誰もいない。
枝に引っかかっている人もいなければ、倒れている人も。
「この辺か……」
木に登って確かめてみても、最近折れた枝を見つけたが、人はいない。
それ以外に人のいた痕跡はない。
「……」
膝に肘をついていれば、頭に落ちてきた重さ。
先程呼んだ猫だ。名前は十二郎。
「あぁ。お前が来てくれたのか。ありがとなぁ」
頭の腕を撫でれば、ゴロゴロと喉を鳴らした。
そして、掴みあげ折れた枝の元に下ろす。
「十二郎、この臭いを覚えてくれ」
猫も犬ほどに鼻がいい。
しんべヱの食べ物に比べたら劣るかもしれないが。
「さて……と」
枝から降りて辺りを見渡す。誰もいない。
ふと聞こえた草むらをかき分ける音に、目を向ければ、探していた顔。
「間借さん」
名前を呼べば、相変わらずの仏頂面。
「無事でしたか」
ちょうど臭いを覚えて降りてきた猫は、相変わらず頭の上に降りてきて、ダレている。
「……」
「猫、ですか」
「えぇ。賢い猫ですよ。そうは見えないでしょうが」
えぇ。思いっきり頭の上でくつろいで、死体のように、腕を伸ばしきっているのだから。
頭の上なのに。
だが、俺には見えた。一瞬、間借の目が輝いたのが。
「でも、合流できてよかった」
近づけば、間借は相変わらず猫を見ていたが、すぐに俺に視線を戻した。
「生麦生米生卵」
すると、間借は一瞬顔をしかめさせたものの、
「あぁ、そうですか」
「ご理解感謝します。確認のためです」
ため息混じりに、冗談のような早口言葉を返した。
***
「波奈! 無事か。よかった……」
「古凛さん……!」
幸せそうに手を取り合うふたりを、三人も安心したように眺める。
ここはもう武家の屋敷の中。護衛も終わりだ。
「お付きの方々も、お疲れさまでした。そちらの荷物をお預かりします」
「あ、はい。圧家からの結納品です」
「かしこまりました。では、確かに」
からくり箱を受け取った鳥野家の使用人の中年の男は、丁寧に箱を抱きかかえると、部屋の中へと消えていった。
「で? これで、俺たちの仕事はこれで終わり?」
「先輩を待たないとダメだろ」
「はーい」
兵助にたしなめられ、勘右衛門も男が消えた先を一度見ると、すぐに視線を戻す。
「じゃあ、俺、外で先輩たちがくるか見てるよ」
「僕たちは、もう少し護衛かな」
勘右衛門は外に出ていくと、兵助と雷蔵は目を合わせると、頷き、波奈の元へと向かった。
木箱にはめ込まれた複雑すぎるからくりを解除する煩わしさと、これから開くことへの期待につい息が上がってしまう。
「――クシュンっあ゛ーいかんいかん。落ち着け。落ち着け」
クシャミで集中しすぎていたことに気がつき、一度、呼吸を整えて、辺りを確認する。
人の気配はない。きっと、花嫁の到着で盛り上がっているのだろう。
鼻水をかんだちり紙を捨てると、改めてようやく最後の仕掛けになった箱に向かう。
「よし」
最後の仕掛けを外すと、漏れる笑みを堪えきれないまま、その蓋をスライドさせた。
「……ない?」
しかし、そこには何もなかった。空の木箱だけ。
「どこだ!? 確かにいれたはずなのに!?」
箱をひっくり返すものの、思い描いていたものはない。
「何をしている?」
冷たく響いた声に、顔を上げれば、立っていたのは古凛と波奈。
「わ、若様。これは」
言い訳をしようにも、開けたままの結納品の箱の前では、何を言い繕っても開けたことへの咎は受けてしまう。
「! 実は、妙に箱が軽く、よもや圧家が結納品を入れなかったのかと疑いまして……も、もちろん、お二人の仲は存じておりますゆえ、糾弾しようというわけではなく、ただ、事が順調に行くようにと」
あくまで、開けたのは事情があったのだと、伝えれば、古凛は険しい顔のまま。
「お前が欲したのは、圧家の土地の権利であろう」
「!!」
「すでにお前の企てはバレている。その上で、お前の長年の勤めに感謝し、この場での鳥野家からの破門だけとする」
「ご、誤解です!」
「いや、真実だ。すでに、お前が変装していた本物の間借さんが見つかった」
「!!!」
誤解だという言い訳を探したところで、変装するために襲った相手に、犯人だと告げられ嘘だと言い逃れられるはずもない。
男は何も言えず、何度も口を開いては閉じることしかできなかった。