ナザリック全体の方針ではなく、アインズ様個人の今後の方針が決定する話です
セバスとシャルティアが部屋を後にし残されたのはアインズと、ことの成り行きを見守っていたこの店でのアインズのメイド兼従業員のツアレのみ。
一息入れたいところだが、ツアレが居たのではそれも出来ない。
「──ツアレよ」
「は、はい!」
そんなに緊張しなくても、と思うがどうもツアレの立場は色々と複雑らしいので無理もない。
ユリに聞いたところ、一般メイドたちはツアレのことをあまり快く思ってはおらず自分達の仕事を奪いにきた部外者と思っているらしい。
そもそも一般メイド達はアインズがこの店で働くのならば自分たちが供回りとして着いていくのが当然と考えていたようで、ツアレをその地位に就けたことに大変ショックを受けたようだった。
そのせいで余計に彼女の立場は難しくなった。
しかしナザリックこそ至高と言う考え方が基本の一般メイド達ではやはり商売には向かないし、なによりも危険だ。
人間と大差ない力しか持たないホムンクルスである彼女たちでは何かあったとき対応が出来ない、常にアインズやセバスが居るわけではないのだから。
そういう意味では元娼婦の者達は最悪何か起こって死んでしまっても問題ない存在──ツアレだけは一応セバスの恋人候補であり、妹の恩もあるので多少は目をかけるつもりだが──なのだ。
「間もなく開店となるが他の者達の教育は済んでいるのか?」
実のところその話はすでにセバスからどうにか及第点まで達することが出来た。という報告を聞いていたのだが、他に話題が思いつかなかった。
「は、はい。セバス様を始め、ペストーニャ様、ユリ様、エクレア様、皆様に仕事を教えていただき準備は完了しております」
確かに、やや口調が堅く緊張しているようだったが先ほどのガゼフへの対応に問題は見えなかった。
尤もアインズは何となくスムーズに動けているな。程度にしか判断出来ないので、果たして先ほどの動きがメイドとして完璧なものなのかは分からないのだが。
「ならば良い。お前には皆のまとめ役として働いてもらうことになる。問題があった際は直ぐにセバスか私に報告せよ」
「はい! 私たちは皆アインズ様に命を救っていただいた身。決して裏切るような真似は致しません」
妙に力強い言葉はどうもアインズに訴えかけているようにも聞こえる。
つまりはアインズが自分たちの裏切りを懸念している。と誤解したのだろう。
そのあたりも全てセバスに任せているので問題はないだろうが、緊張感を持たせるためにあえて否定も肯定もせずにアインズは無言で頷いた。
話が終わり、沈黙が広がる。
別に無理に話す必要もないかと、アインズはツアレから視線を外し、ふと先ほどのセバスの様子を思い出す。
「セバスか」
「セバス様に何かございましたか?」
聞こえないような小声で言ったつもりだったが、沈黙によって静まり返っていた部屋の中には良く響いたらしくツアレが言う。
セバスのことになると反応せずには居られないのだろう。
そう言えば結局ツアレとセバスがその後どうなったのかも聞いていない。
そのあたりを聞いてみたい気持ちになるが、この緊張ぶりを見るとそうした世間話はまだ早いだろう。
(もう少し打ち解けてからにするか。とすると他に何か……まあ別に隠す必要もないか)
「いや、先ほどのセバスは奴にしては珍しく感情を表に出しているように思えたのでな」
以前ならばツアレの件に関する失態の穴埋めのために邁進しているのだろうと考えられたが、その後いくつかの仕事を与えその全てを完遂してきたことによって、落ち着いてきたように思えていたから先ほどの妙にやる気に満ちた態度が不思議に見えたのだ。
「あ──」
ツアレが何かに気づいたような顔をしてから慌てたように唇を結びなおした。
「何か思い当たることがあるのか? 言って見よ」
「いえ、私の勘違いだと」
「構わん。言え」
NPC達が相手ならば言いたくないことは無理に聞き出すような真似はあまりしたくないが、元からナザリックに居た者以外は多少ぞんざいな扱いをしてしまう。
「では恐れながら。私の勘違いかもしれませんが、先ほどのセバス様はとても嬉しそうに見えました」
「嬉しそう? 先ほどのあれか」
アインズが昔を懐かしみ行ったフィストバンプのことだろう。確かに嫌がってはいないことぐらいはアインズにも分かったが、どちらかというと困惑しているような印象を強く受けたためアインズとしては首を傾げる思いだ。
「はい。以前よりセバス様はアインズ様が常に前線に立って指揮をしておられるのは自分達が不甲斐ないせいではないかと悩んでいらしたようでしたので、今回アインズ様と共に事に当たり、お褒めいただけたのが大変嬉しかったのではないかと。勝手ながらそう感じました」
小さく、けれど淀み無い口調で告げるツアレにアインズは新鮮な驚きを持った。
「そうか。そのようなことをセバスが」
「いえ! 直接そう話された訳ではなく、私がその様に感じただけなのですが」
慌てたように付け加えるツアレに、アインズは分かっていると言うように手を振り、改めて考える。
確かに思い当たる節がある。
元々アインズが外に出てモモンとして動くことも守護者達は反対していた。
危険だというのがその理由だったが、主が先頭に立って行動するのは、自分達が信用出来ないからだと考えていても不思議はない。
もちろんそんなことはなく、あくまでアインズの都合──ボロが出ないためにその方が都合が良いから──なのだが。
「ふむ。私がどれほど奴らを頼りにしているのか、どうもよく伝わっていないらしいな。今度折を見て話してみるか。ツアレ」
「は、はい」
「良いことを教えてくれた。礼を言おう」
軽く顎を引き頭を下げて礼を言うとツアレは目に見えて取り乱し、わたわたと周囲を見回しながら言った。
「いえ、そのような恐れ多い。お止め下さいアインズ様、私のような者に頭など」
現在この部屋には二人以外いないが、他の者が姿を消してアインズを護衛することもある。ツアレはそれを危惧したのだろう。
要するに絶対者たるアインズが、新入りで立場の低いツアレに頭を下げたなんて知られたら、ただでさえ難しい自分の立場がもっと悪くなるというところだろう。
「ふむ。まあ良い、私はセバスが戻るまで一度ナザリックに帰還する。セバスが戻り次第私に連絡するように伝えよ」
「畏まりました」
うむ、ともう一度頷き、アインズは転移用に作られた部屋に向かって歩き出す。
部屋に行くまでの短い時間でアインズは思案する。内容は先ほどツアレと話をしたことについてだ。
今回はセバスと協力し事に当たり結果として成功を収めた。
そしてそのことをセバスもまた喜んでいるとツアレは語っていた。
(これはむしろチャンスなのでは?)
これまでアインズは皆に見捨てられないために、完璧な絶対者としての演技を繰り返し見せつけてきた。
その結果が現状の高くなりすぎた理想の支配者の姿である。
ナザリックの者達が皆そうした理想をアインズに見ているからこそ、アインズはNPC達の計画を全て見通さなくてはならないし、作戦一つをとっても失敗することが許されなくなっている。
しかし、今回のように何人かで協力して作戦を進めていけば、直ぐには無理でもやがてアインズがそこまで完璧な存在ではないと気づいてくれるのではないだろうか。
ただし余りに無能だと思われるのも困るので、自分達よりは少し上、しかし自分達の得意分野においては自分達の方が優れている。
そんな都合の良い理解を示してくれるのが最良である。
そうなればアインズは分からないことがあっても、その分野を専門として創られたNPC達に聞いても不自然ではなくなるだろう。
(これだ! この作戦で行こう)
結論が出た時、丁度転移の間と名付けた部屋に到着する。
供回りを兼ねたツアレがいないので、自分で扉を開けようとしたが、その前に扉が自動で開く。
そんなギミックは付けていなかったはずだが。と不思議に思っていると扉の先に頭を下げている二人の守護者、アウラとマーレが居た。
「二人ともここにいたのか」
「あ、いえ。あの」
「あの人間からアインズ様がお戻りになると連絡を受けましたので、こうしてお待ちしていました」
「ほう」
アウラの言葉にアインズは感心した。
ツアレにだ。彼女は当然<
基本的には緊急用のアイテムだが別に使ったからといって無くなるわけではないので、使用に関して制限は持たせていない。
供回りを兼ねた自分が居なくてはアインズの身の回りを世話する者が居なくなると判断し、アウラかマーレに連絡し、二人はこうして待ちかまえていたのだろう。
「よし。二人とも私は一度ナザリックに帰還する。どちらか一人供を……」
別にナザリックに戻るだけだし戻れば誰かしら居るので供は必要ないのだが、ここまで爛々と期待を込めた目で見られるとそういうわけにも行かない。
とここでアインズは朝のことを思い出した。
あの時はアウラを供にしたためマーレが落ち込んでいた、となれば。
「ではマーレ。今回はお前に任せよう。アウラはこのままここに残れ、ツアレにも伝えたが直にセバスとシャルティアが人間を捕らえて戻ってくるはずだ。それまでここの護衛を任せる」
「は、はい! 畏まりました! アインズ様」
「……畏まりました。マーレ、アインズ様に失礼のないようにしなさいよ!」
「わ、分かってるよ、お姉ちゃん」
姉弟のほのぼのとした──それにしてはアウラの口調に険があるが気にしないでおく──やりとりを眺めながらアインズは先ほどまでの続きを考える。
果たしてこの二人と何か協力して事に当たると考えたとき、どのような作戦が向いているのだろうか。
アウラはまだ分かりやすい、以前トブの大森林で東の巨人の異名を持つウォー・トロールを殺し、西の魔蛇のナーガを配下にした事があったが、あの時は殆どアインズが一人で行った。それを二人でやればいいだろう。
となると問題はマーレである。
マーレの特技は植物や大地を操り、石材などを生み出すドルイドとしての力だ。
ナザリックにとって必要不可欠な力ではあるが、マーレが出来ることにアインズが手を貸す余地がない。
マーレ一人の方が効率よく事にあたれるだろう。
そうなるとそれ以外の別系統の仕事を与え、それを手伝うしかないが。
「あ、あのアインズ様。如何されました?」
軽く考えるだけのつもりが、暫く考え込んでしまった。
動かなくなったアインズにおずおずと声をかけるマーレ、その言葉でアインズは一時考えを中断させる。
「ん。いや何でもない、では行くかマーレ」
「はい!」
マーレにしては珍しい元気いっぱいの返答に微笑ましさを感じながらアインズは<
目の前に大きなログハウスが現れる。
ナザリックには直接転移は出来ないので、アインズが<
マーレの同行を確認した後、<
その瞬間、弾かれたようにログハウスの扉が開き、中から現れたのはソリュシャンだった。
王都に居る際は身につけないプレアデスのメイド服を身に纏いアインズの側まで移動すると、美しい動作で頭を下げアインズを出迎えた。
「お帰りなさいませ、アインズ様」
「うむ」
軽く顎を引いて挨拶としアインズはチラリとログハウスの入り口に目を向ける。
ここに指輪──リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン──を預けた時は確かソリュシャンではなくユリが居たはずだが、交代したのだろうか。
ログハウスはプレアデスが持ち回りで担当しておりその交代のタイミングまでは知らないが、今はまだ夕方前だ。
こんな中途半端な時間に交代とは考えづらいが。
「お出迎えが遅れてしまい申し訳ございません。ユリ姉様は現在、例の人間達の最終審査を行っておりますので私が代わりに。直ぐに呼んで参りますので、どうかお許し下さい」
「そうか。いや突然戻った私の連絡ミスでもある、気にするな」
普段であれば戻る前に<
そのため直ぐに出られるソリュシャンが先に出たのだろう。
「ではソリュシャン、指輪を」
「は、こちらに」
紫色の布に鎮座する一つの指輪。
それを受け取り薬指にはめる。
本来であれば直ぐに指輪の力でナザリック内に帰還するのだが、先のソリュシャンの台詞に興味が湧いた。
「例の者達は中か。では少し見ていくとするか」
「アインズ様。例の者達は人間の前に出せる程度の礼節を学ばせたと聞いておりますが、至高の御方であらせられるアインズ様の前に立たせるのはまだ」
「よい。なにも完璧を求めているわけではない。私の目から見て人間達に見せられるか、そして緊急時においてもそれを崩さず居られるかが知りたいだけだ。連絡は不要だ」
ソリュシャンの言葉を遮りアインズが動き出す。
こうなればもうソリュシャンも文句は言わない。即座に移動し、アインズのためにログハウスの入り口を開いた。
そのままソリュシャンの案内に従って移動した先の扉が開け放たれる。
アインズの命に従い、ノックや声がけは無くいきなりだ。
「ナザリック地下大墳墓最高支配者、アインズ・ウール・ゴウン様、並びに第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ様のご入室です」
玉座の間に入るときと同じような宣言──この小さいログハウスでやると妙に気恥ずかしい──の後、アインズが扉を潜り中に入る。その後ろをマーレもやや緊張した態度で着いてきた。
「お帰りなさいませアインズ様、お出迎えが出来ず申し訳ございません」
まるでアインズが来ることが初めから分かっていたかのように、ユリが慌てもせずに一歩前に出て謝罪する。
「構わん。連絡無く戻ったのは私の方だ。そして」
チラリとユリの後ろで固まっていた数人の女達に目を向ける。
一般メイドと同じデザインのメイド服を身に着けた──内包するデータ量は違うが──彼女たちが今後、魔導王の宝石箱で働く元娼婦の人間達である。
一瞬、アインズの姿を見て動きを止めた彼女たちだったが、その後即座に移動し、ユリの後ろに一列に並ぶと同時に頭を下げた。
「お帰りなさいませ、アインズ様。お出迎えが出来ず申し訳ございません」
ユリの言葉をなぞりながら全員が同時に声を出し、頭を下げる。
完璧に一糸乱れぬとは言えないが、それなりに見ていられる動きだ。
「ふむ。どうやら問題はなさそうだな」
「恐れながら。私にはとてもアインズ様のお眼鏡に適うようには見えませんが……ユリ姉様、これでよろしいのですか?」
アインズの言葉に反応し、ソリュシャンが眉をひそめる。
戦闘メイドは戦闘の方が本職であり、メイドは副的扱いだ。
それでもナザリックに生み出された存在としてメイドにおいても高い技能を誇っている。
そのソリュシャンから見て彼女たちは合格点とはいかないようだ。
女達もソリュシャンの言葉に身を堅くするが態度には出さない。
しかし表情はやや強ばっている。
仕方ないだろう、アインズの返答一つで彼女たちはこの場で殺されるかもしれないのだから。
これまでの教育でそのように習ってきたはずだ。
「アインズ様の側付きとしてはまだまだですが、人間の前という意味では私は問題ないと考えましたが……アインズ様、如何でしょうか?」
「うむ、私も人相手という意味では問題ないと感じた。ソリュシャン、私はなにも全ての者にナザリックの者達と同様の働きを求めているわけではない。勿論努力を怠るべきではないと思うがな。気になるのならばお前が見張るが良い、何か問題が生じた際は私かセバスに伝えよ」
「はい、そのように。貴女達、決してアインズ様にご迷惑をおかけしないように」
「は、はい!」
その顔には恐怖が滲んでいるが、まあ仕方ない。
アインズは恐怖による支配を望んでいるわけではないが、否定もしない。
究極的にはナザリックに利があればどちらでもいいのだ。
「ではこの場は終わりだ、ユリ。問題がなければこの者たちを後ほど魔導王の宝石箱へと送れ。アウラがいる。セバスとシャルティアも仕事を終えたら戻るだろう」
「畏まりました」
ユリが頭を下げるとワンテンポ遅れて女達も頭を下げる。
それ以上アインズはなにも言わずナザリックに転移をすることにした。
後ろでは同じく指輪を預けていたマーレがユリから指輪を受け取りいつものように左手の薬指に嵌めていた。
「ではマーレ、我々もナザリックに戻るぞ」
「は、はい、アインズ様」
とてとてと子供らしい歩き方でアインズの側に近づいたマーレが指輪に触れる。
「取りあえず私の部屋に移動する。九階層に向かうぞ」
頷くマーレと共にアインズは指輪の力で転移した。
九階層の自室、扉の前で待機していた本日のアインズ当番のメイドが歩いてきたアインズの姿を確認するなり即座に頭を下げる。
「お帰りなさいませアインズ様、マーレ様」
こちらも初めからアインズが来ることが分かっていたような態度だが、そんな筈はない。
とすればこれがナザリックのメイドとしての基本技能なのだろう。
「うむ。何か変わったことはあったか?」
「はっ。現在室内でアルベド様が執務を行っております。それ以外は特にございません」
「……そうか。まあ良い、扉を開けよ」
「はっ!」
アインズの指示に従って扉を開く。
アルベドには自室を与えており、そこでも彼女の主な仕事であるナザリックの管理は問題なく出来るはずなのだが、アインズが留守の間こうしてアインズの部屋に籠もって仕事を行っている。
アインズに断りを入れているし、常にアルベドをナザリックから出さずに仕事をさせていることもあり、彼女に対しやや気後れを感じているアインズとしては、特に止めさせるつもりはなかった。
扉を開くと先ずアルベドが立っているのが見えた。
「お帰りなさいませ! アインズ様」
言葉に羽根が生えたように嬉しそうな声と共にアルベドがアインズを出迎える。
彼女がいつもいるはずの執務室は奥にあるのだが、彼女こそどうやってアインズの帰還を察知したのか謎だ。
(以前聞いたときは愛の力だと言われてしまったが、なにか探知系の魔法かアイテムでも使っているのだろうか)
まあナザリック全体を管理している彼女ならばアインズが帰還した際すぐに自分に連絡が行くような連絡網を持っていても不思議はない。
「うむ。アルベドよ、何か変わったことはなかったか?」
「はい! 万全でございます」
翼がパタパタと動いている。
以前は新婚ごっこと称して妙な台詞と共に出迎えをしてきた彼女だが最近は効果が無いと気づいたのか、普通に出迎えてくれるようになった。
しかしその喜びようは変わらない。
ナザリックにいない時間が長くなればなるほど帰還後の彼女の喜びようと暴走率は高まるので出来れば適度に帰ってきたいのだが、これからは店に出る時間、モモンとしての活動に加え先ほど思いついた守護者や配下と共同で事に当たる作戦が実現すればますますナザリックにいる時間は減るかもしれない。
(大丈夫かな。また暴走しなければいいんだが)
「あの、アインズ様? そんな風に熱く見つめられると。とても嬉しいですが、その」
「ああ、すまない。問題がなければ良い。今後私もナザリックに帰還しづらくなるからな、アルベドには今まで以上に負担をかけてしまうが許せ」
先手を取って言ってみる。
内心はドキドキなのだがアルベドはいつもの微笑を崩すことはなかった。
「アインズ様、私どもはアインズ様に尽くすことこそ本懐にして存在理由、そのようなことを気にする必要はございません」
「そ、そうか? であれば──」
「ですが!」
胸をなで下ろしかけたところでアルベドの声が鋭くなる。
その笑顔はなにも変わっていないにも拘らず、アインズは背筋に冷たいものを感じてしまう。
「不測の事態に備え、私やデミウルゴス以外にも一時的にでもナザリックの運営を行える人材を育成すべきかと具申いたします」
「む? それは」
必要なのだろうか。
確かにナザリックの運営を出来る者が増えればアインズの負担は減る。
元々アインズは運営など出来ないので正確には丸投げ出来る相手が増えると言うべきか。
しかしとなるとそれを誰にするのかという問題が出てくる。
確か管理ならばコキュートスにも出来るといつかナーベラルが言っていたが、コキュートスは現在
近々コキュートス発案のドワーフの国に連れて行くことも考えると、これ以上新しい仕事を任せるのは避けたい。
となると空いているのはアウラとマーレだが。
共にこの部屋に来て以降、ずっと無言のまま落ち着き無くおどおどしているマーレに目を向ける。
が直ぐに心の中で首を振る。いずれ成長していけばその手の仕事を任せることも出来るだろうが、現状では二人とも難しいだろう。
「しかしアルベド、現在守護者を含め手が空いている者の中に適性が在る者はいるのか?」
アルベドに問うと彼女は目を見開き爛々と輝かせながらズイと体を前に移動させた。
当然アインズとの距離は近くなり、アルベドから漂う香りをアインズの鼻が捉える。
「いえ。現状守護者達は別の仕事を行っております、それ以前に彼らには元々階層を守護する大役もございます。ですのでここは新たにシモベを生み出し、私とアインズ様で一から仕事を教え込むというのは如何でしょうか」
腰から生える翼の動きが激しさを増す、その羽ばたきによって起こる風がアインズの顔に届くほどだ。
(何か狙いはありそうだが、新たに専属のシモベを生み出すのは悪くないアイデアだな。エルダーリッチあたりなら知能的にも出来そうだ。いや、もしもに備えて戦闘力もあった方が良いか)
「ふむ。一考に価するアイデアだ。それならば後ほど私がシモベを生み出す。それに取りあえず教育を施してみようではないか」
「あ、アインズ様自らがシモベを作り出していただけるのですか?」
アルベドの翼が動きを止め、驚いたように瞬きを繰り返す。
「無論だ。ナザリックの運営という大役を任せるシモベだ、私が生み出さずしてどうする」
スキルを使用してシモベを生み出すのは既にアインズの日課のようなものであるが、守護者を始めとして配下の者達から作って欲しいと頼まれることは無かった。
そもそも配下の者達はアインズに頼みごとをすると言うのを非常に嫌う傾向にある。
無論必要なことであれば頼んでくることもあるが、とても回りくどく下手に出ながらお願いというよりは懇願とでも呼ぶべき頼み方をしてくるのでアインズとしても困っている。
しかし今回ばかりはそうもいかない。
もうアインズはNPC達がアインズを見放し離反するなどとは考えていないが、それでもナザリックの管理などの重要な役回りに就く者は常に位置や行動を把握しておきたい。
アインズが生み出した配下達とは感覚的な繋がりがあり誰がどこにいるか何となく分かる。数が多いと難しいがそれでも重要な位置に配置した者を判別するくらいは出来るだろう。
そんなことを考えていたアインズだが、アルベドからの反応が無いことを不思議に思い目を向けると彼女は頬を紅潮させ、熱い吐息を吐いていた。
「アインズ様が生み出したシモベを私と二人で教育、二人の共同作業……これは将来の子育ての予行練習と言っても良いのでは。ふふ、うふふ」
にやにやと笑いながら遠い目をしているアルベドにアインズは恐れを抱きつつ、首を傾げる。
「お、おい。アルベド? ──やはりストレスか、思い切って休ませるべきか、いやむしろ休ませるためにも先ほどのアイデアは実現させるべきだな」
自分に言い聞かせるように呟きながらアインズはチラリと後ろに立つマーレに目を向けたが、マーレはしばらく視線をさまよわせた後、スッと顔を逸らした。
「アインズ様! ここは
「いや、
寿命のないアンデッドでは成長することもないだろうし、そもそもあれに知能はあるのだろうか。
そんなどうでも良いことを考えてしまうが直ぐにその考えを一蹴し、話を戻すためにアインズは一つ咳払いをする。
「とにかく! その話はまた後日だな。いよいよ魔導王の宝石箱も開店間近だ。先ずは店を軌道に乗せることを第一に考えよう」
「はっ。畏まりました」
スイッチか何かで切り替えたように表情が引き締まり、アルベドが礼を取る。
きちんと言えば公私の切り替えは問題なく出来るので、アインズとしてもこれ以上は言い辛い。
「ああ。そう言えば、これを報告し忘れていたな。予定通り王都を練り歩き、我らの存在をアピールしたが、その最中で少々問題が生じた」
アインズの言葉に引き締まった表情を更に強ばらせたアルベドに、ガゼフと出会ったこと、そしてブレインなる男についても報告した。
「なるほど。ではその男は現在シャルティアとセバスが捕らえに向かっていると」
「ああ、ガゼフと接して余計なことを話されても困るのでな。まああの二人ならば問題はあるまい」
シャルティアは血の狂乱という不確定要素があるがセバスであれば押さえられるだろうし、なにかあれば<
「流石はアインズ様。素晴らしき判断でございます」
「世辞はよい。この程度誰であっても同じ対応をするだろうからな」
つまらなそうに言いながら、アインズは内心胸をなで下ろした。セバスやシャルティアからは特に何も言われなかったので問題はないだろうと考えていたが、やはりナザリックでもトップクラスの知恵者であるアルベドに太鼓判を押されると気が楽になる。
まだ捕獲の連絡はないが、これで後顧の憂い無く、商会運営に力を入れられるというものだ。
かつてリアルで生きていた時、プレゼンが終わった後に感じる解放感、それに似た気持ちがじわじわと湧き出てくる。
実際本番はこれからなのだが、現状用意出来た商品や成功した商談、ガゼフとの会談での手応えを見るに、成功は間違いないだろう。と楽観しながら今は解放感に身を任せることにした。
なんかアルベドさんにはいつもオチ担当をさせてしまっているようで申し訳ないですが、彼女の担当回もそのうちあるはずです
とりあえず今年中に開店までこぎ着けられそうでよかった
次の話から店舗開店とその後の話に入ります