オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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前回の続き
ちなみにラナーが計画し、デミウルゴスに提出した今回の誘拐事件についてアインズ様は何も知りません
前々回エ・ランテルにアインズ様が残ることを決めたことで、この計画を既に察知しているのだとデミウルゴスが勘違いし、他の仕事の引継書を制作する方に力を入れていたせいです
今回の話はその引継書が届いてからの話になります


第95話 想定外の来訪者

「なんだこれは!?」

 黄金の輝き亭の一室で、守護者たちから託された引き継ぎ内容を纏めた書類の一枚を手にしたアインズが声を張り上げた。

 その後慌てて口元を押さえる。

 高級宿だけに防音はしっかりしているが、ナザリックや魔導王の宝石箱に作られたアインズの自室ほどではなく、部屋の外にいるナーベラルが今の声を聞いたら慌てて飛び込んで来かねない。

 少しの間耳を澄ますが、物音は聞こえず、ほっと胸をなで下ろしながら、再度アインズは引継書に視線を落とした。

 大半の仕事はアインズでもなんとかなる。と言うより、守護者の配下だけで問題ないものばかりで、アインズが危惧した魔導王の宝石箱と関係する案件に関しても、セバスを初めとした各店舗を管理しているプレアデスに任せられるものが殆どだったが、最後の一人、デミウルゴスからの引継書の厚さには少々身構えてしまった。

 つまりこれはそれだけアインズが、デミウルゴスに仕事を任せきりにしていた証でもある。だが実際に精査してみると、なんとかなりそうなものが多く、密かに安堵していた。しかし最後の最後に残された内容を見て、アインズは声を上げてしまったのだ。

 

「例の視察団。あれもこちらの仕込みだったとは……」

 以前パンドラズ・アクターから聞いており、後ほど調べようと思っていたのだが、すっかり忘れていた。

 正確には、予想以上に早くこの引継書が届いたことで、それどころではなくなったと言うべきだろうか。

 

「それに肝心の内容が虫食いというか。向こう側の動きが良く分からん」

 簡単に言えば貴族派閥から力を失わせるための下準備と同時に、もはや今後の計画に不必要な存在であるバルブロの排除を行い、法国との戦争後王国を操り易くするために、ザナックを王位継承者として内定させるための作戦だ。ある程度の行動に関しては説明されているが、詳細に関してはいつか聖王国での作戦でも見たものと同じく、後は流れで、が多用されたものだ。

 前回はパンドラズ・アクターと共同で作戦を行うためという言い訳が出来たが、今回はアインズ一人だ。その上前回台本を考えたデミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターは、全員戦闘訓練に出向いている。

 まさか訓練を中断して台本作りをしろと言うわけにもいかない。

 

(もっと早く知っていれば、事前に第三王女を呼び出すなり会いに行くなりして話を聞けたのに。もう都市の中に入っているじゃないか)

 視察団がエ・ランテルに到着したというのは、既に都市中の噂になっている。

 第一王子のバルブロが主で、第三王女のラナーは飾りのように一緒にいるだけだと聞いているが、どちらにしても既に都市内に入ってしまったとすれば、当然ラナーにも護衛は付いているだろうし、極秘に会談するのは難しい。

 そもそもデミウルゴスらナザリックの者たちのように、自分たちを創造した至高の御方だというフィルターの無いラナー相手では、何かあった時に誤魔化すこともできない。

 

「いや、しかし。だからこそ、ちゃんと話を聞いておかないと、デミウルゴスのように勝手に誤解して納得してくれるとは限らない。確か影の悪魔(シャドウ・デーモン)を影の中に入れていたはずだし、先ずは連絡を取って今の状況を確認してもいいのでは? そうじゃないと、どのタイミングで作戦開始か分からんしな」

 いつの間にか考えていた内容を口にしていたことに気づき、アインズは誰も見ていないのに誤魔化すように咳払いの真似事をした。

 こういう時に相談できる仲間たちがいないことによる心労のせいで今や独り言が癖になってしまっているのは自覚しているが、考えていることをそのまま口にしているというのも、なんだか間の抜けた光景に思えたからだ。

 

「モモンさん。よろしいでしょうか?」

 控えめなノックの音が扉から聞こえ、アインズはビクリと身を震わせる。

 聞こえてきたのはナーベラルの声だ。いつからそこにいたのだろう。

 聞かれていませんように。と心の中で祈りつつ、アインズはナーベラルに応えた。

 

「どうした。ナーベ」

 アインズが考える英雄モモンに相応しい声と表情を形作る。と言っても最近では宿の中でも兜を外すことなく、常にモモンの格好をするようにしている。

 冒険者組合からの突然の呼び出しに直ぐに応じることができるようにするためだ。

 アインズがナザリックや魔導王の宝石箱に帰還せずにここで仕事をこなしているのは、例の冒険者組合を取り込む話をしたアインザックが他の者たちと相談する時間が欲しいと言ったため、いつ返答が来ても良いように待っているからに他ならない。

 もっともどのみちラナーの作戦がこの地で開催される以上、アインズもエ・ランテルにいる必要があるのでその意味でも留まっていてラッキーだった。

 そんなことを考えている間に、扉を開けて中に入ってきたナーベがモモンに礼を取る。

 プレアデスとしてアインズに対して行われる深い礼とは異なる、冒険者仲間に対するものであり、アインズは不思議に思った。

 ナーベラルは人目のない室内であれば冒険者ナーベではなく、プレアデスのナーベラルとしてアインズに接することが殆どだったからだ。

 誰か一緒にいるのだろうか。と思うが後ろを覗き見るような真似は、英雄の振るまいとして相応しくないと思い直す。

 

「私たちに仕事の依頼が来ております。姿を見られたくないと言うので仕方なくここまで連れてきましたが、どうなさいますか?」

 如何にも不愉快だと言わんばかりに、背後を憎々しげに睨みつけてから、ナーベラルが言う。

 組合の職員ではなく、依頼人が直接来るとは珍しい。

 

「組合は通していないのか?」

 そもそも今、漆黒は仕事を受けていないので、それを聞いた依頼人が、それでも何とか仕事を受けてもらおうと押し掛けたのかも知れない。そう思っての問いかけに、ナーベラルは小さく頷く。

 

「ならば受けるわけにはいかないな。私たちはあくまでエ・ランテルの冒険者組合に属する者。組合を通さない依頼を受けては筋が通らない」

 それでは冒険者ではなくワーカーだ。

 組合を通さずとも、事前の調査や依頼人との交渉を自分で行うのであれば問題はないのかも知れないが、組合として良い気がしないのは確かだろう。

 現地の金銭が不足していた頃なら考えたかも知れないが、既に金欠は解消されている。加えて冒険者組合を取り込もうという、この時期に騒ぎを起こすわけにはいかない。

 だからこそ、ここは毅然とした態度で断ることにした。

 

「承知しました。その様に──」

 

「ま、待って下さい。私は蒼の薔薇の皆様からの紹介で参りました。魔導王の宝石箱の店主、アインズ・ウール・ゴウン殿が王国とお約束した、かの国との戦いにも関係する内容です!」

 アインズの命を実行しようとしたナーベラルの背後からしわがれた声が響く。

 その声をどこかで聞いた覚えがある、と思ったのもつかの間。口にした内容を聞いたアインズは思わず兜の中で作った幻術の顔を歪め、眉間に皺を寄せた。

 

「なんだと?」

 アインズが約束したかの国とは法国で間違いないだろう。

 まだ各国の上層部しか知らないはずの情報を知っている依頼人に興味が湧いた。

 既に国内にも情報が漏れているのならば、奇襲の意味が無くなり、そうなれば現在の準備中の作戦の破棄を余儀なくされるだけでなく今後の計画そのものを一から練り直しをしなければいけなくなってしまう。それを探る意味で詳しい話を聞く必要があった。

 

「ナーベ、入れてやれ。お前は扉の外に待機しつつ、周囲にこちらを探っている者がいないか警戒しておけ」

 

「承知しました」

 ちらりと後ろに目をやってから、ナーベラルが扉を開き、背後にいた者を招き入れる。

 おずおずと、緊張した面持ちで中に入ってきたのは、まだ幼さの残る金髪の少年だった。

 声だけではなく顔にも見覚えがある。

 頭の中で思い出そうとしながら、アインズは英雄モモンとしての威厳を感じさせる演技をしながら、少年を招き入れた。

 

 

 ・

 

 

「どうぞ。掛けて下さい」

 

「し、失礼いたします」

 勧められるまま、高級宿らしい柔らかなソファに腰を下ろす。

 

(この御方が、漆黒の英雄……)

 こちらを依頼人だと認識したからなのか、自分のような若輩者に対しても敬語を崩さず、それでいて遜ったりもせずに、威風堂々とした佇まいでじっとこちらを観察している。

 蒼の薔薇の面々や戦士長ガゼフ・ストロノーフのような、威厳と親しみやすさが同居したものとは異なるが、これもまた英雄と呼ぶに相応しい人物だ。

 こんな時でもなければ話を聞きたいと思っただろうが、今はそんなことをしている場合ではない。

 ラナーの安全は十中八九保障されているだろうが、確実ではないのだ。

 本当は今すぐにでも都市中を駆け回り、一刻も早く救い出したいが、自分では力が足りない。

 自分の全てであり、命を投げ出してでも守ると誓った主を救うこともできない自分の弱さに腹が立つ。

 

「先ほどは失礼しました。聞こえていたかも知れませんが、我々は現在仕事の依頼を控えていましてね。基本的にはどのような依頼でも断っていたのです」

 

「い、いえ。私の方こそ、あのような振る舞いをしてしまい申し訳ございません。ですが一刻の猶予もない緊急事態が発生しておりましたので」

 

「いや、言っていただいて良かった。蒼の薔薇の皆様からの紹介、そしてかの国に関わること。と仰っていましたね。それこそが私たちが仕事を抑えていた理由。つまりかの国との戦いが終わるまで私たちはアインズ様に雇われている状態なのですよ。不測の事態に備えて、というやつです」

 

「なるほど。そうでしたか……ところでモモン様。私に敬語などお止め下さい。私はさる御方の命により、モモン様に依頼を受けていただけるようお頼みにあがっただけですので」

 

「……つまり、貴方は使いであり、依頼人は別にいると言うことですか。どなたです?」

 こちらを探るような圧が強まるのを感じた。

 ここまできて隠し事をする必要などない。

 クライムは座ったばかりのソファから立ち上がると、モモンをまっすぐに見据え声を張った。

 

「……リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ殿下です。モモン様。何とぞ、あの御方を救うため、お力をお貸し下さい!」

 そう告げて深々と頭を下げる。

 自分など足元にも及ばない本物の英雄である蒼の薔薇すら欺いて、ラナーを誘拐した者たちの相手ができるのは、目の前の人物と彼の後見人であるアインズしかいない。

 ラナーだけではなく、蒼の薔薇もそう思ったからこそ、自分をモモンの下に送り出したのだ。

 なんとしても説得し、力を借りなくてはならない。

 

「そうか。君はいつか蒼の薔薇と一緒に魔導王の宝石箱に来たことがあったな。確か、クライム君、だったかな。ラナー王女の従者だったのか」

 不意に、モモンが思い出したとばかりに手を叩く。

 それを聞いたクライムは驚いて顔を持ち上げた。

 

「は、はい。確かに私は一度魔導王の宝石箱でゴウン殿と会っておりますが、なぜモモン様がそのことを? それにどうして私の名前や従者であると」

 今まで話した内容からでは、クライムがラナーの従者であるとはわからないはずだ。

 例のラナーから拝受した白色の全身鎧も身につけていないクライムでは、せいぜい城の兵士か、使いを頼まれた冒険者だと見られる方が自然のはずだ。

 

「い、いや。アインズ様がそのようなことを話していたものでね。蒼の薔薇のガガーラン殿が世話をしているという金髪の少年を連れてきたことがあったと。その時、立場を名乗らせないように気を使っていたとも聞いていたのでね。そこから推測したのだよ」

 確かにあの時は、ラナーの従者であるクライムがガガーランたちと一緒にいたことが知られると問題になる可能性があったため、従者だと名乗らせないように気遣ってもらった。だがその現場を直接見た訳でもなく、聞いただけでここまで予測するとは。

 これも冒険者の頂点に立つ人物が持つ観察眼ということだろうか。

 

「まあ、その話は良い。君の素性は理解した。早速だが話を聞こう。緊急事態と言っていたが、何があった?」

 クライムの言ったことを実行したらしく、言葉遣いが変わる。同時にモモンは僅かに身を乗り出して話を聞く体勢をとった。

 

「はい。改めまして、自分はラナー様にお仕えしておりますクライムと申します。私は今回、バルブロ殿下と共にエ・ランテルの視察に出向いたラナー王女の従者として同行いたしました」

 そう前置きをして、これまで起こった全てを話し始める。

 当然バルブロの怪しい行動や八本指との繋がりについてもだ。王家の不祥事は他ならぬラナーの名誉にも関わる問題だが、冒険者として守秘義務を持つモモンが言い触らすとは思えないし、何より先ずはラナーを保護することが第一だ。

 そのことが問題になろうと、その時は自分が全ての責任を被ればいい。

 たとえ自分がどの様な罪を科され、最悪処刑されるとしても、ラナーを救うためならば命など惜しくはない。

 その覚悟を決めて、クライムは己が知る全て、そして蒼の薔薇やラナーから託された手紙に書かれた推察も合わせて語り尽くした。

 

 

「──なるほどな。既に始まっていたということか」

 出来る限り急いで、けれど漏れの無いように自分の知る情報を語り終えた後、情報を咀嚼するように頷いていたモモンがポツリと呟いた。

 妙に実感の籠もった声には疲れに似たものを感じさせる。

 それを聞いてピンと来た。

 

「始まっていた。とは、もしやモモン様はこうしたことが起こると予期していたのですか?」

 先ほど見せたモモンの推理力と、アインズから情報提供を受けていた可能性を考慮すれば、その結論が自ずと導き出される。

 

「ん? あ、ああ。八本指、あるいは法国が動き出す可能性は考慮していた。その際はラナー王女が狙われるかも知れないともな。冒険者には国家のものとはまた違う独自の情報網がある。しかしこれほど早く動いたのは計算外だった。今アインズ様は各国間に送る武具の調達や戦力の量産で忙しく手が離せない。だからこそ、本当は確証を得てから私が王国に伝えるつもりだったのだが、遅かったか」

 力無く首を振りながらこともなげにモモンは言う。

 確かにかつて蒼の薔薇が、ラナーから八本指に関する依頼を受けた際、彼女たちは王国でも所在の掴めなかった麻薬を栽培している村を独自の調査で、いくつか突き止めたと聞いている。

 だがクライムにとって重要なのはモモンが口にしたもう一つの内容だった。

 

「で、では。ゴウン殿のお力を借りることは出来ないのですか? ラナー様の居場所を捜すにはかの御仁のお力を借りるより他にないと伺っていたのですが……」

 強大な力を持った魔法詠唱者(マジック・キャスター)が使用する魔法は捜索だけではなく、救出時の隠密行動や罠の発見、排除など、様々な場面で役に立つ。ラナーを救出するためには──こちらから依頼をする立場でこうした考え方は良くないが──アインズの力の方が重要となる。

 だからこそラナーも手紙でモモンだけではなく、アインズの力を借りて自分を捜索するように記していたのだろう。

 

「落ち着きたまえ。私は不測の事態に備えて雇われたと言っただろう。勿論、アインズ様からは自分が動けない時のことも考えて、幾つも巻物(スクロール)を預かっている。それを使用すれば、ラナー王女の居場所を見つけることはそう難しいことではない」

 こちらの意図を全て読み取ったと言わんばかりにモモンが告げる。

 

「本当ですか! 是非お願いします。依頼金が幾らかかろうと、自分が必ずお支払いいたします。どれだけ時間がかかっても必ず!」

 依頼をするのはラナー本人だが、彼女はアダマンタイト級冒険者を雇えるほどの金銭を常に持っているわけでは無い。他の王子や貴族たちのように無駄遣いをすることはないが、第三王女という予備の予備という立場なので、元々金銭をさして持っていないからだ。ゆえに、今回同行した蒼の薔薇も報酬を支払ったのはラナーではなく、王だという話も聞いている。

 だからこそ不足分に関しては自分が負担すると言う意味の言葉だ。

 しかしそんなクライムに、モモンは苦笑して手を振った。

 

「……勿論報酬は頂くが、先ほども言ったように、私は今アインズ様に雇われている。そしてアインズ様は王国ではいわゆる王派閥に力を貸すと約束している。これもその一環だ。今回の報酬に関しては全てが終わってからアインズ様に支払うと良い……ナーベ!」

 立ち上がったモモンが扉に向かって声を張ると、即座に扉が開き、先ほどクライムを案内した黒髪の美女、モモンの相方にして美姫の異名を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)ナーベが顔を出した。

 

「ここに」

 恭しく頭を下げる様は、冒険者仲間と言うより、ラナーとクライムのような主従関係を感じさせた。

 そのことを当然とばかりに、モモンは彼女をその場に控えさせた後、クライムに目を向ける。

 

「一番手っ取り早いのは、そうだな……クライム君。君は魔力系の魔法は使えるか?」

 唐突な質問に、かつて蒼の薔薇のイビルアイから告げられた台詞を思い出す。

 お前には魔法の才能はないから、別の努力をしろ。とにべもなく言い切られたことだ。

 

「申し訳ございません。私にはそうした才能は全く──」

 主の護衛をする上で応用力の高く、クライム個人としても是非とも身につけたかった、魔法や野伏(レンジャー)の持つスキルを習得する才能が、欠片も無いのはイビルアイや双子からハッキリと告げられていた。

 

「そうか。君が使えれば話が早く済んだのだが、それならば仕方ない」

 

「それは、いかなる方法なのですか?」

 主の発見は一分一秒でも早い方がいい、という焦りがクライムにその言葉を吐き出させた。

 

物体発見(ロケート・オブジェクト)という魔法の巻物(スクロール)を持っている。その名の通り、遠くにある物体がどこにあるか発見する魔法だ。これは今現在ラナー王女が身に着けている物を知っている者でなければ使えない。だから君が魔力系の巻物(スクロール)を使えれば一番だったわけだ」

 言葉を聞いて愕然とする。

 イビルアイから魔法の才能が無いと聞かされ、だからこそ魔法の対処法を学ぶ意味も込めて、多くの魔法についての文献を調べたが、そんな魔法は聞いたこともない。

 だが本当にそんな魔法があったなら、確かに行方知れずのラナーを見つけることは容易だ。

 何しろラナーと共に、いつも身に着けている王冠も消えていたのだから、それを探せば自ずと主の居場所は特定できたはずだ。

 自分が魔法を使えないばかりにその手段が使えなくなった。

 巻物はその系統の魔法を──たとえ第一位階でも──使えれば使用できると聞いたことがある。

 イビルアイに言われ、魔法を取得することは諦め、知識だけを拾得していたが、もっと努力をしていれば話は違ったかも知れない。これまで非才の身である故に歯がゆい思いをすることは幾度もあったが今回ほど自分の才能の無さが恨めしいと思ったことはなかった。

 

「私は暫くここに待機していたから分からないが、ナーベ。お前はラナー王女の顔や持ち物を記憶していないか? 既にこの都市の視察に来ているそうだが」

 モモンが思いついたように告げた言葉に一縷の望みを託し、クライムもそちらに視線を送るが、ナーベは僅かな時間もあけずに首を横に振った。

 

「いいえ。全く記憶にございません」

 本当に思いだしているのか。と聞きたい気持ちを押し殺す。

 視察自体は既に日程の半分を消化しており、初日には大通りを練り歩くパレードも開催された。

 そこで一目でも見ていれば話は違ったのだろう。

 とそこまで考えて、クライムは思い出す。

 

「あ、あの。その魔法は、写真からでも探索は可能なのでしょうか?」

 絵とは異なり魔法の力で、景色をそのまま写生する術があるが、そうした出来た絵が写真と呼ばれている。

 

「直接見た物の方が望ましいのは確かだが、絵ではなく写真であれば何とかなるかできるもしれん。持っているのか?」

 

「はい! こちらに」

 魔法の力を使う写真は、高額な料金が掛かるため王女と言えど多用できないのだが、この視察が始まる前に突然ラナーがその写真を撮ることを提案し、その上で小さな写真を一枚、クライムにも渡してきた。

 いつも持っていること。と厳命されたこともあり、普段であれば絶対に使用しないペンダントをわざわざ購入しその中に潜ませている。

 勿論ラナーはこのようなことのために使用されると思ってもいなかっただろうから──そもそも物から居場所を特定する魔法などと言うものが規格外すぎる──正しく天の助けと呼ぶに相応しい。

 

「こちらです。ここに写っている王冠が共に盗まれたため、これを探していただければ──」

 

「ほう。それは良い、ナーベ」

 

「はい。ではそれを渡して下さい」

 言われるがままペンダントを差し出した。

 そこに刻まれた微笑みを浮かべるラナーの写真を一瞥し、ナーベは小さく鼻を鳴らす。

 

「行けそうか?」

 

「量産品ではなさそうですから、問題は無いかと。早速始めます」

 雑嚢の中から巻物を取り出すナーベを前に、モモンはエ・ランテルの物と思わしき地図を広げ始めた。

 ジッとその様子を眺めていたクライムに、ナーベがチラリと目線を向けてから苛立たしげに舌を打つ。

 

「やることがないなら出ていて下さい。邪魔です」

 

「ナーベ。失礼なことを言うな……とは言えクライム君も疲れただろう。そちらの部屋で休んでいると良い。少々気を張りすぎているように見える」

 

「っ……はい。お気遣いありがとうございます」

 言われるがまま、応接室だと思われる部屋に向かい、置いてあった椅子に腰を下ろす。

 思えば、主の誘拐を知って以後、一時たりとも気が休まる事はなかった。

 貴賓館中を探し歩き、その最中精鋭兵団に従者としての責任を追及され捕らえられた。

 その後ラナーからの手紙を読んでその場を抜け出して蒼の薔薇と合流し、更にはここに来るまで誰にも見つからないようにと細心の注意を払いながら移動してきたこともあって、肉体的、精神的な疲れが一気に襲いかかる。

 モモンは自分の消耗を一目見ただけで見抜いたのだろう。

 主を救うために英気を養っておくことも必要だ。と言外に告げていたに違いない。

 こうしたところはイビルアイやガガーランにも通じる。

 やはり超一流と呼ばれる者たちは多かれ少なかれ、共通する部分があるのかも知れない。

 そんなことを考えながら、目を伏せ体を休める。

 しかしそうしても瞼の裏に浮かぶのは、ラナーの姿だけ。

 とてもではないが、落ち着かず体が休まる気がしない、むしろ精神的な疲れは増大した気がした。これもまた自分の才能の無さなのだろうか。

 そのまま少しの、けれど自分の無力さを再確認するには十分な時間が流れた頃、部屋の扉が開かれた。

 

「クライム君。ラナー王女の居場所が分かった」

 

「本当ですか! ラナー様は今どこに!」

 立ち上がるクライムを制し、モモンは力強く宣言する。

 

「地下下水道だ。確かに良い隠れ場所だ。エ・ランテルの全域に広がり、外へも通じている。詳しい者なら、たとえ追っ手が来ても、直ぐに逃げ出せると言うわけだ」

 モモンが手にしていた地図の一点を指し示す。位置としては何もない場所だが、地下下水道というのなら、その下にいると言うことなのだろう。

 確かに地下下水道は、都市が大きくなればなるほど広く、そして複雑になる。

 通常人の出入りもないため、誰かが侵入してきても直ぐに気付くことができ、逃げ出すのも容易。一時的な隠れ場所としてはこれ以上の潜伏先はない。

 

「では早速救出に。いえ、先ずは蒼の薔薇の皆様と合流を……そもそも地下下水道が広大だというのであれば何より地下下水道の地図を入手する必要が──」

 

「逸る気持ちは分かるが落ち着きたまえ、クライム君。確かに今君が言ったことはどれも正しい。ラナー王女の安全を考えれば一刻も早く救出すべきだし、広大な地下下水道を探索するのならば人手も欲しい。そして何より地図が無くては正確な位置を把握することはできない」

 

「はい! ですので、先ずは何から──」

 

「落ち着けと言っている」

 ピシャリと言い切られる。

 

「おかしいとは思わないか? 一度は人類の守護者たるアダマンタイト級冒険者蒼の薔薇をも出し抜いた連中が、こうも容易く居場所を明らかにするとは」

 

「それは……モモン様たちが持っていた巻物(スクロール)の力が素晴らしく、そのような力を想定していなかったのでは?」

 

「確かに。物体発見(ロケート・オブジェクト)は第六位階魔法。対策を講じるのも簡単ではない」

 

「第六位階……」

 昔の自分ならば良く理解できなかっただろうが、イビルアイに言われて魔法について学んだことで、その位階が示す強大さを理解したクライムが喘ぐ。

 それだけの力なら尚更相手が対抗できるはずがない。

 

「だが、何の対策もされていなかった。これが気になる。元々私は対策を講じていようと、この魔法なら突破して王女を探し出せると考えていたからこれを使用した。しかし貴賓館に敷かれていた厳重な警備網を潜り抜けてまで王女を攫ってみせたにも拘らず何の対策も講じようとしないばかりか、堂々と無防備を晒しているとなれば話は別だ。明らかに罠の匂いがする。加えて先ほど君が言った選択肢は、この状況では当然よほどの愚か者でもない限り誰もが思いつくべきこと。つまり相手もまた同じと言うことだ」

 

「……ではどうすればいいのでしょう?」

 

「敢えて逆を行く。つまり、蒼の薔薇と合流せず、今すぐに私とナーベの二人で地下下水道に潜入する。そうすれば奴らの思惑から外れることができるはずだ」

 

(無茶苦茶だ)

 思惑を外すと言えば言葉は良いが、結局のところ、何の作戦もなく突入するだけ。ラナーの命が懸かっている状況でそんな選択をして良いはずがない。自分でも時間を掛ければもっと良い案を思いつく気さえする。

 だが、この提案をしたのは他ならぬ人類の守護者、アダマンタイト級冒険者のモモン。

 何か、ここでは言えない考えがあってのことかも知れない。

 

「勝算はあるのですか?」

 直接聞いても答えてはくれないだろう。とクライムは敢えて婉曲した問いかけをする。

 それを受けて、モモンは少しだけ考えるような間を空けてから、自分を指し示しながら力強く告げた。

「私が勝算だ」

 

 

 ・

 

 

「あら。随分綺麗になったわねん」

 壁に染みついた汚れやかび臭さまで消えた、清潔な空間となった地下下水道の一角。元々は作業員用の荷物置き場か何かだったとおぼしき部屋をグルリと見回しながら、アンペティフ・コッコドールが隣りにいる同僚のヒルマ・シュグネウスに言う。

 

「これでも、王女様にご滞在頂く場所だからねぇ。ま、清潔(クリーン)の魔法やらを使わせたから、大した労力じゃないし、何よりあの馬鹿共の相手しているより、よっぽどマシさね」

 疲れから来るため息と一緒に吐き捨てられた馬鹿共という言葉で、コッコドールはこの世で最も信頼の置ける友人となったヒルマが今現在置かれている状況を思い出す。

 

「大変ねぇ。今回の計画もかなり突然の変更だったんでしょ?」

 

「まぁ、ね」

 チラリと自分の影に目を落としながらヒルマが言う。

 自分もまた突然の作戦変更を聞かされて、ここに必要な人材を持ってきたわけだが、そのことに対し文句を言うような真似はできない。

 そんな真似をして、この影の中で、今も自分たちを見張って居るであろう彼らの顰蹙を買いでもしたら……。

 喉に手を当て、思わず押さえ込む。ふと見るとヒルマも似たようなことを考えてしまったのか、同じポーズを取っていた。

 

「……それで、これからどうなるのよ?」

 あれが喉を滑り落ちてくる感触を思い出しかけ、無理矢理その記憶に蓋をしようと話を変える。

 

「知らないよ。元々の予定じゃここであんたに仕入れて貰ったあの奴隷たちを法国の人間に仕立てた上で密会の証拠をねつ造して、その現場をラナー様と蒼の薔薇が押さえて、あの馬鹿王子を失脚させる手筈だったからね。こんな誘拐事件起こすなんて聞いていないよ。ま、情報漏洩を避けるために、あえてこっちに伝えなかったのかも知れないけどね」

 蒼の薔薇という言葉を口にした瞬間、ヒルマの表情が僅かに歪んだのをコッコドールは見逃さなかった。

 同時に自分はあの王女の名を聞いて反応を示さずに居られただろうか。と心配になる。

 以前ヒルマの管轄していた麻薬栽培施設が、蒼の薔薇によって潰されたことがあり、そのせいで彼女は大損をした。

 更にその後、現在の自分たちの上司、いや絶対的支配者たちが麻薬を王国にばらまくのを止めさせたことも相まって、彼女は一時期七部門──警備部門は既に潰れたものとみて問題ない──の中で最も勢力が弱まった。今は麻薬を帝国を中心に売り込んでいるが、それも帝国の皇帝ジルクニフの卓越した政治手腕によって表裏両面から厳しい締め上げをくらっているという。

 だからこそ、彼女にはこうした雑事の仕事が回ってきているわけだ。

 その原因の一端とも言える蒼の薔薇に対しては、ヒルマも思うところがあるのだろう。

 

 しかしそれはコッコドールも同じだ。彼の場合はその相手はラナーであり、彼女の発案で制定された奴隷売買を禁止する法律によって奴隷売買部門は斜陽傾向に陥り、一時は憎悪の対象であった。

 そしてこれもヒルマと同じく、王国ではなく帝国にその商売の拠点を移すことになった。だがコッコドールの場合はヒルマと違い、帝国では奴隷売買が違法でないことや、後腐れのない奴隷を必要とした自分たちに直接指示を出す悪魔デミウルゴスの計略もあって、上手く帝国の奴隷売買産業に食い込んでいくことができた。

 だからコッコドールが今更ラナーを恨む理由はもうないのだが、そもそもこの現状に陥った原因は、違法となったことで仕方なく王都の片隅に作った娼館で起こった。

 つまり違法とならなければ、あんな地獄を味わわされることにはならなかったのではないだろうか。と考えてしまう。

 もっとも、魔導王の宝石箱が台頭すれば、どのみち八本指として手を出すのは目に見えていたので遅いか早いかの違いだけだったのだろうが。

 それ以前にラナーは自分たちなどとは比べ物にならないほど高い地位にいる。

 それは王族という意味ではない。

 魔導王の宝石箱の主、アインズと直接取引をしている協力者の立場という意味だ。下働きとして、ありとあらゆる命令に、畏まりました、と答える以外に選択肢のない自分たちとは比べ物にならない厚遇だ。

 いくら王族とは言え、立場だけでその地位を掴みとれるはずがない。

 つまりラナーがそれだけ有能であり、使い道のある人物だと言うことだ。そんな人物に悪印象を与える訳にはいかない。

 

「……あの、少しよろしいですか?」

 唐突に件の人物が奥の部屋から顔を出した。

 光量を絞った永続光(コンティニュアル・ライト)に照らされたその姿は、先ほどまでの思考のせいもあってかどことなく不気味さを感じさせる。

 

「は、はい。如何致しました? ラナー王女」

 即座に媚びるような笑みを浮かべながら、ヒルマがラナーに答えた。

 普段上客である貴族相手に良い気分にさせる意味も込めて行う演技などではない、本物の媚びを売っている。

 自分もそうするべきなのだろうが、ラナーに対して思うところがある自分が接することで内心が読まれて、僅かに燻る敵愾心を見抜かれでもしたら目も当てられない。と黙って頭を下げるだけにしておく。

 

「今後の方針が決まりましたので手伝っていただきたいのです。特にこれからお越しになる御方に対しては最大限の礼を尽くさないといけませんから」

 

「それはもちろん。私たちでできることであれば何なりと。ねぇ? コッコドール」

 

「え、ええ。それは勿論、どんなことでもお任せ下さいな」

 唐突に振られ、思わず声が上擦ってしまった。そんな自分を責めるようにヒルマが睨みつけるが、この場合話を振ってきた方にも問題がある。

 しかし、ラナーはそんなことを気にしている時間も勿体ないというように、真剣な顔でお願いします。と答えた。

 

「ち、ちなみに、どなたがいらっしゃるのでしょうか?」

 震える声でヒルマが追求する。

 ラナーが最大限の礼を尽くさないといけないと考える相手などそう何人も思いつかない。

 魔導王の宝石箱がらみで言えば、自分たちとも繋がりのあるデミウルゴスが一番の候補だが、他の者の可能性もある。

 できれば圧倒的すぎる武力で以って自分たちの拠点を直接潰しに来たあの老執事、セバスだけは勘弁願いたいものだ。

 そう考えていたコッコドールに、ラナーが告げた言葉はその想定を遙かに超えていた。

 

「漆黒の英雄モモン様、いいえ。こう言った方が分かり易いのかしら。魔導王の宝石箱の主にして絶対的支配者、アインズ・ウール・ゴウン様が今からここにお越しになります」

 ヒュッ。と喉の奥から悲鳴のような音が漏れ、次いで、胃の奥から恐怖がせり上がる。

 絶対的支配者。その言葉があれほどピッタリ来る人物をコッコドールは知らない。

 通常組織や国といった集団とは、大きくなればなるほど綻びが出てくる。全員が全員、頂点に立つ者に忠誠を誓うことなどあり得ないからだ。

 その地位を奪おうとする者が遅かれ早かれいずれ必ず現れる。コッコドールもかつてはそうした者の一人であり、部門のトップに立ってからも下の者からの下克上には常に警戒してきた。

 だが魔導王の宝石箱は違う。所属する全員がアインズ・ウール・ゴウンのために命を捨てることすら当たり前のこととして受け入れる絶対の忠誠心を誇っている。

 それがどれほど恐ろしいことか。

 こっそりと手を抜くことも、ミスを誤魔化すための口止めも、息抜き代わりの陰口すら許されず、文字通り全力でたった一つのミスすら犯すことなく完璧にやり遂げるしかない。ということだ。

 そうした忠誠を一身に受ける絶対的支配者がここに現れる。

 当然出迎えるのは自分たちの役目だろう。そこで僅かでも機嫌を損ねればどうなるかは、今まで散々教え込まれてきた。

 死ぬことすら救いと思えるような地獄を、永遠に味わわせられるに決まっている。それこそ未だ悪夢にうなされるあの地獄すら生ぬるいとばかりに。

 

 それからのことは良く覚えていない。

 無意識ながら、ラナーの指示に関しては一言一句違えることなくメモを取っていたが、気付いた時にはそのラナーの姿も消えていた。

 呆然と立ちつくす、ただでさえ骨と皮しかない病的なヒルマの姿は、憔悴によって更に不健康そうになり、幾つも年を取ったかのように錯覚してしまうほどだ。

 尤もそれは自分も同じなのだろう。ヒルマの目からそれが伝わる。

 

「……ねぇコッコドール。手伝って、くれるよねぇ?」

 

「あ、当たり前じゃないのよん。お仕事を完璧にこなしてから、お酒でも飲みに行きましょうよ」

 語ったのは偽らざる本心。

 こうなったら全力でヒルマをサポートし、アインズの持て成しを成功させる他に無い。

 自分のために。そして自分たちがしくじれば連帯責任を負うことになる、同じ立場にいるこの世で最も信頼できる仲間たちのためにも。

 コッコドールとヒルマは同じ事を考えながら、固い握手を交わした。




この話で八本指を直接出したのは確か初めてだったはず
八本指は直接逆らってセバスに始末されたゼロ以外の長たちは王国に捕まらなかったコッコドールも含め、魔導王の宝石箱を発展させるためにみんなで力を合わせて頑張っています

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