オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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本編でも未だ会っていないアインズとラナーの話
しかしラナーは色々と考えるせいで独白部分が長くなってしまいますね

※アルベドとラナーのやりとりについて、感想にてご指摘を頂いたので一部修正しました
魔法の使えないラナーが伝言を受け取れるのかは不明なので、独自設定と言うことで、使えなくても受け取るだけなら出来ることにしました


第54話 舞踏会終了

 先ほどからアインズの前に立ちベラベラと語っているのは第一王子であるバルブロではなく、その腰巾着の男爵だ。

 話を要約するとバルブロがアインズの店からゴーレムを借りたいらしいのだが、値段などは聞かずに唐突に第一王子の素晴らしさを語り出した。

 曰くバルブロは王族でありながら、剣の腕は一流で大軍を指揮する才覚にも恵まれている。だから彼に魔導王の宝石箱のゴーレムを預ければもっと巧く活用し王国内で起きている問題を解決出来る。

 そうなれば店の宣伝にもなるからゴーレムを無料で献上しろ。と簡単に言えばこんな話だ。

 聞けば聞くほど頭が痛くなる。

 

(意味が分からん。堂々と賄賂を贈れって言っているようなものだろ。もしかして王国ではその手の賄賂が認められているのか? 渡すのが当然とか……だとしてもこいつはなぁ、さっきからこっちを睨んでいるし。うーんどうしたものか)

 そもそも今回は余計な商談はしないと決めているし、用事があるのは第三王女であり、第一王子に関しては何も考えていない。

 しかし法国を敵に回すと決めた以上、王国とは良い関係を築いておきたい、ここで無碍にして良いのか分からない。

 

「何を黙っている。さっさと返事をしろ。本来貴様のような陛下の前でも素顔も晒さず、素性も知れない者が我々と顔繋ぎなど出来るはずがない。それを私がやってやろうというのだ、それだけで良い報酬になろう。これからの働きによっては私が王位に就いた暁には王宮の御用商人として登録することも考えてやる」

 黙り込んだアインズに埒があかないと踏んだのか、男爵を退かして前に出たバルブロが整えられた髭に触れながら言う。その口振りは周囲に自分の存在を誇示しているようにも見えた。

 なるほど。とアインズはこの男がどうしてこんなに偉そうにしているのか理解する。

 ようは勲章授与の際にも仮面を外すことなく、未だ素性の分からないため貴族達とも碌にパイプを持てていないアインズに後ろ盾になってやる。と言いに来たのだ。

 実際は近づいてきていたのが愚者ばかりだったのでこちらから拒否していたのだが、そう見えないようにアルベドとパンドラズ・アクターが演技していた為分からなかったのだろう。

 その上で他ならぬ王族の自分が先んじて声を掛けに来たのだから、自分に対する見返りを要求することは当たり前だと考えているのだ。

 更に王国側もアインズと繋がりを持ちたいと考えているのは承知の上で、他の貴族や王族に先んじて自分がアインズと王国を繋げたと周りに宣伝しようという腹づもりだ。

 

「……」

 隣に立つアルベドの空気が徐々に冷たくなって行く気配を感じるが、周りに気づかれていないところを見るにアインズだけが分かるのか、それともアルベドの性格を知っているからそう感じるだけなのか。

 

(これがシャルティアやナーベラル辺りだったらもうとっくにキレているんだろうなぁ)

 などと関係ないことを考えていると、バルブロが続けて言う。

 

「後は名だ。魔導王などというふざけた名前は早々に撤回しろ。いや、そもそもあれだけのアイテムに武具、ゴーレムに魔獣、一個人が有して良いものではない。やはり一度詳しく調査をし場合によっては商会そのものを王国で管理せねばなるまい」

 黙り込んだアインズに業を煮やしたのか、更に図々しい要求を口にするバルブロ。

 取引をするよりそちらの方が手っとり早いとでも考えたのだろうが、その言葉を聞いた瞬間、パンドラズ・アクターの働きによって落ち着いていたアインズの怒りが再燃する。

 デミウルゴスが付けた名を変えさせようとするだけでも許し難いが──既に王国の法律は調べ店名に王が付いても問題ないのは確認済みなので、マウンティングのつもりだろう──その上魔導王の宝石箱で売られているアイテムや武具、ゴーレムや魔獣はナザリック内で生産された物。つまりナザリックの財産である。

 勿論売ることを前提としているので人間に渡るのが嫌なのではないが、目の前の男はそれを徴収し管理すると言っている。つまりは対価を払わずにナザリックの物を奪おうとしている訳だ。

 それは仲間と作り上げたナザリック地下大墳墓を貶める行為に他ならない。

 普段ならばまだ単なる愚者の一人に過ぎないと、冷静でいられたかも知れない。だがシャルティアに手を出した法国の者達、先ほどの愚鈍な貴族の三男、キンキン声で喚く男爵、そして目の前にいる高貴な血を持った王族だなんだと言いながら薄汚い盗賊行為をしようとしている男。

 それら全てがアインズの癇に障る。

 

「……つくづく、お前等は私を苛つかせるのが得意と見える」

 

「なんだ。何か言ったか?」

 

「殿下!」

 聞き覚えのある声に振り返るとガゼフが立っていた。護衛であり一応帯剣はしているが、流石に鎧姿ではなく動きやすそうな正装だ。

 

「戦士長か、何の用だ?」

 

「お話中失礼致します。陛下がゴウン殿をお呼びになっております。申し訳ございませんが──」

 

「……チッ。陛下がお呼びとあれば仕方あるまい。私の話は後にしてやる、行け」

 忌々しげに舌を打ってから顎でしゃくりアインズを追い払うような仕草を見せる。

 しかしアインズは挨拶を返すことなく、無言でガゼフに向き直る。

 

「行こうか、ガゼフ殿」

 王族に対して挨拶すらしないアインズの姿に周囲が一気に騒めき、中でも無視されたバルブロは顔を真っ赤にして今にも叫び出さんばかりだ。

 

「アインズ殿……こちらだ」

 一瞬何か言い掛けたがガゼフはそれ以上口を挟むことなく、歩き出す。

 

「……」

 アルベドもまた頭を下げることも、目線を送ることすらせずにアインズの後を付いて来る。

 ガゼフと直接の再会は久しぶりだったが、アインズは口を開くことが出来なかった。

 一度口を開ければ、その瞬間怒りをぶちまけてしまいそうだったからだ。

 ガゼフもそのことに気づいているのだろう。余計なことは言わずに黙って先導しアインズを案内する。

 その気遣いには素直に感謝するが、アインズの心は決まった。

 この選択がその先どうなるのか、もしかしたらナザリックの不利益に繋がるのかも知れない。だとしてもアインズにとってナザリック地下大墳墓を貶める行為、それだけは容認出来ない。

 法国のように国そのものと完全に敵対するとは言わないが、少なくともアインズがそんな輩の下に付くことなど許されない。

 

「この上だ。アインズ殿……先ほどの行為、私からあれこれ言えたことではないが、陛下は決して──」

 王がいる場所へと続く階段の下に着き、ガゼフが振り返り言った。

 先ほどの王子に対する怒りを王に向けるなと言いたいのだ。

 本来下の者を律し、そうした行動を取らせないのが王の責務だとしても、アインズもまたそれを完全に出来ているわけではない。

 となれば他人にそれを求めるのはただのワガママに他ならない。

 

「分かっている。他者への憤りを別の者にぶつけるような真似はしないとも」

 だが口ではそう言いつつも、自分に気を遣ってくれたガゼフには悪いがアインズは己が非常にワガママな男だと自覚していた。

 

「では行こうかガゼフ殿、陛下が待っているのだろう?」

 何か言いたげなガゼフにそう告げてアインズは先を促した。

 

 

 

 ・

 

 

 目の前に立ったアインズ・ウール・ゴウンはお決まりの挨拶と舞踏会への招待と勲章に対する返礼を行った。

 その動きはややぎこちないが、一定の礼儀を弁えていることは分かる。

 ホストとして国王ランポッサ三世がアインズに、ラナーがアルベドに話しかけて歓談が始まった。

 この姿を多くの者に目撃させて魔導王の宝石箱と王が懇意にしていることを皆に見せつけ、その上で衆目の前でアインズに勲章の他に更なる褒美として短剣を渡す。

 本来王から渡される短剣は、大きな武功を立てた騎士や貴族に与えられる褒美だが、国の財産であり周辺諸国最強の剣士であるガゼフの命を救ったということに対し、多少無理矢理ではあるが武功と捉え貴族達が難癖を付けてくる前に皆の前で貴族として取り立てたという実績づくりを行う計画だった筈だが、雲行きは怪しい。

 言うまでもなく第一王子のせいだ。

 明らかにあれのせいでアインズは気分を害しており、それを隠すでもなく態度に示している。

 王も当然その事に気づいているから、軽々に話を切り出せないのだろう。

 例え魔導王の宝石箱がこの疲弊した王国の今後に必要不可欠な存在であり、それを抜きにしても誠実な人柄の持ち主であるランポッサの性格上、一個人として本音では息子の非礼について素直に謝罪を述べたいであろうが王が公の場で平民に詫びを入れることなど出来はしない。

 それも大貴族を始め様々な立場の者が集っているこんな大勢の前でだ。

 故に誰もその事に触れられないまま、緊張感に満ちた歓談は続く。

 けれどこれもまたラナーの計算の内。正確には考えていた幾つかの流れの一つと言うべきだろう。

 バルブロがアインズを怒らせるか否か、それを受けてアインズが怒りを隠すか態度に出すか、それら全てにおいてラナーは対応策を考えていた。

 これから行うのもその一つ。

 

「ゴウン様、私のお話を聞いていただけませんか?」

 

「なんでしょう。私でよろしければ、何なりと」

 周囲の目がラナーに向けられる。

 例えこんな大きな会場であろうと、王とその周りにはそれぞれの派閥の誰かが目を光らせている。貴族派閥は王の弱みを探し、王派閥は王が余計なことを言わないように見張りの意味を込めて、そして他の派閥の人間はどちらに付くのが良いかその判断材料を求めている。

 そんな中でラナーの言葉は良い意味でも悪い意味でも力を持つ。

 色々な案を出すものの根回しもせず失敗ばかり、しかしその中身には価値のある物も多く、封建国家である王国だからこそ自分の治める土地で絶大な権力を持つ各領主がラナーの案を自分の領地で密かに採用していることはもちろん敵国であるバハルス帝国でも皇帝が政策に取り入れ始めていることも知っている。

 

「私、王国の都市と都市を繋いでいる街道の整備を進めたいと考えておりますの。今はちょっと整備が中断しておりますけど、それを全てをゴウン様にお任せしてお店で扱っているゴーレムを沢山使えばきっと直ぐに開通出来ます。そうなったら各都市の行き来が今よりずっと簡単になって良い国になると思うんです、そうは思われませんか?」

 一度は貴族達の妨害にあって中断されたままの街道整備事業をアインズの店に完全に任せるという提案。

 元々は貴族が利権を守るために邪魔された事業だが、八本指を制圧したアインズならば貴族達の妨害など問題ではなく、それでも邪魔をしてくる貴族は彼らの潜在的な敵であり、不必要な存在を間引く際の目安にもなる。

 これはアインズに対する献上品だ。

 王国から見た場合、街道整備は巨大な事業であり、それをアインズ一人に任せることでアインズを優遇していると周囲にアピールし、王個人から見れば先ほどのバルブロの非礼を謝れない代わりの提案として十分だと考えるだろう。

 そしてそのまま街道整備という巨大事業を一商人に任せるのは難しいとして貴族に任命するための短剣授与に話を持って行く事も可能で、なおかつアインズがカルネ村を選択した時は、自分の足場が必要だとして王にカルネ村譲渡の提案が出来る。

 エ・ランテルを選ぶならとりあえず短剣授与だけで貴族としての立場を確約させ、いずれ起こる帝国と戦争の際、大きな武功を上げる為に王国側で参加する足がかりとする。

 王族とアインズ、どちらに対しても利しかなく、ラナーの能力をアピールすることにも繋がる提案だ。

 

 同時にこれはラナーに取ってアインズを試す最後のテストでもある。

 ラナーはつい先ほどまでアインズがバルブロの態度で本当に怒りを覚えている可能性は低く、あくまで王国から更なる追加報酬を得るためのパフォーマンスだろうと考えていた。

 今までラナーが観察していたアインズの態度から推察した彼は理性的で更に強欲な男だったからだ。

 しかしパーティ会場で見せていた態度と今ここにいる男の態度に違和感を覚えた。

 まるで中身が変わっているような感覚。そしてそれはここに来て確信へと変わった。

 彼らの力ならその程度は簡単に出来るだろう。

 問題なのは本物のアインズ・ウール・ゴウンがどちらなのか、あるいはどちらも偽物なのかだが、どちらでもこの返答で確認出来る。

 これだけの事業ならば得られる経済効果だけではなく、今後王国全土に店舗拡大を目指す上で大きく役立つことは間違いないが、計画の修正も必要になり部下が勝手に決めて良い範囲を超えている。

 だからこの場で決断すれば今ここにいるアインズが本物の可能性が高い。偽物かあるいは本物でも慎重な男ならそうはならない、返事を保留し一度持ち帰る筈だ。

 ラナーの観察眼を以ってすれば、それだけで十分アインズの本質を見抜けるはずだ。

 結果によっては魔導王の宝石箱を見限る必要も出てくる。相手が如何に強大な力の持ち主だろうと、ラナーの夢を叶えられない相手に興味はない。

 

 選択肢が無いならともかく、今のラナーにはもう一つ選択肢が見つかった。

 スレイン法国。もともと歴史が古く、かつて六大神と呼ばれる神が実在したとされる法国の軍事力は王国どころか帝国すら凌ぐが、法国には表に出ている以外の戦力があることをラナーは知っている。

 ガゼフを暗殺しようとした特殊部隊、話によると複数人でガゼフを殺そうとしたようだがそれだけではなくもっと強力な、それこそ神話の中にしか存在しないような者もいるに違いない。

 ラナーがそれを確信したのは先ほど見た法国の使者が連れていた護衛の存在だ。

 ラナーは戦う力を持たないため相手を見ても強さなど分からないが、相手の態度から強さの予想は出来る。

 あの護衛は王の側に立って視線を集めていたガゼフを前にして、小馬鹿にしたように笑っていた。

 ラナーでなければ気づかないほど些細なものだったが間違いない、ガゼフより自分の方が強いという自信であり、同時にそれを遙かに上回る強さをも知っているからこそ、ガゼフ程度の強さで周辺諸国最強などという肩書きを持っていることを嘲笑したのだ。

 それがアインズの戦力をも上回るのか、それはまだ分からないが少なくとも過去の文献を読み解いた結果、法国に六大神という神、あるいはそれに類する力を持った存在が居たのは紛れもない事実であり、彼らが本来王国に肩入れしていたことも間違いない、故に取り入るのはアインズ達より容易いだろう。

 どちらにしても先ずはアインズの出方を見る必要が──

 

「お断りします」

 ピシャリと言い切ったアインズの言葉に場の空気が一気に凍る。王とラナー、そしてアインズの隣にいるアルベドすら一瞬虚を突かれたように動きを停止させた。

 しかしそれも一瞬。

 予想外の返答に即座にラナーは思考を開始しつつ、同時に謝罪を口にする。

 

「まあ、失礼を致しました。私いつもそうなんです。思いついたら直ぐ話をしてしまって、そのせいで今まで何度も皆さんにご迷惑ばかりかけているんです。申し訳ございません。お忘れ下さい」

 謝罪の言葉を口にしている最中もラナーの頭の中では深い思考が続けられていた。

 常人であれば熟考に値する思考もラナーならば瞬きの間だ。

 街道整備の話はデミウルゴスにもしていない、バルブロの対応を見て殆どこの場で思いついたようなものだ。

 だから初めから予想し断るつもりだったとは考えづらい。

 今この場で判断して却下したとなればやはり目の前のアインズが本物であると判断するべきだ。

 では、何故アインズは断ったのか。この事業の価値が分からないほど愚かだとは思えない。

 ならば何かラナーの知らされていない計画があり、それに邪魔だったから断ったとも考えられる。

 デミウルゴスは自分のことを信用していない。自分の願いを叶えてもらう立場のラナーはまずは自分の有用性を示す必要があるからだ。それが済んでいない内は彼らの全容は一切謎に包まれている。

 これが自分の力を過信する愚かな者なら僅かな会話から推察も出来るが、デミウルゴスは自分と同等の知能を有する者、会話から情報は殆ど得られなかった。

 今回もただカルネ村かエ・ランテル。どちらかをアインズが欲しているのでその後押しをするようにとしか聞いていない。

 

(でも店舗の拡大は急務の筈、街道整備はそれにピッタリだと思ったけれど何か理由がある? いえ、まさか……)

 一つの考えが頭をよぎる。

 

「いえいえ。私も今は別に力を入れる必要がありますのでね。国王陛下、実はその事でお頼みしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「おお。ラナーが無理なことを言った。貴殿は余の忠臣たる戦士長を救って貰った恩もある、聞こうではないか」

 王の声はどこか嬉しそうだ。

 短剣を渡す足がかりにはなったと考えているのだろうが、ラナーの予想通りならばこれはそんな単純な話ではない。

 

「トブの大森林。かの地を私が管理し店と居住地を構えることを許可して貰いたい」

 やはり。

 王だけではない周囲の者達の会話も一瞬止まる。

 トブの大森林は王国で暮らす人間の生活圏、その五分の一程の面積を誇る巨大な森でありながら、ほぼ人の手が入っていない場所であり、そもそも王国の領土とは言えない──帝国は東側半分を勝手に自国の領土だと主張しているが、モンスターの間引き等は全て法国に任せている為主張しているだけにすぎないと見られている──唯一森の直ぐ側に開拓して作られたカルネ村は王国の人間が開拓したことで王国の領土になっているが、だからこそアインズはカルネ村を選択肢に入れていたに違いない。

 カルネ村を手に入れれば自然と奥の大森林の管理も自分で行うことになる。

 通常であれば誰にも出来ないことだがアインズの力を以ってすれば森の全てを調査、管理することも可能であり、それは合法的に巨大な領土を得ることに繋がる。

 そうなればいずれはカルネ村をエ・ランテルのように発展させることも出来ただろう。

 だが今のアインズが言った言葉はそうした段階を飛ばして、王国には属さずに現在空白地帯になっている森を自分の物にするという一方的な宣言だ。

 

「それは一体」

 

「私が世話をしている者に闇妖精(ダークエルフ)の子供がいましてね。今までは知らなかったのですが、元々トブの大森林には闇妖精(ダークエルフ)の国があったとのこと。そして彼女達は闇妖精(ダークエルフ)の王族の血を引いているそうです。ならば彼女達を自分の故郷で暮らさせてやりたいと思うのは当然ではありませんか? 私も自分の居住地を欲していたので丁度良いかと、何か問題がありましたかな?」

 さも当たり前のように言っているが、かつて大森林に国を作っていた闇妖精(ダークエルフ)をダシにして新たな自分の土地にすると告げているようなものだ。

 仮にアインズが多くの者にもっと大きな力を見せつけた後でならばまだ分かる。

 誰にも邪魔させないほどの実力を示した後なら誰も何も言えない。

 だが今はそうではない。

 今の魔導王の宝石箱はあくまで安くゴーレムを借りる事ができ、珍しい物を扱っているだけの店だ。

 もちろん本来の価値はラナーが一番詳しく、ここにいる王も含め聡い者でも多少は理解しているだろう。だが何も知らない貴族達から見れば、たまたまガゼフを救い勲章を貰って名を上げ始めた商人に過ぎない。

 その者が例え危険な森といえど広大な領地を自分の物にすると宣言をしたのだ。

 当然大きく反発される。

 そうならないように、アインズは合法的に土地を手に入れようとしていたのではないか、何故ここまで来てそれをひっくり返そうというのか。

 

「いや、しかし。あの森を騒がせれば近くの村に危険が及ぶ、あの村は我が領土。それをむざむざ危険に晒させるのは」

 

「おや、陛下はご存じありませんでしたか、カルネ村はかつての悲劇を乗り越え、もう誰の手を借りることもなく、己の手で村を守ろうと努力をしておりますよ。もっとも私がそのようなことをさせるつもりはありませんがね」

 

「アインズ殿!」

 今まで無言で王の後ろ付いていたガゼフが思わずといった様子で声を張り上げる。今の発言は王国が当てにならないからだと言っているも同然だ。

 そんなガゼフにアインズはチラリと顔を持ち上げただけで直ぐに王に視線を戻す。

 

「無論、今後モンスターの間引きや管理も我々が行います。王国にとっても悪い話ではないのでは? 何より私の研究と量産には広い土地が必要なのですよ。そうなれば今よりもっと多くのゴーレムを作ることも出来る、その時は先ほど話にあった街道整備も出来るでしょう」

 先ほどの提案を利用し、ラナーにも飛び火をさせてくるアインズに自分はどう行動するべきか考える。

 その一瞬の間に目を動かすとアルベドが嬉しそうに笑っているのが見て取れた。

 彼女にとってもこれは予想外の事態だったはず、今の僅かな間に主の意図を読んだというのなら、彼女もまた並以上の知能を有していることになる。

 仕方ない。

 

「お父様。私は良い考えだと思います。最近トブの大森林からモンスターが外に出てきていて危険だと聞いておりますし、元々冒険者の方々がモンスターを討伐した際に報奨金を支払うようにしたのは、そうした危険な場所から現れるモンスター討伐に手が回らなかったからです。それをゴウン様がしていただけるならとっても良いことだと思います!」

 

「ラナー。しかし、うぅむ」

 ラナーの進言を受けて王も考え込む。

 王もラナーの知恵が非凡なものであることは理解している。ただ根回しなどが苦手で空回りしているだけと信じている。

 だからラナーがアインズの提案に乗ったのなら、少なくともその案自体はまともであり、後は自分が根回しをすれば良い。とそう考えると読んだ。

 正直に言って未だアインズの決断には不安が残る。何故こんなやり方をしたのか。今のままもっと楽に事を進める方も出来たはずだ。

 これでは王国のみならず帝国にも喧嘩を売り、そして大森林のモンスターを間引いている法国にも間接的にお前達は不要だと言っているも同然。

 あくまでアインズが強大な力を有しているからこそ出来る、無駄の多い力押しの手段であるのは間違いがない。

 

(本当にバルブロお兄様の件で怒りに任せてということであれば、アインズは王国の貴族と同じく己の自尊心を一番に考える単なる愚者ということになる。そんな者に私の夢を託すのは危険。やはり折を見て法国と接触も考える必要が……)

 無言のアインズと考え込む王、心配そうにことの成り行きを見守っているであろうガゼフ、そして残る一人、アルベドがラナーを見ていた。

 浮かべた微笑を崩すことは無いがその瞳は冷たい、その瞬間気が付く。ラナーの笑顔と同じように彼女の微笑もまた他者に感情を悟らせないようにするための仮面なのだと。

 ラナーの視線を合図にその仮面の口元が動く。

 ホンの小さな動きだが、何か言葉を告げようとしている。ラナーの知る言語ではないらしく意味は分からないが、同時に自分の頭に通信が届く感覚があった。

 自分の声を相手の頭の中に届ける〈伝言(メッセージ)〉の魔法だ。魔法の素養などないラナーでは自分から発信は出来ないが、届いた通信を受け取ることは出来る。

 通信が繋がり、頭の中にアルベドの声が響くと同時に背筋に冷たい汗が一筋流れていく。

 それは生まれて初めて感じる恐怖だったかも知れない。

 

『とても残念。貴女とは仲良くなれると思ったのに』

 声を出して話さないと使えない〈伝言(メッセージ)〉だが、アルベドの声が現実には聞こえず頭の中にだけ流れるのは、彼女が盗み聞きを防止するアイテムを自分にだけ使用して外に声が漏れないようにでもしているのだろう。そのようなアイテムがあるとラキュースから聞いた覚えがある。

 声さえ聞こえなければ今他の者達の目は全てアインズと王に注がれている為アルベドが口を動かしていることに気づく者はいない。彼女は続けた。

 

『アインズ様を試そうなど無礼千万』

 その言葉でアルベドのアインズに対する絶対的な信頼と深すぎる愛情を理解する。

 アルベドも、そして当然アインズは気づいていたのだ。この舞踏会の間、接触してきた愚者全てがアインズを試そうとしてラナーが手を回した者だと。

 だからこそ、アインズはこんな手段に出た。

 いわゆる自分の叡智を見せつけてラナーの課題を達成し納得させる方法ではなく、全く逆。

 知謀や知略、そんなものを全て粉砕する腕力とでも言うべきか、いくらラナーが策を巡らせても自分はそれを無理矢理破ることも出来るのだと証明して見せた。

 わざわざ自分を怒りに任せて行動する愚者であるかのように演出し、更に自分達の不利になる手段を選んでも何の問題でもないと宣言する為に。

 そう、ようするに。

 

『身の程を知れ。人間』

 これが全てだ。

 矮小な人間が自分を試すことなど許さないという絶対的な自尊心と傲慢さ、それでも欲しい物を全て手に入れる力。

 アインズはラナーにそれを示したのだ。

 

 生まれて初めて出会った、自分と同等なほどの知能を有するデミウルゴス。

 生まれて初めて出会った、自分と同等なほどに深く他者を愛するアルベド。

 そして、彼らを纏めラナーですら読み切ることを許さない絶対の支配者、アインズ・ウール・ゴウン。

 彼こそが、この世でただ一人ラナーの夢を実現させられる者だと理解し、ラナーは静かに頭を垂れた。

 

(ねぇクライム。自分が理解を出来ない存在というのは、意外と面白いものね)

 自分の愛しいクライムは、そして世の中の全ての者達は、こうした相手の存在を感じていたのか、と考える。

 

「わかった。そもそもあの土地は我が領土ではない。故に許可など出さんが、その件に関して王国が手を出すことは無いとここに誓おう」

 

「ありがとうございます、陛下。これからも王国とは良き付き合いが出来るように願っております」

 優雅に一礼してみせる様は貴族のようだが、こんな仕草でさえラナーが余計なことをしなければ本来はこの礼を以って王国の貴族になるつもりだったのだと、ラナーに告げているかのようだ。

 背中に流れていた冷や汗が消え、同時に自分が理解出来ないものに対する畏怖はなくなった。

 これからは今までとは違ったやり方で己の価値を示していく必要がある。

 その方法はまだわからない。

 それが少しだけ楽しいとラナーはそんなことを考えていた。




ナザリック外の者であるラナーならアインズ様の演技も見抜けるのでは、とも考えましたがこの話では怒りのせいで損得を一切考えない行動と、そしてラナーとアルベドの深読みのおかげで取り合えずアインズ様の格が保たれた。ということになりました
舞踏会は終わりで、ここから改めて店舗拡大編に話が移って行くことになります

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