オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続きと、帝国に向かう途中の話


第34話 帝国への旅路

(あのエルフ。マーレにだけ挨拶していたが、この世界のエルフと闇妖精(ダークエルフ)は仲間意識が強いのだろうか)

 案内された部屋に全員が入った後、アインズはそんなことを考えながら自分のローブを頼りなさげに摘んでいるマーレの頭に手を置いた。

 

「改めて、良く来てくれたマーレ。これから頼むぞ」

 

「は、はい! あ、えっと……第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。君命に従いまして参上いたしました!」

 アインズに頭を撫でられながら気持ちよさそうに目を細めていたマーレだが、不意に何かを思い出したように珍しくキビキビとした口調で挨拶をしてきた。アウラ辺りからしっかり挨拶するように言われているのかも知れない。

 

「そう鯱張らずとも良い。今回私はお前の後見人となっている。それに相応しい対応を頼むぞ」

 この辺りは事前にマーレの設定を決めていたので把握しているはずだ。

 と言ってもシャルティアやソリュシャン達と同じく、アインズが後見人を務めている友人の子供というだけだ。

 

「が、頑張ります! あ、でも、あの、うんと。あのハーフエルフに対しては、ど、どんな態度を取ればいいんでしょうか?」

 マーレもまたあのハーフエルフ──マーレがそう言うのだから純粋なエルフではないのだろう──の態度に疑問を抱いたらしい。

 確かにマーレにだけ露骨な対応を見せていたので今後も絡んできそうではある。

 

「アレか。ふむ、私もこの世界のエルフの生態を完全に把握してはいないのだが……そうだな、こうしよう。マーレとアウラは幼い頃から私に預けられていたため、他のエルフとの関わりは持っていない。だからこの世界のエルフについては知らないから何か聞かれても分からないと言っておけばよい。ユリ、私がいない時に接触を図ってきたらフォローを頼む」

 アインズは少し考えてから提案し、もう一人の同行者に目を向けた。

 

「畏まりました。出来る限り私が側に着かせていただきます」

 

「よ、よろしくお願いします」

 下手に嘘をつくより知らないで通す方が楽だ。そもそもマーレの立場はともかく、細かな設定については決める時間がなかったため、一応アウラが来ることも想定して双子ということ以外はほぼ白紙の状態だ。

 ずっとアインズと暮らしていたことにしてエルフというよりは人間の子として育てていたことにしよう。

 後は年齢の問題があるが、アインズ自身仮面のせいで年齢不詳と思われているので何とか誤魔化せるだろう。

 そもそもこの世界のエルフもマーレ達のように長寿なのは分かっているが成長速度などはどうなっているのだろうか。

 また調べることが増えたな。と考えつつアインズは改めてユリに目を向ける。

 

「遅くなったがユリ。お前も良く来てくれた。マーレのこともそうだが、向こうに着くまでそして着いた後も私達の世話はお前に一任する。大変だとは思うがよろしく頼むぞ」

 ずっとマーレの頭の上に置いていた手を今度はユリの肩に乗せる。

 NPCは皆かつての仲間達の子供同然なので、対応も同じにしたいのだがやはりプレアデス内で最も外見上大人であるユリの頭を撫でるのは気が引ける。

 

(頭が取れても困るしな)

 チョーカーで留まっているとはいえユリはデュラハン。何かの拍子で首が外れそれを目撃されたら大変だ。

 その辺りも留意しておこう。

 

「畏まりました。私もアインズ様のご期待に添えますよう、全力を以って勤めを全うさせていただきます」

 

「うむ。頼んだぞ」

 この二人ならば他の者達のように人間を見下すことなく、問題も起きづらいだろう。

 どのような方法で選出されたのかは知らないし、積極的に知りたいとも思わないが今回は運が良かったとみるべきだろう。

 

(それにしても結局俺の評価を下げられなかったのが痛いなぁ。まさか帝国があんなにタイミング良く動くなんて、これじゃ俺が読んだと思われても仕方ないよな)

 アルベドとシャルティアにデミウルゴスの作戦を見抜けなかったと話したことで、何とか自分の評価を下げられたと思った矢先にセバスより<伝言(メッセージ)>が入り、換金を頼んだブレインに帝国の使者が接触してきたとの報告が入った。

 アインズとしては寝耳に水の話だったが、セバスは完全にアインズがここまで読んでいたという前提で話を進めてくるし、状況だけ見ればそう捉えても不思議はない。

 間の悪いことにデミウルゴスが立てた計画とも合致していたため、アインズが計画を読めていなかったと言うには無理がありすぎる状況となってしまい、結局あの話はシャルティアを試し成長させるための嘘ということになってしまった。

 つまり今回もまだアインズは支配者としての態度を見せ続けなくてはならず、特に純粋にアインズのことを凄いと思っているマーレの前でわざと失敗するのは気が引ける。

 そんなことを考えながら脳内だけでも深いため息を吐いたつもりになってから、気を取り直してアインズは帝国の使者達が入っていった部屋の扉を見た。

 

「さて。奴らは何を話していることやら。聞きたいところではあるが」

 

「探りますか?」

 やや声を落とし合わせるように部屋に目を向けるユリにアインズは手を振る。

 

「やめておけ。我々の力ならば人間達の魔法やアイテムを欺くことは出来るだろうが、あのアルシェとかいう小娘以外の者達がどんなタレントを持っているのかまでは調べられなかった。我々の知らない盗聴対策があるかもしれない」

 

「畏まりました。そのように」

 頷くユリを後目にアインズは先ほどまでの慌ただしさを思い出す。

 元々はマーレ達が合流してから相手を呼ぼうと思っておりブレインにはその日時を伝えさせるつもりだったのだが、待ち合わせ場所にロウネという帝国の使者が同行していたらしく、流石に既に出向いている相手に対して後日来いとは言えず、仕方なく急遽会うことにしたは良いのだが、蒼の薔薇の時と同じく力を見せて驚かせ話の主導権を握ってやろうと転移でアインズが登場した瞬間、あのアルシェという娘が悲鳴を上げその場に座り込んでしまった時は驚いた。

 他の者達は即座に臨戦態勢を取り、アインズが何かしたと勘違いして食って掛かってきたが、直ぐにアインズが魔法で拘束し<支配(ドミネート)>で操ることでその理由を確認出来た。

 

(むしろ、先に知れたのはラッキーだったと考えるべきか)

 魔法だけとはいえ対象の強さを見抜く瞳というタレントの存在を知ることが出来たのは僥倖だった。

 もっと人の多いところや、帝国の皇帝とやらの前で発覚したらもっと面倒なことになっていたことだろう。

 

「やはり、タレントの情報は早めに欲しいところだな」

 もう一度部屋の扉に目を向けて、アインズは最近店の経営にかまけておざなりになりつつあったこの世界固有の特殊能力や魔法についての情報ももっと積極的に集めようと心に決めた。

 

 

 ・

 

 

 さほど広くはないものの家具や調度品が品良く纏まった部屋に入って直ぐ、ヘッケランはアルシェとイミーナにそれぞれ盗聴がされていないかを調べさせた。

 

「とりあえず物理的な盗聴の気配はないし造りも問題ないわ。というよりこの造りだと外に声が漏れないように出来ているはず。アルシェ、魔法は?」

 

「たぶん大丈夫、だと思う。けどあの店主がフールーダ様と同等の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なら確実とは言えない」

 いくつかの魔法を展開させて調べていたアルシェだったが彼女にしては珍しく自信がなさそうだ。

 とりあえずヘッケランは護衛対象であるロウネに顔を向け、どうするか目で尋ねた。

 盗聴されていないと断言出来ない以上、聞かれたくない話は出来ない。だがそれでは何のためにここに来たのかわからない。

 ここで話をするように言ったのは彼なのだから、ヘッケラン達は余計なことは言わずにロウネが口を開くのを待つことにした。

 

「とりあえず私が聞いたことに正直に答えて下さい」

 危険は承知の上で急いで話を纏めなくてはならないと判断したのだろう。

 大人しそうに見えるがなかなか度胸が据わっているらしい。

 全員が頷くと、ロウネは疲れたようにフラフラとソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。

 

「先ずフルトさん、店主のゴウン殿が何位階までの魔法を使えるかは分からなかったということで良いんですね?」

 

「はい。恐らくは探知防御の魔法をかけているものと思われます。後から来た二人も同様に見えませんでした」

 いつものぶっきらぼうな口調ではなくキチンとした敬語を使えているのは彼女の生まれ故だろう。その答えにロウネは一つ頷き続ける。

 

「そうですか。ではやはり彼らを帝国まで連れていくしか無さそうですね。それと他の品についても君達の意見を聞きたい。あれは君達のような仕事をしている者達の方が詳しいと思いますが帝国内であれらを作る、あるいは買うことは可能ですか?」

 ワーカーという言葉を使わないのは気を使っているからだろうか。そんなことを考えながらヘッケランは少し考えて返答する。

 

「アホほど金をつぎ込めば同等の強さのゴーレムや武器は出来るでしょうが、あの値段でということでしたら、確実に無理だなぁ、あ、いえ。無理だと思います」

 ヘッケランが敬語に言い直すのを見て、ロウネは僅かに苦笑した後首を振る。

 

「無理に敬語は使わなくて結構ですよ」

 実のところこれを狙ってわざと言い間違えた振りをしたのだ。

 進路や宿泊等の相談や報告を除いてずっと無言で旅をしてきた今までとは違い、ここからは話をする機会も増えてくる以上堅苦し過ぎるのはごめんだし、そうした無駄なことに気を使ったせいで大きなミスを呼び込むこともあるからである。恐らく乗ってくれるはずと思って口にしたが案の定、ロウネという男は堅物そうに見えてそれなりに話が分かるタイプのようだ。

 

「そりゃどうも。見ての通りの粗暴者なもんで助かるぜ」

 

「ただ。これを伝えたくて危険を承知でここに来ました。いいですか? これは君達全員に厳命しますが、ゴウン殿達に対し、失礼な態度や不快な思いをさせることは許されません。それとエ・ランテルで合流した後、君達には彼らの護衛も共に行って貰うことになりますが。これは問題ありませんね?」

 

「その辺りは事前に話が付いてるから問題はねぇが、一つ目の命令に関しちゃ、素直にハイってわけにもいかねぇな。もちろん俺らから突っかかったり失礼な態度を取るつもりはねぇが、向こうからやってきたら話は別だ。見え見えの挑発に乗る気もねぇが妙なちょっかい出されても黙って受け入れろって言うんならそいつは無理な相談だぜ」

 仮面をしているとはいえアインズが男であるのは間違いないだろう。

 ここでいう妙なこととは要するに女性陣に対して不埒な真似をされたらということだ。

 

「そちらの心配は不要です。なにかあれば私に知らせて下さい。手配をします。まあ必要無いとは思いますがね」

 何をとはわざわざ聞かない、金に物を言わせて後腐れのない高級娼婦でも宛がうということだ。必要無いとはあの美人のメイドがいるからだろう。

 思わず確かに。と同意しかけたところで、その手の話に嫌悪感を持っているイミーナが視界の端で思い切り嫌そうな顔をしているのが目に入り、ヘッケランは意志の力で頷くのを堪えた。本来は依頼人の前でそうした態度を見せるのは注意するべきだが、幸いロウネからは見えない位置なので放っておくことにしたところで不意に思い出す。

 先ほどのイミーナの態度だ。

 あの異常なほど顔の整った闇妖精(ダークエルフ)の少女を見た途端、明らかに彼女は動揺していた。

 元々かなり感情的なタイプではあるが、仕事中にあそこまで取り乱すのは今まで見たことがない。

 何かあるなら後で確認しておこうと、心のメモ帳にそう記入し今は置いておく。

 

「後は……そうそう、到着日時や待ち合わせはどうしますか? 元々その話をするという建前ですから、決めておかないと」

 

「ちょうど一週間後で問題ねぇだろ、少し急いで前日には着くようにして、後は合流場所か、あそこでいいんじゃないか? 俺たちが泊まった宿の……」

 あまり長く籠もっていても怪しまれるだろうと、こちらである程度決めて提案を出すとロウネは案の定、こちらに任せると言い時間と場所が決定した。

 後は四人に増えた護衛対象をどう守りながら帝国まで連れていくかを考えれば良いだけだが、そちらは後で仲間達で相談して決めればいい。

 ここで話をする必要もなく、ロウネに聞かせる必要もないだろう。

 多少難易度は上がってしまったが、あの報酬額に比べて今までが楽すぎたのだ。と自分を納得させることにして、ヘッケランは今後について考え始めた。

 

 

 ・

 

 

 帝国の者が用意したそれなりに大きな馬車の中で、アインズとマーレ、ユリの三人──メイドであるユリを同じ馬車に乗せると言ったときは不思議そうな顔をされたがメイドとは常に側にいるものだと思っていたが本当の金持ちは違うのだろうか──そしてその三人の護衛として例のタレント持ちの娘が同じ馬車に乗っていた。

 四人乗りの馬車に四人。ということで窮屈な旅路になるかと思ったが、帝国の用意した馬車はこれが本当に四人乗りなのかと思えるほどゆとりのあるスペースが確保出来る大きさだった。

 そんなゆとりを持った馬車内で、しかしアインズは精神的に憔悴していた。

 

(すごい見てくる。例のタレントを使う機会を窺っているのか。ご苦労なことだ……しかしもう長いこと誰も話していないぞ、いい加減誰か話でも振ってくれないものか)

 長いこと無言でいるせいで息が詰まって仕方がない、打開策を求めてアインズが馬車内の皆を目だけで見回した。

 隣にいるのはマーレだが、性格上自分から積極的に話しかけることはしないだろう。

 向かい側に座るユリも当然メイドとして自分からベラベラ話すことはない。

 よって消去法としてこの場の空気をどうにか出来るのはアインズか、このアルシェと名乗った娘だけなのだが、彼女もどうも無言の時間が苦ではないらしく話しかけてこない。

 ならばアインズも無視してしまえばいいし、実際モモンとしての活動やアインズとしてナザリックにいる時はそうした対応を取ることもあるのだが、今のアインズはあくまで一介の商人であり魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 あまり愛想が無さすぎるのも不自然だ。仕方ない、と覚悟を決めてアインズが口火を切ることにした。

 

「……あー、フルト嬢、で良いのかな?」

 エ・ランテルで合流した後、護衛として改めて自己紹介がされ、その時に名前を聞いたが一度聞いただけでは完全に覚えられない。

 特にこの目の前の少女は貴族か何かなのか、長々といくつも連なった名前を名乗られたため、どれで呼べばいいのか不安だった。

 王国同様一番最後が家名だと思うが、王国と帝国ではもしかしたら呼び方が違うかも知れないと正直心配しながら名を呼んだのだが、アルシェは特に気にした様子も見せず、アインズを正面から見上げると小さく頷いた。

 

「はい。ゴウン様、どうされました?」

 

「うむ。まだ帝都までは時間もかかる、少し話をしないか?」

 既に出立して数日が経過し帝国領内に入ったようだが、帝都に着くまでにはまだかかるらしい。その間ずっと無言でいるのは正直避けたかった。

 

「話……ですか?」

 訝しげな様子のアルシェにアインズはやや動揺しながらも、それを表に出すことなく話を続ける。

 

「ああ。これからまだ何日も同じ馬車に乗って旅をするのだ、少しは互いのことを知っておくのも悪くないだろう。私も自分以外の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と話をする機会が少なくてね、是非君の話を聞かせて貰いたい」

 最後に適当に思いついたでっち上げの理由を口にすると、アルシェは無表情のまま淡々と口を開く。

 

「転移を使用出来る最高クラスの魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるゴウン様に、私のような平凡な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の話など聞かせられません」

 表情は変わっていないが、ピシャリと言い切る様子にはどことなく険が見える。

 その言葉にアインズの横に黙って腰掛け、体を預けるようにしていたマーレが反応を示した。

 アルシェの態度を不敬だと捉えたのかも知れない、よく見るとユリも表情に変化はないが瞳だけをチラリとアルシェに向けているのが分かる。

 

「いやいや、フルト嬢。私はずっと長いこと一人で魔法の研究に勤しんでいた。そのため世間の常識や、一般の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にあまり詳しくないのだよ」

 慌ててアインズが言うと、アルシェの目が大きく一度見開かれる。

 

「たった一人で。それは独学ということ? 信じられない!」

 今まで使用してきた敬語から、ぶっきらぼうな物言いへと変化する。

 これが素の口調なのだろう、直後にしまった。と言うような顔になったことからもそれが窺える。

 

「も、申し訳──」

 

「構わない。私は貴族などではないから公の場でもないのに敬語を使われ続ける方が肩が凝る。この馬車の中ではそのままの口調でいてくれていい」

 

「しかし」

 相手が冒険者ならこれで敬語は止めて砕けた口調になるのだが、冒険者から外れたワーカーの方が礼儀正しいのはどういうことなのだろうか。

 それともアルシェが特別なだけか。

 

「君は私達の護衛としてここにいる。その対象である私がそちらの方が良いと言っているのだ、無理なら他の者と替わって貰っても良いが?」

 ただでさえこれから帝国の皇帝に会うという精神的にキツい思いをすることになるのだ、この馬車でくらい気を抜きたいのはアインズの本心でもある。

 しばらく真意を見極めようとしているかのようにアインズを見つめていたアルシェだったが直に諦めたように頷いた。

 

「ではこれからは普通にさせて貰う。けど後から文句を言われても困る」

 

「うむ。私から口にしたことだ。馬車内にいる限りその口調で良しとしたことをアインズ・ウール・ゴウンとして約束しよう」

 こう言っておけばアルシェが今後アインズに不遜な態度を取ったとしても、マーレもユリも手を出してくることはないだろう。

 

「わかった。では早速さっきの質問、本当に独学であれだけの魔法を使えるようになったの?」

 即聞いてきたところをみると、よほど気になったのだろう。この世界の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がどのようにして魔法を覚えるのかはかつて、ツアレの妹であるニニャに聞いたことがあったが、先ずはちゃんとした師匠を見つけることが肝心と言っていた。

 そのことからも一人で研究して魔法を極めるというのはこの世界では異端なのだろう。

 只でさえこの世界水準では最高クラスの魔法詠唱者(マジック・キャスター)という立場を取ってしまっている上、更に妙な疑いをかけられるのはまずい。

 軽率な発言をしてしまった自分の愚かさを悔いるが後の祭りだ。

 

「……正確には違う。かつて私には多くの仲間がいた。彼らと共に学び、議論を重ね、時には失敗をし、そうして力を合わせ成長して私は今の力を得た。一人で研究していたのはその後、それだけのことだ」

 以前この手の話をして感情的になってしまう失態を犯していたのであまり口にしたくはなかったが、仕方がない。

 覚悟を決めてアインズは話をする。

 その話を聞いたマーレ、そしてユリも僅かだが反応を示しているのが分かる。

 アインズが口にしたのは、当然かつてのギルドメンバーのことであり二人もそれぞれ自らの創造主を思い浮かべていることだろう。

 

「仲間?」

 

「そう。気の置けない素晴らしい仲間達だった。見る限り君達も随分仲が良さそうだが……」

 ここに来るまで何度となく彼らの会話を耳にした。道順を決め、襲ってくるモンスターを連携して討伐し、冗談を口にし、時には意見のぶつかり合いで対立する。

 情報を収集するために魔法で高めた聴力によって聞いたそれらの会話を耳にする度に心がざわついていた。

 

「うん。私には勿体ないくらい、良い仲間」

 噛みしめるように言うアルシェにアインズは頷きかける。

 

「そうか。大切にすると良い」

 懐かしさと、羨ましさが混ざり合い、奇妙な気持ちとなるが、どうしようもない。

 アルシェもまた過去形にしたこと、マーレがかつての仲間の子であり今はアインズが後見人を務めていることを聞いていたためか、それ以上はなにも口にしない。

 良かったと正直に思う。またニニャのような慰めを言われたら抑える自信が無かったのだ。

 

「んん。という訳で、私は帝国に居たが帝都には立ち寄ったことが無くてね、君から見て帝都はどんなところだ?」

 相手が気を使ったことを幸いと話を変える、むしろこちらの方が聞きたかったことだ。

 

「住みやすくて、良い場所だとは思う。特に一般市民からすると仕事もあるし、食べる物にも困らない豊かな都市」

 話をしながら徐々にアルシェの表情が曇り声が小さくなって行く、その中の一般市民という言い方が気になった。

 ということは恐らく貴族であるアルシェのような者には暮らしづらいということだろうか。

 帝国の皇帝は権力を独占するために、貴族を粛清し鮮血帝と呼ばれているという話を聞いた覚えがあった。

 その被害を受けたのか。

 今度はこちらが地雷を踏みそうになってしまったようだ。しかし話を変えた矢先に再び別の話、と言うのも気が引ける。

 

「そうか。ならば私としては仕事がやりやすくて良いな。商品を売るにもある程度の豊かさが無くてはいけないからな。うちの商品ではどんな品が売れると思う?」

 よって気づかない振りをして、方向転換をしつつ話を進めるという手段を採ることにした。

 しかしその問いかけに、アルシェは更に顔を強ばらせた。

 

「あの武具とかは、特に貴族が好きそう。たとえ借金しても買うと思う」

 

「そ、そうか。武具か、なるほど……」

 どうやら回避しようとした先にも地雷が埋まっていたらしい。

 会話を始めたとき以上に空気は冷えきり、暗くなってしまった。

 そんな馬車内の空気を一変させたのは、順調に走っていた馬車が突然急ブレーキを掛けたことによる揺れと、叫び声だった。

 

「敵襲! 空からよ!」

 野伏(レンジャー)だというハーフエルフの声にいち早くアルシェが床に転がしてあった杖を手に取りアインズに顔を向けた。

 

「みんなはここを動かないで。私は迎撃に出る」

 

「いや、私も出よう」

 今までも何度かあった夜盗やモンスター襲撃の際には大人しく中で待っていたが、今回は別だ。

 案の定、アルシェは驚いた顔をしているが理由は既に考えていた。

 

「今まで君たちの戦いぶりを見ることがなかったからな。我々の命を預けられるだけの実力があるか見させてもらおう。無論、何かあれば転移で我々だけ逃げさせてもらうが問題ないな?」

 少し話しただけだが、メンバー全員が自分達の実力にプライドを持っているのは理解した。

 尚かつ先ほどの話を聞く限り彼女が仲間に強い信頼を持っているのも分かる。

 ならばこの手の挑発が効くはずだ。

 

「……分かった。問題ない、ただし流れ弾には注意して、ここなら大丈夫だけど、生身で外にいたら危ないから」

 

「その時は私が打ち落とそう。君は仲間の援護に回ると良い」

 

「……理解した」

 明らかに不満そうだが、護衛対象にそれ以上何も言えないのだろう、アルシェはそれだけ言うと馬車の扉を開けて外に飛び出していく。

 開け放たれた扉からアインズも後に続こうとしたが、その前にユリが前に出る。

 

「アインズ様、先ずは私が」

 

「……そうか。任せよう、手は出すなよ?」

 ユリには戦闘力のないメイドとして周囲に認識して貰わなければならない。

 アインズの言葉に優雅に一礼し、ユリが扉から外に出る。

 それを見届けてからアインズは隣に座るマーレに目を向けた。

 

「では我々も行こう。マーレも手を出す必要はない。奴らがどんな戦い方をするのか見てみたい」

 

「か、畏まりました。アインズ様」

 敵はそれなりの数が居るらしく、別々の方向から戦闘音が聞こえている。

 そんな中でも扉を開ききり、その脇で礼を取りながらアインズが降りるのを待っているユリの姿は異質そのものだが、戦闘に忙しく他の連中も見ていないだろう。

 アインズが乗る馬車は後ろだったので、降りると視界の先で戦闘が一望できた。

 その相手を確認し、アインズはデミウルゴスの計画通りに進んでいることに満足げな笑みを浮かべた。




次から本格的に帝国でのデミウルゴスの作戦がスタートする予定です

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