警戒線が張られたすぐ近くで、仙蔵はワザと警戒線に引っかかった青葉と話をしていた。
「まぁ、伊作は偽の密書を持っていたかどうかはさて置き、アレはただの鉢屋への嫌がらせだろ?」
仙蔵がにこやかな笑みで、学年関係なく、は組全員の魂が抜けそうになるほど驚かせたことをあっさりと言い当てた。少し似た者同士なのだろう。考えることが似ている。
「それにこの作戦、重大な欠陥がある」
青葉の目が少し警戒の色を帯びる。
「先に言っておく。“あえて”文次郎ではなく、私が交渉に出てきたんだ」
「……仙ちゃんってば」
青葉の表情が少しこわばった。ろ組との手を組む作戦は、確かにうまくいけばそれは強いだろう。しかし、この作戦、最初のこの交渉が一番の鍵となる。これがうまくいかなければ、作戦は続行不可能。は組に勝ち目はない。
だというのに、ろ組で交渉に出てくるのは、小平太ではなく図書委員会委員長の中在家長次だ。偽物の木像を見分ける目は、持っている。そして、目の前にいる仙蔵も。
「本物を渡さない限り、手は組まない。だが、まぁ、本物なら手を組んでもいい。は組は実戦に強いしな」
「…………」
それほど長い間ではないが、頭の中で天秤にかける。いくら一年は組が実戦に強いとはいえ、上級生が多くなれば、まず勝てない。
「……今後、お前に連絡がある時はしんべヱと喜三太を仲介にいれてやる」
「な゛っ……!?」
呪いの文言と共に、懐から本物の木像を取り出した。仙蔵は恐ろしすぎる言葉に、先程までの澄ました笑顔は崩れさったが、どうにかひきつった笑顔を作りつつ差し出された木像を掴む。
「確かに本物のようだな。なら、は組と協力しよう。ただし! 福富しんべヱと山村喜三太は私のそばに近づけるな!」
「遠慮するなよ。仙ちゃんにお便り届けてくれる、かわいい後輩じゃないか。邪険にするなよ」
わかりやすい二人の作り笑顔は、互いに頬がひきつり合っていた。
「来ないな」
「……もそもそ」
「すでにい組と接触して、手を組んだ可能性がある。すぐに、攻撃を仕掛けてくる。作戦梅でいこう」
声の小さい長次の代わりに、雷蔵が同時通訳すれば、一年生が小さく悲鳴を上げ、同じように嬉しそうに声を上げる四年生が一人。
「籠城戦!」
「すごいスリル~」
「うぉおお! 今度こそ最後まで守りきってやる!」
籠城と聞いた途端、テンションが上がる守一郎に、八左ヱ門が驚いたように目を向ければ、同級生である三木ヱ門が苦笑いをこぼす。
「元ホドホド忍者の子孫ですから……」
「あ、そういえば……」
籠城ができるという理由で、タソガレドキと一度は手を組むほどの籠城好きだった。
「……」
「三郎?」
じっと森の方を見つめる三郎に、雷蔵が話しかければ、森を探るように見つめたまま、
「見つかったな」
三郎の言葉に、全員が一斉に三郎を見た。
「たぶん、しんべヱだ。はっきりと見えたわけじゃないが、少し気配がした」
は組にろ組の陣地の場所がバレた。それは、手を結んでいるであろうい組にもバレたという意味で、ろ組には不利な状況を示していた。
***
しんべヱ、庄左ヱ門、タカ丸が帰ってくると、すでに青葉も帰ってきていた。
「おかえり。交渉はうまくいったから、ろ組の木像奪うまでは、い組と共闘するよ。そっちは?」
「鉢屋先輩が警戒してたみたいで、近づけなかったんですが、だいたいの場所はしんべヱが」
ろ組には、過激な武器を扱う三木ヱ門がいるため、どうしても火薬はある程度の量が必要となる。そうなれば、火薬独特の臭いが陣地からする。しんべヱの鼻ならそれを見つけることができる。
「も、もう歩けない……」
「しんべヱ! これからが大事なんだよ」
倒れ込んでしまったしんべヱに、庄左ヱ門が慌てて起こそうとするが、重くて持ち上がらない。
「あー……とりあえず、攻めは二年以上でやるから、一年は兵太夫以外は陣地の守護。三治郎、三人にカラクリのこと説明しておいてね」
「はーい」
「さーて、留三郎」
「おう! 任せとけ」
すぐにい組にも、ろ組の陣地の場所は知らされた。
「それで、作戦は……」
「文次郎、留三郎の二人で、小平太と長次をできるかぎり陣から離れた場所へ誘導し、足止めをする。おそらく長次は出てこないだろうが、五年の誰かが出てきたらラッキー程度だ。い組、は組、その中間の三方向から、ろ組を攻めて戦力を前に向けさせる。その間に、私が大回りして、裏からろ組の陣地へ侵入し、木像を奪取する。という作戦だ」
い組はすでにふたつの木像を手に入れており、無理してもうひとつを奪う必要はないが、念の為だ。ここで、裏切って、は組がろ組を手を結ばれるよりは、多少の犠牲を払っても乗っておいたほうがいい。
もちろん、出す戦力は削る。こちらの守備の方が厳重にするべきだ。
「というわけで……い組側から攻撃を仕掛けるのは、一年だ」
「えぇぇえ!?」
「安心しろ。戦果なんて全く期待していない」
「は、ハッキリ言いすぎですよ……」
伝七が頬をひきつらせるものの、仙蔵はじっと伝七を見たあと、笑顔で肩を掴んだ。
「伝七は特別に、喜八郎と一緒の任務に当たってもらう。息を合わせる必要があるものだが、同じ作法委員会だ。やれるな?」
「あ、綾部先輩と……?」
何故か、すごく嫌な予感がするが、頷く以外のことが許されていなかった。後ろで佐吉が、久々知平助から焙烙火矢を受け取っていた。
「誰かがいたら、とにかくこれを投げて、あとは全速力で戻ってくればいい。ここは俺たちが守ってるからな」
「わ、わかりました!」
仙蔵の視線が今度は、二年生に向いた。その妙な笑顔に、全員が小さく悲鳴を上げた。