俺の幼馴染が壊れた   作:狸舌

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遅くなりましたが誤字修正!
報告して下さった皆様、本当にありがとうございます!


受け継がれる拳

[合宿間近-ホームルーム-]

 

1-Aの教室は重苦しい空気に包まれていた。

昨日の事件、一番近くにいた飯田が何とか人ごみをかき分け辿り着いたころには既に緑谷は救急車へと運び込まれていた。

 

残ったのは、野次馬から断片的に聞こえた情報のみ。

雄英の制服を着た少年が血だまりに倒れていたこと。

 

そして少年が倒れる前に、銃声のような音を聞いた人が大勢いたという話だけだった。

 

「ッ、俺が緑谷君のそばを離れなければ・・・‼」

 

机に強く拳が叩きつけられ、軋む音が辺りに響く。

その音に、自然と俯いてしまっていた皆の視線が飯田へと集まる。

白くなるほど握り絞められたその拳に、声をかけようとした上鳴も口をつぐんでしまい――――

 

 

 

 

 

 

ダンッ‼とより大きな音が再度教室へと響く。

音源の主は、大きく舌打ちをしながら机に乗せた足を揺らして

 

「どんだけ自己評価高ぇんだよテメェは。アイツが撃たれたんだ、テメェなんて居ても居なくても結果は変わんねぇよ」

 

再び踵を打ち付け苛立ちを露わにし、顔を俯かせたままの爆豪がそう吐き捨てる。

 

「それでもッ、最後まで彼といたのは俺なんだ‼友達が、・・・撃たれたのに、俺は・・・」

 

勢いよく立ち上がる飯田だが、爆豪の顔を見れば悔し気にその顔を逸らす。

飯田だけでは無かった。

友人が銃で撃たれたショックは大きく、それを未然に防げたかもしれない自分を責めてしまう。

ヒーローを目指すような心根の子供たちは、自らに重い責任を課してしまう。

 

 

未だに言葉を発していない轟が俯きながら唇を噛み涙をこぼさない様にしていること。俯いたままの爆豪の目が泣きはらした後のように赤く腫れていることも、みんな気付いているからこそ下手な慰めの言葉などかけられず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ホームルームの時間だ。席につけ、主に飯田。委員長なんだからしっかりしろ」

 

普段と変わらない様子で入ってきた相澤の姿に、『マジかコイツ』という絶望の表情を向けたのは当然の事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、お前らその空気ってことは知らないの?発砲音は勘違いで、実際は吹き矢の矢みたいなモンで緑谷は軽傷」

 

教室の空気が先ほどとは違う理由で一度固まる。

その様子に構いもせず出席簿で自らの肩を叩きながら、ニッと笑い

 

 

「ナゾ個性のおかげか救急車に乗せられた時にはもう傷は塞がってるわ目覚めてるわで、晩飯も普通に食ったらし――――――」

 

「「「「「ナゾ個性バンザイ‼‼」」」」」

 

 

 

 

男泣きする切島と尾白、飯田に砂藤の4人。

抱き合いながら目じりに涙をこぼす麗日に蛙吹、葉隠。

目じりに涙を浮かばせながら笑顔を見せる耳郎や八百万。

 

それぞれが落ち込んでいた気分を爆発させる中で、笑顔で涙を流す事ができた轟を横目で見て、口元の端に笑みを浮かべる爆豪。

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――――とはいえ。銃なのは間違いない。わざわざ銃弾じゃない何かを銃で撃てるように改造して撃ち込んだ上に・・・弾は緑谷の体内からは見つからなかった)

 

運悪く動脈を掠めたために出血したが、撃った奴の狙いはそうじゃない。

 

 

(運よく入り込んで皮膚の下数センチの威力の弾だ。弾自体を体内に入れることが目的だったはず。だが、撃ったはずの男は・・・)

 

近くのトイレで死んでいるのが発見された。

男のバッグからは銃が発見され、その体内からは大量の薬物と毒物が検出され、薬に脳をやられた愉快犯が犯行後に自殺を謀ったとして捜査は進められている。

 

だが、気になる事は幾つかある。

男の個性は〈手に握った物を一定時間後に手元に戻す〉もの。

これで弾を回収したのであれば、弾はどこへ行ったのか。

 

 

そしてもう一つ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳を握る。

白い病室の中で、何かを確かめるように何度か手を開いては握り・・・そしてまた開く。

何度も繰り返してみたが、結果は変わらない。

 

寂しいと、そう感じるほど当たり前のことだったのだと今さらながら気付いてしまう。

 

 

 

開閉を終えた手を上げて、自らの緑色のくせっ毛をなんとなく掻き乱しながらついその少し上を探すように手を動かす。

 

すこしくたびれたような感触のあの帽子は、僕の頭の上にはもう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[林間合宿]

 

 

「なぁ・・・緑谷の奴本当に来るんだよな」

待ち切れ無いように、そしてどこか不安げに切島が口にするのも無理はない。

あれから1週間、緑谷の姿は誰も見ておらず、今こうして林間学校行きのバスの集合時間も残り5分まで迫ってきている。

 

普段の彼であれば30分以上前についていてもおかしくないと、示し合わせたわけでもないのに皆が40分前には集合しているのに彼の影すらいまだに見えない。

 

さきほどから集まって来ているのはB組の生徒ばかりでスーツ姿の人物はどこにもいない。

 

「急に体調悪くした・・・とかじゃなきゃ良いけど」

 

心配そうに眉を寄せ、口にする耳郎の目が建物の影から現れた姿を捉えすぐに目を凝らすが・・・雄英の制服を着ている。

スーツと帽子をかぶっていない時点で違うだろうとため息をついて・・・。

 

 

先ほどまでオロオロとしていた轟を励まそうと、なるべく笑顔を意識しながら振り向き

 

「ぇ・・・?」

 

その隣を、風が通り過ぎていった。

気付けば、轟の姿は無く、よくよく見てみれば、バスに背中を預けながら興味は無いとばかりに腕を組んでいた爆豪の姿も無い。

 

一体どこへ、と辺りを見渡し―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――イズク・・・ぅぅ‼」「デクッ、テメェ・・・遅ぇんだよ‼」

 

背後から二人の声が聞こえた。

慌てて振り向けば、そこに居たのは先ほど見た雄英の制服を着たB組の生徒。

その首元に、顔を埋める轟と・・・そしてガンをとばすようにその顔を至近距離で睨み付ける爆豪の姿。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいお二方‼その方はB組の方です・・・か・・・ら?」

 

慌てて二人を止めようと追いかけていった八百万の動きが壊れた機械のようにゆっくりと停止する。

 

口元に手を当ててあわあわと似合わないほどに動揺しながら、なんとかこちらへと視線を向けて・・・ぎこちない動きで手招きをする。

 

 

八百万らしくもないその様子に首を傾げながらぞろぞろと1-Aのクラスメイト達はその生徒の周りへと集まり始めて――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――みんな、ごめん!最後の検査が遅くなっちゃって」

 

聞きなれない口調の、聞きなれた声。

 

緑の癖っ毛に、少しのそばかす。

生真面目そうな表情に、あまりみたことはなかった困ったような笑顔。

 

雄英の制服を着た緑谷 出久がそこに居て。

 

 

 

 

 

普段とは違う口調はどういうことなのか、服装はどうしたのか。

聞きたいことがいろいろある中で、かなりの変化を起こしたクラスメイトに一瞬皆が立ち止まり――――

 

 

 

「お前、あの口調とカッコウは高校デビューだったのかよ緑谷‼あの路線も悪くないけど、今も真面目そうでいいと思うぜ‼」

 

駆けよった上鳴が勢いよく緑谷の背中をバシバシとじゃれつくように叩く。

 

「こ、高校デビューって訳じゃなくて。もともとは小学生くらいの時に――――」

 

興味津々で聞き始める上鳴と、楽し気に会話を始める緑谷を見てクラスメイト達もそばへと寄り始める。

一言二言かわして、口調は変わったがその返答が普段の彼と変わらない事に気付けば次第に雰囲気はいつもの1-Aへと戻り始める。

 

「緑谷君‼怪我はもう問題ないのか?」

「緑谷ちゃん、梅雨ちゃんって呼んで?」

「おい緑谷、お前トドロキッパイいま当たってんだろッ。どうだ、やっぱりそんなに無い――――」

 

 

 

 

「おい。そろそろ乗り込め、歩いて行かせるぞ」

 

意識を失った峰田をバスに放り込みながら慌てて乗り込むクラスメイト達。

その後ろをついて行きながら、緑谷は何もない自らの手を今一度強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[林間合宿2]

 

「休憩だ」

相澤の声に合わせ、バスの中で騒ぎ疲れていた生徒たちがぞろぞろと外へと出ていく。

辺りを見渡し、だだっ広いだけの場所に数名がすでに違和感を覚える。

 

「つーか、何ここ・・・パーキングじゃなくね?」

 

徐々に、嫌な予感が膨らみ始める。

 

「何の目的もなくでは意味が薄いからな」

 

ぽつりと呟かれたその相澤先生の台詞に、いよいよ勘の鋭い数名が表情をこわばらせ始め――――

 

 

 

 

 

「よーうイレイザー‼」

「煌めく眼でロックオン‼」

「キュートにキャットにスティンガー‼」

 

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ‼‼」」

 

ビシィ‼といつの間にか現れていた二人組が名乗りをあげながらポーズを決める。

金髪セミロングの女性に、赤茶色の髪の女性。

「今回お世話になるプロヒーロー〈プッシーキャッツ〉の皆さんだ」

 

相澤先生の紹介に合わせ、グッと拳を握った緑谷が身を乗り出しながら目を輝かせ

 

「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団〈ワイプシ〉‼山岳救助などを得意とするベテランチームだよ‼キャリアは今年でもう12年目に―――――――――」

 

「――――心は18‼・・・・へぇ、やるね」

 

突如話し始めた緑谷に、お前そういうキャラだったのかと空気が一瞬生暖かくなるが、それを切り裂くように金髪の女性〈ピクシーボブ〉の手が緑谷の顔面に迫り

 

流れるように、円を描くかのような右手の動きにより受け流されてしまう。

 

 

何度か同じように手を再度緑谷へ伸ばすが、結果は変わらず――――

 

 

 

その後ろでもう一人の女性、マンダレイが遠くの山を指さす。

「やばい」と全てを察した瀬呂が声を上げて背を向け、芦戸や上鳴がバスへ戻ろうとするが、既に遅い。

 

「あんた等の宿泊施設はあの山のふもとね。今はAM9:30。12時までに辿り着けなかったキティは―――――」

 

緑谷へと猫パンチを繰り返していたピクシーボブが、距離を取るように後ろへ下がる。

その両手を勢いよく地面へ叩き付ければ

 

「お昼抜きね」

 

 

 

 

 

まるで雪崩のように土砂が崩れ、1-A全員を飲み込みながら崖下へと流れ落ちていく。

 

「私有地だから個性の使用は自由だよ‼今から三時間‼自分の足で施設までおいでませッ、この〈魔獣の森〉を抜けて‼」

 

マンダレイの声と共に落下していった体は、数秒後に柔らかな土と共に地面へと着地する。

 

口に入り込んだ土を吐き出しながら、緑谷は記憶にうっすら残る魔獣の森という言葉に、首を傾げながらも周囲へ視線を巡らせ

 

 

 

 

 

周囲の樹木と同等の大きさを持つ、巨大な牙の生き物と見つめあう峰田の姿を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳を握る。

今この胸の中に、彼は居ない。

頭の中に響いていたはずの彼らの声もあの日から一度も聞こえてはこない。

 

 

手から炎を出すことも出来なければ、空を駆けることもできやしない。

それでも、巨獣に襲われかけているその姿を見た瞬間から体が自然と動いていた。

 

ほとんど同時に駆け出した影の一人が、その速さをもって巨獣の前足を一本蹴り砕く。

あっけなくバランスを崩したその巨体を支える残り三本の足はもう一人により凍り付き、そのわきを駆け抜けて行った影が凍り付いたその足を粉々に爆砕する。

 

 

残るは、その質量を持ってこちらへ突き進んでくるその頭部と胴体。

圧倒的な質量のそれに対し、やることは決まっている。

 

 

足を地に叩き付けるように踏み出せば、視界が瞬時に切り替わる。

弾丸のように飛んだ体は、すぐに巨獣の眼前に迫り

 

 

 

巨大な牙が、こちらの胴体を狙うように動く。

鋼鉄の意思により強化されていない体では、槍により決して軽くは無い怪我を負うのは明らか。

だが、

 

 

(今、僕の中にあの人達は居ないッ。でも―――――)

 

確かに、この体が憶えていることがある。

 

迫る牙。

それに対し、僅かに体を逸らし薄皮一枚で避け切れば、目の前の牙へ手のひらを滑らせるように当てる。

ギュルッ、とまるで蛇のように絡みついた腕は――――如何なる力が働いたのか容易く牙をその手で噛み砕く。

飛び散る破片、それすら踊るような足さばきで躱しきるその姿はまさに十面埋伏。

 

 

 

そして―――――今度こそ巨獣の眼前にその身を置けば、強く左足を地に突き立て腰を低くする。

振りかぶった拳は高く上げられ、その動きからは先ほどまでの技術は微塵も感じられない。

だが、その体から放たれるのは奇妙なまでに強い威圧感。

喧嘩殺法、喧嘩上等――――振り上げた拳を限界までに硬く握る姿はまさに凄女。

 

武術家から聖女へ繋ぐ拳。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――鉄拳 聖裁‼‼‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風を切り裂き、落し潰しながら拳が走る。

土塊で出来た巨獣。圧縮された土の高度は拳で砕けるものではない。

 

だが、拳がその頭部へ直撃した瞬間――――その体全体を這うように蜘蛛の巣状に亀裂が走る。

それでも拳は止まらない。

頭部を砕き、抉り込み胴体にまで沈み込む様に腕が突き進み

 

 

 

 

 

衝撃に耐えきれなかった巨獣の体が、乾いた音を立てて弾け飛び四散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅー‼逆立ってきたぁ‼」

獣を突破した四人組の姿に、ピクシーボブはその体を震わせる。

まずはその反応速度。

本来であれば巨獣に驚き、反応が遅れるのが学生であれば普通。

だが彼らはその虚すら見せず、一瞬で反応して見せた。

 

(でも、特にあの緑の子‼強化系の個性だろうけど技術もなかなかっ、小さいころから武術でも習ってるんでしょうね‼)

 

未来のヒーロー達への期待に頬を緩ませながら、楽し気にその姿を再び目で追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねこねこねこ‼正直もっとかかると思ってた」

楽しそうに笑うピクシーボブさんの前で、重い体を何とか動かしゴールまでたどり着けばようやく息を吐きだす。

金太郎さんの力で変わった僕の体は、確かに前よりも力も上がったし想像した通りの動きも出来る。

でも、英雄の体とはいえ空腹には勝てないようで完全にダウン寸前の状態だ。

 

「私の土魔獣も簡単に突破されちゃって・・・特にそこの四人、躊躇のなさは経験値による物かしら?」

 

ビシッとこちらを指さしたピクシーボブさんが、ゆっくりとこちらへ距離を詰めてくる。

思わず体を引くけど、それに合わせるように近づいて来て

 

「キミ、なかなかいい動きしてたね‼三年後に期待してツバ付けちゃお!」

「えっ、ちょ!?」

 

「あ‼?何してんだテメェ、コイツに手出してねぇで同年代のオス猫探せ‼」

「なに、やろうっての‼?」

 

ツバ交じりの息を吹きかけてくる彼女に思わず顔を守るようにガードすれば、不意に間に挟まるように入ったかっちゃんが爆風でツバを散らしてくれる。

 

「マンダレイ・・・あの人あんなんでしたっけ?・・・・あと、だれか轟止めろ」

「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで」

 

鋭く尖った巨大な氷柱を片手にピクシーボブさんの背後に忍び寄っていた轟さんを、耳郎さんがなんとか羽交い締めにして取り押さえる。

その応援に駆け付けようとして、ふとある一点で視線が止まる。

 

気にはなっていたのだけど

 

「あの・・・ずっと気になっていたのですが、その子はどなたかのお子さんですか?」

 

「ああ、違う。この子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな、一週間一緒に過ごすんだから」

 

マンダレイさんの甥っ子さんだったようだ。

膝を折って目線を合わせようとして・・・小さいころのかっちゃんを思い出し、そのままの目線で声をかける。

 

「えと、僕は雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 

 

返答の代わりに、小さな拳が金的を狙って飛んできた。

思わず体が反応してしまい、左手が絡めとるようにその腕を受け止めてしまって――――なんとも言えない間が空く。

 

不意に、バシンッと強い音を立てて手が弾かれれば睨み付けるような視線がこちらを見つめる。

 

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ」

 

そう吐き捨てるように口にして、小さな背中は離れていく。

弾かれた手に残る衝撃が未だ残っているが、それよりもまるでヒーローを嫌っているようなその言葉から感じた、小さい体に似合わない思いが強く頭に残っていた。




小ネタ


鉛色の肌の巨大な右腕と、対照的に細い左腕。
両足は鎧のようなもので覆われ、その足から放たれた鋭い蹴りに緑谷出久-ブレイド-の胸部装甲は火花を散らす。
衝撃に遥か後方へ蹴り飛ばされながら、体制を立てなおす彼に迫るその異形はシャドウサーヴァント。
遥か古代から続くバトルファイト。その戦士である52体のサーヴァントの因子から生み出されたイレギュラーである。

その姿は歪であり不完全に見えるが、その力はサーヴァント三人分に相当する力を持っていた。

(っ、このままじゃ・・・)

先ほどまで行っていたカテゴリーKとの戦闘により緑谷の体は大きく疲弊していた。
(手は・・・ある、けど)
それはまさに切り札。
実行してしまえば取り返しのつかないほどに自分の体は壊れるかもしれない。

だが――――――。




瞳を閉じ、左腰に差していた剣を鞘から抜き取る。
現れる刀身は黄金色に輝きを放ち、その光に緑谷は静かに覚悟を決める。


持ち上げられた左手、その手に青い粒子が集まれば二枚のカードを形成する。
片方を、腰に下げた鞘〈アヴァロン〉へと差し込めば、鞘を伝い全身に血液が巡るように力が動き始めたのを感じる。

〈Absorb Queen〉

残るは、一枚。

「力を・・・借りるよッ」

それを右手に握った剣〈エクスカリバー〉へとラウズしようと左腕を動かし―――――止まる。
脳裏に響くのは、先ほどまで戦っていたカテゴリーKの言葉。
自らの持つ聖剣によく似た黒い剣一振りで街の一部を更地に変えた白い肌の女性。封印間際、どこか満足したように笑いながら彼女は口にしていた

『せいぜい気を付けるが良い。あの軟弱者のように、私の力に飲み込まれないようにな』

手にしたカードから伝わる強い力。
あの力を制御できるのか――――そう考えながら、同時に思い出す。この戦いによって笑顔を失っていった人たちの事を。

(それでも、僕はッ‼)

止めていた手を振りぬく。
聖剣に吸い込まれる様にKingのカードは掻き消え

〈Evolution King〉


「ぐあああああぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」


全身の血が燃え上がる。
一気に溢れ出た膨大な力が、逃げ場を失い全身を駆け巡る。
体からは紫電が走り、脳はまるで焼き切れてしまったかのように痛みしか送らない。

涙によって滲む視界。

(―――――それでもッ‼皆の笑顔を、僕は守るんだッ‼)


駆け巡る力を意思によってねじ伏せる。
自らの始まりであるベルトへ、その力を強引に注ぎ込み―――――ベルトが静かに明滅を繰り返す。



強い光がひと際眩く放たれた瞬間、ベルトから黄金色の輝きが飛び出す。
緑谷を守るように、その体を囲むのは13枚のカード。

それが、緑谷の身にまとう騎士鎧へと吸い込まれれば、鎧が黄金色へと色を変えていく。
右手に握る聖剣へ光が吸い込まれれば、黄金色の輝きが吹き荒れる。

そして、残った左手に最後の一枚のカードが触れた瞬間、ズシリと重みを感じた。
その手の中には、あのカテゴリーKが振るっていた聖剣とよく似た黒い剣が握られていた。









『有り得ないッ』
薄暗い部屋の中、モニター越しにその光景を見ていた男が、取り乱すように叫ぶ。
『彼はいま、13体のサーヴァントと融合している‼」
モニター越しにもつたわるその黄金色の輝き。
男の見つめる先で、黄金の騎士が生まれようとしていた。





(13人のセイバーの力がッ、記憶が流れ込んでくる・・・‼)
脳に注ぎ込まれるのは、13人の英雄の記憶。
ある時は剣豪であり、ある時は竜殺し、ある時は勇者を目指すアイドル。
あまりに濃密で数奇なその人生の記憶は緑谷の脳を、人格を浸食していく。
どれほど強靭な精神を持とうと、耐えきれるモノではないのだ。

一瞬、意識が途切れかかる。その隙を突くように膨大な記憶が迫り―――






『さっさと起きろ。私を封印した者がこの程度で倒れるなど許されん』




膨大な力の奔流、それを黒い剣で受け止める黒いドレスの女性の後ろ姿が見えた気がした。


気を抜けば飛びそうな意識、それでも記憶の流入は何故か止まっている今踏ん張らなければならない。

左右の剣を構えればベルトから再び黄金色のカードが五枚飛びだす。
まるで意思を持つように動くカードは左右へ持った剣へと飛び込む様に吸い込まれていく




〈Spade 10 忠義の騎士〉
〈Spade Jack 湖の騎士〉
〈Spade Queen 銀騎士〉
〈Spade king 黒の騎士王〉
〈Spade Ace 騎士王〉

〈Loyal Straight Flush〉



二振りの剣から放たれるのは、圧倒的な力。
それを恐れるようにシャドウサーヴァントは距離を詰め、唯一の武器であるその剛腕を振り下ろす。

それに対し、左足を強く踏み出し左手に持った黒剣を振り上げる。
刀身から黒い力が迸り、シャドウサーヴァントの体は撃ち上げられたままその黒い光の中で四肢を焼き切られていく。
だが、なんとか形を保ったその頭部は――――さらに下から吹き出す黄金色の輝きを目にし、そして次の瞬間には膨大な熱量によりその存在を完全に消し去られる。


二本の剣から放たれた極光は、天を突き破ってなお止まることは無かった。























「大変よ緑谷君‼街中に出現したモノリスから小さな女の子達が大勢現れ始めたわ!」
「私が勝利者と判断されてジャンヌ・オルタ・リリィ・ランサーが出現したのよ。ほら、さっさと私を封印すればいいじゃない。それでこの世界の夢は救われる、それでいいでしょ!」
「それでも、僕は・・・君を封印したくない」
「アンタ、この期に及んでなにを甘い事をッ・・・‼」
「まだ、あるんだ。僕には君を封印せずに皆の笑顔を守る切り札が‼」

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