オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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直ぐに最終章に入る予定でしたが、その前に各国の話を入れようとしたら長くなりそうだったので、章を分けることにしました
書く順番が変わっただけなので、終わるまでの長さが変わったわけではありません


第七章 宣戦布告
第77話 帝国の動向


「失礼いたします。アインズ様、ソリュシャン様がお取り次ぎを願っております」

 王都支店の三階。主の私室前で門番をしていたシャルティアの配下、ブレインにソリュシャンの到着を告げる。ブレインは中に確認を取りに行き、ソリュシャンはそれを扉の前で待つ。

 

「ああ、中に通せ。お前はそのまま入り口前の護衛をしておけ」

 扉の向こうから久しぶりに聞こえた主の声に、胸中に暖かさを感じながらソリュシャンは緩みそうになる表情を引き締め直した。

 

「はっ! どうぞ。お入りください」

 以前よりはまともな対応が出来るようになったものだと、僅かに感心しながら、ソリュシャンはいつも以上に背筋を伸ばし、一礼して主の部屋に入る。

 

「ソリュシャン・イプシロン。御身の前に」

 いつものように膝を突き、頭を下げ主からの許しを待つ。

 

「顔を上げよ」

 

「はっ!」

 決まりきった挨拶も、久しぶりに行うと実に感慨深い。

 そうして顔を持ち上げた先にいるのは、自分の、いやナザリックに住む配下全員にとっての絶対的支配者の姿。

 いつものようにその威厳に不釣り合いな、見窄らしい椅子に腰掛けながら、空洞の眼窩に揺らめく炎の様な深紅の輝きがじっとこちらを見据えている。

 

「よくぞ来た。ソリュシャン、変わりはないか?」

 

「はっ! 順調にアインズ様の御威光が広まり、王都内でも名を知らぬ者はいない店にまで成長いたしました」

 店の経営のことだろうと、キビキビと返答する。

 現在王都支店の運営はほぼソリュシャン一人が行っている。

 セバスは現在、帝都支店やカルネ村の人間を中心に構成し、もっとも目が届きにくいビョルケンヘイム支店に出向いているため、王都支店には顔を出さない。

 だからこそ、主は自分を呼び出したのだろうと思っての返答だったが、主は僅かばかり間を空け、首を傾げた後、カラカラと楽しげに笑った。

 

「そうではない。店ではなくお前自身のことだ。会うのは久しぶりだからな。病気や怪我などは無いだろうが、精神的な疲れなどはないか? いつでも撤退できるように巻物(スクロール)は持たせているとは言え、常に気を張っていては疲労も溜まるだろう」

 

「……はい。ありがとうございます。アインズ様の為に働けることこそ私の喜び、疲れなど感じるはずもございません。もちろん、ご指示の通り、何かあれば自分の命を最優先し、決してアインズ様にご心配をかけるようなことはいたしません」

 まさか自分の身を案じての言葉だったとは。思いがけない台詞に一瞬対応が遅れた。

 いけない。と自分を律し、心を落ち着かせる。

 今まではシャルティアを洗脳した危険な世界級(ワールド)アイテムや、未知の魔法やタレントを使う可能性のある法国を警戒し、セバスかシャルティアが一緒でなくてはこの王都支店には来られなかった。だが二人とも別の仕事で忙しくなったため、毎回同行を頼むわけにはいかなくなってしまったのだ。その代わりに転移の巻物(スクロール)を持たされ、いざという時は自分だけでもナザリックに撤退するように命じられている。

 以前姉であるユリもまた似たようなことを言われたそうだが──ユリは転移等の魔法や巻物(スクロール)が使えないため、主から直接ハンゾウという傭兵モンスターを預けられた──その時のことを彼女にしては珍しく、プレアデスのお茶会で嬉しそうに語っていたことを思い出す。

 確かにこれは嬉しい。

 至高の御方であり、そしてソリュシャンにとっては、恐れ多くも寵愛を欲している御方でもある。

 その方から身の危険だけではなく、精神的な疲労の心配までしていただいたこと。

 これに勝る喜びなどそうはない。

 

「そうか、それなら良い……ところでそんな時に申し訳ないが、もう一つ仕事を頼みたいのだが」

 歯切れの悪い言葉と共に、空間を裂いて中から一通の手紙を取り出す。

 ナザリックで作られたものではないが、現地のものにしては立派な手紙だ。紙の質も高く、封筒にも金泥を用いたと思われる装飾と文字が刻まれている。

 そこに書かれた文字は読めないが、現地の言葉であるのは間違いない。

 そうなると、可能性は絞られる。

 

「帝国のジルクニフから届いた、例のヤルダバオト撃退と私に送られる勲章の授与式を兼ねた舞踏会を通知する知らせだ」

 

「舞踏会? それでは、もしや──」

 いつかこの店の中でシャルティアと語り合った時に出た話題を思い出す。

 舞踏会での主のパートナーを誰にするのかという問題。

 ここにソリュシャンが呼ばれたということは。

 

「ああ。正式な招待状を出すために、パートナーを知らせて欲しいとある。そこで今回の舞踏会では、お前にその役を任せたい」

 

「ですが、私でよろしいのでしょうか? シャルティア様やアルベド様が……」

 以前シャルティアと話した時は、主が決めたのならば断るつもりは無いと言ったが、実際に選ばれるとやはり気後れする。

 至高の御方に直接創造された者同士は対等とはいえ、実力の違いは存在する。

 未だ完全に安全が確保されていない状況では、主を守る意味で彼女たちの方が相応しいのでは無いか。との思いが湧き上がる。

 

「今回はソリュシャン、お前が最適だと私が判断した。舞踏会には帝国貴族も多く参加する。帝国首脳は王国貴族に比べると、皇帝を筆頭に頭が切れ、洞察力もある。つまりこちらもそれに足る者でなくてはならない。アルベドもシャルティアも演技という意味で問題ないのは知っているが、三人の中ではソリュシャンがもっとも人間を知っていると私は考えている」

 

「私が、ですか?」

 無言で一つ頷き、主は続けた。

 

「セバスから聞いたぞ? ここで働く人間だけではなく、客の観察も行って例の香辛料やドレッシング、日用品も全てお前が精査した物が悉く売れているとな。今度はその成果を舞踏会という場で発揮してもらいたいのだ」

 ここに店を構えて直ぐの頃、セバスから主が如何にして人間の行動を読んでいるのか聞いた際に、教わった方法だ。

 人間を、ナザリックにとって役に立つのかどうか、という見方だけではなく、行動を監視し、何を欲しているのか、どうすればこちらの意のままに相手を操れるのかを学ぶために続けていた観察。主に言われたからではなく、自発的にこの店をより繁盛させ、主の名声を高めようと続けていたものだ。

 未だ主のような完璧な予測は不可能だが、確かにここに来ても店には直接出ることは少ないシャルティアや、ナザリック内の運営全てを任せられ、そうしたことをしている時間の余裕がなかなか作れないアルベドに比べれば、自分の方がそうした能力は身に付いている自負がある。

 なによりそれを主が認めてくれた。ということが重要だ。

 

「はっ。かしこまりました。全身全霊をかけて、アインズ様のお相手として恥じない振る舞いをお約束いたします」

 喜びで声が上擦ることが無いように、細心の注意を払って返答する。

 

「そうか、頼むぞ。ではお前の名で返信をしておく。後は──前回と同じ曲をリクエストしておけば、ダンスの練習は特に必要ないか」

 ぽつりと呟いた言葉に違和感を感じた。

 敢えてこちらに聞かせるような、その言葉の真意を読もうと試みる。

 これもまたセバスから言われた言葉の一つ。

 盲目的にただ主に従うのではなく、口にはしない行動や計画の意図を読む。

 

「……いえ。アインズ様。恐れながら、あの曲はあくまで王国を代表する流行曲、敵対国でもある帝国の舞踏会には不釣り合い。やはり帝国ならではの曲を改めて練習しておくのがよいかと具申いたします」

 

「え? ああ、なるほど。確かに道理だ。流石はソリュシャン。それでこそお前を指名した甲斐があるというもの。今後も思いついたことがあれば直ぐに知らせてくれ」

 慌てたような態度を見せるが、それが演技であることなど言うまでもない。

 自分程度で気づくようなことを、より人間社会に精通している主が気づかないはずがない。

 これも含め、自分を試したと考えるのが適当だが、それを指摘するのも気が引ける。

 互いに気づかない振りをするのが最適だろうと、ソリュシャンは一つ礼をしてから更に続けた。

 

「私は時間が空いた時に、帝国、聖王国、都市国家連合、竜王国などの主要な人間の国でよく知られているダンスの曲を踊れるように練習を重ねておりますので、よろしければまたシャルティア様やアルベド様もご一緒に練習してはいかがでしょうか?」

 本当は二人だけで練習を。と言いたいところだが、流石にそれでは角が立つ。

 今回の件で、シャルティアは良い気がしないのは間違いないだろうし、アルベドも同じだろう。

 まだ正妻を巡る争いが決着していない以上、側室狙いの自分が前に出すぎてはならない。

 

「そうだな……いや、あの二人はそれなりに忙しい。先ずは私とソリュシャンだけで練習しておこう。ある程度私も覚えた後で、アルベドたちやパンドラズ・アクターに、私とソリュシャンが主導で教えれば良い」

 

「……かしこまりました。そのように」

 

「では下がって良い。詳しいことは追って伝える」

 

「はっ。失礼いたします」

 最後まで態度には出なかったと信じたい。

 部屋を後にし、門番のブレインを無視して、急ぎ、けれど不作法にはならないように自分に与えられた部屋に入る。

 以前、シャルティアをもてなした時に使用したテーブルセットの椅子に腰掛けると、ようやく強張っていた表情を緩めた。

 自分の意志とは関係なく、いやこれ以上無いほど関係していると言うべきか、ソリュシャンの胸に宿る喜びそのままに笑みが形作られ、そこから戻らない。

 

「あぁ。これはどういう意味なのかしら。私の本心に気づいている? それとも何も知らずに?」

 どちらにしても、シャルティアやアルベドのことを考えると、後々困ったことになりそうだが、それ以上の喜びが湧き上がって止まらない。

 

「ナーベラルのことを言えなくなりそうね」

 意識的にか無意識にか、自ら主の正妻になろうとしている節がある。と感じる同じ三女の姉妹を思い出しながら、ソリュシャンは主の期待に応えるべく、早速ダンスの練習を開始することにした。

 

 

 ・

 

 

 ソリュシャンを退出させた後、アインズは頭に手を置く。

 

(またダンスの練習かー)

 声に出しては外にいるブレインに聞こえかねないので、あまり派手にはできないが思い切りため息でも吐きたい気分だ。

 前回の舞踏会で練習した曲をそのまま使い回せばいいと思っていただけに、思いがけない仕事が増えてしまったようで気が重くなる。

 だが前回よりはマシな点もある。

 一つは今回の舞踏会を開催するのが皇帝ジルクニフだという点だ、アインズを友として、気さくに接してくる彼が主催する舞踏会なら、余計な気を使わずに済みそうだ。

 分からないことがあっても、聞けば簡単に答えてくれるだろうし、王国と異なり、権力を一人で集めているジルクニフの友人と言う立場なら他の貴族もアインズを邪険にはできないだろう。

 

 もう一つはダンスの基本的な動作を既に会得していること。ダンスで一番重要なのは、姿勢や指の伸ばし方、顔の動かし方、そういった細部の動きである。と何度も恐怖公から教えられた。

 それさえ守っていれば、どんな曲でも合わせて踊るだけなのだという。

 簡単に言ってくれる。と思ったものだが、実際ダンスを習得していくと、確かにその通りだと実感できる部分も存在した。

 

 そして最後は、既にソリュシャンがダンスを覚えているということだ。

 アインズが練習の時に恐れたのは、自分だけが上達速度を遅いことを周りに悟られることだ。

 自分があらゆることを完璧にこなす絶対的な支配者という虚像を崩したいのは山々なのだが、だからといってあまりに無様なところを見せるわけにもいかない。

 だから前回は、皆との練習以外にも夜通しで練習を続け、時にはアインズ当番のメイドと踊って練習したりもして、すいすいと上達していく皆に必死になって追い縋ったものだ。

 皆がゼロからのスタートだった前回とは異なり、今回は既にソリュシャンが踊れるようになっていることで、上達速度の差が見えづらくなる。

 二人だけでの練習を望んだのもそれが理由である。アルベドとシャルティア、パンドラズ・アクターは別の曲は踊れない。

 つまりアインズと同じゼロからのスタート。

 その状況ではアインズだけが上達が遅いのがばれてしまうのだ。

 それは困る。

 

(しかし、ソリュシャンも真面目だよなー。いや、ナザリックのNPCで仕事に関して真面目じゃないのは一人もいないんだろうけど)

 アインズが何も言っていないのに、先に起こることを予想し、自分の意志で練習を重ねていた。

 その上ソリュシャンは、この店の経営も殆ど一人で回しているのだ。

 業務報告書を見ても、ソリュシャンが提案したスパイスや、ドレッシングなどに加え、副料理長がレシピを作成したドリンク類の種類も増やし、そちらも好調のようだ。

 例の第一王子が未だ圧力を掛けているのか、貴族たちの客足が鈍い分、一般客への需要を高めたのだろう。

 王国の舞踏会で取引を望んでいたエ・ランテルのバルド・ロフーレの商会とも提携したが、彼に借りを作らないよう、バルドが持つ食材を使用するのではなく、カルネ村で作ったナザリックから持ち込んだ農作物を使用した商品の輸出を中心に取引を開始している。今後はアベリオン丘陵という広大な土地を使用して農作物を作る予定もあるため、そちらの方が都合が良かった。

 それらを取り纏めたのもソリュシャンの手による物だ。

 その上ダンスの練習もしていたとなれば──ナザリックの者たちの性質上、仕事中に他のことをするとは考えづらい──恐らくは休日に練習していたのだろう。

 そうしたソリュシャンの真面目さは、アインズにとっては懐かしさすら覚えるものだ。

 

「全く。子は親に似るって言うけど、そういうとこは似ないで欲しかったなぁ。別にヘロヘロさんだって望んであんなブラック会社にいた訳じゃないんだから」

 健康状態が悪化しながらも、食べていくために無理をして働き続けた友人を思い出す。

 この世界に来る直前、最後に会った時も、仕事を転職したにも関わらず未だブラックな労働環境にいたらしく、会社に対する愚痴や睡眠不足による眠気を感じていた。

 もしも彼がもう少し良い会社にいたのなら、もしかしたら眠気を感じず最後まで一緒にいてくれたのではないか。そうしたらここに一緒に飛ばされていたのかもしれない。

 そんなこともあって、アインズはナザリックをそうしたブラック企業にしないと誓い、交代での休日制度や仕事をし過ぎないように努力しているつもりだ。

 もっともナザリックの者たちは未だそうした休日に何をしたらいいのか分からないらしく、それがソリュシャンの休日中のダンス練習に繋がったのだろう。

 

「練習の時にでも少し休むように提案してみるか。気を紛らわせるためにヘロヘロさんの話でもして……いや、それもなぁ」

 かつてのギルドメンバー、それも自分の創造主の話には異常なほどの食いつきを見せるNPCたちだがそれを語るのはアインズとしてもかつてを思い出してしまい、精神的な辛さを覚える。

 一人だけ話すのも他のNPCに悪い気もする。

 そうなると、別の話題が必要だ。

 

「ソリュシャンの気に入りそうな話題か。うーん。何かあるかな」

 ソリュシャンの性格や趣味を思い出してみるが、思い浮かぶのはアンデッドになった今でも多少とはいえ流石に嫌な気持ちを覚える、無垢な子供を溶かしながら食べること。

 一度ユリ経由で、せめて生きた人間が食べたい、と言われたことを思い出す。

 帝国で得た人間のうち、何人かは彼女に与えた気がするが、それもあくまでナザリックに刃向かった者だけであり、彼女の言う無垢な者は、ペストーニャやニグレドの反対を受けて帝国に帰したはずだ。

 この話題も口にするのは危険だ。

 

「他には何か……」

 すっかりソリュシャンを休ませることについて思考が向かってしまい、その後やるべき、各店舗の報告書確認が遅れてしまったことに気づいたのは、それから暫く経ってのことだった。

 

 

 ・

 

 

 帝国の執務室。

 聖王国に忍ばせた間者から届いた報告書を前に、皇帝ジルクニフは頭を抱えていた。

 

「まさか。こんな戦力が、あり得ない。こんなことがあり得ていい筈がない」

 ぶつぶつと繰り返しながら、頭を掻き毟ると床に髪がパラパラと落ちていくのを確認できた。

 同時にここ最近感じている、胃の辺りの痛みまでも強まった気がした。

 アインズが巨大な幽霊船を手に入れたという報告は以前から挙がっていた。大量の物資を載せて陸地を進む船を危険視し、対策を練ろうとしていた矢先、更にその中から五百体にも上るデス・ナイトと、魂喰らい(ソウルイーター)と呼ばれるこちらも伝説のアンデッドを同じ数だけ用意し、それを使用して聖王国の各都市を占領していた亜人の軍勢を粉砕したとの報告を受けたのだ。

 フールーダによると、魂喰らい(ソウルイーター)はたった三体で十万を超えるビーストマンを殺し、都市を壊滅させたと聞いている。

 もはや帝国の全戦力どころか、全国民を虐殺できるほどの戦力ではないか。

 そんなものを隠すこともなく堂々と晒す意図は何なのか、そもそもアインズの持つ戦力はそれで全てなのか。

 考えるべきことに比べて情報が少なすぎる。

 もっと詳しい情報を得ようにも、帝都にある支店には、デス・ナイトが常駐し例の元奴隷の森妖精(エルフ)やマーレ、ユリを脅して情報を得ることもできない。

 アインズ自身は聖王国で大都市全てを解放した後は祝典も断って、そのままトブの大森林奥地に作られた本店に帰還し──アインズは転移が使えるので秘密裏に他の店舗に出入りしているだろうが──表舞台には出てこない。

 だからこそ、以前から予定していたアインズへの勲章授与式も兼ねた舞踏会での行動が重要となる。

 ここでアインズを表舞台に引きずり出し、情報を得なくてはならない。

 そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされた。

 

「──入れ」

 頭に置いていた手を退かし、いつもの余裕を持った態度で、執務室に現れた秘書官を出迎える。

 

「どうした?」

 

「ゴウン殿から返信が届きました」

 

「そうか! 内容は?」

 今更ジルクニフからの招待を断るとは思えないが、自分の手札を晒した後だけに、こちらにこれ以上情報を与えないために何か理由を付けて断る可能性も存在していた。何しろアインズは聖王女から打診された、ヤルダバオト撃退を祝した式典への出席も断っているのだから。

 

「陛下からのお誘いに感謝する旨と、パートナーとして自分が世話しているソリュシャン・イプシロン嬢を連れていくため、招待状は二人分用意して欲しい旨が記載されていました」

 

「……そうか。やはりそう来たか」

 とりあえずアインズが来ることに安堵したが、連れてくるパートナーの名を聞いて思わず舌を打ちたくなった。

 

「確か、王都支店を任せられている女性でしたね。あの王国の黄金に並び立つほどの美女と伺っていますが……」

 

「その分性格の悪さは折り紙付きらしいがな。まあ、私に言わせればただ性格が悪いだけの娘など、あれと比べれば可愛いものだ」

 あの化け物(ラナー)に比べれば、性格の悪さなど大した問題ではない。

 

「だが問題なのは、その娘は店の経営もろくにできないお飾りだという点だ。私ならば相手がアインズでもなければ、多少話せば情報を得ることができる。だが、初めから何も知らないお飾りが相手では、そもそも情報を得られない。要はこちらはその娘では無く、アインズから情報を得なくてはならない訳だ」

 果たしてそんなことが可能なのか。

 強さだけではなく謀略においても、悉くジルクニフの予想の上を行った男を相手にどれほど情報を入手できるのか。

 

(やはりロクシーに頼むしかないか)

 ジルクニフの愛妾であり、人間を見る目という意味では下手をすればジルクニフを超えている女性だ。

 だが彼女に求めている役割はそうした人間を見抜いたり、頭の良さから来る政治への口出しではない。あくまで彼女の仕事は、次代の皇帝を育て上げることだ。

 自身の実家の栄達や利益を考えず、ただ次代の皇帝を立派に育てたいと無欲に願える女などそうはいない。

 ジルクニフにも冷徹で素っ気ない話し方をする彼女はどちらと言えば苦手なタイプだが、それでも手放せないのはそうした理由がある。

 その彼女をアインズの前に連れていくというのは、場合によってはアインズが聡明な彼女を邪魔だと感じ、排除しようと考える可能性もあり、あまり積極的に頼みたくは無かったのだが、背に腹は代えられない。

 このままでは最悪の場合その次代の皇帝が育つ前に、国ごと消えかねないのだから。

 

「とにかくその名前で招待状を作成し送っておけ。一番先に届くようにな」

 

「かしこまりました」

 招待状が届く順番も重要だ。

 今回の祝勝会の主賓は当然アインズである。

 アインズに一番に知らせを届け、国内の大貴族や他国よりも重要視しているところを見せる必要がある。

 

「それと、法国にも招待状を出しておけ」

 

「法国、ですか?」

 

「アインズがあれだけの武力を持ちながら、何故それを隠し、経済による支配を望んでいるのか。周辺諸国のどこかを恐れているのは間違いない。その中で最も可能性が高いのは法国だ。何しろアインズの兵は大部分がアンデッド、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の多い法国は天敵と言える。法国から見てもアインズは潜在的な敵であるのは間違いない。ならば早めにアインズの実力を知らせて対策を立ててもらう必要がある。舞踏会で奴の振る舞いを見て武力だけの男ではないと気づけば、今後の交渉もしやすくなるだろう」

 並の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)などいくら居てもアインズの敵ではないだろうが、六色聖典と呼ばれる強大な力を持っている特殊部隊や、神人と呼ばれる神の血を引いた者が存在するだろう法国ならば、あの馬鹿げた戦力への対抗策もありそうだ。

 しかし同時に、最近法国の動きがおかしくなったとも感じていた。

 竜王国に出していた支援を縮小し、最低限の戦力しか送らなくなったらしい。

 それはつまり、他国に手を貸す余裕が無くなっているということではないだろうか。

 だとしたら法国を警戒したアインズが既に何かしら手を打っている可能性もある。これ以上後手に回るわけには行かない。

 

「分かりました。早急に準備をします」

 

「頼むぞ」

 急ぎ足で執務室を後にする秘書官を見送ってから、ジルクニフはやっと小さな安堵の息を漏らすことができた。

 アインズが恐れているのは恐らく法国であり、ジルクニフとしてはアインズと友好的な関係を築きつつも、その裏で法国とアインズ対策の協定を結ぶつもりだった。

 その意味では、今回の件でアインズの武力が広く知られたことは僥倖だったと言える。

 法国も本腰を入れて対策を講じるだろうし、何より今回の件の報酬として、アベリオン丘陵の大部分はアインズが管理することになったようだ。

 それもジルクニフにはプラスに働く。

 トブの大森林以上の広大な土地を管理するには、アインズの持つ武力を多くつぎ込む必要がある。

 トブの大森林とアベリオン丘陵。遠く離れたこの二つの土地を管理しなければならないことになるアインズには枷が生まれたと言っても良い。国家が勢力拡大を目指す際に、飛び地を嫌うのはそれが理由だ。

 これでしばらくは時間を稼ぐこともできる。

 法国にはその間にアインズの持つアンデッドの対策をしてもらい、ジルクニフは友好関係を維持しつつ、時間を稼ぐ。

 これが今のところジルクニフが考えている計画だが、相手はあのアインズ。他の手も考えておく必要がある。

 

「舞踏会でどれだけ奴から情報を得られるか、そこが勝負だな」

 帝国が武力では役に立てない以上、法国側が帝国と組むメリットとして使用できるのは、王国の上層部とアインズの仲が決裂していることに対し、ジルクニフは表面上とは言え、アインズと良好な仲を維持していることだ。それを利用してアインズから情報を引き出す。

 それが法国にとって帝国と組むメリットになりうる。

 

「……さて。伝えに行くか」

 行き先は当然ロクシーの下だ。皇帝ともあろう者が愛妾に直接頼みごとをしに行くと言うのも、おかしな話だが、今回の件は極秘に進める必要がある。

 自分のところに来るくらいなら、まだ子供が出来ていない他の愛妾の所に行け、と毎回のように言われることもあって苦手なのだが、今はそうも言っていられない。

 これ以上座っていると腰が重くなりそうだったので、小さく気合いを入れて立ち上がると、ジルクニフは歩き出した。

 帝国の未来のために。




帝国の舞踏会については大体web版と同じなので省いて次の話ではその後の話になります
ちなみに帝国にはヤルダバオトと法国の話が伝わっていないため、ジルクニフはデスナイトとソウルイーターの軍勢の情報だけを元に対策を練っています

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