(視野が広い。まるで熟練の野伏(レンジャー)みたい)

 どんな分野でも一流の実力を持った者たちは、似通った技能を持つというが、メイドという仕事も、相手の負担を感じさせず他者のサポートをするという意味では野伏(レンジャー)に近い技量が求められるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、改めて移動しようと周囲を見回したとき、ふと思い出した。

 

(そういえばシズ先輩はどこだろう。ゴウン様は、後で時間を作ってくださるって言っていたけど……)

 シズの本業もメイドであり、アインズは後で休憩を与えると言っていた以上、この建物の中にいるのは間違いないが、少なくともパーティー会場にはいないようだ。

 気づかれないようにこっそりと息を落とす。

 それは安堵の息でもあった。

 

 ネイアは聖王女からパーティー中にシズから呼ばれたら、そちらを優先して構わないと言われている。

 はっきりと言われたわけでは無いが、その狙いは何となく分かる。

 

 シズはメイドではあるが、アインズが心の底から大事にしているのは誰が見ても明らか。

 そんな相手と仲良くしておくことは、回り回って聖王国の利益にも繋がると言いたいのだろう。

 シズのことはそうした利害関係抜きに、純粋に先輩として慕っていただけに、それを利用されるのはあまり良い気はしないが、ヤルダバオトの動乱や、今後起こる法国との戦争のことを考えると聖王国としては是が非でもアインズや魔導王の宝石箱との関係を強めておきたいという聖王女の気持ちも分かるため強く反対はできなかった。

 

(私はどうしたら──)

 

「失礼致します」

 

「ひっ!」

 ため息を吐く直前、突如として掛けられた声に思わず身を竦ませる。

 さっきのメイドと異なり、近づいてきた気配すら分からなかった。

 前にもこんなことがあった気がする。

 確かアインズとシズに初めて会ったときだ。

 

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、夜会巻きに眼鏡を掛けた美しい女性だった。

 給仕をしているメイドたちも一人一人が絶世の美女と呼んで差し支えない美しさを誇っているが、彼女もまた同様に美しい。

 他のメイドたちと服装が少し違う辺り、何か特別な立ち位置にいる人なのかもしれない。

 そんなことを考えているネイアに、彼女はにっこりと笑い掛けながらこう告げた。

 

「ネイア・バラハ様ですね。お嬢様がお話をしたいと仰られております。お時間少々よろしいでしょうか?」

 

 

 

(ど、どうしてこんなことに)

 目の前に座る女性から注がれる視線に晒されて、ネイアの背中から止めどなく汗が吹き出し続ける。

 

「ふぅん。この娘がシズのお友達、ね」

 自己紹介を終えたネイアに対し、名乗ることもなく一切遠慮の無い視線を向けてくる。

 ネイアに興味があるというよりは、遙か高みから観察している風でもあった。

 その不躾さには少々思うところがあるが、滅多なことは言えない。

 

 彼女の名はソリュシャン・イプシロン。

 魔導王の宝石箱・王都支店の支店長にして、アインズの友人の娘であり、現在は娘同然に世話をしている存在だという。

 それはシズも同様だが、彼女が多数いるメイドの一人なのに対して、ソリュシャンは店舗を一つ任せられている、言うなれば経営に携わっている重要なポストに就いている女性だ。

 

(私はゴウン様がシズ先輩のこと大事にしているのは知っているけど他の人たちは分からないもんね)

 アインズ本人の考えがどうあれ、外から見れば重要度が高いのは、各支店の長として配置されている娘同然の扱いを受けている者だ。

 その中でもソリュシャンは唯一今回のパーティにも参加させていることから、アインズのお気に入りだと考えられている。

 聖王国のみならず、王国、帝国も含んだ三国同盟の発起人となったアインズはもはや一介の商人ではない。

 

 各国の大貴族以上に重要な立場となったのだ。

 そのアインズの愛娘となれば、ネイア如きが機嫌を損ねるわけにはいかない。

 そんなこともあって、こちらから何か言うこともできず、視線を逸らすことすら失礼にあたるため、無言の沈黙が場を支配する中、パンと小気味良い柏手の音が鳴り、ネイアはついそちらに目を向けた。

 

「ソリュシャンお嬢様。お戯れはその辺りで」

 ネイアを呼びにきたメイドの言葉で、ソリュシャンはそれまでのこちらを見下しているような視線から一転して表情を崩し、クスクスと笑う。

 

「ごめんなさい、ユリ。あの娘が友達を連れてくるなんて初めてのことだもの。ちょっとからかいたくなっただけよ」

 ユリと呼ばれたメイドはソリュシャンの言葉に僅かにため息を落とす。

 彼女たちの仲は思ったよりも気安いようだ。

 

「失礼いたしました。申し遅れましたが私はユリ・アルファ。シズの姉です」

 

「あ! はい。よろしくお願いします」

 その言葉を聞いて思い出す。

 アインズが言っていたネイアに会いたがっていたシズの姉とは彼女のことだろう。

 ネイアに注目が集まっている状態で、メイドが招待客を呼んでいると言う訳にいかず、ソリュシャンが呼んでいると言ったのかもしれない。

 納得はできたが、さて、ここからどうすればいいのか。と考えた矢先。

 

「ソリュシャン……様。うるさい」

 ネイアにとって友人であり、共に旅をした戦友であるシズが室内に入ってきた。

 

「シズ先輩!」

 シズは見慣れたメイド服ではなく、パーティー用のシックなドレスを身に纏っている。

 

「あら、その服どうしたの? シズ」

 

「ネイアと食事をすると言ったらアインズ様が貸してくださった」

 無表情ながら誇らしげで、そして嬉しそうなのは、ネイアにも分かった。

 しかし、それだけではないような気がする。

 

「とってもよくお似合いです!」

 

「……ん」

 ネイアの賛辞を受けても、反応はどこかぎこちない。

 その態度で理由が何となく想像できた。

 アインズからドレスを贈られたことは本気で心の底から嬉しいのだろう。

 ただ。

 

「いつものメイド服と同じくらい、よく似合っていますよ」

 そう言った途端、シズは顔を持ち上げ同時にアイパッチで隠されていない右側の瞳を開いた。

 その動きは僅かだが、無表情な彼女にとってそれが驚愕を示しているのは間違いない。

 

「そう。よく分かってる。やはりネイアは見所がある」

 心なしか声まで弾ませて、シズはネイアの肩をポンポンと叩く。

 やはり彼女が気にしていたのはそれだった。

 本来、ドレスよりもメイド服の方が似合うなどと言えば、相手を貶めると取られても不思議はないが、聖王国で共に旅をしていたときから、ずっとメイド服を身につけ、アインズの世話を甲斐甲斐しく行なっていた彼女は、それこそネイアでも分かるほど使命感と喜びに満ち満ちていた。

 

 きっと彼女はアインズのメイドとして働けることを、心の底から誇りに思っている。

 彼女にとって、メイドは仕事というより生き方そのものなのだ。

 聖王女陛下に忠誠を誓い、国民のために戦うことを選んだ聖騎士もまた、同じように仕事ではなく生き方としてその道を選んだ者ばかりだからよく分かる。

 そしてなにより。

 

(本当のことだもんね)

 お世辞でも何でもなく、彼女のメイド服姿は、初めからその服を着るために生まれてきたかのように、よく似合っていた。

 その意味では、今ネイアの後ろにいるユリもそうだ。

 シズの物とは意匠の異なるメイド服がよく似合っている。

 きっとアインズが、一人一人に似合った物をプレゼントしてくれたのだろう。 

 

「へぇ」

 どこか感心したような声が背後から聞こえたが、振り返る前にシズが肩に乗せていた手を下ろし、ネイアの腕を引いて歩きだした。

 

「こっち」

 

「ちょ。シズ先輩、痛い。ちょっと痛いです」

 グイグイ進んでいくシズによって、ネイアは室内中央に設置されたダイニングテーブルまで半ば引きずられるように連れて行かれることになった。

 

 

 その後の会食は、とても和やかに進んだ。

 この場に於ける上位者であるソリュシャンは特に聖王国の話を聞きたがった。

 正確に言えば、聖王国そのものではなく、先日のヤルダバオト事変に於いて、アインズが如何なる活躍をしたかについてだ。

 それをシズとネイアで、互いに話を補完しつつ語るとソリュシャンだけでなく、給仕を行なっていたユリもまた話に聞き入っているようだった。

 

 その合間合間に、ネイア自身のことも尋ねてくる。

 自分の話など聞いて楽しいとは思えないが、事前に聖王国内の機密──ネイアはただの従者なので、そこまで詳しくはないが──は誰にも話さないように言い含められていたこともあって、そちらに頭を割かなくても良い自分の話をするのは気楽だったこともあり、色々と話をした。

 そうこうしているうちに、生まれてから一度も食べたことのないような豪華な食事も終わり──正直緊張のしすぎで、あまり味は分からなかった──そのまま、食後のお茶会へと移行していく。

 

「ユリ。貴方も一緒に食べましょう」

 テーブルにお茶受けの菓子を並べ終えたユリに、ソリュシャンが言う。

 

「ですがお嬢様」

 

「いいのよ。貴女もこの娘と話したいのでしょう?」

 ソリュシャンは噂では見かけも態度も非常に高飛車で、ともすれば貴族のような傲慢さを持っていると聞いていた。

 だが、実際に話してみると意外と言っては失礼だが、ネイアのような庶民の従者や、ユリやシズのようなメイドたちにも気さくに接しているあたり、噂というのも案外当てにならないものだ。

 ソリュシャンにそう言われても、見た目通りの生真面目さゆえか、踏ん切りがつかなそうなユリに対し、ネイアは覚悟を決めて話しかける。

 

「わ、私もシズ先輩のお姉さんと話したいです」

 単なる一庶民の従者とはいえ、今回ネイアは魔導王の宝石箱から招待を受けた側だ。

 その客が望んでいるという形を取れば、ユリが参加しやすくなると考えたのだ。

 

「ほら。この娘もそう言っているんだから」

 

「……畏まりました」

 ネイアの思考を読みとったらしいソリュシャンの後押しによって、ようやくユリも納得したようだ。

 

「さ。では早速お茶会を始めましょう」

 ユリの気が変わらないうちにと考えたらしい、ソリュシャンの言葉と共にお茶会は始まった。

 

 食事のときは緊張のせいで、味わう余裕はなかったが、流石に慣れてきたこともあり、お茶会で出された数々のお菓子はしっかりと味わうこともできた。

 こんなに甘く美味しいお菓子を食べたのは生まれて初めてで、そのことがネイアの口を滑らかにしたのか、自分にしては珍しく話も弾む。

 聖王国での話はだいたい語り終わった頃、ソリュシャンがこちらをじっと見ていることに気が付く。

 

「ずっと思っていたんだけど、貴女」

 

「は、はい!」

 思わず上擦った声を上げると、ソリュシャンは口元を隠しながらクスクスと上品に笑う。

 そうした一つ一つの態度は、付け焼き刃のネイアとはまるで違う、上流階級の令嬢そのものだ。

 

 彼女はあくまで商人であるアインズの娘同然の存在。

 つまりは商人の娘という立場としては庶民であるネイアと生まれ自体は変わらないはずだが、彼女の態度からは、それを感じさせない。

 そんな彼女からの指摘とあって、思わず緊張してしまう。

 

「姿勢が悪いわね。せっかくドレスを着ているのに、着せられているというか」

 こちらがずっと気にしていたことをズバリと言われて思わず言葉に詰まる。

 このドレスは、ネイアの主である聖王女から賜った物で、華美ではないが使われている布の手触りや仕立ての良さは間違いなく一級品であり、ネイアのような庶民ではとうてい手が届かないような一品だ。

 

「ド、ドレスは着慣れていなくて……」

 言い訳のように口にする。

 

「それは見ていれば分かるけれど」

 呆れを含んだ息を吐くソリュシャンの視線は冷たい。

 何を言いたいのかはすぐに分かった。

 こうしたパーティーに於いては招待された客側にも格が求められる。

 

 王族を招待するようなパーティーならばなおのことだ。

 もっとも今回は王侯貴族のみならず、騎士や商人、冒険者なども招待されているため──それでも、このパーティーに招待されるだけの名声を轟かせている実力者ばかり──そこまで厳しいわけではないが、商人や冒険者が礼儀を知らないのと異なり、ドレスを着て、いかにも貴族令嬢のフリをしているネイアがこういう場に来るのなら、それぐらいは練習をしてくるべきだと言いたいのだろう。

 

 とはいえ、ネイアはこのパーティに参加するまでは、あくまでカルカの護衛、正確には護衛である聖騎士団の従者として同行したため忙しく、そうした勉強をしている余裕がなかったということもある。

 しかし、それも言い訳と言われればそれまで。

 

 何を言えばいいのか分からず身を縮ませていると、ソリュシャンはその場から立ち上がり、こちらに近づいてくる。

 ネイアの聴覚を以てしても、足音が一切聞こえず体幹のブレもない。

 ネイアの父のような凄腕の野伏(レンジャー)にも同じようなことはできるが、彼女にはそれに加えて優雅さがある。

 

「お嬢様」

 

「大丈夫よユリ。少し指導してあげるだけ。仮にもアインズ様から頂いたアイテムを装備した状態であれはちょっと、ね」

 ツイとソリュシャンが指したのは、この場に入る際に外した仮面──ミラーシェードがあった。

 これは確かにアインズから贈られた物だ。射手としての能力を上げる魔法の装備であり、そのお礼を言うためにつけてきたのだ。

 それを見た瞬間、ソリュシャンを止めようとしてくれていたユリが目を見張る。

 

「アインズ様からの?」

 驚くユリに、我関せずの態度でドリンク──旅の中でネイアも何度か貰った、信じられないほど甘くて美味しいドロドロとした飲み物だ──を啜っていたシズもストローから口を外す。

 

(シズ先輩!)

 二人の視線に晒されて、すっかり萎縮していたネイアが助けを求めるように視線で訴えると、シズは任せておけとばかりに、こくりと頷き──

 

「……そう。生意気にも戦いの時にアインズ様に抱きかかえられたりもしていた」

 

「へぇ?」

 ソリュシャンの視線が更に強くなる。そこに込められているのは殺気とまでは言わずとも、かなり強い意志が含まれていた。

 声にならない悲鳴を上げつつ、更に身を縮ませていると、ふぅ。と小さく息を吐く音が聞こえ、同時に重苦しい気配も霧散する。

 

「んんっ。とにかく。私が少し指導してあげるわ」

 不敵な笑みを浮かべて言う彼女の言葉は、提案ではなく決定に近かった。

 

「……頑張って」

 最後の頼みのシズの声は相変わらず平坦そのものだったが、どこか楽しんでいるようにも聞こえた。

 そんなシズに対して、ソリュシャンはニンマリと意地の悪い笑みを向ける。

 

「あら。シズにも協力してもらうわよ。貴女のお友達なんですもの」

 

「……?」

 突然言われて可愛らしく首を傾げるシズとは対照的に、彼女も一緒だということにネイアは安堵の息を吐いたが、それが勘違いだと気づかされるのはこのすぐ後だった。

 

 

 

「背筋を伸ばして。顔を上げる!」

 

「は、はい!」

 ソリュシャンの鋭い言葉にネイアは体をびくつかせて前を見た。

 ほんの僅かな先にあるのは途轍もなく整った美少女の顔。

 思わずゴクリと喉が鳴る。

 

 ネイアより少しだけ小柄とはいえ、背丈に大きな差はなく、殆ど真正面から向かい合う形となる。

 アインズを交えた三人でアベリオン丘陵を旅したときから何度となく顔を合わせているとはいえ、こんなに至近距離で見ることはなかった。

 これほどの美貌と至近距離で対面するのは、もはや美の暴力に他ならない。

 その上、今の彼女は。

 

「シズ。貴女は男役なんだからもっと力強くリードして」

 

「ん」

 ネイアの腰に回されていた手に力が籠もりグイと引き寄せられる。

 思わず抵抗してしまうが、ネイア程度の抵抗など意にも介さない。

 相変わらず細身な外見からは想像もつかない腕力だ。

 

 結果為す術もなく更に密着する形となる。

 そう。現在ネイアはソリュシャンの指導でダンスの練習をさせられていた。

 そしてシズはそのパートナーとして、男役を務めているのだ。

 

「……力入りすぎ」

 

「す、すみません!」

 普段の愛くるしい小動物のようなシズとは違う強引さ。

 その落差に、心臓が跳ねる。

 

「……まだ堅い」

 

「うぅ」

 さっきまでとは別の緊張のせいなのだが、はっきり言うことはできず、言葉を詰まらせた。

 ネイアの緊張の意味を理解しているのだろう。ソリュシャンは相変わらずニヤニヤと底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

 くそう。

 心の中で悪態を吐きつつ、どうにか覚悟を決めて顔を正面に向けなおす。

 まるで作り物のように完璧に整った顔立ちに、宝石のように輝く瞳ともう片方の目に付けられた眼帯。

 光を受けて輝く赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪は、今は一つに纏められている。

 

 キッチリとした燕尾服と相まって中性的な美少年のようにしか見えない。

 ネイアは参加したことはないが、舞踏会にでも出ればさぞ黄色い声援を送られることだろう。

 そんな美貌の持ち主がネイアだけをじっと見ている。

 常日頃、父親譲りの鋭い目つきのせいで、人から目を逸らされる経験はあっても、ここまでまっすぐに見つめられるのは──家族以外では──慣れていない。

 それでもどうにか意識を強く持ってシズを見返していると、彼女は可愛らしく首を横に傾げた。

 

「……足。止まってる」

 

「あ」

 顔から目を逸らさないことばかりに注力してしまったことで、別の部分が疎かになってしまう。

 ワタワタと慌てる様を見てソリュシャンは余計ににやつき、ユリは優しげな微笑を浮かべている。

 気恥ずかしさを覚えて、顔を下げそうになった瞬間、腰に回っていた手がネイアの額に移動してグイと無理矢理持ち上げられる。

 

「うん。やっぱりこっちが似合う」

 

「あら。一円シール」

 

「え、え? あ。またあれ貼りました?」

 

「お気に入りの証ね」

 お気に入り。と言う台詞を聞いて思わずシズに視線を移すと、彼女は小さく顎を引いて頷いた。

 

「……そう。お気に入り」

 そう続けたシズの表情はいつもと同じ無表情のはずなのに、どうしてかほんの少しだけ微笑んでいるように見えた。

 

「んんっ!」

 自ら咳払いをして無理やり自分を落ち着かせる。

 そうしてから、シズの瞳を改めて見る。

 正確にはそこに映っているネイア自身の顔を。

 数字の一が書かれた丸いシールを貼っている姿は、我ながらなかなか間抜けで、思わず笑ってしまいそうになった。

 

「……じゃあ、行く」

「はい!」

 そんな私を見て、肩の力を抜けたことが分かったのだろう、一言告げてからシズはまた踊り出す。

 まだまだ拙いダンスだが、少なくともそこからは緊張することなく余裕も生まれ、楽しい時間を過ごすことができた。




分かりやすさを重視して一番最後に配置していますが、ある程度時間が経ったら前話も含めそれぞれの位置に移動させます
またなにか思い出したら書くこともあるかと思いますのでそのときはよろしくお願いします
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