いま、俺たちは部長に連れられ山を登っている。
そこにチャドの姿はない。
「あ、あの、部長。チャドは……」
俺はドでかい荷物を背負いながら部長にそう声をかける。
その言葉を聞いて、部長は眉根を少し寄せて答えた。
「……先に目的地に着いているわ」
その様子にやっぱりチャドに頼むのは間違っていたのかなと思う。
確かにあいつは堕天使に近い立ち位置なんだろう。俺は普段過ごしている感じからは全くそういうのを感じないから忘れるけど。
木場とか小猫ちゃんは目に見えて態度は変えてないみたいだけど、朱乃さんは今回の修行にチャドが来ると聞いた時、少し体が強張ったような感じがした。
やっぱり種族の壁ってのは厚いもんなのかな……
「イッセー」
そんな不安が表に出ていたのか、部長は申し訳なさそうに俺に声をかけてきた。
「責めるつもりはないの、ごめんなさい。確かに、今取れる手段の中では最善手よ。彼の実力の程は詳しくはわからないけど。でも部室で感じたあの力は、ライザーも含めた全員が竦むほどのものだった」
確かにそうだ。だからこそ俺はチャドに修行をつけてくれるように頼みに行った。
「ただ、少しだけ悔しいの。自分だけの力で何とかできないということが、ね……」
その時、俺は弱音を吐く部長を初めて見た。
そのことに気が付いたのか、部長は忘れてちょうだい、と言ってそそくさと先に行ってしまった。
俺は、その部長の顔が頭から離れなかった。
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山登りを終え、別荘についた。
動きやすい格好に着替え、さっそく修行に移ることになった。
表に出ると、下はジャージ、上はタンクトップという恰好でチャドが立っていた。
改めてみると腕とかすごい筋肉だなあいつ……
「先に言っておくと俺が教えられるのは体術と神器の扱いに関することが主となる。武器もまあ使えない訳ではないが、俺が下手に教えるよりその内きちんとした師を用意して教わるほうがいいだろう。術に関してはからっきしだ。そこら辺は任せる」
「わかったわ。ならとりあえず小猫、祐斗、イッセーの修行を付けてちょうだい。アーシアは朱乃の元で魔力の修行を、私はその間に他の準備をしておくわ」
部長は指示を飛ばすと、朱乃さんとアーシアを連れて別荘に向かっていった。
「さて、では軽くスパーリングだ。今どれだけ動けるか見ておきたい。イッセー、来い」
「お、俺から!?」
「ああ、言っては何だが、一番早く終わる。とりあえずお前は神器なし、純粋な体術のみだ。俺ももちろん使わんし、
胃の痛む思いを感じながら俺はチャドの前に立った。
チャドは左腕を前に構え、右腕を引いた構えをとる。
威圧感がすごいぜ……
「来い」
「オラァッ!!」
チャドの声とともに駆け出して右腕を振りかぶって殴りかかる。
しかし俺の拳はチャドの左手にがっしりと捕まれ、視界が急に上下逆さまになったと思ったら背中から地面に落ちた。
「ぐふっ!?」
「攻撃の予備動作が大きすぎる。無駄が多いから全体の速度も遅くなって、威力も出なくなるしこうして攻撃を逆手に取られる。一撃で相手を倒す必要はない。とりあえず細かく無駄のない動きを意識するようにしろ。細かい注意点は後でまた言う。次、塔城」
「……はい」
な、何されたかよくわからなかった。本当に一瞬で終わってしまったが、とりあえずチャドの助言を頭に入れながら、小猫ちゃんの動きを見ることにする。
小猫ちゃんはチャドの前に立つとファイティングポーズをとる。
ああして比べるとチャドの構えって変わってるな……
「……ふっ!」
小さく息を吐きつつ、小猫ちゃんが動く。小さい体を活かして素早くチャドの近くに踏み込み左で牽制の拳を放つ。
それを左腕で逸らすチャド。小猫ちゃんは焦らず前蹴りを放つがそれも左腕で弾かれる。少し体勢を崩したところに右腕のストレートが放たれる。小猫ちゃんは両腕を交差させそれを受け止め、威力を殺すように後ろに飛んで、くるりと猫のように着地した。
「茶渡君は、右と左で完全に攻守を分けているんだね」
俺の隣で同じように試合の模様を観察している木場が言った。
「攻守を分ける?」
「左腕で相手の攻撃を往なし、ガードし防御を固め、隙をついて右の拳を繰り出す。体術とは言ってるけど丸腰の人間の戦い方じゃないね。あれじゃあ盾を持った重装歩兵みたいだ」
その言葉を聞いて改めてチャドの動きをみる。
小猫ちゃんのラッシュを確かにほぼ左腕だけで捌いている。右手のアッパー、左手のフック、右足のハイキック、
素人目には小猫ちゃんがミットうちのように左腕を狙っている見たいに、すべて左腕だけで処理され、時折唸るような右拳が小猫ちゃんに向かう。
健闘しているように見えたが、拳が小猫ちゃんの目の前で寸止めされて二人の動きが止まった。
「体術は非常に高いレベルで纏まっている。まだ荒い部分はあるが、そこら辺の有象無象に負けることはないだろう。力や防御力も申し分ない。これは悪魔の駒の影響か。まあ、分かった。木場、次はお前だ」
「……ありがとうございました」
小猫ちゃんがチャドに頭を下げて隣に座ってくる。……なんか距離があるのは気のせいだと思いたい。
「木場は剣を使うのか」
「そうだね、部長に聞いたかい?」
「武器を使うやつと体術で戦う人間の違いくらい見ればわかる」
いや、普通わかんねーから。心の中で突っ込みを入れるが、小猫ちゃんは頷いているし、木場も納得している様だった。
「木場、お前は神器ありでいい」
「……いいのかい?」
「自分が使いなれた武器の方がいいだろう。それに神器を用いた戦法も見なければわからないこともある。イッセーの場合その前段階だが」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
チャドが構えるのを見て、木場も手に剣を出現させる。
おいおい、素手で剣と戦うってマジで言ってんのか……
「来い」
「ハァッ!」
木場が踏み出す。『
チャドはそれを変わらず左腕で迎える。って、そんなことしたら斬れるだろ!?
そう思って腰を浮かせた瞬間、ガキィィインッ! と、金属同士がはじける様な音が響いた。
俺も、木場も、小猫ちゃんも驚きの表情を浮かべる。
そして動きが鈍った木場に拳が振るわれる。
「ぐぅ!」
「予想外の事が起こったからといって一々動きを止めるな」
「そうだね、その通りだ!」
素手と剣の戦いに似つかわしくない音が響き渡る。
ていうかもうほぼ目で追えない。
「……あれは、仙……術……?」
「ん、小猫ちゃん何か言った?」
「……なんでも、ありません」
「でも」
「大丈夫ですッ」
小猫ちゃんらしくない、大きな声で拒絶されてしまった。
その顔は、なんでもないなんて明らかに嘘だという程強張り、青くなっていた。
だけど、拒否されてしまった手前何を言うことも出来ずに……
「あ」
「え? ぐぼはっ!?」
飛んできた木場に当たってそんな思考は吹っ飛んだ。
「すまんイッセー…… 飛ばす方向を誤った」
「イッセー君、大丈夫かい?」
「大丈夫だからさっさと退け!」
なんでよりによって木場に押し倒されなきゃいけないんだ! どうせなら小猫ちゃんの時にこのミスをしてほしかった!
「……まあ大体わかった。とりあえずではあるが修行のスケジュールを組む。その間に先輩方の魔力関連の修行に合流してくれ。必要ないと思うのであれば模擬戦を繰り返すことを奨める。とにかく対人戦の経験が足りていない。力量をあげる上でも、模擬戦闘はとてもいい修行になるだろう」
俺が心の中で文句を言っているとチャドはそういって別荘の方に歩きだす。
その背中を見ながら俺たちは話す。
「……なんつーか、どんな生き方してればあんな強くなるんだろうな」
「部室の一件や、堕天使総督直々に仕事を頼まれる程だから強いとは予想してたんだけどね。こうまで手も足も出ないとは……」
「そうか? 俺はそれこそ何が何だかわからないうちにひっくり返されてたけど、木場とか小猫ちゃんは結構戦えてたように見えたぞ?」
その言葉に、木場は少し苦笑いを浮かべ、小猫ちゃんはいつも通り冷静に呟いた。
「……イッセー先輩。茶渡先輩は左利きです」
「え、ああ、そうだっけ。よく知ってるな小猫ちゃん。でもそれがなんなんだ?」
「多少変則的だけど茶渡君のフォームを普通のフォームに当てはめれば、普通利き腕を引いて構えるよね」
言われて思い至る。あれ、じゃあ俺たちは利き腕封じたチャドと戦ってたってことか?
「……もしかしてめっちゃ手抜かれてた?」
「……もしかしなくても、まったく本気じゃないです。堕天使の時に見せた神器も使ってないですし」
「多分、部長含めグレモリー眷属全員でかかっても勝ち筋は薄いだろうね」
……もしかして俺ってとんでもない奴に助っ人を頼んでしまったんだろうか。
「でも、多分この修行は有意義なものになると思うよ」
「おう、そうだな。部長の為に頑張らねぇと!」
俺はちょっとビビッてたのを振り払うように大きな声を出す。
小猫ちゃんと木場はチャドが言ってたように模擬戦をすると言ってその場に残った。
俺は朱乃さんとの魔力修行だ! 手取り足取り教えてもらえるって考えるとそれだけで元気が出るぜ!
旦那のかまえといえば構えのスイッチからの左腕一閃ですよね。拳客のエデンは血界戦線でもかなり好きな話です。
小猫ちゃんが茶渡の利き腕を知っているのは…… なんででしょうね。日々の調査のたまものじゃないですかね。チャドは日常生活では矯正してほぼ右効きとして生活してますけどね。どうやって知ったんでしょうね←