オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回に続きアインズ様とカルカの商談話


第69話 商談と準備

「陛下自らこのような場所にお越しくださらなくとも。私の方から出向かせていただきましたものを」

 亜人を収容していたはずの部屋には、既にアインズとシズの姿しか無く、代わりにアインズが魔法で造りだしたと思われるイスとテーブルのセットが置かれ、アインズは優雅な礼を取りながらカルカを出迎えた。

 口では自分から出向くと言っているが、イスとテーブルから見るにこの状況も想定していたに違いない。

 亜人たちに関しては、この場所を捜し当てるために別の収容所に捕らわれていた豚鬼(オーク)を故郷に帰すために使用した方法で、今回も亜人をそれぞれの故郷に帰したのだろう。

 他の者がいたら、聖王女の許可無く勝手に。と憤慨したかもしれないが、そもそもこの拠点があるアベリオン丘陵は聖王国の土地でなく、また拠点を制圧したのはアインズの手によるもの。そのアインズも国に雇われている訳ではない以上、それを咎めることはできない。

 むしろだからこそ、このタイミングで亜人を逃がしたのかもしれない。

 聖王女と交渉した後では、亜人を逃がせなくなるかもしれないと考えたのだ。

 他者を移動させる魔法は魔力の消費が激しいと言っていたのにも関わらず実行したのは、自分の庇護下にいる者であれば、人間亜人の区別無く助けるというアインズの信条によるものなのだろう。

 

「いえ。こうした場でなくては話せないこともありますから。それに……民の命を救っていただいた恩人を呼びつけるような真似はできません」

 聖王女の口調は静かなものだが、当然彼女もネイアが考えていることぐらいは気が付いているはずだ。その上で亜人を逃がしたことは黙認する。ということだ。

 

「では陛下、お掛け下さい。ご用件を伺いましょう」

 自分の向かい側のイスを勧めるアインズに、ネイアが慌ててイスを後ろに引き、従者としての仕事を開始する。

 

「ありがとうございます」

 アインズに礼を口にして、聖王女はネイアが引いたイスに腰掛けた。

 向こうも同じようにシズが引いたイスに腰を下ろし、会談が始まる流れになるのだが、さて。自分はどうすればいいのだろうか。

 元々は亜人がいるものと考えていたため、それらをどこか別の場所に移し、その後亜人の見張りと同時にアインズの代わりに民の暴走から亜人を護衛する手筈だった。だが、その亜人がいない以上、ここに残るべきなのか、それとも従者は黙って離れるべきか。

 考えていると聖王女がちらりとこちらに目を向け、小さく頷く。

 ここにいろ。という意味だろう。

 せめて聖王国の者として恥じない振る舞いを見せることに集中しよう。

 

「改めまして、この度は私を含めた聖王国の民を救っていただきましたこと、心より感謝いたします」

 聖王女から口火を切ったことに驚く。聖王国の頂点である聖王女は、当然それに準じた振る舞いが求められる。

 会話一つを取ってもそうだ、どちらが先に声をかけるかは互いの立場や力関係によって決まる。ましてアインズはその絶対的な力は別にして、立場としてはあくまで一商会の主でしかない。

 当然、本来ならばアインズから話しかけるべきところを聖王女が当たり前のように先んじ、アインズもそれを受け止めている。

 二人の間でどのような認識があるのだろうか。

 

「お気になさらず。私が勝手に行ったことです」

 勝手に。という言い方が気になる。

 確かにアインズはモモンや蒼の薔薇とは違い、聖王国から依頼を受けた訳ではない。

 ヤルダバオトの危険性を考え、自分の庇護下にある者たちに被害が及ぶ前にヤルダバオトを討つべく、言い方は悪いが独断で行動しているだけだ。

 だからこそ、ネイアという協力者以外には秘密裏に行動していたのだ。ここではっきりと勝手に、と強調することで今後も聖王女の意向で動くつもりはないと言っているのか、それとも別の意図を含ませているのか。ただの従者であるネイアには判断が付かない。

 

「……それはこの時点では、と言うことで宜しいでしょうか?」

 

「そうなりますね。聖王国の頂点である聖王女陛下がこれ以上の勝手を許さないと仰るのならば、私は従います」

 そんなことが出来るはずがない。

 聖王女にはヤルダバオトが現れた場合、転移を阻害するアイテムを使って閉じこめ、アインズとモモンが二人がかりで倒すというアインズの立てた作戦は伝えてある。

 転移阻害ができるのはアインズのみ、つまりは現状聖王国を救えるのはアインズだけということだ。

 

「ゴウン様。私と商談をしませんか?」

 

「陛下、私は商人です。商談を望みとあれば喜んで──して。私に何をお望みですか?」

 

「無論聖王国を救い、ヤルダバオトを、そして亜人どもを殲滅できるだけの武力、それを売っていただきたいのです」

 

「私が今出せる戦力はアンデッドだけですが……それでもよろしいでしょうか?」

 

「ええ。聖王国を救うためでしたら、どのような力でも問題ありません。いえ、問題があるのならその責任を取ることこそ、聖王女たる私の責務です」

 ネイアにも言っていた台詞を再び口にする聖王女に、アインズは感心したように一度大きく頷いた。

 

「どうやら実のある商談になりそうだ。やはり良い商談には、互いの理解と利益がなくてはなりませんね」

 元から流れが決まっているかのようなスムーズなやりとりに、ネイアは内心で驚きを隠せないが、頭が良い者同士の会話は得てしてこのようなものだとも聞く。

 アインズの叡智はここに来るまで何度も見せて貰ったので分かっていたが、それに合わせる聖王女も流石に一国を治める者と言える。

 

「同感です。ゴウン様なら、きっと聖王国を救っていただけると信じております。そして、その後も良いお付き合いを期待しています」

 

「もちろんですとも。では詳しい商談に入る前に、私の力の一端をお見せしましょう。ローブルの至宝と名高き陛下のお顔に傷が残っているご様子。通常の回復魔法では跡になってしまったものは消せませんが、私でしたらそれも回復できます。如何ですか?」

 一瞬、聖王女が息を呑んだ気配が伝わった。

 やはり女性である以上、顔に傷が残るというのは精神的にも辛いものだ。

 そもそも第四位階の信仰系魔法を使えるはずの聖王女が未だに顔に傷を残しているところを見ると、彼女が使用できる魔法では傷跡までは完治できない。ということになる。

 傷を隠すようにヴェールを纏っているのがその証拠だ。だがそれも他に良いものが無かったのか薄い生地で出来ているため、傷跡が透けて見えているのであまり効果は無いのだが。

 そしてこれまで見てきたアインズの魔法の実力からすれば、傷を残さず回復させる魔法が使えても不思議ではない。

 それだけでも商売になりそうな魔法を、挨拶代わりに使おうというのだ。いや、これまでのアインズの慈悲深さや優しさからすると、単純に顔に傷が残ったまま人前に出なくてはならない聖王女を気遣ってのことかも知れない。

 

「…………いえ。私たちを救って下さったことで、ゴウン様のお力は理解しておりますので。それは全てが済んでから、規定の料金をお支払いしてお願いします」

 だからこそ、聖王女の返答にネイアは驚いた。

 現時点でこれ以上の借りを作りたくなかったのかも知れないが、それも料金の支払いを約束した上で治して貰えば良い話だ。

 何故全てが終わった後に、と言ったのだろうか。

 

「ほう。なるほど……いや失礼なことを言って申し訳ありません」

 アインズもまたカルカの返答に驚いたようだが、直ぐにその意味を理解していたように頷いた。

 

「以前の私でしたら、その申し出を受けていたかも知れません。ですが今は何よりも聖王国を救うためでしたら、どのようなことでも辞さない覚悟を持っています」

 

「素晴らしい。それでこそ聖王国の頂点に立つお方だ。では早速詳しい内容を確認いたしましょう」

 

「ええ」

 ネイアの疑問を余所に具体的な商談が進む。

 その内容は実に驚くべきものだった。

 

 

 ・ 

 

 

「……ふぅ」

 商談が終わり、一人になったカルカは、ネイアが自分に用意してくれた部屋の中で深いため息を漏らした。

 これで聖王国が救われる目処がついた。

 強大な力を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウンはカルカが想像していた通り、いやそれ以上に素晴らしい力を持っていた。

 あの力を使えば必ずや国を救える。そして同時にあれは個人で持つには危険すぎる力だと再認識した。

 聖王国の今後の為に、その対策も講じる必要がある。

 

「……」

 そっと頬に手を這わせる。

 相変わらずいびつに歪み、傷の残った皮膚は痛々しいが、今はこれで良い。

 元から存在する信仰系の回復魔法でも、彼女が密かに研究を重ねて開発した信仰系魔法を使用した美容系技術でも、完全に回復するのは不可能だと思っていたこの傷を癒せると聞いた時は、思わず飛びつきそうになったが、我慢できて良かった。

 あの提案もアインズがカルカを試したものに違いないのだから。

 民が傷つき、苦しんでいる状況で聖王女たる自分だけが完璧に傷を治してしまったら、確実に不信感が残る。

 国の看板でもある聖王女の顔にどれだけ重要な意味があっても、今そんなことをしている場合ではない。その余裕があるなら、一人でも多くの民に回復魔法を掛けるべきだ。と大衆は必ずそう思う。

 それも自分たちをヤルダバオトから救えなかった弱い王なら尚更だ。

 だからこそ、カルカは断腸の思いでその申し出を断った。

 なによりこの傷が残ったままなら、国民もそうだが、貴族連中とて国を守れなかったカルカのことを表だって責めることはできなくなるだろう。その為にわざわざ下が透けて見える薄いヴェールを使用しているのだ。

 それも、アインズとの商談を成功させる布石になりうる。

 

「ふふふ」

 思わず笑みが溢れた。

 顔の傷跡を利用して同情を集める。かつての自分であればこんな方法を選べなかっただろう。

 国民を騙すような真似はできない。と無理を言って、治して貰ったか、傷を完全に隠すような格好をしていたに違いない。

 しかし今はそれすら利用する。

 今回の件で綺麗事だけでは、国を運営することはできても、危機を脱することはできない事実を嫌というほど思い知らされたのだから。

 

「ケラルトはどう思うかしら。それにレメディオス──」

 自分が強い政策を実行できなかった為に苦労ばかり掛けていた親友を思い出す。

 今の自分なら彼女に負担を掛けずに済むのか。いや、そもそも彼女は自分が常々口にしていた綺麗事を信じてくれていたからこそ、汚れ仕事を引き受けてくれていたに違いない。

 そしてその姉であるレメディオスは、きっと今でも自分のことを信じている。

 この行いはそれを裏切っているのかも知れないが、それでもカルカは今でも弱者にも優しい国を目指していることだけは変わらない。

 国民のためなら自分は如何に汚れようと構わない。その覚悟ができただけだ。

 

「必ず聖王国を救ってみせる。そしてその後は……」

 不意に、先ほどの懸念を払拭できる案を思いついた。これは使えるだろうか。

 彼と関わった周辺諸国の者はきっと同じ事を考えるはずだ。つまりはアインズに領地を授け、自国の貴族にする。

 それと合わせて、最も強力な手段は周辺諸国では自分と竜王国の女王だけが使える。要は国王自らアインズと婚姻関係を結ぶこと。王族や貴族の娘を宛がうのではなく、国の頂点に立つ者が直接婚姻すれば、それだけであの個人が持つには強大すぎる力を、身内に取り込むことができる。

 もちろん貴族からは──南部だけではなく北部の貴族からも──反対されるだろう、王の婚姻問題はそのまま次代の権力争いにも関わるため、国内から相手を選ぶ時は特に血筋を重視する。どの貴族もできるだけ自分か自分に近い貴族との間に婚姻を成立させ、子を儲けさせようとする。国内が不安定になっている今は特に国内の結束を高めるのが重要、などと言ってくることだろう。

 これまではケラルトが、陰に日向にそうした縁談を遠ざけてくれていたが、彼女はもう居ない。

 更にカルカは既にヤルダバオト討伐のため国家総動員令を発動させている。生き残った貴族たちはそのことでもカルカに不満を抱いているはずだ。その上強権を発動させれば間違いなく、国内は荒れる。場合によっては南と北との溝が深まり、最悪国が割れることすらあり得る。

 だが同時に、ヤルダバオトによって荒らされ国力が低下した現状は利用できる。このままヤルダバオトをアインズが討伐してくれれば彼は救国の英雄となる。

 当然数の減った貴族に代わり土地を与えても誰も文句は言えない。その上で国力回復に尽力して貰えば彼を婿として迎えることに表立って反対できる者はいなくなるだろう。

 もしそれが実現できれば、聖王国は二度と今回のような悲劇に巻きこまれることはない。

 それに。ただ一個人で国すら超越する力を持ったアインズなら、聖王女という自分の立場やしがらみ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての力、それらを一切無視した、何一つして糸のついていない私という人間を見てくれるのではないか。

 そんな期待をしてしまう。

 

「仮面の下の貴方は、どのような殿方なのかしら」

 こんな時だというのに、自分の口から漏れた言葉が妙に楽しそうで、カルカは思わず口を手で覆い隠した。

 

 

 ・

 

 

 法国の人間をナザリックに運び入れた後、あの人間が自分の失態の原因とも呼べる漆黒聖典なる組織の一員だと知った時はその死体を切り刻んでやりたい衝動に駆られたが、主が使い道を考えているとのことで、仕方なく我慢した。代わりにとばかりに、その苛立ちや怒りを愛妾である吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)にぶつけた後、そのまま自室の浴室に連れ込んで、別の意味でのストレス解消をしようとしていたシャルティアだったが、これからという時になんの前触れもなく無遠慮に浴室の扉が開き、中断を余儀なくされた。

 

「おーい、入るよシャルティアー……って、うわ。何してんの?」

 勝手に入り込んできたアウラがその姿を確認するなり嫌そうに眉を顰めたためだ。

 

「ちょっとちび助。わたしの許可無く勝手に入ってこないでくんなまし」

 いくら同格の守護者とはいえ、招いたわけでもないのに自室、それも更にプライベートな空間である浴室内に入ってこられるのは流石に不愉快だ。

 ここまで通した奴には後で相応の罰をくれてやろう。そんなことを考えながら手を振って追い出そうとするが、アウラはニンマリと口を持ち上げた。

 

「あたしはアインズ様のご命令で仕事を持ってきたんだけど?」

 頭の後ろで手を組みながら言うアウラに、シャルティアは一瞬言葉を失った。

 

「な! それを早く言いなんし! ちょっと服を着るから向こうで待ってて!」

 僅かな間の後、慌てて浴槽から出て声を張り上げる。

 考えてみればアウラは今、主の護衛として聖王国に出張中のはずだ。

 あの人間を運んだ際にも側にいて、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 そのアウラが直接シャルティアの下を訪れた以上、用件は主からの勅命に決まっている。

 

「慌てなくて良いよ。アインズ様は今、例の……あれを蘇生させて記憶を弄る前にある程度、情報を引き出しているから、それまであたしは待機だし、聖王国との商談で持って行く物の準備をしに店に戻った設定だから直ぐに戻るわけにも行かないしね」

 

「良いから! そっちで待っていなんし!」

 あれ、と聞いて一瞬血の気が引くほどの怒りが思い出されるが、今は仕事優先。と無理やりその気持ちを押し込めて言い放つ。

 

「はいはい。ゆっくり着替えと詰め物入れていいからねー」

 

「ブチ殺すぞ! ちび助!」

 ヒラヒラと手を動かして背を向けるアウラに手元にあった玩具を投げつけるが、あっさり避けられ、アウラはそのまま浴室を後にした。

 

「おい。着替え」

 この苛立ちも、普段なら吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)にぶつけて発散しているところだが、今は時間がない。

 シャルティアの殺気を受けてすっかり萎縮している吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に準備を整えさせながら、先ほど例の法国の人間に対して覚えていた怒りが薄らいでいることに気がついた。

 アウラのデリカシーのないセリフで毒気を抜かれたのだろう。一瞬アウラはその為に敢えて自分を怒らせたのかとも思ったが、あのガサツなアウラがそんな細やかな気遣いができる筈もないとその考えを一蹴し、改めて別のことを考える。

 主からの勅命とは一体なんだろうか。

 どんな任務でも当然喜んで実行するが、できれば主の傍で働く仕事であれば良い。

 以前の護衛任務の時は姿を消し、会話もできず、常にローブや仮面で全身を覆っていたのは残念であったが、その分すぐ側で主を見つめ続けることができた。

 主の身体には存在しないはずの匂いすら感じ取れる距離で主を守る。

 またあんな仕事がやりたいものだ。

 そんなことを考えながら着替えを済ませ、自室に戻ると、アウラは吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)から出されたお菓子と紅茶を前に僅かに、嫌そうに眉を寄せていた。

 本来は鮮血を好むシャルティアだが、紅茶に対する造詣も深く、以前のアルベドに招かれて開催された女子会以後、今度は自室に他者を招くこともあるだろうと、常に紅茶とお菓子の用意をさせている。

 自分が用意できる物では最高級の茶葉とカップを用意したつもりなのだが、アウラの表情が意味しているのは別の理由だ。

 

「ちょっとお前。アウラの分は果実水か、スポーツドリンクにしなんし」

 例の女子会で、アルベドに紅茶を出された時も紅茶は苦くて嫌だと言っていたことは記憶している。

 

「え? 別に大丈夫だよ。わざわざ用意してくれたんだし」

 

「作法も何もわかっていないお子さまのちび助とはいえ、わらわの自室に来た以上は客人。ゲストの苦手な物をわざわざ出すような真似は、ホストとして許されることではありんせんぇ。黙ってもてなされなんし」

 それでなくとも今は主からの勅命を知らせに来た、つまりは主からの使者だと考えれば、普段喧嘩ばかりしているアウラと言えどもてなすのは当然だ。

 

「えへへ。ありがと」

 そんな意図を察したのか、素直に礼を口にするアウラに、シャルティアはどこか気恥ずかしさを覚えて顔を背けた。

 

「なんか、ちび助に礼を言われると背中がむずむずしんすね」

 

「なによそれ。まったく素直じゃないんだから」

 身も心も子供そのものの癖に、やれやれと首を振る様はどこか年上というより、シャルティアの姉ぶっているようで癪にさわる。しかし先ほど自分で客人と言ったことを思い出し、ゆっくりと呼吸の真似事をして精神を落ち着かせ、未だ微かに水気を含んだ髪を後ろに流しながら、アウラの向かい側に腰を下ろした。

 やがて、アウラの分の果実水が届き、互いに一息ついてからようやく、仕事の話に入ることになった。

 

 

「──ふぅん。話は分かりんした。連れていくアンデッドはどれにするかは決まっていんすか?」

 話は簡単で結局いつもの転移門を用いた輸送の仕事だ。

 ただし今回は量が多いので自分に声が掛かったのだろう。

 

「まだ。というか、先ず帝都のマーレとユリに話を聞いて、どんなアンデッドなら、人間の受けが良いかとか、その辺を調査して必要な数を揃えるように。とのご命令」

 アウラの説明を聞きながら、ふと疑問に思う。何故アンデッドなのだろうか。人間の持つアンデッドに対する忌避感のせいで帝都でもアンデッドはまだまだ普及しているとは言い難い。わざわざアンデッドにしなくてもシャルティアが発案したゴーレムならもっと簡単に広められ、そのまま大量に購入させることが可能の筈。だというのに、何故わざわざこんな手間を掛けてアンデッドの普及を急ぐのだろうか。

 何か理由があるに違いないが、シャルティアではその理由を思いつくことはできない。アウラに聞いてみようかと一瞬思ったが、自分でも分からないことをアウラが思いつくはずもないと思い直し、気を取り直してアウラの疑問に答えた。

 

「ああ。それなら心配ありんせん。わたしも時間があればユリに……いえ、マーレとユリのことが心配で、様子を見に行っていんすから。当然帝都の状況や、人間に受けそうなアンデッドも理解していんす」

 別のことを考えていたせいで口を滑らせそうになり、慌てて取り繕うが時既に遅く、アウラはジト目でシャルティアを見ながらため息を吐いた。

 

「……あのさぁ。いい加減ユリにちょっかい出すの止めなよ」

 

「お子さまには分かりんせんぇ。あれは大人の駆け引きというやつでありんすぇ」

 プレアデスの副リーダーであるユリの種族はデュラハン、つまりはアンデッド。死体愛好癖(ネクロフィリア)であり、男女どちらでも行ける両刀使いでもあるシャルティアにとっては、ナザリック内でも頭一つ抜けて好みの存在だ。

 それに加え、至高の御方が造り上げたその美貌は自分の妾である吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)とは比べものにならない。是非ともお近づきになりたい、なんならここに呼んで愛を確かめ合いたいほどだ。

 ゆくゆくは主も交えて三人で。という野望も抱いている。

 そのためにも日頃から帝都支店に赴き、仕事を手伝いながらも距離を詰めようと努力しているのだが、成果は芳しくない。

 

「飢えた獣みたいな目が怖いって言ってたけど……」

 

「んな!」

 アウラとユリ、そしてペストーニャは彼女たちを創造した至高の御方たちの仲が良かったこともあり、堅物のユリがアウラのことをプライベートではアーちゃんとあだ名で呼ぶほど仲が良いと聞いている。

 そのアウラが言ったのならば信憑性もある。確かにあまり歓迎されてはいないと思っていたが、押し続ければ行けると思っていただけにその事実は少々辛い。

 

「計画を根本から練り直す必要がありんすね」

 

「いや、そういうことじゃ……まぁユリに迷惑かけないようにするなら、別にあたしからあれこれ言うことじゃないけどさ」

 

「安心しなんし、同じ至高の御方に創造された者同士、些細な誤解が解ければきっと仲良くなれるでありんすぇ」

 

「……なら、アルベドとも仲良くしなよ」

 

「あれは別でありんす! そもそもわたしは別にアルベドのことを嫌っているわけではありんせん。あくまでこのわたしこそがアインズ様の正妻であると認め、第二夫人としての分を弁えれば、喧嘩になんかなりはしんせんぇ」

 そう。主の寵愛をこの身が一番に受けるのであれば、二番三番になど大した興味はない。アルベドなりソリュシャン、ナーベラルなどの主の寵愛を欲している者で勝手に争えば良いのだ。

 

「はいはい。んじゃあたしはそろそろ行くね。最近フェンたちに任せきりだったから第六階層の見回りしたいんだよね。準備できたら教えて」

 

「そちらは心配ありんせんわぇ。それとアウラ……聖王国に戻った後もアインズ様の護衛をよろしく頼みんしたよ?」

 今更言う必要はないと思うが、自分すら操った法国の者が主を狙っている事を踏まえれば、念を押しておくに越したことはない。

 

「当たり前でしょ。誰が相手だろうとアインズ様には指一本触れさせないんだから」

 自信満々に言い放つアウラに、シャルティアは一つ思い出したことがあり、ついでとばかりに忠告と確認をすることにした。

 

「けど、護衛だからと言ってこっそり抱きついて自分の匂いを付けようとしたり、あの美しい玉体を舐めるように凝視したり、匂いを嗅いだりはしんせんようにね」

 

「……そんな変態みたいなことしないよ」

 呆れたように呟くと、アウラは挨拶とばかりにひらひらと手を振って、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に送られて部屋を後にする。

 

(あの分だと、アウラの方はまだ大丈夫そうね)

 やはりアウラはまだまだ子供。

 シャルティアが護衛に着いた時は、今口にした全てを実行していたものだ。

 いや、シャルティアでなくても主を側で守るように命じられれば、誰だって同じことをするに違いない。

 アウラがそれを考えないのは単に彼女が未だ恋愛経験もなく、誰かを好きになったこともない良くも悪くもお子さまだからだろう。

 シャルティアと同格の守護者である以上、アウラがその気になれば、主の正妻候補として名乗りを挙げても誰も止めることはできない。

 そうなれば今の戦局が大きく変わりかねないのだから、それを確かめられたのは僥倖だった。

 

「さて、わたしも準備をしんしようかぇ。先ずはペストーニャに話を通す必要がありんすね」

 主からの命令を確実にこなすためには、自分だけでは魔力が足りない。

 いつかの蜥蜴人(リザードマン)の下に大軍を送り出した時のように、ペストーニャに魔力を譲渡してもらった方が良いだろう。

 その辺りまでは命令に入っていなかったので、これは自分の判断だ。

 あの聡明な主が前回自分だけでは無理と言ったことを忘れているわけもないだろうから、これもまたシャルティアの成長を見るためのテストに違いない。

 

「後は、持って行くアンデッドの種類……流石に腐っているのは人間どもに受けが悪そうでありんすし。やはりデス・ナイトと後は……ああ、こういう時のために、あれを温存していたということでありんすね」

 ポンと手を叩く。

 死霊術師(ネクロマンサー)であると王国の冒険者──名は忘れたが──に説明した後、今後のためにとアンデッドの知識や売り出し方に関しても主から一通りのレクチャーを受けた身だ。

 その中にはアンデッド同士を組み合わせて使用する売り出し方もあった。

 それを持っていけばいい。

 そう考えながら、シャルティアは例の人間のせいで苛立っていたことも忘れ、ウキウキしながら、主からの勅命を全うすべく行動を開始した。

 

 

 ・

 

 

「でわデミウルゴスさま。私わ牧場に戻り、先のご命令通り、いつでも移動できるように、用意を整えて参りますので」

 

「ああ。そちらは任せたよ。まあアベリオン丘陵にはアインズ様が御自ら出向いておられるのだから、心配は無いがね。もしもの時を考えるのは配下として当然の責務だ」

 現在自分の下で働いているプルチネッラに告げる。

 だが、あの至高なる御方がそうした油断こそを最も嫌うと理解しているデミウルゴスは、何かあれば直ぐに牧場を廃棄しナザリックと繋がるものは完全に消し去る必要があると考えていた。

 このまま計画通りに進めば聖王国を救う見返りに、トブの大森林同様アベリオン丘陵もまたナザリック、いや魔導王の宝石箱の管理下に置くことが可能になる。

 そうなれば牧場で今までのように隠れて作業する必要がなくなり──引き換えに万が一見つかった際の危険もより増すので、そちらの対策も必要になるが──作業効率も上がる。

 既に亜人が都市を占拠した際に手に入れた聖王国の羊たちが運ばれ、牧場拡大化も進んでいる。

 だからこそ事前に何かあった時のことを考えておく必要があるのだ。

 

「畏まりました。私もそれが必要だと思います。多くの人たちを笑わせ続けるためにも」

 うっとりとした声で言う内容は、いつも彼が口にしているものだ。

 あの職場は趣味が混じっている自分同様に彼にとっても楽しく、無くなって欲しくない場所に違いない。

 それもあって、デミウルゴスはこの重要な役目をプルチネッラに一任したのだ。

 恭しく頭を下げてその場を離れるプルチネッラを見送った後、デミウルゴスは彼が持ってきたアルベドから託されたという報告書を開く。

 主が出向いたのだから、当然何の問題もなく進んでいるはず。と考えながら目を通すとそこには驚くべき情報が綴られていた。

 

「素晴らしい! 流石はアインズ様。僅かな隙も見逃さず、更にはそれを次の作戦に利用するおつもりですか」

 報告書の中に記載された情報は、自分とアルベド、そしてパンドラズ・アクターという主を除いたナザリックの知恵者を結集して造り上げられた計画の中でただ一点、どれだけ調べても確証が得られなかったために、今後別の方法を加えることで信頼性を高めていくはずだった点を完璧にカバーしたものに他ならない。

 その上、この情報がもたらされたことによって今回の作戦と並行して提出していた作戦案を破棄し、一から考え直す必要も出てきた。

 そのことに苦労など感じない。

 むしろあるのは無上の喜びだけだ。

 何故ならばこれはある意味では至高の御方である主人と自分が二人で協力し、計画を立てていると言っても過言ではないのだから。

 他の者たちは主から直接指示を受けてから行動するが、自分やアルベドは違う。こちらから必要な作戦案を提案し、それを了承してもらうのが基本だ。それもまた主からの信頼の証と考えてきた。

 その上でこれまでは作戦実行中に採点するかの如く主が手直しをし、より良い結果に導いていた。

 だが、デミウルゴスが考えたものを主が先んじて訂正し、別の要素を付け加えられた以上、次の作戦はそうではない。ということだろう。

 今までと異なり、それほどまでに慎重にならなくてはならない相手だということも理解している。何しろ今回の作戦すら、その大部分の要素は次なる目的に向けた布石でしかないのだから。気を緩めることなどあってはならない。

 だがそれでも。

 

「ああ。実に、実に楽しみです……」

 デミウルゴスは意志とは関係なく動く尻尾を揺らしながら、早速とばかりに案を練り始めた。




次は解放軍側の話に入る予定です

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