オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

57 / 114
今回の話はドラマCD、漆黒の英雄譚にしか出てこない人物が出ますのでドラマCDを聞いていないと話が分からないかと思いますのでご注意下さい


第57話 ビョルケンヘイム領での交渉

 整備されていない街道を馬車が駆ける。

 何度か使用したエ・ランテルで借りた馬車でこんな道を通ればさぞかし揺れて乗り心地が悪いのだろうが、今回はナザリックから持ち出した馬車のためその心配はない。

 

(凸凹すぎて本当に街道と呼べる物じゃないよな。これがあったからあの王女が街道整備を俺たちにやらせようとしていたのか。気持ちは分かるな)

 これから支店を増やし物流を繋げることを考えると断ったのは早計だったかも知れない。

 利益ではなく自分の感情を優先させてしまったことを後悔するが今更だ。

 

「モモンさん。そろそろ検問所です」

 向かい側に座っているナーベラルが地図と現在地を見比べながら言う。

 最近では様と言い掛けて途中で気づく例の癖としか言えないものも改善されつつある。

 良いことだ。

 

「ん? ああ、そうか。では足税の準備をしておけ」

 他の領地に入る際と出る際には、それぞれ足税という税金を払うことになる。

 大した額ではないのだが、毎回毎回となると面倒さを感じる。とはいえ、これも領地の収入源なのだから仕方ないのだろう。

 

「はっ……ところでモモンさん。一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

「どうした?」

 

「何故こんな小さな領地を次なる支店候補地に選ばれたのですか?」

 そう、アインズがナーベラルを伴って向かっているのはエ・ランテルやエ・レエブル等の大規模な都市ではなく、田舎の小さな領地だ。

 当然小さな領地では人口も少なく、結果儲けも減る上、余所から流れてくる人も少ないので宣伝としても大した成果は得られない。にもかかわらずアインズがそこを候補地とし、アインズとしてではなくモモンとして出向いているのには理由がある。

 

「現在王族と我々魔導王の宝石箱の関係は悪い。本来なら王派閥と対立している貴族派閥なら我々を受け入れる筈だが、第一王子はその両方の派閥に支持者がいる。つまりはそいつらに近い者からも目を付けられているということだ。無論私がそれを選択したせいでもあるのだが」

 

「そのような! アインズ様に無礼を働いた者達に例え形だけでも従うことを選ばないのは当然のこと。アインズ様の選択に非などあるはずがありません!」

 ナーベラルの迫力に思わず言葉を詰まらせる。

 そう、例のデミウルゴスの計画である王国貴族になって領地を貰おうとする作戦を直前になって取りやめたことはナザリックの皆が知っている。

 アインズ自身の戒めにもなるし、皆にアインズでもミスはすると理解して貰うつもりだったのだが、またしても好意的な解釈をされてしまったらしい。

 確かにナザリックの名誉という意味ではナーベラルの言うことも正しいのでアインズはこれ以上なにも言うことが出来ない。

 

「まあともかくだ。そうした大貴族が治めているような都市ではそもそも営業許可が下りない可能性があり、また下りたとしても妨害が入る。組合や商人程度の妨害であれば問題ないが、領主である貴族から妨害されたのでは商売にならないと言うわけだ」

 以前シャルティアには多少の妨害など問題ないと言ったが、封建国家である王国では領地ごとにそれぞれ別の国と言えるほど領主の権力が強く、その領主から目を付けられては商売など出来るはずがない。

 極論を言えばこの店から品物を買うのは禁止という領地独自の法律を作ることも出来るのだから。

 

「なるほど。ではこれから向かう領地の貴族はそういった者達の息が掛かっていない下等生物(ミジンコ)だと?」

 

「? ナーベ、これから私たちが向かう領地がどこか分かっているか?」

 

「はっ! 勿論です、アインズ様からご説明を受けた内容を忘れることなどあり得ません。ビョルケンヘイム領です」

 即答する様子に安堵するが、どうも様子がおかしい。それを覚えていて何故先ほどのような言葉が出てくるのか。

 

「そうだ。その通りだ……因みに以前そこの領主、その時はまだ次期領主だったか、とにかくその男と会ったことは覚えているのか?」

 アインズの言葉にナーベラルは目を見開き何度か瞬きをした後、視線を宙に飛ばして必死に思い出そうとしているような仕草を見せた。

 

「申し訳ございません。覚えておりません、どのような者でしょうか?」

 

「トーケルという青年だ。あれだ、途中でギガント・バジリスクが出てきた依頼の──」

 そこまで話してようやくああ、と言うようにナーベラルが頷く、どうやら思い出してくれたらしい。

 

「覚えております。ギガント・バジリスクを倒したアインズ様のご活躍、今でもこの目に焼き付いています」

 ほぅと熱い息を吐き、瞳を輝かせるナーベラルに嫌な予感が働き、続けて問う。

 

「依頼人については?」

 

「それは全く。顔も名前も記憶にございません」

 

(これは不味かったか? あの貴族の坊ちゃん、領主を継ぐ前の儀式だっていう成人の儀が終わったから領主になっているはずだし、最終的にはモモンに対する態度もまともになっていたから俺とナーベラルが行けば問題無さそうだと思ったのに。忘れられていると知ったら絶対気分を害するよな)

 モモンとしての活動の中で唯一出会ったまともな貴族であり、若くして家督を継ぎ領地経営を行なっていることに加えて彼が惚れていたナーベラルという手札もあったのがこの地を選んだ理由だっただけにそのナーベラルが相手を忘れているとなると問題だ。

 しかし今からナーベラルに帰って貰う訳にもいかない。

 仕方ない。さりげなく話して思い出させてみよう。

 

「家督を継ぐ前にモンスターを討伐する成人の儀とやらの護衛として私たちを雇った男だ。私も長く話したわけではないが、あの貴族はそれなりに使える。まず第一に王国の貴族でありながら己の間違いを認められる柔軟性があった。加えて田舎の領主というのもポイントだ」

 

「それは如何なる理由でしょうか?」

 

「先ほど言ったように大貴族は当然王族、例の第一王子との繋がりが強い。しかしビョルケンヘイム領は、ここまでの道のりで分かるように大都市から離れた領地。王族との繋がりはほぼ無いか、あっても薄いだろう。つまりは王族からの影響力も少ない。だからこそ我々と契約をする可能性が高いのだ」

 

「なるほど。流石はアインズ様」

 

「それだけではない。そこを足がかりとしてもっと多数の支店を作ることも可能だ。何しろ封建国家の王国は各領地間の繋がりがあまり無い。だからこそ我々の手で一つの領地だけが極端に成長すれば、必ず近くの領地も真似をしようと考えるはず。それを繰り返して地方だけが活性化し続ければ今は我々を受け入れない大貴族も己の利益の為に私たちを受け入れざるを得なくなるわけだ。大貴族の都市が田舎貴族の領地に発展具合で抜かされてしまうなど認められないだろうからな」

 これは珍しくアインズが自ら立てた計画である。

 営業で培ったテクニックの一つで、周囲に合わせたがる日本人の特性を利用して、周りの皆はもう持っているんですよ? と煽り商品を購入させる手だ。あれは日本人の気質があってこそ使える手かと思っていたが、今まで店に来た人間達を観察した結果どうやらこの世界の人間にも通用するようだと確信した。

 自分にしては珍しく良いアイデアだとも思っているしそのアイデアを思いつけた自分を誉めたいくらいだ。

 こうして成長し続ければ、いつの日か彼らが望む本当の支配者になれるのかもしれないという考えが頭をよぎったが、そもそもこんな手を使う状況になったのは自分の失態故なのだから、道のりはまだまだ遠い。

 

「何という……人間のような下等生物はその小賢しさ故に考えを理解するのが難しいとソリュシャンも言っておりました。それをいとも容易く理解し意のままに操るその手腕。まさに至高の御方と呼ぶに相応しいことと存じます」

 

「なに。大したことではない。お前にもいずれこの程度のことはこなして貰わなくてはならない。そうだな今回の仕事中、何か思いついたら自分で考えて行動してみろ。言っておくがいつものように相手を虫けら呼ばわりしたり、危害を加えるような真似はするなよ?」

 ふと思いついて言ってみる。これからのことを考えるとナーベラルにも少しは人のことを理解して貰いたい。

 少なくとも下等生物として蔑むような真似はやめて貰いたい物だ。

 何しろ今の敵である法国はプレイヤーの息が掛かった国、侮っていては不覚を取りかねない。

 

「畏まりました。必ずやアインズ様にご満足いただける結果をお見せいたします」

 キリと引き締まった顔で言い切るものの本当に大丈夫だろうか。と思ってしまう。

 決して口にはしないが、ルプスレギナがしっかりと報連相をこなせるようになった今、外で働いている者の中ではナーベラルが一番心配だ。

 だからこうしてアインズが一緒に行動し、成長を促しているのだが。

 この仕事の中で彼女の成長が見られるといいが……

 そんなことを考えている間に馬車は進んでいく。

 

 

 ・

 

 

 領地に唯一だという宿は、明らかに主が泊まるには相応しくない見窄らしいものだった。

 そこで主は宿の受付に居た男に領主について話を聞いていた。

 

「御領主様かい? 最近代替わりをしたばかりだけど、ご立派な方ですよ」

 

「ほう。なるほど、立派な方か」

 納得したように頷く主に、男はジロジロと無遠慮で不快な視線をぶつけながら口を開く。

 

「アンタ見たところ冒険者か傭兵って感じだけど、もしかして雇い先を探しているのかい? だったらうちの領主様は良い雇い主になると思うよ、貴族だっていうのに妙に偉ぶったりしないしな。家柄とか関係なく働きを認められてビョルケンヘイム家に取り立てられた人もいるくらいだ」

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が爆発しかけ腰に差した剣に手を伸ばす。

 至高の主人が、よりにもよってこんな田舎の一領主風情の下に着くなど、不敬を通り越して斬首に値する。だが今回は主より直々に人間を見下したり暴力を振るうことは許さないと言われていることを思い出し、慌ててそれを押さえ込んだ。

 取りあえず話を聞いているだけで、例の領主──主から説明を受けて朧気ながら存在は思い出してきた──がナザリック、そして主にとって使い道のある者であることは間違いなさそうだ。

 

「その領主の館はどこですか?」

 今まで後ろで聞いていたナーベラルだったが、これ以上主の手を煩わせるべきではないと判断し口を開く。

 この不快な男と主をこれ以上会話させるべきではない。

 

「おや、やっぱり……」

 

「違います。私たちは以前、その領主の成人の儀とやらで護衛をしたことがあるだけです。近くまで来たので寄ってみたのですが連絡は取れないのですか?」

 不愉快な言葉をこれ以上主に聞かせてはならないとナーベラルは言葉を遮り、同時に自分で考えた領主に会うための理由を説明する。

 いつもはこの手のことは全て主が行っているが、今回ナーベラルは自分で考えて行動するように命じられている。問題はないはずだ。

 その言葉を聞いた途端、宿の主は目を見開き主とナーベラルを交互に見つめながら口を開いた。

 

「ひょっとしてアンタ、いやあなた方はアダマンタイト級冒険者の漆黒かい?」

 やっと自分の愚かさに気づいたらしい男に、ナーベラルは満足して主の名を知らしめることにした。

 

「そうです。私がナーベ、そしてこちらが史上最高の剣士にして冒険者の頂点、漆黒の英雄モモンさーんです」

 思わずまた様、と言いそうになり慌てて言い直す。

 油断するとついこうなってしまう。主にはいつも注意を受けてしまうのだが、ナーベラルとしては仕方ないという思いもある。

 ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者にして、最後まで自分たちを見捨てずにこの世界に来てからも導いて下さっている偉大な主。いや、それすら関係ない。例え主が完璧でなくとも、絶対的な支配者でなくとも、自分は必ず消滅するその時まで主に尽くすに決まっている。

 その方に対する敬意の表れとして様付けをしてしまうのは至極当然のことだ。と思うのだが、主が命じているのだから本来間違えることなど許されるはずがないのも理解しており、何度も間違えないようにと気をつけているが、今回もまた失敗してしまった。

 そして当然主はナーベラルの失態を咎めるように一歩前に出て静かに宣言する。

 

「ナーベ、そのような言い方はやめろ。すまないな主人。ビョルケンヘイム卿には世話になりましてね、出来ればお会いして挨拶をと思ったのですが、無論突然の事ですので先ずはアポイント……約束を取り付けたいのですが、難しいでしょうか?」

 自分のミスを挽回していただけるとは。自分の不甲斐なさを恥じるしかない。やはりまだ主が求める自分で考えて行動するには早かったようだ。

 情けないことだが、ここから先は主に任せるしかない。

 

「あ、いやいや。大丈夫だと思いますよ。最高ランク冒険者にして人類の英雄と呼ばれるお方だ。いやー、貴方達の話は良く知っているんですよ、うちは領内唯一の宿屋でね、ここに来た冒険者や商人、旅人やら吟遊詩人(バード)に本物の英雄の活躍を聞かせるようにって御領主自ら話していったもんだから、もうすっかり覚えちまったよ」

 

「ほう。ビョルケンヘイム卿がそのような。光栄な話だ」

 そう言われてようやく思い出す。

 確かその領主とやらは愚かにも自分に恋慕の感情を抱き、分不相応に結婚を申し込んできたのではなかっただろうか。

 そのせいか初めは主を目の敵にして不快な言葉を繰り返して、何度となく殺してやろうと思ったものだが、ギガント・バジリスクを退治した後は大人しくなり、別れ際には主のことを尊敬の眼差しで見つめていたはずだ。

 愚かで使い道のないゴミだとばかり思っていたが、主の素晴らしさを説いて回るとは、領主としての仕事以外にも人間にしては多少は役に立つらしい。

 だからこそ主も今回の計画に選んだのだろうか。

 

「一度どこぞの吟遊詩人(バード)が来た時には是非唄にしたいからもっと詳しく聞きたいと言ってきたこともあった、その時も御領主が自宅に招いて直接話していたくらいだ。だからあなた方が会いに来たって知れば歓迎してくれるはずさ、何ならこっちから使いを出そうか? 御領主様はともかく、アンドレさんならすぐ捕まるだろうさ」

 そう言えばいつかエ・ランテルで吟遊詩人(バード)が主、いや漆黒について唄を作り語って歩いていると聞いた覚えがある。

 その手の唄はこうしたところから話が広がっていくのだろう。

 

「良いのですか? 是非ともお願いしたい」

 そんなことを考えているうちに話が進み、主は男の提案を了承している。

 なるほど、人間とはこうして使うものなのか。主の下等生物をも見事に操る手腕にはいつも驚き、同時に自分を情けなく思ってしまう。

 こんな自分が主の役に立てるのだろうか。他の姉妹達、特に同じ三女であるソリュシャンは順調に人間の使い方を覚えていると聞く。

 同じ三女でありながら、自分は何故成長出来ないのか。

 

(ああ。いけない、ソリュシャンも言っていたじゃない。自分を蔑むような真似は私を創造して下さった弐式炎雷様への無礼になると。でも──)

 自分に何が出来るのか。そんなことを考えていると男がカラカラと笑う。

 

「ああ。使いを出しておくよ。良かったら待っている間、話を聞かせて下さいよ。宿で話す内容が増えればこっちも嬉しいってもんさ」

 話が纏まったらしい。その様子を見ているとチラリと主がナーベラルを振り返る。

 

「そうだな。ナーベ何か話を頼む。お前の語りは世の吟遊詩人(バード)にも勝るだろう、私たちの歩みを教えて差し上げろ」

 

「は、はい! お任せ下さい。モモンさんの話なら尽きません」

 まるでナーベラルの心を読んだかのように、主は自分にしか出来ない事を教えてくれた。

 そう。少なくとも冒険者モモンの活躍を一番身近で見てきたのは自分だ。

 それは一度も主の活躍を直接見たこともない吟遊詩人(バード)共にも、ナザリックの者達とて出来ない、まさしく自分にしか出来ない事に違いない。

 主の指示を受けて、ナーベラルはこれまで己が見てきた英雄モモンの活躍を滔々と語り始めた。

 

 

 ・

 

 

 その日の夜、アインズ達はビョルケンヘイム家の館内に居た。

 室内にいるのはアインズとナーベラル。そしてトーケルとアンドレの四人だ。

 あの後、大して時間もかけずに戻った宿の使いはアンドレ本人を連れて戻り、そのまま宿からビョルケンヘイム家に案内された。

 その最中、アンドレはアインズ達のおかげでトーケルが大きく成長出来、正式に先代から家督を引き継ぎ領主としてしっかりと勤めを果たしている。と感謝の言葉を述べていた。

 そうして再会したトーケルもアインズにもそしてナーベラルに対しても以前のような敵意も恋慕も見せることなく、領主として堂々たる態度で接し、以前の礼を兼ね今夜は泊まっていって欲しい。と言われたためその招きに応じて今ここにいるということだ。

 これまであの時のアインズの活躍をメインとした思い出話に花を咲かせていたが、それもやがて終わり、話が途切れたところでアンドレが口を開く。

 

「ところでモモンさん、今回はどのような仕事でこんな所まで?」

 

「アンドレ。我が領地をこんな所とはずいぶんな言いぐさだな?」

 

「おっとこいつは失礼しました、坊ちゃん。いや御領主様」

 冷やかしつつも、そこには確固たる忠誠心が感じられる。ジルクニフと四騎士達と似たようなところを感じさせるがこちらは更に緩い感じだ。

 正直羨ましい。少なくともナザリックのメンバー誰一人としてこうした態度をとってくれることはないだろう。 

 

「モモンさん?」

 訝しげなアンドレにアインズは思考を中断する。

 

「ああ、失礼。実は私たちは今回、冒険者組合の仕事ではなく、個人的な付き合いと言いますか。以前より世話になっている恩人の頼みで、様々な領地を見て回る事が仕事でしてね」

 

「ほう。となると我がビョルケンヘイム領にいらっしゃったのも仕事の一環でしたか、それは少し残念だ。お二人には是非仕事を抜きにして遊びに来て頂きたかった」

 ははは。と軽く笑うトーケルの様子は特に変化が見られないが、何となく空気が重くなった気がした。

 

「いえ。私もこの領地を預かる者として、如何に恩人と言えど仕事相手には相応の態度で接しなくてはならないんですよ」

 警戒させてしまった、と気づいたときにはもう遅い。

 あのナーベラルにデレデレして、モモンに突っかかってきていた姿ばかり記憶していたが、彼も今や領主となり土地を治める者だ。

 自分の土地を視察しに来たと言われたら警戒するのは当たり前だ。

 情報とは武器であり、その情報をどこに流すのかによっては大きな損害に繋がることもある。

 だから領地ごとに独自の警戒網を用いて情報漏洩には気をつけていると聞いている。

 いくら知人だからといってペラペラ情報を話すことなど許されないと、気を引き締めなおしたに違いない。

 迂闊な自分を心の中で罵倒していると隣に腰掛け、話には加わらず適当な相づちを打っていたナーベラルが口を開いた。

 

「ビョルケンヘイム卿、誤解なさらぬようにお願いします。私たちが各領地を見て回っているのは私たちの恩人にして私の……お、お父様同然に世話になっているアインズ・ウール・ゴウン様、そのお方が新たな支店を出店させるための下準備。その中でここに訪れたのはモモンさんが卿ならば良き統治をしているはずと考えてのことです」

 

(今日のナーベラルはひと味違うな。自分で考えて行動する意味を理解している。所々気になる点はあるが、出来るだけ俺がフォローしよう)

 

「誉めていただけて光栄です。そのゴウンという方は商人ですか。なるほど、我が領地に商会を開きたいと」

 特に蔑んだ様子はなく、ごく自然に口にしたようだが、アインズの名前を呼び捨てにした瞬間、ナーベラルが低く小さな唸り声のような音を出し始めた。

 トーケルは気づいていないようだが、野伏(レンジャー)として耳も良いらしい隣のアンドレが慌てたように口を開いた。

 

「あ、えーっと。どんな商会なんです? そのゴウン殿の商会は」

 殿にアクセントを置くアンドレの様子に、相変わらず苦労しているんだな。と僅かに同情を感じながら説明する。

 

「ええ。魔導王の宝石箱という王都に店を構えている商会なのですが、今後を見据え、様々な土地に出店したいと考えているようで。私に候補となる土地を探してくるように、とのことでしてね」

 

「そうなんですか? いやー大変ですねモモンさんも、こんな田舎まで」

 

「おい、アンドレ。いい加減にしろ」

 

「ビョルケンヘイム卿の仰るとおりですよアンドレさん。私も少し領地を見せていただきましたが、素晴らしい土地だ。宿もあり、流通もしっかりしている。土地の民も皆、ビョルケンヘイム卿を誉めていました。だからこそ、私はこの土地を第一の候補地と考えたわけです」

 

「それはどうも。まだまだ若輩の私に領民がそう言ってくれるというのは嬉しい限りだ。それで、何の商会なんですか? 我が領地に足りないものを扱っている商会なら一考しますよ、他ならぬモモンさんの頼みだ」

 空気が緩和する。

 いつの間にか隣のナーベラルの唸り声も消え、落ち着いてくれたようだ。

 ならばここからも彼女に任せてみたい気持ちもあるがどうだろうか。また切れられてはかなわないが……

 

「主な商品は武具やマジックアイテム。それにゴーレムです。これは貸し出しのみですが、村民でも借りられる値段でお勧めです」

 声が先ほどより冷たくなっている気もするが、少なくとも暴言を吐いたりはせず淡々と商品の説明を始めるナーベラル。

 ここまで積極性を見せるなら本人に任せていいだろう。

 

「ほう。ゴーレム! そりゃ凄い。この領地どころか、近隣のどの領主だってそんな物を持っているところはありませんよ。ねぇ、坊ちゃん」

 

「坊ちゃんはやめろと言うのに……まあ良いか。だがゴーレムなんてそもそもあまり使い道がない。家には絶対に守るべき宝もなければ二十四時間門を守る警備も必要ない。あれは金持ちの道楽だ。如何に安かろうと大切な領民が血の滲むような想いで出してくれた血税、それを無駄遣いすることなどあってはならない」

 力説するトーケルの言葉は綺麗事などではなく、本気で言っているのがわかる。思わず感心しかけるが、何故か隣のアンドレがあんたがそれを言うか。とでも言いたげな呆れ顔をしているのが気になった。

 昔散財でもしたのだろうか。

 だが、今は関係ない。彼もまた他の王国民同様、ゴーレムは警備や門番としての役割しかないと思っている。

 これを説得し、開墾や畑仕事、荷運びに使えることを説明すれば飛びつくはずだ。

 それが彼が大事にしている民を守ることにも繋がるのだから。

 しかしアインズはそれを口にしない。

 ナーベラルに最後まで任せてみようと考えたからだ。そんなアインズの視線に気づいたのかこちらに目を向け、一つ頷くとナーベラルは再び口を開いた。

 

「宝ならあるではないですか」

 

「え?」

 思わずアインズとトーケルの台詞が重なる。

 何を言い出すのか、と内心ドキドキしていると気にした様子も見せずにナーベラルは続ける。

 

「先ほど貴方が大切な領民だと言っていたでしょう。それはつまりその領民こそが貴方の宝なのではないですか? ならばゴーレムは領民を守り、助ける為にこそ使用すればいい」

 

(おお! ナーベラルらしからぬ良い台詞だ)

 

「っ!」

 驚いたように目を見開き、その後トーケルは口元を嬉しそうに持ち上げて笑った。

 

「やっぱり貴女は素敵な女性だ。本当に……」

 何かを思い出すように笑いながらトーケルは一度目を閉じゆっくりと開くとアインズを見た。

 

「モモンさん。私のような者が言うべきことではないのかも知れませんが、ナーベさんのこと、大切にしてあげて下さい」

 

「勿論です。ビョルケンヘイム卿、貴方にとって領民が宝だというのなら、私にとっては彼女……こそが宝」

 彼女たちと言いかけて途中で止める。

 恐らくナーベとモモンが恋仲だと勘違いしている相手にそんなことを言えばモモンが複数の女性を侍らせていると思われかねない。そんな勘違いされ、それが広まってしまったらせっかく上げたモモンの名声が落ちてしまう。

 しかし、その危険がありながら思わずそう言ってしまったのはアインズもまたナーベラルの言葉で自分にとって大切な宝の存在を改めて理解したからだ。

 以前他の者には話したことがあったが、ここでちゃんと言葉にしてナーベラルにも伝えておきたかったのだ。

 

「モモン様! 私ごときにそのようなお言葉など、もったいない」

 

(いや、話し方! せっかくの俺の努力が!)

 

「あ、いや、これは……」

 声を震わせ、瞳を潤ませながらソファの上に手を着いて感動に打ち震えるナーベラルの様にアインズは慌てて言い訳を口にしようとするが何を言えばいいのか纏まらない。

 そんなアインズをトーケルは明るく笑い飛ばした。

 

「ははは。分かっていますよ、ナーベさんはモモンさんのお付きの方なのでしょう? それも貴方の為なら総てを投げ打つことすら構わないと言ってくれる真の忠臣だ。少しだけ羨ましいですよ……ま、私には私のために命くらいは投げ出せると豪語するアンドレが居ますから、これ以上は贅沢ってものでしょうけどね」

 

「ご領主様……」

 軽口を言いながら笑うトーケルに、アンドレは感極まったように坊ちゃんから領主呼びに戻した。

 その様子を見ながらアインズは安堵と共に感心する。

 いつからばれていたかは知らないが、この口振りだと護衛任務の時には既にモモンとナーベの関係に気づいていた。しかし周囲にモモンたちの関係がばれた様子はない──疑われてはいるようだが、情報発信源の彼らが話せばもっと正確に伝わっているはずだ──となると彼らはそのことを知りながら、あえて黙っていたということになる。

 それだけで口の堅さには信頼が置けると言うものだ。

 やはり店舗拡大計画の第一号はこの地にしよう。

 

「さて。改めてその店の話を詳しく聞かせてもらえませんか。我が宝を守り、土地を豊かにするためになるなら私は例え誰を敵に回しても導入しますよ」

 

「ええ勿論。ただ、少し長くなるかも知れませんよ?」

 

「構いません。まだ夜は長い、時間はタップリあります」

 アインズの言葉にトーケルがニヤリと笑い置かれた酒のグラスを手に取った。

 

(うまく纏まりそうで良かった。ダメならこの領地にモンスターでもけしかけて防衛力の大切さを理解してもらうつもりだったが、その必要もなさそうだ。店舗拡大の第一歩としては上出来だな)

 ナーベラルの成長と問題点、その二つを同時に確認できたし、自分の思いも再認した。

 ナザリック地下大墳墓、かつて仲間達と共に作り上げた拠点。

 そしてなにより仲間達が創り上げた彼女達NPC。

 それらを守るためならアインズはどのようなことでもしよう。そして彼らを傷つける者はいかなる手段を用いても排除する。

 そう心に決め、アインズは改めて話を始めた。




王国貴族が家督を継ぐタイミングは不明なのですが、この話では独自設定としてトーケル坊ちゃんはドラマCDの後、直ぐに家督を継いで領主になったことしました
次は帝都支店の話になる予定です
そろそろ話も進むはず

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。