オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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久しぶりにナザリック側の話
ナザリックのメンバーはアインズ様が突然作戦を変更した。と皆が思っていることで、色々と作戦が変更となり忙しく働いています


第91話 守護者の提案

 存在しない胃の痛みと吐き気に襲われながら、アインズはこの時を迎えてしまった。

 デミウルゴスと一対一での作戦会議である。

 何故こんな状況に追い込まれているかと言えば、いつも通り皆が勝手に深読みしたことによるものだ。

 例のパーティーで宣言された、三国同盟による法国への宣戦布告。パーティー後そのまま本店にて、詳細な打ち合わせを三国の王たちは行った。だが正式な布告官を任命し宣言文を制作するには至らなかった。一度各国に戻り、話し合いを行う必要があったためだ。

 しかしそれは法国もまた同じであり、アインズですら寝耳に水であったあの場での宣戦布告を、法国の者が聞いたとしても直ぐに対策を立てることはできないだろう。

 それもあって、アインズは今のうちに法国との戦争をどう進めるのか考える必要が出てきた。

 

(それは良いとして。何で俺とデミウルゴスが二人だけで。いや、みんながいる方が色々と緊張するけどさ)

 思えば聖王国での作戦会議の時もそうだった。

 その時もアインズが作戦を立てるのが当然とばかりに予定に組み込まれ、その席で殆ど『流れでよろしく』と要約できる作戦マニュアルを押しつけられたのだ。

 その後、パンドラズ・アクターを巻き込んだことで、聖王国ではどうにか切り抜けることができたが、今回も同じというわけには行かない。

 何しろ──

 

「アインズ様の貴重なお時間を頂戴してしまい、申し訳ございません。ですが、アインズ様が立てられた今回の計画、ある程度の見当は付いておりますが、その全容を理解できているとは思えません。己の未熟さを恥じいるばかりですが、是非ともご教授いただきたく存じます」

 これだ。

 デミウルゴスやアルベドは何を勘違いしたのか、今回の計画その全てがアインズの手のひらの上で行われたものだと信じ込んでいる。

 以前の場合計画を立てたのはデミウルゴスだったため、アインズも自分がどう行動すればいいか尋ねる──遠回しとは言え──ことができた。だが今回は、計画をアインズ自身が考えつき、それをパーティーの中で実行に移したと思われているのだ。

 これではデミウルゴスに任せる、と言うわけにも行かない。

 だがそのデミウルゴスさえ見通せない計画とやらは、当然アインズの頭の中にも存在していない。

 あれだけ大々的に宣戦布告を成してしまったのだから、今更やっぱり少し待って。とも言えず、普段なら何とか逃げ出そうと試みるデミウルゴスとの作戦会議に臨む決意を固めたのだ。

 

「何を言っている。デミウルゴス、お前は常に私の考えを誰よりも早く理解し、行動に移してくれている。今回の件もそうだ。お前とアルベドが気づかなかったのなら、私はそのまま場を流し、法国の件は次の機会に回してもいいかとも考えていた。流石はナザリックでも一二を争う知恵者、感心したぞ」

 

「もったいなきお言葉にございます」

 胸に手を当て力強く言いながら、喜びを露わにするデミウルゴスにアインズは慌てて続けた。

 

「だ、だが! だからこそだ。先ほどお前は、私が考えた計画の全容を計り知れていないと言ったが。その全容とはどの程度なのか、つまりはお前が私の考えをどれほど読めているのか、先ずはそれを確かめたい」

 ここに話を持っていきたかった。要するに、デミウルゴスやナザリックの者たちの頭の中にだけ存在する神格化されたアインズ・ウール・ゴウン。

 その男がどんな計画を立てたと思っているのかを聞き、その上でやっぱりお前は完璧に読んでいるよ、と伝えるのだ。そうすれば今後も、デミウルゴスは俺と同レベルの頭脳を持っているから全て任せる、と言っても良い状況を作り出せると考えたのだ。

 しかし、今までその手の作戦が成功したことは殆ど無い。そのため、緊張と恐怖による無いはずの胃の痛みを必死に堪えているのだ。

 

「なるほど。かしこまりました。アインズ様が私の力を試したいというのであれば、それは私にとっても喜ばしいことでございます」

 

「うむ。では先ずは我々、いや。魔導王の宝石箱が法国との戦争でどういった行動を取るべきか、についてだ」

 何をおいても先ずはこれだ。

 知りたいことはいくらでもある。だが何よりも、アインズ自身が直接、商談という形でかかわり合いを持つ、魔導王の宝石箱の動きについて知っておかなければならない。

 最低限これだけ分かっていれば、アインズはそちらに専念することにして他のことは担当者に丸投げできる。

 後は改めてデミウルゴスに作戦を語らせて、それが全てアインズの想定通りだということにすれば良い。

 アインズの言葉を聞いたデミウルゴスは、ホンの僅かに不思議そうな表情を見せてから、口元を持ち上げ、納得したように頷いた後きっぱりと言い切った。

 

「何もする必要はございません」

 

「え?」

 

「あまりにも当然の内容を問うとは、アインズ様もお人が悪い」

 

「い、いや。お前は当然引っかからないだろうと思ったが、念のためな。考えすぎて当たり前のことを見落とすというのはよくあることだからな」

 

「そのような意図があったとは……失礼いたしました。そう言うことでしたら私から改めて説明させていただきます」

 

「うむ」

 よっしゃーと叫び出したい気持ちを必死に抑え、アインズは鷹揚に頷き先を促した。

 

「今回の戦争はあくまで人間国家同士の争いでなくてはなりません。つまり我々が主導で動いたり、直接アインズ様や我々が戦場に出向いてはならないということです。後に我々無しでは生きていけない世界をつくるためにも、出来る限り人間たちには傷ついて貰う必要があります。つまりデス・ナイトやゴーレムを必要以上に貸し出し、圧勝させることがあってはならないと言うことです」

 前半は同意するが、後半については首を傾げそうになった。

 こちらが最低でも五百組のデス・ナイトと魂喰らい(ソウル・イーター)を持っていることは知られているのだから、出し惜しみをしてはパーティーの場で支援すると告げた言葉が軽くなるのではないだろうか。

 しかし、それは態度に出さず、さもその通りだというように頷きながら続きを待った。

 

「現在魔導王の宝石箱が所有していると思われている戦力に対し、守らなくてはならない領地は広大です。アンデッドはそちらの守護に、ゴーレムは防衛専門なので、戦争に人手を取られる王国や聖王国の働き手として派遣する。この話をすれば各国は納得しないわけには参りません。その上で残った兵力を各国に分配するという名目で少数を渡した後は、それぞれの国に任せる形で問題ないかと。どうせ戦争は長引かず直ぐに終結します。それまでに出来る限り人間たちには国力を消耗して貰う必要がありますので」

 

「ほう。戦争が長期化することはないと? それは何故だ?」

 戦争が長期化する条件などアインズは知らないが、程度の差はあれ三国はそれぞれ国力が落ちた状態だ。

 対して法国は現在被害らしい被害は受けていない。となれば相手の息切れを待つため、戦争を長期化させようとしても不思議はない。

 

「これまでのアインズ様の采配全てが、法国を短期決戦へと向かわせます。まさかあれほど前からこのような状況を想定していらしたとは。流石でございます」

 

「い、いや。全てが全て私の想定通りだったわけではない。運も味方した」

 

「ご謙遜を。ですがアインズ様がそう仰るのでしたらそのように」

 まるで信じていないようだが、デミウルゴスはとりあえずそう言って説明を再開した。

 

「人間たちが戦争を長期化させるために必要なものは、何を措いても食料です。法国は西に聖王国、北は王国と帝国に囲まれ、東にある竜王国はビーストマンの軍勢に攻め込まれているため手を貸す余裕はありません。つまり全方向からの流通経路が塞がれていることになります。国内だけではいつまでも自給は出来ません」

 

「南はどうなる?」

 

「南はエイヴァーシャー大森林、現在法国と戦争中のエルフの王国がある場所です。それ以外の場所は亜人の国ばかりで人間の国はございません。法国の教義として、亜人の国と手を結ぶことは出来ないでしょう。加えて王国の八本指に命じ、既に法国から大量の食料を買い占めさせております。通常より高値を付けさせたため、戦争が起こるなど想定もしていなかった法国は喜んで売りました。それらは戦争の際、王国や帝国、聖王国に売りさばきましょう」

 八本指と聞いて、そう言えばそんな連中がいたことを思い出す。

 デミウルゴスの直轄となって以後、こちらと関わり合いが無かったために忘れていた。この言い方ではそれらも既に報告書という形でアインズに挙がっていたのだろう。

 店に関することはそれなりに精査もしたが、デミウルゴス関連に関しては、任せて問題ないだろうと放置していた。まさかそんな仕事までしていたとは。

 パーティーの場で宣戦布告をしたのは想定外だったようだが、ある程度準備が既に済んでいたからこそ、突然の決定にも対応できたのだろう。

 

「そして、ヤルダバオトを光の神の従属神としたことで、法国は神を復活させられる機会を望みます。その為には戦線を複数に分ける小競り合いではなく、短期決戦による大軍と大軍とのぶつかり合いを望むでしょう。上層部としてはどれほど被害を受けようと神の復活さえ叶えば問題ないと考えます。それが偽りの希望であったとしてもです」

 

「なるほどな。だからこそ法国は六色聖典を使ったゲリラ活動や内部工作などではなく、王国と帝国が毎年行ってきたような戦場を定めての戦いを望むということか」

 

「はい、デス・ナイトや魂喰らい(ソウル・イーター)の実力を知っている法国は、まともに戦争を行えば劣勢だと理解するでしょうが、その場で神を復活させれば戦争自体にも勝利出来ると考えることでしょう」

 確かに。もし仮に本当に神、つまりは超位魔法が使えるレベルのプレイヤーが復活したとすれば、勝利は容易だ。デスペナによるレベルダウンを受けたとしても、この世界の人間程度なら、何十万人いたところで相手にもならない。だからこそ負けはないと考え、短期決戦に出るという考えは確かにおかしくはない。

 それを全てアインズの誘導によるものだと考えている辺りは何とか誤解を解きたいところだが、どちらにしてもこれならばデミウルゴスの言うとおり、今回の計画においてアインズがすべきことは特に無いと言える。

 

 いや、違う。

 思わず気を抜きかけた自分を律する。

 神の復活の儀式などは存在しないため、六大神に関しては気にする必要がない。それでも、戦争にアインズや守護者たちが出ない以上は、やっておかなくてはならないことがある。

 クアイエッセから聞いた神人だ。

 神人は明らかにこの世界の人間としては破格のレベルを持った戦力である。それらが戦争の場に出てきたらデス・ナイト程度では相手にならず、三国同盟が敗北してしまう。そうなっては既に帝都や聖王国でアインズの力を見せている以上、何故アインズ本人が来なかったのかと非難が集まりかねない。

 つまり戦争が始まる前に、神人だけは排除しておく必要があるはずだ。

 加えて。切り札である神人を失えば、上層部はますます神の復活に固執し、こちらの思い通りに行動してくれるだろう。

 

「アインズ様。その計画を確実なものにするために、法国の最大戦力である神人を先に排除しておく必要がございます」

 

(おお。俺とデミウルゴスの考えが一致するのは珍しいな。これも俺の成長の証か)

 このまま成長を続ければ、もしかしたら虚像修正などしなくても、皆が信じる本当の支配者像を体現できるのではないか。そんなことを考えていたが、続く言葉でその考えは否定された。

 

「つきましては神人の排除を、我々守護者の手で直接行う、その許可を頂きたく──」

 

「何だと? それは……どういう意味だ?」

 思ってもみなかった発言に、椅子から身を乗り出し、デミウルゴスに目を向ける。

 珍しく、どこか緊張しているように息を呑んでから、デミウルゴスは再度口を開いた。

 

「現在法国が管理している神人は三人。ですが一人は法国内にはいないため、奇襲を仕掛けた場合、相手にするのは二人のみとなります。その強さはまだ不確定ですが、その力を知るクアイエッセによると少なくとも六大神、つまりはプレイヤーを超えはしないとのこと」

 つまりは基本は二人、なんらかの理由で残る一人が加わった場合でも、相手の戦力は最大で百レベルプレイヤーが三人と考えられる。

 六大神の残した装備の質にもよるが、完全武装した守護者全員で掛かれば勝利はほぼ確実だ。

 だが危険を冒してそんなことをする意味がない。

 もっと危険の少ない方法はアインズにだって思いつく。

 例えば、守護者を初めとしたNPCではなく、替えのきく高位の傭兵モンスターや、超位魔法などで召喚する強力な天使や悪魔を使った波状攻撃。

 全員が百レベルというのはあくまでも最悪の場合。神人にも強さの格差はあるようだし、何より相手が疲れ知らずのアンデッドではなく人間ならばゲームと違い疲労が存在し、更に魔力はこの世界に於いても──やまいこやペストーニャのように魔力を他者に直接譲渡できるスキルでも使わない限りは──時間によってしか回復しない。ならば相手が回復する前に次々とモンスターをけしかけ続ければいつかは必ず勝利できる。

 

「却下だ。お前にも策はあるのだろうが、どのような策であれ危険が全くないと言うことはない。奴らに関しては私が対応する。それ以外はお前の計画通りに事を進めよ。これは命令だ」

 彼らが自分で考えたことを命令として否定するのは、アインズとしても好きではないのだが、もうシャルティアの時のようなことは二度とごめんだ。守護者たちの性質上アインズがこう言えば反論はしてこないだろう。

 

「……承知いたしました」

 やや長い間を空け、デミウルゴスは頷いた。話はそこで一度終わる。

 その後は特に問題なく作戦会議は進み、思った以上に容易く、今後の作戦の大部分をデミウルゴスに任せることに成功した。

 結果は大成功のはずだが、アインズの心は何故か晴れない。

 デミウルゴスがアインズの部屋を後にし、一人になってからも、先ほど話も聞かずにデミウルゴスの作戦を否定したことがトゲのようにチクチクとした小さな痛みを与え続けていた。

 

 

 ・

 

 

「そう。やはりアインズ様は」

 

「ええ。場合によってはあの時と同じように……」

 

「分かったわ。では手筈通りに」

 デミウルゴスからの報告を聞き終え、アルベトは踵を返し歩き始める。

 

「アルベド。本当に良いのですか? アインズ様は命令と仰ったのですよ?」

 守護者統括ではなく名を呼ぶということは、同僚としての忠告だろう。

 対してアルベドは同僚ではなく、部下に対して、有無を言わさない笑みを浮かべて振り返る。

 

「不平を言わず従うと約束したでしょう?」

 シャルティアとの戦いに出向く主を見送った自分と、止めようとしたデミウルゴス。

 その際に主が無事に戻った時は、次に同じようなことがあったとしても不平を言わずに、自分に従う約束をした。そのことを言っているのだ。

 

「勿論覚えていますよ。ですからこれは確認です。そもそも貴女の考えは、以前の私と同じものですから、不平を言う気など初めからありません。ですが、だからこそ不思議に思ったのです。あの時私を止め、アインズ様を信じると言った貴女が何故?」

 確かにその通り。

 今から自分がしようとしていることは、あの時とは全く逆の方法だ。その理由を言葉にするのは少し難しい。

 少なくとも理性によるものではなく、感情によるものが大半だ。

 だからこそ、アルベトはその問いには答えずに笑みを深め、顔を前に戻して歩き出した。

 

「シャルティアには私が伝えておくから、他の守護者には貴方から連絡して頂戴」

 

「承知しました。守護者統括殿」

 デミウルゴスが頭を下げている気配を感じながら、アルベドは悠然と第九階層の塵一つ無い廊下を進む。

 目的地を指定したのはシャルティアだが、彼女にそんな趣味があったとは驚きだ。

 アルベド自身入ったことのない場所だが、話し合いの場としては相応しいのかも知れない。

 

 

 

 薄暗い証明に照らされた店内は、内装と相まって落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 

「いらっしゃいませ」

 アルベドの姿を確認するなり、ほんの僅かに驚いたような気配を見せた男は、茸生物(マイコニド)の副料理長だ。いつもはアルベドとはあまり縁のない食堂で、一般メイドたちを相手に腕を振るっている。ここは彼が管理するショットバーだ。

 

「あら。遅かったでありんすねぇ。アルベド」

 こちらに目を向けたシャルティアがニンマリと笑う。

 約束の時間にはまだ少しある。そもそも休日であるシャルティアと異なり、アルベドは仕事明けだ。

 だがそんなことで言い争っても仕方がない。

 

「ええ。ごめんなさい」

 簡単に謝罪して、シャルティアから一つ間を空けて椅子に腰掛ける。

 

「何になさいますか?」

 

「そうね。私お酒にはあまり詳しくないから、貴方のお薦めをお願い」

 以前シャルティアとアウラを招いて開催したお茶会で用意した紅茶に関してもそうだが、アルベドは自分の趣味に関すること以外の知識はさほど多くはない。

 畏まりました。と静かに頭を下げて準備を開始する姿を眺めつつ、改めて隣に目を向ける。

 

「それで、いったい何の用でありんすか?」

 乾杯もしていないというのにいきなり本題に入る様は、いつも淑女として振る舞う──出来ているかは別にして──シャルティアらしくはない。だが、こうしてシャルティアと約束をした上で一対一で会う機会など殆どない。

 それも仕事と関係なくとなればこれが初めて──女性守護者の親睦を深める名目で集まる時もあるがその際はアウラもいる──なのだから訝しんでも不思議はない。

 チラリと副料理長、否。ここではマスターと呼ぶのが相応しいと以前主が言っていたそうなので、それに視線を合わせる。

 彼はこちらの視線に気付きつつも、くるりと後ろを向いてグラスとリキュールの用意を開始していた。私は聞いていませんよ、というアピールなのだろう。

 どのみちこの件は、主にも報告して許しを得なくてはならないのだ。隠す意味はない。

 

「……シャルティア。貴女、アインズ様のために死ねるわね?」

 アルベドもシャルティアに倣い、前置きを排除して問いかけた。

 

「当然よ」

 設定として定められた口調も忘れ、シャルティアは即答する。

 そう、これは当然の話だ。どのような設定があるにしろ、ナザリック内の誰に聞いてもこう答える。

 シャルティアもまたそれが何、と言わんばかりにこちらを訝しげに見つめていた。

 

「──なら。アインズ様を守るために、アインズ様の命令に逆らえる?」

 テーブルの上に投げ出されたシャルティアの細い指が、ピクリと反応を示す。

 

「……どういう意味でありんすぇ?」

 

「そのままよ。以前、操られた貴女を殺すために、アインズ様自らがご出陣なされた際、私やアウラ、マーレ、コキュートスは、アインズ様の危険を知りつつその命令に従った。けれどデミウルゴスはアインズ様の命に背き、殺されることになったとしても行動すべきだと言った。それを見越して私とコキュートスで足止めし、最終的には彼も納得したのだけれど……もしその場に貴女も居たら、そう例えば操られたのが別の誰かだったとして、アインズ様に付いてくるなと命じられた時、貴女はどうする?」

 口調自体は軽く、冗談めかした雑談を装ってはいたが、アルベドの瞳に宿る真剣さに気付いたのだろう。

 シャルティアはカウンターに置いていた手を口元に移動させ、真面目な表情で考え込む。

 沈黙が場を支配し、マスターがカクテルを作る微かな音だけが響く中、やっとシャルティアが口を開いた。

 

「……わらわは例えアインズ様の命であっても、付いていきたいと思いんす。例えその後死を以って償うことになったとしても」

 自分の答えが、アルベドを初めとした他の守護者たちと違うことを理解し、それでもハッキリと答える。

 それは守護者として正しい判断だ。

 自分とて、主のあの本気の意志を示されなければ、無理にでも付いていくか、あるいは後から追いかけて行ったことだろう。

 

「それは何故?」

 それが分かっていながら、それでもアルベドは問いかける。

 

「わたしはその時の話をチビすけから聞いただけでありんすが、わたしはアインズ様が危ない目に、ううん。この手で殺してしまうなどという、許されない大罪を犯す危険があるくらいなら、その前にどんな手を使ってでもわたしを殺して欲しかった」

 絞り出すような声のシャルティアの肩は震えていた。その気持ちもアルベドには痛いほど分かる。

 だからこそアルベドは重ねて問いかけた。

 

「それだけ?」

 

「後は、単純な話だけれど──わたしは愛する方が傷つくところなんて見たくはないの」

 デミウルゴスは、結論は同じだったとしても、シャルティアのこの答えもまた理性ではなく感情による判断だと言うだろう。

 だがアルベドにとっては良い答えだ。

 

「そう」

 

「……でぇ!? これは一体なんのテストでありんすかぇ?」

 恥ずかしさを誤魔化すように、シャルティアが声を張り上げた瞬間、マスターがグラスを差し出してきた。

 薄い琥珀色の液体が満ちるグラスからは、爽やかな香りが広がっている。

 

「お待たせいたしました、アルベド様。第六階層で採れたリンゴをベースに作ったカクテルでございます。以前アインズ様がいらっしゃった時もこちらをご注文なさいました」

 

「あら。それは楽しみね」

 

「ちょっと! わたしの時と対応が違いすぎではありんせんかぇ?」

 

「いえ、そのようなことは。決して──」

 取り繕ってはいるが、差を付けているのは間違いなさそうだ。

 まあ以前、主と敵対するという大失態を犯したシャルティアが、このバーに入り浸り酒に溺れていたとは報告だけではあるが聞いていたので、驚きはしない。

 

「では。先ほどの問いに答える前に改めて乾杯でもしましょうか」

 

「っ! ふん、構いんせんよ」

 言葉をかみ殺し、シャルティアも自分の前に置かれていたグラスを手に取った。

 

「では。愛しい至高の御方に」

「ええ。愛しのアインズ様に」

 同時にグラスを近づけ合ってから、一口飲む。

 さっぱりとした口当たりは、やや酸味の強いリンゴの味と良く合っており、主が注文しただけのことはある。

 こちらを睨むように見つめながら、答えを急かすシャルティアに、アルベドはグラスを戻してから目を合わせた。

 

「例の法国に居る神人の話は聞いているわね?」

 

「確か、ぷれいやーとやらの血を覚醒させた存在と聞いていんす。いつかアインズ様が、決して侮ってはならない危険な存在だと仰っていんしたね」

 

「そう。法国にあるとされる世界級(ワールド)アイテムや、この世界にしかないタレントや武技と合わせて、この世界で数少ない私たちが警戒すべき相手よ」

 

「ふん。それとさっきの話とどんな繋がりがありんすぇ?」

 世界級(ワールド)アイテムと聞き、自分が操られたことを思い出したのか、シャルティアは不機嫌そうに鼻を鳴らし、吐き捨てる。

 

「これから法国との戦争が起こったとしても、私たちナザリックは基本的には手を出さない。あくまで人間対人間の構図にする必要があるの。現時点ではあちらの軍隊や、六色聖典を出してきたとしても三国同盟の勝利は揺るがない。けれどその神人が出てきたら話は変わる。だから、戦争前に奴らを排除する必要があるわ。本当はそれを守護者を派遣して行うつもりだったのだけれど、アインズ様はそれを却下された。もしかしたら、ご自分で直接排除なさるつもりかも知れない」

 アルベドの説明に対し、シャルティアは瞳を真っ赤に燃え上がらせた。

 

「どういうこと!? 何故アインズ様がそのような危険なことを」

 カウンターを叩きながら立ち上がるシャルティアに、マスターもまた反応する。

 客同士が会話している間は黒子に徹すると言っても、彼もまたナザリックの一員。主の危機に反応しないはずがない。

 

「落ち着きなさい。はっきりとそう仰ったわけではないわ。でも現時点では、少数精鋭による潜入暗殺が最も確実でナザリックの利益に繋がるの。アインズ様がそのことに気付いていないはずがない。だからこそ、以前同様にご自分で、と考えたとしても不思議ではないのよ」

 

「……あの時とは状況が違いんしょう? 確かあの時は罠の可能性があったために、対応力が高く、わたしのことを知り尽くしたアインズ様の勝率が最も高いからお一人で出向かれたと聞いていんす。今回はこちらから出向く以上、罠の可能性は低い。その可能性があったとしても、守護者や強力なシモベを複数体、波状攻撃で仕掛ければもっと安全に処理できんしょう?」

 シャルティアがそれを思いついたことに驚きを覚えつつ、表には出さず頷く。

 確かに彼女が言う作戦は、安全を取るなら最も確実な方法だ。

 だがこの方法には同時に別の危険性もあるのだ。主ならばそちらにも同時に気づいているに違いない。

 

「それでは不確定要素が多すぎるのよ。確かに法国の内部には既にあの漆黒聖典の者を戻しているから、場所を選べば転移門(ゲート)などで、こちらから戦力を送り込むことは可能よ。けれど相手の強さが不明な以上、確実に殺すためにどれほどのシモベを何度送り込めば良いのかは分からない。その間、あちらが対策を講じないはずがないでしょう? 向こうは今までの相手と違って私たちの世界の知識を持っているのよ」

 

「で、でも。そうだとしても、最初の一回目で送れる限りの大軍を転移させるとか、対策がされるなら転移門(ゲート)で直接内部に送らなくても、外から何度も送り続ければいいでありんしょう? いくら法国が強大でわたしたちの世界の知識を得ていても所詮は人間の国。防衛設備は大したことはありんせん。傭兵モンスターを大量に召喚して送り続ければ……」

 

「波状攻撃は一気に大軍を送るのではなく、少数を繰り返し送ることで相手の戦力を徐々に削るから意味があるのよ。かといってその度に外から送るのでは目立ちすぎる。強大な戦力をそんな強引な手段で使用する者が居ると知られれば、各国は警戒し団結しかねない。それでは、経済による支配という方針を一から見直すことになるわ。各国間に不和を残したまま魔導王の宝石箱の力を見せつけ、人間どもを依存させる計画が破綻することになる」

 シャルティアの提案は、アルベドやデミウルゴスも一考し、その後問題点を見つけて破棄したものだ。

 他にもシャルティアと漆黒聖典が遭遇した時のように、強大なモンスターを配置し誘き出す案もあったが、これから戦争が始まる以上神人を外に派遣することはないだろうと却下した。

 

「そんなもの、アインズ様の安全に比べたら……」

 なおも納得せず続けようとするシャルティアの言葉を、最後まで聞かずに切り捨てる。

 

「そうよ。これが私たちが立てた計画なら、当然そのプランは破棄して一からやり直す、あるいは方針を変更すればいい。けれどこれはアインズ様が自ら立案された計画なのよ」

 アルベドの台詞を受けて、シャルティアが唇を結び直した。

 主の立てた計画の根幹を変えるなど、自分たちには許されない。

 それができるのは主だけであり、計画修正の指示が下されていない以上は、作戦を変更せずに神人を排除する方法を考えるしかない。

 だがそこで先ほどのアルベドの発言に繋がるのだ。

 シャルティアもまた同じ答えにたどり着いたらしく、顔を持ち上げる。

 

「さっき言っていたのはそういうこと?」

 

「ええ。だからこそ、デミウルゴスはシモベではなく守護者による神人の排除を計画した。でも慈悲深いアインズ様は私たちの身を案じ、却下された。先ほど言ったようにシモベだけでは対処できない以上、アインズ様が自ら乗り込もうとしても不思議はない……だからこそ、私はもう一度アインズ様に、私たち守護者総出で神人の排除をさせて貰えないか直訴するつもりよ」

 デミウルゴスが言われたのは、あくまで主が対応するという言葉だけだ。なので、あるいは自分やデミウルゴスでも考えつかないようなやり方で安全に排除する方法を考えるかも知れない。だが、シャルティアの時も主は他にいくらでも方法はあるのに、敢えて自ら出陣するという選択をした。今回もそうしない保証はない。

 アルベドの言葉を受けて、シャルティアがゴクリと唾を呑む。

 今までも主の決定に異を唱え、直訴した者はごく少数ながら存在する。しかしそれはナザリック内の休日制度に対する抗議など、小さな影響しか及ぼさないようなものばかり。今回のように作戦自体、それも一度完全に却下されたものの再考などはしたことがない。

 場合によっては主を信じることができない不敬者と見なされ、罰せられてもおかしくはない。

 だがアルベドはそれを行うと決めた。

 デミウルゴスは当然賛成する。むしろこの案を一番推したいのは彼だろう。

 だからこそ、先ほどアルベドに念押しをして確認してきたのだ。

 他の守護者たちも恐らくきちんと説明すれば分かってくれる。

 シャルティアとの戦いに出向くときも、本来は反対したい気持ちをアルベドと主自らが説き伏せたことでなんとか納得したのだから。

 だがシャルティアだけは分からない。

 この作戦においては、シャルティアの戦闘力が重要な位置を占める。

 ナザリック内でも単独戦闘能力がトップクラスの彼女がいれば、この作戦の成功率は上がるだろう。

 しかし、彼女は以前の大失態によって誰よりもミスを恐れている。場合によっては断られるかもしれないと思ってこうして先に話をしたのだが、先ほどの反応を見ると問題はなさそうだ。

 

「……仮に許可が下りても、アインズ様のご意志に逆らってそんなことをしてしまっていいのでありんすか? 他の者はともかく、発案者であるアルベドは、もしもの時わたしのように蘇らせていただける保証はありんせんぇ?」

 視線を外し、手元にあったグラスを一気に煽る。

 とても淑女とは思えない豪快な飲みっぷりだ。黙って様子を見守っていたマスターが一瞬反応したが、アルベドはそれを気にせず返答する。

 

「覚悟の上よ」

 あの慈悲深い主であれば、こちらが断っても復活させようとするかも知れない。だがナザリックの資産は全て主一人の物。それを期待するのは間違っている。

 これはあくまで自分の、そして主に危険な目に遭ってほしくないという守護者たちのワガママに他ならない。

 もし彼女が断るのならば、その時は妹であるルベドの指揮権を主より借りる方法もあるのだが、彼女は起動実験こそ成功したものの、主自身がしばらく動かす気はないと言っていた。

 仮にできたとしても法国の世界級(ワールド)アイテムには制限があるらしいので全員が操られることはないが、もしもルベドを連れて行き彼女が操られた場合、今のナザリックにおいて最強の個である彼女を相手に残りの守護者が束になって掛かっても勝てるかは怪しく、そうなれば妹以上に危険極まりない存在である第八階層のあれらを喚び起さねばならなくなる。

 だからこそ部隊の強さをある程度均一化し、仮に誰かが操られても、残ったメンバーで押さえられるようにしたいのだ。

 

「ふぅ……仕方ありんせんねぇ。もしアルベドが死んだら、わたしが魔導王の宝石箱で働いて、金貨五億枚分稼いで生き返らせてあげる。だから、もしわたしが死んだときは……」

 にやりと笑って告げるシャルティアの言葉を先読みし、アルベドが続ける。

 

「ええ。私が貴女の分の金貨を稼いであげるわ──どんな手を使っても」

 シャルティアとしてはナザリックの資産を使い、二度も復活させてもらうわけには行かないと言いたいのだろう。

 とはいえ、人間からどんなに搾り取ろうと、ユグドラシル金貨五億枚必要な守護者の蘇生費用を集めるのは簡単ではない。

 だが、アルベドが口にしたのは偽りない本心だ。

 それを聞いたシャルティアは楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「なら、もう一度乾杯と行きんしょうか……って、もう無くなったのね。ピッキー次。今度はあれ、淑女の涙をお願い」

 

「良い名前ね、どんなカクテルなの?」

 紅茶の銘柄を香りだけで言い当てた時も思ったが、シャルティアはその性格とは裏腹に意外とその手の知識に長けている。

 もっともそれを有効活用できているかと聞かれると怪しいところだが。

 

「透明なお酒の中に広がる美しい青が、その名の通り淑女の涙を思わせる。わたしにぴったりのカクテルでありんすぇ」

 自慢げに語るシャルティアだが、カウンターの奥でマスターが肩を震わせている気がする。だがアルベドもその説明を聞いて興味が湧いた。

 

「あら、それは興味があるわ。私も飲んでみようかしら」

 

「……あ、アルベド様は、毒耐性はお持ちでしたか?」

 

「? ええ。普段は装備で無効化しているけれど、今は外しているわ。デミウルゴスからバーに行くときは外せるなら外すのがマナーだと聞いていたから」

 それが何? と続けるアルベドに対し、マスターは何やら顔付近を動かしているが、茸生物(マイコニド)の顔の動きは流石に理解できない。

 何か言いたげな気はするのだが。

 

「羨ましいでありんすねぇ。わたしは種族的に毒が無効でありんすから、酔うっていうのよく分かりんせんのよねぇ。この間はちゃんと酔えていんしたのに」

 

「場酔いじゃないの? あの頃の貴女、随分酷かったから」

 

「あの時のことは言わないでくんなまし」

 唇を尖らせるシャルティアに、つい口元に笑みが浮かぶ。

 シャルティアとこうして和やかな雰囲気で話をするのは実に珍しいが、この空気は嫌いではない。

 そう。普段は主の寵愛を巡るライバルであるシャルティアだが、アルベドは決して彼女のことを嫌っている訳ではないのだ。

 ナザリックでは口が裂けても言えないが、アルベドが崇める主以外の至高の御方などという不愉快極まる者どもを崇拝していたとしても。それでもシャルティアを初めとした仲間たちはアルベドにとって大事な存在(ピース)なのだから。

 今回の作戦が済んだ暁には、アルベドはシャルティアを初めとした守護者や主にすら知られることなく、この世界に来ているかも知れないあの者たちを探し出し、秘密裏に排除するつもりだ。

 そうなれば、ナザリック地下大墳墓は名実ともに主だけの物となる。

 

(そう。世界を手中に収め、ただ一人の至高の御方となったあの御方に、私たちが永遠に仕え続ける。そしていつかあの者どもより、私たちの方が大切な存在と思っていただけたのなら、その時こそきっと、あの素敵な名前を取り戻してくれるに違いないわ)

 それこそがアルベドの思い描く未来。

 そして、自分が主を法国に出向かせない、もう一つの理由だ。

 プレイヤーがかつて存在した場所に出向いてしまったら、主はきっとまたあの裏切り者たちのことを思い出してしまう。だからこそ、自分が先んじて調査し、関係がありそうな物を残らず消し去る必要がある。

 そのためにも、なんとしてもこの作戦は成功させなくてはならない。

 アルベドは胸の内から沸き上がる熱を内側から冷やすために、本心を隠す微笑みの仮面を着けながら、グラスに手を伸ばした。




この話ではあまり出番のないアルベドですが、だからこそ外で働いている者たちと異なり意識改革はさほど起こらず、考え方は書籍版に近い状態のままになっています
とは言え探索隊の使い方や、将来の構想に関しては自分の想像です

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