サーティ・プラスワン・アイスクリーム   作:ルシエド

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その3

 魔王が飼っているサメは、一匹のサメを頂点とする軍団である。

 軍団の長の名は、魔王海軍将・サメイラム。

 魔将とは別枠に、名誉職のような扱いで将の名を与えられたサメであった。

 

 サメイラムはサメ軍団の頭脳として機能して、サメの軍団を手足のごとく操り、海底ドームへと次々と突撃させている。

 すると、時々ドーム内部に突っ込んで来る個体もいるわけだ。

 当然のように泳ぎもすれば走りもするサメを、一匹一匹聖剣を手にした朔陽が切り捌いていく。

 

「両手で振れ! 一閃する度に身体が流れているぞ!」

 

「はい、亀さん!」

 

 サメは強い。

 朔陽が剣を振っても噛み付いて剣を止めることもあった。

 尻尾の一撃は朔陽の手から剣を弾き飛ばすのに十分な威力がある。

 口からは、大した威力ではないがヘキサメチレンテトラミンの結晶を吐き出し、上位個体は光線を吐き出す。

 地を走り、海底に潜り、空を飛び、時には空間転移すら織り交ぜる。

 

 地球でサメが恐れられる理由がよく分かる、そんな強さを見せつけていた。

 

「うう、しんどい……!

 沖縄で皆がナチスの遺産たるサメを狩ってた時はあんなに楽そうに見えたのに……!」

 

 朔陽がサメという強生物と戦えているのは、ひとえに武器が優秀であるからだ。

 歯に噛み止められればエネルギー放出で歯を弾き、サメの尾に弾かれそうになっても朔陽の手の内に留まり、サメの吐く光線を聖剣の光で相殺してくれている。

 それでも、朔陽はサメとの一対一で生き残るのが精一杯。

 

 サメとの攻防は、常に火薬の爆発を剣で受け止めているようなもの。

 カップラーメンに入っている火薬を見たことがない現代人など存在しないだろうが、火薬が収束し爆発した時の衝撃は、一般人の手を一撃で痺れさせてしまうものだ。

 朔陽も最近始めた地味な鍛錬がなければ、とっくに剣が振れなくなっていただろう。

 ……このままだと、振れなくなるのも時間の問題だ。

 

「今助けを呼んでくる、持ちこたえろ!」

 

 このままではいかんと判断した亀は、朔陽に助言を送るのを止め、城内に仲間を呼びに走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城がにわかに騒がしくなって来た。

 切子は何事かと部屋を出て、城のバルコニーに出て外を見渡そうとする。

 見渡そうとしたのだが、バルコニーには先客が居た。

 

「貴様か」

 

「竜王様……」

 

「貴様も見るか? 惚れた男の見せ場だぞ」

 

 竜王に促され、城の外を見る切子。

 そこには、聖剣を携えサメと戦う朔陽の姿があった。

 

「! 佐藤さん!」

 

「まあ待て待て待て」

 

 竜王は助けに駆け出そうとする切子を止め、海底ドームの空に指を振る。

 すると、ドームの頂点と海水の境界が揺らぎ、サメが一匹落ちてきた。

 同時に朔陽がサメを切り捨て、朔陽は新たに落ちて来たサメと退治する。

 

 あのサメは障害を突破して城の周辺に落ちて来たのではない。

 どうやら、竜王が招いたために侵入して来ているようだ。

 竜王は朔陽が処理しきれない数のサメは招かず、けれども朔陽が楽をしない程度のペースでサメを招き入れている。

 

「これは……」

 

「奴が倒せない量は落とさん。

 あくまで奴が余裕を持って倒せる量のサメを落とすようにしておる」

 

「……何のために?」

 

「鍛えるためだ。まさか二週間もたずに惨殺される未来が見えるとは思わなかったぞ」

 

 竜王は呆れた顔をしていた。

 

「未来が見える……?」

 

「強さのテコ入れというやつだ。

 いかんな、未来が見えるとついつい早死にする若者に肩入れしてしまう」

 

 竜王の目には色々なものが見えている。

 例えば、あまりにも弱すぎて戦いに巻き込まれてぽっくり逝った誰かさんの未来、とか。

 ちょっと鍛えれば、いざという時一歩分多く動ける。

 一歩分回避できる距離が増える。

 未来に生き残る可能性が生まれる。

 竜王の目的は、魔王のペットを利用した朔陽の経験値稼ぎであった。

 

「忍者と姫も合流したか。なら、落とすサメを少し増やして……」

 

 竜王と切子の眼下で、和子とヴァニラが朔陽に加勢する。

 溜め息一つ吐き、竜王は落とすサメの量を増やした。

 サメがこの城の守りを加速度的に壊し、どんどん流入量を増やしているように見せかけて、朔陽に楽をさせない状況を維持し続ける。

 

「地道な努力と積み重ね。

 予習と復習、反復練習。

 鍛錬と実戦の中で費やした時間こそが、凡夫を戦士に鍛え上げる」

 

「……」

 

「まあ、貴様には関係あるまい?

 心配は無用だ、今の奴に命の危険はない。

 奴がサメの試練を受けているのと同じように、貴様にも越えるべき試練があろう」

 

 竜王が作る"強くなるための試練"でひーこらいってる朔陽達を見下ろしながら、竜王は木之森切子に問いかけた。

 切子は朔陽の方を見て、頑張っている朔陽を見て、意を決する。

 

「……あては」

 

 語られるのは、地図の恋。

 地図に恋をして、地図と共に歩いていこうとする恋。

 切子は自分が間違えた時、彼が自分に正しい道を示してくれると信じていた。

 一緒に幸せを見つけていきたいと、そう思っていた。

 

「人並みの恋よなあ」

 

「……う」

 

「まあよい。余に望みを言うなり、何か訊くなりするがよい」

 

「え!? いいんですか!?」

 

「平凡な恋ではあるが、余は好きだぞ」

 

 そして竜王は、平凡でも懸命な恋なら高く評価する男であった。

 まさしく王の器である。

 

「質問するならば一つのみだが、その質問についてならいくら質問しても構わん」

 

「サービス精神旺盛ですね」

 

「ふはははは、余のこの言葉の意味に気付けぬのであれば、貴様は不幸になるだろうな」

 

 太っ腹なことだ。

 本命の質問が的確なものかどうか、事前に確かめることができるというのだから。

 切子は考える。

 訊くべきことをどう問うか考え、竜王の意図を考え……そして、気付く。

 "不幸になる"と竜王は言った。

 幸福になれない、ではなく、不幸になると言った。

 そこに引っかかりを覚え、切子は思考を回す。

 

 やがて、背筋が凍りつくような感覚と共に、切子は一つの仮説に辿り着いた。

 自称全知の王が誘導した意図そのままに。

 

「……あの、もしかして」

 

(いや、まさか)

 

「あてが、佐藤さんに好かれる方法を聞いて、実行した場合……」

 

(でも、だって)

 

「あてか佐藤さんのどっちかに、不都合とか起きたりします……?」

 

(そんなこと、あるわけ)

 

 まだ、切子が朔陽に好かれる方法の内容すら訊いていないというのに。

 

「不都合? 不都合の定義にもよるな。

 まあ貴様かあの少年のどちらかの在り方は、決定的に変わるだろう」

 

「―――」

 

「ショックか? だがそれは仕方ない。

 貴様とあの少年は、どちらかが変わらんとどうにもならん。

 相性が悪いのではなく……二人の間に、そういう関係性が綺麗に成立せんのだ」

 

 切子の内から、その方法を訊こうという気が失せていく。

 竜王は懐からサイコロを一つ取り出して、数字をいくつか口にした。

 

「5、3、4、1、1、1、3、3」

 

 バルコニーに置かれたテーブルの上に、サイコロを振っては拾い、また振っていく。

 最初は5。次に3。そこから4、1、1と出て、1、3、3と出る。

 その過程は、竜王がどれだけ正確に『未来』を見ているかの証明だった。

 

「貴様が変わるか。奴を変えるか。余は選択を尊重しよう。余にその方法を聞くか?」

 

「……あ」

 

「好きにするがいい。

 余には貴様の気持ちが分からんでもない。

 貴様、このまま何もなければ告白は失敗に終わると確信しかけているだろう」

 

「―――」

 

 竜王は鼻を鳴らす。

 その表情には、何故か呆れと感嘆が見て取れた。

 

「佐藤朔陽は貴様のことを理解していた。

 貴様が奴の友であるからだ。

 だが、同時に……貴様も奴の友であり、奴の理解者であったはずだ」

 

 朔陽は切子のことを理解している。

 その気持ちを、思考を、想いを、苦しみを、恋の甘さと辛さを理解している。

 だが、それは一方通行の理解なのだろうか?

 一方通行の理解で友人など名乗れるものなのだろうか?

 いや、違う。

 そんなはずはない。

 それがちゃんと友人関係であるのなら、そこには相互理解があるはずだ。

 

 しからば切子もまた、朔陽のことを理解しているはずなのだ。

 朔陽が今考えていることも。

 朔陽の苦悩も。

 朔陽がいくら隠そうとしても、切子はそれを大なり小なり察しているはずなのだ。

 

「……佐藤朔陽の気持ちが分かっていた貴様なら。結末は最初から、分かっていたはずだ」

 

 それは当たり前の帰結。

 友人として仲が良く、互いのことをよく理解しているのなら、告白をした瞬間にその結果はうっすらと見えてしまうもの。

 うっすらと見える『告白の失敗』が、切子を過剰に不安にさせる。

 だからこそ彼女はすがったのだ。

 竜王の知慧という、告白を成功させる蜘蛛の糸のような可能性に。

 

「余の知があれば、その結末も変えられよう。だが」

 

「あてか佐藤さんか、どちらかの心を変える方法以外にはない……」

 

「心を大きく変えて関係を持つ方法ではあるな。

 だが、躊躇うことか?

 お前達の恋愛経験が0から1になることで、その心にも変化が生まれる。

 要は関係を持つ前に心が変わるか、持った後に心が変わるかの違いしかないのだぞ」

 

 和子に言わせるのなら、それは恋のために他殺か自殺かを選ぶ二択だ。

 同じ状況、同じ気持ち、同じ恋心を抱いていたなら、和子は間違いなく自殺を――自分を変えることを――選ぶに違いない。

 自分を変えてしまえば、と思う切子の心に、料理上手のこのみさんの言葉が蘇った。

 

■■■■■■■■

 

「いや、さあ。恋愛って相手の都合のいい人間になることなのかね?」

 

「愛は、受け入れて一緒に居るものじゃない?

 家族の横暴をさらっと流す家族愛。

 友達の気に入らない所をまあいいやと受け止める友愛。

 仲間の失敗を笑って許す信愛。

 愛は、相手に嫌われることを恐れることじゃない。

 相手の都合のいい人間になることでもない。

 男の近くで、男を飾る綺麗なアクセサリーになることでもないのよ」

 

■■■■■■■■

 

 そして、また別種の理解がやって来る。

 竜王が提示する二択は、切子が朔陽に都合のいいもの変わるか、朔陽を切子に都合のいいものに変えるかという二択である、という理解が、だ。

 

 例えばの話だが、浮気性の男を好きになってしまった女性が居るとする。

 この女性がその男と付き合った後、浮気性を直そうとするのは当然の話しだろう。

 浮気性を直してから付き合おう、と考える女性も少なくはないはずだ。

 なんにせよ、『その人が好き』と『その人の全部が好き』はイコールではないため、『この人のここは直して欲しい』という感情は誰もが持ってしまうものなのだ。

 

 "このアニメ好きだけど脚本は交代して欲しい"と思うのと、同じように。

 

 恋愛は、『そのままの相手を好きになる』という側面を持つと同時に、『好きになった相手を変えようとする』という側面も持つ。

 『ありのままの自分を好きになって欲しい』という側面を持つと同時に、『好きになってもらえる自分に変わりたい』という側面も持つ。

 変化も恋愛の一側面。

 不変も恋愛の一側面なのだ。

 

 何を好み、何を嫌い、どれを受け入れ、どれを拒絶するかは、切子の自由。

 どこまで過激なことをやるかも、どこまで穏便に終わらせるかも切子の自由。

 

(あてが変わるか……佐藤さんを変えるか……)

 

 相手を変える恋がある。

 自分を愛してくれるように相手を変える恋がある。

 男の気に入らない部分を変えて理想の恋人に変える恋がある。

 良い影響を与えて相手の欠点をなくしてあげる恋がある。

 

 相手を変えない恋がある。

 ありのままの相手を受け入れる恋がある。

 相手の醜悪な欠点を修正せずそのままにする恋がある。

 自分が居ても居なくても相手に変化がないような、無色透明な恋がある。

 

 この二種の恋は対極だ。

 和子の恋は、傾向としては前者にあたる。

 切子は恋愛で変わることを否定しないし、変わることで始まる恋も否定しないが、傾向としては後者寄りだった。

 

(今ここでこうして恋をしている自分か……

 あてが好きになった佐藤さんか……どちらかを……)

 

 うだうだ難しいことを考えないで、さっさと朔陽と関係を持ったっていい。

 それは当たり前の権利として許されていることだ。

 その後に後悔したっていい。

 恋に愚行はつきもので、そこから後悔するのも当たり前の権利であるからだ。

 

 切子には、後悔すると分かった上で、朔陽と付き合うために全力を尽くす権利がある。

 

(そうでもしないと、あては恋人関係にはなれない……でも……それでも―――)

 

 けれど、思ってしまった。

 思ってしまったのだ。

 今の彼を、自分を好きになってくれる彼に変えていいのかと。

 今の彼を好きな自分は、それで矛盾しないのかと。

 そう思ってしまったのだ。

 

(―――あての心は、それは嫌だと、言っている……)

 

 死に等しい『変化』を、恋にはあって当たり前だと思うのが和子であり。

 当たり前だと思えないのが切子だった。

 良くも悪くも、切子は普通で。

 

(嫌だ……佐藤さんが好きな気持ちは間違いなくここにある、けど、けど……)

 

 ありのままの自分を、そのままの彼が、ごく自然に愛してくれたらよかったのに。

 切子だってこんなに苦しむことはなかったはずなのに。

 恋愛はいつだって、そういう風に上手くは行かない。

 70億人の中の1人に恋をしても、その1人が自分を70億の中から選んでくれるとは限らない。

 

 切子は気付き、理解し、悲しみ、納得する。

 木之森切子は、切子に絶対に惚れることのない今の朔陽を―――『この佐藤朔陽』を、好きになったのだと。

 切子が朔陽を自分の物にするには、惚れた朔陽を殺さねばならないのだ。

 それ嫌なら、その恋を諦めるしかない。

 

 未来も運命も見通す竜王は、ただ切子を無理なく『納得』させるために必要な流れに持っていくために、言葉で流れを作った。

 結果は、切子の顔を見れば分かる。

 

 涙が流れる。

 泣き顔が濡れる。

 透明な雫が、静かに滴り落ちる。

 漏れる嗚咽を、竜王は痛ましい表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切子は一つの決意と、一つの納得を得た。

 決意が表で納得が裏、裏表に二つで一つ。

 得た『一つ』を胸に抱いて、竜王の前から去っていった。

 

 涙する少女とすれ違いに、亀が竜王のもとへやってくる。

 

「真面目な少年をサメで玩具にして、純情な少女を泣かせて吸う空気は美味いですか?」

 

「不味い」

 

 亀は辛辣に嫌味を言って、竜王は心底嫌そうな顔をした。

 

「サメは古代の日本と中国の伝承圏においては竜とされます。

 竜王様からすればこの仕込みは楽だったんでしょう。ですが……」

 

「待て、現魔王のペットがここに来たのは偶然だ。余はそこまで悪辣ではない」

 

 怪しまれるのも当然のことだ。

 竜王は今は不完全とはいえ全知の存在。色々仕込むのは難しくないだろう。

 ただ、サメに関しては本当に冤罪だった。

 竜王と亀は、バルコニーから全力で戦っている朔陽達を見下ろす。

 

 サメが尾で朔陽の腹を強打した。

 朔陽は無様に転がされ、激痛と吐き気が朔陽を襲うが、少年は何度でも立ち上がる。

 そのガッツを、竜王は好ましく思った。

 戦う子供達を見下ろす竜王を、亀は胡乱げな目で見ていた。

 

「あのタケミカヅチみたいな筋肉の女の子は、竜王様の言葉で傷付いたでしょうね」

 

「で、あろうな。

 まあよかろう。

 余はあの娘の友人ではない。

 友人が気付かないよう全力で守るという責務は、余には発生せんのだからな」

 

 友人に傷一つ付けないという役目が朔陽にあったとしても、竜王にそれはない。

 

「悪役を買って出るのも、先人の役割というものだ」

 

 必ず誰かが傷付かなくてはならない『何か』があるのなら、傷付ける役を買って出る誰か一人が必要になるものだ。

 それは恋も例外ではなく。

 

「……いや、悪役ではなく敵役か。

 あの少年が目指していたのは、少女を傷つけない未来であっただろうしな」

 

「竜王様。そこは語っても意味はありますまい。

 貴方はあの子を傷付けた時点で、俯瞰する第三者とは言い難い者となったのです」

 

「む」

 

「大人しく、女の子を泣かせた外道として振る舞いなされ。敬意は払いますので」

 

 敬意を払っているのか払っていないのかよく分からない亀の物言いに、竜王は苦笑する。

 

「未来視は、夢と恋を終わらせる。余は外道よ。

 あってはならない終わらせ方と知りつつも、そう終わらせるのだから。

 先の見えぬ未来に突貫する彼らの方が、まだ尊いのであろうな」

 

 未来視は恋に死をもたらし、夢を殺す。

 恋は夢のようなもの、とはよくいったもので、恋も夢も未来が未知であるからこそ成立するものだ。

 恋も夢も、未来に成功が約束された瞬間、失敗が約束された瞬間、その価値を失ってしまう。

 

 こうしないと未来に成立しないぞ、と言う。

 ああしないと未来に失敗するぞ、と言う。

 それは本来反則だ。

 恋愛で失敗に繋がる道を示し、成功する道を示し、未だ来ていない未来のための選択を『今』させるなど、反則にもほどがある。

 

 未来視とは、そういうものなのだ。

 運命や未来が見えてしまうから、ロマンがない。

 未知が生んでくれるロマンがごっそり抜けてしまう。

 つまりは、夢のない男になってしまうわけだ。

 

「竜王様が全て悪いわけでもないでしょう。思春期の男女など、扱いに困って当然です」

 

「まあ、そうであろうな」

 

 しかしながら、思春期の子供の恋バナに付いて語る亀と竜王という構図は、実にシュールだ。

 

「例え話をしよう」

 

「また話が長くなりそうですな、竜王様」

 

「まあ聞け。そうだな……あの朔陽と切子とやらが恋人になった仮定で話すとしよう」

 

「うわっ」

 

 話の題材がいきなり趣味悪いな、と亀は思った。

 

「そこにあの和子とやらが横恋慕した仮定で話すとしよう」

 

「うわ」

 

 性格悪いな、と亀は思った。

 

「ここからは更に架空の仮定だ。

 朔陽は切子を10好きで100幸せにできる要素を持っているとする。

 切子は朔陽を100好きで10幸せにできる要素を持っているとする。

 朔陽と和子は、互いが100好きで100幸せにできる要素を持っているとする」

 

(例えがクソ野郎過ぎます、竜王様……)

 

「これなら朔陽と切子は分かれて和子とくっつくべきだ。

 それが一番皆が幸せになれる方法であろう?

 だが、それは許されん。

 人間はこの『合理性』を、『浮気』や『一途』といった概念で否定するからだ」

 

「そりゃそうでしょうよ」

 

 こういう面を見ないと、「もっと論理的に話せ」という感情の主張と「もっと気持ちを見せてよ」という合理の主張がぶつかり合って、どちらも譲らぬまま別れてしまうことになる。

 

「愛や恋は合理性の対極だ。

 愛があれば、自分が損をする行動をいくら重ねようが許される。

 合理的でない思考も、恋という源泉からはいくらでも涌き出でよう」

 

「ですな。ここ一万年、人はオレの目から見ても変わりませんよ」

 

「だが同時に、一定の免罪符にもなっている。

 愛のため、恋のため、と付いているから許されているものも多い。

 愛や恋のために命や幸せを投げ出す者も少なくなかろう。免罪符だからな」

 

「そいつは免罪符というより、崖の前で背中を押す手な気がしますがね」

 

 ふぅ、と竜王は息を吐く。

 

「極論を言ってしまえば、恋愛と幸福は密接したものではなく独立したものだ。

 恋愛と幸福は良くて相互補完関係であり、それ以上に深い関係を持つものではない」

 

「それは、確かにそうですな」

 

 不幸でも、金がなくても、愛があるから幸せだと言う者は居る。

 これは愛や恋が幸福の不足を補っていると言える。

 逆に、愛がなくても金があれば充実した人生を送れていると言っている者も居る。

 漫画の中だと、金があっても幸せがないという金持ちが出てくることも多いが、世の中の大抵のものは金で買えるのだ。

 現実で愛してくれる嫁が居なければ、金にあかせてアニメのブルーレイごと嫁を買えばいいだけの話である。

 

 愛は幸福の不足を補う。

 が、愛と幸は本質的には独立した要素だ。

 愛が幸を殴り倒すこともあれば、幸が愛を蹴り殺すこともある。

 例えば、"相手の幸福を思って身を引く"などの行為は、幸福を恋愛より優先した選択である……と言えなくもない。

 

「全ての人の幸せを望むような人間は……

 全ての友と仲間が幸せになることを望むような人間は……

 それを誠実に、合理的に考えるような人間は……

 そもそも恋愛に向いてないのだ。それは愚か者と同義であるからな」

 

「……」

 

「よく言うだろう?

 恋は人を愚かにすると。

 ならばそれが正解なのだ。愚かになるのが自然の成り行きというものなのだよ」

 

 『皆の幸せのために』生きている人間は、そもそも恋愛に向いていなかったりもする。

 器用な天才はそこからでもハーレムに持っていけるかもしれないが、いかんせん朔陽は委員長には向いていても、ハーレムの主には向いていなかった。

 彼女が出来るかも微妙なレベルで。

 

「余はその辺上手いこと着地させたかったのだが、上手くいかんなぁ」

 

「あの子らは純情なのですよ。竜王様と違って」

 

「言うな貴様。

 はぁ……余は、惚れた男の心を望む方向に誘導するくらいは、別にいいと思うのだが」

 

「潔癖な若者の心を察するべきでしょう。その目は飾りのガラス玉ですかな?」

 

「ガラス玉ではないが、節穴ではあったかもしれん。余も無能になったものだ」

 

 亀と竜王は語り合いつつ、バルコニーから下を見下ろす。

 

 ひいこら言いながら戦う朔陽の左右で、神速の立ち回りを見せる忍者の和子と、神域の魔法を見せるヴァニラが華麗に戦っていた。

 

「戦いジョーズだな」

 

「立ち回りジョーズですねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切子は涙を拭って、顔を洗って、まだ溢れてくる涙を水で洗って誤魔化した。

 涙が収まってから、外で戦っている朔陽達の下へ赴く。

 

「サクヒ様、この世界に来てすぐの頃と比べるとたくましくなりましたね」

 

「そう?」

 

「そうです。ほら、この辺りの腕、少し太くなった気がしませんか?」

 

「そうかなー? 自分だと分からないなそういうの……」

 

「私も触るから姫様も触ろう。ほら、つんつんって」

 

「やめなさい和子ちゃん」

 

 朔陽を見て、その隣の二人を見て。

 切子はその向こうに"いつかの未来に彼を幸せにする女性"の姿を見た、気がした。

 何故、そんな幻覚を見たのかは分からない。

 この海底幻想の世界が、幻を映したのかもしれない。

 だが確かに見たのだ。

 それが切子に、自分では朔陽を幸せにできないという現実と、朔陽はいつかどこかで幸せになるという未来の、両方を見せてくれた。

 

(負けた)

 

 それは、切子にとっては敗北だ。

 

(あては、負けたんだな……)

 

 朔陽が未来に恋仲になる女性に、恋の鞘当てで負けたということだ。

 その女性への劣等感ではなく、敗北感だけが切子の胸に満ちている。

 その女に劣っているという悲しみと悔しさではなく、敗北したという納得だけが胸に広がる。

 

 切子が劣等感を抱かなかったのは、失恋の原因を自分の価値の低さに見出さなかったのは、"切子がそう思わないように"と朔陽がずっと気を使っていたからだろう。

 朔陽はずっと切子の能力と人格を肯定していたし、切子の恋心が肯定されるべきものであると考え動いていた。

 だからこそ、切子は失恋の原因を過剰に自分に求めないでいられた。

 失恋の責任を過剰に自分に押し付けないでいられた。

 少女の目から溢れる涙に、余分な感情は混ざらない。

 

(結局、あてはいい人止まりか)

 

 朔陽は切子をいい人だと言った。

 いい人だから幸せになって欲しいと考えた。

 いい人だから、傷付けたくないと願った。

 いい人だから、いい人止まり。

 

 朔陽にとっての切子は、どこまでも『いい人』であって『好きな人』ではなくて。

 

「佐藤さん」

 

 切子はサメを殺し尽くした朔陽の前に立ち、再度"恋心を告白"する。

 誰かが何かを言う声が、耳に届いているはずなのに、聞こえない。

 

「好きです」

 

 彼女の目は、耳は、口は、聖剣を手にした朔陽の方だけを向いている。

 

「あてじゃだめ、かな」

 

 朔陽が首を横に振る。

 切子の視界が涙で滲んだ。

 

「僕には君を幸せにできない。

 ……一時の、かりそめの幸せならできるかもしれない。

 でもそんなものに、君の人生を無駄遣いさせたくないんだ。

 それが無為に終わるだろうと分かっているから、なおさらに。

 この先、僕との恋愛関係に切子さんの人生を無駄遣いさせたくない」

 

 朔陽が考えに考えた断り文句が、これだった。

 

「僕みたいなやつは、やめておいた方がいい。

 何かを結実させないからと言って、恋に費やす時間を無駄遣いなんて言う男なんだ」

 

 不器用で、上手い言い回しもなく、切り取った本音を、ありったけの気遣いで包んで渡す。

 恋の成就を願う彼女の、幸福を願う。

 

「僕は君に、幸せになって欲しいんだ」

 

 恋と幸は、同一のものではなく、重なることもあるけど、とても遠い時もあり。

 

 木之森切子の恋は、ここに終わった。

 

「―――ありがとう」

 

 終わった。

 もう一度始まることもなく、ここから逆転することもない。

 次に繋がる終わりを迎え、最後の失恋の涙が流れる。

 

「佐藤さん。あてに負い目があるなら……一つ、お願いを聞いて欲しい」

 

「僕にできることなら、なんでも」

 

「もしも、この先誰かを好きになったら。

 友達とか仲間とか気にしないで、何もかも気にしないで、気持ちに素直になって」

 

「へ?」

 

「あてという友達との約束。だから、その時になったら約束を守るかは佐藤さんの自由」

 

 友情は一方通行ではない。

 いつだって双方向だ。

 どんな時でも助け『合い』だ。

 朔陽が切子を傷付けたくないと思うのと同様に、切子も朔陽が傷付かない終わりを望んでいた。

 

 朔陽が切子の"次の恋"がよいものであることを願っていたのと同じように、切子も朔陽の"次の恋"が良いものであることを願っていた。

 

「そん時素直になってくれたら、あては嬉しい」

 

 朔陽の胸の内が熱くなる。

 切子は失恋の辛さを必死に抑え込みながら、朔陽の未来の恋のことを案じていた。

 友の未来を案じていた。

 外見がゴツいからなんだというのか。彼女はこういう風にいい子であるから、朔陽はずっと、ずっと、彼女が幸せになることを願っていたのだ。

 

「くはははははは! 貴様の負けだな、佐藤朔陽!」

 

「うわっ、竜王様」

 

「恋は小賢しく考えるものではなく、落ちるもの!

 恋に落ちるということをそこな少女はよく分かっているようだな!」

 

 突如現れた竜王が突然恋を語り出す。

 こっそり生き残っていたサメが竜王に襲いかかったが、竜王の音速サマーソルトキックに粉砕されていた。

 おお、と姫と和子が賞賛の声を漏らす。

 

「余は魔王軍に住所を知られたので、さっさと逃げることにした」

 

「そんな借金取りに追われる債務者みたいな……」

 

「余は魔王軍に借金しているようなものなのだ。

 魔王軍が借金取りならヤクザじみた後ろ盾も居る。取り立てからは逃げんとな」

 

「うちの日本って国も見ようによっちゃ借金だらけですけど……

 竜王様ほど偉そうに堂々と情けないことは言ってなかったですね多分……」

 

 圧巻の王の器であった。

 

「貴様らはちゃんと元の場所に帰してやろう。だが余は夜逃げする」

 

「夜逃げ」

 

「竜goo城はこのドームごとお引っ越しだ。奴らに見つからん場所にまた逃げるだろう」

 

「お引っ越し」

 

「お前達が通って来た転移路も途切れるだろうな。

 まあ仕方ない。よもそろそろFirefoxの奴を倒すために時間を割かねばならん時期だ」

 

「ぶ、ブラウザ戦争……」

 

「と、いうわけでだ。試練に挑むなら、今が最後のチャンスであるぞ」

 

 朔陽達には朔陽達の、竜王には竜王の、倒すべき敵が居る。

 それはそれとして、これが最後のチャンスであるならと、ヴァニラ姫がダメ元で試練の先陣を切った。

 

「私にとって恋愛とは、契約です。

 私の人生を全てその人に捧げる代わりに、その人の人生の全てを貰います。

 自分の人生とその人の人生を、死するその時まで同一とする契約です」

 

「よし、合格だ余」

 

 国のために生まれて、国のために死ぬ。

 そんな人生が定められているヴァニラ姫が、自分の全てを異性に捧げるためには、そのパートナーと共に一つの人生を歩み、その人生を国のために使うしか無い。

 そういう恋愛観が微妙に受けたようだ。

 合格判定。

 

「私にとっては……」

 

「そこな忍者の話は余はもう盗み聞きで聞いたから、もう合格でいいぞ」

 

「……釈然としない」

 

 ただ、合格判定を貰った話であっても、二回聞こうとは思わないらしい。

 和子が釈然としない顔でしょんぼりしている。

 竜王は"ラブコメ漫画は結末が分からないから面白いんであって二周はしねえわ"派の人間なのかもしれない。

 

「僕にとっての恋は……切子さんが言った通り、落ちるものなんだと思います」

 

 そして女子二人の恋愛観念は即合格出したくせに、竜王はここにきて合格判定を出すのをちょっと迷った。

 

「うーむ……余的にはパクリのコピペ引用はどうかと思うが……まあいい、合格」

 

「ゆるっゆるですね、竜王様の合格基準」

 

「ゆるっゆるではない。あまっあまにしているのだ」

 

 甘々らしい。

 

「だが急げ。率直に言って時間がない。

 質問するならさっさと一つ、できれば質問内容も悩まず決めろ」

 

「外の光景段々ヤバくなって来ましたしね……」

 

 サメ映画におけるサメは、急転直下のワープ襲撃で人間を理不尽に潰しに来る。

 この竜goo城がそんなサメの軍団に食い潰されていないのは、ひとえにこの城を囲むドーム状の結界のおかげだ。

 その結界がミシミシいっている。

 結界がどのくらい保つのかは分からないが、時間的余裕がないということは間違いなさそうだ。

 

「なら、僕らが『今一番すべきこと』とそれを成功させる実行法を教えてください」

 

「む、無難……いや、一番正しい問い方か。余は面白くないが、まあいい」

 

 朔陽の問いは堅実だ。

 堅実ゆえに正解に近い。

 

「ダッツハーゲンの姫。城の裏庭に貴様の先祖の霊を弔う墓があったな」

 

「はい。それがどうかいたしましたか?」

 

「あれを壊せ」

 

「……え?」

 

「問題になるようであればいくらでも工作すれば良い。

 すぐに壊せ。

 そうすれば、国民の3/4と地球人の半分が死ぬ事態は……とりあえずは、避けられる」

 

「えっ!?」

 

 なのだが、堅実な問いへの答えとして返って来たのは、至極物騒な返答だった。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!

 うちのしぶといクラスメイトがそう簡単に死ぬなんて……」

 

「戦えん手料理部にYouTuberにただの幼女までおるではないか。

 あれは死ぬわ、普通に死ぬ。生体兵器の者達はそうそう死なぬかもしれんが……」

 

「うぐ」

 

 そう言われると、朔陽は言い返せない。

 なんだかんだ専門分野のエキスパートが多い分、直接戦闘に向いてない人間もそれなりにいるのだ、朔陽のクラスは。

 

「他に助言もしてやりたいが、余は初代魔王でな。

 ちとその辺面倒というか……

 あまり人間に極端に肩入れするのもどうにもな……」

 

「……!?」

 

 口を開けば衝撃の事実しか口走らない竜王のノリに、いい加減皆の思考が停止し始める。

 肩入れを迷う竜王の背中を、亀が押した。

 

「肩入れとか今更でしょう、竜王様」

 

「それもそうか。

 よし、もののついでの助言だ。

 困った時に鶏と蛇の絵の看板が見えた時、教会の地下室を目指せ。

 とりあえずお前達全員が生き残る可能性が0%から5%くらいには増えるであろう」

 

「あ、はい」

 

 結界がミシミシと音を立てる。

 竜王は帰還用の魔法陣を作り、そこに人間全員を招き入れた。

 

「そうだ、そこな姫。

 貴様らはフュンフの研究所から逃げた人間の行方を追っていたな?

 魔族領内の人間国の周辺を探してみると良い。

 吸血鬼の国を越え、国境を越え、魔族領を極力通らないのが吉である」

 

「え」

 

「それと、兄を大事にしてやれ」

 

 姫を魔法陣の中に押し込み、切子の肩を軽く叩く。

 

「次の恋に進むがいい。恋とはそうして、前進し続けるものなのだから」

 

「……少しだけ、心の整理をする時間を置いたら、そうします」

 

 そして、和子に寄り添われている朔陽と目を合わせる。

 

「聖剣、手放すでないぞ」

 

 別れの挨拶さえ言わせない、問答無用の魔法転送。

 

「え、あ、待っ、まだありがとうも―――」

 

 "ありがとう"さえ言わせない、傍若無人で問答無用な竜王らしい鮮烈の別れ。

 サメがドームを突き破って侵入し、雨のように城に降り注ぐ。

 サメの雨がしんしんと降る、梅雨の時期の図書館のようなその城で、竜王は歌うように英語の一文を呟いた。

 

「A relationship, I think, is like a shark.

 You know? It has to constantly move forward or it dies.」

 

 朔陽はその言葉の意味を知っていた。

 その言葉は、アカデミー賞最多ノミネートを誇る映画界の巨匠、ウディ・アレンの名言。

 全ての恋する少女へと、贈られるべき言葉。

 

 ―――恋愛とはサメのようなものだ。常に前進してないと死んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷に帰宅した朔陽は、まだ肉を食っている一球を発見した。

 城の墓はとりあえず調査後に破壊予定、ということでお茶を濁すことが決まった。

 サメは朔陽達が全滅させたわけでもないので、またいずれどこかで戦うことになるだろう。

 目のサメるような嫌な話だ。

 

「おう、おかえり。……ん? 木之森をフったか?」

 

「……よく分かるね、本当に」

 

「疲れた顔してるからな」

 

 察しのいい幼馴染に、朔陽は苦笑する。肩の力が抜ける。安心する。

 同性との気安い触れ合いが癒しになっているのだと、心底実感した。

 

「はぁ……傷付いてないかな、切子さん」

 

「話聞いてる分には傷付いてはねえと思うがな。

 悲しんではいるかもしれねえがそれも一過性のもんだろ。ってか」

 

 一球がじっ、と朔陽を見る。

 バッターボックスに立ち、ピッチャーを睨んでいる時のような目つきだ。

 

「お前さ」

 

「うん?」

 

「木之森に告白されてから、フッてから、溜め息つく頻度が百倍くらいになったぞ」

 

「え゛」

 

「一番ダメージ受けてんの、お前じゃねえの?」

 

 告白というものを軽く扱えない者ほど、告白をするのにエネルギーを使う。ダメージを食らう。

 それはフる方も同じこと。

 単純な心理的ダメージで言えば、切子より朔陽の方が大きかった。

 

「別にダメージ受けるな、なんて無茶は言わねえけどよ。

 この一件で深く落ち込む権利があるのって木之森だけじゃねえの?」

 

「おっしゃるとおりです……」

 

「お前も落ち込むのはほどほどにしとけよ、ほどほどにな」

 

 朔陽の今回の告白対処は、採点するならば何点ほどになるだろうか。

 採点者次第では、極端に低い点が付けられてしまうだろう。

 朔陽は精一杯だった。誠実だった。真摯だった。だが、決して上手くはなかったのだ。

 一球が呆れてしまうくらいに、器用に立ち回ることができていなかった。

 

「お前は器用な方だと思うんだが、なんでそう生き方と恋愛が下手かね」

 

「……恋愛上手って何さ」

 

「あ? 決まってんだろ」

 

 ビシッ、と自分を指差して。

 ドヤッ、と得意げな顔をして。

 一球は笑う。

 

「自分も楽しんで、女も楽しませる。

 自分も笑って、女も笑って終わらせる。

 恋愛で悩む必要もも難しく考える必要も無いやつ。

 つまりだな……俺みたいなイケてる男のことさ!」

 

 朔陽は、思わず吹き出してしまった。

 

「野球一筋で彼女なんて作ったこともないくせに、よく言うよ」

 

「おう、俺の恋人は野球だ。だから恋人には一途だし、恋人を泣かせたことは一度もねえぜ」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「そりゃ確かに、天下一の恋愛上手だ」

 

 井之頭一球はバカだ。

 学校の成績は良いが、それが逆に勉強しても直らないバカだということを証明している。

 バカということは単純であるということ。

 単純であるということは、一途であるということだ。

 だから一球は"何を愛するか"を一切迷うことはない。

 彼の中の優先順位は揺らがない。

 

 そういう意味では、一球の生き方は、朔陽の生き方よりもずっと強くて頑丈だった。

 

 

 


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