オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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蒼の薔薇とアインズ様の会談
今回は10巻の話を先取り
ちなみに今更ですが書籍版やweb版にある話と類似した展開になることもありますので、まだ読んでいない方はネタバレ注意でお願いします


第21話 蒼の薔薇との会談

(さて。取りあえず席に着いたはいいが、なにを話せばいいのか見当もつかん。セバスに必要があれば代わるなんて言うんじゃなかったな。転移魔法にもさほど驚いた様子はないし、どうしたものか)

 

 上の階でセバスとの会話、そしてセバスがいなくなった後の様子を観察している最中に、セバスから蒼の薔薇がアインズに謁見を求めていると連絡を受け──現在の立場的に謁見という言葉はおかしい気はするが──わざわざ一時的に転移阻害のマジックアイテムを外させ、この世界では英雄と呼ばれる一部の者のみが行使出来るとされている転移の魔法で登場したというのに、驚いているのは蒼の薔薇の付き添いと思われる金髪の少年くらいで、残る二人は特に驚いた様子を見せない。

 むしろ若干警戒している節すら窺えた。

 

「さて。ご高名なアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のお二人とお会い出来て光栄だ……ところで、君も冒険者かな?」

 ソファ越しに向かい合ったアインズは未だ全員が無言のため、仕方なく自分から口火を切り蒼の薔薇の二人に軽く挨拶をした後、未だ素性の知れぬ金髪の少年に目を向けた。

 

 別に興味があったわけではないが、蒼の薔薇ばかりに声をかけて蔑ろにし過ぎるのも印象が良くない。

 この少年が貴族でお忍びか何かで、蒼の薔薇がその護衛の可能性だって無いわけではない。

 

「自分は──」

 年の割に妙に低くしわがれた声で口を開こうとする少年に対し筋肉の塊のような女、ガガーランが身を乗り出すように前に出た。

 

「こいつはクライム。俺が今面倒を見ているガキだ。冒険者じゃねぇが、まあ似たようなもんさ。それよりあんた、俺たちのことは知ってるんだな」

 

「それはもちろん。この地で商売をするからにはそのぐらいのことは調べているとも。蒼の薔薇の戦士ガガーラン殿に、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイ殿、冒険者にはそれなりに思い入れがあるのでね」

 

「例の漆黒の二人組か、そこの老人から面倒を見ていると聞いた」

 

(声を変えているのか? 子供か、老婆か、身長的には子供のようだが、舐められないようにするためにわざとそうしているということか)

「その通り。彼らは昔から私が面倒を見ている」

 

「なるほどなぁ、それでだ。俺たちがあんたに会いたかったのは、そこのセバスさんに聞いたんだが、この店じゃあんたに認められて顧客にならないと上級の武器が見れないそうじゃないか。俺としては是非ともその武器も見せて貰いたいんだが、どうすりゃいいのかね」

 グイと身を乗り出してアインズに体を近づけるガガーラン。

 全身筋肉と言っても差し支えない肉体が迫ってくると実力如何に関わらず妙な圧迫感がある。

 しかしここで仰け反るような真似は出来ない。

 

(いきなりそう来るか)

 その位置のままアインズは高速で頭を回転させる。

 ここまで唐突に真正面から話してくるとは思っても見なかった。

 

(さてどうするべきか。正直言ってここで蒼の薔薇を認めるのは悪い話じゃない。モモンに続いて蒼の薔薇も顧客になったとなれば少なくとも武具の部門においては、この都市と言わずいずれ王国全土に名前が轟くことになるだろう。しかし)

 チラリとガガーランの身につけている装備に目を向ける。

 防具は明らかに軽装であり、武器も本来の物で無い可能性もある。そして以前ナーベラルに命じた他のアダマンタイト級冒険者の装備品についてはまだ詳しく分かっていない。

 

 要するにどのレベルの武器を見せればいいのか分からないのだ。あまり強すぎると怪しまれる上、モモンの強さが武器に依存したものだと誤解される。

 しかし蒼の薔薇が持つ装備より弱い物だと顧客にはならないだろう。かと言って同等の物を知るために探りを入れても、ここで上手く聞き出せるとは思えない。

 

(やはりここは時間を稼ぐしかないか)

 きっぱりと断るのではなく、なにか条件が必要だということにして時間を稼ぎ、その間に蒼の薔薇のことを詳しく調べる。

 これが最適だろう。

 問題はどんな条件にするかだが。

 

 これもまた難しい、そもそも冒険者として最高位の彼女たちが達成出来ない条件では他の顧客が作れない、かと言って簡単なものではこの場で達成と言い出しかねない。

 

(一部の冒険者にしか達成出来ない条件を考えろってことか。やはり退治したモンスターのレベルや数にするしかないか。しかしそれだとこいつ等なら簡単に達成出来る可能性がある。こいつ等まともに冒険もしないでモンスターばっかり狩っているからそれぐらいしか条件が……待てよ)

「その前に一つ訊ねるが、君たちは今までどのような冒険を成し遂げてきたのかね?」

 

「ああ? 俺たちの功績ってことか? そんなもん冒険者組合に行けば直ぐにでも──」

 

「そうではない。どんな強いモンスターを倒したか、どれだけ多くのモンスターを退治したか、そんなことは我々の求める冒険者には不必要だと言っている。我々が求めているのは未知を切り開く者達だ」

 

「未知?」

 

「そう。私は元々僻地で己の魔法の研究に勤しんでいた。それがひと段落し、こうして我が研究の成果を広めるためにこの国に来たが、その過程で知った冒険者は私が考える冒険者とはまるで違った。既存の君たち冒険者はまるでモンスター専門の傭兵だ」

 ガガーラン、そしてイビルアイが反応を示す。

 しかしそれを無視してアインズは続けた。

 

「私の考える冒険者とは未知を見つけ出し、世界を狭める者のことだ」

 

「世界を狭めるだぁ?」

 

「そう。例えば王国の東には帝国とを隔てる山脈があるな?」

 

「アゼルリシア山脈か」

 如何にも、と偉そうに頷いて続ける。

 

「あの地にはフロスト・ドラゴンが生息しているとの噂があるが、それを確かめた者はいるかね?」

 かつてツアレの妹であるニニャがそんな話をしていた。

 現在ドワーフの国に関する調査を行わせているコキュートスによるとどうやら、今でもドラゴンが生息しているのは間違いないらしい。

 

「危険を冒してあんなところをわざわざ調査をする奴なんかいねぇよ」

 

「だがあそこには武具で有名なドワーフの国がある。帝国ではドワーフの国と国交を結び武具を仕入れていると言うではないか、つまりメリットは存在するのだ。にも関わらず王国の冒険者は手を出さない」

 

「依頼がないからな。冒険者は依頼がなければ動かんよ」

 イビルアイの台詞に確かに。とアインズは頷く。

 

「しかし、知らないところをそのままにしていては、一向に世界は狭まらない。故に私は冒険者に依頼を出し、そうした未知の部分を減らして貰いたいと考えている」

 これはアインズが初めに冒険者という言葉を聞いて想像したことだ。実際はただのモンスター退治屋であり、ガッカリしたのを覚えている。

 

 ガガーラン達が無言になり、こちらを真っ直ぐに見据えているのが分かる。

 隣にいる少年に至っては目を見開いたまま、表情が固まってしまったかのようだ。

 

「とは言えそれには危険が伴うだろう。そもそも誰もそうした行動を取らないのは命の危険があるからだ。死んでしまっては元も子もないからな」

 

「……」

 皆無言だが、その中に納得の感情を見つけ、アインズはさらに畳み掛ける。

 

「だからこそ、私の依頼を受けてくれる冒険者を顧客として専用の武具を売り、時には貸し与える。強さの問題ではなく志の問題だ。モモンも素質はあったが、かつては今ほど強くは無かった。しかし彼には目的があり、私の考えにも賛同してくれた。だから昔から彼には我ら魔導王の宝石箱の顧客として武具やアイテムの世話を行ってきた。彼はその期待に見事応えて、今ではアダマンタイト級冒険者にまで成長してくれたよ」

 話しながらアインズは必死になって頭の中でストーリーを組み立て続ける。

 もしかしたら矛盾も出ているかもしれないが、今はとにかく話して誤魔化すことが重要だ。

 

「私は嘆かわしい。君たちが単なる退治屋であることが、そして誤解を承知で言うのなら厭わしい。君たちが冒険者を名乗っていることがね」

 ガガーランの体がピクリと反応する。

 

(ちょっと偉そうにし過ぎたか? 相手は最高位冒険者、もう少し言い方を考えるべきだったか。しかしもう止まれない)

「さて、それを踏まえ君たちが本物の『冒険者』となるのならば、その時は魔導王の宝石箱の顧客として登録しようではないか」

 

(どうだ。これなら今すぐには顧客に登録出来ないし、蒼の薔薇を調べる時間が出来る……いや待てよ、もしこいつ等にその気がなかったらどうしよう? 冒険者がみんなそう言う冒険がしたいとは限らないじゃないか! だが今更否定する訳にも)

 背筋に冷たいものが走り、出るはずのない汗が吹き出ているようなそんな気すらする。

 最近出たとこ勝負の適当な出任せが上手く行っていたからといって調子に乗っていた。

 

「話は以上だ。申し訳ないがするべき事があるのでこれで失礼する。セバス、後を頼むぞ」

 

「畏まりました」

 これ以上ここにいるとボロが出続けてしまう。上では未だソリュシャンがこの様子を見ている筈だ。

 はっきり断られる場面を見せたくはない。

 後のフォローをセバスに丸投げしつつ、アインズは未だ無言のままでいる蒼の薔薇に会釈すると、転移の魔法で上に逃げ出した。

 

 

 

「お疲れさまでした。アインズ様」

 

「うむ」

 転移の魔法で自室に戻ると頭を下げたソリュシャンが出迎えた。

 ブレインもまた同様に頭を下げているがこちらは何も言わない。

 ソリュシャンにそう命じられているのかもしれない。

 

「流石はアインズ様。あの愚か者共もきっとアインズ様のお言葉に感銘を受けたことでしょう」

 

「どうかな。私としてはどちらでも良い。どう転んでもメリットが出るようにしたつもりだが……」

 当然メリットなど考えていない。蒼の薔薇がどう動くか確認してから考えるつもりだ。

 

「さて、ブレインよ」

 その前にソリュシャンからどんなメリットがあるのかと問われないために、先んじてアインズはブレインに声を掛ける。

 

「は、はっ! な、何でございましょうか!」

 体を震わせどもりながら口を開く男に、ソリュシャンが一瞬冷たい目を向けたがアインズが手を振ると直ぐに目線を外した。

 

「お前は冒険者ではなかったそうだが、今の私の話を聞いてどう思った?」

 

「非常に素晴らしく、魅力的なお話かと!」

 必死な様子のブレインにアインズはふむ。と顎先に手を持っていきながら考える。

 本気で言っているのか、それともお世辞なのか。どちらともとれる反応だ。

 

「ブレインよ。知っての通り私は人間ではない。ソリュシャンもそうだ。故にお前には剣士として、そして元人間としての目線で見てもらう必要があると言ったな。そこに余計な気遣いや世辞は不要、むしろ邪魔ですらある。それを踏まえてもう一度答えよ。人間にとってあの話はどのようなメリットがあるのだ?」

 ゴクリと唾を飲む音が大きく響く、少しの間目を泳がせていたブレインだが、やがて重々しく口を開いた。

 

「私が一番魅力を感じたのは強い武具が手に入るというところです。私の場合は目標があったのでそれが一番のメリットに感じましたが、冒険者になるような連中はまた少し違うと思います」

 

「ほう。どう違うと?」

 

「冒険者になるような連中は総じて子供の頃に読んだ英雄譚に憧れを持っています。もっと言えば自分が英雄になりたいと思って冒険者になります。ですが、途中で自分の実力に見切りをつけたり、命を大事にしたりで、結局は手近なところでモンスターを狩って生活するようになる。しかし心の奥では先ほどアインズ様が語られたように未知の冒険をする本物の冒険者に憧れています。それを後押ししてくれるのは大きな魅力となるかと」

 つらつらと語るブレインの言葉に聞き入り、アインズは何度か頷く。

 

「では奴らは私の話に乗ると思うか?」

 

「いえ、オリハルコンやミスリルといった最高位手前の者でしたら乗るかと思いますが、アダマンタイトは少し違います。奴らにとっては最高位の立場が逆に枷となるかと」

 

「枷だと?」

 

「もちろん全員がそうだとは言いませんが、最高位に上り詰めた人間は上を目指すのではなく、今の位置を守ることに尽力するようになるのではないかと」

 

「余計なことをして失敗し、折角の名声が落ちては困るということか」

 考えてみれば、エ・ランテルの町にいたなんとかというミスリル級冒険者は確かにそんな感じだった。

 エ・ランテル最高位の地位に固執し、突如同格として現れたモモンの邪魔をしてきた。

 あれもまた自分の地位を守るための行動だったのだろう。

 

「でしたらアインズ様。蒼の薔薇を動かすにはもう少し別の……例えば他のアダマンタイト級冒険者に先を越された。等の危機感を感じさせるのが良いのではないかと考えます」

 しばらくアインズとブレインの話を黙って聞いていたソリュシャンが口を開く。

 

「ふむ。具体的にはどうする?」

 

「はい。ここはやはりモモン様に活躍していただくのが良いかと。自分達より遙かに速く、そしてたった二人でアダマンタイト級冒険者まで上り詰めたモモン様とナーベにはあれらも危機感を抱いているかと思います。ですので、先ほどアインズ様のお話に出たアゼルリシア山脈、そこを既にモモン様が攻略し、ドワーフの国までの道を見つけたとの話をさりげなく聞かせるのです」

 

「ほほう。なるほど、先ほど自分達が即答出来なかった危険な冒険を漆黒が既に成功させたと聞けば、己の名声を守る意味でも進んで我々の顧客になろうとするということか」

 納得のいく提案にアインズは満足げに頷く。

 

「ちょうどあの者達も帰るようですし、よろしければ私が下に降りてさりげなく今のお話を伝え、同時に少し煽ってまいりますが、如何でしょうか?」

 チラリと鏡を見ると確かにセバスが扉を開き、蒼の薔薇が外に出ようとする様子が映っていた。

 

「ふむ。どちらでも良いとは言ったが、確かにそちらの方がメリットは大きいか。良かろう、ソリュシャンお前に任せる。やってみよ、どうせ他の仲間に相談するだろうからどちらにせよここでは即答しないだろうがな」

 

「畏まりました。必ずやアインズ様のご希望通りにあの者共を踊らせてご覧に入れます」

 そう告げるとソリュシャンは優雅なお辞儀を残し、部屋を後にする。彼女の口調や態度には蒼の薔薇への隠しきれない不満や怒りを感じたが恐らくあのイビルアイなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)がアインズを軽んじる様なことを言っていたせいだろう。

 

 残されたのはアインズとブレインの二人のみ、若干の気まずさを感じるが、アインズが話を振ってやることもない。

 無言のまま椅子に座り直し、先ほどと同様、鏡と魔法を組み合わせて監視をすることにする。

 先ずは鏡を操作して外に出た蒼の薔薇を追跡した。

 

 

「ではお手並み拝見と行くか」

(暴走しなければいいんだが。まあソリュシャンなら大丈夫だろう)

 下の階に降りたソリュシャンはちょうど蒼の薔薇が出口付近まで移動した辺りで奥の部屋から姿を見せ、初めて気がつきましたとばかりに蒼の薔薇に目をやると、颯爽と近づいていく。

 

『あら、セバス。お客様なの?』

 

『ソリュシャン様、こちら王国に三組のみ存在するアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のガガーラン様とイビルアイ──』

 

『ああ。貴女達が蒼の薔薇、アダマンタイト級冒険者の。ふぅん、そうなの』

 セバスの話を遮り、ソリュシャンはガガーランとイビルアイに対し、小馬鹿にしたようなニュアンスの笑みを浮かべる。

 

(おいおい、大丈夫か? 煽りすぎじゃないか、あの手の連中はプライドも高いはずだが)

 

『なんだぁ。俺たちになんかあるのか? お嬢様よぉ』

 案の定、如何にも喧嘩っ早そうなガガーランがソリュシャンを睨みつけている。

 イビルアイの方は特に何もいっていないが、少なくとも止めるつもりはないらしい。

 

『あら。ごめんなさい、そんなつもりはないのよ。セバス、アインズ様はどちら? モモン様から手紙が届いたわ』

 

『アインズ様でしたら恐らくは三階に。ですが用事があると仰っていましたので、時間を置かれた方がよろしいかと』

 

『関係ありません。これは最優先事項、何よりアインズ様がこの私を邪険にすることなどありえないわ』

 余計なやり取りが挟まれている気がするが、予定通りモモンの名を口にするソリュシャン。

 その瞬間、ガガーランとイビルアイの動きに微かに動揺が見えた。

 やはり彼女たちにとってライバルとも言えるモモンの存在は無視出来ないらしい。

 

『モモン様から、となりますと。例の件ですか?』

 

『そう。流石はアインズ様が見込んだ本物の冒険者、もうアゼルリシア山脈の調査を終えたそうです。ドワーフの国に通じる道も見つけたと、残念ながらドラゴンの方は存在を確認はしたけれど遭遇しなかったから討伐は出来なかったらしいですけれど、それは次回に期待しましょう』

 本物の冒険者、ドワーフの国、ドラゴン。先ほどアインズが口にしたワードを次々に口にするソリュシャン。

 すべてを知っているアインズから見ると、些か出来すぎ感があるが、蒼の薔薇はどう思うだろうか。

 

『お嬢様、それぐらいに。お客様の前です』

 

『ふふ、ごめんなさいね、ではお詫びに。近い内にドワーフ製の武具が入荷しますから、その際は是非当店でお買い求め下さいな。この国では手に入らないのでしょう?』

 最後まで皮肉たっぷりに笑って言うと、ソリュシャンはもう話は済んだとばかりに、すっと二人から視線を逸らし、足取り軽く従業員用の扉を開けて中へと消えた。

 

 残された蒼の薔薇と少年に対し、セバスが大変申し訳ないことをした。とソリュシャンの非礼を詫びている。

 ガガーランもイビルアイも一応謝罪を受け入れたようだが、明らかに気分を害しているのがここからでも良く分かった。

 

『あ、あのセバスさん。今のお話は、本当ですか? 漆黒がアゼルリシア山脈の調査をしていたと言うのは』

 クライムと呼ばれていた金髪の少年が問うと、セバスは少し間を空けてからええ。と頷く。セバスもこちらの意図に気付いたようだ。

 

『我々。いえ、アインズ様がドワーフ製の武具を求め、その足がかりとして漆黒のモモン様に調査をお願いしていたのは事実です』

 流石にセバスはこれ以上煽るようなことはせず、淡々と事実のみを口にするといった様子で語っていた。

 

『それも例の未知を切り開くとかいう奴の一環か』

 イビルアイがはき捨てるように言う。

 

『アインズ様は常日頃より未知というものに対し危機感を覚えております。未知とはつまり何があるか分からない危険と同義、そうした未知を既知に変えることは安全を手に入れることにも繋がります。我々はそうした安全な未来を得るためにも、アインズ様の仰る冒険に出て下さる方を捜し求めております』

 ここで一度言葉を切るとセバスは扉の前に移動し、出口を開くと再び頭を下げた。

 

『どうぞ、またお越し下さい。皆様のご来店を我々は心よりお待ちしております』

 最後にそう告げてセバスは蒼の薔薇を送り出した。

 

「ふむ。さて、これでどう転ぶか見物だな」

 

「わ、私と致しましては」

 独り言のつもりだったのだが、反応を返して来たブレインに興味を覚えアインズは無言で続きを促した。

 

「あの手の者達は必ずや挑発に乗るかと思います!」

 

「そうか。であれば私も早々にドワーフの国に出向かねばならないな。コキュートスに伝えておくか。ご苦労だったブレイン、引き続き扉の前で待機せよ」

 

「ははぁ!」

 ブレインが部屋を後にしてから、アインズは小さくため息を吐く。

 

(ああぁ。また急いでやることが増えた)

 声にして思い切り吐き出したいところだが、ここの天井にも護衛はいるのでそれも出来ない。

 

 ようやく店が開店し、少しはゆっくり出来るかと思ったのに。という思いを封じ込め、アインズは早速ドワーフの国への案内を頼むため、コキュートスに<伝言(メッセージ)>を飛ばすことにした。

 

 

 ・

 

 

 来たときとは打って変わって、魔導王の宝石箱を出た三人の足取りは重い。

 先を行く二人の少し後ろを歩きながら、クライムは思わず肺に溜まった重い空気を吐き出した。

 

「なんだよ、童貞。辛気くさいため息吐きやがって」

 そんなクライムを笑い飛ばすように、いつもの調子でガガーランが言うが、やはりどこか元気がない。

 

「いえ、少し気疲れをしてしまって」

 

「まああれだけ色々あれば、無理もないか。小僧さっきも言ったが、あの店のことを主人に伝えるときは気をつけろ。あれは予想以上の劇物だ」

 セバスが戻ってくる前にも同じことを言っていた、あの時はちょうど良くセバスが戻ったため聞けなかったが、今は違う。

 

「先ほども伺おうと思ったのですがイビルアイ様、それはどういう意味なのでしょうか?」

 

「……少し待て」

 イビルアイがローブの下で何かを行う。

 途端に周囲の音が遠くなる。以前も使っているのを見たことがある周囲の耳を警戒し重要な話をするときに発動させるアイテムだ。

 

「あの時と今回とでは意味が違う。まさかあれほどとは思わなかった。初めの時はお前の主が周囲に漏らしてバカな貴族どもがちょっかいをかけ店自体が別の、帝国や法国に流れたらという意味で言ったが、あのアインズとかいう奴の言葉はもっと危険だ」

 本来声色を変化させているイビルアイの言葉からは感情を読み取り難いのだが、今回は憎々しげに言っているのが分かる。

 

「あの未知を求めるという話ですか?」

 正直に言うと、英雄譚や冒険譚を集めるのが趣味であるクライムにとってあの話は何とも胸躍るものに思えたが、現役の冒険者である二人からすれば今の自分たちを否定されたも同然であり、良い気がしないのも当然だろう。

 

「あの男は耳当たりの良いことを言ってはいたがな、既知を広げるのは同時に危険を呼び込む可能性もあるということだ」

 

「それはどういう?」

 

「……そうだな。例えば、さっき言っていたアゼルリシア山脈で誰にも知られていない巨大な金脈でも見つかったらどうなる?」

 

「それは!」

 その言葉ではっとした。

 あの山脈は帝国と王国の国境にもなっているが、明確な線が引かれているわけではない。今までは知られていなかったとしても、それが明るみに出ればどちらも自分のものだと言って譲らないだろう。

 つまり、その金脈を巡り帝国と本格的な争いになる可能性もあるということだ。

 

「そういうことだ。いやそもそもあの男の依頼の過程で見つかったのならば、奴が独り占めして私腹を肥やすのだろう。武器やアイテムがあちら持ちである以上は主導権は全てあちらにある。ようは奴は自分子飼いの兵隊が欲しいだけだろうさ。あの男の名前が知られていないのもそれが理由だろう」

 やれやれとでも言いたげにイビルアイが肩を竦める。

 

「それは本人が動くのではなく自分の部下や契約した冒険者に魔法の情報やマジックアイテムを集めさせているということですか?」

 クライムの言葉に頷いたイビルアイはフンと些か不満げに鼻を鳴らしてから続けた。

 

「転移魔法が使えるくらいだ、あいつ自身にもそれだけの才能があるんだろうが、だからこそ気をつけろと言っている。お前のところの脳天気な王女様では未知を明るみにするのは良いことだ。などと言って簡単に信用しかねないからな」

 脳天気という言葉には些か不快さを覚えるものの、自分が全てを捧げると誓った王女は頭が回り知恵もあるが、同時に汚れを知らなさすぎるのも事実。

 そこにアインズがつけ込んでくる可能性もあると考えているのだ。

 

「分かりました。詳しいことは伝えずにおきます」

 

「それが良いだろう。ガガーラン、我々もどうするか考えねばな」

 クライムとイビルアイの話に入らずただ黙っていたガガーランにイビルアイが後ろから声をかけると、ガガーランが首だけ振り返る。

 

「うちのリーダーか、どうしたもんかね。実際あの話をリーダーに言ったら目を輝かせそうだからな」

 

「まぁ、ラキュースも貴族だ。その辺りの裏読みは私以上に出来るだろうが、あいつは元々その手の英雄譚に強い憧れを持っているからな」

 いつも自分の主と一緒に話す優雅な姿しか知らないクライムにとっては驚きの事実だが、よく考えれば王国の貴族でもあるアインドラ家の令嬢が冒険者をしているのにはそうした理由があったのだろう。

 

「どちらにせよ、店の品揃えやらの話だけはしない訳にはいかないだろうな」

 

「ま、ちゃんと言い含めれば大丈夫だろ。それにしても最後に出てきたあの女! なんだあいつは」

 ふと思い出したかのようにガガーランが声を荒げる。

 

「店主のゴウン……殿のご夫人でしょうか」

 相手は貴族でもないのだから呼び捨てでも良いのだろうが、クライムの尊敬するガゼフが敬意を持って接している相手だけに多少気を使う。

 

「いや、セバスさんがお嬢様って言ってたし娘じゃねえのか。ま、父親を名前で呼ぶのも変な話だし、見た目だけはかなりのもんだったから後妻やらの可能性もあるだろうが」

 確かに。とクライムは言葉に出さずに同意する。

 もちろん自分にとって最上の美とは主であるラナーただ一人なのだが、美醜の感覚は人それぞれ、人によってはあの女性の方が良いという者もいるのではないか、と思えるほどの美しさだった。

 

「その分性格は大分歪んでそうだがな。いや、だからこそ歪んだと言うべきか」

 こちらの意見にはクライムは首を縦に振って同意を示した。

 外見の美しさに反比例して内面が歪むというのは良く聞く話だ。

 普段クライムが接するラナーが内面も外見と同様かそれ以上の美しさを持っている為に忘れがちになってしまうが、特にわがまま放題に育てられた貴族の令嬢など──ラキュースという例外もまた存在するが──はその傾向が強い。

 あの女性もそうなのだろう。 

 

「明らかに俺たちを見下してやがったな。例の漆黒とかって奴らと比べやがって」

 

「ま、正直なところ例の二人組の偉業と比べられるとな。特に速度ではちょっと勝ち目がない」

 たった二ヶ月の間に数多の偉業を成し遂げあっと言う間にアダマンタイト冒険者にまで駆け上がった冒険者の話はこの二人に教えて貰った。

 

「しかしよ。あん時クライムも言ってたじゃねぇか、ぽっと出の奴らに俺たちが負けるはずがねぇってよ。なぁ?」

 

「勿論です。私は今でもそう信じています」

 

「ならどうする? 店に戻って顧客となり、その漆黒より先にアゼルリシア山脈のドワーフ国の調査に同行してドラゴンでも倒してみるか? 話を聞く限りだと連中はまだドラゴン退治は達成してないみたいだったぞ」

 おどけたように肩を竦めて言うイビルアイに、ガガーランは答えず、口元を強く結んで無言を貫いた。

 その様子を見ながらクライムはなんだか妙な胸騒ぎを覚え、後ろを振り返る。

 ここからではもう魔導王の宝石箱は見えない。

 

 あの店をきっかけにこの王国が大きく変わっていくのではないか、そんな気がした。

 だからこそ、とクライムは誓いを新たにする。

 何があろうと自分の主だけは絶対に守ってみせる。とそう心に刻み込んだ。




次かその次辺りからは王国と並列してドワーフの国の話
とは言え書籍版と重複している部分は極力説明のみで進めるつもりなのであまり長くはならないと思います

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