サーティ・プラスワン・アイスクリーム   作:ルシエド

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その3

 光り輝く聖剣を、朔陽が渾身の力で振り下ろす。

 

「せいっ!」

 

 聖剣の切れ味は遺憾なく発揮され、切っ先は信長顔のカエルを両断してみせた。

 

 空中に残る残光。

 地面に僅かにめり込む切っ先。

 切り裂かれたカエルは少しの間ビクンビクンと動いていたが、やがて煙のように霧散した。

 

「よし、もう一回!」

 

 もう一度振る。

 猫型信長に、紙一重で回避された。

 再度振る。

 空飛ぶ鳥型信長に、ひらりと回避された。

 又候(またぞろ)剣を振り上げる。

 小さな虫型信長を狙ったのに潰せなかったのは、虫の方が的確にかわしたからではなく、単純に精神的な動揺から剣筋が乱れたからであった。

 

「……あれ?」

 

 聖剣は確かに抜群の切れ味を誇っているのだが、剣を振る速度が遅く、振り方にキレがなく、当てる技術がまるで見られない。

 足捌きも体捌きもなっていない。

 一つ目の動きが二つ目の動き、三つ目の動きと繋がっていく、動きの連続性すらまっとうには見られない。

 

 振るわれている剣は至高だ。

 そこに異論を挟む余地はない。

 問題なのは、剣を扱う朔陽の技術が極めてウンコであるという点にあった。

 

「わっ」

 

 九体の犬型信長が、朔陽に襲いかかる。

 聖剣が無能な主をカバーすべく、主の体を勝手に動かしてでも主を守ろうとするが、主の無能さのせいで上手くいかない。

 瞬間、和子と桜花の視線が交差する。

 思考が伝わる。

 

「……」

「――」

 

 二人は頷き、同時に飛び出した。

 それは、二人の息を吸って吐くタイミングにコンマ一秒のズレさえ存在しないほどの連携。

 一弾指(いちだんし)の間に桜花が朔陽をカバーし、和子が朔陽の頭上に飛び上がる。

 そこからは須臾(しゅゆ)の反撃だ。

 

 朔陽の周囲1m圏内に入った敵を、桜花は瞬く間に掌底で打ち返す。

 和子は朔陽の頭上に滞空した一秒で、四方八方に忍術とクナイをばら撒き、朔陽に攻撃する可能性のある信長を全て潰す。

 一瞬、潰れていく信長に桜花が泣きそうな顔をする。

 その顔を誰にも見せぬまま、一瞬で表情を元に戻した。

 

「いい腕」

 

「ありがとうございます、若鷺さん。

 今日は沢山、私のいいところも悪いところも知られてしまったようですね」

 

「……? 悪いところなんて、どこかあった?

 あ、大沢さんの身の上話とか、聞き流してたっていうわけじゃないよ、ホントだよ」

 

「……ふふっ。貴女はいい人ですね」

 

 桜花は自分の生涯を語り、自分の汚点と負け犬の過去を語り終えた気になっていたに違いない。

 だが、彼女を悪いと思った者は誰も居なかった。

 彼女の話を聞いた皆の心には、"友に弱みを打ち明けられた"という想いが宿っている。

 その想いは、彼らの心の中に新たな想いを呼び覚ましていた。

 

 大切な誰かに弱みを打ち明けられた時、大なり小なり違いはあれど、心に浮かぶものがある。

 それは誰かの弱さを見た時、心に浮かぶもの。

 弱き誰かの声を聞いた時、心に浮かぶもの。

 弱りきった誰かの頬に触れた時、心に浮かぶもの。

 

 『その弱さを守らなければ』という、正義にも似た衝動である。

 その衝動はいついかなる時代にも、優しさという母から生まれ来るものである。

 

「拙者は犬なれど、其方の左は任せるが良い」

 

 ブリュレが桜花の左をカバーする。

 

「右は……というか、隣は私がこうして守ればいいかな」

 

 和子が桜花の右をカバーする。

 

「僕だって、この中じゃザコもザコだけど、桜花さんの背中くらいは守ってみせる」

 

 そして背中の側は、聖剣を携えた朔陽が守った。

 

 四方八方から一斉に襲いかかる信長軍団。

 各種生物の顔だけを信長にすげ替えたようなその生物達は、クソコラ軍団と言ってなんら差し支えないレベルの存在だ。

 中途半端なリアルさと創作物臭が混じり合って、長時間見ているとそれだけで夢に見てしまいそうな、そんな不気味さを備えている。

 人が本能的に人面犬におぞましさを感じるのと同じだ。

 斬り殺しても噛み殺しても、そのグロさは倍加する。

 

「桜花さんはさ、自分の名前の由来、知ってる?」

 

「? いえ……両親が桜の花が好きなので、それが理由だと推測してはいるのですが」

 

「僕は知ってるよ。

 前に三者面談があった日に、桜花さんの両親と学校で少し話したことがあったから」

 

 三人と一匹で固まって、互いの死角をカバーしながら、朔陽は桜花に語りかける。

 

「桜の花は、日本人なら皆好きだ。

 でも普通の花と違って、桜の花は花を一つだけ見るってことはしない。

 花が数え切れないくらいあって、その合間を花びらが舞って……それを、眺める」

 

 桜花の背中を襲おうとした犬の噛みつきを、朔陽が聖剣で受け止めた。

 

「桜花さんのお父さんとお母さんは言ってたよ。

 桜の花は、『多くのものが寄り添うから美しいんだ』って。

 『花の一つ一つが互いの美しさを支えるから、美しいんだ』って。

 桜の花を好む人は、寄り添い支え合う美しさを知っているから、桜を好きになるんだって」

 

「―――!」

 

「だから君の名前は、『桜花』なんだ」

 

 犬に聖剣ごと押し込まれ、押し込まれ、押し込まれ。

 大して鍛えていない朔陽のこめかみに、汗が一筋流れる。

 

「君が敬愛した信長に見せてやろう……君の、『桜花』を!」

 

 根性を見せ、朔陽は蹴り上げ乾坤一擲。

 運良く犬型信長の腹に刺さってくれた蹴りが、犬を空中にふわっと浮かせる。

 そして聖剣が腕を引っ張るかのように、聖剣が導いた一閃が、犬を切り裂いた。

 

「……ああ、本当に、委員長は……もう。私、それにどんな反応を返せばいいんですか」

 

 親の想いが伝わる。

 朔陽の想いが伝わる。

 伝わった想いが、桜花の心を震わせる。

 桜花は跳び上がり、竜型信長の首に組み付く。

 心身の力が奮い、心は震え、両腕が振るわれる。

 ゴキン、と竜の首が折れた。

 力が高くなくとも、相手の命を断つに足る技。関節技である。

 

 次いで襲い掛かってきたのは、信長細胞の侵食により5~6mほどにも巨大化したカニ。

 桜花は腕のハサミを横薙ぎに叩きつけて来たカニの動きを見切り、ハサミを木に叩きつけさせ、同時に体当たりを実行。テコの原理で、関節を一つ駄目にした。

 桜花の力でハサミはもぎ取れない。

 折ることもできない。

 だが、駄目にすることはできる。

 もう片方のハサミも、相手の前面から接近し、跳び上がり相手のハサミを掴み、掴んだまま『全体重をかけて』背中側に落ちるなどして、こちらも駄目にすることに成功した。

 

 熊型の信長と相対し、その爪の攻撃をかわしながら石を拾うのに一手。

 噛みつきも仕掛けてくる熊に接近するのに二手。

 そして、その口の中に――その奥の気管に――石をねじ込むのに三手。

 熊の気管支を石で強引に塞ぎ窒息死させるという攻撃で、三手にてその命を断つ。

 

 そうして桜花が大暴れしていると、桜花は信長に囲まれてしまう。

 

「桜花さん!」

 

 朔陽が聖剣を掲げて助けに行こうとすると、聖剣が発光。

 聖剣が放つ光が信長達の目をくらまし、桜花が仲間と合流する数秒の時間を稼いでくれた。

 朔陽のせいでもあるが、この聖剣、ピカーッと光ることでしか活躍できていない。

 強引に売り文句を付けるなら、"光る! 鳴る! デラックスうんちゃらなこれを買って君もライバルに差をつけろ!"あたりだろうか。

 

「……小学校の時に買ってもらった日曜朝ヒーローの剣思い出すなぁ」

 

「サクヒが振ってたやつね」

 

「あれもただ光るだけの剣だったな、って」

 

「サクヒはビーム出るって信じてたよね」

 

「うっさい」

 

「うわっ、嫌なこと思い出した時のサクヒの声だ」

 

 幼少期の恥を知るのが幼馴染というものだ。

 和子に対する朔陽も、朔陽に対する和子も言わずもがな。

 その光を見て、桜花はふと気付く。

 何故、信長細胞は、野良の生物は侵食していても、今の自分達を侵食していないのか。

 

「? ……これは……」

 

 信長細胞はその名の通り信長の細胞、平均存在数37兆個という細胞の群体である。

 全身を焼かれ、肉塊として封印された後は平均存在数10億程度まで減少したが、それでも十分に多い。

 侵食・拡散の過程で多くの細胞が廃棄され、結果総数10億前後という数を維持しているものの、他の細胞を侵食して信長に変える能力は圧倒的だ。

 この細胞に触れれば、信長になる。

 全ての細胞が信長に変えさせられる。

 

 それは、桜花が身の上を語った時に皆に語ったことだが……敵に直接接触しても、返り血を多少浴びても、信長細胞による身体への侵食が始まっていない。

 

「浅井長政を狂化させたほどの細胞侵食が、行われていない……?」

 

 何故。

 そう思い、桜花は不審がって自分の体や敵の体を凝視する。

 朔陽もそれに倣い自分の体を凝視してみたところ、体の表面にうっすらと纏わりつく、薄っすらとした光の膜が目に見えた。

 

「え? なんだこれ?」

 

 おそらくは、昼間だと凝視しなければ見えない光。

 夜ならば薄くは見える程度の光量の光だ。

 その光が、信長細胞の侵食から生者を守っている。

 

■■■■

 

「いえ、軽いものではありません。

 世界創生の始まりから存在する二振りの剣の片割れ。

 世界法則に先んじて生まれたがために、世界法則に縛られぬ超越存在。

 お兄様の魔剣と対になる、この世で最も尊い存在とも称される聖剣ですから」

 

「世界創生よりも前から存在するため、世界が壊れてもこの聖剣は壊れません。

 聖剣自体に意志があるため、ある程度であれば自動でサクヒ様を守ってくれます。

 身に付けているだけで、特殊なものを除いた毒くらいならば無効化してくれるでしょう」

 

■■■■

 

 ヴァニラ姫の言葉が朔陽の頭の中で思い返される。

 なるほど、この力は聖剣の名に恥じないものだ。

 明日もう一度使ってくれと言われても使えなさそうな、再現性のない力。朔陽の精神の方向性が自動で生み出した、この一戦だけでしか使えないかもしれない力だ。

 

「私とワンちゃんで」

 

「数を減らす。起死回生の手を頼んだ」

 

 聖剣の光が満ちるこの空間内で、細胞の侵食などという小規模干渉は全て無力化される。

 ならば残る問題は、この空間内でも人を殺せる爪と牙持つ怪物のみだろう。

 もはや信長軍団は人類圏など目指してはいない。

 自分達の脅威となる朔陽達の抹殺のみを目指している。

 ゆえに、和子とブリュレは敵の密度が特に濃い部分を抑えるべく飛び出した。

 

「ふふっ」

 

「何がおかしいのさ、桜花さん」

 

「いえ、なんでも……」

 

 朔陽が聖剣を振るう。

 猿型信長に軽々かわされ、風を起こすくらいしかできないそれは、まるで扇風機だ。

 桜花が跳び上がり、猿の首を蹴り折る。

 動きづらい和服で軽快に動き、足先が見えない程の蹴りを出すそれは、まるで疾風だ。

 

「……ありませんよ!」

 

 けれど、そんなちょっと情けない共闘が、桜花は何故か楽しくて仕方なかった。

 

「昔、私が聞いた話が一つ有りました。

 だから、考えていたことが一つありました」

 

 想起されるのは、戦国の記憶。

 

「歴史に名を残した人と。

 歴史に名を残せなかった人が。

 信長様の配下であった私と、当時した話です。

 ちょうど、天下の全てが信長様のものとなるまで秒読みという時のことでした。

 彼らは私に言ったんです。

 『もしかしたら、俺達は、戦国の最後で楽土の直前、そんな時代に居るんじゃないか』って」

 

 それは間違っていない。

 信長、秀吉、家康。同じ時代を生きた三人の繋いだバトンが、戦国を終わらせたのだから。

 

「私が死んだ後、あの人達が、きっと戦乱の時代の幕を引いたのです」

 

 ならば、それは。

 信長や蘭丸が死んだ後、生き残った者達が新たな時代を作ったということになる。

 桜花には、旧い時代を壊す信長を支えたという自覚があり、新しい時代を作ることに協力できなかったという負い目があった。

 

「私は最後に……徳川の世が平和を広げるその前に、勝手に脱落してしまったから」

 

 戦国とは、戦乱が国々の合間に絶え間なく続く時代。

 

 ならば、ある意味で―――この世界のこの時代も、『戦国の時代』と言って間違いはない。

 

「その分、この世界の『戦国』を終わらせるのに助力したいのです」

 

 今ここに居る中で、唯一この世界の住人であるブリュレの耳が、ピクリと動いた。

 

「代償行為かも、しれませんけど!」

 

 地球の戦乱を終わらせ、平和を作るのに助力できなかった負い目を、この世界の戦乱を終わらせることで消そうとするのは、確かに代償行為だろう。

 だが、朔陽は知っている。

 

「桜花さんは、自覚してないけど!

 桜花さんの代償行為って、大体誰かのための行動でもあるんだよっ!」

 

 その代償行為には、いつだって優しさが混じっていることを。

 優しさが混じっているから、桜花はいつも代償行為の完遂だけを考えられない。

 自分が立派な男になれなかったという想いから、朔陽を立派な男にするという代償行為を始めながらも、そこから変に色んな感情を混ぜ込んでしまったのと同じように。

 

 桜花のその言葉に感じ入り、白狼は瞳を閉じる。

 

「『ウィズレイド』!」

 

 そして、瞳を閉じて高速で終わらせた詠唱から、風の上級魔術を放った。

 桜花が手こずっていた鵺の魔獣が、風によりズタズタに切り裂かれて塵と化す。

 

「其方の身上を拙者が完全に理解しているとは言い難い。

 だが、その心意気。その心根。その開心見誠。命を懸けて守るに値する」

 

 それは、桜花の言葉に対する、この世界の住人全てを代表した言葉だった。

 桜花の口元に笑みが浮かぶ。

 有能な猿は信長の絶対的な味方だが、有能な犬は桜花の絶対的な味方らしい。

 

「……ありがとうございます!」

 

 桜花の美しい着物も。

 朔陽の黒い制服も。

 和子の長い黒髪も。

 ブリュレの白毛も。

 全てが返り血に汚れているが、誰も彼もが悪くない表情をしている。

 その表情は、汚れるどころか輝いている。

 汚れなんて後で魔法で消せばいい、と言わんばかりに、皆が全力を尽くし戦っていく。

 全ての信長群体がそこへ群がっていく。

 

「さて、このいくら倒してもキリがない信長軍団、どうやって止めるかな!」

 

 その時、聖剣の光がまた輝きを増した。

 光に照らされた群体の内から、黒い靄のようなものが漏れる。

 それに意図せず触れてしまった朔陽達は、"それ"の本質を理解する。

 

「……!」

 

 見える。

 本能寺で死した信長の死体だった『肉塊』の奥に、何かが見える。

 肉塊に捕食された残骸の中に、何かが見える。

 

―――『魔王軍に勝利を』

 

 群体と化した信長を突き動かすものは、間違いなく、フュンフ・ディザスターの遺志だった。

 

「そうか、そうだったんだ」

 

「おそらく、この細胞群にとって魔将の思念は異物。

 聖剣の退魔の光がそれを再認識させた。

 だから細胞群を突き動かす意志であると同時に、排出される排泄物でもある」

 

「魔将を信長が食べたら、消化しきれずに中途半端にウンコになったってことか。

 なんてことだ、この現状が全て信長が魔将を食べたことが原因にあったなんて……!」

 

 信長に捕食された魔将フュンフの残骸が、肉塊という信長の残骸を『人を滅ぼすもの』として概念付け、信長細胞全てに人を滅ぼす指向性を与えているのだ。

 さしずめ、信長が胃腸、フュンフがウンコになりかけの腐った食べ物、聖剣の光がキャベジン等の胃腸薬と言ったところか。

 

 ならばこれを終わらせるには、信長の腹を裂き、その中で未消化ウンコとして悪影響を及ぼしている魔将を引きずり出し、聖剣でトドメを刺さねばならない。

 でなければ、信長細胞は止まらないだろう。

 ただの肉塊と化して久しい信長に、自らの意志でフュンフというウンコを排出する力はない。

 並み居る敵を打ち倒し、どこかに居る信長本体である肉塊を裂き、その奥のフュンフを聖剣で穿つ必要があるのだ。

 

「サクヒと大沢さんの仲が深まったら、聖剣の光は強くなった。

 大沢さんとワンちゃんの仲が良くなったら、光が強くなった。これは……」

 

 和子が何かに気付きそうで気付かない。

 "まあ今考えても仕方ないか"と思考を投げる。

 そうやって難しいことを考えるとすぐ投げるのから和子は駄目なのだ。

 

「本体……肉塊は、どこだ!?」

 

 あまりよろしくない展開になってきた。

 肉塊はまだ見当たらず、フュンフの邪悪な遺志を切り裂くにはこの聖剣で切るしかない。

 となると、朔陽がアタッカーとして最前面に出る必要がある。

 一番のザコが一番前に出る必要がある。

 誇張無く、死のリスクが跳ね上がるのだ。

 

 朔陽は聖剣を振り下ろすが、鹿型の信長に弾かれ、たたらを踏んでしまう。

 

「……っ」

 

 これではダメだ、と思う朔陽を、桜花が背後から抱きしめるように受け止めた。

 

「力を抜いて動きを合わせて、体を預けてください。私は心を預けます」

 

「桜花さん」

 

 聖剣の柄を握る朔陽の手に添うように、桜花も聖剣に手を添える。

 信じるか、信じないか。

 選択の基準は、ただそれだけで。

 

「わかった」

 

 朔陽は信じ、彼女の言う通りに力を抜いた。

 先程攻撃を仕掛けて来た鹿が突撃してくる。

 朔陽は桜花に導かれるままに、流れるように横に避ける。

 

「振って!」

 

「……!」

 

 そして、自然な流れで、すれ違いざまに鹿を切った。

 おそらく今日一番に綺麗な剣筋が、鹿を真っ二つに切り分ける。

 

「次です! 歩幅は短めに!」

 

 桜花は自分の中の剣技に沿って、彼の剣技を導く。

 朔陽は敬刀に習った剣を下地に、彼女の導きに沿って振る。

 結果、朔陽に不相応なくらいに綺麗な剣技が出来上がる。

 

 二人で一つの体を使うかのように、二人は戦う。

 敵の攻撃を回避し、距離を詰め、敵に囲まれても上手く立ち回る。

 敵の攻撃を一本の剣で受け、四つの足で踏ん張り受ける。

 四つの足で跳び上がり、四つの手で剣を振り、硬いカニの甲殻すらも切り伏せる。

 二つで一つの体を使っているかのように戦う。

 息を合わせて戦う。

 舞うように戦う。

 

「ね、ワンちゃん」

 

「ワコ殿! 喋っている余裕はない、敵の多数を拙者達が引き受けねば、彼らは」

 

「あの二人……まるで、楽しくダンスを踊ってるみたい」

 

 和子がそう評するに値する美しさが、そこにはあった。

 それは完璧で完全無欠の『一つ』が魅せる美しさではない。

 完璧でない『二つ』が組み合わさるがゆえの美しさ。

 桜花が導き、朔陽が応える。

 そんな共鳴と成長過程の美しさだった。

 敬刀に教えて貰った剣の基礎が、桜花の導きで実戦的に組み上げられていく。

 

 桜花は思わず微笑んでしまう。

 彼女ですら、朔陽の全てを明確に正確に語れる気はしない。

 だが、彼が間に入ればどんな人達も繋がれる、ような気がした。

 誰かと繋がるたびに彼は強くなる、ような気がした。

 彼の強さは戦う力とは根本的に違う部分にあるがために、こうして自分が与えている戦いの力なんて、きっと何の価値も無い……なんていう風に、桜花は思って、微笑む。

 

 けれども今は、価値はなくても意味はあると、そう信じているようだ。

 

「貴方を通せば、どんな人とも繋がれる気がします。どんな人とも仲良くなれる気がします」

 

「僕には無理だよ、誰とでも仲良くなんて」

 

「さあ……やってみないと、分かりませんよ!」

 

 どんどん速くなっている。

 どんどん強くなっている。

 二人の動きは加速度的にキレを増し、"どんどん息が合うようになっている"のではなく、"完全に息が合うようになってからも強くなっている"という異常事態が終わらない。

 それに応じて、聖剣の輝きは更に純度を増していた。

 

 何故、こうなっているのだろうか。

 普通に考えればありえない。

 朔陽は桜花の口と体の動きに合わせているだけで、桜花は朔陽を後ろから抱きしめるようにして動きの先導をしているだけだ。

 二人は互いの体が邪魔になって、いつも通りに動けていない。

 動けていないはずなのだ。

 なのに、何故。

 ……一人一人で戦っている時より遥かに速く、巧く、強いのだろうか?

 

 弱くなっているはずだ。

 互いの体が邪魔で動きにくくなっているはずだ。

 互いが互いの強さを低くしているはずだ。

 なのに。

 

 互いの力は相乗効果を生み出し、彼らは弱くなっているはずなのに、強くなっている。

 

「はぁっ!」

 

 また聖剣の輝きが増した。

 聖剣が放つ純度の高い透明な光は、もはや二人の全身を覆うほどに膨らんでいる。

 その光の中では、どんな無茶苦茶な奇跡でも起きそうだと思えるほどの輝きだった。

 

「本体は……!」

 

 敵をいくら切り倒しても、召喚された肉塊……信長本体は見つからない。

 どうすればいい、何かきっかけがあれば、そう思っていると、謎の音が耳へと届く。

 それは遠くからではかすかに聞こえるだけの雑音だったが、朔陽達が近付くにつれ、時間が経過するにつれ、その曲調がハッキリと耳に届くようになってくる。

 

「これは……敦盛!」

 

「本体はそこか!」

 

 それは、敦盛タイマーの音。

 三分しか巨人でいられない信長が、活動時間残り一分を知らせる胸のタイマーとして設定したもの。信長の代名詞だ。

 これを鳴らせる者はこの世に二つ。

 時と、信長だけだ。

 神ですらこの敦盛を流すことは叶わない。

 ならば、このタイマーを鳴らしているのは、「ここに本体が居る」ということを知らせようとする信長以外にはありえまい。

 

「信長様っ……!」

 

「桜花さん!」

 

「……分かって、います。これは、信長様なりの、けじめです……!」

 

 自分の細胞をいいように使っている魔将への抵抗か、織田信長としての意地か。

 信長は自分の本体の居場所を、自ら進んで朔陽達に教えてきた。

 その甲斐あって朔陽達は本体である肉塊を見つけるが、戦いは発見だけで終わらない。

 肉塊の中で信長にできることは"敦盛を流す"ことくらいしかなく、肉体の操作権は既に魔将の遺志が掌握している。

 

 これが、この戦いの最後の一幕。

 

 朔陽と桜花は踏み出した。

 

「……これは、舞踏か」

 

 肉塊から伸びる触手を切り払う二人の舞踏を眺めるブリュレの呟きに、熱が漏れる。

 肉塊は己の終わりを望む信長と、人の終わりを望むフュンフで構成される。

 それに対する朔陽と桜花は、もっと美しいもので構成されていた。

 

 舞うように、聖剣が肉塊を切り刻んでいく。

 

 殺される者が音を奏で、殺す者が舞を見せる、殺害関係のみが完成させる舞踏。

 殺される者が成長を見る、殺す者が成長を見せる、過去の関係が完成に導く舞踏。

 被殺害者が終焉を望み、殺害者が救済を望む舞踏。

 被殺害者が魔で、殺害者が聖。

 何かを終わらせ、何かを始める儀式。

 それは―――儀式に捧げられる舞踏であった。

 

 聖剣が、因縁へと突き刺さる。

 

 魔将の遺志が消えていく。

 信長の本体が溶けていく。

 魔を払う聖剣に、討てぬ魔は無し。

 先程まで過剰なほどに光を発していた聖剣は、未熟な主に「これが最後だ」とでも言いたげに、乱雑に光の放出を打ち切る。

 

「……」

 

 静かな時が流れる。

 大切な人にトドメを刺した桜花の心中はいかばかりか。

 が、忘れてはならない。

 信長は生粋の主人公気質。

 不可能を可能にし、非常識を常識にし、旧きものを新しいものに入れ替えた男。

 彼ならば、ほんの僅かな時間、意志の奇跡を起こすことくらいはできる。

 

 例えば、この状況から聖剣のパワーを魂だけの状態で吸い上げ、一分足らずではあるが『幽霊』として顕現して喋り出す、とかである。

 

『ふむ、佐藤朔陽か。よい頭を選んだではないか、あの鼻垂れ小僧だった貴様がのう』

 

「……!?」

 

『最後によきものを見れた。

 戦争とはつまるところ、準備を長く多くした者が勝つものよ。

 事前に積み上げれば積み上げるだけ勝ちやすくなる。

 戦いの開始より数年も前に人の関係性を積み上げ、それを戦いに用いて勝つとはな』

 

「の、信長様……? あの」

 

『儂は一言二言語れば消える。無駄口を叩くな、儂が語る時間がなくなるであろうが』

 

「で、ですが、信長様」

 

『くだらん。

 今儂がここで口を開いている、という事が既に蛇足だ。

 何であれ、終わったことを無様に引きずり続けるなど愚の骨頂。

 儂の人生は終わった。それだけだ。終わった者に語りかけるでない』

 

 四の五の言わせない、いや返答すら許さない怒涛の信長語り。

 かの時代に己の信念とやり方を貫き、その過程で多くの者の意志を踏み潰していった信長らしい語り口だ。

 そんな信長の目が、口先が、桜花ではなく朔陽へと向かう。

 

『貴様も聞いておけ。

 よいか、儂が正気を加速度的に失っていったのは、偶然でも経年劣化でもない。

 儂が加速度的にああなったのは、寺社を焔で焼いて灰にした頃からだ』

 

「え?」

 

『転生、蘇生どちらでも構わん。

 死んだ者は生き返らない。

 それが世界の基本であり、基盤である。

 旧きものを探し、生き返った者を探せ。そこに、真実がある』

 

 信長は聖剣の力を吸って幽霊として無茶に顕現した。残り時間はあと数秒。

 

『貴様のクラスメイトとやらの中には、神の―――』

 

 信長の思考が信じられない速度で回転する。残り時間はあと僅か。ここで朔陽に核心的なことを語り切る時間はある。だが語り切ったところで時間は尽きるだろう。

 桜花に何かを言う時間は、まず残らない。

 朔陽に確信を話すか、桜花に何かを言うかの二択。

 千分の一秒にも満たない時間、信長は悩み……人造兵器らしく、『今まで仕えてくれた蘭丸に正しく報酬を支払うべきだ』という合理的思考から、迷いなくその選択を選んだ。

 

 

 

『息災でな、蘭丸』

 

「―――!」

 

 

 

 戦国の亡霊が霧散する。

 "思わせぶりなことだけ言って核心言わず消えていった……"と和子は思ったが、最後に身内への言葉を選んだ信長と、その言葉を受けた桜花の気持ちを思うと、何も言えなかった。

 桜花は何かを噛み締めるように、噛み殺すように、歯を食いしばって空を見上げる。

 

「……さようなら」

 

 ありがとうと言いたかった。けど、言わなかった。

 すみませんと言いたかった。けど、言わなかった。

 語りたかった、昨日までの過去の想い出があった。

 信長にとっての未来である過去の想い出があった。

 感謝、後悔、懺悔、決意……語ることは山ほどあって、けれどそれを信長が消えた後に、何も無い虚空に語るのは、何かが違うと思ったから。

 

 だから、桜花は何も語らない。

 口にするのは"さようなら"の一言だけで十分だ。

 

「さ、帰ろう」

 

 朔陽が皆に帰参の号令を上げる。

 そう、終わったのだ。

 これで終わった。

 桜花の中の心残りも、大切なものを守れなかったという後悔も、戦国の時代から続く因縁も、全てが終わった。

 妙にスッキリとした気分の桜花の心と、澄み切った青空に、風が吹く。

 

「今は珍しくこのみさんが王都に居るから、きっと美味しいご飯が食べられるよ?」

 

 このみの名前を出すだけで、彼らの帰る足取りは随分軽いものになる。

 

 王都に帰ったお疲れの彼らを、特製のハンバーグステーキが迎えてくれた、そうな。

 

 それを食べる朔陽や桜花やその友達は、皆満面の笑みを浮かべていたという。

 

 

 

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