蒼の薔薇がアインズ様、或いはモモンを一緒に連れて行くことを聖王国に出向く条件にしたため
使節団と蒼の薔薇がカルネ村を経由して許可を貰い本店に到着したところから今回の話が始まります
第63話 参戦・モモン
「これが魔導王の宝石箱の本店。森の中にこれだけの空間を開拓するなんて」
「ここに来るために使ったあの鏡も見たことのないマジックアイテムだ。転移の鏡とでも呼ぶべきか。空間同士を繋ぐアイテム、あれを使ったのかもしれないな」
使節団から選抜された三名の交渉役からは少し離れた位置に立ち、ラキュースとイビルアイは小声で互いに驚きを共有する。
そのままラキュースは不作法にならない程度に周囲を見渡した。
トブの大森林内にポッカリと穴を開けたように突然現れた巨大な空間。
直径は二百メートルほどだろうか。恐らくは東西南北に一つずつ建物が存在し、中央には一際大きな建物がある。
あそこに店主がいるのだろう。他の四つの建物は倉庫か、もしかしたらそれぞれに別系統の商品を置いているのかも知れない。
中央の建物の意匠は細かく、見方によっては住居や店舗というより神殿のようにも見える。今にも動き出しそうな巨大な戦士像が、王を守る騎士であるかのようにその周囲を取り囲んでいた。
「確かこの店ではゴーレムを扱っていると聞いたが、もしかしてあれもゴーレムか?」
「あんな巨大なゴーレムは見たことがありません。石像でしょう。ですが見事な作りですね」
前を進む使節団の団長と副団長の言葉が耳に入る。
副団長の言葉は一般的に考えれば当然の返答だ。
ゴーレムはただでさえ造るのに手間と時間、そして高額な材料を大量に使用するのだ。それをあそこまで巨大に造る意味は無い。その材料で数を揃えた方が効率的だ。
しかし、魔導王の宝石箱がこれまでどれだけの数のゴーレムを作成してきたか知っているラキュースからすると、あれも石像ではなくゴーレムではないかと勘ぐってしまう。あれだけの大きさのゴーレムを戦闘に転用すれば、一騎当千の活躍をしてくれることだろう。
数多くの兵を失った聖王国から見れば、喉から手が出るほど欲しい物に違いない。
そんなことを考えていると、彼女たちの前にメイド服を着た少女がどこからともなく姿を現した。
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片目を眼帯のようなもので隠し、メイド服の上には金属のパーツが取り付けられ、どちらかというと戦闘服のようにも見える。
顔立ちは非常に整っているが、表情は無くどこか造り物めいた印象を受ける。
「!」
全員が声もなく驚いている中、彼女は淡々と頭を下げ礼を取った。
「…………お待ちしていました。聖王国使節団、それに蒼の薔薇の二人……アインズ・ウール・ゴウン様より案内を任せられた、シズ・デルタです。よろしく」
敬語を使い慣れていないというより、殆ど使えていない。その口調は不思議と良く似合っているが、客を相手にするという意味ではあまり向いているとは思えない。
事実、その言葉遣いに苛立ちを覚えたのか、使節団団長であるレメディオスは明らかに不満げな声で返答する。
「聖王国使節団団長、レメディオス・カストディオだ。此度は開店前にも関わらず招いていただいたことを感謝する。早速だが店主の元に案内を頼む」
「…………はい。その前に」
何やら考えるような間を空けた後、その少女、シズは手を叩き何やら合図を出す。すると先ほどレメディオスたちが話の種にしていた戦士像が動き出し、中央の建物に取り付けられた巨大な扉を開けた。
恐らくはゴーレムだろうと考えてはいたが、実際にあれほど巨大なゴーレムが動き出す様を目の当たりにすると流石に圧倒される。
「……ではご案内します」
無表情ながらどこか自慢げに言い、シズは歩き出す。
呆気に取られていた使節団の面々だったが、直ぐに何か確認するように頷きあった後、従者だという少女に先頭を歩かせる。
ラキュースとイビルアイもちらりと目で合図をし合い、最後尾を歩き出した。
(アインズ・ウール・ゴウン殿。会うのは初めてだけれど、どんな人なのかしら。イビルアイは傲慢な自信家だって言っていたけど)
何度か王都支店に通っていたラキュースだったが、店主のアインズには一度も会ったことがない。
ガガーランとイビルアイは一度会っており、その時に未知を切り開く本物の冒険者を募集しているという、こちらを挑発するかのような物言いをされたことを未だ気にしているらしい。
こんな時になんだが、興味と期待を混ぜたような感情がラキュースの中に渦巻いていた。
ラキュースの期待とは裏腹に、アインズとの会談は聖王国の使節団の者たちだけで行うことになった。ラキュースとイビルアイ、そして任されたのは案内役だけだから。と言って建物の中まで付いていくことがなかったシズの三人は中央建物の入り口前で待たされることになった。
考えてみれば当然の話だ。
アインズに聖王国に来て貰う交渉をする以上、場合によっては蒼の薔薇にも話していない聖王国の機密を口にすることになるかも知れない。恐らくは切れ者の副団長がそう考えて二人を排除したのだろう。
事実、レメディオスは提案を聞いてどこか不思議そうに首を傾げていた。
「まったく、わざわざ聖王国まで出向いてやる我々をないがしろにするとは良い度胸だ」
イビルアイは納得していないらしく、吐き捨てるように言った。
「仕方ないわ。国の機密を他国、それも私という王国貴族に軽々に話すことはできないでしょ」
多分、これが本当の理由だ。
ラキュースは冒険者だが、同時に王国の貴族でもある。
もちろん守秘義務の観点から冒険者として得た情報を国に流すことはあり得ないが、それをただ信用しろと言っても無理がある。
「ふん……なあ。シズ、だったか? ちょっと店内を案内してくれないか? 興味があるんだ」
「イビルアイ、仕事中よ」
蒼の薔薇がここに残ったのは、外に残した他の使節団から何か連絡が入るかもしれないから、ここで待っていて欲しい、という名目からだった。
「そもそも、外からの連絡なら村にいた店の奴が来るだろう? 私たちがいる意味はない」
そうだけど。と言葉を濁すラキュース。彼女自身内心、明らかに王都支店とは力の入れ方が違う本店を見てみたい気持ちが無いわけではないが、それに対するシズの返答は冷たいものだった。
「…………無理。私の受けた命令はここまでの案内だけ……店内を見せて良いとは言われていない」
感情の籠もらない淡々とした拒絶にイビルアイは鼻を鳴らす。
「融通が利かないな」
「でしたら、私が案内をしましょうか?」
そんな声が聞こえてきたのは店内から。
巨大な扉を事も無げに手で押し開けて姿を見せたのは、漆黒の全身鎧を身に纏った男。
胸に輝くアダマンタイトプレートとその声をラキュースが間違えるはずは無かった。
「モモンさん!」
「モモン様!」
敬称の違いはあれど、イビルアイと同時に声を張り上げる。
「久しぶり……でもありませんね、イビルアイ殿とはこの間会いましたし」
モモンは途中まで開けた扉を、そのまま傍に控えていたあの巨大なゴーレムに預ける。扉を開けたままにしながら、改めて確認するように二人の顔を交互に眺め、イビルアイに顔を向けた。
「は、はい! その節は大変お世話になりました」
今までの不機嫌さがどこへやら。ラキュースでも殆ど聞いたことがないほど声を弾ませて身を捩らせるイビルアイと、そんな彼女に頷きかけるモモンは、そのまま以前イビルアイたちから聞いたカッツェ平野での戦いについてや幽霊船の話を始めた。
その場にいなかったラキュースは会話に加われず、なんとなく気持ちがざわつく。
やがてモモンは話をひと段落させ、ようやくラキュースにも目を向けた。
「ラキュース殿は──」
「モモンさん?」
舞踏会の折にラキュースが約束したことを思い出させようとしたのだが、苛立ちが思わず声に出てしまい棘のある声色になってしまった。
それを受けて、モモンは今思い出したとでも言いたげにやや慌てつつ、一つ頷いた。
「失礼。ラキュースは久しぶりだな。以前は大変世話になった」
今までの礼儀正しいが他人行儀な口調ではなく、同じ冒険者として対等な立場であるかのような話し方になる。
もちろん以前ラキュースが舞踏会で口にした、敬語ではなく普通に話してほしいという提案から来たものなのだろうが、まさかいきなり呼び捨てにされるとまでは思っていなかった。
仲間にそう呼ばれるのとは違った感情が渦巻き、ラキュースは咄嗟に反応が取れなかった。
「ラキュース?」
直ぐ横から、声色自体には何の変化も無いのに、背筋が凍り付くほど冷たい響きを感じさせるイビルアイの声が聞こえてくるまでは。
「えっと、モモンさん。できればイビルアイにも同じようにしてください。同じ冒険者同士として」
「ん? ああ、そうか。では改めて、ラキュースにイビルアイ。良ければ私が店内を案内するがどうだ? シズ、構わないな?」
「…………モモン様なら、大丈夫」
先ほどあれほど頑なで、冷たい態度だったシズがあっさりと頷く。
魔導王の宝石箱の面々にとっても、モモンは特別な地位にいるらしい。
聞けばモモンの相方であるナーベも、元は王都支店を任されているソリュシャンや、同じく王都にいてカッツェ平野でイビルアイが会ったというシャルティアなる娘同様、アインズが世話をしていた娘のような存在らしい。アインズにはそうした者が数多くいるようで、単なる冒険者としての活動を世話するパトロンではなく、それこそ家族同然の付き合いがあるのだろう。
決まりだ。と頷くモモンが確認するようにこちらに顔を向ける。
「モモン様が私を……はい! いや、ああ! 是非案内してくれ」
モモンが敬語を止めたためか、イビルアイも今までのあまり似合っているとは言いがたかった敬語を取りやめ、普段自分たちに接するような話し方へと戻した。
モモンが自分たちより格上で、冒険者の頂点であるため、敬語は止めてくれるように頼んではいたが、自分の方は今まで通り接するつもりだった。だがイビルアイがあっさりと敬語を止めたことで、ラキュースもまた同じように敬語を止めて普段仲間たちと接する時の話し方へと変えることにした。
「私もお願いするわ。でも良いの? モモンさんはゴウン殿の護衛なのでしょう?」
王国の冒険者組合からエ・ランテルの冒険者組合に確認を取ったところ、漆黒は例の幽霊船捕縛後も依然としてアインズが護衛に雇ったままである、という返答が戻って来た。蒼の薔薇が聖王国に出向く条件としてアインズ、あるいはモモンを雇って連れていくことを条件に挙げていたため、それも含めてここで話をするつもりだったのだ。
故にモモンがここにいること自体は始めから分かっていたことではあるが、同じ店内とはいえ護衛が対象者の側を離れるのは問題だろう。
そう思っての問いにモモンは軽く返す。
「ちょうどナーベと護衛を交代したところでな。今は少し時間がある。シズ、お前も付いてきてくれ。私ではまだ分からないところもあるからな」
「…………はい。了解しました……モモン様の命令なら問題ありません」
「こいつ、さっきまでと態度が違いすぎないか?」
確かに。と思わないでもないが口には出さない。
「ではこちらに。先ずは何から見せようか、やはり武具か?」
「モモン様に任せる。好きにしてくれ」
どこか浮ついているイビルアイはそのままさりげなく、けれど有無をいわさぬ速度で、モモンの隣に陣取った。
「…………じゃあ、こっち」
そう言いながらイビルアイとは反対側にシズが移動し、モモンを先導する。
微妙な疎外感を覚えるが、身長の低いシズと子供の状態で背丈が止まっているイビルアイが左右に並ぶと、子供が父親に甘えているようにしか見えない。
イビルアイにそんなことを言えば怒り出すので決して口にはしないが。
「あ、あの!」
ラキュースも彼らの後に続こうとした矢先、後ろから声が掛かり全員が一斉に振り返る。
立っていたのは聖王国使節団の一員であり、団長と副団長という責任者以外で唯一この場に連れて来られた従者の少女だ。
目つきが鋭く、常に睨んでいるような印象を受けるがどうやら生まれつきらしい。全員が聖騎士で構成される使節団内で唯一
今回交渉役の一人として選抜されたのは、見知らぬ土地に団長を派遣する以上、周囲に何か危険が迫った際いち早く気づく為だったのだろう。
それがどうしてここに。と思う間もなく彼女が口を開く。
「できれば私も一緒に行かせていただけないでしょうか? 私もこの立派な店内を是非一度見ておきたいので」
きっと彼女は、開けられた扉の向こう側で話を聞いていたのだろう。
だが口にしたことに関しては嘘だな、と直ぐに察した。おそらくは団長か副団長の命令で、魔導王の宝石箱、或いはモモンが本当に聖王国を救えるだけの存在なのか、その真偽を確かめさせようとしているのだ。
「私は構わない。君、名前は?」
そのことが分からないでもないだろうに、モモンはあっさりと了承する。
ここまで来るとモモンが店の主であるかのように感じるが、それだけ信頼されていると見るべきだろう。
「あ、申し遅れました。聖王国使節団の従者をしております、ネイア・バラハと申します」
「ふむ。ではバラハ嬢。君も付いてこい」
「はい! ありがとうございます」
笑みを浮かべているが、あまり似合っているとは言いがたく、真面目な顔をしている方が良さそうだ。
そんな失礼なことを考えている自分に気づき、直ぐにその考えを頭から追い払う。
「それじゃ行きましょう」
疎外感を感じさせないように気さくに声を掛け、未だ緊張の解けない彼女を先導するようにラキュースもモモンたちの後を追いかけた。
・
ネイアが皆の後ろに付くようにして案内されたのは、東側にある建物であり中には一目見ただけでそれと分かる魔法の力を持った武具が美術館や博物館のように飾られて並んでいた。
室内には非常に顔立ちの整ったメイドが一人居たが、モモンが何やら話をすると直ぐに退席した。室内に残ったのは、ネイアに蒼の薔薇の二人と、ここまで案内してくれたシズというメイドの少女、そして漆黒の英雄と名高いモモンだけだ。
「これは! すべて魔法武器か? 凄いな。いや王都の店や帝都で聞いた話から魔導王の力は分かっていたが、これほどとは」
「…………魔導王様」
ボソリと隣にいるシズが不満げな声を出したのが、聴覚の鋭いネイアには分かった。だが言われたイビルアイどころか、他の者たちにも聞こえている様子はない。
「ええ。特に全て新品っていうのが凄いわ。これほどの武具を造れる職人が居たなんて」
ラキュースの驚きに満ちた声を受けて、モモンは飾られている剣を無造作に掴むとそれを皆に見せる。
「これらはアインズ様が契約している職人たちが作り上げた武具に、今はすでに失われたドワーフの古き技術であるルーンを蘇らせ、更にアインズ様が改良を加え刻み込んだもの。持ってみるか?」
モモンの言葉に是非、と嬉しそうに声を上げたのはラキュースだ。四大魔剣と呼ばれる伝説の武器の一つを持っている彼女からすれば、強力な剣の存在は無視できないのだろう。
そんな彼女が剣を受け取る。
その瞬間、彼女は何かに驚愕したような顔つきになり、モモンに目を向けた。
「モモンさん。これ、本当に現代の職人が作り上げたものなの? 私の魔剣キリネイラムに近い。いや、もしかして──」
超えている? という言葉を飲み込んだのが分かる。
それはネイアにとっても驚愕の事実だった。
ラキュースの持つ魔剣は、聖王国の秘宝である聖剣と対になるほどの強さを持つ剣だと聞いている。
それらの武具が伝説となっているのは、剣にまつわる歴史のためだけではなく、単純に今現在の技術ではそれを超える剣を作り上げることができないからだ。
どんな高名な鍛治師が作り、最高クラスの
だからこそ、それに並ぶ武器があっさりと存在していることに驚いたのだ。
「確かに英雄譚に出てくるような、いわゆる伝説の武具と呼ばれる物も素晴らしいが、今の世であってもそれに追い付き、いや超えるために腕を磨き、失った技術を再生させようとする者は居る。アインズ様がいう未知を切り拓こうとする者は何も冒険者に限ったことではなく、そうした者たちもいるということだ。もっとも、これらは未だに大量生産できるほどではないので、売るのではなく貸し出ししか許可されていないがな」
「か、貸し出しは許可しているのか? こんな宝物を」
「無論だ。ここは魔導王の宝石箱の本店、つまりは商会だ。商品を見せずして何を見せる? 借りていくなら、私からアインズ様に話しても良いぞ。これから強大な悪魔と戦いに行くのだろう?」
モモンがそう言った瞬間、全員に緊張感が戻る。
そう。ここにいる者は全員、直接ヤルダバオトを見たわけではないが、その強さは結果が物語っている。
聖王国とアベリオン丘陵を隔てる城壁を未知の魔法の一撃で破壊し、あっという間に聖王国でもっとも強固に作られた城塞都市カリンシャを陥落させた。その際は、聖王国最強の剣士であるレメディオスと、同じく最高戦力であり神官団団長であるレメディオスの妹ケラルト・カストディオ、更に聖王女自身も含めた多数の精鋭と戦ったが、簡単に一蹴したと聞いている。
その戦いの中で聖王女とケラルトは生死不明となり、唯一残ったレメディオスが解放軍を結成した。
それがあったからこそ、自尊心が高く己の強さに絶対の自信を持つレメディオスが他国の強者に助けを求めることを決めたのだから。
「モモンさん、そのことで話があります」
「なんだ?」
神妙な顔つきになったラキュースに、モモンが話を聞く態勢を作る。
「私たち蒼の薔薇は、現在聖王国に出現した魔皇ヤルダバオトを討つために雇われていて、これから現地に向かいます」
「ああ、聞いている。アインズ様が戦ったという大悪魔だろう?」
「モモン様ならば、そいつに勝てるか?」
イビルアイが口を挟む。
やや横道に逸れたが、その答えはネイアも知りたいところだった。
ネイアとしては、聖王国にあれだけの被害を出したヤルダバオトと互角に戦う存在など想像もできないが、実際に帝国に現れたヤルダバオトを撃退したのはアインズなのだという。
ネイアは結局、アインズの護衛を交代したモモンを追いかけて話を聞くように命令されたため、詳しい交渉が始まる前に離れたが、あの仮面の
だから、ヤルダバオトにモモンが勝てるのなら、彼を聖王国に連れていきたい。ヤルダバオトは最高位冒険者である蒼の薔薇ですら、自分たちだけでは勝てない、とはっきり断言する程の強さを持つのだ。
それが聖王国を救う唯一の道になるかもしれないのだから。
「ヤルダバオトか──アインズ様から聞いた話だけだが、おそらく私がこの店から十全に装備やアイテムを貰った上で、万全の状態で戦った場合でも勝敗は五分と言ったところか」
「も、モモン様でも五分だと?! し、しかしゴウンはかなり一方的に奴を追いつめたと聞いているぞ?」
「ゴウン様」
再度シズがぽつりと呟くが当然誰も聞いていない。
「アインズ様とて、ここにあるような切り札となる武具やマジックアイテムを幾つも使用した上でだがな。そもそも私よりもアインズ様の方が強さは上、当然のことだろう」
神妙に言うモモンに、慌てたのはネイアだ。それならばなおさらアインズに来て貰わなければ聖王国が滅びかねない。
「で、では、ゴウン様は、私たちと共にヤルダバオトを退治するため、聖王国まで来ていただけると思いますか?」
そんな思いが、これまで傍観していたネイアからそんな言葉を吐き出させた。
全員の視線がネイアに集中する。
一介の商人を様付けしたのは聖王国の命運を握る相手だからということもあるが、アインズの身内らしいシズの機嫌がドンドン悪くなって行くのを感じたからだ。
それに対するモモンの返答は実にあっけないものだった。
「無理だろうな。そもそもアインズ様が私を雇ったのはそれが理由だ。つまり、ヤルダバオトは聖王国、そして王国をも飲み込んでここまで来ると睨んでいる。だが、そうなってもこの地で私の協力があれば、あちらが軍勢を率いていようと確実に勝てると踏んだのだろう」
確かに深い森の中であれば、ヤルダバオトがいくら亜人を率いたところで、どんなに用兵に優れていようと森林に阻まれて全員で一気に攻撃することはできない。必然的に、ヤルダバオト本人がどうしても出ていかざるを得ない。
そうなった時アインズとモモンが組んで戦えば確実に勝てると考え、事前にモモンを雇っているということだろうか。
だがそれは聖王国と王国、双方ともに手を貸す気がないと明言しているようなものだ。
「そんな! なんとか、なんとかならないのでしょうか! ゴウン様の助けがなかったら聖王国は──」
口にしてから、今自分が発した言葉が、聖王国を救うために国の垣根を越えて救援に出向こうとしている蒼の薔薇を蔑ろにしていると気づいた。が、その蒼の薔薇も押し黙っている。
やはり彼女たちだけでは勝てないのは本当なのだ。
なんとしてもアインズを動かさなくては聖王国に未来は無い。
「君は聖王国の人間らしいが、祖国のためになんとしても救援が欲しいという気持ちは良く分かる。だが、アインズ様にも事情がある。いや、守りたい者がいると言うべきか」
「それは?」
黙って様子を見ていたラキュースが口を開く。
「ここにいるシズや、王都のソリュシャン、後は私の相方でもあるナーベ。他の地にも何人かいるが、そうした者たちはアインズ様にとって、大切な仲間たちから託された子供のようなものだ。そうした者を守ること。それこそがアインズ様の絶対の正義であり、これらの武具や魔法の研究も含めた力を求めたのはそれらを守る力を欲したが故のものだ。余程なことがない限り自分から危険地帯に赴くようなことはしないだろうな。実際、既に王都からソリュシャンを引き上げさせる準備をしているとも聞く」
モモンが手招きした瞬間、シズは弾かれたようにモモンの側に移動し、そのまま頭を撫でられる。
表情こそ変わらないが、その内面は明らかに今までの不機嫌さが嘘のように消えているのが分かった。
「そんな。それでは聖王国、そして王国も」
付け足すように言っているが、ラキュースの本当の目的は祖国たる王国であることは間違いない。
それも承知の上で、彼女たち蒼の薔薇を雇い入れたと聞いている。
要は聖王国を陥落させた後、ヤルダバオトが王国に攻め込んでくると考え、そうなる前に聖王国内でヤルダバオトを仕留め、王国を守ろうとしているのだ。
祖国を守りたいのは皆同じ、そしてアインズにとっての祖国がこの地だけだというのなら、確かに簡単には動かないだろう。
交渉は、決裂するかもしれない。
そんな空気が室内に流れる。
長い沈黙を挟んだ後、空気を変えたのは、他ならぬその空気を作り出したモモン本人だった。
「だが。私も王国の冒険者組合に属する者。エ・ランテルに愛着もあり、ラキュースやイビルアイのように今まで知り合った者たちも居る。ナーベはアインズ様から見れば娘同然だ。危険な地に連れていくことは許してくれないだろうが、私だけでも聖王国に行けるよう頼んでみよう」
「ほ、本当か?! しかし、モモン様だって勝てるか分からない相手なのだろう? 大丈夫なのか?」
「私は未知を求める冒険者だ。勝てる可能性があるなら戦おう。そして何よりも」
一度言葉を切り、ラキュースとイビルアイ、そしてネイアにも視線を向け、モモンは堂々たる態度で断言した。
「困っている人が居たら、助けるのは当たり前だ」
至極簡単な子供でも分かる正義。だが実践することは難しいその言葉を、こともなげにモモンは口にした。
「あ、ありがとう。流石は漆黒の英雄モモン様だ」
「ありがとう。モモンさん、本当に──」
蒼の薔薇の二人がモモンに言葉を掛ける。
当然だ。今のままでは彼女たち自身も、そして彼女たちの祖国である王国も蹂躙される未来しか見えなかった。それがモモンの言葉により光明が差したのだから。
(凄い。これが本物の英雄、でも……)
どこか心に靄がある。
モモンの言葉は素直に素晴らしいと思うし、嬉しくもある。
だが、モモンがその言葉を実行できるのは強さがあってこそ。
自分たちはどうだろうか。
聖騎士として正しさを信じ、正義を実行する。それを聖王女に誓った。
だが現実として、彼女たち聖騎士団は自国を守るために他国の人間に協力を頼み、危険な場所に呼び込まなくてはならない。そんな自分たちは本当に正義と言えるのだろうか。
これまで抱いていた自身が信じる正義が揺らぎ始めていることを感じ、ネイアは少し離れた場所から三人を見ながら自分の心に問いかけた。
ちなみに本店はトブの大森林に造っていた偽ナザリックを利用しているため
造りはナザリック地表部分から墓地を抜いた感じになっています