オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

98 / 114
エ・ランテルでの話はラナーとラキュースがメインであり、バルブロはオマケでしかないのですが、折角なので書きます
後半からは戦争開始前の最後の話となる各国の戦争の用意に入ります


第98話 戦争の用意・帝国

 何故、何故。と幾度も自問する。

 何故こうなったのだ。

 自分は何も間違えていない。

 ラナーを誘拐させ、邪魔が入らないようにした後、冒険者組合を自分の手駒にする。それも後少しで成功するはずだった。

 それが終わった後は法国にこちらの情報を全て流し、戦争の際には王国を裏切り、冒険者たちを率いて法国について戦う。

 冒険者は国としての境界があまり無いからこそ可能な作戦だった。

 後少しでそれら全てが完璧に遂行できたというのに。

 それなのに何故。

 

「糞! 糞! 糞!」

 地下下水道に声が反響する。

 こんなカビ臭い場所に押しこまれるのも、まともな食事を取れないまま、長い時間を過ごすのももうウンザリだ。

 しかし、今は仕方ない。

 雌伏の時という奴だ。

 

「今に見ていろ。ラナーめ、この俺に対し、あのような真似を、必ず後悔させてやる」

 八本指が身柄を押さえていたはずのラナーが、いつの間にかこの都市で有名なアダマンタイト級冒険者チーム、漆黒と手を組んだ蒼の薔薇によって救出され、その足で自分の下に訪れた。

 しかも八本指と自分との繋がりを示す証拠まで持ってである。

 よりにもよって父親であるランポッサとも懇意にしている都市長パナソレイまで連れてきたことで、もみ消すことは不可能となり、バルブロは一度捕らわれの身となった。

 だが、王都に護送される直前、八本指や、精鋭兵団の中でも特にボウロロープ侯に近い側近たちの手引きもあって、逃げ出すことに成功した。

 逃げ出したところで廃嫡は確実だろうが、元からこうした状況も想定して作戦が練られていた。

 バルブロ自身は、そんなことを考える必要はないと思っていた。だが、本物の知者はこうした時の備えこそを大事にしているものだと言われたことで、仕方なく耳を傾けたのだ。それが実際役に立つとは、何が幸いするか分からない。

 

「あの女共も絶対に許さん。私が王国に戻った暁には目にもの見せてやる!」

 蒼の薔薇さえいなければ、漆黒が出てくることもなかった。

 証拠を手に、自分の前に立った蒼の薔薇の、あの勝ち誇った顔を思い出すだけで腹が立つ。

 しかし、それも今だけだ。

 ここを凌げば再起の目はある。

 

「殿下、お待たせいたしました」

 

「遅いぞ。何をやっていた?」

 骨と皮しかないやせ細った女が顔を出す。

 今回の作戦の手引きを行った八本指の者だ。

 この女のミスで、ラナーが救出されたのだ。つまり原因は自分ではなくこの女、ヒルマにある。

 本来ならばそれだけで極刑ものだが、ここまで手引きしたのもヒルマの部下によるものであり、また都市から脱出し法国に亡命するためにも、ヒルマの力が必要だ。だからこそ、あまり強くは言えないが、どうしても声に怒りが漲るのを感じてしまう。

 

「申し訳ございません」

 淡々とした心の篭もっていない形だけの謝罪に、怒りが再燃しかけるが、必死に抑える。

 素直な感情をさらけ出すなど愚か者のする事だ。

 自分はそれをよく知っている。

 

「それで。かの……いや法国への亡命の準備は出来ているのだろうな? 今回はお前のせいで失敗したが、私は寛大だ。この亡命が成功したら水に流してやるし、戦争後王位を継いだ暁には八本指にもそれなりの厚遇を約束してやる。だから、今度こそ失敗は許さんぞ」

 

「……うるさいねぇ。グチグチと」

 

「何だと!? 今なんと言った、いくらお前が法国の──」

 

「っ! いらっしゃいました。殿下。平伏してお迎え下さい」

 

「何を──」

 こちらが何か言う間もなく、ヒルマはバルブロの背後に何かを見つけたように目を見開いてから、その場で深々と頭を下げた。

 後ろを振り返ると、空間が揺らいでおり、そこから影が現れた。

 王族でも持っていないような豪勢なローブと杖。

 泣き笑いの仮面を身につけたその男には見覚えがある。

 

「お前はアインズ・ウール・ゴウン! 何故ここにいる」

 たかが商人の分際で、舞踏会では父親であるランポッサや、自分にまでも偉そうな態度を取り、あまつさえ、王国の王を帝国や聖王国よりも下の立場で呼び出すという、不愉快極まる行いをしたにも拘らず、未だに厚遇され続けている商人だ。

 この男との関係を強化する為に、父親は自分を冷遇し始めたとも聞いている。

 しかし、その男が何故ここに。

 

「殿下! この御方に対し失礼な態度はお止め下さい! も、申し訳ございません。ゴウン様、この者にはまだ説明が──」

 突然八本指の女が怯えた声を出す。

 

「良い。私も少し急いで来たからな」

 それを悠然とした態度で止めるアインズを見て、バルブロは気がついた。

 

「そうか、分かったぞ。お前は法国の人間なのだな? 確かにその名前、法国の者の洗礼名を入れた名前と同じものだ。戦争を煽って三国を疲弊させようという腹だったのか」

 そう考えると色々と納得が行く部分も多い。

 だからこそ、王族であるバルブロにこんな態度で接することが出来るのだ。

 今からバルブロを亡命させ、世話をする立場だからこそ、強気に出ているに違いない。

 

「ふっ。私が法国の人間か」

 鼻を鳴らしたようなアインズの態度に苛立ちが増す。

 ここははっきりと立場の違いを教えてやらなくてはならない。

 

「そうだろう? だが、私に対する口の利き方には気をつけろよ。私は法国との戦争後、王となる男だ。お前たちにとってもリ・エスティーゼ王国は重要な場所だろうが」

 そうだ。バルブロがこんな田舎まで出向いたのも、そして現在これほど屈辱に耐えているのも、自分が王になる道筋が見えているからだ。

 八本指を通して法国と内通し、戦争を法国の勝利に導く立役者になるために。

 本来勝者は土地を切り取るか、場合によっては国ごと併合することも出来るが、法国はあまり乗り気ではないらしい。

 異種族国家である評議国と地続きになりたくないからというのがその理由であり、そうなると当然法国の意を汲んで国を運営する王が必要となる。

 そこにバルブロが選ばれたのだ。

 法国の後押しを受けたバルブロが帰国し、父親には敗北の責任を取らせて引退させ、自分が王位に就く。

 つまり、エ・ランテルでの作戦が成功しても失敗しても、法国が戦争に勝ちさえすれば、バルブロの栄光は約束されていたのだ。

 その為、幾らこれから世話になる身であろうとも、王としてのバルブロの資質を示すため、威厳を見せつけなくてはならない。

 

「……お前は王族としては、一番の無能だと聞いていたが……いやはや、以前の舞踏会でもそうだが、私を怒らせるという一点においては随分と優秀じゃないか」

 淡々と語るアインズに、初めバルブロは何を言っているのか分からなかった。

 

「な、何を言っている? お前は……」

 法国の人間であろうと何だろうと、王族を無能と言ったのだ。本来ならば激高してしかるべきところだが、何故かバルブロは自分の声が震えていることに気がつく。

 

「ヒ、ヒィ! 申し訳ございませんゴウン様。何とぞ、何とぞ怒りをお鎮め下さい。オイ馬鹿王子! さっさと謝罪しろ。この御方はお前みたいなゴミとは立場が違うんだよぉ!」

 

「き、貴様まで、何を」

 先ほどまでは辛うじて敬語を維持していたヒルマまでも、バルブロに暴言を吐き捨てる様に、嫌な予感が増していく。

 

「良い。お前は確かヒルマ──だったか。回収は終わっているな?」

 

「はい。もちろんです! 今回の件と関わりのある品、それにこの男から話を聞いていた一部の精鋭兵団の者も全て回収し、我々の繋がりを知る者は後はこいつだけです」

 バルブロを無視して話し出す二人。アインズの視線が自分から外れたことでようやくバルブロの寒気も収まり、同時に叫んだ。

 

「ま、待て。まさか貴様ら、私を裏切る気か!? 法国の意を汲み取り、王国を上手く統治する支配者は、絶対に必要だろうが!」

 

「……まあ全てを教えてやっても良いんだが、余計なことを話して万が一のことがあっても困るのでな。止めておこう」

 言っている意味は分からないが、どうにも不穏な空気が流れている。

 

「わ、私を人質にする気か? いや、まさかとは思うが、以前のことや先ほどの件を根に持って、私に危害を加える気ではあるまいな? そんなことをすれば、王国の民全てがお前たちに牙を剥くことになるぞ。人間を守ることを第一に考えるお前たち法国にとってもそれは困るだろう?」

 後先考えず、暴走されて怪我や万が一命を落とすようなことにでもなっては目も当てられない。

 

「そう怯えるな。私はな、お前に感謝しているのだよ」

 

「な、なんだ。やはり──」

 先ほどのことは冗談か。と安堵しかけたバルブロに、アインズは続けた。

 

「何しろお前の身柄は、私の大事な配下が名指しで欲しがっているほどなのだからな。彼らが自分から、私に褒美を願うのは実に珍しい。それだけでお前は十分価値がある。何でも色々と実験をしたいことがあるそうだ」

 

「じ、実験……」

 不穏な台詞に、ここに来てようやくバルブロは気がついた。

 本気で自分に危害を加えるつもりなのだと。

 

「ふざけるな! 私は王国の第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド──」

 

「もう良い。〈麻痺(パラライズ)〉」

 その言葉を聞いた瞬間、体が凍り付く。

 いや、ピクリとも動かなくなってしまった。

 足に力が入らず、そのまま地面に崩れ落ちていく。手を動かすことも出来ずそのまま地下下水道の汚れた地面に顔がぶつかり、身を起こすことも出来ない。

 

「外に運べ」

 

「は、はい」

 震える声で返事をしたヒルマによって、足を掴まれ、ずるずると引きずられる。

 屈辱と怒りを感じるが、それ以上に恐怖が体を支配する。

 

(まさか、本当に俺を殺すつもりなのか!?)

 王族相手にこんな暴挙に出たからには、バルブロを生かして返すつもりが無いのではないか。そう考えてしまう。

 その声なき言葉を聞き取ったのだろうか。

 アインズは一歩前に出て、バルブロの上に立ち、ジッとこちらを見下ろした。

 どうにかして瞳だけ上を向け、その姿を捉えようとする。

 連れ去られてしまってからではもうチャンスはない。

 何としてもここでアインズを思い留まらせなくては。

 

「安心しろ。殺しはしない」

 優しげな声が頭上から降り注ぎ、バルブロは内心で安堵した。

 生きてさえいれば。いずれ自分の価値を理解する者を見つけ、懐柔して逃げ出してやる。

 そしてアインズもヒルマも、必ず処刑してやると心に誓う。

 そんなバルブロの決意を嘲笑うように、アインズは言葉を続けた。

 

「まあ。直ぐに死にたくなるだろうがな。ナザリックにおいて、死とはこれ以上の苦痛を与えられないという意味での救いだ。お前にその救いは、ない」

 一切慈悲のないその言葉に、何故か自分の足を持ったヒルマが悲鳴を上げ、次いで足を持った手が震え出す。その震えはそのままバルブロの体までも震わせた。

 その震えの意味と、アインズの言う救いの意味をバルブロが理解するまで、そう日にちはかからなかった──。

 

 

 ・

 

 

「ふぅ。何で俺はこう、いつもいつも計算外のことにばっかり遭遇するのか。そして何故良い方向に持って行けてしまうのか。いや、助かるけれども! こう何回も続いたら、いつまで経っても俺の虚像が修正できないじゃないか! あー、疲れた、本当に疲れた……」

 アインズは帝都支店の自室内に魔法で創造したベッドに寝転がりながら、愚痴をこぼす。

 エ・ランテルでは思ったより、時間を取られてしまったことで、精神的な疲れが増大した。

 上手く理由を付けて地下下水道でラナーから計画の全容を聞き出すことに成功したまでは良かったが、話を聞いている最中、姿を消してアインズを護衛しているハンゾウたちから連絡が入り、蒼の薔薇のラキュースが地下下水道に侵入したとの知らせを受けたのだ。

 これも計画の一部なのかと、取りあえず放置していたものの、その後見張りをさせていたヒルマたちを気絶させ、盗み聞きを始めたことでようやくラキュースが計画外の存在であると認識した。

 ラキュースたち蒼の薔薇に待機を命じていたのはモモン、つまりはアインズだ。どんな理由があってそうしたのかはその時点では分からなかったが、このままではアインズのせいで計画が台無しになってしまうと考え、慌てて行動を開始した。

 初めはラキュースが一人であったことも合わせて、殺すか捕らえてナザリックに連れて行くかしようと考えたが、流石にアダマンタイト級冒険者が突然消えては騒ぎになる。

 だからこそ、咄嗟の判断でラキュースの勧誘を行ったわけだが、これが思いの外上手く行った。

 

 結果としてアインズは、今回の作戦で予定通りバルブロを捕らえ、貴族派閥に致命的な一撃を与えることに成功し、本来は今回の作戦を最後にクライムと共に表舞台から消えるはずだったラナーも、これまで通りナザリックに協力することとなった。

 加えて蒼の薔薇が魔導王の宝石箱の登録冒険者となることが決まり、ラキュースに至っては冒険者としてだけではなく、ラナー同様ナザリックに協力する道を選んだ。

 これによりエ・ランテルの冒険者組合だけではなく、王都の冒険者組合も魔導王の宝石箱に取り込む芽が出てきたわけだ。

 これが全てアインズの計略によって得られた成果。皆はそう考えるだろう。

 

 今回もまた皆の中では、アインズが作戦をより良い方向に導くために作戦を修正した。と思われるはずだ。そしてそれを否定する言い訳もアインズにはとても思いつけない。特に今回はラナーとラキュースというナザリック外の者もいたため、余計なことはせず、さっさと作戦を終了させることにした。

 結果としてラナーとラキュースが協力し合える関係になったこともあり、その後の作戦は全て計画通りに進んだ。予定通り一度バルブロを捕らえた後、ヒルマの手引きでわざと逃がし、その責任を移送を任せられていた貴族派閥の盟主、ボウロロープ侯の部下である精鋭兵団に押しつけた。バルブロはナザリックに連れて行くことで、公式的には行方不明扱いとした。

 これで後は何もせずともバルブロの廃嫡は確実、盟主であるボウロロープ侯も失脚し、貴族派閥自体が瓦解することになる。

 その後、事情を王に説明するために王都に戻ることになったラナーとラキュースには、今後の指示は追って伝えるとだけ告げると、アインズもまたエ・ランテルを離れ、この帝都支店に移動した。

 

 理由は簡単で、現在この店舗にはナザリックの者が存在していないからだ。

 正確に言えば部屋の外にはアインズを護衛しているハンゾウや、八肢刀の暗殺蟲(ナイトエッジ・アサシン)は居るが、この部屋の中には誰も入れないように申しつけた上、更に魔法を使って声も消している。

 本当なら、いつも通りナザリックの自室で行いたいところなのだが、今は守護者全員がナザリックに戻っていることもあり、アインズが現地の店舗管理を行っている関係上、どこかの店舗には居なくてはならない。

 だからこそ、マーレがナザリックに戻り、ユリもシズの手伝いをするために、聖王国の支店に出向いたことで、例の元奴隷の森妖精(エルフ)だけしか居ないこの店に来ることにしたのだ。

 もちろん、それだけが理由ではなく、仕事の一環でもあるのだが。

 

「……さて。そろそろ休憩は終わりにするか。ジルクニフに渡す品の確認もしなくてはならないしな!」

 しばらくの間、ベッドの上で何をするでもなくゴロゴロ転がりながら時間を潰し、リフレッシュを図っていたが、本来アインズの仕事は守護者たちに代わって、魔導王の宝石箱の運営をすることだ。

 直近の仕事は、戦争の準備に入った三国への戦力や武具、食料品などの運搬作業だ。

 そして今回いち早く注文書を送ってきた帝国に納品する商品が全て揃ったと聞いたアインズは、その確認と運搬を行うためにこうして帝都支店に訪れたのだ。

 これも仕事の一つではあるが、アインズとしては今までのものより随分と気楽な仕事だ。

 何しろ相手は帝国。他国と異なり、権力がジルクニフに一極集中し、そのジルクニフとアインズは仲が良い。

 王国でのバルブロ達のように取引の邪魔をしてくる者はいないだろう。

 なんなら戦争後を見越して、別の商品の売り込みをかけてみるのも悪くない。

 

「……いや、流石にジルクニフには直接は会えないかなぁ。皇帝だし予定とかびっしり決まってそうだ」

 最近では殆ど見ることがなくなったが、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で帝城を覗いた際に見たジルクニフは、いったいいつ寝ているんだ。と思わせるほど忙しく働いていた。

 支配者とは大して仕事をせずにふんぞり返っているものだと思っていたがそれは偏見にすぎなかったと、アインズの常識があれを見たことで崩れたとも言える。

 そんなジルクニフならば、たとえ友人であるアインズが訪ねて来たからといって、おいそれと会うことはしないだろう。

 

「まあ、それも仕方ない。空いた時間で帝国の冒険者組合も覗いてみたいし、そっちに時間を取るか。いや、闘技場のオスクに会いに行くのも良いか。ハムスケの準備も整ったようだし、今のうちに大まかな日取りを決めるというのも……」

 久しぶりに気楽な仕事と言うこともあってか、癖になっている独り言の口調や声も軽やかになる。

 その気分のまま、アインズは先ずは商品の確認を行うべく、ベッドから起きあがった。

 

 

 ・

 

 

 何度目かの欠伸をかみ殺しながら、ジルクニフは執務室のソファに身を預けた格好で、書簡に目を通していた。

 

「ふん。第一王子が行方不明か、狙いは貴族派閥の弱体化……いや解体か、どちらにしろもう死んでいるな」

 

「やはり、そうですか?」

 秘書官のロウネの問いかけに軽く頷く。

 

「誰の手引きか知らんが、王国にしては手が早い。戦争終了後まで引き延ばせれば良かったが、そう上手くはいかないか。まあ、今内乱でも起こされたら、同盟国として帝国も手を貸さなくてはならなかったわけだからな。この忙しい時期にそれが無かっただけ良しとするか」

 

「ですが、これで王国の派閥争いは終結します。今後は王が強い権力を得ることになりますが──」

 確かにそうだ。

 旗頭であったバルブロが失脚し、そのまま行方不明になったことで、バルブロの義父であるボウロロープ侯にも責任が及び、貴族派閥は早晩解体されるはずだ。

 そうなれば、王派閥が最大勢力となる。

 今までの王国は、何をしようとしても派閥間の足の引っ張り合いが起こり、まともな政策も打てていなかったが、国王に権力が戻ればそれが一変する。

 何しろあちらにはラナーがいる。

 ジルクニフですら思いつかない政策をいくつも思いつくあの王女の政策が、今後は何の邪魔もなく実行できることになる。

 それは帝国にとっても脅威になりうる。

 

「……そうだな。ならばあれだ。ブルムラシュー辺りを焚きつけるなり脅すなりして新しい派閥を作らせろ。貴族派閥ほどとはいかないだろうが、奴も六大貴族の一人だ。それなりの派閥ができあがれば時間が稼げる」

 金にがめつく、帝国に金で情報を流しているブルムラシュー侯ならば、言うことを聞かせるのは簡単だ。

 時間さえ稼げば、王国が真に一本化する前に戦争を仕掛けることが可能となる。

 今は同盟関係でも、法国さえ潰せばそれを維持しておく必要もない。

 

「しかし、本当に大丈夫でしょうか? ゴウン殿は……」

 

「アインズとしても戦争は望むところだろう。ヘタに平和になってしまったら店の売り上げが落ちるからな。だがまあ、一応後ほど確認しておこう。王国が駄目なら……そうだな。都市国家連合辺りを狙うか、あの国は魔導王の宝石箱との交易も無いからな。とにかく、どちらにしても準備だけしておけ」

 

「承知しました」

 

「陛下よぉ。俺たちはいつまでこうして待ってりゃ良いんだ? そんな先のことより今はこっちの方が重要だろ?」

 先ほどから視界の端で、分かりやすく待ち飽きたという態度を示していたバジウッドが、いよいよ我慢できないとばかりに声を張る。

 

「そうですわ。私もやることがありますから、早めにお願いします」

 

「二人とも。陛下にそのような──」

 隣のニンブルは諫めようとしているが、ジルクニフは苦笑しつつ手を振って答える。

 

「分かった分かった。確かに私もさっさと仕事を切り上げたい。話を再開しよう」

 ジルクニフの言葉でロウネも王国に関する書簡を置き、別の書簡を手に取る。

 法国との戦争で使用するため、魔導王の宝石箱から購入予定の、武具やマジックアイテム。運搬用のゴーレムや戦力としてのアンデッドなどを纏めたものだ。

 後ほど軍の将軍たちも交えて、正式な作戦会議を行うが、その前にアインズの力を知っている者たちだけで、それらの商品をどう運用するのが一番良いか、話し合いを行っていたのだが、突然エ・ランテルに送り込んでいた間者から王国の第一王子が、行方不明になったという急報が入ったために一時的に中断していたのだ。

 

「さて。話の続きだが、やはりアンデッドはかなり数を絞ってきているな」

 魔導王の宝石箱が貸し出せるアンデッドの数は、一国当たりデス・ナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の組み合わせを二十組が限度と決められていた。

 当然帝国は最大まで借りることになっている。

 

「これは、どういう意図があるんだ?」

 

「……さぁ? デス・ナイトや骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ではなく、範囲攻撃もできる魂喰らい(ソウルイーター)でしたか? どうしてそちらは貸し出されないのでしょうね。それが五百体もいればこちらの損害をゼロにもできますのに」

 実際に見たわけではないが、聖王国で十万を超える亜人軍の大部分を討ち取ったのはデス・ナイトよりもその魂喰らい(ソウルイーター)の力が大きいと聞いている。

 

「それが理由だろう。アインズとしてはできる限り儲けたいわけだからな。圧勝してしまっては意味がない。特に人的被害が多く出ればゴーレムやアンデッドの需要が高まるからな」

 トブの大森林やアベリオン丘陵の護衛に戦力を割くためと聞いているが、むしろそれは防衛しかできないゴーレムの仕事だ。

 アンデッドを使用する必要はない。

 と言うことは必然的にそうなる。

 

「陛下。それでよろしいのですか? 他国と異なり我が国の兵は──」

 

「それぐらい分かっている。何のために他の品を必要以上に買ったと思っているんだ」

 心配そうに言葉を選びながら言うニンブルを遮って告げる。

 

「と言うと?」

 

「王国辺りなら兵士は使い捨ての駒だろうが、我が国の兵は、一人育てるのにも手間と金が掛かっている。それを無駄死にさせては大損だ。だからこそ、人的な損失を最低限に抑えることを許して貰うために、他の品を必要以上に買っているんだよ。これで勘弁してくれとな」

 アインズに逆らっても勝ち目はないのはもう分かりきっている。

 だからこその懇願。自分は決して逆らわないことをアピールしつつ、アインズを儲けさせて見逃してもらう。

 そのための余剰購入だ。

 

「いやぁ。陛下は尻尾を振る時まで全力ですね」

 

「バジウッド殿!」

 

「構わん。その通りだからな。その上で、この二十組という限られた戦力をどう使えば、こちらの被害を最小限に抑えられるか、そもそも最も効率的な運用方法について考えてみるか……バジウッド。お前ならどう使う?」

 

「そうですねぇ。デス・ナイトは対空攻撃を持たないのがネックでしたが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に乗ったことで一応それは解決しています。遠距離からの魔法攻撃に関しても心配はない。とはいえ範囲攻撃ができないので、空からよりはこちらの騎兵に合わせて突撃させる、切り込み隊長にするのがいいんじゃないですか? 後は逆に魔法が効かないことを逆手にとって、敵の足止めをしつつ、そこに魔法を打ち込んで敵のみを倒すなんて使い方もできますかね」

 

「ほう。それは面白いな」

 感心したのは後者の使い方だ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の範囲魔法攻撃は戦争でも有用だが、専門職であるが故に数が少なく、また兵士に比べ肉体的にも脆弱なため、前線に出すのは難しい。

 騎兵に一気に距離を潰されてしまっては勝ち目がないからだ。

 だからこそ、例年の戦争では後方支援が主な役割だったのだが、デス・ナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と言う強大な力によって足止めが可能なら、そこを狙って魔法を撃つことで一気に敵を葬れる。

 しかも、魔法に対する絶対防御が備わった骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ならば、魔法の範囲に入ってもダメージを負わず敵だけを倒すことができる。

 

「しかしデス・ナイトの魔法防御力はどうなんだ? 爺」

 

「はい。私がデス・ナイトを捕らえた際は空中からの火球(ファイヤーボール)による絨毯爆撃で動けなくしましたが、ご存じの通りそれでも倒すことはできませんでした。そのことからも物理攻撃だけではなく、魔法に対する耐性も高い事が分かります。よほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもない限り、ダメージを与えることすら難しいでしょう」

 何かを思い出すように恍惚とした表情で語るフールーダにジルクニフは僅かに笑う。

 

「アインズのようにか?」

 

「いいえ。かの御方であれば、ダメージどころか、一撃で消滅させることすら容易でしょうな」

 

「それはそれは、是非爺にもそんな魔法を覚えて貰いたいものだ」

 

「全力で努力いたします」

 軽い冗談のつもりだったが、深々と頭を下げられてしまい、一瞬気が抜ける。

 

「ならばそのやり方も選択肢に入れよう。他にはどうだ?」

 ぐるりと全員の顔を見回すと、ニンブルが口を開いた。

 

「使い方ではないのですが。そもそもアンデッドを組み込んで、隊が上手く機能するかという点が気になります」

 

「やはり、一般兵は未だアンデッドに対する忌避感が根強いか?」

 

「はい。帝都の民や兵士は大分慣れ始めたのか、アルファ嬢がいなくてもアンデッドをそこまで怖がらなくなりましたが、騎士団は帝都以外に派遣されている者が殆どですから」

 八軍まで存在する帝国騎士団は確かに、帝都ではなく帝国各地に散らばっている。貴族たちの反乱を未然に防ぐ見張りの役割もあるからだ。

 そうした帝都の現状を知らない者たちからすれば、やはりアンデッドは生者の敵、一緒に並んで戦おうという気にはならないだろう。

 

「それは問題だな。このままでは戦争での第一功が聖王国になりかねない」

 

「聖王国、ですか?」

 バジウッドが不思議そうな顔で呟く。

 聖王国は徴兵制を採っていることで一般人でもある程度戦う力を持っていることが強みだが、それも専属の兵士ほどの強さはない。そして先のヤルダバオトとの戦いでその専属の兵士が多く死亡したこともあわせて、全員が専属兵士で構成された上、騎士団そのものは傷ついていない帝国や、戦いの素人ではあるが数だけは大量に揃えられる王国にも劣り、戦力として考えると最も劣る国とバジウッドは認識しているのだろう。

 だがそれは表面的な話。聖王女がある選択をすれば状況は大きく変わる。

 

「そうだ。無傷の南部からではなく、北部から徴集兵を集めれば聖王国はこの戦いにおいては絶大な力を発揮する」

 

「というと?」

 

「一つは法国に対する恨み。長期に亘ってヤルダバオト率いる亜人軍に虐げられていた聖王国の民は、ヤルダバオトと法国が組んでいたことを知れば、どの国より戦意が高まる。そうした感情による力は馬鹿に出来ない」

 

「確かに。それは言えるな、元からそこそこ戦える聖王国の者たちがやる気を出せば、下手をしたら帝国騎士団に匹敵するかもしれねぇ」

 納得したように頷くバジウッドに、ジルクニフは続ける。

 

「そしてもう一つは、アンデッドに対する忌避感の無さだ。北部聖王国の者たちはデス・ナイトたちの働きで解放された。つまり奴らにとってはアンデッドは恩人というわけだ。事実、復興にはゴーレムだけではなく大量のアンデッドも投入されていると聞く。聖王国にはアルファ嬢のように、死霊術師(ネクロマンサー)役もいないのにだ。それはそのまま戦争でも使える。つまり奴らはアンデッドを軍に取り込むことを嫌がらない。いや、むしろその強さを知っている分、歓迎する可能性すらある」

 

「なるほど。ですが、あの聖王女がそのような手を使うでしょうか? 南部聖王国には無傷の軍隊もいる状況です。北部の復興も終わっておらず、亜人たちによる捕虜への扱いは凄惨なものだったとも聞いております。精神的なダメージを負っている北部の者たちを間を置かず、戦場に連れて行くような真似をするとは思えませんが」

 ニンブルの意見はもっともだ。聖王女カルカの偽善的とも言える八方美人振りは良く知られている。ジルクニフ自身、そうした民の心情を優先しすぎるあまり、強い政策が採れないカルカにつけ込んで帝国に有利な交易を行わせたこともある。

 

「やるさ。今の聖王女なら間違いなく、な」

 あの開店記念パーティーで見たカルカは、外見こそ慈愛に満ちた王女のままだったが、内面は国のためならば汚い手も使う王女に変貌していた。

 今のカルカならば、そのやり方を思いつきさえすれば確実に実行に移すだろう。

 何しろ戦争に勝利した後、法国から得ることになる領土や権益、資源などの分配に関わってくるのだから。

 三国同盟の立場が対等だからといって、利益も三等分するわけではない。そんなことをしてしまえば、どの国も自国の損失を抑えつつ、他二国に損害を負わせようとしただろう。

 それを防ぐために、戦争での働きによって分配が変わる取り決めになっている。

 現在最も疲弊している聖王国だからこそ、この戦争に掛ける意気込みは強いはずだ。

 

「……だとすれば、こちらも事前に訓練が必要だな。そろそろ法国に隠しておくのも限界だろう。そうなると時間はさほど無いが、軍の召集は終わっているのか?」

 

「はい。法国に勘付かれないように慎重に行いましたので時間は掛かりましたが、ご命令通り、今回は六軍を召集しすぐ動かせるようにしてあります」

 ロウネの言葉に、ジルクニフは満足げに頷く。

 今回の戦争は三国合同、対して相手は一国。数だけで言えばいつもの王国との戦争より少なくても良いくらいなのだが、これもアインズへのゴマスリの一つだ。

 数を多く出せばその分維持するための食料も大量に必要になり、購入する量も増える。

 もちろん、帝国が今回の戦争で最も大きな功を挙げ、利益を得る以外に、他二国に帝国の強さを見せつける政治的な意味合いもある。

 その為にも出来るだけ早く、騎士団をアンデッドに慣れさせておく必要がある。

 

「ならば。できるだけ早くアンデッドを借り受け、慣れている帝都の兵と共に軍へ送り、訓練をさせておくか」

 

「それがよろしいかと」

 

「ではその役目は……そうだな、レイナース。お前が中心になって進めろ」

 

「私ですか?」

 突然指名されたレイナースがさも嫌そうに眉を寄せる。

 その理由も明白だ。

 帝都を離れてしまっては、魔導王の宝石箱に取り入る機会が減ってしまうからだろう。

 未だにレイナースが足しげく店に通い、アインズに直談判する機会を狙っているのは聞いている。

 幸いアインズは現在、各国の注文した商品の在庫を揃えるのに忙しく、どの店にも顔を見せていないため一向に話は進んでいないようだが。

 

「そうだ。お前は今、特に仕事がないからな」

 これも正確にはジルクニフが、帝国の情報を手土産にアインズに接触を図ることを防ぐため、レイナースを閑職に近い立場に追いやっていたせいなのだが、もはやその必要もない。

 既にジルクニフはアインズに降伏している以上、絶対に隠すべき情報など存在しないからだ。

 それでも不満げな顔を変えようとしないレイナースに、ジルクニフはため息を落とす。

 

「どうせアルファ嬢に取り入るのも上手くいっていないのだろう? 彼女は同情心だけで動いてくれるほど甘くはない。かと言って私の近くで情報を探っても無意味だ。私はアインズが知りたいというのなら、帝国の機密だって教えるつもりだからな」

 

「陛下、それは流石に……」

 困ったように告げるロウネにチラリと目を向ける。

 

「どうせ隠しても無駄だ、アインズが調べようと思えばいくらでも手はある。だったらこちらから教えた方が手っとり早い」

 一度言葉を切り、レイナースに視線を戻してからジルクニフは続けた。

 

「どちらにしろだ。レイナース、お前自身の力ではアインズの役には立たない」

 レイナースが悔しげに唇を噛む。

 片方だけ覗いた瞳には怒りの色も見える。

 だが反論はしない、彼女自身それが分かっているのだ。

 帝国最強の四騎士とはいえ、その強さはデス・ナイト一体にも遠く及ばない。

 その程度の力をアインズが欲しがるはずもない。

 彼女もそれを理解しているからこそ、帝国の情報という土産を用意しようとしていたのだ。

 先ほども言ったようにもはや隠す気もないのでそれは問題はないが、業を煮やしたレイナースが強引な手段──ユリやマーレを脅すなど──に出られるとまずい。

 そう考えての提案だった。

 

「だからこそ、レイナース。お前は今回の戦争でアンデッドを上手く使い、十分な成果を挙げてこい」

 

「それは、どういう意味ですの?」

 ジルクニフの真意を探るように、レイナースの瞳が細くなる。

 

「そのままだ。お前がアンデッドを使用した戦法を軍に教え込み、その上でそれらが戦争で十分な成果を挙げたなら、その時は私からお前の呪いの解除をアインズに頼んでやる」

 ジルクニフの言葉にレイナースが弾かれたように顔を持ち上げる。

 一瞬だけ金の布地のような前髪がめくれ、その下にある呪いが覗く。

 レイナースは即座にハンカチを取り出し、顔を隠すように拭い出した。

 レイナースの顔の右半分に刻まれた呪い。

 それを解くことこそ、彼女の願いだ。

 フールーダでさえ解くことの出来ないその呪いも、アインズほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば手はあるだろう。もちろん対価として多大な要求はされるだろうが、レイナースが暴走し、再びアインズと敵対するような状況になるよりはよほどマシだ。

 

「その言葉に、偽りはございませんね? 陛下」

 

「勿論だ。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名において約束しよう」

 

「承知いたしました。必ずや陛下の望む結果をお見せいたしますわ」

 ハンカチを外し、深々と礼を取るレイナースに頷きかける。

 

「頼むぞ」

 これで心配ごとが一つ減った。

 安堵したせいなのか、再び眠気が襲ってきた。

 

「……後のことは実際に商品が届いてからで問題ないか」

 

「そうですね。武具やマジックアイテムの類は実際に性能を見ないと何とも言えません」

 ジルクニフが会議を終わらせたがっていることに気づいたらしいニンブルが、分かりやすい芝居を打った。

 

「ならば会議はこれで終わりだ。私は一度下がる」

 ソファの背もたれに体を預けたまま、深く背筋を伸ばしながらジルクニフが言うと、バジウッドがニヤリと笑う。

 

「おや。陛下、他にもなんか仕事が入ってましたか?」

 ニンブル以上に分かりやすい芝居だが、乗ってやることにして、ジルクニフも同じようにニヤリと笑って告げた。

 

「昼寝だ。ここのところ少し忙しかったからな」

 その言葉を聞いたバジウッドは、ヒュウと口笛を鳴らす。

 少し前までのジルクニフならばあり得ない答えだからだろう。

 以前の魔導王の宝石箱の本店に出向いた馬車の中を除けば、昼寝をした記憶など子供の頃まで遡らなければならないほどだった。

 しかし今は違う。

 仕事自体が変わったわけではないが、心にゆとりが持てるようになり、今まで自分がこなしていた細かな仕事を文官たちに割り振るようになった。

 これはなにも、歴代皇帝のように大雑把な指示だけで政治が回るほど優秀な人材が育ったということではなく、多少失敗してもアインズの力を借りれば簡単に取り戻せると考えたからだ。

 そのため忙しく働いていたジルクニフにも余暇を楽しむ時間が生まれ、最近は適度なタイミングで昼寝を取ることもできるようになった。

 ソファから立ち上がり、執務室を出ようとすると、ノックもなく扉が開かれた。

 

「た、大変です陛下!」

 飛び込んできたのは秘書官の一人。ロウネほどではないが優秀な人物であり、彼がここまで慌てているのは珍しい。

 

「何だ。騒々しい」

 

「魔導王の宝石箱より商品が届きました!」

 

「ほう。早いな、流石はアインズだ。誰が持ってきたんだ?」

 何でもないように問いかけるが、答えは想像が付いていた。

 秘書官のこの慌てようは間違いない。

 

「あ、アインズ・ウール・ゴウン殿、自らです」

 途端に執務室内の者たちがざわめき出す。

 アインズが直接商品を運んできたのは初めてである。当然なにかしら意味があるはずだ。

 

「陛下! これは……」

 

「心配するな。恐らく確認だろう。帝国が余計なことをしていないかのな。俺はもう完全に負けを認めたというのに……まぁちょうど良い、先ほどの王国の件も聞いてみるか。王国に手出しするなと言われたら別の案を考えなくてはならないしな」

 自分には一切隠すことがないと証明することこそが、何よりの防御策になる。

 だからこそ、ジルクニフはアインズの来訪にも慌てることはない。

 

「陛下。私の解呪の件、くれぐれもお願いしますわ」

「陛下。お気をつけ下さい」

「陛下ー。ゴウン殿を怒らせんで下さいよー」

「陛下。この後私と会談していただく時間を頂戴できないかの確認もお願いします」

 四騎士とフールーダが口々に勝手なこと言い出した。

 まともにジルクニフのことを心配しているのはニンブルくらいのものだが、その彼も護衛として付いてくる気はさらさら無いらしい。

 もっとも、アインズに敵意を示さないためには護衛などいない方がいいのも確かだが。

 

「ヴァミリネン。お前は歓迎の準備を。私は着替えてくる。この後の予定も全てキャンセルしろ」

 

「分かりました。直ちに」

 一礼して駆け出すロウネの背を見ながら、ジルクニフはもう一度大きく背伸びをする。

 昼寝の時間が無くなってしまったのは残念だが、仕方ない。

 気合いを入れるように両手を髪に差し込んで後ろに流しながら、ふと思いつく。

 未だ誰にも言えていない悩みを、アインズに相談してみよう。

 もはや以前の胃痛は無くなり、それと共に毎夜枕にこびり付いていた抜け毛の心配もなくなったが、その間に失われ僅かに薄くなった髪は回復していない。

 ロクシーに指摘されて以後キチンとケアもしているが、もしかしたら一度薄くなった髪は回復せず、そのまま禿げてしまうのではないかという不安があった。

 

(魔導王の宝石箱に薄毛の回復アイテムもあるといいのだが……)

 流石に管轄外な気もするが、アインズならばと言う期待感もある。

 そう考えると億劫だったアインズとの邂逅もやる気が出てくるものだ。

 自分に言い聞かせるように心の中で唱え、ジルクニフは偽りの友と会うために歩き出した。




アインズ様に負けを認めても属国になったわけではなく、帝国皇帝として国を発展させていくことを考えているジルクニフはこんな感じではないかと
次は聖王国編、短く纏まればそのまま王国編も入る、かも知れません

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。