オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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舞踏会開始
王国側の政治事情はまだ不明な点も多いので、分からないところは独自設定にしてあります


第51話 舞踏会開始

「うむ。ここで良いのだな?」

 

「はい! 招待状ではここに馬車を停め、中に入って受付を行うことになっているようです」

 馬車の中でアインズの腕にピッタリと寄り添っているアルベドはいつもより高い弾んだ声を出しながら、ニコニコと招待状に目を通す。

 

「なるほど。確かに馬車が多いな……むう、この馬車は少し派手すぎたか?」

 窓の外から見える馬車と自分達の物を比べるとこちらの方が装飾も華美で豪華に見える。

 

「問題ないかと思われます。主賓とおぼしき位置に停められた馬車よりは小さいですし。勿論見る者が見れば造形の細やかさや、完成度はこちらが上だと気づくでしょうが、我々の力を見せつけることにもなりますので」

 どうやら馬車を停める位置にも、招待された者達の格が関係しているらしく、アインズ達は高くも低くもない中間辺りで、主賓や大貴族ほどではないが、下級貴族よりは上の位置に停めるように指示が出ている。

 シャルティアはアインズが侮られていると不満を露わにしていたが、勲章を授与するとはいえ商人相手にしては出来る限り良い位置をキープしたと恐怖公は語っていた。

 王国としても本気でアインズ、魔導王の宝石箱とお近づきになりたいのだろう。

 それが分かっただけで十分だ。

 上機嫌のアルベドにうむ。と頷きかけ、向かい側に座っているモモンの格好をしたパンドラズ・アクターに目を向ける。

 流石に今日は全身鎧ではなく、漆黒を基調とした普通のパーティ向けの服装に変わっているが頭だけはいつもの兜を被っているためチグハグな印象だが──純白のタキシードに仮面姿のアインズが言えた義理ではないが──幻術の顔はなるべく晒したく無いので仕方ないだろう。

 

「モモン」

 

「はっ! 如何なさいましたか、アインズ様」

 敢えてパンドラズ・アクターではなくモモンと呼ぶ。

 やや大げさながら動きには気品が見える。アクターの名が示すとおり元から演技には定評があるが、恐怖公のダンス練習によって更に磨きが掛かった気がする。

 

「私と違い、お前はパートナーがいない。それに目を付けて近づいてくる者もいるだろうが、今回はあくまで顔見せ。あまり深く関わる必要はない。また、場合によっては私と交代し店主のアインズとして行動して貰うこともあるだろう。その時は例の方法で交代する。合図を見逃すなよ」

 

「畏まりました。必ずやアインズ様にご満足いただける結果をお見せいたします」

 恭しく頷くパンドラズ・アクターにうむ。と威厳を込めて頷き返してから、こちらはやや不満げなアルベドにも釘を刺す。

 

「アルベド。お前もその際はフォローに回れ」

 

「畏まりました」

 不満げな顔が一瞬でいつもの微笑に変わり、アルベドは粛々と頷く。

 アルベドはいつものデザインの服しか持っていないため、今回はアインズの手持ちから貸し出した物を着ている。アインズに合わせたような白銀のドレスに、腰から生えた翼をドレスの下半分に纏わせるように覆い、まるでドレスの意匠であるかのように思わせる。

 側頭部から生えた角にも金の髪飾りが飾り立てるように付けられており、それも含めてデザインなのだと言われればそう見えるだろう。

 これならアルベドの翼や角にあれこれ言う者はいないはずだ。

 

「……アインズ様。如何でしょうか?」

 アインズの視線に気づいたのか、笑みを浮かべて問いかけてくるアルベド。どこか演技めいた口調はこちらを試しているかのようだ。

 彼女にしては珍しい態度だが、同時に理解する。

 これは文字通り試しているのだ、アインズの練習の成果を。

 

「うむ。アルベドよ、今宵のお前は実に美しい。そのドレスも髪飾りも私が手にした物だが、それら全てはお前に贈り、お前を飾り立てる為にこそかつての私が用意したものだろう。尤もそれすらお前の美しさの前では添え物に過ぎんがな」

(どうだ! 守護者やプレアデスは元より恐怖公、はたまたニューロニストまで褒め讃えて鍛えたんだ。こんな歯の浮くようなセリフまで恥ずかしがらずに完璧にこなせるようになった。これなら合格だろう)

 本当はもっと比喩的な表現も含めるべきなのかも知れないが、現地特有の褒め言葉になるような比喩はまだあまり知らないので、そのあたりはこれから会話の中で覚えていくしかない。

 

「……っ!!」

 心の中でそんなことを考えているとアルベドが顔を伏せ、ふるふると震えていることに気がつく。

 

「ど、どうした?」

 まさか何かマズいことを言ったのだろうか。

 アインズがいきなり言ったのなら、感激のあまりいつか突然押し倒されたようなことも考えられるが、今回は自分から言い出した練習なのだから、アルベドが本気で感動したとは思えないが──

 そんなことを考えている間に、下半身を覆っていた翼が唐突に持ち上がり、天井までピンと伸びると同時にアルベドは顔を持ち上げ自身も背筋を伸ばして、二度三度と痙攣する。

 

「ア、アルベド?」

 

「ふぅ……アインズ様申し訳ございません。すぐ戻りますので一度ナザリックに帰還してもよろしいでしょうか?」

 頬を赤く染め、金色の光彩を持つ瞳を蕩かしながらアルベドはアインズに許可を求める。

 

「な、何かあったのか?」

 思わず口から出てしまった言葉を後悔する間もなくアルベドはニッコリと笑みを深める。

 

「下着を交換して──」

「あ、はい。どうぞ」

 最後まで言い切る前に許可を出し、無言の内に転移でアルベドが帰還する。

 

「アインズ様! いや、父上!」

 重苦しい静寂を破り、アルベドが居なくなった途端これ幸いと父上呼びに変えて声を張り上げるパンドラズ・アクター。

 

「……なんだ」

 正直今は会話する気分ではないのだが。

 

「私も舞踏会ではご令嬢の方々を褒め讃えることもあるでしょう! そのために独自に訓練を重ねております。その成果を披露する意味で父上を讃える唄を自作いたしましたのでお聞きいただければと」

 

「良い。黙ってろ、後。この場でのことは誰にも言うなよ」

 

「はぁ。畏まりました」

 兜越しでは分からないが、残念がっているのは伝わってくる。

 こんな時兜の中にある幻術の顔はどうなっているのだろうか。

 そんなことを考えている間に、徐々に気分が落ち着いてくる。アルベドのあれは予想外ではあったが、今までの彼女の態度を見るとああなってもおかしくはなかった。そのことに気付かなかったのはアインズの失態だ。

 アルベドにも恥をかかせてしまったが、戻った後慰めの言葉など掛けてやる方が失礼だろう。何も無かったことにするのがお互いのためだ。

 しかし今更ながらパンドラズ・アクターの今の唐突な提案はもしかしたら場の空気を読んでアインズを落ち着かせる、或いは何も無かったことを強調する為の行動ではないかと思い至った。

 今までのアインズなら気付かなかったかも知れないが貴族達と接するために言葉の裏を読む特訓も重ねた今だから気付けたものだ。

 

(だとしたらこいつは本当に優秀だなぁ。俺もちょっと冷たくし過ぎたか。反省しよう、こいつが如何に俺の黒歴史の集合体であろうと、俺にとって替えの利かない大事な存在には違いない)

「あー、パンドラズ・アクター」

 先ほど自分でモモン呼びする事を決めたばかりだが、今回ばかりは名前で呼んだ方がいいだろう。

 

「はっ! 如何しましたか」

 表面上はいつも通りに見えるが、内心はどうなのか。そんなことを考えつつ、アインズは口を開く。

 

「アルベドが戻るまで時間がかかるかもしれん。やはり先ほど言っていたお前の自作した唄とやらを聴かせてくれ」

 

「ははっ! 畏まりました、お聞き下さい父上」

 明らかに力の籠もった返答と共に語り出される唄は、恐怖公との特訓で何度と無く聴いた歯の浮くようなセリフを遙かに越えた物であり、開始数分で後悔したのは言うまでもなく、けれど讃えられる経験はもう幾度と無く繰り返された結果、精神抑圧される程でも無いためジワジワと恥辱を感じる状態を延々と感じながら、アルベドの帰還を心の底から願い続けることとなった。

 

 

 パーティ会場は広い吹き抜けのダンスホールだった。

 会場内に案内されたアインズは他の招待された客達に混ざって、パーティ開催前に国賓の紹介を聞いていた。

 帝国の使者が一番初めに呼ばれ、その後幾人もの国賓の後、最後に法国の使者達が入場する。

 アインズにはよく分からないが、聞いた話によると呼ばれる順番が重要らしく、先に呼ばれた帝国は王国が周辺諸国で最も下に見ており、最後に呼ばれた法国を最も重要視している。ということらしいが、アインズは首を捻る。

 

(スレイン法国はガゼフの命を狙った敵のはずだが、なぜそんなに重要視するんだ? そう言えば勲章授与の際も所属不明の敵からガゼフを守ったと言っていたし。うーむ、政治的な判断という奴だろうか)

 最後に王が登場し全員に向かって挨拶をした後、舞踏会が開始される。

 招かれた客や貴族達にとってはここからが本番なのだろうが、アインズとしては一番の問題だった勲章授与がつつがなく終了したため、どうにも気が抜けてしまう。

 

「アインズ様。どちらから接触なさいますか?」

 しかし、アルベドはそれを許さない。

 もちろん彼女にそんな気はないのだろうがアインズにこれからの行動を確認してくる。

 アインズとしては正直ここからどうすればいいのかよく分からない。

 このパーティでするべきことは王族と邂逅し、既にナザリックに忠誠を誓っているらしい第三王女と接触、アインズが欲する土地をどちらにするかを伝えることだが、その王女が今どこにいるのか、そしてそもそも単なる招待客の一人であるアインズが自分から出向いて声をかけることなど出来るのだろうか。

 色々と悩むところだが、アインズとしては少し時間をおいて精神的な疲れを回復したいところだ。

 

「ふん、こちらから急いで接触することもあるまい。先ずは見極めよ。我々が接触する価値がある者とそうでない者とをな」

 

「畏まりました。確かにアインズ様の御威光に触れて皆私達に注目しているようですし、少し様子を見ましょう。ではアインズ様、あの曲が入りましたら私達も踊りましょうね?」

 

「ああ。うん、そうだな。モモン、お前も暫くは静観せよ、合図を見逃すなよ」

 

「了解いたしました。私は会場の隅に移動しております。どうぞお二人でお楽しみを」

 例のアインズの精神を削り続ける唄を披露したせいか、パンドラズ・アクターは妙に機嫌が良さそうだ。

 アインズとアルベドにそれぞれ一礼すると、胸を張り意気揚々と会場の隅へと移動していく。

 その姿にも多くの視線が集まっているが、それでも殆どの視線はアインズ、というより隣のアルベドへと向けられている。

 理由は彼女の美しさだろう。

 この体になって性欲が無くなり、またナザリックでは多数の整った造形をしている者達に囲まれているせいで忘れがちだが、このように一般人が多く、また舞踏会という独身の男女の出会いがメインの集まりのため多数の淑女がいると尚更よく分かる。

 男からは羨望の、女からは嫉妬の混ざった視線をぶつけられても、アルベドは気にした様子も見せない。

 この体になったアインズでさえ、未だに多量の視線に晒されると緊張するというのに。

 その辺りは単純にアルベドの性格というか、人間如きに見られても、それこそ下等生物に見られても何も感じていないようなものかも知れない。

 

「ではアルベド。少し会場を歩こうか」

 ここでじっとしていても仕方ない、観察すると言ったのだから会場をグルリと回ってアインズ、というかアルベドに誰が価値ある者なのか見極めてもらうことにしよう。

 そして恐怖公に教わったとおりにアルベドをエスコートする。

 初めは気恥ずかしかったこれも何度と無く練習するうちにすっかり慣れた。

 

「はい!」

 しかし、アルベドの方は練習の時からエスコートしようと手を差し出す度に、生まれて初めて経験するかのように、嬉しそうに、そして初々しくアインズの差し出した手に自分の手を預ける。

 もう性欲とは無縁となったアインズだが、こうした態度には現実でも恋愛経験など皆無だったこともあり内心で動揺してしまう。

 もっともそうした感情も行きすぎると直ぐに鎮静化してしまうのだが、冷静に事を運べて嬉しいようなむなしいような、そんな気持ちにさせられる。

 そんなアインズの思いなど知る由もなく、アルベドは体に纏わせている翼を喜びによって小刻みに振るわせながら、アインズのエスコートに身を預けた。

 

 

 ・

 

 

(あれがアインズ・ウール・ゴウンか)

 先ほどから会場の視線を独り占めしている二人組にさりげなく目線を送り、エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵は自分の取り巻き達との談笑を行いながら観察を続ける。

 会場を離れて歯の浮くような下らない自慢話をさも興味深げに聞きながらも、頭の中は全て彼らのこと、そしてこの先自分がしなくてはならない作戦で埋め尽くされていた。

 そもそも彼らがダンスホールを離れているのは、本来舞踏会の主役は独身の女性だからだ。

 美しく着飾った適齢期の女性達が、伴侶を探すために同じく独身の男性と踊る。

 それが舞踏会だ。

 

 よって、如何に大貴族であろうと結婚をしている者達は主役ではなく、ホールから離れた場所で同じく既婚の者達と会話や食事を楽しむ社交の場となる。

 それが基本だが勿論社交の場である以上、自分達も気は抜けない。

 その中でこれまで舞踏会の華となっていたのは、勿論その美しさもさることながら、適齢期でありながら未だ結婚していない第三王女のラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフだったのが、今日彼女はいつもより大人しいドレスを纏い、王の側に着いている。

 周りから見れば、内々に婚約相手が決まった為に、大人しくしてるようにも見えるだろう。

 その相手を捜すために躍起になっている貴族派閥の者達もいるようだ。

 貴族派閥の息の掛かっている第一王子が王位を継承した際は、貴族派閥の貴族にラナーを嫁がせるのは明白であり、派閥に参加する見返りにそれを望む者達も多いと聞く。

 だからそれが既に内定していると見せかけることで、後にそうではなかったと分かるとしても少なくともこの舞踏会の間は貴族派閥の結束が揺らぐことになる。貴族派閥に余計な横槍を入れさせないためのラナーが提案した策の一つだ。

 

(加えて自分よりゴウンの連れを目立たせるつもりだったようだが、そちらの意味は無かったようだな)

 大貴族である自分でも見たことがないような美しい仕立てのドレス。それすら完全に引き立て役にしてしまう、恐ろしいほどの美、それがアインズが連れてきたパートナーである。

 名はアルベド。ガゼフから既に聞いていたが、名一つで姓も称号も付かない土地の生まれらしいが、確かにこれは先に聞いておいて正解だった。

 最低限、王派閥と自分の息が掛かった者達だけには事前にその旨を伝えておいた。

 何しろこの時点で既に、主役の座を奪われた独身の令嬢達がそのドレスや宝石にそして、彼女の美しさに嫉妬し、やっかみ混じりにその事を嘲笑している者もいるのだから。

 普段の貴族達による社交パーティであれば──少なくとも表面上は──こんなことは起こらないが、今回はアインズ達と王族との繋がりを貴族だけではなく様々な者達に見せつけるために、それこそ商人から冒険者、役人や組合の人間まで、ある程度の資産や立場を持った者達を大量に招いてあるのでそうした下品なやっかみも少なからず生まれてしまう。

 中には本来関係ないはずの既に結婚している婦人達もいるのだから、女の嫉妬とは恐ろしいものだ。

 相手が貴族ではなく商人の娘というのも簡単に見下せ攻撃対象にしやすいのだろう。

 

「あちらが例の?」

 

「そのようですな」

 自慢話がひと段落し、ようやく自分の派閥内でもアインズのことを話せるようになった。

 勿論今までの話に興味が無かったと気取られないように、今初めて気づきましたという演技は欠かさない。

 

「何とも。美しい女性ですな」

 熱い息を吐き、顔を無様に弛ませる若い青年貴族にレエブン候は内心で呆れながらも表情には出すことなく曖昧に頷く。

 

(愚か者が、そんなことに気を取られている場合か。見るならゴウンだ。後は彼らの纏った衣服か)

 パーティにおける女性とはつまり連れている男を着飾るための宝石のような立ち位置だ。

 自分のパートナーの女性を美しく着飾らせることの出来る男の力を誇示する代理戦争のようなもの。

 その美しさにあてられるのは仕方ないことではあるが、自分たちのような大きな責任のある立場の者たちはそれを可能にする男こそ、見なくてはならないのだ。

 

「あのようなドレス。仕立ても細工も見たこともありませんが、あれも店の商品ですかな? 誰と話すわけでもなく、ただ歩いているのはそれを宣伝するためとか」

 別の貴族が口を開く。

 やっと建設的な話が出来る。

 

「私も一度かの商会に足を運びましたが、その際はああいった物はありませんでした。となると新商品、そのお披露目といったところでしょうな」

 既に自分が彼らと繋がりがあるということを暗に示しておく。

 

「ほう。私も興味はあったのですが、なにぶん店には冒険者や平民が多く、呼び出しや貸し切りも認めないと言われましてな。取りやめたのですが、あれほどの物があったのなら早計でしたな」

 貴族は一般的に平民に混ざって買い物をすることなどあり得ない。という認識がある。

 そのため通常は誰かに買いに行かせるか、自分の目で見たい時には、店を貸し切りにするか商人を呼び出すのが基本である。

 魔導王の宝石箱は、見事な装飾の施された武具や宝石、置物などが売られている店として王都内では上流階級にも密かに知られているが、通常の店であれば当たり前のように行われている貸し切りや店の人間を呼び出すことなどは行っておらず、それに憤慨し結局店で買い物をしない。というケースもあると聞く、彼もその一人だったのだろう。

 自分は貸し切りに出来たが、などとは当然言わない。

 やはり店側も客を選んでいるのだ。

 つまりそうした貸し切りにしてでも繋がりを持ちたいと考えている貴族に自分が入っていることになる。そのことにレエブン候は優越感ではなく安堵を覚える。

 彼らの力を理解している自分からすればこれで最低ライン、これからも常に自分が役立つ人間だと思って貰い続けなくてはならない。

 

「レエブン候。少し良いか?」

 どうやって自分の存在をアピールすればいいか、それを考えていたレエブン候に別方向から声がかかる。

 

「殿下」

 第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。レエブン候が次代の王として推している人物である。いやあった。と言うべきか。

 今の自分は仮にアインズが王国を乗っ取ることが目的ならそれを手助けする事を決めている。

 故に最近では少々疎遠になりつつあった。

 派閥の者達に詫びを入れ、ザナックと共にその場を離れた。

 

 

 こうした社交場では他者に聞かれたくない話をするために、テラスや温室などが開放され、多数用意されている。

 ここはそんな一室の中でも高い位置に存在する部屋で、王族やそれに近い者達しか使用出来ず、だからこそ誰にも聞かれずに秘密の話が出来る。

 

「見たか? 誰も彼も奴らに釘付けだ。あの仮面の男がゴウン。パートナーはともかく、一緒に入ってきたもう一人は従者か。兜など付けているがあちらの服も見事な仕立てだ。ただの従者として見ない方が良いだろうな」

 当然のようにアルベドではなく、アインズと彼らが身につけている物について話をするザナック。

 やはり彼は有能だ。

 だがそれ故に、レエブン候はザナックと近づきすぎてはいけないのだ。

 

「殿下、お話とは?」

 

「おいおい。いきなり本題か? 貴族らしくもない」

 確かに本題の話をする前に数十分、場合によっては数時間前置きじみた話をするのは貴族の嗜みだ。

 だが、自分とザナックはそれを無駄なこととして、いつも早々に本題に入っていた。

 今回彼がわざとそれを無視したのは皮肉だろう。

 

「……ふん。まあいい。俺も暇じゃない、さっさと戻って奴らに接触しなくてはならないしな。単刀直入に聞こう、レエブン候。何を企んでいる。俺を遠ざけ妹と結託し、何をしようと言うのだ?」

 レエブン候とラナーが密会しているのは当然誰にも悟られないよう秘密裏に行われており、直接会うことはこの間の会合以来無く、手紙や暗号を用いたやりとりが基本だ。

 だがその事を彼が知っていたとしても驚きはしない。

 そもそも王宮に住んでいるザナックなら他の者達よりラナーの動向に目が行くだろうし、ラナーも気づかれると推察していた。

 問題はその内容だ。

 それが知られなければ問題ない。

 言い訳は既に用意されているのだから。

 

「殿下。私も率直に話させていただきましょう。私と殿下の協力関係、これが外、つまりは他派閥に感づかれている節があります」

 

「何? ……貴族派か?」

 

「いえ。バルブロ殿下。それ以外にもペスペア候を推している貴族達です。私は殿下を次期王位に推していますが、今の段階ではっきりと関係が知られると潰される可能性があります」

 ここで言う派閥とはいわゆる王国を二分している王派閥と貴族派閥のことではなく、王位継承権のある者達の中で誰を支持するかというもう一つの派閥争いだ。

 六大貴族の内、ボウロロープ侯、リットン伯、ウロヴァーナ辺境伯の三貴族から支持を受けているのが第一王子のバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフであり、彼は本来であれば最も王位に近い存在のはずだが、体躯こそまるで戦士かと見間違うほど立派だが、頭の方は非常に短慮で、後ろ盾が幾ら強力でも攻め込む隙はある。

 対して派閥に関係なく多くの貴族から推されているのは第一王女と結婚したペスペア候だ。

 まだ若いが結婚と同時に代替わりし六大貴族の一角を担っている。彼の父もまた能力人格共に優れた人物であったため、彼にも多くの期待が寄せられており、多数の支持を集めているのだ。

 今はまだ数が多いだけで大貴族は少ないが、やがてはペスペア候が最も強力な敵になるとザナックとレエブン候は考えていた。

 その状況下で自分達の協力関係が感づかれたとすればザナックからレエブン候が一時的に離れた理由付けとしては十分だ。

 何しろザナックを次期王にと推している大貴族はレエブン候だけ。勢力としては一番弱いのだから、先に潰そうと二つの派閥が手を結ぶことも考えられる。

 今レエブン候がザナックの元を離れれば、レエブン候は状況が不利になったことを察知しザナックを見捨てたと周囲からは見え、潰すどころか二つの派閥がレエブン候を引き込もうと画策するはずだ。

 

「それは分かった。俺達の利害は一致している、他の奴らよりレエブン候が俺を選ぶ理由も納得している。だからそちらに関しては何も言わない。だが、妹の件はどうなる? そもそも俺達が手を結んだのはアレの異常性に気づける者達だったからだ。あの化け物に近づき、何をしようとしているんだ?」

 そう、初めにラナーの異常性に気づいたのは二人で話をしている時だった、様々な法案を出すものの採用されずに空回りし続けていたラナー。

 もし仮にそれを計算して行っているとしたら。貴族とのパイプも碌に持たない宮殿に引きこもっているだけの女が自分の意のままに貴族を操っている事になる。

 その異常さ、異様さにザナックとレエブン候だけが気がついた。

 その時にレエブン候はザナックが優秀な人物だと悟り、後ろ盾を欲していたザナックはレエブン候を信用した。

 確かにあの時の会話がなければお互いに協力しようとは思わなかったはずだ。

 

「ザナック殿下。ラナー殿下は……本物の化け物でございます」

 

「何だと?」

 レエブン候は自分の知り得たラナーの秘密を全て語り出す。

 あの空虚な瞳、クライムに対する執着、愛情、そして自分の頭脳すら児戯に思える叡智。

 それらを隠すことなく全て語り尽くした。

 

 

「な、んて、ことだ。我が妹ながら、そこまで壊れていたか」

 全てを聞き終えたザナックは手に持っていた酒を一気に煽り、深く息を吐いた。

 

「はい。ですが、だからこそ。ラナー殿下は信用出来ます。何しろ彼女はクライムと自分が平和に暮らせればそれで良いのです。これを取り込まずして誰を取り込みましょう」

 

「……確かに。あいつの頭がおかしいことはともかく、野心が無いのなら──いや平民と王族がくっつこうというのなら、それはそれで十分な野心だが。とにかく王位に興味が無いなら利用出来る。あいつの頭脳がそれほどだというなら使い道は幾らでもある。俺が王位に就いた後クライムとの生活を約束させると言えば」

 

「はい。他の派閥ではこの条件は出せますまい。故にラナー殿下はザナック殿下と繋がりのある私に声を掛けたのです」

 

「……つまりレエブン候が俺の元を離れたように見せたのも」

 

「はい。全てラナー殿下の策略です。そもそも私に他の継承者に協力関係が気づかれていると情報を下さったのもラナー殿下です」

 

「なるほど。得心いったよ。となるとここで俺が呼び出し、話をしたのも奴の計画通りか?」

 

「王族と貴族、そして多数の者が一堂に会し、我々が密会しても不思議はないこの機をザナック殿下は逃さないだろうと、ラナー殿下は仰っておりました」

 

「そこまで計算尽くか。あの妹め」

 苦々しげに言ってはいるが顔は晴れやかだ。

 内心でレエブン候が自分の元を離れることを心配していたのだろう、それが杞憂に終わって安心している。と言ったところか。

 

(申し訳ございません。ザナック殿下。これすら、ラナー殿下の掌の上なのです)

 ここで全てを明らかにするという体でラナーの正体を語り、作戦の一部を話したのも全て時間稼ぎだ。

 これから、いやもう既に起こっているかもしれない舞踏会での動きを、ザナックに悟られないようにするため。

 先ほどザナックはこれからアインズ達に近づき話をすると言っていた。それは不味いのだ。

 アインズが王国に下り、貴族として自分の土地を手に入れる。

 王国の中で彼が唯一、その危険性に気づく可能性があるのだから。

 それを王が認めることで全てが始まる。

 いや終わる。少なくとも近い将来、王国の歴史は幕を閉じることになるだろう。

 選択肢は二つだが、どちらでも変わらない。

 片方であれば直ぐに、もう片方は多大な成果を上げることを条件に王はアインズに土地を与え、貴族とすることを約束するはずだ。

 アインズの有用性、重要性は、他ならぬレエブン候が十分に話しているのだから。

 それを確約させるのが、ラナーが王に進言し開催されることとなった舞踏会の本当の目的。

 自分の仕事はそれを邪魔するかもしれないザナックを引き留めておくことだ。

 安心しきった顔でザナックが王位に就いた後、どうやってラナーとクライムを一緒にさせようか。と語るザナックにレエブン候は演技を悟られないように笑い掛けた。




次はいつも通り一週間後の投稿になります

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