波奈、こと三郎とも分断され、早く合流しなければならないというのに、合流しようとすると、適確に石が飛んできて防がれる。
「――ッ」
焦る中、近づいてくる気配に目を向けた瞬間、見えた敵。
深緑色の忍装束を身にまとった、サラサラな長髪。
『もし、知り合いに会ったら”生麦 生米 生卵”と言うこと』
それは出発前に青葉に言われた言葉。
「な、生麦、生米、にゃまたまごォ!」
半ばヤケに叫べば、迫っていたクナイが止まった。
目しか見えていない男は、いつものように一度顎に手をやると、
「噛んだらアウトか?」
「勘弁してください……」
「ふむ……”隣の客はよく柿食う客だ”」
あの先輩。わざとか。
だいぶ前から分かっていた事実を再確認すると、覆面の男は口布を下げた。
忍術学園6年い組、立花仙蔵。その人である。
「それにしても、護衛は八左ヱ門だったのか。では、あっちは」
「三郎です」
「…………何も起きていなければいいが」
「あっちに行ったの誰ですか!?」
仙蔵と同じくい組の文次郎は、確かに戦い好きではあるが、三郎があの合い言葉を言えば止まるはずだ。
八左ヱ門だって気づいたのだから、三郎が気づかない訳がないだろう。となれば、向こうに行った人物の問題。
仙蔵と共に三郎の元へ急げば、だいぶ泥で汚れた波奈の格好をした三郎。
その前に立っていたのは、小平太だった。
「無事か!? 三郎!?」
「無事なわけあるか! あの先輩! 恨むぞ!」
波奈を確保しようとしている小平太に対応するのも一苦労だというのに、実習で出会ってしまった時に衝突を避けるための合い言葉が早口言葉だったなど、決めた人間を恨みたくもなる。
「いやー突然、早口言葉など言うから驚いたぞ」
「え……伝えられてたわけではないんですか?」
てっきり青葉から知らされているものと思ったが、小平太の様子からして違うようだ。
「ん? あぁ。一応、6年が全員実習に出る時は、出くわした時の為に合い言葉を決めていてな」
「それがさっきの……」
「どうせ会わないだろうから、大体テキトウなものを使っているんだがな」
ちなみに早口言葉は、しっかり7つ用意され、くじ引きで誰がどの早口言葉か決めたのだが、伊作が”坊主が屏風に上手な坊主の絵を書いた”という、長さも難易度も高い合い言葉を引き、
『絶対に会わないようにする……!!!』
と、半泣きで叫んでいたそうだ。
「それにしても、お前たちが武家の娘の護衛についてるのか」
通りで屋敷に潜入しようとしても、見張りがいるわけだ。
「先輩たちは、波奈さんを拐えですか?」
「いや。その波奈って人の”からくり箱”に用があるんだが」
それって……と、三郎と八左ヱ門が目を合わせると、頷く。
「からくり箱って、結納品が入った?」
「あぁ」
「……じゃあ、波奈さん狙っても意味ないかもしれないですよ」
「どういう意味だ?」
仙蔵が不思議そうに眉をひそめれば、三郎がにたりと笑う。
「協力、しません?」
***
兵助、勘右衛門、雷蔵の三人は、波奈を守るように辺りを警戒していた。
「でも、こそこそ結婚相手の家に向かうって、なんか嫌だな」
「仕方ないのだ。武家の結婚は勢力図が変わる可能性もある。中にも外にも、阻止したい輩はいる」
「まぁ、そうなんだけどさぁ」
勘右衛門は一度、波奈を見ると、頭の後ろで組んでいた手を解き、
「あー! イタタタッ!」
「お、尾浜さん?」
お腹を抑え始めた勘右衛門に、波奈も慌てる。
「お腹イタァイ!! す、すみません! ちょっと、待っててもらえますか?」
「勘右衛門!?」
「兵助、ゴメン! ホント、限界!」
切羽詰ったように草影に走っていった勘右衛門に、雷蔵も困ったように笑うと、少し離れたところで待っていようと提案する。
「すみません……自分で荷物も持つって言ったのに」
出発してからしばらくして、重そうだからと波奈からからくり箱を勘右衛門が預かっていた。
それほど、先を急いでいるわけではないが、大事な結納品ごと草陰に行ってしまっては、こちらも動き用がない。
「い、いえ! 荷物より、大丈夫でしょうか?」
「僕、様子を見てきます。兵助、お願い」
「わかった」
雷蔵が小走りに勘右衛門の消えていった草影に向かう。
「勘右衛門、終わった?」
「う゛ー……少し落ち着いてきたぁ」
紙や木の擦れる音。
それが何度か響くと、枝をかき分けて戻ってきた。
「いやーすみません!」
「いえ。もう平気ですか?」
「はい」
「無理はされないでくださいね」
雷蔵と兵助は、なんとも言えない表情をこぼす。
「勘右衛門。箱、俺が持ってるよ」
「あぁ、ありがとう。臭いついても大変だもんな」
「勘右衛門」
「すみません」
勘右衛門からからくり箱を受け取ると、また鳥野家に向かって歩きだした。