オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

96 / 114
書籍版で語られた、純粋な瞳を持ったままのクライムを鎖で繋いで飼いたい、という願いを叶えようとラナーが頑張る話
まああの鎖発言は多分比喩なんでしょうけど、ラナーだったら物理的にやりかねないという気もします


第96話 ラナーの夢

 エ・ランテルの城壁最内周部、貴賓館の隣に建てられた都市長の邸宅、その一室で二人の男女が向かい合っていた。

 

「このような突然の来訪に応じていただき、感謝いたします。レッテンマイア卿」

 目の前の人物に向かってラキュースは深く頭を下げる。

 それを受けた男は、背もたれに体を預けたまま手を持ち上げた。

 

「かまわんよ。わたしからもききたいことがあったからちょうどよかった」

 言葉の途中でぷひーと間の抜けた鼻息を鳴らしながら、エ・ランテルの都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが言う。

 肥満型ブルドッグと呼ぶのがぴったりと来る外見と、これ見よがしに着けられた高級な衣服や装飾品、その気の抜ける話し方と相まって、如何にも金遣いの荒い間抜けな王国貴族と言った風体だが、それが演技であることは既に聞いていた。

 国王が信頼する数少ない貴族の一人であり、だからこそ三国の要所であるエ・ランテルの都市長を任命されているそうだ。

 確かによく観察してみると、肉に埋もれた瞳には知性の輝きが見て取れた。

 

「ありがとうございます。それと普通に話していただいて問題ありません、聞いております」

 敢えて言う必要もないのだが、これからする頼み事のために告げておく必要があった。

 その言葉を聞いた瞬間、パナソレイの目付きが鋭くなる。

 どう猛な野生の猪を思わせるその様子に、これが本来の姿なのだと実感した。

 

「ふむ。ちなみに誰から聞いていたのだ? ラナー殿下かね?」

 

「いえ。今回の仕事を受ける際、陛下より直接伺いました。視察中何かあった場合、レッテンマイア卿をお頼りするようにと」

 

「なるほど、ならばそうさせて貰おうか。ああ、アルベイン殿。ここでは都市長で構わんよ。貴族として会いに来たのでもないのだろう?」

 

「はい。アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇として、都市長にお願いがあって参りました」

 

「ふむ。では話したまえ」

 チラリと視線を隣の建物に向ける。

 ここからではその外観をハッキリと見ることはできないが、そこには今朝まで自分たちが滞在していた貴賓館がある。

 正直自分が再びここに来るには、相当危ない橋を渡らなければならなかった。

 一応、双子が影技分身の術を使って人数を誤魔化し、全員揃ってエ・ランテルを出たと見せかける小細工を弄し、ラキュース自身もある程度の変装はしている。だが、本職ではないラキュースの変装はある程度の技量を持った者であれば、見抜かれる危険がある。

 しかしその危険を冒してでも、ラキュースがここに来る必要があった。

 元々は自分たちが目立ちながら、エ・ランテルを出ることで、周囲に気付かれることなくクライムをモモンのところに行かせる計画だったが、その間なにもしないより、情報収集を行うべきだと考えたのだ。

 本来は双子か魔法による隠匿が可能なイビルアイが都市に残るべきなのだが、あえてラキュースが一人で残ることにした。バルブロが予定通り冒険者組合の視察を行うことを逆手にとって、都市長に事情を説明して協力を仰ぐことを第一に考えたためだ。貴族であるラキュースでなければ都市長との極秘会談は実現しない。

 

「ラナー王女が何者かに連れ去られました。現在我々が捜索しておりますが、情報が足りません。何とぞ都市長のお力を貸していただきたいのです」

 先ずは状況をはっきりと説明する。

 現在の状況と自分たちの立場を明確にしなければ協力を得ることは出来ない。

 

「なんだと? それは本当かね。先日、視察の挨拶に訪れたラナー殿下とお会いしたが、いつの話だ?」

 

「今朝です。バルブロ殿下はラナー王女の名誉を守るために、このことを公表しないつもりです」

 

「……君はその話を信じているのかね?」

 鋭い瞳が、ラキュースを貫く。

 やはり彼は切れ者だ。

 

「……私はバルブロ殿下が手回しをしたと確信しております。既に我々、そして漆黒のモモンさんたちに力を貸していただき、ラナー王女の行方を捜索する準備を進めております。ですがエ・ランテルは広く、深い。私たちは勿論、都市を拠点にしているモモンさんですら把握しきれないほどに」

 物理的な広さだけではなく、エ・ランテルにはスラム街や広大な共同墓地といった、行政側ですら管理し切れていない場所が多く存在している。

 ここを拠点にしているとは言っても、冒険者として忙しく各地を駆け回っているモモンたちも、その全容を把握してはいないだろう。

 

「モモン君が……なるほど。私の所に来た理由がよく分かった。君は情報収集係か」

 正確には現時点ではこちらが勝手に行っていることであり、まだ協力を確約しているわけではない。だが、そう思って貰っていた方が、パナソレイも安心できるだろう。

 彼らの実力は、エ・ランテルの都市長であるパナソレイも良く知っているはずなのだから。

 

「その為に、エ・ランテル内の地図を貸していただきたいのです。できる限り正確な物を」

 

「──都市内の地図。特に城塞都市であるこのエ・ランテルの地図は、国防上重要な意味を持つと分かった上で言っているのだね?」

 その通りだ。

 もし精密な地図が他国に流れでもしたら、王国の要である城塞都市エ・ランテルはその防衛力を失い、他国の侵略の危機に晒される。

 その為、地図というのは誰でも簡単に入手できる物ではなく、またあえて正確にせず大雑把なものしか作らないことが多い。

 それでも、都市の運営を任されている都市長ならば、有事の備えとして正確な地図を持っているはずだ。

 ラキュースは怯むことなく頷く。

 

「はい。ですが、ラナー王女をお救いすることは、バルブロ殿下や貴族派閥の力を削ぐことにも繋がります」

 王派閥でもあるパナソレイにとって、貴族派閥の力を削ぐことも主であるランポッサの助けになる。と告げているのだ。

 

「……分かった。急いで用意しよう。都市全域……それと、地下下水道の地図も必要だな」

 熟考するような沈黙を空けてから、重々しくパナソレイが頷いた。

 

「地下、ですか?」

 

「うむ。物流が豊富なエ・ランテルはその分、出入りの検査も厳しい。だからこそ、違法な物の出入りに関しては地下下水道を利用する者たちが多いと聞いている」

 確かに言われてみれば地下下水道は盲点だった。これだけ大規模な都市ならば地下下水道は広大な迷路も同然。貴賓館の下にも張り巡らされているはず。

 賊がそこから潜入したのならば、蒼の薔薇にも気付かれることなく、ラナーを攫うことも不可能ではない。

 自分では思いつかなかった提案をしてくれることも合わせて、やはりパナソレイに助力を求めた自分たちの判断は間違っていなかった。と実感した。

 

「ありがとうございます。ラナー王女は必ずや私たちがお救いいたします」

 礼を取りながら、ラキュースは力強く宣言した。

 

 

 ・

 

 

 エ・ランテル近くの森の中。本来ならば人の領域ではないこの場所も、アダマンタイト級冒険者蒼の薔薇ならば絶好の隠れ場所となる。

 クライムはエ・ランテルから転移魔法で一人飛ばされ、モモンから告げられた作戦内容を蒼の薔薇に語っていた。

 

「──とのことです。混乱を避けるため、私と蒼の薔薇の皆さんは連絡するまでここで待機するように命じられました」

 話を聞き終えた全員が口を噤み思案している様子を、クライムが不思議そうに眺めている。

 

「……小僧。その作戦、本当にモモン様が考えたのか? ナーベではなく」

 

「は、はい。行動の指針は全てモモン様が決められていました。ナーベ様はその指示に従っただけです」

 威圧的なイビルアイの言葉に、クライムは戸惑いつつも答える。

 

「やっぱりおかしいよな?」

「うん」

「変だね」

 ガガーランに加え、双子も同意を示し、完全に置いてきぼりを喰らっているクライムに、イビルアイは自分たちが考えている違和感を伝えることにした。

 

「モモン様が考えたにしては作戦に穴がありすぎる。我々の知っているモモン様はその圧倒的な実力に驕ることなく、慎重に、そして最善の行動を考えてから行動するタイプだからな。こんな穴だらけの作戦を立てるはずもないし、そもそもこの状況で私たちに動くなと言う意味が分からん」

 全員が全員ではないが、圧倒的な実力を持つ者は作戦を軽視しがちな傾向がある。かつてのイビルアイもそうだった。

 国堕としと謳われ、圧倒的な実力を誇っていた昔の彼女は、その実力に任せた強引な戦い方をするのが基本だった。リグリットもいたとは言え、戦力の劣る蒼の薔薇にそこを突かれて敗北したことで、彼女たちの仲間となったのだ。

 しかしモモンは最強の生物であるドラゴンを一刀両断し、従属神が堕ちた姿である魔神とすら互角に戦える実力を持ちながら、常に思考を巡らせ、慎重策とすら思える方法を選択していた。

 

「聖王国でもそうだったな。基本的には先ずは俺たちとモモンだけで情報を共有して、その後で聖王国側の誰に伝えるか、そもそも話すかどうかもそこで考えるって奴。あの時聞いた話は全部当たってたし、想定外だったのは聖騎士団長が暴走したのと、貴族どもに指揮権奪われた時ぐらいで、あれがなかったら、ゴウンがいなくてもヤルダバオト倒せてたんじゃねぇの。ってぐらいだったからな」

 確かにそうだ。

 レメディオスの暴走や、聖王国の貴族に作戦指揮権を奪われてしまったため、結果として実現できたものは少ない。だが、モモンが提示した作戦や今後の展開予想は、まるで事前に知っていたかのようにピタリと当たるものばかりだった。

 そんなモモンが考えたにしては、今回の作戦はずさんもいいところだ。

 

「時間が無かったせいでは?」

 

「モモンがその物体発見(ロケート・オブジェクト)巻物(スクロール)を持っていなかったら話は分かる。王女様の居場所を見つける術がなければ、急いで行動しなくてはならないのは当然。でも今回に関しては王女様の身の安全も含めた状況的にも、準備をする時間が十分ある。なのに何故ということ」

 ティアの言葉にイビルアイも同意する。

 

「そもそも、いきなり魔法を使わせたことが信じられん。小僧、モモン様は元々相手が防衛対策を施している事を前提にしつつ、魔法を使ったと言っていたのだな?」

 

「はい。第六位階の魔法であれば、相手が防御魔法を発動させていても、それを貫いて見つけることが出来ると」

 

「……第六位階か、つくづくゴウン殿の魔法はデタラメだな、まあ、それは良い。ならば尚更だ、そうした魔法を使用して相手の防御魔法を貫いた場合、そのことは向こう側に伝わるはずだ。防御魔法が破壊されるわけだからな。だからこそ、本来その手の魔法を使う前には、相手に気付かれると理解した上で、その場所に突入する準備を整えなくてはならない。しかし今回モモン様は対策をせずにその魔法を使った。当然モモン様がそのことに気付かないはずはないから、急がなくてはならない別の理由があったはずだ──」

 全員が考え込み始めたのを見て、ふと思い出したようにクライムが皆の顔を見回した。

 

「……そう言えばアインドラ様はどちらに?」

 ここにいるのはクライムを入れて五人、ラキュースはこの場にはいない。

 クライムと分かれた後、一人でエ・ランテル内部に留まっている。

 

「鬼リーダーならエ・ランテルの中で情報収集中」

 

「クライムは演技出来なそうだし、尾行にも気付けなさそうだから内緒に……」

 説明をしている途中、ティナが、ああ。と言うように手を打った。

 

「モモンが慌ててた理由が分かった、かも。クライムが尾行されていたんだ」

 

「私が、ですか? そんな──」

 ティナの指摘にクライムが愕然と目を見開く。

 

「そっか。敵がクライムを尾行してモモンと接触したのを見たら、お姫様を急いで逃がそうとする。いくらモモンでもそのまま法国とかに連れ去られたら助け出すのは簡単じゃない。だから逃げ出される前に急いで魔法を発動させ場所を特定し、救出に向かうことにした」

 ティナの思考を理解したティアも納得したように頷く。

 モモンは確かに自分たちとは比べものにならないほどの力を持っているが、討伐の仕事と異なり、救出作戦は力押しだけではどうにもならない。そのことを重々承知しているモモンならば相手に気付かれたと理解したからこそ、準備不足なのを承知しつつも、即座に突入する他になかったのではないだろうか。

 

「だとしたら、わざわざクライムを転移魔法を使ってまで俺たちのところに戻す理由は何だ? これ以上余計な動きをさせないようにするなら宿に閉じこめとけばいいだろ」

 

「……それこそ、モモン様からの無言の救援要請だろう。モモン様は私たちにこの話を伝え、私たちが気付くことを理解していた。だから貴重な転移の巻物(スクロール)を使ってまで小僧をここに戻したと見るべきだ」

 

「救援要請って……そっか、鬼ボスは今都市長のところにいるから、都市の地図だけではなく、地下下水道の地図も手に入れることが出来る。それを伝えたかった」

 ラナーの居場所が分かっても、相手が勘付いて逃げ出すことを考えれば、地下下水道の地図は必須だ。それを自分たちに手に入れさせようとしている。ひょっとしたらラキュースが都市長のところに出向いたことさえモモンは見抜いているのかも知れない。

 

「にしてもよぉ。こんな分かりにくい方法使わんでも、それならそうとクライムに伝えればいいじゃねぇか。転移魔法で送ってくるなら道中敵に捕らえられて、情報漏洩が起こることもないんだしよ」

 

「盗聴を危惧したのかもな。敢えて無策で行くと宣言し、私たちにも動くなと言うことで相手の油断を誘う。モモン様のことを良く知る私たちなら、こんなずさんな作戦を立てるはずがないと気付くから、その裏にある真意を見抜くと考えた」

 

「この分かりづらいほどの慎重さはまさに、聖王国で見たモモンそのもの。あんな適当な作戦を立てたと考えるよりずっと筋が通ってる」

 

「だったら早くリーダーにも伝えないと。時間的にはもう都市長との会談終わってるかも」

 自分たちがエ・ランテルを出て、この森に来るまでそれなりの時間が経っている。

 ラキュース側も慎重に行動しているため、都市の最内周部にある都市長の邸宅まで移動するのは時間が掛かるだろうが、クライムの話を聞いていた分と合わせて既に会談が終わっても不思議ではない。

 元々ラキュースの仕事は都市長と極秘の協力体制を築くことと、エ・ランテルの地図を入手すること。地下下水道に関しては想定外だったため、ラキュースもその地図までは入手していないはずだ。

 だとしたら急いで連絡し、場合によっては引き返して再び都市長と会って貰う必要がある。

 

「分かっている。〈伝言(メッセージ)〉」

 伝言(メッセージ)はあまり信頼性が高くはないのだが、別行動の多い蒼の薔薇ではよく使っている。合い言葉を決めて本人確認をすることを前提にして連絡を取り合うのだ。

 

「ラキュース。私だ」

 向こう側と繋がる感覚を感じながら、イビルアイはラキュースに話しかけた。

 

 

 ・

 

 

 八本指の長二人、そして影の中に潜んでいた悪魔たちが全員力を合わせたことで、急ピッチで何もなかった地下下水道の空間にアインズを出迎える準備が整った。

 勿論魔導王の宝石箱との繋がりを示す物は使用できないため、全て現地、八本指から提供された物ばかりだが、そこらの貴族が使っている物よりは余程まともな家具や装飾品を整えることが出来た。

 その中央に置かれた豪勢な椅子に、一人の男が腰を下ろす。

 ラナーはそれを頭を下げたままの姿勢で、向こうからの合図を待つ。

 

「面を上げよ」

 反響する声はいつか、舞踏会で聞いた物とは違う。

 どちらが本物の声なのだろうか。

 

「──はい」

 そんなことを考えながら、ゆっくりと顔を持ち上げる。そこには豪勢でありながらも、この世界の意匠とは異なる文化によって作られたとおぼしきデザインのローブと仮面を纏った男が一人、背もたれに体を預け、頬杖をついたままこちらをじっと観察するように見ていた。

 本物のアインズ・ウール・ゴウンその人だろう。

 

「そちらも時間が無いだろう。余計なやりとりは一切抜きにして話を進める。良いな?」

 謁見に対する謝礼を口にしようとしたラナーを制し、アインズが言う。

 

「勿論です。全てゴウン様のお望みのままに」

 常に身に着けられた仮面によって反応を見ることは出来ないが、僅かに気配が揺れた気がした。

 

「──では、早速問おう。計画は順調に進んでいるか?」

 

「問題はございません。全ては私の計画したとおりにことが進んでおります」

 

「……では改めて、その計画をここで説明せよ」

 

「──承知しました」

 既に計画は提出され、アインズの許可も貰ったと聞いている。現在のところ計画は一つも変わっていない。

 だが、これはラナー本人の口から、直接話をすることに意味があるのだと、瞬時に理解した。

 

(例の映像を記録する魔法。私の口から言うことで裏切りを防止させる狙いね)

 恐らくまだアインズはラナーのことを信用していない。

 アインズの情報を手土産に法国と手を結ぶ可能性がまだ残っていると考えていると言ったところだろう。

 だがラナー自身にはその気は今はもうない。

 舞踏会での邂逅以後、裏切る気は失せている。例え法国がアインズと同等の戦力を持っていたとしてもだ。

 あの国が自分の夢を叶えてくれるとは思えない。

 ラナーがクライムと共に、理想の世界に閉じこもったとしても、人類の生存と繁栄を至上命題とする法国の上層部はそれを脅かす別の脅威が現れたのなら、何の迷いもなく再びラナーを表舞台に引きずり出すだろう。

 しかしアインズは違う。この男は約束を必ず守る男だ。

 これは何も馬鹿正直な義理堅さを持っているということではなく、アインズのプライドの高さと、自分たち人間を下等生物として見下しているからこそだ。

 自分たちより遙かに劣る下等生物と交わした契約を破ることは、そのまま自分の器の小ささに直結するとアインズは考えている。

 アインズは自分と、その周囲を侮られること、それを何より嫌っているはずだ。

 だからこそ、舞踏会でラナーがアインズを試したことを不快に思い、力の差を見せつけた。

 契約に関しても同じだ。一度契約を交わした上でそれを破れば、破られた側は相手の狭量を笑うだろう。例えその後殺されたとしても、その笑われたという事実が残った時点でアインズは己の負けだと考える。そう言う男だ。

 

「それではご説明させていただきます。今回の計画の最終目的は、貴族派閥の解体です」

 今回の件が明るみに出た場合、貴族派閥は大きな痛手を被る。

 何しろ打算ありきとは言え、ボウロロープ侯は宮廷会議で真っ先に王国一丸となって戦うことを進言した。その娘婿であるバルブロが法国と繋がり、王族の誘拐を指示したとなれば、廃嫡は確実。また、誘拐時に護衛を務めていた精鋭兵団はボウロロープ侯の配下だ。その責任を追及すれば、貴族派閥のトップであるボウロロープ侯自身の受けるダメージも計り知れない。

 既に宮廷会議の場で、一応貴族派閥に属していることになっているレエブン侯は王を支持した。そのため、彼は王派閥に寝返ったと思われている。そのことも合わせて、六大貴族の一人にして上昇志向の強いリットン伯も、落ち目の貴族派閥から王派閥に鞍替えすることだろう。

 その果てに残るのは大きなダメージを負った盟主が一人だけ。

 求心力を失った貴族派閥を維持していくことなど到底出来ず、瓦解する。そうなれば王派閥が最大勢力となり、行き場の無くなった元貴族派閥の貴族は王派閥に加わるか、無能な貴族であれば貴族派閥の後釜を狙って新たに派閥を作るかもしれない。だがどちらにせよ、今までのような二大派閥による権力闘争という構図は消え去る。

 その後は、アインズと懇意にしている王派閥の足を引っ張るために、魔導王の宝石箱を遠ざけていた者たちも、逆に自身の力を高めるために、アインズにすり寄ってくることだろう。

 そうした内容を、言葉にしてアインズに聞かせることで証拠として残させる。

 これでラナーの裏切りは無いと理解して貰えたはずだ。

 

 

「……なるほど。作戦は理解した。つまりお前を救出した後、我々はバルブロの所に乗り込み、奴を捕らえることになるわけだな?」

 

「はい。本来ならばあれが大人しく罪を認めることなどないでしょうが、今回はそれを見越して物理的な証拠も用意させております。加えて余計なことを話さないように、あれにはここで行方不明になって貰おうかと。その為の策もご用意しております」

 物証があり、その上でバルブロが消えたなら、罪を認め、逃れるために法国に亡命したか、場合によっては八本指の者に消された。と思われる。

 そして同時にこれは言外にバルブロの身柄はアインズたちに預けると伝えている。

 完全な真意が読み切れないアインズはともかく、デミウルゴスや舞踏会で会ったアルベドはバルブロに対して激しい怒りを燃やしているのは明らかだからだ。

 特にアルベドの感情は、ラナーとしてもよく覚えがある。ラナー自身クライムを馬鹿にする連中はいずれどんな手を使ってでも殺してやると決めている。

 アルベドは、自分がクライムを愛するのと同じほど、アインズのことを愛している。あれほど分かりやすくアインズを馬鹿にしたバルブロをこのまま許しておくはずがない。

 だからこそ、バルブロは逮捕されるのではなく、証拠を残したまま行方不明になって貰うことが重要なのだ。

 

「ふむ。話は理解した、素晴らしい作戦だ。約束通り、今回の件が終わればお前の望みは叶えよう」

 ラナーの意図が伝わったらしく、アインズは満足げに頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

「しかし、本当に褒美はあれだけで良いのか? 私は働きには正当な対価を支払うべきだと考えている。お前が望むのならばもっと別の、いやより多くの褒美を取らせることも吝かではない」

 

(やはりそう来たか)

 この質問は予測していた。

 ラナーの才能を手放したくはないが、アインズ自身のプライドによって強引な手段は取れない。だからこそ、こちらからより多くの褒美を欲するように仕向けてくると考えていた。

 だがそれはごめんだ。

 折角アインズたちの望みを叶えつつ、同時にラナー自身の夢を叶える手筈が整ったのだから。

 この後、ラナーはモモンに救出されることになるが、そこでラナーは無事に助からなかったことになる。

 ようは命は助かったが、八本指の下っ端によって慰み者にされてしまった。ということにするのだ。

 勿論モモンの仕事が失敗に終わったと捉えられないように、その責任は蒼の薔薇に押しつける。彼女たちは恐らくモモンと接触した後も、独自の判断で行動しているだろう。

 それに気付き、もう逃げられないと観念した下っ端が命令を無視して暴走しラナーを襲った事にする。これにより、蒼の薔薇が余計な行動を取らず、モモンに任せておけばそんなことにはならなかった、という方向に話を持って行く。 

 王国にとってはこれ以上無い不祥事であり、国を挙げて隠そうとするだろうが、この話はどこかから漏れ、王国中に広まってしまうことになる。

 そうなれば、傷ついたラナーが小さな領地に引き籠もってしまったとしても、何もおかしくはない。加えて純潔を失ったことで政略結婚の道具としての価値も暴落する。

 後はラナーに同情的なランポッサを動かして、クライムに男爵程度の地位を与えさせ、ラナーの降嫁を認めさせる。

 通常であれば絶対に不可能だが、ならず者に慰み者にされた王女と、貴族派閥が無くなり、発言権を強めた王の後押しを受けた男爵ならば、問題はない。

 事前にレエブン侯に働きかけ、今回のことで王位を継ぐことになるザナックにも邪魔はさせないように言ってある。

 そうしなければ、事前の取り決め通り、ラナーはレエブン侯の一人息子と偽装結婚することになってしまう。それを嫌っているレエブン侯は全力で取り組んでくれる。

 

 後は今回のことで精神的に不安定になった振りでもすれば、ラナーの夢が叶う。

 そう、クライムを鎖で繋いで飼い続けるという夢が。

 無理矢理クライムを閉じこめ、鎖を付けてしまったら、あの純粋な瞳は変わってしまうだろう。それはラナーの望みとは違う。

 しかし、クライムが傍にいなかったことで誘拐され、慰み者にされたラナーが少々気を病んでしまったことにすれば話は変わる。

 その時の恐怖を忘れられず、クライムがどこにも行かないようにする。という名目ならばクライムはそれを断れない。

 あの純粋な瞳には罪悪感というトッピングが加わり、ラナーはクライムを永遠に飼い続けることが出来るのだ。

 今回を逃せばそのタイミングは二度と訪れないかも知れない。だとすれば答えは決まっている。

 

「いいえ。私にこれ以上の望みはございません」

 これでラナーの夢が叶うと同時に、王国の未来も決まったことになる。

 ラナーが手を貸さなければ、恐らく早晩、王国は消え去る事になるからだ。内戦や、法国との戦争、アインズに乗っ取られるのでもなく、恐らく帝国によって。

 ラナーは初め、アインズは王国を乗っ取ることを考えているのだと思っていた。しかし王国だけではなく聖王国や帝国に商売の手を広げ、法国を潰そうとしていることを知り、その考えが間違いだと気付いた。

 アインズが望んでいるのは、もっと大きい。人間の国だけではなく、異形種の国も含めた全てを自分に依存させることなのだ。人間国家でのことなど、アインズにとっては、今後の足場作りでしかない。

 商売の手を広げ、緩やかに世界をアインズなしでは生きていけないようにする。その為には国など持たない方が良い。商売であれば外交問題等を考えることなく、国の垣根を越えて幾らでも手を広げられるからだ。

 法国との戦争が終わり、三国同盟が解散した後、帝国が再び王国に宣戦布告を成したとしても、アインズはそれを止めることはしないだろう。

 むしろ、双方に武器や戦力を売り、儲けを出そうとするはずだ。

 

 どちらかに肩入れするならばともかく、アインズが両方に力を貸せば地力で勝る帝国が勝利する。聖王国や都市国家連合にも手を伸ばすかも知れない。どちらにせよ、アインズは最後に残った国を手に入れればそれで良い。

 ジルクニフならばそれも読み手を打つかも知れないが、それを見越して既にアインズはジルクニフの心をへし折っている。仮に再起したとしても、ジルクニフの支配は永遠ではない。次代の皇帝が彼以上の才能を有している保証も無いため、支配はその時でも問題ない。

 寿命のないアインズだからこそ出来る、気の長い作戦だ。

 人間である自分がそれに付き合っていては、いつ自分の夢が叶えられるか分かったものではない。

 だからこそ、今回ラナーは本来は救出役を影武者のモモンではなく、敢えてアインズ本人が来るように仕向けた。

 この話をアインズ本人にきちんと約束させるためだ。

 

 プライドの高いアインズはともかく、他の者たちでは例え契約を交わしたとしても、アインズのためになると分かれば、それを破棄する可能性もある。

 そうならないようにするためには、絶対的支配者であるアインズに直談判をして約束させる必要があった。

 それは上手く行ったが、強欲なアインズのことだ。こちらとの約束を守りつつ、ラナーから別の褒美を要求させる策を立てているかも知れない。と態度には出さず心の中で身構える。

 

「そうか。ならば結構、気が変わったら言ってくれ」

 何も仕掛けてくることの無いあっさりした引き際に、僅かに戸惑いを覚えたが、それを微塵も表に出すことなくラナーは頭を下げた。

 

「はい。お心遣い感謝いたします」

 

「では私は一度下がる。所定の時間になったら今度はモモンとしてここに来る。犯人役を含め、準備を整えさせておけ」

 アインズは転移で一気にここに来たために、時間の調節が必要となるためだ。

 

「承知いたしました。お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします」

 深く頭を下げるラナーに軽く手を挙げて答えたアインズは、ここでもあっさりと部屋を後にした。

 準備に関しては外の部屋で待機している八本指の二人に任せれば良い。

 その前に、ラナーは時間の許す限り、これから起こりうる内容に関するシミュレートを行うことにした。アインズの引き際の良さに逆に怪しさを覚えたからだ。

 相手はラナーが生まれて初めて出会った、自分を超える叡智を持った相手だ。どれほど考えようとやり過ぎると言うことはない。逆にアインズ側からしてみれば、ラナーの存在はあくまで人間の中では使える駒程度でしかない。

 そこに隙が生まれるはず。

 

(一番分かり易いのは、クライムを殺すこと。でもそうなっても、私はラキュースに蘇生を頼めば良いだけだから意味はない。いえ、あるいはラキュースの使える蘇生魔法では復活できないようにする方法もあるかも知れない。けれどそれを使えるのはアインズ側の者だけのはず、私とクライムに直接危害を加えることは出来ない契約だからそれはない。後は──)

 準備に必要な時間を考え、自分に残された時間を計算しながら、次々に思い浮かぶ可能性を潰して行く。

 

 

(こんなものかしら。他には──)

 自分とクライムに関係する内容を考えつくし、別視点からのアプローチを考え始めた時、唐突に扉が開いた。

 そこから現れた人物を見て、ラナーは瞳を細める。

 

(先にコレの可能性から潰しておくべきだったわね)

 

「……助けに来たわ。ラナー」

 言葉とは裏腹に、生命力に満ちた強い意志を感じさせる瞳からは、ラナーに対する敵意が滲んでいた。どこまでかは知らないが、既にラキュースはこれが狂言誘拐であることに気付いている。

 あるいはラナーの本性をも。

 

(これがアインズの策か)

 冒険者として場数を踏んでいるラキュースならば、アインズからの指示が出る前から、独断で地下下水道の地図を手に入れるところまでは可能性として考えていた。が、その後アインズの指示で待機するように命じられることになっていたはずだ。その理由に関しては状況によって異なるためアインズが考えることになっていた、そこを突かれた。アインズの指示を無視して、自分たちの判断でここに来るようにラキュースを操ったのだろう。

 確かにラナーを動かすよりはラキュースを動かす方が容易い。まさかアインズがこんなせこい手を使うとは思っていなかったが、ラキュースが独自の判断で来たというのならまだ手はある。

 ラナーは無言のまま立ち上がり、ラキュースと向かい合った。

 自然と口元に笑みが浮かぶ。普段ラキュースに見せていた、頭は切れるが根回しが下手で、それでも王国の民の平和を願い、諦めず行動し続けてきた黄金と呼ばれた姫のものではない、本物の笑みが。

 

「貴女のそんな顔は、初めて見るわ。いいえ、私はきっと見えない振りをしていたのね……ラナー」

 そんなラナーにゆっくりと近づきながら、ラキュースは絞り出すように名を呼び、ラナーの瞳をまっすぐに見つめたまま続けた。

「今なら私、貴女の顔が良く見える」




書籍版でのラナーは殆ど内心も読めず、底知れない存在のような印象を受けますが
個人的な考えとしてはいくら頭が良くても、ナザリックを出し抜けるほどとは思えないんですよね、性格もweb版よりまともになっているそうですし
それもあってこの話においてのラナーは、ジルクニフの強化版位の気持ちで書いていますので、アインズ様の思考が読み切れなかったり、時には他人を操り損ねたりもします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。