「時間もないこの状況で、あいつらがやれることは少ない」
兵助ももう一度火縄銃を確認すると、森の奥を警戒した。
佐吉は木像を半分土に埋めて、その表面をよく固めながら、文次郎を見上げる。
「陣に像を持ち帰ることを諦めるだろう。そして、全員に負けさせる」
「そ、そんなことが可能なのですか?」
佐吉が聞けば、文次郎は頷く。
「ルールにあっただろう。木像は各組の旗から十尺の範囲内にある個数でカウントすると。つまり、その範囲から出してしまえば、俺たちも0になる」
「え!? そんなのありなんですか!?」
「ヘリクツですよ!」
「ヘリクツだろうがルールはルールだ」
学園長もそれを踏まえた上で、あのルールを作ったのだろう。それに、青葉ならひと組みだけうまい汁を吸わせる訳がない。引きずり落としにくるはずだ。
「各方向の守備は久々知と尾浜を中心に行う。俺はここで像を死守する。仙蔵と孫兵も戻り次第、手助けに入るだろうが、今度はろ組とは組からの攻撃だ。ギンギンに気合を入れろ」
低学年は悲鳴を上げ、五年生もまたくるであろう六年の影に喉の奥で悲鳴を上げていた。
仙蔵は予定とは違う道で陣地へ戻ろうとしていれば、目に入った小さな人影。
「立花先輩!」
「ふ、福富しんべヱ、山村喜三太……!? なんでお前たちがここに?」
聞く必要もない。青葉のせいだ。
「先輩の木像を受け取ってこいって、青葉先輩に言われましたー!」
やはり。
「そうか。それはわざわざすまなかったな。だが、これは渡せない」
「えぇ!?」
「どうしてですかぁ!?」
「むしろ素直に渡すと思ったのか?」
「「はい」」
即答されて、コケそうになりながらも、体制を元に戻せば、二人を諭すように言う。
「いいか? 忍者ならまず疑え。信じるな。約束は裏切られることを考えて行動しろ。いいな?」
それだけ伝えると、二人の泣き声を背中に聞きながら、急いで遠ざかった。
***
「死なば諸共作戦?」
小平太は陣地に戻ってくると、首をかしげた。
作兵衛があの後また、は組の様子を伺い聞こえた作戦を伝えれば、長次も腕を組み頷いていた。
「つまり、すべての像がい組にあるから、陣を捨てて、せめてい組にも勝たせない。って、いうことですよね?」
「もそ……」
「確かに、先輩ならやりかねない。むしろ、最後に焙烙火矢でい組の陣地も爆破しそうだ」
「やりそうだな!」
笑っている小平太に、八左ヱ門が頬をひきつらせているしかない。
「で、い組の場所はわかってるわけですけど、僕たちはどうします?」
「……」
このままいけばろ組も負けだ。ここでおとなしく時間が終わるのを待つよりは、い組の勝利を阻む方がいい。
「イケイケどんどーん!」
「あ、道案内は俺が! 印のない罠地帯があるので……」
あの危険地帯を抜けられたのは、八左ヱ門が確認できただけで喜八郎ただひとりのはずだ。
「ある程度把握してますが、気を付けてください……」
疲れたように息を吐く八左ヱ門に、雷蔵も三郎も同情するように肩を叩いた。
***
地平線に日が触れ始めた時、火縄銃の音が響いた。
「まったく……」
青葉は、頭上に降りかかった豆を落としながら、火縄銃を撃った相手を見た。
「勘ちゃんってば、だいたーん。今度の会議でカステラの紙あげるね」
「そういうのパワハラって言うんですよー?」
笑いながら、伊作に矢羽根で合図すれば、もっぱんが投げられた。
「うわっ!!」
慌てて逃げ出す勘右衛門に、あとを追う一年生と二年生。い組の陣地へと走っていた。
「伊作」
「大丈夫。伝えてあるよ」
「ならいい。ようやくかぁ……んじゃ、留さん、文次郎の足止め頼むよ」
「おう。あのムカツク顔、ボッコボコにしてやるよ」
「それは足止めっていわないけど、まぁいいや」
「二人共怪我しないようにね」
無茶な注意をしながら、三人もい組へ向かった。
い組の陣地周辺は、残った生徒たちで乱戦状態だった。
中でも派手なのは、焙烙火矢と石火矢を容赦なく撃っている仙蔵と三木ヱ門だ。
「仙蔵くん、俺が好きなの? 焙烙火矢をプレゼントしてくれるなら、火がついてないのがいいなぁ」
「そういうな。燃えるような気分が味わえるぞ」
一番警戒すべき青葉を常に警戒しながらも、太陽にも目を向ける。あと少し、あと少しで完全に日が沈む。そうなれば、い組の勝ちだ。
半分地面に埋めて、取り出しにくくした像の近くには文次郎が、
「いない!?」
視線を巡らせれば、留三郎と勝負している。五年はといえば、二人共長次の足止めをしているらしい。伊作は、見当たらない。おそらく、喜八郎の作った罠にでもはまっているのだろう。
もう一人の六年である小平太も見当たらない。ついでに、滝夜叉丸も見当たらない。
「……連れてかれたか」
「ある意味一番の被害者かもなぁ……」
よく見てみれば、金吾もいない。もはや、敵味方はあまり関係ないらしい。
「おっと……」
木像に近づくい組の姿に、仙蔵がひとつ焙烙火矢を投げれば、慌てたように下がる二人。
「敵味方関係なしか……!?」
「この状況で近づく奴は、味方ではないからな。鉢屋」
三郎も眉をひそめる中、青葉は一歩下がると、大きく息を吸い指をくわえ、吹いた。
ピィィィィイイィィ!!!!
試合が終了のような指笛の音に、その場にいた全員の視線が青葉に向く。
そして、数秒もしない内に、本当の実習終わりを告げる法螺貝が森に響いた。
「……おーしまい」
その瞬間、青葉の目が弧を描いた。
***
「組別サバイバル実習、優勝は……は組ッ!!!」
学園長の言葉に、驚きの声を上げたのは、は組の一部を除いて全員だった。
仙蔵たちもすぐに木像を確認するが、半分埋まったままでその場から動いていない。
「な、なぜです!? なぜは組が!?」
学園長が笑いながら指したのは、歪な“は”の文字が書かれた幕。
その近くには、恥ずかしそうに筆を持った三反田和馬の姿。
「…………ま、まさか」
和馬は忍術学園で特に影が薄い。それこそ、同じ委員会や同じ組の人に名前を忘れられるくらいに。
そんな人物があの乱戦の中、気配を殺して、“い”の文字を上から“は”と書き換えていても、気づけるはずがなかった。
「あー……ただで負けるとは思ってなかったけど、そう来たかぁ……」
「焙烙火矢だと思ったんだがなぁ」
「それで体育委員会のメンバーいなかったのか……」
あの乱戦の中、体育委員会が見当たらないと思ったら、小平太が避難させていたらしい。
「というか、今回、俺、焙烙火矢系ひとつも持ってきてないからな……」
ため息混じりに言った青葉に、目を丸くした二人がいたが、二人が声を出す前に、一年は組が青葉を取り囲む。
「先輩、なんで言ってくれなかったんですか!」
「えー……は組のよい子たちは、嘘をつくのが下手だから。それに……」
はっきりと言ってしまう青葉に、一年生は照れ、文次郎は悔しそうに激しく頭を木に打ち付けた。
「ずっと監視されてたし」
「最初からこれを狙ってやがったなァ!!」
青葉は最初から警戒していたのだ。だから、ずっと孫兵を偵察としては組の陣の近くに潜ませていた。作戦は常に筒抜けのはずだった。少なくとも、最初の交渉があった後から、ここへ突入し、勘右衛門と接触するまでの作戦は。
つまり、知らない作戦となれば、それはこの森へ移動する前から考えていたということになる。
「いやぁ……みんな、本当に俺が好きすぎて、照れちゃうわ」
笑う青葉に、文次郎はまた強く頭を打ち付けた。