オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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帝国での最終作戦と、今まであまりスポットの当たっていなかったユリの話です


第44話 最終作戦開始

「そうか。わかった……ワーカー共は取り込まれたと見ていいな?」

 

「だと思われます」

 アインズの監視にと付けていたワーカーチームの報告を受けたロウネから更に報告を受けたジルクニフはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 馬鹿正直に全てを報告するはずの無いアインズが告げてきた報告と寸分違わぬ内容から見ても、密偵役を任せていたワーカー達は帝国を裏切りアインズに付いたと見て問題ないだろう。

 

「どうしますか?」

 裏切り者を始末するか。という意味の問いかけだ。

 

「放っておけ。別にアインズに知られて困る情報を教えていた訳ではないんだろう? 元から大して期待はしていないし始末してそれをアインズがこちらを責める火種にされても困る。しかし、金に汚いワーカーが簡単になびいたと言うことは、奴の資金力は思った以上なのかも知れないな。こちらにはした金しか要求しなかったのはそれが理由か。唸るほどあるから金ではなく別のものを要求しようとしたのだろう。さて、そうして得た勲章を奴がどう使うのか、興味があるな」

 アインズがエルフ鎮圧に動いていた時間を使い、ジルクニフは自分の中に溜まったものをどうにか消化する事が出来た。

 未だ王国の第三王女と、アインズに対して怒りが無いとは言わないが、今は他にやることがあるし、あくまで現状は王国と対等になっただけだ。

 これからいくらでも挽回の機会はあるだろう。

 

「ところで陛下、そろそろ作戦開始の時間ですが、本当に陛下自らも出陣なさるおつもりですか?」

 

「当然だ。そうでなくてはアインズの実力が確かめられない。心配するな、何の為の護衛だと思っている」

 こう言ってもロウネの表情は曇ったままだ、万が一のことを考えているに違いない。

 しかし、だからと言ってここで退くわけにはいかない。

 それはアインズの力を確かめる意味もあるが、同時に帝国の臣民に対するアピールにも繋がる。

 この場所からジルクニフが指示を出して悪魔を一掃したとしても、民の中には確実にジルクニフに対する不信感が残る。

 

 帝国でのジルクニフの人気は高い、それは自分達の生活が豊かになっていく実感があるからだ。

 臣民はジルクニフが今までの搾取するだけだった王侯貴族達を排除し、民の為に政治を行っている。と思っているのだ。

 だからそのジルクニフが帝都の危機に後ろから指図しているだけだと知られたら民からの信用は一気に下がる。それが皇帝として当然の行動だとしても、今までの奴らと同じか。と思われてしまうのだ。

 故にジルクニフが前線に出るのは何もアインズのことだけではなく、政治の一つとしての意味合いもあるのだ。

 ロウネがその辺りを理解していないはずはないが、それでも命と秤に掛けたら命を優先させるのが当然という考えが根本にあるのだろう。

 

「……畏まりました。くれぐれもお気をつけ下さい。では私はゴウン殿を呼んで参ります」

 

「ああ」

 椅子に座ったまま手をひらつかせてロウネを見送り、ジルクニフは懐中時計で時間を確認する。

 作戦の第一段階、突入部隊による帝城奪還作戦が始まる頃合いだ。

 フールーダにバジウッド、レイナース。そしてデス・ナイトとそれを操る名目のユリ。

 他にも幾人か部下として近衛を付けてはいるが、そちらは荷物持ちや数合わせにすぎない。

 これで勝てないような敵はいない、そう思いたいがフールーダを上回るアインズという存在を目の当たりにしただけに確信は得られない。

 

「さて、どうなっていることやら」

 あの面子で恐らく一番苦労することになるであろう、側近の騎士を思い浮かべながらジルクニフは時計を仕舞い込んだ。

 

 

 ・

 

 

「そろそろ城が近い。ここからはより慎重に……」

 辺りを警戒しながら先を進むバジウッドは、後ろを振り返り全員に呼びかける。

 隊列としては前衛としてバジウッド、その後ろにデス・ナイトと指示を出すユリ──これは場合によってはバジウッドがユリを護衛する為でもあり、戦い慣れていないだろう彼女に指示を出しやすくするためだ──その後ろにフールーダ、そして最後尾にレイナース。

 近衛達は回復アイテムや換えの武器を持たせ、それぞれの近くに配置している。

 少なくとも最初にアインズが拠点として作ったという貴族の屋敷を出た時はそうだったはずだ。

 しかし後ろを振り返ったバジウッドの目に映ったものは完全に隊列が崩れ、ユリを中心にして集まっているフールーダとレイナース。そして彼らに付けていた荷物持ちの近衛達も集まり、一つの塊の様になっている様だった。

 おいおい。と呆れそうになるものの、ユリからアインズの情報を聞き出すのも、確かにジルクニフも余裕があればと前置きをした上でバジウッド達に課せられた仕事の一つではあるのだが、どう見ても二人の目的は別のところにある。

 

「ほう。それでは本当にこれは自然発生したアンデッドではなく、ゴウン様がお作りになられたものだと?」

 

「もちろんです」

 

「それは素晴らしい! しかしどの様に。私もアンデッドの研究は行っていますが最下層のスケルトンすら自然発生にすら繋がっておりません。何か特別な魔法やアイテムが?」

 

「申し訳ございませんが、私にはそこまでは分かりかねます」

 フールーダがデス・ナイトに恍惚とした視線を送りつつ、ユリにあれやこれやと話しかけているが、ユリの方はさらりと受け流している。

 当然だろう、こんなところで主の秘密をベラベラ話すような愚行をこの完璧とさえ言えるメイドがするとは思えない。

 それより問題なのは、完全にタガが外れたフールーダがこちらの情報を言いそうになっているところだ。

 フールーダがアンデッドの研究を行っているのは、バジウッドもよく知らないが確か帝国でアンデッドを生産しそれを様々な所で使用して余った人手を別の分野に使用する。という帝国の最重要国家事業のはずだ。

 アインズには既に知られているとのことだったが、だからと言ってどの様な研究をしているか、どこまで進んでいるかなど話させるわけには行かないだろう。

 慌てて口を挟もうとして、その前に別の声がそれを遮った。

 

「あの、一つお聞きしますが。あの方の店、あるいはご本人が解呪を行える、といったようなことはありませんの?」

 

(今度はお前かよ! いや、とりあえず話は遮ったし、何が出来るか知るのは悪いことではない、のか? あー、クソ。何で俺がこんな)

 頭を使うのは自分の仕事ではない。

 それは四騎士内に限って言えば主にニンブルの仕事だ。

 やっぱり交代してもらえば良かった。と思うが後の祭りである。

 そんなバジウッドの苦労を無視してユリがピンと背筋を伸ばしたままレイナースに向き直る。

 レイナースも呪いの部分はともかくとしてそれを隠しての外見は整っており、相当な美人だと言える。

 しかしユリの美貌はそれを超えている。

 本来ある程度以上の美人であれば後は好みの問題となるはずだが、それもあまりに突出した美しさを持っていれば話は別だ。

 言いたくは無いが明らかにユリの方が上だ。

 向かい合って二人を同時に見ると余計にそれが実感出来る。

 

「呪い……ですか?」

 

「ええ。恥ずかしながら私はかつて退治したモンスターより顔に呪いを受けてしまい、それを解呪する方法を探しておりますの」

 片目を覆い隠す長い金色の布とも呼べるその豊かな金髪の下がどうなっているのか、バジウッドも知っている。

 その呪いを解くためならどんなことでもすると決めていることもだ。だからこそ、ニンブルもそのことを心配していた。

 その為に帝国を裏切り、アインズに寝返るのではないかと。

 そうならないようにする為にアインズと分けて配置したのだが、ユリという店とアインズの内情をよく知っているであろう人物がこちらの突入班に合流したことによって無駄になってしまった。

 

「おい、重爆! 今は──」

 名ではなく通称を呼ぶことによって、帝国騎士としての本分を思い出させようと声を張り上げるが、遅かった。

 

「呪いは掛けるより解く方が難しいと聞きますが、アインズ様でしたら可能でしょう」

 

「本当ですか!? どうやって。いえ、どんな対価を支払えば。私に出来ることでしたらどの様なことでもさせていただきますわ!」

 

「ほう。ゴウン様は、解呪の法までご存じとは、あれは信仰系魔法の極地とも聞いております。魔力系以外も極めているとは」

 またフールーダが首を突っ込む。話を遮られたレイナースは露骨に不満げな顔をしている。

 

(これ放っておいても互いに邪魔しあって話進まねぇんじゃ……とも言ってられねぇか、あー、俺はこんな役目じゃないはずなのに)

 皇帝陛下にすら敬語を用いることなくこと無く接することもある自分は、どちらかと言えばルールに縛られない破天荒な男だと思っていたが、この二人を見ていると実はそうでもないのではないかと思えてくる。

 

「対価をお決めになるのはアインズ様ですが、そうした事情でしたら……」

 

「おおっと。ユリ、さんよ。重爆は仮にも帝国四騎士の一人、いくら何でも目の前で引き抜きを見逃すわけにはいかねぇな」

 別に直接的な引き抜きをしたわけではないが、レイナースが解呪の為なら平気で帝国を裏切るのは公然の秘密。

 しかもレイナースは帝国の情報もそれなりに持っているため、引き抜くのが簡単で見返りも大きい立ち位置なのだ。

 レイナースの瞳が細くなり、はっきりとした殺気を感じるがバジウッドは取り合わない。

 逆にバジウッドの方からレイナース、そしてユリのことも威圧する。

 アインズのメイドにして寵姫、それもこの外見だ。

 冷静然とした態度を取ってはいるが、戦いの場に来たこともなければ強面の男から殺気や威圧されたこともないだろう。

 だからバジウッドのこの威圧で萎縮するだろう。と考えての対応だったがユリはそれこそなんの感情も無いかのように真っ直ぐにバジウッドを見つめ、一歩バジウッドに近づいた。

 いっそ芸術的とすら言える顔が近づいてくるとそれはそれで圧を感じるが、バジウッドも帝国の威信を背負っている以上メイド相手に引くわけにはいかない。

 

「私にそうした意志はございません。問われたことを答えただけです」

 強気な態度からは明確な意志を感じる。

 アインズから言い含められているのだろう、例え相手が帝国四騎士でも店から派遣された以上、店の代表扱いでありユリが頭を下げるのはアインズが帝国に頭を下げるも同然の意味合いを持つ。

 だからこそ、ユリは詫びを入れないのだ。

 しかし、国そのものに一商会が頭を下げることを拒否するとは、自分たちと帝国は対等だと言わんばかり。大した自信である。

 バジウッドとしては思うところもあるが、かといってこれ以上強気に出ることも、またバジウッドの方が詫びを入れることなど出来るはずもない。

 それこそバジウッドも帝国を代表してここにいるのだから。自分の不用意な行動は帝国、いや皇帝ジルクニフの名を傷つけることになる。

 となれば。

 

「わかったわかった。この件は終わりにしよう、もう時間も無い。隊列を直してくれ」

 どちらも謝ることなく、話を終わらせる。

 これなら明確にどちらかに責任を負わせることなく話を変えられる。

 事実、帝城まで後少しの位置に辿り着いているため別に嘘を言っているわけではない。

 ユリもまたバジウッドの意図を汲んだらしく、小さく一礼するとデス・ナイトを側に呼び寄せて自分の身を守らせつつ、命令を下しやすい様にする。

 

「フールーダ様、今は自重して下さい」

 皇帝にすら正しい敬語を使わないバジウッドも、二百年以上生きる帝国の重鎮にして生きた伝説であるフールーダには気を使う。

 そのまま今度はレイナースを向き直る。

 

「それとお前も持ち場に着いてくれ。今は帝国の危機だということを忘れるな」

 こちらは気を使う必要など皆無なので強い口調で言う。

 明らかに不満そうな二人だったが、表だって何かを言うことはなく、それぞれの持ち場に戻っていった。

 どうにか収まった。と胸をなで下ろす間もなく遠くから人間以外の何者かの咆哮が轟いた。

 恐らくは悪魔だろう、ここからが本当の仕事だ。ユリやアインズのことも今は後回し、何としても悪魔達から帝城、ひいては帝国そのものの威信を取り戻さなくてはならない。

 何しろこの都市には自分の愛する妻達もいるのだから。

 剣を握りしめ、バジウッドは慎重に進み始めた。

 

 

 ・

 

 

 冷静に周囲を見回しながら、ユリは改めて現状確認をする。

 周囲にいるのは帝国から騎士が二人と、魔法詠唱者(マジック・キャスター)一人。後は幾人かの兵士。

 どれも一人一人ではユリはおろか、主が作り出したデス・ナイトにすら勝てないだろう。

 可能性があるとするなら、先ほどからずっとデス・ナイトから視線を外そうとしない老魔法詠唱者(マジック・キャスター)だけだ。

 ユリはあまり現地のことについて詳しくはないが、最もこの世界の人間達に詳しい同じプレアデスの妹、ナーベラルから聞いた情報にあったいずれの者より高いレベルを有しているのは明白だ。

 一応警戒しておくべきだろうが、あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)はデス・ナイトそして主に深い興味と敬意を払っているのも確かである。

 だとしたらユリが今すべきことはそれでは無いはずだ。

 自分に課せられた仕事はデス・ナイトに指示を出し、その力をより多くの者達に見せること。

 そしてもう一つ。これは自分と友人のワガママによって新しく追加された任務でもある。

 だからこそ、決して失敗は許されない。

 本来これは不必要かつ、僅かでもナザリックの不利益になることであり、ナザリックに属する者として決して許されることではない。

 それを主は快く受け入れてくれた。

 慈悲深い主に報いるためにも自分はこの仕事を完璧にこなさなくてはならないのだ。

 頭の中に入れた地図を頼りに、今の位置との距離を計算しつつ合図を出す時を待つ。

 

「悪魔達がかなり集まっているな。あの鱗の悪魔もいますね……」 

 

「うむ。やはりあの悪魔はただの召喚された一悪魔に過ぎないということかもしれんな」

 

「あの強さで……ただの先兵だってことですか。こりゃ大変そうだ。とりあえずあそこの悪魔達は無視しましょう、出来るだけこちらの魔力や体力は温存したまま城内の兵士達と合流したい。その間にまとめ役や首魁らしき悪魔がいたら全戦力をもって先に討ちます。いいですね?」

 バジウッドというこの場の指揮を全て任せられている騎士は改めて全員に確認する。

 

「ではここから先は私が前衛を務めますわ」

 

「……そうだな。お前の方が向いているか」

 先ほどユリに話しかけてきた金髪の女騎士、レイナースの言葉をどこか訝しげに思いつつも、やがて納得したようにバジウッドは頷く。

 

「ええ。攻撃力で言えば私は四騎士内でも最強ですから、どうぞお任せ下さい」

 こちらに目を向けている訳ではないが、何となくユリは彼女が自分に聞かせようとしているような気がした。

 ようするに自分の実力をユリに見せてそれを主に伝えて欲しい、と考えているのだろう。

 

(呪いを解くためならどんなことでもする、というのは間違いなさそうね。私の方から口添えして……いや、感情では無くアインズ様のお役に立てるかを見極めなくては)

 ユリは人間ではないが同じ女性として顔に呪いを受けることの辛さは想像出来る。

 もしユリが同じことになったら、創造主であるやまいこからそうあれ。として創られた自分の姿が変えられてしまったら、その絶望は如何許りか。

 しかし、同情はするが役に立たない者をただ可哀想だから、という理由だけで主に助けを求めることはこれ以上許されない。

 同僚であり友人のあの優しいメイド長なら、そんなことは考えずにこの場で治癒したのかも知れない。

 ユリがそんなことを考えている間に、槍を構えたレイナースが先頭に立ち、代わりにバジウッドは後ろに移動して突入部隊は悪魔達を避けながら城の入り口に向かって歩き出す。

 

「あともうちょいか。思ったより警備はザルだな。それだけ城の方に集中してるってことでもあるが」

 目的地である比較的悪魔の数が少ない城の入り口──デミウルゴスがわざと手薄にしたのだが──近くまでたどり着いた。

 後は突入のタイミングだけ。

 同時にここはユリの目的地でもある。

 帝城のすぐ近くにあるそれなりに立派な倉庫。

 城に荷物を運び入れる前に調査などをする為の一時的な置き場としての使用する倉庫であるが、そこには現在多数の子供や赤子がいる。

 主がエルフ救出の際に出向いた高級住宅街、そこにいた人間達の内、まだ幼く無垢な者達をそこに集めている。

 本来デミウルゴスの計画ではそれらもナザリックの為に使用する予定だったのだが、それをペストーニャとニグレドが知ってしまったのだ。

 本当なのかと、自分に<伝言(メッセージ)>を繋いできた二人の剣幕は今でもよく覚えている。

 嘘を吐くわけにもいかず、事実だが主が敵対していない者に関しては苦痛無き死を与えると言っていることは伝えたのだが、彼女達は納得しなかった。

 このままでは主の命に逆らってでも子供達を守ろうとするだろう。とそう考えてユリは先手を取り、主に子供達の命を助けて貰えるように直訴した。

 それは許されない行為。

 共に従者として来たマーレは主の様子を窺っていたが、もしその場で主が一言断罪を命じれば、マーレは躊躇いなくユリを罰しただろう。

 しかし、慈悲深き主はそれを止めた。

 そしてユリの懇願を聞き入れてくれた。

 本来子供とはいえナザリックの情報を少しでも知られていては出来なかっただろうが、人間達は数が多く、男女、老人、子供に分けられて一時的に帝都内の倉庫に閉じこめていたのだ。子供達はナザリックのことを何も知らなかったため許されることとなり、同時に一つの任務が追加された。

 その際、礼の言葉を口にして頭を下げたユリに対して主が掛けてくれたあの優しい言葉は今なお、ユリの心に留まって繰り返されている。

 

(私達のその優しさこそ創造主たる、御方達の意志、それを大事にせよ)

 心の中で呟くとアンデッドでは感じることのない温かさが湧き出るような気さえする。

 基本的にナザリックに属する者にとって、それ以外の者達は下等な生き物という考え方が大半を占めている。

 その中でごく僅か、ペストーニャやセバス、シズやニグレド──彼女はどちらかというと赤子だけに優しいのだが──そしてユリに代表される数少ない者達は、そうしたナザリックの方針とは考え方が異なる。

 ユリは正面から反対しようとまでは思わないが、シズを例外とした自分の妹たちが末妹のオーレオールを除く人間を下等と嘲り、弄ぶことを楽しんでいる様子を見ると眉を顰めたくなる。

 もちろん彼女達のそうした考え方もまた、創造主から与えられたものだとわかってはいるのだが、どうしても不満が拭えないのだ。

 肩身が狭いとまでは言わないが、ナザリックでは圧倒的少数派である自分達の考え方が理解されないことに半分諦めに似た感情を抱いていたこともあり、主の言葉はユリにとっては救いに他なら無かった。

 もっともその後、ナザリックに不利益を齎すなら話は別と忠告はされたが、それは当然だ。

 ようするに自分達の絶対的主人であり、主の言葉こそ自分達の全てであると言い切れる御方に自分の考えを認めて貰えた。そのことが大切なのだ。

 それにより自分達は、考え方の違うナザリックの者達にも臆することなく己の考え方を誇ることが出来る。

 なんと慈悲深く素晴らしい御方なのか。

 だからこそ、今回の作戦は失敗は許されない、自分達のワガママとそれを許してくれた主に報いるためにも。

 

「あー、ユリさん。緊張しているみてぇだが準備は良いかい?」

 

「申し訳ございません、少しお待ちを」

 僅かに意識がこの場から離れていたことに気づき、気づかれないように気合いを入れ直す。

 同時にユリは合図を出す。

 両手を祈るように組んで、目を伏せる。

 帝国の者達からは初めて実戦に出る緊張を抑え、成功を神に祈っているようにでも見えるのだろう。

 それは確かだが、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではない自分の祈る相手は神ではなく、創造主たるやまいこ、そしてアインズの二人だけだ。

 

「お待たせ致しました。それでは──」

 ユリが目を開き後ろのバジウッドに返事をしようとした時、鋭い声がそれを遮る。

 

「前方、倉庫の中から多数の悪魔が出現! こちらを視認済み。迎撃に出ますわ」

 端的に情報だけ伝え、レイナースが飛び出していく。

 予定通り倉庫内に潜ませていた悪魔達がユリの合図で襲いかかってくる。

 

「おい、重爆! ああ、くそ。しょうがねぇ、フールーダ様援護を頼みます。俺はここで抜けてきた奴を。ユリさんはデス・ナイトを前に出してレイナースと共に悪魔を討ってくれ」

 

「畏まりました。デス・ナイト、悪魔を討ちなさい。ロックブルズ様に何かあれば身を呈して守ること、行きなさい」

 ユリの立場はあくまで主のメイド、流石に帝国四騎士であるレイナースの名前を呼ぶことは出来ないので名字の方を呼ぶ。

 唸り声のような咆哮を上げ、デス・ナイトは駆け出した。

 その巨体に似合わずデス・ナイトの動きは軽やかで素早い、あっという間にレイナースに追いつくとそのまま彼女を抜かし悪魔に向かって突進する。

 盾による殴打とフランベルジュの斬撃で悪魔達を狩っていく。

 彼らはナザリックの者ではなく、デミウルゴス配下の悪魔達によって召喚された者達であり、時間が経てば召喚のための特殊技術(スキル)や魔法の使用回数は回復し、ナザリックの損害には繋がらないため、なにも考えずに戦っていいと言われている。

 

「おいおい、何だよありゃ。俺達、いやガゼフ・ストロノーフより強いんじゃねぇか?」

 暴風と化したデス・ナイトの戦いぶりに、剣を抜いたはいいが一匹たりとも抜け出してこない悪魔達に自分がやることがないとばかりに構えを解いたバジウッドがひきつった声を漏らす。

 

「当然だろう。デス・ナイトは一度放たれれば、単騎で都市を落とすことも容易、疲れを知らないアンデッドの特性上、倒せる者が居なければ被害は拡大を続け、国そのものすら危うくなる可能性がある伝説のアンデッドだ」

 悪魔を駆逐していくデス・ナイトを眩しいものを見つめるように目を細めて語るフールーダ。

 ユリからすれば主が手ずから生み出したという点以外、ナザリックの戦力としては下から数えた方が早い種類のデス・ナイトをそこまで評価されることに戸惑うがナーベラル達が言っていたとおり、人間達とナザリックの基本的な強さが違いすぎるのだろう。

 主の役に立つ為には、この人間の価値観に慣れなくてはならない。

 

「そうです。ご覧ください。アインズ様の長年の研究の成果、召喚魔法によるアンデッド現界の時間制限を取り払い、アンデッドを生み出し永続的に支配する事が可能になりました。あらゆる分野に使用出来る、我々魔導王の宝石箱が自信を持ってお勧めする商品でございます」

 メガネを持ち上げながら、皆に説明する。

 これも主から課せられた仕事の一つ、デス・ナイトの有用性を見せるだけでなく、口で説明してアピールしておくようにとのことだ。

 

「なんと素晴らしい。死を生み出し、支配する。あの御方こそ、最高の魔法詠唱者(マジック・キャスター)!」

 この程度のことで主を褒められても、むしろ見くびりすぎと感じるが仕方ない。

 これだけでもこの世界では十分すぎるほどの驚異なのだから。

 

「とか言ってる間に、終わっちまうぜ……いや、あの悪魔、まだ生きて」

 

「そうではない。あれこそがデス・ナイト最大の特性、自分の手で殺した者を強大な力を持つ従者として蘇らせる力……ところで、あの者達にも命令を下すことは可能なのですか?」

 従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)はデス・ナイトが殺した相手を自分の従者として蘇らせる能力で、数に限りはあるが弱い相手でも復活した際はデス・ナイトの半分程度のレベルになり、それらが更に殺した相手はゾンビとなる。そちらには数に限りが無く、故にデス・ナイトに勝てる相手がいないという状況では、フールーダが言ったように、国そのものすら危険に晒すアンデッドになる訳だ。

 これもまたきっちりと説明しておくように言われていたことであり、フールーダが先に言ってくれてユリとしても説明しやすくなったと見るべきだ。

 自分一人で主の命を完遂したかったという思いがあったのだが、それはワガママだろう。

 

「勿論です。デス・ナイト、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)にこちらの護衛をさせなさい」

 命じると直ぐに、起きあがった従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)がこちらに近づいてくる。

 帝国の者達はその様子に武器を構えようとするものの、バジウッドが手で制して武器を降ろさせる。

 近づいてきたゾンビ達は帝国兵に背を向け、護衛の態勢を取った。

 当然攻撃などするはずもない。

 

「なるほどなるほど、デス・ナイトを通じて命令することで、更に多くのゾンビ……スクワイア・ゾンビですか、それを操れるとは実に合理的ですな」

 

「陛下が聞いたら喜びそうだ。レイナース、もう良いからお前は戻って来い」

 バジウッドがデス・ナイトの活躍で何も出来ていないレイナースを呼び戻す。

 彼女と魔導王の宝石箱に関わりを持たせたくないバジウッドにしてみれば、レイナースが活躍せずアピール出来ない状況は望んだ展開なのだろう。

 しかしレイナースは戻ろうとせず、目線を倉庫の入り口に向けている。

 

「雷光! 倉庫の中から人の声がしますわ」

 

「倉庫だぁ? 悪魔が居たところか、よし。お前達、確認に行け。何かあれば直ぐ報告。ユリさんあのゾンビを奴らの護衛に回して下さい」

 近衛兵に命令し、兵達は鋭い声で返事をして倉庫に向かいユリも言われたとおりに従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)を移動させる。代わりに少々憮然とした態度のレイナースがこちらに戻ってきた。

 ここまでは想定通りだ。

 帝城に近いこの位置で子供達が見つかれば、そのまま城に連れていくことになる。

 その護衛に従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)を使い、子供とはいえ一般市民にもアンデッドが役立つところを見せる。

 これで子供だけは助けられる上、親を亡くした子供は恐らく孤児院などに送られる。

 そうしたところに支援の形を取れば魔導王の宝石箱の名も良い意味で広まるだろう。

 これで追加された任務に関してはほぼ成功と言って良い。

 後はより強力な悪魔を倒してデス・ナイトの強さを見せつけるだけ、デミウルゴスに指示された空を飛べない悪魔達が集まっている場所を目指しつつ誘導すれば良い。

 同時にそろそろデミウルゴスの作戦の最終段階、魔王として君臨し、今回の件で起こった全ての悪名を引き受けることになる魔将が現れる手筈になっているはずだが。

 ちらりと後ろ、主と皇帝が転移してくる予定の方角に目を向ける。

 それを待っていたかのように、日が落ちて暗くなった帝都の空に突如として炎の壁が立ち上る。

 合図だ。

 

「な、なんだありゃ!」

 城を中心に円柱状に広がる炎の壁、そして更にその中に立ち上がる一本の炎の柱。あそこに魔将が召喚されている。

 後は魔将が時間を掛けながら皇帝がいる場所まで移動を続けることになっている。

 

「お、おお。おお! 何という強大な魔法、間違いない。何者かがあそこにいる! ふは、ふははは、ふははははは」

 市民達に皇帝自ら危険な帝都を訪れ、強い皇帝というアピールをする作戦であり、当然そのことは主からデミウルゴスに伝えられているため、そこに向かって魔将が移動しているのだが、それを見たフールーダは奇怪な悲鳴にも似た叫声を上げる。

 

「あちらは、陛下がいらっしゃる場所では?」

 正確には皇帝がいる場所より手前に現れているはずだ。ゆっくりと時間を掛けてあの炎の柱を維持したまま歩いて皇帝の元に近づき、その力を多くの者に見せつける手筈になっている。

 

「なんと! では直ぐにでも私が向かわねば! 陛下の御身を救うためにも」

 

「いや、フールーダ様。何のための護衛ですか。俺達には別の役割が」

 

「何を言うか! あのような魔法、見たこともない。あれだけ強大な力、如何にゴウン様と言えど一人だけでは勝てるか分からん。陛下は帝国そのもの。そちらを優先して何が悪いか!」

 強い口調でバジウッドを叱責しているもののその瞳に宿る光は、主の為ではなく自分が未知なる魔法を使う者を見たい。という好奇心そのものだ。

 バジウッドもまたそのことに気づいたようだが言っていることも完全に間違いでは無い以上強く言えないのだろう。

 

(でもこれは計画には無い。アインズ様が読み違えたことは無いと思うけれど。もし計画外なら私が止めた方がいいの? いえ。この場で私にはそんな権限はない、それはアインズ様もご存じのはず。ならやはりここは口を挟まない方がいいわね)

 フールーダはこのままここでデス・ナイトと共に鱗の悪魔(スケイル・デーモン)を初めとした、騎士達では勝てない悪魔を退治していく計画だったはずだ。

 ここまで強固な態度を見せるとは思わなかった。

 

「あー、分かった。分かりました。とにかく陛下を助けたら直ぐ戻って下さい。城落とされたらマズいのは変わらねぇんですから」

 

「無論。城の兵と合流後は、デス・ナイトを前面に出し、無理をせず攻撃より守勢に力を入れるように。恐らくあそこにいるのが敵の首魁、それを討てば悪魔も消えるやもしれん」

 

「了解。お気を付けて」

 うむ。と頷きながら逸る気持ちを抑えるようにフールーダが<飛行(フライ)>の魔法を唱えその場から飛び上がり、炎の柱に向け突撃していく。

 残されたバジウッドはやれやれとでも言わんばかりに頭を掻いてから、ユリを見た。

 

「少々状況が変わりましたが、仕事はそのまま。さっきフールーダ様が言ったようにデス・ナイトを操って貰えますか?」

 

「畏まりました。そのように」

 頭を下げていると、遠くから先ほどの近衛兵が走ってくる姿が目に映る、子供達を見つけた報告だろう。

 バジウッドの目がある以上この場から<伝言(メッセージ)>で報告など出来ないだろうし、後は主にお任せするより他にない。

 今は自分に課せられた仕事を完璧にこなす。

 それだけを考えよう。

 そう心に決めてユリは無言の内に気合いを入れ直した。




戦いがメインでは無いのでここからはテンポ良く行きます、帝国編は後二、三話で終わる……予定







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