「俺とイッセーで模擬戦を?」
「ええ、お願いできるかしら」
自信をあげる。そういった部長はその次の朝、トレーニングが始まる前にチャドに声をかけた。
その言葉を受け、チャドはこちらをちらりと見て。
「……わかった。条件は任せる」
そう言ってこちらに向きあった。
「感謝するわ。イッセー、ブーステッド・ギアを使いなさい」
チャドと模擬戦とかそんな無茶なと放心している俺に、部長はそう言った。
この山に入ってから一切使っていなかった神器、部長、そしてチャドにも禁止されていたそれを使えと言われているけど…… どうすればいいんだ?
「模擬戦開始前に神器を発動させなさい。そうね、2分……」
「3分だ」
部長の言葉を遮るように、チャドはそう言った。
「ちょっと、無茶をさせるためにする訳では」
「イッセー」
部長の言葉をまた押しとどめる様に俺の名前を呼んで、こちらを見てくるチャド。そしてこう続けた。
「行けるな?」
「……おうっ! ブーストッ!!」『Boost!!!』
「……もうっ、好きにしなさい」
呆れた、という風に部長は他の皆が立っているところまで下がって完全に観戦する態勢に移った。
すみません部長。でも、俺が自信を無くして泣いちまった時、部長が自信をくれるって言ってくれて、俺はとっても嬉しかった。
部長の言葉なら、信じられた、部長の言葉だから今日こうやって立っていられる。
それと、同じなんです。
俺が頭下げて、修行をチャドに頼んだのは、ただ単に強かったからってだけじゃない。
こいつが引っ張ってくれるなら、きっと、何かを変えてくれるって思ったからなんです。
そのチャドが、俺にできるって思って言うことなら……
「やってやるぜぇ!! ブーストォオオオオオオオオオ!」『Boost!!!!』
三分間、最後のブーストが終わる。
体に力が満ちているのを感じる。前に限界を見るためにやった時は、きっとここまで耐えきれなかった。気を失っていた、倒れ込んでいた…… 今は、違う!!!
「来い、イッセー!」
「行くぜ、ブーステッド・ギア!」『Explosion!!!』
相手はチャドだ、躊躇ってるとすぐにやられる!
そう考えて、俺は思いっきり地面を蹴り、一気にチャドとの距離を詰める。
今までの速度と段違いだ。踏み込んだ地面ははじけ飛んでるし、そこそこ離れていたチャドとの距離も瞬く間に縮まる。
だけどチャドはそれを完全に捉えて拳を合わせてきた。
その拳に俺も真正面から拳を打ち付けた。
ドゴンッ!
チャドの左拳と、俺のブーステッド・ギアが付いた左拳がぶつかり、激しい音と、衝撃波があたりに広がる。一瞬均衡を保っていたかに思えたそれは、俺が大きく弾き飛ばされることで崩れた。
慌てて体勢を立て直し、着地する。
「ゴフッ!?」
その時になってやっと右脇腹に鈍い痛みがあることに気が付く。
まさか、弾き飛ばされる時に一発入れられたのか!? 全く見えなかったぞ!?
しかしそんなことを気にしている余裕はない。
後ろから寒気がし、慌てて横に飛ぶ。
するといつの間に後ろに居たのかチャドが拳を振り切った姿が見えた。ついでにその拳が拳圧だけで地面を抉るのを見てゾッとした。
「イッセー! 魔力の一撃を撃つのよ! 自分が一番放ちやすいイメージを強く思い浮かべて!」
横から部長の声が飛ぶ。
魔力を、放つ? 一番放ちやすいイメージ、強力な、一撃……
その瞬間、脳裏に浮かぶのは、あの日教会でチャドが放った一撃。
自然と、無意識に、俺は手を前に伸ばして体の奥底から湧き出る様な力を掌に集中させる。
「いぃぃいいいいいいいいいいいっけぇぇぇええええええ!」
「ムッ!?」
目の前が赤い光で染まる。まるで、そこに大きな壁がある様な程巨大なエネルギーがチャドに向かって放たれた。
「ぉぉおおおおっ!!!」
自分がそんなものを出せたことを驚いているのも束の間。
このビームが放つ轟音を引き裂くような、まさに渾身の気合いが聞こえたと思ったら、チャドがその光を弾き飛ばした。
シュゴッ!!!
そんな短い、しかし凄まじい音と共に、弾かれた光は隣の山を消し飛ばし、勢いがそがれることなく貫通し、その先に会った雲を散らし、遥か彼方へと消えていった。
「……へ?」
「三分でこれか。凄まじいな。まさか教えてもいないのに虚閃を撃つとは…… いや、あれは虚閃なのか? 虚ではないしな…… 鬼道?」
チャドが何でもない様子でぶつぶつと呟いているのなんて耳に入ってこない。
い、一体何が起きたんだ? お、俺が今のやったのか?
「ぶ、ぶぶぶぶ部長?」
「「「「……」」」」
混乱の極致に達した俺はもうどうすればいいかわからないので、すがる様に部長を見た。
しかしそこには驚いた顔でみんなが固まっていた。
『Reset』
「うおっ、とと……」
どうすればいいんだ、と悩んでいる途中でブーステッド・ギアから声が発せられる。
時間切れの様だ。急に力が抜ける感覚に尻餅をついた。
「お疲れ様、イッセー」
部長も驚きから立ち直ったのか、こちらに向けて声をかけてくれた。
「さて、どうだったかしら? この模擬戦を終えて」
「えっと、なんていうか。驚きました。俺に、こんなことができる力があるなんて……」
「そうね、少し私も驚いているわ。予想以上の成長っぷりよイッセー」
そう言って座り込んでいる俺の頭に手を置いて、撫でるようにしながら部長はそう言ってくれた。
「確かに、貴方自身の力はまだ祐斗や小猫と比べると見劣りするかもしれない。けど、それはブーステッド・ギアが無い場合」
視線を俺が消し飛ばした山の方に向けて、部長は言葉を続ける。
「あの一撃の威力は上級悪魔、その中でもさらに上位に食い込める威力を持っていたわ。あれを正面から受けて無事な者はそうはいないでしょう」
「……真正面から弾き飛ばした奴が俺の後ろにいるんですが」
「彼は、少し規格外ね。私も底が見えないし、とりあえず今は考えないようになさい」
そ、そうだよな。あんなの受けて無事で済む奴の方がおかしいよな。
……チャドと真正面から戦えるようになる日がいつか来るんだろうか。
「ブーステッド・ギアはその性質上、素の身体能力を鍛えれば鍛えるほど、その真価を発揮できる。貴方の成長は、他のものから見ればそれこそ倍々に増加しているようにさえ感じる速度で、扱える力が増えていっているのよ。あなたの力が1から2に増えるだけでも、その可能性は大きく広がるの」
そう言って笑いかけてくれる部長の言葉に息を呑む。
俺は、ちゃんと強くなれていたのか……?
「大丈夫だ」
俺の言葉に返事をするかのように、チャドが声をかけてくれる。
今気が付いたけど、右腕が大きな盾の様な形に変化していた。
「俺は最初、神器を使うつもりはなかった。だが初撃で拳を砕かれたし、最後の霊力の一撃ももはや素手で捌けるレベルではなかった」
「霊力…… 最後のあれがそうなのか?」
「無意識だったか。そうだ。あれが霊力。魔力でも同じようなことはできるだろうが、まあお前の場合霊力の方が今のところでかいからな。霊力だからこその威力だろう」
「……そうか」
魔力、霊力、神器。
俺にもちゃんと、力はついていたのか……
「技術面に関してもやはり零から仕込むと伸びがいい。数日前のお前ではこうはいかなかっただろう」
初日を思い出す。
模擬戦をやって、始まった瞬間に投げ飛ばされて終わったあの模擬戦を……
「そっか。そっか…… 俺、強くなってるのか……」
急に実感が湧いてくる。
腹の底からこみあげてくる様な喜びが…… 広がる前にさっきのチャドの言葉を振り返る。
「って、拳が砕けた!? 大丈夫なのか!?」
「ム、まあ痛みはあるがそのうち治るだろう」
チャドの左拳を見てみれば真っ青になって血も出てるし、大きく腫れあがっていた。
「お、おま! それ! 明らかに大丈夫じゃないだろ!? い、医者ぁーーーー!」
「は、はわわわわ、ちゃ、チャドさんが大怪我を、お、お医者様ぁーーーー!」
「……アーシア先輩、落ち着いてください。こういう時はタイムマシンをですね」
「小猫、貴方も落ち着きなさい。アーシア、貴方が治療すればいいでしょう?」
「そ、そうでした!」
「この程度ならすぐ治るが……」
「普通は拳が砕けるような怪我はこの程度って言わないんだよ茶渡君。悪くなるようなことでもないんだし、アーシアさんの修行に協力すると思ってみてもらいなよ」
「そうだな。修行は大事だ」
俄かに騒がしくなる中で、俺は部長がくれた自信を心で噛みしめていた。
待ってろ、焼き鳥野郎…… お前をぶっ飛ばして、部長に勝利をささげてやる!
忘れられてるかもしれないけどチャドも人間ですからね。
強化しているとは言え素手でドラゴンの力を受けたら拳ぐらい砕けるね。すぐ直るけど←
まあ本気で強化したら大丈夫です。けどブーステッド・ギアの伸び率を見誤ったチャドが手加減し過ぎて負った傷みたいな認識で一つよろしくお願いします。