オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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招待客が三国を跨いでいるパーティーということで、色々な組み合わせの会話を入れようとしていたのですが、考えている内にそれをしていたらいつまで経っても終わらないな。と判断したので今後に関係する話だけにしました


第85話 挨拶回り

(こいつの名前は確か……)

 ジルクニフに挨拶をしているところに話しかけてきたのだから、帝国貴族のはずだ。初対面でも無さそうだから舞踏会で会った貴族なのも間違いない。

 恐怖公の指導を元にフォアイルと特訓した甲斐もあって初めの挨拶は成功し、そのまま主賓であるジルクニフの下に駆けつけ、パーティーに来てくれたことに対する礼を口にしている最中この貴族が現れたのだ。

 他の主賓であるカルカやランポッサにも同じく礼をしに行くために、あまり長引かせず適当なタイミングで切り上げたいところだが、流石に無視はできない。

 相手の顔と名前を覚えるのは貴族の必須技能。とは以前王都での舞踏会に出向く際、ラキュースが教えてくれた礼節の中にも含まれていた内容だ。

 アインズは別に貴族ではないが、一度会ったことのある招待客の名前を思い出せないのは問題だという事は分かる。それも見越して招待客の顔写真を極秘に集め暗記していた成果もあり、がらんどうの頭から正解らしき名を引き出した。

 ジルクニフとの挨拶が終了したところを見計らい、アインズからも挨拶を口にした。

 

「お久しぶりです、グライアード侯爵。先の舞踏会では侯爵とお話をする時間はありませんでしたが、今宵は是非その時間を取り返させて頂きたく思います」

 

「おお。こちらこそ、このような素晴らしい催しにお誘いいだけましたこと、大変光栄に思っております。私も兼ねてから是非、ゴウン殿とお話をしたいと思っていたのでね」

 温和な笑みを浮かべる男の態度からは特に不快感や怒りを感じない。

 名前は合っていたようだ。

 そのまま話でも始めるかと思ったが、その男、グライアードはチラリとジルクニフに目を向けると直ぐにその場で頭を下げた。

 

「では、ゴウン殿もお忙しいでしょうから、後ほど」

 

「ええ。ごゆるりとパーティーをお楽しみ下さい」

 思った以上にあっさりと下がっていったことに安堵を覚えるが、ジルクニフが側にいる以上、そうした態度は見せられない。

 

「アインズ。今は色々と忙しいだろう? 後でまた話そう。その時間を取ってくれるな?」

 

「無論です皇帝陛下」

 

「ははは。よせよせ、公式な場でもあるまいし、私と君の仲じゃないか。ジルクニフで構わんよ。私も今回のパーティーを存分に楽しませて貰おう。では後ほどな」

 ヒラヒラと手を踊らせて、ジルクニフがアインズから離れていく様は随分と機嫌が良さそうだ。

 直ぐに護衛の二人も付き従い、会場の中央に向かって歩き出した。

 

(あちらから話を切り上げてくれるとは。相変わらずジルクニフは気を使ってくれるな。よし、次は聖王女だな)

 気合いを入れ直し、次の主賓である聖王女を探し始めた。

 

 

「ゴウン様、お久しぶりです。以前は大変お世話になりました。それと、このような大変素晴らしい物を戴き、ありがとうございます!」

 主賓全員とめぼしい大貴族たちに挨拶し終え、さて次は誰の所に行こうかと考えていた矢先。アインズが見知った顔──正確には顔は見えないが──を見つけて話しかけると彼女は嬉しそうに声を張り上げ、一気に言葉を並べ立てた。

 聖王国の従者ネイア・バラハ。

 現地で初めて出来たシズの友達ということもあって、プレアデスの面々、特に長女のユリが会いたがっていると聞き、わざわざ手紙を添えて呼び出したのだ。

 加えて、聖王国での武具の宣伝や、シズの友人に対する気遣い、更にはもしかしたら弓を使う聖騎士というレア職に成長する可能性を考えて、使わなくなっていた弓用の装備である、射手の小手とミラーシェードを送ったのだが、この場にも身に着け、どこか誇るようにそれを見せつけてくる。

 貰い物をちゃんと使っているとアピールしているのだろうか。

 

「ああ、そのアイテム、早速使って貰えているようで嬉しいよ。バラ……」

 ぐいぐい詰め寄るネイアに一瞬たじろぎかけたものの、なんとかそれを表に出さず返答した。そこで、わざとらしい咳払いとともに隣からレメディオスが割って入ってきた。

 カルカは少し離れたところで他国の貴族と歓談しており、護衛である彼女もそちらに意識を向けてはいる。だが、あまり近づきすぎるのも他国を警戒しすぎているように思われて良くないということだろう。

 

「──ゴウン殿。先日は、えーっと、なんて名前だったかな……私の部下にこのような贈り物を下さり、ありがとうございます。彼女も喜んでその装備を着けて訓練に励んでいます」

 彼女。に強いアクセントを置く話し方で何となく、事情を察する。

 恐らく招待客でもない単なる従者のネイアを、護衛として連れてくるわけにはいかなかったのだ。そこでパーティー会場に連れ出す為に従者ではない適当な立場と偽名をでっち上げたのだが、レメディオスはそれを忘れてしまったのだろう。

 そこでわざわざ彼女という遠回りな呼び方を強調し、アインズにもネイアの名前を呼ばないように促したのだ。

 

(ふふふ。こうした細かな気遣いもホストの役割、特訓の成果だな)

「それは良かった。カストディオ団長もその節はお世話になりました。そのドレス、良くお似合いですね」

 そしてレメディオスにもキチンと挨拶をする。

 先ほどカルカに挨拶した際も一緒にいたのだが、まだ王国のランポッサ三世に挨拶をしていない状況で、聖王国の護衛に先に挨拶するわけにもいかなかった。その時はスルーしたので、彼女と言葉を交わすのはこれが最初となる。

 そして挨拶の内容は、こうしたパーティーでの基本中の基本、分かりやすく普段と違う装いの部分を口にして誉めるやり方だ。

 

「いや、動きづらくて困る、いや困ります。これではカルカ様をお守りできない。ゴウン殿、貴殿のことですから心配はいらないとは思いますが、よろしくお願いします」

 大抵は向こうも似たような社交辞令を口にするものなのだが、レメディオスらしいというべきか、明け透けな物言いに苦笑しつつ、大きく頷く。

 

「ご安心を。なにがあろうと、この場に攻め込めるものなど存在しません。皆様の安全は我々にお任せ下さい」

 その後、未だこちらをチラチラと窺っているネイアに改めて顔を向けた。

 あの威圧的な目が隠れるだけで、随分と話しかけ易くなるものだ。

 

「後でシズに休憩の時間を作るから会ってやってくれ。それと彼女の姉も君に会いたがっていた、迷惑かもしれんが──」

 

「いえ! そのようなことは決して! シズ先輩やそのお姉さんとお会いできるのは嬉しいです」

 

「そうか。それは良かった。では、君たちも私のパーティーを楽しんでくれたまえ」

 

「心遣い感謝する、します……やはりどうもこういう堅苦しい場は苦手だな」

 

「レメディオス団長。聞こえますよ」

 アインズが離れると背後で小さく会話をする二人の声が聞こえてくる。

 パーティー中、不測の事態に直ぐ対応できるよう、マジックアイテムで聴力を強化しているため離れていても集中すれば会話を盗み聞くことは容易い。

 二人の間柄は険悪なものだったと聞いている──主にレメディオスのせいで──が、ヤルダバオトとの戦いを経て少しはその関係も修復されているようだ。

 後はシズとユリに声を掛け、適当な頃合いを見計らってネイアと対面させるだけだ。

 パーティーの後半は忙しくなることも考えると、予定通り早めに会わせた方が良いだろう。

 そんなことを考えながら、さり気なくシズとユリがどこにいるかを探す。

 ホストであり、客をもてなす立場のアインズは常に会場中に気を配らなくてはならないが、同時に周りから見られている自覚も持たねばならない。

 ホストがキョロキョロと周囲を見回すような真似をすることはできず、二人の姿も発見できなかった。

 仕方なく、本日のアインズ当番として雑事を担当するために、後ろで待機していたシクススを呼ぶ。

 

「シクスス。シズとユリに予定通りで問題がないと伝言を頼む」

 

「かしこまりました。お伝えいたします」

 深く一礼し、その場を離れるシクススを見送ってからアインズは気合いを入れ直す。

 

(さて、次だ次。今回は営業を掛けても問題ないし、やることは沢山あるぞ。先ずは一番利益が出そうなところから行くか)

 今まではパーティー内では口約束でも契約は交わさないようにしてきたが、今回は今後の計画を踏まえ、どの程度までなら契約をして良いかは考えてきている。そのために必要な相手も招待済みだ。

 そっと周囲を見回して、目的の人物を見つけたアインズはそちらに向かって歩きだした。

 

 

 ・

 

 

 目の前の光景に信じられない気持ちが湧き上がる。

 帝国闘技場でも有数の興行主オスクが見ているのは、遠くの光景を見ることが出来る水晶の画面(クリスタル・モニター)なる魔法によって映された戦いの様子だ。

 それも遠くから見るのではなく、戦っているすぐ近くで見ているような臨場感のある映像だ。

 そこで戦っているのはアンデッドと複数体の魔獣。

 一体のアンデッドに複数の魔獣が襲いかかっている形だった。

 その魔獣たちは闘技場でも人気が高く、大抵は亜人奴隷を襲わせたり、ワーカーや冒険者が束になってどうにか一体倒せれば御の字、という強力なものばかりだ。複数を同時に相手取るとなれば、それはもう武王くらいしか見た記憶がない。

 

「おお。これは素晴らしい迫力ですな。いつもは遠眼鏡で見るしかありませんからな。しかしこの闘技場はどこにあるのでしょう?」

 

「帝国の闘技場では無いようですが……」

 背後から自分と同じ画面を見ている貴族たちの話し声が聞こえる。

 確かにあれは帝国の闘技場ではない。

 しかし大きさは帝国の物とそう変わらない。

 あれだけ巨大な闘技場を有しているのは帝国ぐらいだと思ったが──

 

(いや、そんなことより。あのアンデッド。あれはデス・ナイトだ。こんなに強かったのか)

 かつて興行に使用するため、捕らえてしまえば食事も必要なく、長時間放置しておけるアンデッドを王国の冒険者に捕らえてもらう依頼を出したこともあった。

 出来る限り強大なアンデッドが欲しかったが、結局大して強いものは見つからなかった。

 

 帝都で暴れ回った悪魔退治にも成果を上げたという、魔導王の宝石箱から帝国軍に貸し出されたアンデッド、デス・ナイト。古い文献では伝説のアンデッドと呼ばれていることもある。ゆえに借り出せないかと少し期待したが、基本的に皇帝以外への貸し出しが禁止されていることと、実際に復興現場で働くその姿を目撃したことでその気持ちも失せた。

 何しろそこに居たのは、眼鏡を掛けた細身の女性に命じられるまま、下男のように働くアンデッドの姿だったのだ。とてもではないが、伝説として謳われるような存在には見えなかった。

 今思えばあの時に首狩り兎を連れて行っていれば、その強さを理解できたのかもしれない。だが、全ては後の祭りだ。

 

「どうだ?」

 まだ正確に聞いていなかったことを思い出し、後ろに立つ首狩り兎に問いかける。

 すると彼は傍目からでも分かるほど、ビクビクと体を震わせていた。

 見ようによっては、戦いなど見たこともない令嬢が目の前で起こる血肉の踊る残酷な戦いに恐怖しているようにも見えるだろう。

 招待客のパートナーとしての演技という意味では正解かもしれないが、それにしては演技が過剰すぎる。

 彼らしくもない。と考えて、一つ閃いた。

 

「どうした? 気分でも悪いのか、なら──」

 何か気付いていることがあり、それを伝えるためにわざと体調不良になった振りをしているのではないかと考えたのだ。

 しかし彼は震えたまま首を横に振り、オスクの耳元に顔を近づけた。

 

「超級にやばい」

 

「やはりか。流石は伝説と謳われたアンデッド……」

 首狩り兎は、動き等で分かりやすい戦士だけではなく、魔法詠唱者(マジック・キャスター)相手ですらかなり正確に強さを見抜くことが出来る。そんな彼によって下される人物評価の中で、最も上位に位置する言葉が出てきた。

 今までそう評価した相手は武王のみ。

 つまりデス・ナイトも武王級の実力者だと告げているのだ。

 武王と同じようなことが出来ているのだからそれも当然か。と思っていると首狩り兎は首を横に振る。

 

「デス・ナイトだけじゃない。ここにいる奴らの中にも超級にやばいのがいっぱい居る。殺気は感じないけど……」

 

「何だと? と言うことはあのゴーレム等も武王並の強さがあるということか?」

 ここに居る者から、メイドや店主の娘同然の存在だという美女を除くと残るのはゴーレムくらいだ。確かに装備などは、先ほど見たアインズのコレクションでもあるだろう最高の武具を思えば、自分が武王に与えた物より上質な物を身につけているのかもしれない。

 だが、信じられない。いや信じたくなかった。

 デス・ナイトはまだ分かる。アンデッドとは自然発生した弱い個体が集まり、集団発生するとより強力な力を持った個体が誕生する。

 それを繰り返せば理論上は最強クラスのアンデッドを生み出すことも不可能ではない──もっともそれを支配できるアインズの魔法能力あってこそだろうが──だが、一から作り出し、出来上がった後は成長などしないゴーレムに武王と同等の強さがあるなど、信じられない。そんなことがあり得ていいはずがない。

 最強の戦士を育成し、自分の手で作り上げることこそが、オスクが長年掲げてきた夢だ。

 そして現在の八代目武王こそ、彼が見てきた夢の終着点になるはずの戦士。

 戦士としての強さにおいて、帝国内で勝るもの無しと謳われる帝国四騎士。その四騎士──内二名は先代だが──を同時に相手にして二人を討ち取った、周辺諸国最強の戦士であるガゼフ・ストロノーフ。そのガゼフすら超えたと確信できる最強の戦士。それが武王ゴ・ギンである。

 その男に並ぶ者を容易く作り出し、量産しているとなれば自分が今までやってきたことは何だったのか。思わず絶望感が湧き上がり、目眩がしてきた。

 

「分かんない。どっちにしろ、ここに長居したくない。観察されているみたいですっごく気持ち悪い」

 体を震わせる首狩り兎を気遣うような素振りを見せつつ、周囲に目を動かす。

 会場をぐるりと囲うように待機しているゴーレムは多い。

 確かにあれが全て武王級と仮定した場合、一斉に襲いかかって来られれば、四騎士やガゼフ、首狩り兎などの強者の護衛が揃っているとはいえ、勝てるはずもない。

 三国の王が同じ場所に集う機会などそうはないため、彼らの命を狙うには絶好の機会だ。しかし、商売人のアインズがそんなことをしても意味はない。

 単に誰とならば有益な商売が出来るか見極めているだけだろう。

 それならば話は分かる。自分も仕事で人と会うときはいつもそうした物の見方をしている。

 

「観察か。商売人としては当然の反応だが……しかしここで引くわけには行かない。あの武具だ。あれさえ手に入れば武王はもっと強くなる。その時こそ武王は真に最強の戦士となる。そのためにもゴウン殿と直接交渉しなくては」

 アインズは未だ貴族たちへの挨拶周りに奔走しているはずだ。単なる興行主でしかない自分の元に来るのはもっと後、いやこちらから出向かねば挨拶など来ないかも知れない。店では随分買い物をしたつもりだが、使った金額より相手の立場を尊重するのは当然のことだ。

 ましてここには三国それぞれの貴族がいる。順番を考えるのも苦慮することだろう。

 

「いや、来るよ。こっちに」

 まさか。と顔を動かすと、確かに仮面を付けた男がこちらに向かって歩いてくる。

 仮面越しにこちらをじっと見つめているのが分かった、自分の近くにいる誰かと言うこともないだろう。

 しかしなぜ自分に。とオスクは疑問を覚える。

 先ほどまで闘技場の観戦をしていた貴族たちからも強い視線を感じる。

 なぜ貴族の自分たちを差し置いてこの男が。と言わんばかりのものだが、オスク自身にもさっぱり分からない。

 

「本日はようこそお出で下さいました。直接お会いするのは初めてでしたね。私はアインズ・ウール・ゴウン。オスク殿、とお呼びしても?」

 

(私の名前を? どういうことだ)

 アインズが招待したのだから、名前を知っていることは不思議ではない。だがなぜ自分をオスクだと認識できたのか。

 アインズが言うように自分とは初対面だ。

 そもそもごく一部を除き、アインズと会ったことのある者の方が稀である。前回の帝都で開催されたヤルダバオト討伐と、アインズへの勲章授与を兼ねた舞踏会に出席した貴族ぐらいだろう。

 自分はそこには招待されていない。

 帝国随一の興行主とは言え、ただの商人。帝国内での立場は決して高くはないからだ。

 

「え、ええ。もちろん。こちらこそお招きいただき感謝します。ゴウン殿」

 

「いや。失礼、オスク殿には帝都支店で最も多くの武具をお買い上げいただいたと聞いていましてね。是非一度お会いしたいと思っていたのです。帝都ではなかなか武具が売れず困っていたのでね」

 軽口を叩きながら笑うアインズに、曖昧な笑みを返す。

 確かに自分は帝都支店で随分多くの買い物をした。

 個人的なコレクションとしての武具だけではなく、興行に参加させる者たちに使わせる物や、冒険者を集めるための賞品として──銅級や鉄級といった低位の冒険者ではとても買えないような高級な武具を餌に冒険者を興行に出させるのはよく使う手だ──それこそ、店に在庫が入荷する度に購入していたくらいだ。

 買った額を考えれば、並の貴族よりよっぽど多くの金額を使っていたのは間違いない。

 今まで自分が懇意にしていた武器屋より遙かに高品質な物ばかりなのだからと言うこともあるが、この本店が会員だけが利用できる店であり、その会員だけを招いて開店パーティーを開くと聞いた後はより多くの買い物をした。

 貴族などではない自分は、貴族より多くの金を使わなければ会員にはなれないと考えたためだ。

 

(まさかこの男。立場ではなく売り上げ順に声を掛けているのか? そうであれば自分にこれほど早く声を掛けてきた理由も説明が付く)

 本来それはあり得ない。

 貴族との繋がりというのは単純な金額だけではなく、貴族同士の横の繋がりや各所とのパイプ作り、更に言うのなら良くも悪くもプライドの高い貴族を蔑ろにしたことで生じる不利益を警戒するものだからだ。

 だから、オスクも商売として直接的な利益に繋がるわけでもない貴族には気を使う。

 中央集権国家である帝国は封建国家の王国ほど貴族の力が強くはないが、それでも商売人としては当然の行動だ。

 

(あるいはそれが狙いか? 自分は立場ではなく、自分に直接的な利益をもたらす者だけを優遇すると。そして貴族の妨害程度、意に介さないと示すために)

 確かにあれだけの武具を揃え、武王並のアンデッドやゴーレムを持ち、更に言えば皇帝という帝国で最大の権力者とのパイプを持つ男が貴族の顔色など窺う必要はない。オスクに声を掛けたのは、それを公然と周囲の貴族に示すためとも考えられる。

 そうなるとアインズは財力や魔法の実力だけではなく、商売人としての交渉事にも長けていることになる。

 しかしこれはチャンスだ。

 

「いえいえ。私は仕事以外にも個人的に武具を集めていましてね。ゴウン殿の店で扱っている品はどれも素晴らしい物ばかりだ。私の方こそお礼を言いたいくらいですよ」

 オスクはここぞとばかりに話を誘導する。

 あそこに飾られていたレンタル専門の武具。

 あれがどうしても欲しい。自分のコレクションとしてだけではなく、武王を最強の戦士にするためにも、絶対に必要だ。

 そのためなら自分が今使える範囲内における財の大部分を費やしても構わない。

 今武王に持たせた武具はかつての自分が持っていた財の二割を費やしたものだが、今は当時よりも多くの財を持っている。

 どれほど高額であろうとも、武具の一つならば決して買えないと言うことはないはずだ。

 

「ほう。コレクションと言うことですか。それはそれは、私も是非一度お目に掛かりたいものですな」

 さらりと投げかけられた言葉に顔が思わずひきつりそうになる気持ちを必死に抑える。

 自分が持つ全ての武具を合わせても、アインズの持っている宝物の一つにも届かないだろう。

 

「いやいや。私の持つ物などゴウン殿の持つコレクションに比べればつまらない物ばかりです」

 

「私の?」

 

「ええ。先ほど、パーティーが始まる前に拝見させていただきました。東館にあるあの宝物の数々ですよ」

 精一杯愛想良くしたつもりだが、収集家(コレクター)として他人の武具を誉めるのはどうにも苦手だ。

 特に自分より遙かな高みにいる相手だと嫉妬が混ざってしまう。

 

「ああ。あれですか……そうですね。確かにあそこにある商品は良く出来た物ばかりだ。作ってくれた職人たちにも伝えましょう。きっと喜ぶ」

 

「っ! あ、あの品々は遙か昔に作られた武具なのでは?」

 思わず声が震えた。

 飾られた武具には、どれも長年に渡って使い込まれたような細かな傷や擦り切れがあった。

 特にあの大悪魔ヤルダバオトに通じたと言う弓は、ルーン文字が擦り切れるほどなのだから、さぞかし歴史が深いものだろうと勝手に勘違いしていたし、ラケシルにもそう説明した。

 しかしよく考えれば、説明文にはそうした記述はなかったように思う。

 だが、そうでなくてはあり得ないと思ったのだ。

 現在の職人が作る最高級の武具よりも、過去の偉人あるいは神が自ら手掛けたとされる歴史のある古い武器の方が──特に魔法武器やルーン武器など──強力な物が多い。

 伝説もしくは神話の武器と呼ばれ、市場には出てこない物もそうだ。高名な冒険者たちが大冒険の果てに入手することがあるが、そうした物はどんなに金を積もうと決して手放そうとしない。

 そしてその強さは、現在作られている武器の常識から総じて逸脱している。だからオスクは勝手にアインズの武具が古いものだと勘違いしていたのだ。

 だがもし違うのならば。

 

「違いますよ。あれらは私が契約している鍛冶師が作り上げた武具に、私がルーンを刻んだ物が殆どです。今でも実戦で使用しているので多少傷ついてはいますがね」

 

「ル、ルーンを自分で、ですか?」

 

「……ええ、まあ。ドワーフのルーン工と私は独占的な契約を結んでいましてね。彼らが復活させたルーン技術を私が改良を加え、通常の物より効果の高い品に仕上げているのです」

 

「頼む! いや、頼みます。ゴウン殿、その鍛冶師とルーン工匠を紹介していただきたい! 金ならいくらでも払う!」

 思わず大声が口から出ていた。

 周囲の視線が強くなる、貴族たちなどは金に物を言わせようとする自分を下品な男だと蔑んでいることだろう。

 だが、こればかりは譲れない。

 先ほどまではあそこの武具を手に入れられればと思っていたが、新たに作れるというのならそちらの方が良いに決まっている。

 何故なら今武王が着けている物は、彼専用に作られた物ばかりだからだ。古い方が強いという認識の逆を行く考えだが、如何に強力であろうと、武王が装備できなかったり、できても戦闘スタイルと合わない武具では結局意味がない。

 それならば彼専用に作った現代の武具の方がマシ。という考えから、今の装備を着けさせていたのだ。

 あそこにあった品々も、武王の戦い方と完璧に合う物はなかったが、それでも今の装備より上と判断したのだ。

 しかし、あのレベルの武具を新たに、それも武王に合わせて作ることが出来れば、その時こそ、この世の誰も敵わない最強の戦士が誕生することになる。

 

「ほう。何故そこまでして武具を求めているのですか? 失礼だが、貴方は戦う人間ではない。ただ飾るための武具がご所望ならば──」

 

「違う! 私は最強の戦士を作りたいのです。それが私の夢。武王、いやゴ・ギンを最強の戦士にするためにどうしても彼専用に作られた武具が必要。だから頼む。私の夢を叶えさせてくれ!」

 途中から言葉遣いが商談相手に対するそれではなくなっていたが、アインズは特に気にした様子も見せずに頷いた。

 

「……夢、ですか。ふむ、なるほど。ですが先も言ったように、私が提供している武具を作る職人もルーン工も、魔導王の宝石箱と独占契約を交わしている。いくら紹介したとしても契約上、オスク殿が望む武具は作っては貰えないでしょう」

 

「そんな!」

 

「ですが。その夢とやらには興味がある。実はまだ企画段階なのですが、今までのように出来上がった武具を売るのではなく、私が直接契約している冒険者や魔法詠唱者(マジック・キャスター)それぞれに合わせた武具を作る、いわばオーダーメイド方式での武具の販売も検討していましてね。私の願いを聞いてくれた後ならば、武王をその最初の客にしても構いません」

 

「願い? 私に叶えられることでしたら、どんなことでもします」

 

「では。私、いや私の知り合いを貴方の興業に参加させていただきたいのです。そして出来れば武王と戦わせたい」

 

「武王と? それはもしや、あのデス・ナイトですか?」

 水晶の画面(クリスタル・モニター)に映っているアンデッドの騎士を指さす。

 全ての魔獣を斬り伏せ、勝利の雄叫びを上げている様が見て取れた。

 しかしアインズは首を横に振る。

 

「いや、あれではない。私が契約している冒険者に漆黒という冒険者チームがいる」

 

「アダマンタイト級冒険者の漆黒の英雄。彼が戦うというのですか?」

 突然、エ・ランテルに現れ、数々の偉業を成し遂げて最高位冒険者に上り詰めた英雄の話は当然オスクも知っている。

 特に漆黒の英雄モモンは、一切魔法を使わずにギガント・バジリスクはおろかフロスト・ドラゴンの群れすら屠ったと言うのだから、剣と剣、拳と拳によるぶつかり合いを好むオスクの考え方とも合致する。

 それを出してくれるというのなら、こちらから願い出たいくらいだ。

 その上武王専用の武具まで作ってくれるというのなら、こちらに得しかなくて怖いほどだ。

 何か裏があるのでは。と少し冷静になった頭で考える。

 

「いや、違う。彼の強さは既に完成されている、それに闘技場での戦いとは、お互いの強さが拮抗していなくては楽しめないでしょう?」

 

「……それは、どちらの意味ですかな?」

 モモンの方が上と言いたいことはわかっていたが、敢えて問いかける。

 自分の夢である武王がバカにされた気がして少々不快だった。

 しかしアインズはそれには答えずに、話を続ける。

 

「実は私もオスク殿と似たようなことをしているのですよ。つまり自分ではなく、代理となる者を鍛え強くすることに喜びを感じる。まあ私の場合は武具の実験も兼ねているので夢とまでは行きませんが。そうして力を付けた者の実力をそろそろ試したいと思っていたところでしてね。武王相手ならば、まあ丁度良いでしょう」

 

「なるほどなるほど。随分と自信がお有りのようだ。構いませんよ、武王はチャンピオンだ、戦いからは逃げません。先ほどのお約束を叶えてくれるというのであれば、最優先で武王との戦いを組みましょう。会場は帝国の闘技場でよろしいですか?」

 あの画面に映った闘技場でなくて良いのかという意味だ。

 帝国が威信を持って作り上げた闘技場と遜色のない作りの闘技場にも実に興味がある。

 

「ああ、残念ながらあれは遠い地にある、私が個人で所有している物でして。普段は先ほど言ったように武具や魔法の研究や威力を確かめるための施設として利用している物で、観客を招く場所ではありませんよ」

 

「な、なるほど。個人で闘技場を……」

 あれほどの規模の闘技場を個人所有し、なおかつそれを誇るでもなくさも当然と語ってみせる。会話を重ねる度に、この男の偉大さを宣伝する役割を押しつけられているような気さえしてくる。

 いや、事実そうなのだろう。

 パーティーの場であっさりと具体的な商談を始める様や、アインズにとって大した利益のない条件を提示することも含めて、自分の持つ力をアピールするための行動に違いない。

 

「そ、それで戦う相手というのはどなたですかな? 興行を成功させるためにも事前に簡単なもので結構ですのでプロフィールをいただけると有り難いのですが……」

 

「その前に確認するが、戦う者は人間でなくても問題はありませんね?」

 

「ええ、勿論。亜人や魔獣、モンスター、アンデッドでも構いませんとも」

 武王のことを知らないのか。と言いたい気持ちを抑えて告げる。

 八代目武王は、ウォートロールという亜人の一種だ。

 生まれながらにして人間より遙かに勝る身体能力を持つ亜人が、勝つために技術を磨き上げ、戦士として完成した存在。それが最強の武王であるゴ・ギンなのだから。

 

「では、改めて推薦しましょう。戦うのは、かつてこのトブの大森林の一角を治めていた森の賢王。現在はモモンの騎乗魔獣として漆黒の一員でもある魔獣です」

 オスクと共に闘技場の映像を観戦し、こちらの様子を窺っていた貴族たちがおおっ。と感嘆の声を上げる。

 その名はオスクも知っている。

 何百年もの時を生きたとされる伝説の魔獣は普段は縄張りの外には出てこないが、その力は凄まじく、姿を見て生きて帰った者はいないとされるほどだ。

 そんな大魔獣を服従させて、騎乗魔獣にしていることも漆黒の英雄モモンの成し遂げた偉業の一つ。

 まさに武王の相手としては申し分ない。

 いや、その魔獣がモモンに負けているというのなら、武王ならばきっと勝ってくれるに違いない。

 

「いいでしょう。伝説の魔獣と最強の武王、これほど盛り上がる組み合わせはありません。しかしよろしいのですかな? こちらには得しかありませんが」

 本来このような事を聞くのは商売人としてどうかと思うが、上手すぎる話には裏があるというのは良くある話だ。

 これを聞いた反応で、何か考えがあるのか確かめたい。

 

「こちらにも利益はありますよ。それに……自分だけでは叶えられない夢を実現させる手伝いをする。それは我々魔導王の宝石箱の本懐でもあり、また私にしかできないことだと自負しております。もっともそれ相応の報酬は必要ですがね」

 一度言葉を切り、ははは。と軽く笑いながら、アインズは改めてオスクに告げる。

 

「では正式な契約は後ほど帝都の店舗で交わしましょう。お待ちしていますよ」

 

「ええ。楽しみにしています」

 なるほど。とオスクはアインズが何をしたかったのか理解した。

 やはり自分は宣伝役だったのだ。個別のニーズ、いや夢を叶える手伝い。相応の金銭と引き替えではあっても、アインズの持つ力をこれほど見せつけた後でこう言われれば、金を持った貴族たちはそれぞれ自分の夢や欲望を叶えるために、アインズの元に皆殺到するだろう。

 当然先ほどの貴族を蔑ろにした無礼などそれを天秤にかければ些細なことだと忘れて。

 貴族ではなく商人である自分を第一号にあえて選んだことで、王族や大貴族でなくともそれが可能だと知らせるための広告塔だ。

 だがそうであっても自分に損があるわけではない。想定とは違ったが、むしろ想定以上の結果に繋がった。

 これまでにない最高の対戦カードが実現できた上、武王を最強の戦士とする夢まで叶えられるのだ。その為ならば広告塔にでも何にでもなってやろう。早速自分に話を聞きたがっている貴族たちにこちらから接触すべく、オスクは行動を開始した。




この話では実は一度も登場していないハムスケですが、この話でも武技を覚え防具も装着できるハムスケウォーリアとして成長しています。戦士職も取ったのでレベル的には多分武王と互角くらいでしょう。闘技場での戦いはその成果の確認と宣伝を兼ねていますが、この話の中で実現するかは不明です

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