オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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ようやく開店となりました
長かった


第二章 魔導王の宝石箱
第19話 開店、そして


 アインズの前に魔導王の宝石箱で働くことになった面子が全員並んでいる。

 セバス、シャルティアを筆頭にその後ろにはこの度新たにナザリックに加わった元人間の吸血鬼、ブレイン・アングラウスと店員の纏め役としてツアレが並び、更にその後ろに七人の女が立っている。

 これらが店員として働くことになる者達だ。

 一度全員眺めてから、アインズのメイド役を兼ねて側に控えているソリュシャンに合図を送る。

 

「では、至高の御方に忠誠の儀を」

 ソリュシャンが口にした瞬間、全員がその場に跪く。

 完璧に揃っていると言えるのはセバスとシャルティアだけで残るメンバーはやはり多少動きにばらつきが見える。

 特に最近入ったばかりのブレインは周囲の様子を観察しながら、恐る恐る合わせているのが簡単に見て取れた。

 そんなブレインにソリュシャン、そしてシャルティアが刺さんばかりの視線を向けたがアインズは軽く手を振ってそれを制した。

 

 今のアインズはブレインの粗相よりこの後の挨拶に気を取られていたためだ。

 そもそもこの儀式自体アインズとしてはあまり乗り気ではなかった。

 全ての用意が終了し、本日よりいざ開店という段階になって、ソリュシャンの提案で開店前の挨拶を兼ねた忠誠の儀を執り行うという話になったのだが、何を言えばいいのかさっぱり分からなかったのだ。

 

 これは要するに会社の社長が社員達を集めて行う朝礼の挨拶で良いのだろうか。

 

 しかし絶対者であるアインズが、頑張って売り上げを伸ばしましょう。なんて言えるはずもない。

 絶対者としての威厳を保ったまま、全員に緊張感を与える言葉を考えなくてはならない。

 

(もっと早く言ってくれれば考えられたものを)

 皆がそれぞれ口にする忠誠の言葉を聞きながらアインズはこの短い時間で全員を納得させられる言葉を必死になって探し続けた。

 

「アインズ様」

 

「うむ」

 忠誠の儀が全員分終了し、ソリュシャンが声をかけてくる。

 アインズは威厳を込めて頷くと、この為だけにわざわざナザリックから運び入れた簡易玉座から立ち上がり、一歩前に出た。

 

(ええい。もう知るか! ナザリック全軍の前でやるよりはマシだ)

「皆、面を上げよ」

 一斉に顔が持ち上がり視線がアインズに突き刺さる。

 

「皆の働きにより、我ら魔導王の宝石箱はこの地で開店する。言うまでもなくここは我らナザリックの最終目的であるこの世界を手に入れるための礎となる場所、そのためにも……」

 そこで一度言葉を切ると、アインズは手に持っていたスタッフ地面に叩きつけ、音を鳴らす。

 

「魔導王の宝石箱を、いやアインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ!」

 結局相応しい言葉が思いつかず以前アインズが皆の前で口にした絶対者らしい文言を繰り返すことにした。

 セバス達は当然以前も聞いているが、今回初めて聞くことになる者もいる。

 そいつらにナザリックの指標となる指針を厳命する。という名目にすればこれでもそれほど違和感はないはずだ。

 

「力で、魔法で、人材で。そして商売であっても、経済であっても変わらない。アインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なものであるということを、生きとし生きる全ての者に知らしめよ!」

 前回は本気で口にしていたことだが今回は突然のことであり、代案が思いつかなかったが故の台詞だ。その思惑がばれないように必死に作り上げた覇気を込めた声で言い放つ。声が震えたり掠れたりしなかったのは運が良かった。

 声が消え、静まり返った室内で全員が一斉に頭を垂れる。

 アインズはその様子に満足げな仕草を作り頷いた。

 

「よし。では行動を開始せよ」

 ふつふつと湧き出る解放感を押さえつけながらアインズは静かに宣言する。

 

「はっ!」

 全員の動きと声が初めて完璧に揃い、皆一斉に動き出した。

 

(ふぅ。乗り切った、色々あったがこれでようやく開店だ)

 叫び出したくなる気持ちを抑えつつ、アインズは玉座に座り直す。

 アインズがこんなところにいては邪魔になるとはわかっているが、今はこの解放感に身を任せることにした。

 

 

 ・

 

 

 魔導王の宝石箱が開店し、三日が過ぎた。

 アインズは店の最上階に構えたこの店舗での自室の中で、魔法を用いて店内の様子を盗み見していた。

 

「むぅ」

 思わず唸り声が漏れる。

 それも仕方ない。現在店内には客の姿が一人もなかったのだから。

 

(何故だ。あれだけデモンストレーションもしてガゼフとの会談も上手くいった。だというのに何故客が来ない。いや、全く来ないわけでないが、もっとこう、店に入りきらないほどの客が押し寄せるような状況を想像していたのに!)

 一般客は初日からちらほら訪れる。皆店内に入ると驚いたような顔になり、一般メイド達が考案した調味料や石鹸、掃除用具などを購入もしていく。

 しかしそれらも店が混雑するほどという訳ではなくこうして客が店内にゼロという時間も存在している。

 特に目玉商品であるゴーレムと装飾品として作られた武具はまだ一つも売れていないのだから、アインズとしては存在しない胃の痛みが日増しに強くなっていくような気すらする。

 これまでは絶対者たるアインズが客の有無で一喜一憂しているところを見せるわけにはいかないと黙っていたが、流石にこれ以上は捨ておけない。

 アインズは机の上に置かれた小さなベルを持つと一度鳴らす。

 

「失礼いたします! お呼びですかアインズ様」

 即座に部屋の扉が開き、奥から男が顔を出す。

 そう、男である。

 ナザリックでは供に一般メイドを付けているが、この地では危険性を考えツアレにその役を命じている。

 しかしツアレは店内の店員を取り仕切る立場でもあるため、暫定的にこの男、ブレイン・アングラウスを門番兼連絡係として使用している。

 

「ソリュシャンを呼べ」

 端的に用件のみを話すと、言われた男は即座にアインズに頭を下げる。

 

「ははぁ! 直ちに」

 そう言うと男は足早に部屋から出ていった。

 あの男はシャルティアの眷族となってまだ一週間ほどしか経っていない。

 話し方や態度はいつも接しているセバスやメイド達とは比べものにもならず、特にセバスはそのことに不満を持っているらしいが、今はセバスも忙しく、いちいち教育している時間は無い。

 連絡係であれば別に誰に見せるわけでもないのだから問題ないとアインズが命じ、現在の形になった。

 そもそもあれをここに置いているのはガゼフ対策でもある。

 セバスとシャルティアによってここに連れてこられた時のブレインは酷く怯え憔悴しきっており言葉すら満足に話せない有様だった。

 

 そのままでは埒があかないので仕方なくシャルティアが吸血し眷族とした。

 目論見通り吸血鬼となったは良いが、その忠誠はシャルティアのみに捧げられた。

 つまりはシャルティアの主だからと言ってアインズにも絶対の忠誠を誓うというわけではなく、あくまでシャルティアが主でアインズはその主であり、シャルティアに命じられて初めてアインズに忠誠を誓うと言う扱いである。

 もしアインズをより上位者として扱うのであれば使えそうな現地の人間達を眷族として増やす算段もしていたが、これではシャルティアとアインズに同時に何かあった際はシャルティアを選ぶ可能性があり、不測の事態を起こしやすい為、そのアイデアは中止とした。

 

 ブレインについては肌の色が変わり──吸血鬼らしい血の気の無い白になった──瞳も赤くなってしまったので、それを幻術をかけて誤魔化した後、ガゼフの元に戻しシャルティアと和解したことを告げさせた。

 その際ただ和解したでは怪しまれると考え、たまたま通りすがったセバスに出会い、その強さに惚れ込んで弟子入りをした後、ブレインの素性が判明、セバスがシャルティアと引き合わせ和解したという設定が作られた。

 そのため、セバスがここにいる以上、ブレインもこの地に置いておく必要があり、かと言って客前に出せるほどの教育は出来ていないので、こうしてアインズの部屋の門番と連絡係というナザリックの者以外と触れあうことのない役職に就けた──その際嫉妬したシャルティアに吹き飛ばされていたが、何故か本人は嬉しそうだった。

 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされる。

 

「アインズ様、ソリュシャンでございます」

 

「入れ」

 いつもであればアインズが直接対応せず間にメイドを入れているのだが、流石にその役までやらせるのは難しいということでブレインにはやらせていない。

 アインズとしてはこっちの方がてっとり早くて楽なのだが、一般メイド達に言えばショックを受けかねないので口には出さない。

 

「失礼いたします。ソリュシャン・イプシロン、御身の前に」

 

「ふむ。ソリュシャンよ。今日で開店してから三日経つが客足はどうだ?」

 アインズがこそこそ覗き見をしていたなどと思われたくはないので、知らない振りをして問いかける。

 するとソリュシャンはその場で深く頭を下げた。

 

「申し訳ございません。私どもが至らず、未だ魔導王の宝石箱、ひいてはアインズ様の御威光を王都に轟かせるには至っておりません」

 

「だろうな。混雑しているような気配がない。原因の究明と対応策は考えてあるのか?」

 基本的に王都での店舗運営はセバス、そしてソリュシャンの役目であり、シャルティアは手伝い兼アインズの護衛役ということになっている。

 よって店のことを聞くのならばセバスかソリュシャンである。

 そしてセバスは現在店内で人間達に指示を出していたのでソリュシャンを呼んだのだ。

 

「セバス様とも相談したのですが、アインズ様がエ・ランテルで蒔いた種が芽を出すまではまだ時間がかかるかと考え、現状の把握だけに努め、改善策は実行に移すのは今しばらく経ってからにするべきかと愚考いたしました」

 淡々と淀み無く語るソリュシャンに、アインズは急転する感情の高ぶりが収まるのを待つ。

 

(俺の蒔いた種って何だよ。エ・ランテルっていうとバルドのことだろうが、あの時何か……)

 急ぎ記憶を呼び起こそうとして、敬礼する我が子のような何かの姿が思い起こされる。

 

「パンドラズ・アクターの言った計画の話か。なるほど確かに道理だ」

 

「はい。おそらく現在は皆様子見の段階、やがてエ・ランテルで情報の裏を取った者が我々に近づいてくるでしょう。それは人間どもの中ではそれなりに使い道のある存在のはずです。客を増加する為の宣伝はその後にするつもりでしたが、如何でしょうか?」

 

「素晴らしい。しかと我が真意を読んだな。もしお前達が客足が鈍いことに疑念を持ち、慌てて改善策を模索していたらと思い声をかけたが余計な心配だったようだ」

(ああ。またやってしまった。こう言う見栄を張るのを減らしていくつもりだったのに。いやしかし今回は仕方ない。外にはまだあいつがいるからな、俺がシャルティアの上に立つ絶対者だと思わせておかなくては。シャルティアのためにとか考えて反抗でもされたら面倒だ)

 

 ブレインの武器や武技、タレントについても調べはついており、反抗されようがアインズに傷一つ付けられないのはわかっているが、自分の配下が暴走しアインズに牙を剥けばシャルティアは自分のせいだとショックを受けるだろうし、他の守護者達からも非難されるだろう。それは避けなくてはならない。

 

「いえ。以前あれほどの失態を犯した私たちです。信用出来ないのは当然かと」

 アインズの言葉を勘違いして受け止めたらしく、目を伏せ唇を噛んで頭を下げるソリュシャンに、アインズは苦笑しつつその場から立つとソリュシャンの頭に手を乗せる。

 

「あ、アインズ様!?」

 

「私が確認をしたのは、お前達を信用していないからではない。相手が誰であれ私は確認をしただろうし、またお前達にも私の行動に疑問を感じたら一言確認して欲しいとも考えている。反省は大事だがあまり気にし過ぎるな。急いては事を仕損じるとも言うからな」

 

「はい! アインズ様」

 声に張りが戻り、いつも淀んでいるはずの瞳もどこか輝いて見える。

 以前ナーベラルも似たようなことで悩んでいたことを思い出す。

 設定とは言え流石は姉妹。

 対応も同じようになったが、ナーベラルもあの時は気まずい思いをしているかと思ったが実際は喜んでいたらしい。と言うことを一般メイドの世間話で聞いていたので、ソリュシャンにも同じ事をしたが、効果はあったようだ。

 

「しかし、貴族やゴーレムを必要とする村の者達は別として、冒険者にはまた別の方法を用いて宣伝を行うべきかもしれないな」

 ガゼフはあの装飾のみに力を入れた武器にも大きな関心を示していた。

 だからもしかしたらガゼフが宣伝してくれるのではないかと期待していたが未だ冒険者は訪れない、やはり独立した組織である冒険者には別のやり方で宣伝をする必要があるのだろう。

 

「しかしアインズ様、冒険者に対しての主力商品となるドワーフ製の武具に関しては未だ」

 

「うむ。そちらも同時に進めるつもりだが……ここは一つモモンを使うとするか」

 ここ暫く王都で情報を集めさせたところによると、冒険者モモンの名前は王都に轟いてはいるものの、やはり王都には既に二組のアダマンタイト級冒険者がいるため、抜きんでた存在とは見なされていない。

 当然モモンと魔導王の宝石箱との関係も知る者もなく、結果冒険者が魔導王の宝石箱に訪れないというわけだ。

 ならばその関係をはっきりと見せつけてやればいい。

 

「王国の冒険者組合に依頼を出し、漆黒を護衛として雇い私が直接ドワーフの国に出向く。そこで武器を手に入れた後、戻ったモモンの口から王国の冒険者に我々の情報とドワーフ製の武器の話を広めさせればよい」

 

「なるほど。流石はアインズ様。完璧な策かと」

 

「いや、これは私ではなくコキュートスの提出した案だ。タイミングを計っていたのだが、ちょうど良い」

 

「コキュートス様の」

 ソリュシャンの口からコキュートスの名前が紡がれ、そのまま言葉が途切れる。

 武人としての側面が皆に知られているコキュートスがこの手の作戦を考えたというのは驚きに値するのだろう。

 

「おっとすまないな。いつまでも」

 ここに来てようやくアインズはソリュシャンの頭の上にずっと自分の手を置いていたことに気がつき、慌ててそれを退かして言う。

 

「いえ、アインズ様。この上なき恩賜を授かり光栄にございます」

 目を細めながら嬉しそうにアインズを見つめて言うソリュシャン。

 

「うむ。とりあえずそちらは私が進めておく。お前達は引き続き獲物が網に掛かるのを待つことにせよ」

 

「はい! 畏まりましたアインズ様」

 アインズの言葉を受けてソリュシャンはまるで鼻歌でも歌いそうなほど明るく返事をする。その様はご機嫌な子供のようだ。

 

「それとソリュシャン。今回の作戦が成功した暁にはお前にも相応の褒美を取らそう。なんでも構わん考えておくと良い」

 見た目も性格も大人っぽいソリュシャンが子供のように喜んでいるというのが珍しく、また微笑ましく感じて、ついなんでもなどと言ってしまった。

 今までこの手の言葉はアルベドやシャルティアなどアインズに恋慕を寄せている相手には特に言わないように心がけていたので一瞬焦るが、ソリュシャンはそんなことを考えはしないだろうと思い直す。

 

「はい。私はナザリック、そしてアインズ様のために働けるだけで満足ですが、アインズ様が仰るのでしたら、その際はどうぞよろしくお願いいたします。私も今から練習し精一杯努めさせていただきますので」

 

「うむ。んん? ソリュシャン、今何か……」

 聞き捨てならない単語がと続けようとしたアインズの元にセバスからの<伝言(メッセージ)>が届く。

 いつもはここで誤魔化されて忘れるところだが、今回ばかりは後でしっかり確認しようと心に決めてセバスからの<伝言(メッセージ)>を繋ぐ。

 

「どうした。セバス」

 

『はっ。アインズ様。現在店内に変わった客人が訪れましたのでご報告を』

 

「変わった、だと。何者だ?」

 

『王国のアダマンタイト級冒険者チーム。蒼の薔薇、そのメンバーです』

 

「ほう」

 モモンとして活動していた時に幾度も聞いた名だ。

 つい先ほど頭をよぎった王国に二つ──現在はモモン達を入れて三つ──しかないアダマンタイト級冒険者で女だけで構成され、これまで数々の偉業を成し遂げているのだという。

 

「五人全員で来たのか?」

 五人チームだという話までは聞いているが、一人一人の年格好など外見についての情報はあまりない。

 

『いえ、人数は三人。ですがうち一名は男性であり蒼の薔薇では無いかと思われます』

 

「……なるほど。ということは蒼の薔薇としての活動ではなく、新しい店が出来たから覗きに来た程度のことかも知れんな。とは言えアダマンタイト級冒険者との繋がりは無視出来ん。その者達はセバスが対応し我々とモモンとの繋がりをさりげなく伝えよ。食いついてくるはずだ。私もここから店内の様子を監視し、必要であれば出よう」

 出来ればセバスに全て任せたいところだが、今し方ソリュシャンに語った作戦を実行する上でアインズが出て対応する必要があるかも知れない。

 今からセバスに作戦を全て話している時間もない。

 

『畏まりました』

 <伝言(メッセージ)>が切れる。

 目の前にはアインズをしっかりと見据え指示を待っているソリュシャンの姿がある。

 相手が男ならば、美人であるソリュシャンがいるだけで色々とうまく進むこともあるだろうが蒼の薔薇は女だけのチーム、もう一人の男がどんな立ち位置なのかは知らないが、名声的に蒼の薔薇の方が主導権を握っているだろうから、今回はソリュシャンの出番は無い。

 しかしそれをそのまま告げるのもなんなので、アインズは無言で無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を取り出し中から遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出す。

 店舗には防御対策を施しているが、それは商品が保管されている倉庫が中心であり、店内にはあまり強い対策をしていない。そのため必要に応じて防御対策を切ることが可能でこうして不可視かつ非実体の感覚器官を作成する魔法と合わせれば簡単に店内を覗くことが出来る。

 ついでに音も聞くために別の魔法も併せて発動させ万全の態勢を整える。

 

「聞いての通りだ。網に掛かった獲物とは違うようだが、先の作戦に繋がる可能性もあり、また上客にもなりうる相手だ。観察しておこう。ソリュシャンも見て顔を覚えておくが良い」

 

「はい。ではアインズ様そちらに移動しても構わないでしょうか? ここからでは鏡が」

 

「当然だな、我が元まで来ると良い」

 ソリュシャンのこうした臨機応変さは他のNPCたちにも見習ってもらいたいところだ。

 中にはアインズからこちらに来いと言わないと動かない者たちもいるのだから。

 軽い足取りでアインズの斜め後ろに立ったソリュシャンはうっすらと微笑みながら鏡を見る。

 

(あれ? そう言えばソリュシャンは自分でも遠視が出来たような……まあいいか。なんか嬉しそうだし)

 アインズに身を寄せながらニコニコしているソリュシャンにやっぱり自分で見ろと言うのは心苦しい。 

 

「後は」

 アインズはテーブルの上のベルを掴むと再びそれをならす。

 

「失礼いたします! お呼びですかアインズ様」

 先ほどと同じ台詞を口にした男が現れる。

 

「蒼の薔薇が来店した、お前もこちらに来て観察しろ。セバスの接客や態度が人間の目から見て問題ないか知っておきたい」

 アインズの言葉を聞いた男の顔がわずかに歪む。

 

「い、いえ。しかし俺、私はそうした作法など全く知らないのでお役には立てないかと」

 

「アインズ様がそうしろと仰ったのですから、貴方は黙って従いなさい。貴方の行動はシャルティア様の評価にも関わることを忘れないように」

 ソリュシャンの台詞を聞いた瞬間、バネが弾けるように背筋を伸ばしてブレインは了承した。

 

「ではお前もこちらに。お前は剣士だったな、武具を扱う者としての目線でも構わん。問題があれば指摘せよ」

 

「ははぁ! 畏まりました。全身全霊を持って努めさせていただきます!」

 シャルティアの名前を出した途端にこの変わりようとは。やはり吸血鬼の眷族化による忠誠は絶対のものであるらしい。

 そんなことを考えている間に、ブレインは壁際、アインズとソリュシャンの更に後ろに着いて鏡に目を向ける。

 一挙手一投足を見逃すものかと吸血鬼の赤い瞳が爛々と輝いていた。

 

「では早速、王国最高クラスの冒険者チームとやらを見させて貰うとするか」

 そう宣言した後、アインズは改めて鏡を操作しセバスへと視点を動かした。

 セバスの前に立つ三人の姿、一人は格好から察するに魔法詠唱者(マジック・キャスター)だろうか。黒いローブをすっぽりと被った小柄な恐らくは女の子。

 恐らくというのは額部分に朱色の宝石をはめ込んだ異様な仮面を付けているため顔が見えず年齢や性別が判断つかないからだ。

 まあ蒼の薔薇は女だけのチームなのだから、あれは女なのだろう。

 しかしここに来てアインズは首を傾げる。

 残る二人、セバスの報告によれば一人は男らしいが、残った者たちはどちらも男のように見えた。

 一人はいかにも一般人というような目立たない格好で、腰に提げたロングソードだけが辛うじて彼が一般人ではないと証明している、短く刈り上げられた金髪の青年と少年の中間に位置するような若い男。

 そしてもう一人、こちらは全身筋肉の鎧を身につけたかのような大柄な男だ。

 四肢も首も胸板も鍛えに鍛え上げ、いかにも歴戦の戦士を思わせる貫禄があった。

 

「男が二人と子供が一人に見えるが、どれが蒼の薔薇だ?」

 アインズの疑問にハキハキと切れの良い声で答えたのはブレインだった。

 

「あのローブの小さい娘と、大柄の奴です。私も噂しか知りませんが、確か名前は小さい方がイビルアイ、大柄の戦士はガガーラン、だったかと」

 言われてから改めて確認し直すと大柄の戦士は確かに胸だけが異様に発達している気がしないでもない。

 そしてその名には聞き覚えがあった。どこで聞いたのだったか、蒼の薔薇の噂を聞いたときに耳にしていたのか。

 どうもハッキリしないが今はどうでもいい、問題は別のところにある。

 

「で? 奴らはどの程度の強さなんだ」

 モモンとして活動している最中にアダマンタイト級冒険者の話は良く聞いたが肝心の強さや戦い方までは知らない。

 この世界の人間の大まかな強さは把握しているが、冒険者は様々なマジックアイテムや武具に金を惜しまず投入する。

 それが自分たちの命を救う事にもなるのだから当然と言えるが、中にはアインズの知らない特殊な物も存在するだろう。

 それがアインズ達、ナザリックの者にも通用する可能性はある。だからこそ弱者と言えど調査と警戒は必要不可欠だ。

 

「ガガーランに関しては俺、いえ私やガゼフに並ぶほどの戦士と聞いていますが、実際に立ち会ったことはないので何とも、ただあの小さな仮面の娘は少し注意が必要かと」

 

「それは何故だ?」

 ただの子供に見えるが、一流の戦士は見ただけで相手の強さが分かるという。アインズにはそうしたものは理解出来ないが、コキュートスやセバスは相手の動きを少し見るだけで凡その強さまで見抜くことが出来ると言っていた。ただしそれは戦士として、肉体的な強さという意味であり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)はそうはいかないはずだ。

 探知系の魔法を使わないと相手の強さなど分かるはずがない。

 

「いえ。正確にはあいつではなく、私は以前蒼の薔薇の前メンバーだった魔法詠唱者(マジック・キャスター)の老婆と痛み分け……いえ負けたことがありました。あの子供はその後任らしいのですが、あの者に代わってからも蒼の薔薇はその武勇を轟かせておりますので」

 

「あの若さでその老婆とやら並の強さを持っているわけか。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の代わりならば、やはり奴も魔法詠唱者(マジック・キャスター)か」

 そもそもその老婆の強さが不明だが、この世界では有名な戦士らしいブレインに勝ったのならばこの世界でも有数の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である可能性が高い。

 それと同格の可能性がある子供。

 

「ふむ。少々興味があるな。この世界の強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)とはほとんど会ったことがない」

 ガゼフを初めとしてクレマンティーヌ、そしてここにいるブレインと、周辺国家最強クラスと呼ばれる者達とは出会ったが、皆戦士だ。

 敢えて言うのなら、そのガゼフをしとめかけたニグンなるスレイン法国の男ぐらいか。

 あれはあまり実験出来ずに死なせてしまったのは今も惜しいことをしたと思っている。

 つまるところアインズはこの世界の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の上位レベルはあまり詳しくないのだ。

 なによりこの世界では新たな魔法を開発することが出来る。ならばこの世界最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)はどの程度の魔法を作れるのか、それはアインズの知らない魔法に違いない。

 コレクターとしても、未知に対する警戒という意味でも是非欲しい素材ではある。

 

「捕らえますか?」

 淡々と語るソリュシャンの提案にアインズは思案する。

 現在この三人以外の客はおらず、ここにはアインズとセバス、ソリュシャンがおり、シャルティアも呼ぶことが出来る。

 これだけの戦力ならば相手が未知数の敵だろうと容易に捕らえることが出来るだろう。

 しかし。

 

「いやダメだな。蒼の薔薇が全員いるのならば一考に値するかもしれんが、メンバーは二人だけ、いなくなれば残りの者達が探しに出るだろう。ここに来ると告げていれば尚更だ。取りあえず我々の商品を見せて宣伝役になって貰うところから始めようではないか」

 

「畏まりました。出すぎた真似を」

 

「よい。いちいち謝るな」

 これは何度言っても直らない。

 話し合うことの重要性は幾度となく説いているので、自分の考えを即座に言うようにはなってきているのだが、アインズが否定すると直ぐに引いてしまう。

 今回に関しては他に手があるとは思えないので良いが、いずれはアインズに否定されようとももっと良い方法があると強気で発言するくらいになって貰いたいのだが。

 

(まだまだ先は長そうだ。いや、それはそれで俺の無能を晒すことになるから困るか……まあ、後のことは未来の俺に託して今はこいつ等だな)

 応接室でセバスが持ち出した剣の説明を聞いているガガーラン、そしてその後ろで何やら周囲を見回している金髪の男。

 

「ところであの金髪の男は誰なんだ? 知っているか?」

 

「いえ、私は知りません。鍛え方や動きから見ても一般兵などよりは強いでしょうが蒼の薔薇よりは遙か格下、蒼の薔薇の取り巻きか何かではないかと考えます!」

 食い入るように鏡を見ていたブレインがアインズの言葉に反応し、こちらを向き発言する。

 やはり熟練の戦士は動きだけで相手の強さが分かるものらしい。

 場合によってはモモンとして活動するときに必要な技能になりそうなので今度から注意してみることにしよう。

 そんなことを考えながらアインズは改めて蒼の薔薇とセバスとの話に耳を傾けた。




次の話は多分、蒼の薔薇一行視点の話になります

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