オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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解放軍側の話ですが、書籍版では小都市でカスポンドを救出後、亜人軍に囲まれたところをアインズ様が倒しましたが、こちらでは南部軍が救出に来て合流
その後ヤルダバオトも現れず、カリンシャ解放もシズとネイアが居ないので、普通に軍で攻め込んで取り戻し、今回の話はその後からになります
色々と飛ばしていて話が分かりづらいかも知れませんが、商売が関係しない戦闘シーンばかりだったので飛ばすことにしました
今回はレメディオスの話です


第70話 レメディオスの決断

 大都市カリンシャの城からほど近い人目に付きにくい館が、今回モモンとラキュースが呼び出された場所だった。

 呼び出したのはグスターボとレメディオス。大事な作戦会議があるので、二人だけで来て欲しいと頼まれ、こうして向かっている途中だ。

 

「モモンさん。急に私たちを呼び出してどういうつもりだと思う?」

 ここまで人目を避けながら静かに行動していたが、目的の館まではもう直ぐであり、二人に会う前に聞いておきたかったことを問いかける。恐らくは何か無茶な頼みごとを考えているのは間違いない。

 それも現在作戦を立てている上層部から外された聖騎士団からの呼び出しともなれば、きな臭さは更に増す。

 

「さてな。だが現在の聖王国軍の情勢は危険だ。カリンシャ近郊に集結しつつある亜人軍だけではなく、内部にも問題を抱えている」

 

「南部の軍ね。解放軍から主導権を奪っているけれど、南部軍は結局亜人軍ともヤルダバオトとも戦っていない。そんな軍が戦いの決定権を握るのは確かに危険ね」

 まるで帝国の力を甘く見ている王国の貴族たちのようだ。とは流石に口には出さない。

 

「もう少し解放軍が功績を積んでいれば、なんとかなったかもしれないがな。王兄殿下を救い出したのは解放軍でも、その後都市を包囲した亜人軍を撤退させたのは、解放軍や我々の力より救援に間に合った南部軍の力によるものだ。と誰もが思っているだろうからな」

 その通りだ。

 例の王族がいるとされていた小都市には確かに王族、それも現在行方不明になっている聖王女の兄である王兄、カスポンド・ベサーレスが捕虜として収容されていた。

 だが、救出後カスポンドを主軸において次なる目的地を決めている間に、四万という亜人の軍勢が都市に押し寄せてきた。

 包囲された時点での解放軍側の戦力は非戦闘員を含めても一万ほど。漆黒の英雄たるモモンとラキュースら蒼の薔薇の冒険者チームやレメディオスといった群に勝る個人がいたところで、一度に全員の相手ができるはずもなく、仮に撃退できても一万の聖王国民の大半は殺されることになっただろう。

 可能性があるとすれば、ほぼ無傷で残っている南部軍が救援に現れる事を期待して籠城するぐらいしかなかった。

 しかし一応救援要請を出していたとはいえ、南部もまた別の亜人の軍勢と睨み合いをしている以上、簡単には助けには来られないと目されていた。兵糧が少なかったこともあって、一か八か亜人軍の指揮官を冒険者チームで討つことで相手の混乱を誘い、その隙に助け出した王兄を中心とした一部の者たちだけを逃がす作戦を立てたのだが。

 予想以上に南部軍が早く救援に訪れ、包囲していたはずの亜人軍は戦うことなく撤退してしまった。

 

「南部と睨み合いをしていたはずの亜人の軍が突如消えたことも気になる。そのおかげで南部軍の救援が間に合ったが、亜人連合にも何か狙いがあるのは間違いないな」

 モモンの言うように、間に合わないと思われた南部軍の救援が間に合ったのは、睨み合いをしていたはずの亜人軍が突如として後退し、一気に軍を進められたためだという。

 その代償として南部軍を指揮する貴族の力が強まり、逆に解放軍の上層部は全滅の危険を招いたとして、全体的な作戦指揮を南部の貴族に奪われる結果となってしまったが。

 

「その割に貴族たちが対策を取ろうとしないのは、ヤルダバオトと直接対峙していないせいで亜人や悪魔の力を軽く見ているからなのでしょうね」

 カリンシャの周辺に集結しつつある亜人もその数は今は五万に届くかどうかであり、南部軍を合わせれば十万近くまで膨れあがった聖王国軍が数の上では圧倒している。何も知らない者であれば数の力を過信してしまうのも仕方がない。だが生まれながらに人間以上の力を持つ亜人が相手では倍近い数が揃っていてもまだ、相手の方が戦力としては上だ。そうした事情を亜人や悪魔とまともに戦っていない南部軍は理解していないことが問題なのだ。

 

「我々や解放軍の力をほぼ借りずに、カリンシャ奪還まで成功させてしまったのだから、そう考えてしまっても仕方がないとは思うがな。おかげでますます南部の権力は強くなったわけだ」

 実際小都市を出た後、南部の貴族たちは次なる目的地を城塞都市カリンシャに定めた。聖騎士団は各地の収容所を少しずつ解放して回るべきと提案したが、人数が増えたことで食料の心配が出てきたという理由もあり強く反対することもできず、南部の提案が採用された。

 カリンシャは重要な拠点であるだけに激戦が予想されたが、ここでも想像以上に簡単に亜人が退いたことで軍の消耗は最小限に抑えられた。その成果を以てますます南部の貴族が幅を利かせ、ここまで解放軍を率いていた聖騎士団はその弱腰な態度を指摘されて閑職に追いやられつつあった。

 それはモモンやラキュースたちも同じ事で、他国の手は借りない、ヤルダバオトも含めて自分たちだけで十分だ。とばかりに後方待機を任じられることとなった。

 

「そんな中で団長、副団長からの呼び出し。となればもう何を望んでいるのか明確ね。次の戦いに私たち冒険者を投入して目に見える戦果を挙げさせる気なのでしょうね」

 

「自分たちが依頼した冒険者が活躍すれば、それは解放軍、ひいては現在解放軍のまとめ役でもある王兄殿下の成果になるからな」

 

「でも私たちは冒険者よ。モモンさん、冒険者の不文律は知っているわよね?」

 冒険者の中では基本中の基本とされていることだが、他国から王国に渡り、信じられない速度でアダマンタイト級冒険者にまで上り詰めたモモンはそうした冒険者特有の事情を知らない可能性もあると考え、一応聞いてみた。

 

「冒険者は独立した機関であるため、戦争や政治には介入しないというやつか」

 

「ええ。人間に害をなす悪魔や亜人を討つところまでは冒険者の仕事として認められるけど、軍に組み込まれることは許されない。まして聖王国の今後の権力争いに利用されるようなことはあってはならないわ」

 

「それは分かるが、我々の協力なくして五万まで膨れ上がった亜人たちとは戦いになるまい。その時はどうする気だ?」

 モモンの言う通り、単なる亜人の集まりならば例え南部軍の暴走があっても、強力な戦力であるレメディオスや、魔導王の宝石箱から強力な武具を借り受けた聖騎士たちを有効に使えば撃破は無理でも、撤退させられるかもしれない。

 しかし今回の場合、亜人は個の集まりではなく一つの軍として機能している。

 様々な部族の集合体である以上、国策として徴兵制を採用している聖王国の軍よりは練度は劣るが、その分亜人は個々の力が強いことを踏まえると、軍の練度だけで勝てる相手ではない。

 直接ぶつかれば人間側の敗北は必至だろう。

 そしてここで南部軍の多数が負ければ、聖王国全体の戦力低下に繋がり、その先に待つのは亜人連合の王国への侵攻だ。それだけはどうしても止めなくてはならない。

 

「まあ、今から考えても仕方ない。まずは彼らの話を聞いてからだ。それに……一つ気になっていることもある。もしそれが現実のものになったら、その心配をしている余裕もなくなるがな」

 

「モモンさん。どういうこと? 気になることって──」

 

「ここで話しても良いが、確証が無い内に話しては疑心暗鬼になりかねない。ただ、私は確信を持ったら自分の判断で動くつもりだ。その時は私を信じて手を出さないでもらえると助かる」

 ラキュースの言葉を遮り、ジッとこちらに顔を向けるモモンを兜越しに見つめる。

 その考えは読めないが、彼が自分たちの恩人であり、尊敬すべき本物の冒険者であることは間違いない。

 ならば自分の答えは決まっている。

 

「……分かりました、モモンさん。貴方に私の信頼を預けます」

 

「ありがとう。感謝するラキュース」

 この依頼が始まってから、冒険者同士で仲が良すぎるのも問題だと言うことなのか、以前の完全な敬語ほどでは無いものの、互いに口調が硬くなっていた。名前を呼んだのも呼ばれたのも、あの魔導王の宝石箱の本店が最後だ。そのモモンに突然名前を呼ばれて、ラキュースは思わず動揺するが何とかそれを押さえ込み、気にしない素振りを見せながら視線を外した。

 

「そろそろ館ね。待たせても悪いから行きましょう」

 

「そうだな」

 都合の良いことに、目的地である館のすぐ近くまで来ていたので誤魔化すことができた。

 モモンの方は特に気にしてもいないようだ。自分ばかりこうして慌てさせられるというのもなんだか不公平な気がするが、仕方がない。

 こっそりとため息を吐きつつ、頭を切り替え、聖王国との会談に備えることにした。

 

 

 ・

 

 

「このような場所にお呼びだてして申し訳ございません」

 部屋に入ってきた二人に、立ち上がって親しげに挨拶をするグスターボを横目に、レメディオスは口を開かず合わせるように小さく頭を下げて二人を出迎えた。

 

「いや、気にしなくて結構です。お二人も忙しいでしょうし、堅苦しい挨拶は抜きにして話を進めましょう」

 こちらを気遣っての言葉なのだろうが、モモンの言い様は今のレメディオスたちにとっては皮肉も良いところだ。

 現在の自分たち聖王国騎士団、そして解放軍は南部軍、正確にはそれを率いている貴族たちに主導権を握られ、意見を口にすることもできない。

 もっとも彼女自身はそれ以前から、余計なことを口にするのはやめているのだが。

 

「そうですね。と言いたいところなのですが、本日お二人をお呼びしたのは私どもではなく、王兄殿下なのです。殿下は現在軍務会議にて今後の方針を固めておりますので、到着までしばらくお待ちください」

 

「王兄殿下の……分かりました。ではそれまでの間に、話せるところまでで結構ですので現在の状況などを聞かせていただけますか? その方が殿下がいらした後、余計な手間を取らせずに済みます」

 モモンの提案を受けてグスターボの視線がこちらに向けられる。

 レメディオスが頷き返すが、元から話を進めるのはグスターボに任せているため、あくまで他国の者にレメディオスの決定で騎士団が動いていると見せかける為の演技だ。

 そうしてグスターボが語り始めた聖王国の現状を話半分に聞きながら、レメディオスは気付かれないようにモモンを観察する。

 グスターボの話を一度聞いて理解し、時に質問をしながら話を纏めていく姿は、自分などよりよほど人の上に立つ者としての風格を醸し出している。

 例の収容所での一件以後、レメディオスは自分の正義が揺らいでいるのを感じていた。

 

 騎士の誓いを立てた敬愛する聖王女カルカ・ベサーレス。

 彼女の掲げた崇高な正義、誰もが夢物語だと笑うその正義を、カルカは諦めることなく実現しようと努力し続けた。

 そんな彼女を見て、レメディオスとケラルトは優しい彼女ができないことを、代わりに実行してきた自負があった。その上で、自分の正義は何者にも汚されることはないと信じていた。

 ヤルダバオトに国が侵され、カルカとケラルトが行方不明になってもそれは変わらず、自分一人でも必ずその正義を実践し続ける。

 そうすればいつか、国を救い二人とも再会できるに違いない。

 そんな風に考えていたのかもしれない。

 それがあの収容所でどうしようもない現実に打ち当たり、それでもなんとかしようともがき、戦いの中で働くいつもの勘が不可能だと告げていても、それを無視して命令を出していた。

 誰一人として死なず、悲しむことのない方法を選ぶ。

 そんな不可能を可能にした英雄モモン。

 彼こそがカルカの掲げた本物の正義を体現できる者であり、自分の理想形だと、そう信じた。

 彼がいれば、自分が彼のようになれば、必ず聖王国を救えるに違いないと。

 だからこそ、そんな彼が自分の正義を否定し、更にはレメディオス自身のせいで、聖王国を救う確率を下げたのだと気付かされて、初めて自分の正義が揺らいだ。

 今までは正義を信じて、それを周りに伝え命じ続ければ良いと思っていたが、一度揺らいでしまうと、それを命じることさえ怖くなった。

 自分のせいでまた状況が悪化したら。無辜の民が犠牲になったら。そう考えると動くことができなくなり、全てをグスターボに任せ、自分は言われるがままに行動するしかなくなった。

 正義を以て聖王国を救えなくとも、他のやり方ならば救えるかもしれない。だが今まで一度として他の道など考えたことがない自分にはそのやり方が分からない。

 

 だからこそ決断を他人に押しつけ、自分は言われるがまま流され続けた。

 初めはグスターボに、そして都市でカスポンドを助けた後は彼の命令に、南部の貴族に、ただ従っていれば良い。

 そんなやり方が正しいはずがないと心の内側で叫ぶ声が聞こえたが、少なくとも最低限の犠牲でカリンシャを奪還することには成功した。

 このままで良い。と思っていたがそこにカスポンドが待ったをかけた。

 今ではなく聖王国を救った後のことを考えると、南部の貴族に任せたままではいけない。自分たち聖騎士、つまりは聖王女派閥が活躍せねば仮にカルカが生きていたとしても責任を取らされて、南部主導で新しい聖王が立つことになる。とそう言われて、ここでもレメディオスは流された。

 カスポンドがカルカの生存を信じているわけではなく、あくまで自分が聖王になりたいのだろうと、お世辞にも良いとは言えない自分の頭でも分かってはいた。

 それでも縋らずにはいられなかった。カルカの生存に。彼女の名が暗愚な為政者として刻まれることなど無いように。何より彼女の尊い意志が汚されないように。

 そのために解放軍が連れてきたモモンと蒼の薔薇に戦場に出て貰い、華々しい活躍をして貰うことで、南部軍に集中している民の賞賛の声をこちらに向けさせ、更にヤルダバオトを討つことで名声を高める。

 それが今後の聖王国の為になるのだ。とそう命じられ、彼女は今ここにいる。

 といってもそれもグスターボに任せ、自分はただ置物のようにここにいることしかできないのだが。

 

「ふむ。状況は理解しました。やはり王都の奪還が目的ということですか?」

 

「はい。それ自体は我々も同意しておりますが、南部の軍は性急すぎます。カリンシャを奪還したとは言っても、亜人はほとんど戦わずに退いたため、数は減っていません。現在亜人軍は遠巻きにこの都市を見張っていますが手を出してこないところをみると、攻城戦を仕掛ける気はなく、奴らもまたこちらが動き出すのを待っている」

 

「外に出た時点で戦いを仕掛けてくるか、王都、あるいはその手前にある大都市プラートまで誘い込むのが狙いという線もありますね」

 

「そのあたりの可能性が高いかと。そのため王兄殿下は先ずはこのカリンシャで籠城し、奴らをおびき寄せて一当たりし、亜人の数を減らすのが良いのではないかとお考えなのです。城に籠もっての防衛戦なら優位に戦えます」

 

「一当たりして亜人がそのまま撤退してくれれば良いですが、そのまま包囲される危険もあるのでは? そうなれば兵糧の問題もありますし、籠城は救援が来る前提で成り立つものです。南部の軍が合流した以上、他に救援の宛はあるのですか?」

 話の主導権をモモンに任せていた蒼の薔薇のラキュースも会話に参加する。

 そう言うものなのか。と思わず感心する。

 仮にも聖騎士団を率い有事の際には軍の指揮もする立場にいる自分だが、それはいつもグスターボか、あるいは今亡きもう一人の副団長であり、九色の一色を授かっていたイサンドロに丸投げしていた。

 だからと言って、いくら貴族とはいえ対モンスター専門であるはずの冒険者に言い当てられてはますます自分の立つ瀬がない。

 ことあるごとに自分に勉強しろと言っていた皆の顔が思い浮かび、思わず自嘲してしまう。

 

「カストディオ団長。何かありましたか?」

 

「あ、いや──」

 

「お気になさらず。私たちもその辺りのことは考えています」

 慌てたように自分に手を差し出し、グスターボが言う。

 つまりはレメディオスがラキュースを笑ったと勘違いされ、それをグスターボがフォローに入ったのだろう。

 実際こちらにだけ目を向けたグスターボの目はいつもの彼らしくなく、明確な怒りが籠っていた。

 珍しい。グスターボは自分が失言をしても頭を抱えたり、困ったり、悩んだりすることはあっても怒りを露わにすることはなかった。

 それだけ現状が逼迫しているということなのか。

 そう言うつもりじゃなかったと、はっきり告げた方が良いだろうか。それとも言い訳はせずに謝るべきか。と考えていると扉がノックされ、すぐにグスターボが対応する。

 入ってきたのはカスポンドだ。

 ようやく貴族たちとの作戦会議が終わったのだろう。

 

「お待たせしました。モモン殿、それにアインドラ殿も。遅くなって申し訳ない」

 入ってきたカスポンドの顔には疲れが見える。

 元はカルカ同様に民への優しさを持ち合わせ、血族との争いを避け、より優秀な妹に王位を譲った人物だったが、悪魔たちから地獄のような扱いを受けてすっかり性格が変わってしまった。

 だからこそ、一度は放棄した王位を再び目指すつもりにもなったのだろうが、それでもその怒りはすべて悪魔や亜人に向けられている。仮に彼が聖王になっても、南部の者よりは民のための政治をしてくれることだろう。

 

「──では話を進めましょうか」

 いつの間にか挨拶も終わり、話が再開される。

 今までここで語られていた内容に関してもグスターボから話を聞き終え、カスポンドは先ほどのラキュースの疑問に答える。

 

「この都市には捕虜である民も居らず、空に近い状態でした。だからこそ南部の力押しの作戦でも簡単に奪い返せたのです。捕虜がいなかったため、食料が必要なのは兵力である十万の兵のみですが、ここにはまともな食料は残されていませんでした。南部軍が持ってきた物を合わせても、一週間分しかありません」

 

「一週間? 失礼ですが、一週間で事態が好転するような手段があるのですか?」

 

「南部の貴族もそう言っておりました。だからこそ一刻も早く、カリンシャを出て外の亜人を蹴散らしながら王都に向かったほうが良いと言ってきているのです」

 それだけ聞けば南部軍が正しいような気もするが、当然口には出せない。

 

「なるほど。それこそが悪魔たちの罠だと王兄殿下は睨んでいるのですね?」

 

「その通りです。食料がなければ人は戦えません。南部軍がここの奪還を決めたのも本来はそれが理由でしたが、残念ながら食料として残されていたのは、何のものかも知れない肉が殆ど。当然これは我々の食料には出来ない。だからこそ一刻も早く他の大都市を取り戻す必要がある。と貴族たちは考えています。自分たちの作戦が失敗したことを悟らせない意味もあるのでしょうな」

 一度言葉を切り、カスポンドは疲れたように息を吐く。何の肉か分からないというのは、捕虜として捕らえられていた人間の肉が混ざっていたということだ。そんな物は食べるわけにはいかず、判別も出来ないため、それらは全て破棄されたと聞いている。

 

「ですがそれこそが悪魔たちの罠であり、ここから西側のプラートや王都に罠を張っている。つまりはここに留まった方が奴らの裏をかけるのではないかと」

 カスポンドの説明にラキュースは納得したように頷く。

 

「なるほど。確かにその可能性もありますね。ですが救援に関しては?」

 

「それこそ、お二人を呼んだ理由です。モモン殿、以前カストディオ団長がお断りした上でのことであり、まことに勝手な願いだとは承知しておりますが、今からでも魔導王の宝石箱、いえアインズ・ウール・ゴウン殿のお力を借りることはできませんでしょうか?」

 聞いていた話と違う。モモンや蒼の薔薇にここで戦って貰うはずではなかったのか。

 それに魔導王の宝石箱に頼ると言うことは、その戦力はアンデッドに違いない。その意味を問おうとレメディオスが反応する前に、グスターボが慌てたように口を開いた。

 

「な! 王兄殿下。ゴウン殿の兵力はアンデッドです。我々もそうですが、民を納得させる術がありません。以前団長が断ったのはそれが理由で──」

 王族の言葉を遮るなどグスターボにしては珍しい。

 これもレメディオスが何か余計なことを言う前に自分が泥を被ったということなのだろうか。

 以前は全く分からなかったが、こうして落ち着いて外から見ていると、グスターボにどれだけ迷惑を掛けていたのかよく分かる。

 いつも勉強しろ、よく考えて話せ。と言っていた何人かの顔が再度思い浮かんだ。

 

「モンタニェス副団長。君に同席を許したが、意見を求めたつもりは無い」

 そんなことを考えている間に、カスポンドはグスターボにチラリと目を向け小さく鼻を鳴らすと吐き捨てるように言う。その口調は冷たく、不快感が滲み出ていた。

 

「し、失礼を──」

 

「失礼しました、王兄殿下。部下の不始末は私の責任です。これ以上邪魔はしませんので、ご容赦を」

 いつか、イサンドロが自分の失言を詫びるために誰かに言った台詞を拝借し、グスターボを庇って前に出る。

 今の自分にはこれぐらいのことしかできない。

 再度鼻を鳴らしたカスポンドは手をひらひらと揺らして後ろに下がるように命じた。

 言われるがまま、レメディオスはグスターボと共に入り口近くに移動し、警戒に当たることにする。

 

「ありがとうございます。団長」

 

「良い。グスターボ、私ではよく分からん。しっかり話を聞き、我々がどう行動すべきか考えてくれ」

 

「はっ」

 小声でそんなやりとりをしている間に、カスポンドとモモンたちとの交渉が再開されていた。

 

「ゴウン殿の戦力がアンデッドであることは聞いています。ですが亜人連合に加え、悪魔たちとも戦うとなれば、どう考えても現在の聖王国の戦力だけでは足りない。私は悪魔どもを一掃するためなら聖王国の教義を曲げる必要もあると考えています。反対意見は全て私が押さえます。何とぞご一考いただきたい」

 未だ聖王国の人間としてその考え自体には賛同しかねるが、考え方を変えれば、民と違ってアンデッドであればいくら使い潰しても心が痛まないと考えることもできる。今更そんなことに気付いても遅いが、暴走の心配が無ければ悪い手ではなかったのかも知れない。

 

「……ふむ、王兄殿下。アインズ様は寛大な御方だ。聖王国側が望むのでしたら間違いなく協力してくれるでしょう」

 

「おお! それでは」

 

「ですが今から誰かがもう一度聖王国を脱出し、魔導王の宝石箱の本店、つまりはトブの大森林まで戻り、そこからここまで軍を連れて戻るとなれば、かなりの時間がかかります。とても一週間で往復はできないでしょう」

 確かにそれが問題だ。

 使節団が聖王国を脱出し、モモンを連れて戻るまでにかなりの時間を要した。とてもではないが、一週間で往復は不可能だ。

 

「だからこそ、蒼の薔薇の皆様の力を貸していただきたい」

 

「私たちの、ですか?」

 

「そうです。移動は少数であればあるほど、早くなります。ゴウン殿のところにはモモン殿と蒼の薔薇のメンバーだけで行っていただきたいのです。加えてアンデッドの軍隊を速やかに移動させるために王国の領土を通過させる必要があります。アインドラ殿にはその交渉もお願いしたい」

 カスポンドの言葉に首を捻っていると隣でグスターボが納得したように頷いた。

 

「なるほど。確かにアンデッドの軍隊をスレイン法国側から移動させるわけにはいかない以上、最短距離を移動するなら王国を通るしかありません。王国の貴族でもあるアインドラ殿でしたらその交渉も可能でしょう」

 小声でこちらに説明するグスターボにレメディオスは問いかける。

 

「そうか。というかそれなら王国に救援を求めるのはだめなのか? そっちの方が近いだろ?」

 確か初めはそのつもりだったはずだ。

 途中で蒼の薔薇が合流した際にアインズを紹介されたためその話は流れたが、今から再度頼むなら近い方が良いのではないかと考えて再び問う。いつもは分からないことは考えることを諦めて、グスターボに任せていたが、今更ではあるが少しは考える力を付けた方が良いと思ったのだ。

 

「時間がありません。王国の軍はあくまで徴兵した民間人です。集めるのにも時間がかかり、とても一週間で集められるものではありません」

 

「ああ、そうか。商会ならゴウン一人が良いと言えばすぐ連れてこれるのか」

 

「アンデッドは疲れ知らずですので強行軍も可能ですしね」

 

「なるほどな……やはりあの時、断ってはいけなかったのだな」

 

「……団長。過去のことは変えられません。今は先のことを考えましょう」

 

「そうだな。これから私ができること、か」

 何があるのだろうか。そんなことを考えていると、カスポンドが二人に頭を下げた。

 

「どうでしょうか。何とぞ聖王国を救うために力を貸していただきたい」

 一冒険者相手に王族の者が頭を下げる。というも本来は良くないのだろうが、それしか現状を打開する方法がないのだ。

 全員が口を閉じ、緊張感のある沈黙が流れる。それを打ち破ったのはモモンだった。

 

「お断りします」

 

「なっ!?」

 

「モモンさん?」

 カスポンドとラキュースが即座に反応し、グスターボとレメディオスの反応が一歩遅れた。

 何故。という思いが頭の中を駆ける。

 先ほどアインズなら今からでも軍の派遣を了承する。と言ったばかりではなかったか。

 

「殿下。私と蒼の薔薇がこの都市を離れ、その間にヤルダバオトが来たらどうするのです?」

 そういうことか。確かに元々モモンと蒼の薔薇はヤルダバオトと戦うためにここにいるのだ。

 亜人の軍は籠城で対処できても、ヤルダバオトのあの城壁を破壊する強力な魔法を使われればそれも難しくなる。

 だからこそモモンはここを離れられない。つまりは別の誰かを派遣すべきだと言っているのだ。

 

「……確かにその危険はあります。だが、今のままでは先がない。どこかで賭けをしなくてはならない時が来る。私は今こそがその時、つまりは一週間の間ヤルダバオトが現れない可能性に賭けたのです。だからこそ一刻も早く──」

 

「私たちに出ていって欲しいのだろう?」

 カスポンドの言葉を遮り、そう言うと同時にモモンは背中に付けた巨大な剣を目にも留まらぬ速さで抜き、机の上に飛び乗るとそのまま反対側にいるカスポンドの首に剣を差し向けた。

 

「何を!」

 

「モモン殿! 血迷われたか!」

 グスターボが即座に飛び出す。

 かつてのレメディオスなら、こんな時には誰より早く判断しそのままモモンに斬りかかっていたはずなのに。

 一歩遅れて、グスターボの後を着いて移動しようとするが、その前にラキュースが動いた。

 

「射出!」

 転移魔法でどこにでも移動できるヤルダバオトがいつ現れても良いように。と完全装備のままで居ることを許したことが徒になった。

 彼女の背後に浮遊していた剣がグスターボとレメディオスの行く手を阻む。

 

「お前もか! 何のつもりだ!」

 

「モモンさんを信じてください。何か理由が──」

 

「お前たち! 何をしている早くこいつを」

 

「くっ!」

 目の前の剣をたたき落とし、そのままラキュースを無視してモモンとカスポンドの元に突っ込んでいく。

 モモンは剣を向けたは良いが、そのまま振るうでも、人質にとってこちらに離れるように命令するでもなく、ただレメディオスに顔を向け声を出した。

 

「幻術だ。団長殿」

 モモンの場違いに静かな声を捉えた瞬間、様々な思考が一瞬のうちに頭の中を駆け巡る。

 以前モモンが、解放軍内部に幻術で化けた悪魔がいるかもしれないから警戒するように、と言っていたこと。

 その時は見つからなかったからそのまま流された話だった。

 もし、目の前にいるカスポンドがそれだと言うのなら。

 いつものように戦闘の中で最善を選択するレメディオスの思考が、答えを導き出す。握りしめた聖剣を使い、カスポンドが悪魔かどうか探る方法を思いついたのだ。

 しかし相手は彼女が忠誠を誓ったカルカにとって、唯一王族での味方と言って良い存在。

 カルカが生きていたとしても、側近であるレメディオスが彼に剣を向けたとあっては、彼女の名誉にも傷が付く。

 それらの思考が駆け巡る。

 

(だが……)

 完全にカスポンドから目を離したモモンがこちらを見ている。

 レメディオスにはできなかった理想の正義を体現した者。その力を使えばこの場の全員を黙らせることも可能だというのに、モモンは敢えてレメディオスに選択させようとしている。そう感じた。

 ただの勘だ。

 しかし彼女の勘は、理想の正義と並んでレメディオスの中で揺らがない物であったはずだ。いつの間にかそれすら信じられなくなってしまっている自分を心の中で笑い、彼女は迷いを振り切る。

 収容所での一件以後、恐ろしくて出来なかった自ら決断を下すという行為。

 責任のある立場の者は判断一つで、多数の者の今後を左右するのだ。そのことを分かっていたつもりで何も分かっていなかった。

 だとしても、自分は決断しなければならないのだ。

 聖王国のために、カルカのために、そして正義のために。

 

「──ッ!!」

 言葉にならない雄叫びを上げ、心の中で聖剣に命令し、聖撃を流し込んで起動させる。

 聖剣に刀身の倍ほどにも伸びた聖なる光が輝いた。悪であればあるほど眩しく感じる輝きとなるこの光をモモンが受けて、目を眩ませたのなら悪はモモンだ。そして仮にカスポンドが目を眩ませたのなら──

 

「ぐあ!」

 驚きの悲鳴を上げたのは、モモンではなかった。

 その瞬間、レメディオスは決断と行動を同時に行った。

 手で目を覆い隠したカスポンドに向かって剣を振るう。

 聖剣がカスポンドを捉え、そのまま斬り付ける。正確には剣ではなく、剣に宿った聖なる波動がカスポンド、否、悪魔を斬り裂いた。

 

「ぐ、ぎゃぁああぁ!」

 姿が歪み現れたのは、産毛の一本も生えていない、つるりと輝くピンク色の卵を彷彿とさせる頭部を持った異形の姿。

 このような悪魔がいるとは知らなかったが、少なくともカスポンド本人ではない。

 

「やはり幻術か」

 聖剣の光が収まり、切りつけた箇所から血を流しながら立つ、その異形の悪魔に再度モモンが剣を差し向ける。

 

「く、はははは。よくぞ見破ったモモン。それでこそ、ヤルダバオト様がその存在を危険視し排除しようとした男だ」

 

「やはりあの提案は私たちをここから離すためのものだったか。つまりヤルダバオトが近くにいるのだな?」

 

「その通り。ヤルダバオト様は完璧を求める御方。貴様さえ居なければここでまとめて敵対勢力を叩き潰せた。後少し、後少しだったというのに」

 

「お前の計画は崩れた。大人しく全てを話せ。ヤルダバオトはどこにいる!」

 声を張り上げるレメディオスに、悪魔は表情の欠片もない穴のような目を向けた。

 

「いや。お前たちは一つだけミスを犯した。ここで私を斬り、幻術を解いた。私に幻術を掛けたのは他ならぬヤルダバオト様。それが破れたことは直ぐに分かる。つまり、既にヤルダバオト様に作戦の失敗は伝わったのだ」

 

「何を──」

 そう言った瞬間、カスポンドに擬態していた悪魔の背後、窓の外から見える景色の奥に小さく炎の柱が持ち上がった。

 見覚えがある。いや忘れることなど出来ないその炎。

 このカリンシャに単騎で攻め込み、自分やケラルトそしてカルカと精鋭隊を含めた、聖王国最高戦力を蹴散らし聖王国を地獄に変えた大悪魔、ヤルダバオトが現れた証に他ならなかった。




書籍版では次々にショックなことが起こって立ち直る暇も無く壊れたレメディオスですが、本来あの手の人物は時間が経てば自分の中で答えを出して乗り越えるんじゃないかなと思ったのでこうなりました

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