オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

89 / 114
第七章は今回で終わりとなります
章題が宣戦布告なのに、内容はどちらかというとパーティー編みたいでしたがこの章での最終目標が宣戦布告だったのでこうなりました


第89話 宣戦布告

 アインズを伴い会場に戻ってきたジルクニフの表情を遠くから見ていたカルカは、どこか違和感を覚えた。

 余裕を持った薄い笑みを浮かべているのはあくまで演出であり、内心では何を考えているかよく分からない危険な男。カルカの親友であるケラルトが生前、ジルクニフのことをそう評していた。

 しかし今の彼からは、そうした演技めいたものを感じない。

 アインズの横、正確には僅かに後ろを歩く様は、対等な友人というよりは自分とケラルトやレメディオスのものに近い気がした。

 カルカは二人のことを対等な友人として見ているつもりだが、二人は例え周囲に誰もいなくても、王と臣下という一線を越えることはしなかった。

 何故、ジルクニフとアインズを見てそれを思い出すのか。それも、ジルクニフではなくアインズの方が主であるかのように思うのか。

 そんな思考も、二階から続く階段の踊り場で足を止めた二人の行動によって一時中断する。

 パーティー終了の挨拶だろうか。

 しかし、時間はまだ残っており、ジルクニフが一緒にいる理由も思いつかない。

 そんなことを考えていると、踊り場中央からジルクニフが一歩前に出て、その瞬間会場の明かりが消え、同時にアインズが挨拶した時のようにジルクニフのみが照明に照らされた。

 

「何でしょうね。カルカ様」

 

「……レメディオス、少し近づきましょう」

 暢気な声を出すレメディオスに、そう告げてカルカは歩き出す。

 どうにもイヤな予感がする。

 ジルクニフが何か重要な話をする気なら、傍にいなければ素早く行動を起こすこともできない。

 

「私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。本日は我が友であるアインズに無理を言ってこうした場を受けさせて貰った──少々お時間を頂戴したい、よろしいか?」

 一度言葉を切り、反応を待つような間を空けるが当然反対の声を上げる者などいるはずがない。帝国貴族はともかく、王国や聖王国の者ならば何かしら言っても良いはずだが、これだけの力を見せつけたアインズが共にいて許可を出している以上、余計なことを言ってアインズの顰蹙を買うのも困ると言ったところだろう。

 カルカがいつでも階段に上ることが可能であり、けれど目立ちにくい端の方に移動すると、先ほど別れたランポッサも遅れて到着した。

 同じことを考えたようだが、その表情が暗いのは照明が落ちているからではない。

 先ほどアインズから相手にもされなかったことを未だ気に病んでいるのだ。

 それを理解すると、カルカも心を痛める。

 王国の現状はカルカも把握している。

 帝国の侵略に加えて、国内も派閥争いや八本指なる非合法な商いを行う大規模犯罪シンジケートが幅を利かせて、国力を落とし続けている。

 そんな中でも王を始めとした一部の王侯貴族が必死になって国を立て直そうとしている。

 その彼らにとってアインズの力は最後の希望だったに違いない。

 それを自分が邪魔をした。

 聖王国をヤルダバオトの手から救い出してくれたのは、アインズとモモンの力が大きいが、その提案をしてくれたのは、王国の第三王女ラナーだ。

 つまり間接的に聖王国は王国の王女によって救われたと言っても過言ではない。

 自分はその恩を仇で返してしまったも同然だ。

 

(いえ。だとしても、私はもう止まれない。もう二度とあんな地獄を見たくはないから)

 そのために、自分はどんな手段も使うと決めたのだから。

 血が滲みそうになるほど唇を噛みしめ、意図的にランポッサを視界から外し、ジルクニフに改めて目を向けた。

 

「……感謝する。諸君等はかつて帝都に出現し、暴虐の限りを尽くした悪魔、ヤルダバオトのことを知っているだろうか」

 

(何故、今その話を?)

 先ほどまで自分が考えていた、あの悪魔の名が告げられカルカは反応する。

 隣ではレメディオスも憎々しげに表情を歪めていた。

 

「私とアインズが初めて出会ったのは、ヤルダバオトが帝都に現れた動乱の最中だった。そこで私は彼の力を借りてあの悪魔を撃退した。だが、奴の残した爪痕は大きい。帝都は復興が終わらず、一万を超える帝国の臣民は未だ行方不明。そしてその目的は、たった一つのマジックアイテムを奪う事だったという。それだけのためにあの動乱を引き起こしたヤルダバオトを私は決して許しはしない」

 アインズとの思い出を語り、自分とアインズが如何に親密なのか話すつもりだろうか。

 だが、何故復興状況や犠牲になった者の数まで語るのか。

 帝都での動乱の件はジルクニフの卓越した情報統制により、帝国外に殆ど広まらず、カルカも詳しく知らなかった。

 だからこそ聖王国に現れたヤルダバオトに対する初動が遅れたとも言える。

 そのせいでケラルトが殺され、自分も捕らえられ地獄を味わわされたのだと思うと、いくら筋違いだと頭ではわかっていても怒りすら湧いてくるほどだ。

 そうまでして隠した国内の被害状況を今更語る意味はない。

 

「そのヤルダバオトは聖王国で、こちらもアインズによって討たれた。私はその件でもアインズに感謝している。我が帝国を蹂躙した悪魔を滅ぼしてくれたことで、帝国の仇も討ってくれたのだ。だが、まだ責任を取るべき者が存在している。アインズ……頼む」

 

「はい。皆様、こちらをご覧下さい〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉」

 魔法の詠唱と共に空中に画面が浮かび上がる。

 映し出されたのは森の中にある二つの人影。

 どちらも見覚えがない。

 いや片方はどこかで見た気がする。

 それもこの会場内でだ。

 

「カルカ様。あれは確か、王国貴族の護衛に付いていた者です。なんだか動きが妙だったので記憶に残っています」

 

「妙?」

 

「盗賊というか斥候というか。ネイアみたいな動きですね。ネイアよりはかなり強いですが、直接戦えば私の敵じゃないですし、敵意もなかったので放っておきましたけど」

 そう言うことは言ってほしかった。と思うが、彼女にはアインズを信頼していると見せるためにあえて、護衛としての警戒度を下げるように命じていたので今回ばかりは仕方がない。

 

「彼らはスレイン法国の特殊工作部隊、六色聖典に所属する者たちだ。この会場には法国の人間は招待されていない。だというのに何故彼らがこのようなところにいるのか。答えは一つ。ヤルダバオトが探していたマジックアイテムはその後アインズに譲渡した。奴らもまたヤルダバオトと同じく、それを奪うためにこの地に現れたのだ。彼らがいる場所はトブの大森林の東側。つまり我が帝国の領土であり、現在アインズに貸し出している土地。当然、私は入国許可を出してはいない」

 マジックアイテムと聞き、ネイアから聞いたヤルダバオトが語った言葉を思い出す。

 聖王国の前に帝都を襲ったのは大量の悪魔を召喚する悪魔像のマジックアイテムが目当てであり、初めはその悪魔を生け贄に神を復活させるはずだったが、アインズの活躍によってそれが失敗に終わったために、代わりに亜人の軍勢を作りだし聖王国を狙ったというものだ。

 ざわざわと招待客が動揺し始める。

 突然語られる言葉を正確に理解している者は少ないだろうが、法国の者が敵意を持ってこちらに攻め込んできていることだけは理解したといったところだ。

 しかし、カルカはそちらの心配はしていない。

 

「皆様ご安心を。奴らは我々魔導王の宝石箱が誇る防衛設備に阻まれ、既に撤退しております。この映像は過去のものです。そして、その際にこの者たちが口にした会話を今ここで流します」

 アインズがそう言った時になって、ようやくカルカはジルクニフとアインズが何をしようとしているのか気が付いた。

 

(まだ復興も終わっていないと言うのに)

 本当はもっと後、聖王国の復興が一段落してからになる予定だった。

 

『そのような話。信じられません。あの悪魔が六大神に仕える従属神などと』

 

『ですが事実です。ヤルダバオトは光の神、アーラ・アラフ様の従属神。そしてかの神を現世に再降臨させる生け贄の儀式として、アベリオン丘陵の亜人どもと聖王国の民を犠牲にしようとした。残念ながらそれは阻まれてしまいましたが、だからこそ。かくなる上はその悲願を今度は我々の手で叶えなければならない。そのために、ここに保管されている悪魔像のアイテムが必要だったのですが……予想以上に防衛力が高い。ここは一時退却し最高執行機関の指示を仰ぐ必要があります。帝国の皇帝との会談はもはや不要です。貴方も準備を』

 二人の男が口にした会話が流れ、会場内は一気に静まり返った。

 

(ネイアの話していた内容とも一致する。間違いない、本物ね。やはり法国とヤルダバオトは初めから結託していた。話からすると、上層部だけが知っていたということかしら)

 

「聞いて貰ったとおりだ。法国は人類の守護者などと嘯き、その実悪魔と結託し、自分たちの神を復活させるために聖王国や帝国を犠牲にした。こんなことは決して許してはならない。だからこそ、私はここに誓う。必ずや法国の野望を打ち砕く。相手が本当に従属神や神であったとしてもだ。これは人類の存亡が懸かった戦いとなろう。そのために国の垣根を越えて皆の力を貸して頂きたい」

 ジルクニフの最後の言葉を聞いてカルカは驚いた。

 自国の者だけではなく、他国にまで力を借りようとするとは、ジルクニフらしくない。

 それほど法国が強力な存在だと理解しているということか。だがこれは本来悪手のはずだ。

 そもそもヤルダバオトの件は既に終了し、その悪魔像のアイテムも帝国ではなく、現在はどの国にも所属していないアインズの元に保管されている。

 帝国が主導となり、それもこんなに急いで法国に戦争を仕掛ける意味がない。

 何か急がねばならない理由があるのか。

 一度様子を見るべきか。と動き出しかけた足を止めるが、その前にジルクニフの視線がこちらに向けられた。

 その視線の示す意味など言うまでもない。

 ここでカルカが動かなければ、聖王国の民が納得しない。

 この話は遠からず聖王国にも伝わるだろう。そうなれば民はあの一件の黒幕が法国であると理解する。

 それなのにここでカルカが動かなければ、国民の不満は法国だけではなく、カルカにも向かいかねない。

 

(それも見越して、この場で動いたのね)

 表情を引き締め、一歩前に進む。

 ランポッサの横を通る際、彼の表情に喜びが入っていることに気が付いた。

 確かにこの場において、王国だけは法国と敵対する明確な理由がない。

 それどころか、帝国が法国と戦争を開始すれば王国との戦いは一時的な停戦、あるいは休戦をする必要がある。それも帝国側からの申し込みとなれば、その交渉の主導権は王国が握ることができ、本来あと少しで帝国に併呑される寸前にまで落ち込んでしまった国力を回復させられる条件を突きつけることができる。

 今の今まで国家存亡の危機に晒されていたところでこの逆転劇が起こったのだから、笑みの一つも浮かべたくなるだろう。

 そのまま階段に向かうと、自分の頭上にも照明が当たる。

 その熱を感じながら、カルカはジルクニフの横に並び立つ。

 互いに一礼し、ジルクニフが一歩下がった位置に自分が立つと、周囲を見回して再度礼を取る。

 

「ローブル聖王国、聖王女のカルカ・ベサーレスです。お聞きの通り、我が国もあの忌むべき悪魔、ヤルダバオトによって大きな傷を負いました。数多くの家族や友人を失った痛みは未だ根強く残っています。もちろん私自身も、あの戦いで多くの大切なものを失いました。そして今、私たちはそうした過去を背負い、乗り越えようとしています。けれど、本当に法国がヤルダバオトと結託し、あの戦いを引き起こし、今なお神の復活を目論見、私たちの平和を脅かさんとするのならば、我々ローブル聖王国もまたバハルス帝国と同盟を結び、スレイン法国の野望を阻止するため立ち上がることを、ここに宣言いたします」

 一気に全てを語り終える。

 帝国と異なり、未だ完全な一枚岩とは言えない聖王国は、本来カルカの一存で全てが決定できるわけではない。

 だからこそ、ここに来ている聖王国の貴族たちが余計なことを言う前に宣言しなくてはならなかった。

 案の定、聖王国の貴族たちからは何か言いたげな沈黙こそ感じるが、それをはっきりと言葉にする者はいない。言うまでもなく帝国、そしてその帝国に力を貸すであろうアインズに睨まれるのを恐れているのだ。

 

(これで今回は王国の一人勝ちね。いえ、本当の勝者はアインズ様かしら)

 本格的な戦争となれば、アインズの持つ戦力だけではなく、武具やマジックアイテム。そして大量の食料を運ぶための輸送手段が必要となる。

 勿論、魔神すら打ち倒したアインズ個人の力もまた、法国打倒のために必須となるだろう。

 それらによる利益は莫大なものとなる。

 このような事態になるなど、このパーティーに参加した時には思いもしなかった。相手は近隣諸国最強の軍事力を誇る法国。

 そして場合によってはあのヤルダバオトのような魔神、もし復活を止められなければ、それをも凌ぐ力を持つとされる神すら相手にしなくてはならなくなるのだ。

 アインズの力に加え、帝国と手を結ぶと言っても、二国はヤルダバオトの件で未だ傷ついている。

 そして王国はこの時点で動かず、勝ち馬に乗るために静観を貫くだろう。

 

(厳しい戦いになるかも知れない)

 既にカルカがアインズに全てを賭けている以上。そのアインズがジルクニフに手を貸すのならばこちらも合わせるしかない。だが、やはりもう少し時間が欲しかったのも確かだった。

 

「……私も乗ろう」

 だからこそ、その言葉が聞こえた時は驚愕した。

 先ほどの喜びがどこに消えたのか、只でさえ血色の悪い顔を土色に染めた王国の王、ランポッサ三世がゆっくりと階段に足を掛けていたのだから。

 

 

 ・

 

 

「ラナー、貴方の言った通りよ。例のモチャラスとかいう貴族。八本指と通じていたわ」

 

「やっぱり……」

 頭に手を当て、深く息を吐く──という演技を行いながらラナーはちらりと自分の横に意識を向ける。

 ラナーを案じ、心配そうな顔をしているクライムの目を見てみたいところだが、今は我慢だ。

 

「でもよく分かったわね。大貴族の息子でもなく、まして後継者でもなかった男の企みなんて」

 

「以前の舞踏会です。あの時、彼はゴウン様に取り入ろうとしていたけれど、簡単に袖にされていました。その後様々な貴族に取り入ろうとしていたけれど相手にもされていなかった。その中で唯一話を聞いていたのが──」

 

「八本指の息の掛かった貴族だったと。なるほどね。その上、家を継ぐはずだった嫡男に加えて、当主までも突然病死してとんとん拍子で領主に成れたとなれば、その病死にも八本指が関わっているのは間違いないと。最近は帝国に食指を伸ばしてこっちでは大人しくしているかと思ったら……嫌になるわ」

 帝国でやればいいものを。と言いたいのだと理解する。

 ラキュースは本質的にはいわゆる善人であり、人身売買や奴隷、麻薬に違法な娼館の存在などを蔓延させる八本指に強い怒りを抱いている。だが同時に、貴族的な冷静さ……いや、冷酷さも持ち合わせている。

 感情的には否定したいが、八本指を完全に消滅させられないのならば、せめて王国ではなく、帝国で活動しあちらに被害を出して貰いたい。と考えている。

 だからこそ、以前八本指が地下に潜り、そのまま帝国で活動していると分かった段階で大人しく手を引いたのだ。

 それが再び王国を荒らそうとしていると聞けば、今度こそ、と意気込んで必死に動いてくれることは理解していた。

 

「でもその男を領主にして八本指は何をしようと言うのかしら」

 

「それは──」

 ちらりと部屋の扉に目を向ける。

 人に聞かれてはならない話をするのだというアピールに、ラキュースは無言で頷き、一緒に来ていたティナを見た。

 こちらもまた無言で頷いた後、扉の近くまで移動する。

 これで外からの盗聴の心配はない。

 とは言え、彼女にも気取られていないが、ラナーの影にはデミウルゴスから貸し出された悪魔が今も居て話を聞いているのだが。

 本来はもっとゆっくりと動く手筈であり、ここでの会話もフィリップと八本指の繋がりを示し、改めて八本指を探らせ、その調査の中で偽りの証拠を見つけて貰うはずだった。しかし、つい先ほど突然作戦変更が伝えられ、それらの過程を全て飛ばす必要が生じたのだ。

 

「これはザナックお兄様から聞いた話ですが……以前より八本指のいずれかの部門から、バルブロお兄様にお金が流れているそうです」

 

「なんですって!?」

 立ち上がるラキュースに、心底申し訳ないというような顔を作り、ラナーは下を向く。

 王家の者が犯罪組織である八本指と繋がっている。貴族との繋がりはもはや公然の秘密だが、王家、それも継承権第一位のバルブロと繋がっていると知られれば、国内だけではなく他国との外交面でもそのダメージは計り知れない。

 ザナックとしてはバルブロを追い落とすための手札として使用するだけで、外に漏らすつもりは無いのだろう。だがそれを知らないラキュースからすれば、これ以上無い不祥事だ。

 そして王家の一員として、そんな問題を起こした者を兄に持ったことを恥じ、申し訳なく思っている。これはそんな演技である。

 

「あ、ごめんなさい。ラナーを責めているわけではないわ。でも、それが本当に真実だとしたら、確かに周囲にはとても言えないわね」

 ここでもラキュースの貴族としての側面が役に立つ。

 王家に連なる者が犯罪組織に荷担していると知れば、正義感の強い者ならそのことを糾弾すべき、と言い出しかねないが、ラキュースならばその心配はない。

 

「八本指はそれを手札に王家を脅そうとしていると?」

 

「もう事はそんな単純な問題ではありません。八本指の目的は戦争を起こすことです」

 

「戦争? ……もしかして派閥紛争のこと?」

 王派閥と貴族派閥とで国を二分して争う内乱。ラキュースもこの国がその方向に傾いているのは知っているはずだ。

 戦争が起これば八本指のいくつかの部門に大きな利益が生み出されると考えたのだろう。

 しかし、ラナーはそれを否定する。

 

「いいえ。法国と王国よ。八本指は法国とも繋がっている」

 その言葉を口にした瞬間、ラキュースは大きな瞳を何度か瞬かせてから、声を落とす。

 

「待って。どうしていきなり法国が出てくるの? 法国は人間同士の争いを特に嫌っているはずでしょう?」

 法国は、人間以外の殲滅を国家の目的として大々的に宣伝している。ゆえに他国であろうと人間同士の戦いを極端に嫌い、どうしても戦争をしなくてはならないのなら、どちらかに肩入れしてさっさと戦争を終わらせようとする。

 以前は王国に肩入れしていたが、この国の腐敗を知り、帝国に鞍替えを始めた。そのために戦争の際、帝国に被害をもたらすガゼフを暗殺しようとしたのだ。

 その法国が自ら戦争を起こそうとするなど考えられない。とラキュースは言いたいのだろう。

 

「ええ。本来であればその通り。でも、これもまだ大きな声では言えないのだけれど、お父様を初めとして王派閥の者たちは魔導王の宝石箱を国策に取り込んで、仕事を発注することを決めたわ。そのために今お父様自ら魔導王の宝石箱に乗り込んでいるの」

 

「例のパーティーね。むしろ当然、というか遅すぎるくらいよ。法国はそれが気に入らないと? でもどうして──」

 自分で言いながらその答えに気づいたらしく、ラキュースは表情を硬くする。

「ゴウン殿のアンデッド? あれが気に入らないのね」

 

「そう、それも理由の一つ。法国としてはアンデッドを受け入れることも、それを使って他国が法国以上に発展することも許せないのよ。そうなっては自国の優位性が失われるから」

 

「呆れた。何が人類の為よ、ヤルダバオトと結託してあんなことをしでかした国ならそれぐらいはしてもおかしくはないけど。そのために犯罪組織である八本指と繋がるなんて──そうか。盗みの神も元々は六大神の従属神」

 法国が自ら仕える神のためならばどのようなことでもするのは、他ならぬラキュースが聖王国で体験した通りだ。

 もっともそれも結局はアインズたちの策略であり、法国は麻薬を蔓延させて人間を堕落させる八本指の存在を疎ましく思っているはずだが、それを証明することはできない。

 

「ええ。つまり法国と八本指は同じ神を信仰している。今思えば八本指が王国でのみ活動して国力を落とそうとしていたのもそれが原因かもしれないわ。こちらの力を削ぎ、帝国に併合させようとしていたのよ」

 ラキュースは納得したように頷いてから、ふと思いついたように問う。

 

「でもそれならどうして八本指はその後帝国に?」

 そう。八本指は魔導王の宝石箱が本格的に開店する前に、あっさりアインズに取り込まれ、その後は王国ではなく帝国に活動の場所を移していた。

 もし今言った内容が事実であれば、その動きはおかしい。

 だがそれについても言い訳は用意されている。

 

「それが八本指と法国の繋がりを示すもう一つの根拠。恐らくはラキュースの言っていた例のヤルダバオトの目的を達成する為ね。聖王国では人と亜人を生け贄にしようとしていたそうだけれど、帝都では悪魔像を使って召喚した悪魔を生け贄にするつもりだった。それを探させるために八本指を使っていたのではないかしら。やはり法国にとっては神の復活が第一の目的ということなのでしょうね。そしてそれが王国を狙うもう一つの理由に繋がるわ」

 

「そうか。戦争を起こせば王国の民の命で神の復活を狙える」

 

「ええ。恐らく法国の計画はこう。法国は王派閥がゴウン様と手を結ぶ前に、貴族派閥と手を結び王国に戦争を仕掛ける。モチャラス男爵の役割はバルブロお兄様と法国を結ぶことでしょうね。流石に法国が直接お兄様に会うことはできないから」

 

「貴族の三男ではあれに会うことはできないけど、領主にした上で八本指の後ろ盾を使えば会うことが可能になる。あれはその為の駒」

 無言で頷き、続ける。

 

「それが実現すれば、法国が戦争を仕掛けてきたタイミングで貴族派閥を動かすことができる。法国と貴族派閥によってお父様たちは挟撃されることになります」

 貴族派閥の盟主であるボウロロープ侯の治めるリ・ボウロロールは、ランポッサがいるリ・エスティーゼの北東に位置する。

 対してスレイン法国は、王国の南方だ。

 その二つが同時に攻めてきたら王派閥は戦線を二つ抱えることになる。

 その上、帝国とは未だに戦争中であり、そこにジルクニフが乗れば三方から攻め込まれることになるのだ。

 そうなってはもはやどう足掻いても王派閥に勝ち目はない。とラキュースは考える。

 実際にはその帝国に加え聖王国も巻き込んだ法国包囲網を作るための策略なのだが、彼女がそれに気付くことはないだろう。

 

「そうして早期の内に戦争を終わらせ、バルブロお兄様を王位につけ、法国の操り人形にする。神の復活が目的でも、単純に王国を自分たちで操るためでも、どちらにしてもそれは王国の平和には繋がらないわ」

 

「私もそう思う。教えてラナー。私はそのために何をすればいいの?」

 本当に分かりやすいほど簡単に踊ってくれる。

 いつかデミウルゴスが、ジルクニフを指して中途半端に賢い者の方が行動が読みやすくて助かるというようなことを言っていた。

 そのジルクニフも今頃、アインズとデミウルゴスが作った策に踊らされていることだろう。

 そしてラナーにとってはラキュースがそれだ。

 どう言えばどう動くかを見抜くのはたやすい。

 

「法国からすれば、戦争が始まる前にお父様がゴウン様と懇意になって先ほど話した国策としてのゴーレム借り入れを正式に契約させたくはないはずなの。そして今回のパーティーに出席している数少ない王国貴族の中に、法国との繋がりが疑われている方がいます」

 

「邪魔をしてくるって事?」

 

「そうかも知れないし、もっと大胆な……それこそその場で騒ぎを起こしてパーティー自体を台無しにして、王国とゴウン様との関係を完全に修復不能にするとか。そうした手段に打って出るかも知れないわ」

 

「今までの話を聞くとそれぐらいやってもおかしくはないわね」

 元から罪無き亜人をも殲滅する法国のやり方を気に入っていなかった事に加えて、ヤルダバオトの件や八本指と繋がりを匂わせればラキュースはそう判断する。

 

「今からでは普通に連絡しても間に合わない。確かイビルアイさんは、一度行ったことのある場所には転移の魔法で移動が可能だと言っていましたよね? この話を一刻も早くお父様に伝えてほしいの。ここに私の考えを纏めた手紙を用意したから、これをお父様かレエブン侯に渡して。そして騒ぎを起こされる前にその方を秘密裏に捕らえて貰いたいの。この手紙にその許可も出して頂けるように書いてあるから」

 このまま何もしなければ帝国と聖王国が動いても、王国だけは戦争に参加しない自由が存在する。

 今後のことを考えれば参加した方が良いに決まっているが、日和見主義のランポッサならば、そんな愚かな選択をしかねない。

 だからこそ、この手紙によってランポッサを動かす。

 バルブロが既に法国と繋がっている。と示唆することで、このままバルブロを切り捨てなかった場合、最悪王国が法国の味方と認識され、帝国と聖王国そして今頃その力を存分に見せつけられたであろうアインズとも敵対することになってしまう。そうならないように、最低でも王派閥は法国とは関係がないと周囲に示す必要が出てくる。その為には戦争に参加するしかない。

 アインズはそれが望みだ。自分たちは表に出ずに人間の手によって法国包囲網を作り上げ滅亡へと導く。その結果人間側にどれほど被害が及ぼうと関係がない。

 むしろその被害によって、今後人間がアインズに依存しなくては生きていけない下地作りをする狙いもあるかも知れない。

 ともあれこれで自分の仕事はだいたい終わりだ。突然変更を通達された時は驚いた。これもまたラナーを試すためのものだったのか、それともアインズたちにも何かしら予定外の事態でも起こったのだろうか。

 どちらであれ、ラナーはデミウルゴスから知らせを受けてからの短時間でこの話をでっち上げ、法国との戦争に王国を巻き込む手はずを整えた。

 以前、アインズを試してアルベドやデミウルゴスの顰蹙をかった件に関してはこれで挽回できただろうか。

 

「分かったわ。任せてちょうだい」

 手紙を受け取り、力強く頷いて部屋を出ていこうとするラキュースの背を見送る。

 

(あとは今後これをどう使うか。そのうち始末して貰っても良いけれど……)

 今の調子で使い続けていては、八本指と法国、そしてヤルダバオト。この辺りの繋がりが露見しないとも限らない。

 そうならないようにするには、手っとり早く消した方が良い。

 そうなれば、頼りになる友人が死んでしまった可哀想な自分のために、クライムはきっと今まで以上の努力をしてくれることだろう。

 その方向で話を進めようかと考えていると、扉を開け、ラキュースとティナを見送るクライムの姿が目に入る。

 

「よろしくお願いします。アインドラ様」

 頭を下げるクライムの拳は強く握られていた。

 主の危機にこうして見送ることしかできない自分のふがいなさを悔やんでいるのだろうか。

 

(ああ、こっちも良い)

 今後自分は、法国との戦争より先に起こる内紛で狙われる立場となる。ゆえに自身を蒼の薔薇に護衛させ続ければ、クライムのこの顔を見続けることが出来る。

 そうなれば蒼の薔薇にも別の使い道が生まれるだろう。

 最終的に王国がどうなろうとも、この法国の一件が終了すれば、自分はクライムとの幸せな結末にたどり着く。その時のためにもう少しアインズに贈り物をしておいた方が良いのかもしれない。

 ラナーは両手を組んで祈りを捧げる。

 例え誰の目が向いていなくとも、無辜の民を心配する優しい王女の演技を解くことなく。

 

 

 ・

 

 

「流石だな」

 ジルクニフは大して驚いた様子もなくチラリと自分に目を向け、その後アインズに顔を向けた。

 ラナーの使いだというアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇からレエブン侯に託された手紙。それによって状況が変わり、王国も静観している場合ではなくなった。

 下手をすると、先ほど侵入してきた法国の人間を手引きしたのは、バルブロ、あるいは王国貴族の可能性すらある。

 だからこそ、ここは彼らに同意し身の潔白を証明しなくてはならない。

 王国もまた法国の横暴を許さない旨を高らかに宣言し、それを確認後ジルクニフはゆっくりと動き出す。

 

「アインズ。君に立会人を頼みたい」

 ジルクニフのその言葉に一歩下がった位置にいたアインズが前に出ると、三人の顔を順繰りに見回してから静かな声で告げる。

 

「では。三国が対等な同盟関係を結ぶことを、立会人として証明致しましょう」

 アインズがそう告げた途端、周囲がざわめいた。

 当然だ。まだ何の話し合いも持たれていないというのに、三国の同盟関係を対等だと、一商人が勝手に決めたのだ。

 どの国も自分たちに有利な条件で同盟を結びたいに決まっているというのに。

 だがこれではっきりした。この同盟、音頭を取っているのはジルクニフではなく、アインズだ。

 この戦争はそもそもアインズの力なくして成立しない。つまり三国はアインズの下で同等な関係になっているといっても良い。

 しかし、何故あの実利主義の権化とも言えるジルクニフがこんな不利な条件での同盟を良しとしたのか。

 そんなことを考えている間に、件のジルクニフが前に出て告げる。

 

「異論はない」

 こういう時に権力が集中している帝国が羨ましくなる。王国ではこうはいかない、貴族派閥は言うまでもなく、王派閥からも大きな反対が起こりそうだ。

 その意味で、この会場に殆ど王国貴族が居なかったのはむしろ幸いだった。ラナーからの手紙に記されていた、王国を裏切り法国に寝返った男は既にレエブン侯の命令の下、蒼の薔薇が捕らえたと聞いている。騒ぎ出す者はいない。

 

「私もありません」

 

「……こちらもだ」

 カルカにも先を越され、最後に残ってしまったランポッサが同意したことを確認後、アインズは再度満足そうに頷いた。

 

「では。有事の際には当然我々魔導王の宝石箱も皆様に力をお貸しすることを約束いたしましょう」

 やはり、この条件を呑んで初めて自分も力を貸すと約束する。これにより、誰の目から見てもアインズがこの同盟の盟主として映るだろう。

 それだけの力をこの場で示した後なのだから、誰も何も言えない。

 

「心強いな。では、これをもって三国が対等な同盟を結び、スレイン法国に対抗していくことを、バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名の下に宣言する」

 ここでもジルクニフに先を越されてしまったが、兎にも角にもこれにより、近隣諸国最強にして人類の守護者であったスレイン法国に対する宣戦布告が成された。

 国が大きく動き、荒れる瞬間。

 自分が王位について四十年、今までも何度かこうした場面に遭遇することはあった。

 しかし、今回のそれは間違いなく自分が遭遇したものの中で最も大きなうねりとなってリ・エスティーゼ王国という国を襲うだろう

 その波に呑まれないためには、やはり彼の力が必要だ。

 招待客たちがどう反応して良いのか分からずに呆然とする中で、アインズはただ一人そんな空気をものともせずに手袋越しに鈍い音を鳴らして拍手した。アインズは王たちの前に出て、招待客たちに向かって声を掛けた。

 

「それでは皆様。開店パーティーはここで終了とさせて頂きます。ただ今よりこの催しは三国の同盟結成を祝したものとなります。引き続きお楽しみ頂き、英気を養って下さい……打倒法国のために」

 恭しく頭を下げるアインズ。しかし、招待客たちは反応を示せない。

 人類の守護者であったはずの法国が起こした事件が明るみに出た上、同盟を結んだ以上、王国と帝国の戦争も休戦となる。そして代わりに始まる法国との戦争、これらの情報が何の前触れもなく一気に示されたのだから当然だ。

 ランポッサとて、現実感が無くまるで夢の中にいるかのように感じてしまう。柔らかすぎるカーペットのせいなのか地に足が付いていないような感覚にすら襲われる。

 そんな中で一切空気を読まず、気負いも無く平然とするアインズの姿に強大な嵐の中でも決して転覆しない大きな船の姿を見た。

 必ずや王国はこの船に乗り込んでみせる。そう決心しながらランポッサは無理矢理笑みを形作った。




これでこの章は終わり、次から法国編かつ最終章に入ります
とはいえこの章で、本来法国編で書くはずだった部分を色々と消費できたので最終章はそれほど長くならない……予定です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。