サーティ・プラスワン・アイスクリーム   作:ルシエド

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出席番号16番、笑って話せる黒歴史・田村たつき

 朔陽は「巡り合わせ次第では一生縁を持てなかったと思えるくらい、凄い人だよ」とクラスの何人かを評価している。

 だが逆に、「朔陽はなんであいつと仲良くやれてんだろうな」と言われるクラスメイトが、このクラスには何人か存在する。

 出席番号16番・田村たつきが、まさしくその一人だった。

 

「え? たつきさんが戻って来てる?」

 

 第三者から和子が伝言を受け取り、和子が朔陽に伝言を渡し、自室で伝言を受け取った朔陽が驚いた顔をした。

 息抜きにオセロ一式を手作りしていた朔陽が、作業を全て止めて立ち上がる。

 田村たつき。和子もまだしっかり話したことのないクラスメイトであった。

 

「たつきさんってどんな人?」

 

「え? うーん……うちのクラスで、一番恋愛上手な人かな」

 

「!」

 

 恋愛上手。

 なんともまあ、甘美な響きだ。

 クラスメイト全員に何かしら得意分野があるとは事前に聞いていたことだが、恋愛方面にも特化した者が居るとは。

 和子は"じゃあなんでこの前の切子さんのことで頼らなかったんだろう"と首を傾げる。

 友人をよく頼る朔陽のようなタイプが、何故そんな有望な人間を頼らないのか和子は疑問に思ったが、考えても答えは出なそうなのでとりあえず脇に置いておく。

 どうせ王都に居なかったとかそんなんだろう、とあたりをつけたようだ。

 

「後は……北派蟷螂拳の達人だったかな」

 

螳螂(とうろう)?」

 

蟷螂(かまきり)のことだよ」

 

 螳螂拳は、凄まじい拳速による攻勢・それを組み上げた手数・独特の崩し技などを特徴とする強力な中国拳法だ。

 こと一部の分派に至ってはその拳速は光に例えられるため、極めれば光速の拳法家としてそれなりの戦闘者となることも可能。

 カマキリを模した蟷螂拳は虫タイプの攻撃。

 草食系男子の朔陽には特に効果抜群だ。

 

「カマキリの拳法の達人……こわそう」

 

「会って話さないと、実像ってのは見えてこないよ。

 和子ちゃんだって昔いちご牛乳のことを

 『普通の牛乳と違って牛の血が混じってるから甘い牛乳』

 だって勘違いしてたじゃない。だから真実ってのはその目で……」

 

「サクヒは私の恥を忘れないよね。もーやんなる」

 

 "幼馴染が牛の血は甘いんだとか言い出した日のこととかそりゃ忘れないよ"と朔陽は言おうとしたが、言わない。

 言わないのが情けであった。

 

「ちょっと行ってくるね」

 

「行ってらっしゃい」

 

 どこ行くんだ、とは聞かない。

 この話の流れなら、和子はたつきに会いに行くのだろう。

 朔陽もその辺りをよく理解しているので、作りかけの手製オセロを脇にどけ、テーブルの上に置かれていた果物をナイフで剥き出した。

 どうやら和子とたつきの話が終わった後に持っていくつもりのようだ。

 

 和子は朔陽の部屋を出て、田村たつきを探すべく動き始めるが、廊下を歩いて数秒後。嘘つき寧々とエンカウントしてしまった。

 

「あ」

 

「あ、和子ちゃんじゃーん」

 

「……」

 

「何故身構える」

 

「嘘ついてくるかな、って思って」

 

「ウチも嫌われたもんだにゃあ」

 

 寧々は苦笑する。

 息をするように嘘をついてきたという前科のせいなのだが、嘘をやめる気は無さそうだ。

 

「何やってんのさ……忍者の修行?」

 

「人探し。田村たつきさんという人を探している」

 

「あー、王城の近くで見たかな。こっちの世界の服買おうとしてたみたい」

 

「ありがと。じゃあ、探しに行……」

 

「まあ嘘なんだけど」

 

「ふわっ」

 

 居場所を聞いて、飛び出そうとした和子がずっこける。

 今たつきちゃん屋敷に居るよ、と寧々は笑った。

 許せぬ、嘘つき罰すべし、と和子は鬼の形相で寧々にデコピンを繰り出した。

 

「イダァイ!」

 

「私、朔陽と違って笑って許さない人間だから」

 

 ほどほどに加減したデコピンが、寧々を悶え転げ回させる。

 和子は寧々を撃沈させて、屋敷にいるというたつきを探し始めた。

 

「田村さんビッチっぽく見えるけど義理堅い女の子だから、変に絡まないでねー」

 

 寧々が何か言っているが、和子は聞くだけ聞いて応えはしない。

 "もしや屋敷に居るというのも嘘なのでは"と思い、屋敷の中の気配を探ると、あまり使われていない部屋に人の気配があった。

 誰かがそこにいる。和子は足早にそこへ向かった。

 

 部屋に足を踏み入れた和子の思考が、停止する。

 汚かった。

 部屋が異様に汚かったのだ。

 汚いまま片付けられていない部屋の中央に、綺麗な人が一人立っている。

 

 野球の井之頭&剣道部の剣崎の二人が先日までこの部屋を使っていたことを、和子は瞬時に思い出した。

 恐らく彼らが散らかしたまま片付けもせずどこかに出かけていったのだ。

 男が皆雑というわけではないが、雑な男はとことん雑である。

 "後で誰かが片付けるだろ"臭がプンプンしていた。

 

 そんな汚い部屋だからこそ、その人物の綺麗さは際立っていた。

 シミ一つない美白の肌。綺麗に染められている栗色の髪。

 髪の長さは和子と同じくらいだろうか?

 この世界に存在する服を、地球のファッションセンス基準で着こなしているため、一見すると地球の服を着ていないのに地球の服を着ているように見えてしまう。

 綺麗な肌と、ハイセンスに着こなされたファッションが、手首に見える赤い石のブレスレットの輝きを際立たせているようだった。

 ファッションはスカート周りと首周り、袖口と首周り、靴周りに特にこだわりが見える。

 

「部屋、汚い……」

 

「違うわ、この部屋は汚くなんてない」

 

「……?」

 

「あーしが美しいから相対的に汚く見えているだけなのよ」

 

「何言ってんのあなた」

 

 こいつ濃いな、と和子は直感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ冗談よ、とたつきが笑ったので仕切り直し。

 改めて、若鷺和子と田村たつきは自己紹介した。

 見れば見るほど、たつきの容姿は美しい。

 目がパッチリしてるだとか、唇が艶めかしいだとか、スタイルがスラッとしていて綺麗だとか、見れば見るほど褒め言葉が湧いて出てくるタイプだ。

 日々の手入れと卓越したセンスがなければ成り立たない容姿と服装が、恋愛上手という朔陽の評価を裏付けている。

 

 和子はたつきに用があった。

 先日の切子の告白から始まった騒動は、まだ和子の記憶に新しい。

 和子は自分の恋愛的レベルアップが必要だと考えていた。

 朔陽と切子の問題について、自分が蚊帳の外にしかいられなかったことが、心のどこかにしこりとして残っているのかもしれない。

 

(過剰にモテモテなソシャゲ主人公みたいな恋愛力が欲しい……)

 

 そう思い、たつきを呼び止め、先日あったことと自分の意向を伝えたのだ。

 

「へえ、あーしが居ない時にそんなことがねえ」

 

「女の子の失恋も関わっていることなので、どうか密に、密に」

 

「あーしも言い触らしたりなんかしないわよ。しっかし、切子ちゃんがねえ」

 

「私には分からない。彼が、彼女が、何をすれば一番の正解だったのか」

 

 和子は初めに"何が正解だったのか"と聞いてみた。

 朔陽と切子の選択は、和子から見ても80点から90点はあるように見えた。

 人によっては40点から50点だったりもするかもしれない。

 この一件に関して、誰もが100点だと認める解答はあるのか、和子は気になってしまったのだ。

 

「訳知り顔であーしが何か言うこともできるけど……

 どんなに間違っていても、当事者が悩んで決めたことなら、全部正解だと思うけどねえ」

 

「……そう?」

 

「そうよ。後から何が正解だったなんて、赤の他人ならどうとでも言えるじゃないの」

 

 対し、たつきは懸命に考えて出した答えなら全て100点だと返答する。

 たつきはその選択の正しさより、その日その時その瞬間、その恋愛の当事者が答えを出すからこそ価値があるのだと語った。

 

「想いがそのままの形と色で輝けるのはその瞬間だけよ。

 後から振り返って何が正解か考え直すことはできるわ。

 けれどもね、想いなんて時間が立てば美化も劣化もするものでしょう」

 

「ふむ」

 

「大人になったらいい想い出になるんじゃないかしら。

 本気でやったなら、泣きたくなる想い出にはなっても、後悔の想い出にはならないでしょうし」

 

「それは体験談?

 『恋の記憶』が『恋の想い出』になった、貴女の話?」

 

 和子の率直な物言いに、たつきは乾いた笑いを顔に浮かべた。

 

「ふふ、聞きたい?

 今やクラスの全員が知る、貴女だけが知らないあーしの黒歴史を」

 

「是非」

 

 朔陽と切子は自分の恋愛事情のことで散々悩んだ。

 和子も朔陽との関係上、色々と悩まされた。

 だが恋バナとは本来、自分とは無関係なものを眺めている分にはとても楽しいものである。

 恋愛上手の肩書持つクラスメイトの恋バナに、和子は興味津々だった。

 

「あーし劇場、開幕! 昔々、あるところに」

 

「何故昔話風」

 

「たつきちゃんという乙女とさっきゅん……朔陽くんという男の子がいました」

 

「ふむふむ」

 

「朔陽くんは誰にでも優しい男の子です。

 八方美人だと揶揄する人とも仲良くし、友達になるような子でした。

 当然たつきちゃんにも優しくします。

 たつきちゃんは思いました。『こいつあーしのこと好きだな』」

 

「うわっ」

 

 もうオチが見えた。

 

「たつきちゃんはちょっと嬉しく思ったわけです。

 その内告白してくるだろうと思いつつ、こう考えました。

 『告白してくるまでちょっとからかってやろう』と」

 

「うわっ」

 

「若かったたつきちゃんは色々漫画にハマってました。

 女の子を手の平の上で弄ぶ男をかっこいいと思ってました。

 男に囲まれいいように操る女が素敵だと思ってました。

 なので自分に惚れてる誰かをからかう自分、というのに酔っていたのです」

 

 オチがヤバいという確信が生えた。

 

「たつきちゃんは朔陽くんに抱きついたり、思わせぶりな態度を取ることが増えました。

 朔陽くんは笑って流して、笑って許して、笑って応えてくれたりもしました。

 たつきちゃんは『嬉しいくせに、照れを隠してるのかしら』と得意げな顔をしていました」

 

「……」

 

「朔陽くんが優しくしてくれるから勘違いしちゃったのです。

 好意的な反応貰えてるしこれでいいんだな、と。

 勿論、朔陽くんの友人や周りの人間はたつきちゃんを煙たがります。

 『あーしに取られると思ったからって、嫉妬しすぎよこの人ら』と思うたつきちゃん」

 

「……うわっ」

 

「たつきちゃんは朔陽くんが自分に惚れてると信じて疑いません。

 あの人あーしにベタ惚れだと、まあそんな感じに言い触らすわけで。

 ベタ惚れだからこの前こういうこともあった、みたいに話盛って話すわけで。

 朔陽くんと交流がなくて、たつきちゃんと交流があった人は大体信じました。

 たつきちゃんが真実とその誇張のつもりで流した噂は、広がっていきます」

 

「うわッ」

 

 モンスター映画で最強のモンスターが出現し、人間サイドの強者が次々と死んでいくクライマックスのような"どうなっちゃうの"感が醸し出される。

 

「たつきちゃんは次第に焦れていきます。

 いつ告白してくるの、と思っているのに告白は来ません。

 そりゃそうです。朔陽くんはたつきちゃんに惚れていたわけではないので。

 彼の好意はあくまで友人に向けるもの。

 彼は田村たつきを好きだったけど好きじゃなかったのです。残念」

 

「う、うん、それで?」

 

「たつきちゃんは『告白させてあげないと』と思いました」

 

「うわぁ」

 

「『自分は相手のこと好きじゃないけど相手は自分のこと好きだから』

 『告白させてあげないと』『それが気遣いよね』と思ったりもしたわけで。

 校舎裏に呼び出して、告白するならしてもいいよと言っちゃったわけです」

 

「うっ……うわっ」

 

「当然、朔陽君は告白なんてしません。

 たつきちゃんは自分の外の現実と自分の中の現実の差異を受け入れられません。

 そのギャップを受け入れられないで、彼に告白させようと必死で食い下がって。

 あたかも自分が上のように振る舞って、『告白させてやらないと』と必死になって」

 

「ふぅぅぅ……うわぁ……」

 

「もうそこからはたつきちゃんも正確には覚えてません。

 ぎゃーぎゃー騒いだ覚えはあります。

 泣いた覚えもあります。

 ……結構酷いことを朔陽くんに言った覚えもあります。

 とにかくもう、学校の至る所で酷いことを喚き散らしながら逃げるように帰りました」

 

「私もう、なんだか、この先聞きたくなくなってきた」

 

「ここからが本番だかんね?」

 

「ここからが!?」

 

 佐藤朔陽が田村たつきに惚れていない、友人として好きなだけ、と判明してからのここからが酷かった。

 

「たつきちゃんは気付きました。

 朔陽くんは自分を理解していたが、自分は朔陽くんを理解していなかった。

 朔陽君は自分に優しかったが、自分は朔陽くんに優しくしてなかった。

 自分は朔陽くんを特別視していたが、朔陽くんはそうでもなかった。

 朔陽くんは自分の外側をよく見ていて、たつきちゃんは自分の内しか見ていなかったと」

 

「うん、それならここから事態は軟着陸……」

 

「そして告白未遂大惨事の翌日、学校に行ったたつきちゃんは。

 たつきちゃんが朔陽くんに酷いことされたと大騒ぎになっているのを見ました」

 

「!?」

 

「勿論朔陽くんに非はありません。

 たつきちゃんにも最大限に柔らかい対応と言葉遣いをしていました。

 でも学校の皆は『酷い』『さっきゅん酷いことを』『もう自分はもう』

 『二度と恋なんてできない』みたいなたつきちゃんの断片的な台詞を覚えていて」

 

「うわ」

 

「放課後の学生達の間でブワッと広がり、一晩でTwitterやLINEも拡散して」

 

「うっわぁ」

 

「『朔陽がたつきに乱暴した』

 『告白がこじれた』

 『朔陽がたつきに告白し断られたので酷いことをした』

 『たつきが告白して朔陽が酷い振り方をした』

 とか色々噂が立って、噂が捻じ曲がって、エスカレートしていって。

 翌日の朝には、先生方が当事者を呼び出そうとするくらいの大騒ぎになってました」

 

「……うわぁ……」

 

 和子の頭の中に、切子が自分に告白して来たというのに、"傷付けずに終わらせないと"ということを何よりも優先して考えていた朔陽の姿が蘇る。

 

「たつきちゃんは何も言えませんでした。

 一連の事柄がぜーんぶ自分の恥だったからです。

 一から十まで全部自白するとか無理でした。

 叫び出したい気持ちを押し込んで、たつきちゃんは黙り込んでたわけです」

 

「うぅわ」

 

「たつきちゃんに話を聞こうとした周りの皆はこう思いました。

 『何聞かれても喋らないくらい酷い目にあわされたんだな……』

 と。当然ですね、はい。当然のように事態は悪化したわけです、はい」

 

「……どこまで行くの」

 

「無論、行くところまで。

 朔陽くんにも味方は居ます。

 たつきちゃんにも味方は居ます。

 当然、両者はぶつかり合います。赤の他人も巻き込んで。

 つまりは校内戦争です。

 "耳にした噂の形"でどっちに味方するか違って、他の学生も二つの勢力に別れました」

 

「うぎゃあ……」

 

「結果、校舎が一つなくなるほどの大抗争に発展しました」

 

 学校を真っ二つに割る大戦争である。

 

「朔陽くんは真実を話していたし、喧嘩が起きてれば止めようとした。

 でもまあ、ほらね?

 当事者が言っても、嘘か言い訳か作り話にしか思われないわけで……

 むしろ『自分がやったことを認めろ』って感じに皆の火に油を注ぐ形になって……」

 

「うーわー」

 

 朔陽のために、たつきのために、というお題目が終始掲げられていたなら良かったのだが、そうでもなかった。

 むしろここまで来ると『自分と違う意見の人間はくたばれ』という側面を持ってしまう。

 よくある話だ。

 問題の当事者を置き去りにして、後から問題に加わってきた人間が騒ぎ立て、当事者が収拾をつけようとしてもどうにもならなくなる、なんて話は。

 

「それで、その後は……」

 

「うん、あーしが謝りまくった。謝って回った。さっきゅんも一緒に。

 さっきゅんに諭されて、あーしが勇気出したのよ。

 ……死者出なかったのは奇跡だったわね。

 さっきゅんが争いを止める意志を見せてたのと、その取り巻きが強かったのがあったから」

 

「なるほど……」

 

「今こうしてあーしが普通に暮らせてるのが奇跡なのよ。

 あの時あーしの味方したのは多くが他のクラスだったけど……

 学校全体に飛びした騒動をその後も、さっきゅんは納めに動いてたわね」

 

「ほほー」

 

「騒動から約半年。

 さっきゅんは四方八方に飛び回り、半年かけて事態を綺麗に治めたのでした。

 騒動の時は最悪の罵倒し合ってた人達もなんと仲直り。

 誰かが悪いわけでもなく、全員勘違いしてただけだから悪くない、と皆が思う結末に」

 

「サクヒは誰かが近くで喧嘩してると死にたくなる病でも発症してるの?」

 

 最悪のオチを予想していたら予想以上に綺麗なオチが来たものだから、和子は心底驚いてしまった。期待外れに予想以上の結末を持って来るとは、現委員長の名は伊達ではないといった所か。

 朔陽は昔から一貫して、誰かと誰かの仲を仲裁しているようだ。

 

「あーしは本気で謝ったわ。

 騒動が治まるちょっと前に、何度も何度も頭を下げた。

 腰が痛くなるくらい頭下げて。

 喉が痛くなるくらい声出し続けて。

 途中からは卑怯なことに、ポロポロ涙までこぼしながら謝ってた」

 

「……サクヒが許さないわけなくない?」

 

「ええ、彼は最初から一貫してあーしを許してた。

 勘違いしてただけで悪意はなかったんだからいいんだよ、だって。

 でもあーしは許されても謝り続けた。

 彼は簡単に許したけど、あーしは簡単に許されていいことじゃないと思ったから」

 

「……」

 

「許してもらえるまで謝った、じゃなくて、あーしの気の済むまで謝ったわけだ」

 

 許されることと、贖罪をするのは別の話だ。

 朔陽があっさりと許してくれたからといって、たつきがやらかした事実が消えるのか? たつきの中の罪悪感が消えるのか? そんなわけがない。

 朔陽が既に許している以上、それは自己満足のような謝罪ではあったが、たつきはけじめとして声が枯れるまで謝った。

 そして今も、朔陽の頼れる友人として、あの日の騒動のけじめを付け続けている。

 

「いや本当に……

 自分が全面的に悪くて……

 相手が全面的に許してくれるのは……つらい……」

 

「うん、まあ、ドンマイ」

 

 生涯のトータルで見れば、たつきより和子の方がよっぽど朔陽に苦労や面倒をかけているはずなのだが、そうは見えないのは幼馴染という関係性のせいか。

 あるいは、和子が打たれ弱いくせに時々図太さを見せるタイプであるからか。

 

「あなたは、あーしのようになっては駄目よ……」

 

「田村さん……」

 

「今はもうさっきゅんに恋愛感情はないけれど……

 敬意と感謝だけはありったけあるから、彼を支えることに異論はないの」

 

 実感のこもった言葉だ。

 過去を知った上で聞くと内から滲む悲惨臭が凄い。

 だが、辛い過去が強靭な意志を育んだのだと思えば、その過去にもきっと価値がある。

 その想い出がくれる強さはきっとあるはずだ。

 

「一緒に頑張りましょう。皆で力を合わせて、一緒に日本に帰るために」

 

「……はい!」

 

 たつきが土産を手に持って、どこぞへと歩き去っていく。

 朔陽を探しに行ったのだろうか?

 帰って来たという報告をして、土産を渡すつもりなのかもしれない。

 たつきの背中を見送る和子は、寧々が言っていたことを思い出す。

 

―――田村さんビッチっぽく見えるけど義理堅い女の子だから、変に絡まないでねー

 

 なるほど、恋愛上手という評価と遊んでいそうな出で立ちの割に、話してみれば義理堅い印象しか受けなかった。

 朔陽が"会って話さないと、実像ってのは見えてこない"と言うわけだ。

 

(珍しく本当のこと言ってたな。疑ったこと、後で謝らないと)

 

 和子は申し訳ない気持ちになりつつ、心中で寧々に謝った。

 

「あれ、和子ちゃん? たつきさんこっちに来てなかった?」

 

「あ、サクヒ。……入れ違いとは、なんてタイミングの悪い」

 

 そこに朔陽が現れる。

 なんと間の悪い。

 もう少し早く朔陽が来るか、もう少したつきがここに居れば、入れ違いにはならなかっただろうに。

 

「じゃあたつきさんに会ったんだ。綺麗な男の人だったでしょ?」

 

「うん、綺麗な女の―――え?」

 

 

 

 今、朔陽はなんと言った?

 

 

 

「……男?」

 

「うん、男。そう言ってなかった?」

 

 男。

 女じゃなくて男。

 和子も認める美人、クラスでもトップクラスの美人だったのに男。

 いや、それだとあの過去はどうなるか?

 あの過去話の構図ってまさか……と、和子が思ったところで、再度寧々の言葉が蘇る。

 

―――田村さんビッチっぽく見えるけど義理堅い女の子だから、変に絡まないでねー

 

 あの嘘つき野郎、と和子は心中にて静かにキレた。

 

 寧々はいつもの寧々だった、という話。

 

「たつきさんは凄いよ、男でも女でも狙った獲物は逃さず恋人に……どうしたの?」

 

「……いや、なんでも」

 

 朔陽がたつきを頼らなかった理由も大体分かった。

 それなら、自分一人で悩んで答えを出して、最大限の誠意を見せた方がいい。

 和子は戦慄している。

 

「聖闘士星矢……否、フェイント性や……ホモ挿す流星拳……」

 

「何言ってんの和子ちゃん」

 

 戦慄しすぎて、今自分が何を言ってるのかも把握できていないようだ。

 

 たつきはクラスの全員が知っていると言っていたが、それも凄まじい話だ。

 和子が見る限り、クラスの中に平時の不和は無い。

 少なくとも目立ったものがないことは確実だ。

 皆がたつきの告白の件を知りながら、たつきを笑いものにすることはなく、告白時のそれをネタにして話す者も居ない。

 田村たつきはヤバいやつだよ、と言っている者も居なかった。

 

 和子は今日までたつきの性別すら知らなかった。

 つまり、陰口などでたつきをネタにする者もなく、たつきの居ない場所でたつきを笑っている者も居なかったということだ。

 それどころか、女装勘違い告白野郎だったたつきを、男性としても女性としても受け入れているということでもある。

 

 朔陽が作り上げ、制御しているこのコミュニティは、田村たつきというやらかしたイロモノを受け入れるくらい懐が深いというわけである。

 

「サクヒ凄いよ……ホント凄い……」

 

「え、何どうしたのいきなり」

 

「何か疲れてない? 困ってることない? 膝枕してあげようか?」

 

「いいよ、今は何も困ってないから。近日中に忙しくなるかもしれないけど」

 

 そして、和子は気付いた。

 ずっとずっとひきこもりをしていた自分が、一度もひきこもりと呼ばれていないことを。

 ひきこもりをネタにされ、からかわれたことも一度も無い。

 いつだってクラスメイトは和子に好意的で、このコミュニティには年単位のひきこもりをごく自然に受け入れる、優しくも暖かい懐の深さがあった。

 問題児の集まりの中にそれを作ったのは、間違いなく佐藤朔陽その人で。

 

 和子はなんだかたまらなくなって、衝動的に、無言でぎゅっと朔陽を抱きしめていた。

 

 

 


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